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2007年1月30日 (火)

SAKURAの春 桜のつぼみ 2 Mr.Tとのドライブ

SAKURAの春 桜のつぼみ 2 Mr.Tとのドライブ @@@@@@@@@@@

「SAKURAならでは」を考えてあまりよく寝付けなかった翌日、わたしは高床式の
アパートの部屋から駐車場に降り、相棒のフィアットのイグニッションをまわした。
セルモーターがいつになく頼りない音がした。低年式だから仕方がないさ。だが
がんばってくれ。わたしはいつものように、One、Two、Three、Fi-At!と、この
フィアットの型式の呪文を唱えて回した。

呪文がきいたのか、セルモーターは座礁したタンカーを引っ張るタグボートの
ように、ゆっくりとフィアットのピストンを上下に漕ぎ出した。これで今日もまた
一日が始まる。だがろくな日にもなりそうにないぞ。わたしはやっとの思いで
混雑するイースト・ブリスベン通りに合流した。

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店に着くと、予想通り、ろくな日にならない兆候があった。店の電話には留守番
の録音があるというランプが、早く聞けと催促するようにチカチカ点滅していた。

「よう。コバヤシ、状況はどうだ?今日そっちに行くからな」 ツー・・・・。終わり。

これだけだった。だがこれだけでも十分過ぎるくらいの会話量だ。なにしろ録音
の声の主はMr.Tだ。彼の英語もぶっきらぼうだが、それは日本語も同じだ。
どうやらぶっきらぼうは国境を越えるらしい。先日、この店に来たとき、彼はこう
言いすてて帰っていった。

「来月も売上がもどらなかったら、コバヤシ、お前を殴る」

寸止めではない実戦空手で一世を風靡した極深館の有段者にして、ブリスベン
空手市場の開拓者。最盛期は道場は空手愛好家であふれていたという。だが
その空手道ブームも去り、いまではプライベートレッスンだけになっている。
今や彼の本業はレストランSAKURAの運営である。SAKURAを開く前には、
一時日本にも帰国して日本料理の修行までしたという。根性もあれば開拓する
ねばりも兼ね備えている。

わたしはそういう彼の根性、実行力は敬服していた。店舗の運営にしても素晴
らしいとは言えないものの、海外でちゃんと経営もし、固定客も獲得し、知名度
もそこそこある。しかも2店舗目まで出店した。これが誤算だったかもしれない。

「殴る」宣言からはまだ2週間弱である。まだ時間はあると思っていたわたしは
甘かったのだろうか。2度も留守録音の声を聞きたくはなかったので、すぐに
消去した。

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ランチの終わりの時間になり、Mr.Tが店の調理場にぬっと現れた。「よう!どうだ。
今日は何組入った?」 顔はヨットのクルージングですっかり日焼けし、アフロ
ヘアともいっていいほどのパンチパーマをかけている。体躯は背が高くはないが
空手家らしく背筋がぴんと張り、引き締まった胸と、抜け目のない敏捷さがある。
彼をレストランのシェフ兼オーナーですと誰かに紹介すると、日本であれば
うどん屋かちゃんこ料理屋ならば場違いではないだろう。

わたしは正直に今日の組数と売上額を伝えた。最悪の数字ではなかったが、
大きな声で伝えられるほど陽気な数字でもなかった。
「元気だせよ、コバヤシ。お前を見込んでいるんだから」といってニコリと笑うが
口元の笑顔と裏腹に、目だけはいつも冷徹に笑わないのがMr.Tである。格闘
家は皆こうなのだろうか。

「もうあとの片付けは後藤にまかせて、ちょっとオレと付き合ってくれよ」

わたしよりも先に後藤がぴくりとした。だが彼は視線を上げずに洗い物に専念して
いた。いやそうするしかなかったのだ。誰もがMr.Tの前では目を伏せるしかない
のだから。

「はい、わかりました!」と言うが早いか、わたしは調理着を着替えに小走りに
動いていた。

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「どうだ、コバヤシ。この車の乗り心地は?」

もちろん前にも何度か乗ったことはあるのだが、Mr.Tはいつも誰かに聞くの
だろう。彼の大きなメルセデスはまるでクルーザーのようにゆったりと走る。
いや、低速で走ると、ほんとうに動いているのだろうかとさえ思わせる。おまけ
にふっくらと包まれるような、大ぶりのシートである。これから処刑場に向かう
死刑囚が、こんなに良い待遇で護送されることがあるだろうか?

