« 山笑う年へ/山口智子さん | トップページ | SAKURAの春 プロローグ 2 »

2007年1月 1日 (月)

SAKURAの春 プロローグ 1

*************************************************************************
新年明けましておめでとうございます。

Blogネットワークのすべての方々にとって、2007年が幸多き年になるようお祈り申し上げます。
わたしは今年も仕事人として、またBlogerとして、日々、自分の殻を破壊しつつ創造したいと思います。Gootくる本質的なアドバイスと、「なるほどね!」発想、そして細部まで良い仕事をめざします。そして、ひとりでも多くの人のアツい心を高めたいと思います。
本年もよろしくお願い申し上げます。

郷@marketing-brain
*************************************************************************

2007年1月1日から1月5日までの【勝手にアドバイス:旬ネタ】は、新春特別
企画
として、ある飲食店舗の建て直しを物語風にまとめたいと思います。

わたしの実体験をベースに「成長するには誰でも同じことをする」という
普遍的なメッセージを、ストーリー仕立てでお伝えします。今日はそのプロローグ。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@

わたしの眼はどこを見るでもなく焦点をさまよっていた。お客さんがまばらな
店内を見回して、毎日考えていることを考えだした。それは「どうしたら売上
を取りもどすことができるか」だった。

日本人にもオーストラリア人にも気配りをした日本食メニューは、一流では
ないが家庭的な味わいがある。すき焼き、しゃぶしゃぶ、和風味ステーキ、
お味噌汁やお茶漬け、蕎麦までそろえている。ランチもディナーも料金は
当地の一般のレストランに較べると安くはないが、日本食から離れられない
日本人駐在員相手である。少々高くても問題ではない。ちょっとした接待に
使えるレベルの格もあり、そんなグループも利用されていた。

だが売上が下がる一方なのだ。お客さんが日に日に減少していく。それも
これも・・・わたしは紙ナプキンにボールペンで4文字を書いた。

 K O T O

車でほんの4、5分の場所にKOTOという同じ日本食を扱うレストランが出店
した。そちらにお客は流れている。

KOTOの開店数日は、お客はとられるだろうが、しょせんは新参店。オースト
ラリア第三の商業都市ブリズベンで5年も店舗を続け、日本食といえば
SAKURAという知名度抜群の看板がモノをいうはずだ、と考えていた。だが
KOTOのオープン後、すでに2ヶ月が経ち、わたしがまかされたSAKURA2号
店に、お客さんはもどってこない。ここまで深刻な事態になるとは予想して
いなかった。

ちょうど昨日、店舗のオーナーのMr.Tがやってきた。Mr.TはSAKURA本店
の創業者で店長でもある。Mr.Tはこう言った。

「来月も売上がもどらなかったら、コバヤシ、お前を殴る」。

雇い主が従業員を殴るなんてありえない、普通に考えればその通りだが、
ここは地球の反対側の南半球、南国の都市。日本の法律とも無縁だし、
世間とも無縁。少々の治外法権も仕方ない亜熱帯の地である。拳は脅し
ではなく、Mr.Tは実際にたくさんの人を殴るのである。それも並大抵の拳の
持ち主ではない。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@

状況をざっと整理しよう。

わたしはワーキング・ホリデーという渡航ヴィザでオーストラリアを旅していた。
そしてそのままオーストラリアの100万人都市、ブリズベンに居ついた。ダウン
タウンの目抜き通り、クィーン通りのジャパニーズ・レストランSAKURAで働き
口をみつけて、もう4年がたった。調理に特段親しんでいたわけではない。
漁師の息子として魚に親しんできたことがあったのだろうか。中国系シェフの
KIMさんの片腕となり、調理技術も徐々に習得した。あくせくしないで暮らせる
ダウンアンダーの亜熱帯の生活を愉しんだ。故郷の新潟ははるか遠い光景だ。

