« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

2007年4月の30件の記事

2007年4月30日 (月)

窮屈さからの改革

今日は隔週で書いているぷろこんエッセイからの転載です。
→ご登録いただける場合、まぐまぐはこちらから
めろんぱんはこちらからです。


窮屈さからの改革

“I suddenly wanted to dress differently, to wear clothes designed by
Hedi Slimane. But these fashions, modeled by very, very slim boys?and

not men my age?required me to lose at least 40 kg. It took me exactly
thirteen months.”

ファッション・デザイナー Karl Lagerfeld 氏の言葉

出典: http://en.wikipedia.org/wiki/Karl_Lagerfeld

            @@@@@@@@@@@@@@@@

一度は引退したデザイナー高田賢三氏が、2003年頃から再びファッションの
仕事にもどったのは、ケンゾーブランドを売却して、自身が充電をされただけ
ではなく、ぶらぶらしていると太ってしまって洋服が似合わなくなるから、と
コメントされていたのを覚えている。今年68歳になる高田氏にして「洋服が
似合わなくなったらまずい」というコメント、身にしみる男性も多いだろう。

デザイナーのダイエットと言えば、何といってもシャネルの大御所デザイナー、
カール・ラガーフェルド氏である。100kgの巨漢が60kgまで減量した前と後は
まるで別人である。その物語を本にまでしている氏も商売っ気たっぷりだが、
こちらのブログではその変身ぶりがしっかりとチェックできる。マーク・ジェイ
コブス、アレクサンダー・マックィーンの両氏(いずれもデザイナー)との比較も
おもしろい。

100007453 ダイエット前  100049317 後 

今年73歳のラガーフェルド氏が、ダイエットを完了した姿は2002年春夏のフォト
にあるので69歳ぐらい、始めた2001年は68歳ぐらいである。ダイエットの理由も
有名である。「(ディオール・オムのデザイナー)エディ・スリマンのデザインした
スーツを着たい」。冒頭に引用したラガーフェルド氏のコメントの拙訳である。

  がらりと服を変えたくなった。それもエディ・スリマンのデザインした服を
  着たくなったんだ。だけどこの種のファッションはとってもとっても痩せた、
  わたしのような年寄りじゃない若者がモデルだ。これを着るために40kg
  痩せなきゃならなかった。それには13ヶ月かかった。

エディ・スリマンのデザインするスーツとは、美しい細身のシルエットを特徴と
しており、ジャケットの前ボタンが締められないほど前身頃が狭く、窮屈な服で
ある。その前衛的なスタイルがモード系の若者にウケてきた。ディオール・オム
発で他のデザイナーズ・ブランドにも影響を与え、タイトフィットなスーツが増え
てきた。わたしのようなオヤジ向けのスーツにも、足長や美脚スーツが増えて
きたのもその波及であろう。

だがエディ・スリマンのデザインは、どうもスリムさを強調するだけではない
雰囲気がある。そこには繊細さ、ストイックさ、そしていつまでも挑戦をやめない
(やめさせない)姿勢を挑発する何かが感じられる。それがラガーフェルド氏を
ダイエットに挑戦させ、50代、60代のセレブにも支持されるブランドに成長した
理由であろう。

            @@@@@@@@@@@@@@@@

ファッションの世界では窮屈さが美しさへの挑戦だとすれば、普通の仕事の
世界では、窮屈さが業務改革のステップになる。

「どうしたら導入したシステムを使ってくれるんでしょうか?」 システムは入れ
たが使用率が向上しないという、お客様からの問いかけ(嘆き)は多い。導入
時点で、使用する現場を巻き込めなかった、あるいは、そのシステム(化)が
自分の仕事に不可欠であるという認識が広がらなかった。システム自体の
良し悪しもあるかもしれないが、使われない原因はたいていそんなところに
ある。

効率化をするためにシステムを導入したのに、使われなくても仕事が回せて
いる。ということは仕事のやり方はまるで変わっていないということである。
これに業を煮やした武蔵野という企業の社長さんがいた。小山昇氏という
有名社長のいる会社である。小山さんの情報化推進は社員に「業務上の
窮屈さ」をわざわざ強いることだった。

営業の情報系のシステムが入力されない状態を改善するためにとられた
窮屈策とは「コンピュータ二人に一台でナレッジシェアリングさせる」だった。
普段はひとりに一台のパソコンを、ある日から二人に1台にしてしまったのだ。
とうぜん現場からはブーイングが巻き起こった。だが社長は意に介せず、パソ
コンの半数をしまってしまったのだ。

そうすると何が起きたか。二人に1台の入力は窮屈だが、入力時間を調整し
あうなど相手を慮る気持ちが芽生えてきただけでなく、情報を共有することの
意味や大切さを各社員が考えだした。情報共有は相手の仕事を楽にするこ
と、それは自分も楽になることだと。そんな気づきをさせたというところに
「二人に1台の窮屈策」の巧妙さがあった。意識が変わりだしたころ、一人1台
の状態にもどした。

            @@@@@@@@@@@@@@@@

もうひとつの窮屈策に「言葉を窮屈にする」手がある。

たとえば「顧客ニーズ」という言葉がある。誰もを黙らせる便利な言葉なのだが、
その内容は顧客層ごとに違うし、顧客を見る人によっても異なるあいまいさを
含んでいる。モノやサービスを売る仕掛けでありコンセプトに、無造作に「顧客
ニーズ」という言葉の衣をかぶせてしまうと、ほんとうのニーズが見えなくなり
がちである。さらに深刻な問題は、開発やマーケティングの発想がステレオ
タイプになってしまうことだろう。

そこである企業では「顧客ニーズ」「パッケージング」「顧客へのロイヤルティ」と
いうような抽象的な慣用表現を禁句にするという「言葉の窮屈策」をとった。
禁句を社内文書に書きたいときは、別の言葉で置き換えなければならない。

そうなると社員はその「便利な抽象語」が持つほんらいの意味を考えるように
なった。禁句を別の言葉を置き換える思考の中で、その言葉にはこれまで
含まれていなかった需要やサービスや顧客の思考をを見出し、新たな発想が
生まれてきたという。言葉を窮屈にして思考を誘発したのである。

窮屈にすれば見えてくることがある。ありがたみもわかり、ステレオタイプな
発想からも逃れられることもある。

            @@@@@@@@@@@@@@@@

ポジションが固定化したり、同じ仕事のやり方を続けていれば、どうしても
不要な肉がついたり保守的な心理を持ちになりがちである。いつの間にか衣が
型くずれして太っていることに気づかないかもしれない。

だから図らずも太ってしまったとき、そう感じたときは、タイトフィットな洋服を
着ることを考えよう。洋服ダンスの奧から「昔は着れた」服を出してみるのも
いいが、ラガーフェルド氏のように「あれが着たい」という本能的なチョイスが
いいような気がする。

身体も仕事もギリギリに追い込んで、いったん窮屈になるようにしてみれば、
意思のサイズ(挑戦)と体形のサイズ(結果)のギャップも小さくなるはずだ。

今日は以上です。

| | コメント (0) | トラックバック (18)

2007年4月29日 (日)

「考えない」から「10人目の嘘」へ

連休なので新丸の内ビル東京ミッドタウンに出かける人も多いだろう。どちらも10万人/日以上のにぎわいをめざす施設なので、さぞやごったがえしているでしょう。

その東京ミッドタウンには、日本でも有数に高価なチョコレート・ブランド「NOKA CHOCOLATE(ノカ・チョコレート)」の日本第一号店がある。このチョコをバレンタインにとは簡単にゆかないプライシングである。恋のきっかけは甘くはないということだろうか。