Mr.Tが運転するメルセデスは都心部を抜け、ブリスベン北部の埠頭に向かって
いた。このあたりは倉庫街で、昼間でもあまり人気のないところである。大小
さまざまな倉庫が両脇に続く。借り手がいないのか、扉が開きっぱなしの荒れ
はてた風情の建物のある。潮のせいで錆びた看板は、角が古地図のように丸く
めくれている。自分の頬も、あのようにめくれるのかと考えて憂鬱になった。

メルセデスはさほど大きくない、1階建の倉庫の前で止まった。

Mr.Tは何も言わずに車のドアから踏み出して、サングラスをパンチパーマの
際まで上げて、じっと倉庫をみつめた。何も言われなくてもわたしも観念して
降りるべきだと考えて、やわらかなシートから尻を上げた。そのとき気づいたが、
自分の尻はすっかり汗をかいていた。

だがMr.Tはわたしには目もくれず、倉庫の左そでの路地に入って行った。
そこには人間が通るための普通の扉があり、緑色の上塗りのペンキがところ
どころ剥げて錆びていた。Mr.Tがノブを押すと軋む音と共に動いた。わたしも
後に続いた。まさかこんな地の果てで殺されるはずはないと祈りながら。
   
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倉庫の中は四方八方の壁の割れ目から入る日光のせいで、真っ暗では
なかった。薄暗さに慣れてくると次第にあたりの状況がわかってきた。倉庫には
似つかわしくないものがある。それは吊り下げられたサンドバッグだった。パンチ
をあびせたり、キックのトレーニングにつかう革のずん胴のバッグである。近視
のわたしが目を細めると3つのサンドバッグが下がっている。

ロープは倉庫の梁から下がっていた。太いロープで無造作にぶら下がるサンド
バッグ。格闘家ではないわたしにさえ、しばらくだれにもパンチもキックも浴びせ
られず、長いことまったく揺れないで寂しさと戦っているかのようだった。

ドアの脇に積み重なっていたのは、倉庫ではおなじみの資材、パレットであった。
在庫品や入荷品を保管する木製のパレットだが、スノコの隙間が板を入れて
平らになるように工作され、その上には板と厚いゴムシートが貼られていた。
ここは道場だったのだ。

Mr.Tは陽が比較的多く差し込むところに移動して、一抱えもありそうな板状の
看板のようなものに、積もったホコリを手でぬぐっていた。わたしの位置から
字までは読み取れなかったが、一、・・・、二、・・・といわゆる座右の銘のような
ものなのだろう。

「ここからオレは始めた」 Mr.Tはつぶやいた。 「コバヤシ、オレはここから
始めたんだ」 わたしは自分でも不思議なほど神妙にうなずいた。

「お前は『千日をもって初心をする』なんて聞いたことはなかろう。鍛えても
鍛えても完成することはない、1000日では足りない。万日やれという教えだ。
だが人はいつか初心なぞ忘れ、アゴをあげ、口は軽はずみになる。初めは
何をめざしていたのかすぐに忘れるのが人間だ」 彼はその板を壁に立て
かけた。わたしは黙っていた。

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「オレはな、コバヤシ。空手は極めてきた。空手道場はそれだけでも何とか
なるものだった。汗は嘘をつかない。だが・・・」 Mr.Tが口をつぐむと、薄暗い
空き倉庫が静けさをとりもどした。隙間からの陽が息をするように揺らいでた。

「初心に帰るべきだと思ったとき、オレはここにくる。最初にブリスベンに来て
英語も満足に話せなかった最初の100日を思い出す。不動産屋にわたりを
つけて、ここで最初の道場を開いた。単に何にもない倉庫だったが、ここを
道場生でいっぱいにしてやるぞと心に誓った。着替えの場所なければ、
打ち放しのコンクリートの床だ。それでは誰も来やしない。だから最初の
100日は道場づくりだったよ」 Mr.Tは遠くを見るように言葉を接いだ。「毎日
床づくりやペンキ塗り、看板づくりの大工仕事ばかりだった。それが楽しかった」

薄明かりの中で、Mr.Tはこちらを振り向いたように思えた。

「コバヤシ。2号店はオレのミスだったのかもしれない」
一瞬、Mr.Tの言葉が自分の中に入ってこなかった。だが言葉は続いていた。

「オレは慢心していたのかもしれない。自分の力を過信していたのかもしれない」

Mr.Tは、ほんのコンマ何秒かわたしを見た。いや見たような気がした。その目が
何を告げようとしていたのか、暗がりの中ではわからなかった。Mr.Tの弱音は
予想外であったが、殴られるよりもよっぽどボディブローのようにわたしに
響いてきた。

SAKURAの春 桜のつぼみ 2 @@@@@@@@@@@@@@@ 終わり

勝手にアドバイスは、いつもと趣向を変えて、店舗建て直しのフィクショナルな
物語の続編を書いています。今日はその2回目です。フィクショナルなのですが、
わたしの実体験をベースにしています。お付き合いいただければ幸いです。

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コメント

わー 続々書いてある!(^^)
今はちょっとバタバタしてるので落ち着いたらゆっくり読ませていただきますねん♪

投稿: まゆ | 2007年1月31日 (水) 18時11分

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