ジャパニーズ・レストランSAKURAのオーナーは、空手道場経営のMr.Tである。

空手は「寸止め」といって多くの流派では素手で殴りあわないが、格闘技の
原点にもどるべしとした、あの極深館の有段者であり、オーストラリアへ空手
宣教師として送りこまれたのがMr.Tだった。だが空手ブームが去り、道場経営
が傾いて、仕方ないレストランでもやるかと始めた素人経営。だが競合もない
こともあって、レストランの経営は順調に推移した。5年目にMr.Tは多店舗展開
を決意した。2店舗目の店長としてわたしにまかせたのだった。

2号店はダウンタウンからはやや離れた立地だが、日本人の働く会社や
住まいが増えている有望な場所。開店当初は店舗経営は順調だったが、
ある日競合となる日本食レストランKOTOが出店し、SAKURAの客は激減した。

KOTOは日本の大資本の子会社でチェーン運営で諸国に進出している。
海外での日本食レストランの運営ノウハウを築き、料理、サービス、お店の
雰囲気、まともに戦っては、どれをとってもSAKURA2号店に勝ち目はなかった。

極深館空手有段者のMr.Tの拳をまともに食らえば、顔面陥没骨折は必死
である。わたしは、Mr.Tが日本人のアルバイトを何人も殴りつけ「とっとと
失せろ!」と怒鳴り、足蹴にまでするシーンを何度も見てきた。

その立場に自分がなってしまう。殴られるだけでなく、ブリズベンでせっかく
築きつつある生活が無になる。いまさらとぼとぼと故郷の新潟に戻っても
職は無い。それに勘当同然で飛び出した家だ。どのツラ下げて帰れる場所
ではない。汗水たらして、だがのんびりと築いた生活を、日本の大手資本が
やって来たというだけでフイにしたくはなかった。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@

わたしは今日も5組も入らなかったランチの帳簿付けを終えて、台湾系の
ウェイトレス麗朱とオーストラリアンのワンダに、店の扉に「Closed」の看板を
下げるように告げて、昼休みにしようと言った。

照明を落とし、がらんとした店舗を見回した。まだお昼過ぎなのに、まるで
残照のような日差しがさしていた。

「KOTO」と書いたナプキンをたぐり寄せ、「KOTO」の文字の隣に「SAKURA」
と書いた。古都に桜か。両立するはずなのに、としゃれてみたが、すでに桜
は枯れかけている。それも余命1ヶ月かも知れない。ここはワシントンじゃなく、
オーストラリアなのだから、桜は根付かないのかなと自嘲した。このままで
はだめだ。

  J0406912

調理場にもどると、ワーキング・ホリデーの旅の途中で働いている日本人の
調理アルバイトの後藤が手持ちぶさたもあって、たんねんにレタスを洗って
いた。開店当初は忙しかったので、本店のシェフKIMも応援に来ていたが、
今では閑古鳥。わたしと後藤二人だけで充分に調理は対応できる。レタスは
ピカピカになり、食べられずにしおれてゆく。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@

「お昼にしようか」わたしは後藤に声をかけた。ランチの余りはたくさんある。
食べ切れないほどだ。

「コバヤシさん」 
後藤はレタスをラップでくるみながら言った。「昨日、Mr.Tが来ましたよね」
「うん、来た」
「なんて言ってました?」
わたしは肩をすぼめるしかなかった。「来月には売上を上げろって」
後藤はぺティ・ナイフの背を、まな板にコンコンコンと当てた。
「それだけじゃないですよね。Mr.Tのことだから、きっと殺すとか叩きのめす
とか言ったでしょう?」
「それに近いことも」
後藤は唇をゆがめた。
「そのときはボクもぺこんぺこんだ」 後藤もわたしも小さく苦笑した。