甘くはないチョコっと恋ではなく、深澤直人氏ファンのわたしが注目したのは、東京ミッドタウン21_21 DESIGN SIGHTで先週(2007年4月27日)から開催されている『第1回企画展 深澤直人ディレクション 「チョコレート」』である。実は深澤氏らがコメンテーターになるトークショーがあるとCherryさんに教えられ、仕事もそそくさに、さっそく六本木までそのチケットを買いに行った。だが発売翌日にはすでに売り切れていた。その残念さをこめて、今日の勝手にアドバイスは「考えない」から「10人目の嘘」へ、としたい。

 Ex0703_23 Ex0703_james_mollison    

【勝手にアドバイス Vol.160 「考えない」から「10人目の嘘」へ】
第1回企画展でとり上げた題材は、チョコレート。誰もが親しみを持つこの題材は、デザインの視点を提示するためのきっかけにすぎません。この言葉、この甘くて苦い食べ物を通して見た世界について、深澤直人と約30組のクリエイターが、意外性に富んだヴィジョンを発表します。
引用元 http://www.2121designsight.jp/

この企画展には、チョコレートを題材にさまざまな展示物や道路(!)があるそうだ。わたしが気に入った「バリ・チョコ』(橋倉誠氏)は、工業製品の製造の際にできるバリ(=研磨されてなくなってしまう)をデザインしている。深澤氏のチョコの道路も意外性にあふれる。

 Chn11_rpt317_makotohashikura_500  Chn11_rpt317_kicx4529_500
  バリの感じがとても良い。           道路(現物を見に/ナめに?行かなきゃ)

スウェーデンの4人組美女デザイナーFront Designはきっと日本でも有名になるだろう。Sofia、 Charlotte、Anna、そしてKatjaさん。調べてみるとかなり優れたデザインがあるし、「動き」を3Dファイルに変換するモーション・キャプチャーの技術のデザイン化もおもしろかった(次週にでも紹介したい)。

Front_cover  Chn11_rpt317_kicx4518_500
素敵なデザイナーさんたち。           剥くという行為に着目されたのでしょう。

【なぜチョコレートがテーマなのだろうか?】
深澤 直人(本展担当ディレクター)氏のコメントは次の通りである。

「10人のうち9人はチョコレート好き。そして10人目は嘘をついている」
アメリカの漫画家、ジョンG.トゥリアス(John G. Tullius、1953年生まれ)の言葉です。誰もが親しみをもって受け入れている不思議な食べ物、チョコレートは、食べ物という存在を超えて、生活の至るところに顔を出します。その、「すでに共有されている感覚(感触)」を通して世界をとらえてみるとどうなるか、それが今回の展覧会の試みです。もちろん、チョコレートそのものの作品も登場しますが、それだけではありません。チョコレートから見た世界を、一緒に味わってください。

引用元 http://www.fujitv.co.jp/events/art-net/go/453.html

わたしはまぎれもなくチョコレート好きである。1週間に1回以上、食べない週はない。きっと多くの人がそうに違いない。みんなが関わりあいながら、さまざまな思いで甘苦い消費をしている共通素材をデザインテーマにおき、さてどんなデザインが飛び出すか・・・それを深澤氏がリードしようということだろう。

Chn11_rpt317_kicx4536_500 チョコいろいろ、人生いろいろ。

その「10人中9人・・・」の原文が気になったので調べてみた。

Nine out of ten people like chocolate. The tenth person always lies.
(John G. Tullius, The Little Book of Chocolate, Brockhampton Press, 1996)
引用元 http://fmodex.blog54.fc2.com/

【without thought】
さてわたしは、前述のように深澤直人氏の今回のトークショーに参加しそこねたが、深澤氏のワークショップで有名なものと言えば「without thought」、つまり「考えない」である。このワークショップは1998年から数度開催された。

そのワークショップは若手デザイナーを対象にしたもので、日常業務から離れて集中してデザインのことを考える3日間の工程だった。詳しくは氏の著書を読んでいただくとして、デザインとは、そもそも「人の意識に刺激を与えるもの」であるのに、「考えない」というタイトルはなぜだったのだろうか?

その理由を深澤氏はこう書いている。「デザインというものがなくても、人間は既に、環境にあるものすべてのものをその状況に応じて価値に変化している
(『デザインの輪郭』 深澤直人氏より引用)

壁は空間を仕切るものだが、あるときは人が壁に寄りかかる価値でもあり、傘を立てかける価値でもあり、逆立ちして足を寄せてエクササイズするための価でもある。壁に関して質問されても、人は「空間の仕切り」としか答えないが、無意識には(傘や逆立ちのような)さまざまな価値を持っている。そのことに普段は気づかない。日常の考えをなくさないかぎり、それを気づかせるのはむつかしい。それに気づかせる機会として「考えないワークショップ」を開催したのだった。

実は、考えないことこそが普段見いだせない価値を見いだす手段、というわけである。これはマーケティングにおける顧客価値を考える上でも非常に参考になる取り組みである。

【10人目の嘘】
その視点から「10人目の嘘」を考えてみると、チョコレートという普段の存在にどんな価値がありうるか、日常の甘い視点を捨て去ったとき、何が見えてくるか。展示会では道路であり、花瓶であり、鉄パイプであり、バリであり・・・チョコとはおよそ似ても似つかない展示物ばかりである。

さて10人目嘘つきにとってのチョコの価値とはなんだろうか?ダイエット食?保存食?盗み食い?自分への甘いご褒美?・・・いずれにせよ、あの口の中で舌とともにとろける感触を「わたしこそが世界で一番知っている!」と叫ぶ、へそ曲がり価値のような気がする。酒呑みが(今日は)禁酒するぞという「割引価値」でもなく、タバコ飲みの15回目の禁煙いう「無形文化価値」とも違う。

今日は以上です。ちなみにワークショップ落選の替わりに、深澤氏の業績本のサイン会は予約した。ミーハーであります。http://www.plusminuszero.jp/aoyama/info.html

| | コメント (0) | トラックバック (6)

2007年4月28日 (土)

デジカメ2.0&フォトで紡ぐキャンペーン

今日(2007年4月28日)の午後の南関東地方の落雷はすごい音だった。うとうとしていたら目が醒めてしまった。夕立だろうから、やがて止むとはわかっていても、どこでどのくらいの雨量や落雷か気になる。そういえば気象情報企業のウェザーニュース社は、全国の降雪量をピンポイントで測ってもらい携帯電話で情報を収集し、みんなで降雪量を予測するというイベントをやっていた。
http://weathernews.com/jp/c/press/2006/061221.html

雷で怒った空を携帯電話かデジタル電話で撮影して、「ウチの方からはこんな風に見えたよ!」という画像をリアルタイムでネットに公開するなんてできたらおもしろそうだ。「どこかで落ちた?」「たぶんウチの方に落ちた」とか・・・

と思っていたら、そんなことができるデジカメが発売された。ニコンの「COOLPIX S50c」である。デジカメは遂に2.0の時代に入った。今日はニコンのデジカメと、再び宮崎あおいのオリンパス・キャンペーンから、デジカメ2.0時代を考える。

【勝手にアドバイス Vol.159 デジカメ2.0&フォトで紡ぐキャンペーン】
ネットにデジカメ写真を保管する時代になった。COOLPIX S50cには2つの注目すべき2.0機能が搭載されている。ひとつは、「撮った写真をすぐに友達に送れる機能(ピクチャーメール機能)」である。

ケータイでは当たり前のことがデジカメではなかなかできなかったが、COOLPIX S50cは公衆無線LANを使って写真をメールできる。公衆無線LANはブロードバンド回線なので高速転送が可能であり、デジカメならではの高画質写真を送れるのだ。
引用 http://www.excite.co.jp/ism/concierge/rid_261/

 Chn11_rpt261_dsc_0056  Chn11_rpt261_dsc_6724  

カメラに「HOT SPOT」(NTTコミュニケーションズ)と「BBモバイルポイント」(ソフトバンクテレコム)の無線LAN(Wi-Fi)通信機能を搭載している。撮影後すぐに、HOT SPOTなどで写真を友人に送信ができる。賢いところはサムネールのようなピクチャーメールを送信するだけで、メールの受信者は携帯やPCで、実画像をネット上のサーバーからダウンロードできる。送信先は(自分のPCなどを含め)30件まで同報できる。

 Pic_009

もうひとつは、「撮った写真をそのままネット上のサーバーへ転送する機能(ピクチャーバンク)」。

カメラから大量の画像をニコン専用サーバーの自分専用の領域に転送、保管できるサービスです。自宅無線LANアクセスポイントを経由する場合、カメラを充電をしながら、パソコンを起動することなく大量の撮影画像を一括転送できます。
http://www.nikon-image.com/jpn/products/camera/compact/coolpix/s50c/features02.htm

ユーザーにはニコンのネット上のサーバー2GBまでが無料で提供されるという。わざわざPCに保存して、整理して・・・という作業を不要にした。アルバムはデジタルになって「向こう側」にあるのだ

【結婚式も、結婚も2.0に?】
たとえば結婚式で新郎新婦の姿をばっちり写真を撮って、それをすぐにサーバーにアップすれば、2次会にのみ出る友人達にもどんな式だったか、高解像度の写真で即座に伝わるのである。遂に結婚式のメモリーも2.0になったのだ。式が2.0になるのはスィートなメモリーだが、結婚自体がすでに「向こう岸の2.0」になっている人もいるのである(笑)。

個人利用だけでなく、報道利用にもいい。わざわざ報道ブースでPCに落として、新聞社に送信する必要がないのだ。写したその場で報道デスクに高解像度(7.2メガピクセル)の写真が送れる。フェンウェイスタジアムの松坂投手の笑顔を写して、その場・即座に東京に送れるのである。ネット報道の即時性にも貢献しそうだ。

マーケティング信奉者としては、デジカメが2.0なるのなら、その機能を活かしたプロモーションができないか?と考えてしまう。すると、それに近いことがオリンパスで行われるのだ。

【E GOES to WORLD
以前ブログに「宮崎あおいの旅ファインダー・プロモーション」を書いて、わたしはすっかりファンになってしまった。オリンパスのサイトをチェックすると、彼女の写真が増えているばかりか新しいキャンペーンが始まっていた。まずは宮崎さんの写真(画像キャプチャ)をご紹介。

 02_11 03_7 

【フォトでミュージックビデオを紡ぐキャンペーン】
ひとりではない、たくさんの「あなた」がつくる、Mr.Children「彩り」もうひとつのミュージックビデオ。

世界でたったひとつのミュージックビデオを紡ぐのは、あなたがアップロードする写真です。著名クリエイターが提供するコンセプトをもとに、あなたのイメージする写真を撮ってアップロードしてください。アップロードされた中からベストフォトを選び、もうひとつのミュージックビデオを完成させていきます。あなたが取った写真と、この地球に住む誰かが撮った写真で紡ぐ、まったく新しい感動をご期待ください。
http://olympus-wonder.com/main.html

Mr.Childrenの(曲なのでしょうか)「彩り」をつくる写真をみんなで撮って送ってくださいというキャンペーンで、2007年5月下旬スタートとされている。おもしろそうな試みである。「この地球に住む誰かが撮った写真で紡ぐ」という割には、Mr.Childrenというジャパンのアーチストでいいのか?という疑問はあるが。

携帯メール、デジカメ、ブログやSNSが日常になった今、人と人を結ぶネットワーク機能を媒介にして、メーカーやサプライヤーからの発信ではなく、「みんなからの参加」で、情報提供・情報共有・情報創造の新しいスタイルが可能になった。それをもっともっと商売に活用できるはずだ。

【勝手にアドバイス】
①提供・共有・創造
オリンパスのキャンペーンの場合、コンセプターがテーマを決めてそれに応募してもらうという形式を取っている。自由なテーマ=アンコトローラブルなプロセスになるという判断からだろうが、リサーチではあえて「自由なテーマ」を与えることもある。キャンペーンがリサーチのねらいもあるならば、消費者にまかせてしまえ!というやり方もある。

②カメラマン2.0
ニコンのネットワークでは、サムネールだけを公開できる。ならば従軍カメラマンやスポーツライターは、現場写真のサムネールだけを週刊誌に売り込んで、サーバを参照してもらい、それに最高値を付けた週刊誌に実写真のダウンロード許可を与えて、売り込み2.0を構築するというのもいいだろう。

③恋愛中2.0、恋愛後2.0
同じ二人が写る写真でも、撮影年月日が移り、場所も変わり、表情もこわばりだすと、アップロードされたデータも、統合サーバから分散サーバーになるのだろうか?

ちょっとビターに今日は以上です。ではまた明日。

| | コメント (0) | トラックバック (11)

2007年4月27日 (金)

問題研究の人間学 5.答えが問題をつくっていないか?

今週(2007年4月23日~)の旬ネタでは問題研究の人間学を考えてきた。これを考えるようにわたしに問題意識をもたらせたのは次のような思いである。

顧客ニーズ、ウォンツ、ベネフィット・・・開発者が取り組むべきマーケティング用語は数あれど、それにどう感づくか、感づけるか、それこそが本来の問題である。世の中には「アイデア発想法」や「問題構造化技法」の書はたくさんあるが、どう「感づくか」を真正面から論じた本は少ない。商品やサービス開発に直結していないものも多い。生活者の目線、フラットな視点、既視感リセット・・・それもわかるのだが、どうしたら「子どものように新鮮な目」を開発者は(少しでも)取り戻せるのだろうか?

人間学を考えるのには消費研究という消費者調査視点、人間そのものを察する問題研究視点、この両者が「顧客」を考える上で欠かせない視点である。いかに顧客を囲い込めるか?いかに商売にできるか?はその後なのである。前者の活動が無いままに(不足したままに)、囲い込みや顧客生涯化など、なぜできるのだろうか?このような問題意識からのテーマであった。

【勝手にアドバイス旬ネタ: 問題研究の人間学  5.答えが問題をつくっていないか?】
わたしは日本では知名度が今イチのDixie Chicks(今年のグラミー賞ウィナー)ファンであるが、彼女たちの最新アルバム『Taking the long way』の出だしの2曲目「Easy Silence」の中のこのフレーズが耳に残っている。

  ♪Answers only make more questions♪(答えがまた新しい問いかけを生むだけ)

 51rcwqx2d8l__aa240_

[原詩 第1小節]
When the calls and conversations, accidents and accusations, massages and misperceptions
[拙訳]
電話にでれば「たいへんな災難でだったわね・・」のメッセージか、「非国民は失せろ!」の勘違いばかり。

[原詩 第5小節]
Anger plays on every station, answers only make more questions,  I need something to believe in
[拙訳]
どのラジオ局にもわたしたちへの怒りがリクエストされて・・・答えがまた新しい問いかけを生むだけ。何かを信じたい気持ちでいっぱいなのに。