日焼けした顔を上げて後藤は言った。「地球の反対側まで来たのは、空手
バカに殴られるためじゃない。コバヤシさん、仕事にようやくありついたと
思って放りだされたら、ボクは日本に帰るっきゃない」 
わたしはうなずいた。大学を休学して冒険旅行にやってきた後藤の気持ち
がわからないわけはない。自分も同じだ。だが言葉が出なかった。

手をこまねいていたわけではない。ランチのメニュー改善もしたつもりだし、
PRのため日系の会社にランチやディナーメニューのお知らせファックスも
毎日入れている。日本食材の取扱商社まで行って、目新しい食材の購入
交渉もしている。地道な努力だがいずれ実を結ぶはずだ・・・。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@

「破れかぶれですけど、敵から学びませんか?」後藤が言った。
「敵って、KOTOのことか?」
「そう。ボクはまだKOTOに行ったことがない。KOTOはこんなお店、という話
だけは聞いてるけど、なぜSAKURAは流行らないでKOTOが流行るのか、
よくわからない。せめてそれが知りたい」

わたしはKOTOの駐車場までは何度か足を運び、概観や入店車の台数、
そのステータスレベル(車のブランド)をチェックしていた。だが競合店の
店長ということもあり、中にまで入る勇気がなかった。店の規模がSAKURA
2号店の倍以上あること以外には、近所の競合店なのに、違いがどこに
あるのか、実際にはよく知らなかった。

「どのツラ下げてゆけばいいんだんだろう」
後藤はレタスを入れたボールを、磨かれたステンレス・ボディの冷蔵庫に
入れて、ずんと扉を閉めた。
「相手がどう出るかはよくわからないけど、ここは日本じゃない」

「日本じゃないって・・・?」
「祖国は遠く、競合といえど同じ日本人、助け合うということも無きにしも
あらず、でしょう?」
「それはそうかもしれないが」
「別に向こうの店長さんに会わなくても、なんでKOTOが流行っているのか、
少しでもヒントがあればいいと思うんです」
「そうだな。どうせ殴られるなら当たって砕けるか。まだ1時半だから、ランチ
に間に合う。行ってみよう」

  J0399342  

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@

エンジン音がボディよりも大きい、わたしの低年式のフィアットで、KOTOの
駐車場に入ると、お昼をかなり過ぎてもまだ7~8台の車があった。ほとんどが
高年式の高級車である。日本車もあるが、オーストラリアの輸入関税の関係
もあり、欧米メーカー製が多い。

KOTOの入口のドアを開けると、出迎えてくれたのは、小柄な日本人の
ウェイトレスであった。大輪の花柄の着物姿でにこやかに微笑みかけてくれた。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@

今日のブログは、いつもと趣向を変えて、店舗建て直しのフィクショナルな物語
(の出だし)を書いてみました。フィクショナルなのですが、わたしの実体験を
ベースにしています。登場人物も状況もそれとなく事実です。

お伝えしたいのは、「事業規模の大小を問わず、成長企業ならどの会社でも
同じことをする」と言う普遍的なメッセージです。明日以降一週間、わたしなりの
新しい試みにお付き合いいただければ幸いです。

本年もよろしくお願い申し上げます。

|

« 山笑う年へ/山口智子さん | トップページ | SAKURAの春 プロローグ 2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: SAKURAの春 プロローグ 1:

» 英語活用辞典 [英会話・海外旅行するなら]
ホームステイで英語学習を考えている人が多い。 [続きを読む]

受信: 2007年1月 2日 (火) 02時25分

» タウンワークでみつけたら履歴書 [タウンワークに決定!近場の求人ならタウンワーク]
こんにちは、タウンです。 タウンワークで良さそうな求人をみつけたら、必ず必要になるのが履歴書ですね。 今回は、履歴書を書くときの注意点やコツをお伝えしたいと思います。 [続きを読む]

受信: 2007年1月 2日 (火) 20時30分

« 山笑う年へ/山口智子さん | トップページ | SAKURAの春 プロローグ 2 »