ご存知の方も多いが、この詩の背景にあるのは、彼女たちのあの困難な日々である。2003年に米国がイラク侵攻を始めた頃、英国でのコンサート中にナタリー・マインズ(vo)がブッシュ大統領批判をした。そのために保守的かつブッシュ大統領の本拠地であるテキサスを中心に、ディクシー・チックスのCD不買や廃棄運動を起き、カントリーミュージックのラジオ局には「ディクシー排斥!」のリスナーのコメントが殺到し、その剣幕に恐れをなしたラジオ局は、彼女たちの曲を一切流すのを止めた事件である。

Dixie Chicksのドキュメンタリー映画『Shut & Sing』にあるが、彼女たちが謝罪をしようとすると、「何に対して謝っているのよ!」といった反応が返ってきたり、思いきって3人がヌードになって雑誌の表紙に出たことも(当たり前だろうが)火に油を注く結果になったりと、「答えがさらに問題を」つくったのであった。そのあたりの状況、気持ちを歌った詩であろう。わかります、その気持ち。

【答えが問題をつくることは日常茶飯事】
答えがさらに問題をつくる」「問題を深める」ということは、世の中では珍しいことではない。売り言葉に買い言葉という喧嘩腰の態度ではなくても、答えたつもりが相手には答えにならずに、より問題がこんがらせることはあるだろう。そればかりか、答えが問題をさらに発展させてしまうこともあり、問題の子どもを増やしてしまうこともある。

政治討論のように、わざと質問に答えない場合もそうだ。もっとも国会質問では、会期中に質問ひとつで数十人、下手をすれば数百人が答弁づくりに駆り出されるそうだから、質問は罪作り、いや税金のムダである。ということはわざと質問に答えないことは、実は税金の削減につながっている(わたしは問題の捉え方が間違っているだろうか?)。

さて答えが問題をつくることはコミュニケーションに限ったことではない。解決策と思って取られた行動や意志決定の中にこそ♪Answers only make more questionsが潜んでいる。

【ビルのセキュリティの教訓】
昨今の企業をめぐるセキュリティへの取り組みは高まりこそすれ、廃れる気配はない。企業では何らかのセキュリティ対策を施している。ちなみに昨今のオフィスビルのグレードを決める重要な要素は、セキュリティ対策がどの程度打たれているか、打てるかにある。すべての訪問者が1階ロビーでチェックされるので、アポの無い押し売り(古いですね♪)はビル内の入居企業に立ち入れない。

だが、大半のビルではそこまでの集中コントロールはなされていない。オートロックの無いマンションと同じである。事例としたい企業Z社が入居するビル(築10年以上前)では、セキュリティ対策は個別のフロア、個別の企業で施さなくてはならない。

そこでZ社では「セキュリティレベルをあげよう」と考えた。首尾よく実施したと考えたが、思わぬ落とし穴があった。それは、セキュリティレベルをあげたために、最終退出者がオフィスを後にできないという問題である。

いろんな込み入った状況があるのだが、簡単に言うと、最終退出者は正面玄関にあたるドアから出なくてはならない。だが正面玄関のドアのカギを持つのは幹部職員だけで、彼らはたいていは残業をしないのである。下々の残業社員が、セキュリティシステムのおかげで、最終退出ができなくなってしまったのである。幸か不幸か、残業ができないという問題が発生した。

Photo_47  本文とは関係ありません。

【ノーベル&ノーマルなアイデア】
この解決策は思わぬところからやってきた。残業社員のKUBOTAさんが見出したのだった。正面玄関から帰れなくなった残業社員KUBOTAさんは、そこで考えた。首尾良く残業するためにはどうしたらいいだろうか?

Z社では「打ち合わせスペース」を計5つ持っていた。第1から第4までは、ビルの窓側に面しており、ビル内廊下とは離れていた。ところが第5会議室だけは、ビルの廊下側に面していたのだ。それは、そもそもそのスペースが物置あり廊下への通路だったからだ。業容拡大の中でいつしか会議室になっていたのだ。誰もが会議室として考えており物置や通路とは考えなかったのだ(会議室には廊下へ出るドアはあったが、開かずの扉状態でドアとして誰もが認識していなかった)。

彼はなぜか、会議室は本来は物置であり通路であることを思い出したらしい。長い間に会議室として使われる中で、誰もが「会議室」という意識で、「通路」ないし「物置」という記憶が失われて、その部屋にあったドアにセキュリティを施すという考えも及ばなかった。だがその昔、気を効かせたビルのオーナーは、そのドアをオートロックにしていた。だから内から出ても自動的に締まるのである。

Z社では、これで一般社員も、制約なく残業ができるようになったそうだ(良いのか悪いのか・・・笑)。

【物置か?通路か?】
会議室から退出すると書くと変だが、そこにはオフィスに働く社員みんなの錯視があった。「会議室」はそもそもは「物置兼通路」だったのだ。いつしか会議室になった。その目(会議室)で見てしまうと、そこを通路(本来の姿)という考えには及ばないのだ。発見者のKUBOTAさんのノーベルな指摘を受けて、わたしはこれを「KUBOTAさんの物置兼通路法則」と呼んでいる。

業容拡大で会議室を作った判断は悪くはないが、通路を会議室にしたおかげで問題が発生したのである。この事例を「バカだなぁ」と思うことはたやすいが、あらゆる問題解決の判断は、次の問題発生の序に過ぎないかも知れないのだ。バカだなぁはともかく、そこをつかみとってほしい。

さらにネーミングはくせ者だ。会議室と名付ければ通路ではなくなるし、階段の踊り場でも会議室になりうるのである。

 Photo_46  踊り場でひそひそ。

問題にどうレッテルを付けるか?の前に、問題にそもそもどういうレッテルが付いているか?を考えるべきである。

昔「下着を上着」と呼んだデザイナーがいた。それで胸元からブラを、スカートの裾から下着を見せることに抵抗がなくなった。破れたジーンズを「ボロファッション」と呼んだデザイナーもいた。破れ目から肌を露出することがファッションになったおかげで、虫食いの洋服まで着れるようになった(かどうかはわかないけど)。

お風呂場を「バー」と呼ぶ人だっているだろう(お風呂で一杯ひっかけられるからさ)。台所だって家によってはキッチン・ドランカーがいるので「立ち飲み酒」と呼ぶこともできる。リビングの壁は「逆立ちフィットネス・ボード」と呼ばれているかもしれない。そこが一般には何と呼ばれているか抜きに考えることが、既にある凝り固まった用途に左右されずに、原理原則を思いださせてくれる。今までと違うレッテルを貼れるきっかけになる。

今週は以上です。お読み頂きありがとうございました。まだまだ未完の思考部分・調査部分が多いので、先々週の「カスタマー・バリューのフロンティア」と一緒に、もっときっちりした研究の末このテーマを再展開いたしますので、その際にもまた御支援賜れれば幸いです。ほんとうにありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (8)

2007年4月26日 (木)

問題研究の人間学 4.結局のところ問題は何なのか?

今週(2007年4月23日~)の旬ネタのテーマを今一度振り返りたい。

1.問題のとらえ方がまず問題ではないだろうか?(高島屋アンビバレント・メゾン) 23日
2.セイリ的には問題だろうか?(餃子蒸し器とGPS測量システム) 24日
3.誰にとっての問題なのだろうか?(靴のICタグシステム) 25日
4.結局のところ問題は何なのか?(30分フィットネス カーブス) → 
本日
5.答えが問題をつくっていないか?(KUBOTAさんの問題の親子法則) →27日予定

「問題のとらえかた」「問題は生理的に感じる」「誰にとっての問題か」と書いてきて、今日は「結局、問題は何なのか?」である。黄金週間の週末近いこともあって、ちょいっとくだけた感じで(いつものことですけど)この問題に取り組んでみたい。

切り口はそれは男と女の問題なのか?」。

【勝手にアドバイス旬ネタ: 問題研究の人間学  4.結局のところ問題は何なのか?】
今週になって同僚のCさんを見て、「あれれ?」とちょっとけげんに思った。そう思った理由は、Cさんの髪型ががらりと変わったからである。前はお嬢さん的なかわいらしいヘアスタイルだったが、(ほんとうに)ばっさりショートになったすっかりシャープな感じになった。本人の写真を無断で載せられないのは残念だが、わたしは、そのお披露目初日に、斜め前に座った彼女を、あらら・女性は変われば変わるもんだと、実は何度もチラチラ見た。そして遂にこう言った。

「最初見慣れなかったけど、だんだん慣れてきたよ」
Cさんははにかんだ笑顔を見せた。
「それにしてもマアずいぶん切ったねぇ」
「ざっくりやりました」とCさん。たぶん15cm以上だ。
「シャープな感じがするよ。なぜか食通には見えなくなったけど」
彼女と一緒だと美味しいものにありつけるのである。
「ハハハ」とCさんは笑った。

 Photo_45
 これはマイクロソフト・クリップアート嬢(Cさんはこのくらいかしら?)

【いくつになっても懲りないのが男】
ちょうどその夜、旅立つ営業ウーマンKSさんを囲んで(新天地でがんばれよ!)、Cさんとわたしで食事会を開いた。ちょっと遅れてきた営業マンNaさんが、Cさんを見て開口一番「髪、切ったんですねえ!」
そこでわたしはNaさんに牽制球を投げた。「髪を切ったからって、何かあったんでしょ?なんて聞くなよ」
「いやあ、でも・・・何かあったんでしょ?」 性懲りない男である。

男性の女性に関する大きな勘違いのひとつに「女性髪を切るときには・・・」がある。それは女性の「髪切り」を「」や「別れ」や「失恋」や「心変わり」にどうしても結びつけたがる(やまい)である。その病におかされている男性は世の中の92%ぐらいいる。Naさんもそこに属しているのである。

かくいうわたしも、実はCさんに一応は聞いてはみた。もちろん答えは「No」である。男=髪=失恋や別れという方程式が成立すると思っているのは、男だけなのである。リサーチャーの経歴を持つわたしは、この件に関しては複数の女性にインタビューしたことがあったので、「ははん、やはりね」と思ったのだ。男と髪は関係ないのである。別れた男のためにお金を使うほど女性は甘くない(笑)。別れた女のために酒代を増やすのは男という泣き虫動物だけである。

Naさんは若いゆえか経験不足か修行が足りない。しかしまあCさんの場合、「その場で決めた」そうだ。短くしようとはかねて考えていたのだが、長さとかスタイルはその場で決めたそうで。あっぱれである、Cさん(シャープな感じ、似合ってるよ!)。

男は男心のフレームで「髪を切った彼女に何か問題があるはずである」と考えてしまう。それは男という稼業に憑きものの(安っぽい)プライドが邪魔をしているからだ。「女はこうだ」と思いこみたいフィルターが、問題の正しい理解を曇らせるのだ。ついでに、愛の問題も濁らせるのだ。

【カーブスが問題だと考えたこと】
そこで今日の事例はフィットネスのカーブスである。カーブスは全米の18,000店のフィットネスクラブのうち、5,400店がカーブスだと言われるほど大流行のフィットネス・フランチャイズである。2006年に日本にも進出して、続々とスタジオが生まれている。株式会社カーブスジャパンのHPではそのコンセプトをこう説明している。

1992年にアメリカで生まれた女性専用のサーキットトレーニング・ジムです。
女性が手軽に長くつづけられるように工夫されたこのプログラムは、次々にクチコミで広がり、いまでは全世界で約10,000店。世界中で、現在400万人以上の会員のみなさんが、カーブスのサーキットトレーニングを楽しんでいます。

http://www.curves.co.jp/whats/index.html

 Wha_bod_img_01
  カーブスの風景(同社のHPより)

米国でのカーブスの大流行は、従来フィットネスに行かなかった中高年齢を圧倒的に引きつけたからだと言われる。何しろ顧客の平均年齢は50歳であり(最高齢は100歳がいるという)、従来型クラブの平均年齢の25歳とまったく異なる顧客層なのである。カーブスは女性にとって、どんな問題を最も問題だと考えたのだろうか?

未開拓顧客層を引きつけて大成長を果たしたカーブス。だがフィットネス大国アメリカでも、従来型クラブに背を向ける人は多かった。その理由は「減量に励む姿を男性に見られたくない」「ジムの機械的な雰囲気が好きになれない」「時間拘束されたくない」などとされている。だから女性専用で、シャワーもロッカー室もない、1回30分で終わるシステマチックなカーブス・フィットネスが流行した。
(以上の記述は『シニアビジネス 多様性市場で成功する10の鉄則』村田裕之氏著を参考にした)

【問題は「男性」なのだろうか?】
お手頃な料金と予約要らず、1回30分の気軽なフィットネス、ゆえに継続は力なり。これらは大きなメリットである。だが気になったのは「減量に励む姿を男性に見られたくなかった」という理由である。問題は男性の視線なのだろうか?

Cさんの髪切り事例にもあるように、われわれ男は「男心フレーム」を持って問題を見ているのかもしれない。「オレのために・・・」あるいは「オレ以外の誰か(別のオトコ)のために・・・」と見ていないだろうか?「結局、男性にアピールするためだろ?」なんて男心フレームがフリーズしていないだろうか?

その問題に男が関係するとしても、実は黙々と機械的にステップを踏む男性が横にいるのが問題なのかもしれない。「隣の人とおしゃべりができないじゃない」、これもあると思う。

ちなみに米国カーブスのコンセプトは以下のロゴにある。
_hea_log_02

この根底にあるのが「男支配からの脱却」だと意訳してみよう。そうすると問題は「」であるが、男が思いたい問題オレのことがやはり気になるんだろう、オマエ)ではなく、男が思われたくない問題オトコなんて生き物に、いつまでも関わりあっていたくない、人生は短いのよ、サヨナラ)になる。果たしてわたしは間違っているだろうか?

男の問題: 錯視またはプライド
女の問題: まったく問題にしていないのに、問題視されることの迷惑
男と女の問題: 男のゴール意識と女のプロセス意識 (詳細は拙ブログを参照願います)

【今日の最後はあなたの問題】
Cさん」がほんとうは誰なのか?このブログによく登場する「Cherryさん」なのだろうか?「C」は偶然の一致なのだろうか?仮に読者がそう勘ぐったとしても、これはテーマに関連した問題ではない。「C」というイニシャルにまどわされたあなたの問題なのである

今日は以上です。

| | コメント (3) | トラックバック (18)

2007年4月25日 (水)

問題研究の人間学 3.誰にとっての問題なのだろうか?

2007年4月23日から書き出した今週の勝手にアドバイス_旬ネタは「問題研究」がテーマである。今日はその三回目。問題解決ではなく、「問題研究」としたところにがあると考えている。

なぜなら問題解決というステップは「すでに問題が提示されている」状態であり、脳トレ次第ですばやく解けるようになるのである。それに対して問題構築というステップは、問題をつくる段階である。解くよりも作る方がむつかしいのは、生徒と先生の関係を思い描けば理解できるだろう。

より重要なのは、問題が発生する状況を考察することである。それができれば、問題の根幹が「なあんだ、そんなことだったの!」ということになる。今日は「誰にとっての問題なのか?」という視点を考えてみたい。

【勝手にアドバイス旬ネタ: 問題研究の人間学 3.誰にとっての問題なのだろうか?】
「そりゃ問題だ!」と誰かが叫ぶとき、それが誰にとっての問題か、突き詰めると明白じゃない場合が多い。ここ数日、東京地方はぐずつき気味の天候が続いている。革靴には雨は大敵である。ちゃんと乾かし、型くずれしないようにシューキーパーを入れておく必要がある。その昔は丸めた新聞紙をぎゅっと詰めたものである(昭和の時代の情景が目に浮かぶ)。そうしたケアの甲斐もなく、靴が嫌な匂いがするようになってしまった。それは誰の問題だろうか?

 Photo_44  MSの画像サイトにくたびれた靴がないもので・・・

①不快に思う本人自身の問題
②誰かを不快にさせると思う本人の問題
③本人の同居人にとっての問題
④誰かを不快にさせると思う本人の同居人の問題
⑤靴を脱ぐお店にランチに出かけた同僚にとっての問題
⑥靴磨きを頼まれる職人にとっての問題
⑦靴修理を頼まれる職人にとっての問題
⑧リフレクソロジーのセラピストにとっての問題
⑨靴の匂いを取らない靴を販売したメーカーの問題
⑩同居する犬にとっての問題

ひとりの足の臭さから展開する「誰にとっての問題」だけでもバラエティがある。

①(自分が不快)と②(誰かに不快さを与える恐怖心)の違いは大きい。①をいくら声高に叫んでもあまり売れない。②に力点を置くことで商品は売れる。「誰かが不快ですよ」という恐怖心に訴求して売っている商品は多いのである。④もまた「誰かに不快」であり、臭い靴が靴箱や土間にあることで、来客を不快にさせると思う恐怖心である。⑥~⑧あたりは何か新しいサービス発生の可能性がある。

自分が不快なだけでは、せいぜい靴の防臭スプレーを買うぐらいだ(600円~)。⑤のランチ時の不快さの防御対策としては携帯スプレーがあるだろう(400円~)。だが夫の足の匂いが妻の問題になり、来客を想定した家全体の問題になるとき、もっと抜本的な対策として、高価(6000円~)な「芳香・除湿・抗菌キーパー高級シダーシュートリー」といったより本格的な対策が取られる。
http://www.rakuten.co.jp/actika/408337/

 D 600円~  Img1024631219 面積的にも6000円

まして夜の和室での接待を考えてみれば、の匂いが原因で接待先のお偉いさんが不快さをあらわにするとすれば、出世にも影響がある(ちと大げさかしら)。匂いが所属部門や妻子の問題にもなりかねない。

教訓は問題を広げて考えようということ。本人だけでなく誰かの問題してしまおう。そうすると問題からニーズが発生し、サイフの紐も緩むものである。

【靴のICタグ事例】
今やいろいろなところでICタグが使われるようになってきた。先行事例としては「靴売場にICタグを導入」という三越百貨店の事例がある。

 P01 風格があります。

婦人靴は、売場と顧客を結ぶサプライチェーンが最も途切れやすい。サイズや色、形が多様なため欠品が多く、在庫確認にどうしても顧客を待たせてしまう。一方販売員は、顧客の要望に応じて売場と靴の倉庫を何往復もしなければならない。百貨店協会の調査によると、1回あたりの平均の接客時間は、靴が売れた売れないにかかわらず、約13分かかるというのだ。
http://japan.zdnet.com/sp/feature/solutionIT/story/0,2000056697,20087138,00.htm

サイズが多く、商品入れ替わりサイクルも早いとなると欠品率が高くなりがちで、婦人向け洋服の欠品率が4~8%であるのに対し、婦人靴は15~16%とほぼ倍近い欠品率になってしまう。
http://enterprise.watch.impress.co.jp/cda/special/2006/02/10/7144.html

これらの記事によると、三越の商品本部商品企画部のマネジャーがサプライチェーン上で重要だと考えたのは①品切れを起こさないこと、②顧客を待たせないこと、である。そもそも靴売場は、他の売場に比べて在庫スペースが売場より大きいという特殊さを備えている。「この靴いいわね~サイズある?」と聞くと、店員が調べに裏に行くシーンがよくあるだろう。在庫とスピードが命なのである。

もちろん成功事例の記事であるから、顧客満足もUP、店員効率はUPという結果なのだが、ここでは「在庫とスピード」を追求するのが「誰にとっての問題か?をいったん考えてみよう。

①店舗
②店員
③店舗マネージャー
④卸会社
⑤物流センター
⑥お客(ウィンドウ・ショッパー)
⑦お客(ウィンドウ・リサーチャー)
⑧お客(パース・オープナー)
⑨お客(バーゲン・ハンター)
⑩コンサルタント

いろいろな立場がある。雑誌の事例はきれいに書かれているので、裏がなかなか読めない。そのときは立場を替える(誰にとって問題か?)と新たな発見がある。立場を変えて「自分の問題」として考える

【もしも私が店員ならば・・・】
店員(=私)にとっての問題」としてみよう。そのときの問題は、なぜ私は接客のスピードアップとクロージング率とアップを両立できないか?となる。

「私はランニング(倉庫と店頭)が遅いのではないだろうか?」
「私は探すのが遅いのではないだろうか?」
「私は在庫の在りか、棚の位置を熟知していないのではないだろうか?」
「私はお客のサイズをうまく測れないのではないだろうか?」
「私はお客の色やデザインをうまく誘導できていないではないだろうか?」
「私はお客と接客よりもダベリが多いのではないだろうか?」
「私の背が低いことが悪いのだろうか?(倉庫で上の段の在庫にリーチできない)」

Back01 Back02  Back03

よくある「本文と写真は関わり合いがありません」、のたぐいです(笑)  
出典 http://enterprise.watch.impress.co.jp/cda/special/2006/02/10/7144.html

ランニング力が弱いなら、社員研修では体力アップである。探すのが遅いのはICタグや二次元バーコードで対応できそう。在庫の在りかは整理とシステム両面。サイズ測定はシューフィッティング力。顧客の好みを絞り込むのは観察力。ダベリは良し悪し。背が低いのは仕方ない。

このようにシステム化以前の問題が多々ありそうなことがわかるだろう。誰かの問題にすると、思いがけない問題が出てくるのである。

【三越さんでのICタグ導入効果】
ただ三越さんの場合は相当な効果があった。次の通り。
・売場と倉庫の往復回数の削減=導入前20回、導入後15回)
・接客時間=(前)13分、(後)6分
・売れたケースの接客時間=変化なし。
・売れなかったケースの接客時間=回数と時間が大幅に減少。
・売れたケースの「お調べ回数」(試着したり、問い合わせたり)=導入前1.7回、導入後3.1回

0509_zu02
出典 http://japan.zdnet.com/sp/feature/solutionIT/story/0,2000056697,20087138,00.htm 

三越では卸業者時点で靴商品の外箱すべてにICタグを付け、入荷検品を行い在庫をする。製品型番別にサイズ、色の在庫量がリアルタイムで把握でき、店員の持つPDAにデータが反映されるので、裏スペースまで走らなくても在庫がわかる。さらに店頭に置く端末で、お客様自身が商品のタグを読みらせて、同じ商品のサイズや色の確認ができる。移ろいやすい女心を逃さない、素晴らしいシステムである。

Mitsukoshi02 自分で自分の靴くらい並べなさい!(て言われた)

【原因に飛びつかず、「誰か」に飛びついてみよう】
問題=SWAっ原因となるが、そうすると誰にとっての問題があいまいになりがちである。誰かのことを考えれば、違う地平線が開けますでしょう。ぜひやってみてください。

今日は以上です。お昼にアマンさん(と言うと失礼だよね♪)に「毎日たいへんですね♪」と言われましたが、そのひと言で救われました。こんな駄文・拙文なので書くのは楽です。むしろ読んでいただくのが大変かしら。その日のちょいお楽しみ頂ければ幸いです。

| | コメント (0) | トラックバック (6)

2007年4月24日 (火)

問題研究の人間学 2.セイリ的には問題だろうか?

昨日(2007年4月23日)から書き出した勝手にアドバイス旬ネタは「問題研究」がテーマである。

【わたしのこのテーマに関する問題意識】
このテーマは、わたしの「問題に関する問題意識」から発案された。と書くとこんがらがるのだが、昨日の「コアバリュー」の図を別の表現にしてみた。だが主張することは同じである。下図をみてほしい。

Cvf04

コアバリューを見出すアプローチには2つある。ひとつはリサーチや現場の調査から浮かび上がる「不満」や「ニーズ」である。「消費学」または「消費者学」であり、消費行動を分析するところからのアプローチである。

もうひとつは商品利用者や開発者が問題をいかにとらえるかというもので、主観的な意識、ありたい姿探し言ってもいいだろう。こちらは「人間学」である。人間の問題を研究するのである。

この二つのアプローチは、実際には図のように上下にきれいに分割されるわけではない。仮説と検証は行ったり来たりの往復運動である。だから行きつ戻りつが当たり前である。だがその運動を仮設と検証と簡単に言いきってしまうと、いろいろな弊害がある。

まず漫然と消費者リサーチをしても問題を発見できるとは限らない。仮設をもってリサーチしなさい、と世の識者は言う。とは言え、CVフロンティアに書いたように、「あらゆるリサーチはつくった仮説を検証するという運命から逃れられない」。自分の仮設のために人は検証活動をしてしまう。だからビデオで顧客を写すように消費者をありのまま見るのいいというリサーチもある。だが漫然と消費者リサーチのビデオを見て、必ず何かを発見できるだろうか?

仮設と検証とは実にパラドックスなのである

【勝手にアドバイス旬ネタ: 問題研究の人間学 2.セイリ的には問題だろうか?】
昨日は「問題をどうとらえたか?」という疑問から始めた。2回目の今日のテーマをひとことで言うと、「それが問題であると人はなぜ感じるか?」という疑問である。問題を「感じる」ことをセンスの有り無しで片付けてしまうと、商品開発にはセンスのある人を雇え!ということなってしまう。それではマネジメントとして片手落ちである。

では問題をどのように「感じる」のか、今日はいくつかの商品開発事例からそれを見ていきたい(昨日「2.問題のサイズが問題ではないか?は改題した)。まずラーメン店日高屋の餃子である。

 01_16

念のため、この餃子自体が今回の事例ではない。低価格ラーメンチェーンの日高屋では、ラーメンが茹で上がる時間を90秒にセットしている。低価格なので回転数(顧客数)を勝負にしているのだ。ラーメンはあっという間にサーブできるが、餃子は焼き上がるのに6~7分を要していた。それではラーメンと餃子を同時に注文してもらっても、ラーメンを食べ終わる頃に餃子がやってくる。餃子を先にサーブするには6~7分間待ってもらうことになり、一皿180円のためにラーメン回転率を犠牲にすることになる。日高屋は客単価を上げたくても上げられないジレンマに陥っていた

【蒸し器の導入で6~7分を90秒に】
そこで、直本工業餃子蒸し器が登場する。新プロセスは冷凍餃子を蒸し器に入れ、中まで一度火を通しておく、それを蒸し器中で保温しておき、注文を受けてから90秒で焼きあげるという流れである。直本工業はそもそも蒸気アイロンのメーカーで、その蒸気制御技術を餃子保温に役立てたということである。

 Photo_steamer Steamer_grill2 

こうやって書くと、すでに問題(餃子とラーメンは一緒に出てほしい)は顕在化していたように思われるだろう。だがもともと90秒と6~7分では、まったく違う次元である。顕在化していたとは思えない。では調理時間が90秒にしてほしい、という問題意識にいかにたどりついたのか?

餃子は90秒で出せないという常識からスタートすると、早くサーブすることをそもそも問題と見るか、極めて疑問である。多くの人に問題として認識されなかったのではないだろうか? どうしようもないなぁで終わっていたのではないだろうか?考えられるのは「餃子とラーメンを一緒に熱々で食べられたらいいなあ」という生理的な欲求である。(商品開発の経緯については日経ビジネス 2006年10月9日号を参照した)

Steamer_grill4 Steamer_grill6 

【小松とトプコンのGPSブルドーザー】
もうひとつの事例は建機メーカー小松製作所と計測器メーカー_トプコンの共同開発の「GPSブルドーザー」である。これはブルドーザーにGPS(全地球測位システム)システムを搭載し、ブルドーザーの位置やならしている地勢情報を、ブルドーザーの運転者にリアルタイムにお知らせするシステムである。

 Kajisys

これで何がよくなったのか。下図のプロセスチャートを見ればわかるように、丁張(ちょうはり=切土や盛土をするとき、施工の基準位置などを示す板などの目印)をつくるプロセスと、修正ブル作業プロセスが省けるのである。極端に言えば、従来はブルでならしては、土地の高さを測ってみて、「もうちょっと削るか」と言っていたものを、ブルに乗りながら、あと15cm、10cm、5cm・・・という地ならしや盛土レベルを、システムがお知らせしてくれるである。

 2004032516393500578

従来は測量士とブル運転士の二人が必要になったのが、一人二役で出来るようになったししかも地ならし時間も縮小したというすばらしい発想の商品化である。これもこうしてみると、問題は顕在化していたように思われるだろう。だがもともとはブルはブル、測量士は測量士の職分があるので、二人をひとつにならないことが「問題」だとは誰もが思われなかったはずだ。

そこにあったのは「一人でやらせれば一人分の人件費と工賃で済む」という、雇われ側(儲けアップ)と支払い側(支払いダウン)のニーズである。問題化はされていないが、合理性を求めるニーズは常にあった。だが「一緒になったらいいなあ」という考えは表面には出にくいし、それは合理的な思考からは出ない問題意識である。

【のぼり旗の放物線】
もうひとつ事例は「のぼり旗」である。よく店頭に新商品やサービスをお知らせする「のぼり」があるだろう。たいがいは「のぼり旗」と言われるくらいだからたいていは縦長の四角形である。

 Jinja  神社ののぼり。

ところが自宅近くのスリーエフの前を通ると気になる形状の「のぼり」があった。実写を後ほど写メしたら掲載するが、下部を放物線状に丸く切り取ったのぼり旗である。この形状にするとよれにくいので字などが読みやすいのである。

 Jp_img  Houbutu   
   一番右の放物線に注目。              放物線のぼり。

縦長の四角形がよれていても「問題」と感じない人には問題ではないが、よれているのが嫌だなあと感じる人には問題となる

【セイリ的な問題か?】
常識疑え!とはよく言われるが、疑おうとして心にチカラを入れればいれるほど、心は硬直して問題が見えなくなるのである。ここに上げた事例における問題は、たいていは人為的に見えるものではない。問題を問題化するチカラは、わたしはむしろ「セイリ的」な問題なのではないかと考える。「セイリ」とは;

整理: きちんとしていないなあ
清理: 何か気持ちわるいなあ(旗のヨレが気持ち悪いなあ)
生理: どこか居心地が悪いなぁ(ラーメンが先で餃子が後っておかしいなあ)
正理: どこかまっすぐじゃないなぁ(ブルを降りたり乗ったりめんどうだ)

何かむずむずすることに気づけるかどうか。それが問題を問題化するかどうかの分かれ目のような気がしてならない。上に書いたセイリは言葉の遊びであるがわたしが言いたいのは、「合理」は問題化の後解釈である。後解釈はニーズがあるかないかというチェック段階であり、商売化の段階である。だからコストと効果が見合うかという「合理」でアイデアが測られる。90秒になったら日高屋さんでいくつ買ってくれそうか?ヨコ用途展開ができそうか?関係者の利害が一致するか?という合理チェックをかける。

合理が先にくると「セイリ」は見えなくなるのである。

「むずむずするなあ(セイリ)」 → 「問題化」 → 「合理チェック」 → 商品化/商売化

こんな流れが「問題化」にまつわる問題にあると今は考えている。いずれもう少し突き詰めたい。今日は以上です。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2007年4月23日 (月)

問題研究の人間学 1.問題のとらえ方がまず問題ではないだろうか?

今週の勝手にアドバイスは「旬ネタ(1週間同じテーマで根掘り葉掘りする)として、先々週の「カスタマー・バリューのフロンティア(以下CVフロンティア)」の余勢を駆って、人間をめぐる問題研究を取り上げたい。

CVフロンティア=顧客研究」はブログには重いテーマだが、常に今日的なテーマ(というコメントをリサーチャーの方から頂戴した。ありがとうございました)であるし、心ある商品開発者では日夜取り組まれていることだろう。「顧客研究」を掘り下げる上でも、消費者や顧客をめぐる実態や問題を体系化すべきだという思いが強まった

ちょうど社外コンサルタントの方と協働して進めている「事業構造改革コンサルティング」のフレームの中でも、「コアバリューを見出す」というプロセスがコアにある。CVフロンティアとして考えていることと連結させてみたいと考えている。まず下図を見てほしい。

 Cvf02

この図の下部の「顧客研究」は、顧客や消費者調査、とりわけそのありままの姿を捉えるリサーチである。消費の実体的な調査・研究のアプローチである。先々週のCVフロンティアでは、主にこの部分のリサーチをテーマにした。

上部の「問題研究」は、人間としての欲求や思考を問題として捉えるアプローチである。リサーチというよりは、気づきであり、仮説思考、問題取捨・整理のアプローチである。未知(だと思っている)ことの発掘である。ここが今回のテーマである。

このふたつに挟まれる「コアバリュー」とは、「顧客化」を研究することである。消費者として、人間として顧客を両面から考え、顧客化を(再)検討し、それが商品化アプローチにつながる。

「問題研究」は結局「問題をどうとらえるか(そもそも何が問題か)」というところに落ち着く。問題を解決するのは得意な秀才が多いが、問題に感づくのに苦手な秀才もまた多い。商品開発に必要なのは感性であり気づきであり非連続思考えある。不要なのは既知感と連続思考である。秀才には向いていない。

今週の構成案は以下の通り。
1.問題のとらえ方がまず問題ではないだろうか?(高島屋アンビバレント・メゾン) 本日
2.セイリ的には問題だろうか?(餃子蒸し器とGPS測量システム)
3.誰にとっての問題なのだろうか?(靴のICタグシステム)
4.結局のところ問題は何なのか?(30分フィットネス カーブス)
5.答えが問題をつくっていないか?(KUBOTAさんの問題の親子法則)

わたしは問題研究=人間学だと考えている。いわゆる「問題解決技法」としてだけ捉えない。技法も必要だが、まず「問題そのもの」をどう考えるか、技法以前に人間学(人を見る目)こそ重要である。

【勝手にアドバイス旬ネタ: 問題研究の人間学1.問題のとらえ方がまず問題ではないだろうか?】
2007年4月19日、高島屋新宿店がリニューアル・オープンをした。中吊りを見掛けた人も多いだろう。

 Main_img_070419  薔薇と書けるか、あなたはバラせるだろうか?

注目したのは「アンビバレント・メゾン」というコンセプトである。日本初、とうたわれているが、海外のデパートメントには事例はある。デパートでなくても入り口は男女一緒、中で二手に分かれて、真ん中に休憩スペースをおくというパターンは見たことがある。これをひとことで言うならば「男女混合フロア」である。高島屋オープンの報道にはこうある。

最も変わったのは4~8階の衣料品売り場で、、同じ階に紳士服と婦人服売り場を併設。高級な新ブランドや呉服の修理店なども導入した。また、巨艦店ゆえに、「買い物をして回るのに疲れる」との声があったため、歩く距離を短縮するようブランドや商品の配置を工夫し、エスカレーター周辺には休憩スペースを設置した。

 Main_img

高島屋新宿店で「オムメゾン」と「ファムメゾン」、つまり男女混合フロアは4階~8階、5フロアである。メゾンの真ん中には「コンシェルジェ」「ギャラリー」「ケアサロン」「シューリペアサロン」「ジュースバー」「休憩スペース」などウェルカムゾーンを設置されている。思い切ったコンセプチャルなお店創りは、マーケター垂涎である。

【高島屋新宿店では問題をどうとらえたのだろうか?】
さて、ショッピングは高島屋でしてもらうとして、同店がリニューアルに際して問題だと考えたことを想定してみよう。念のため、この項はわたしの想像であり取材等は一切していない。

①売上高が低迷している(新宿百貨店戦争のあおり)
②ターゲットを絞り込み過ぎている(F1女性層)
③1フロアが3000㎡もあるので疲れる
④男性客が増えない
⑤カップル顧客が増えない
⑥東急ハンズやベスト電器と相乗効果がない
⑦投入ブランドに差別性が低い
⑧買い場にカフェが少ない
⑨カフェがあってもスィートが少ない
⑩休憩スペースや椅子が少ない
⑪衝動買いが少ない
⑫インショップ同士に連続性がない
⑬クリスピードーナッツが社員でさえなかなか食べられない

・・・・などなど

どれがもっとも正しいかどうかわからないが、それぞれ一理はありそうだ。問題出し課題だしと混同される)というプロセスは、それこそが問題である。誰にとっての問題か、ほんとうに問題なのは何か、問題の親なのか子どもなのか・・・課題抽出セッションをすると、こういうところが厄介なのである。

【男女混合が結果的にコンセプト】
いずれにせよ高島屋の改装コンセプトは「男女混合フロア創り」である。高島屋さんの決断が実際にどういいう道筋をたどったかはさておき、男女混合フロアに至った問題のとらえ方をモデル化するのが本稿の目的である。

[夫やパートナーが退屈するのが問題か]
良くあるファミリー型の百貨店における問題は、一緒に付いてきた男(夫)が退屈するというものである。日曜日のデパートでは、開ききった鯖のような表情で喫煙所に座る男性をよくみかける。

だが男が退屈するのが問題ならば、休憩スペースづくりどまりで十分である。椅子を増やす、喫煙スペースを増やす、男性も止まり木できるカフェをつくるなどで、必ずしも一緒のフロアで買い物をさせるというメッセージを打ち出さないだろう。

[男女一緒に買えないのが問題か]
それらしい問題のとらえ方だが、もしも男女が一緒に買えないのが問題ならば、高島屋は右と左に7:3で分けないで、狭い方の上下で分けるという手もあった。

 Img_zone  
 オムとファムの新宿高島屋レイアウト。

では、商品お互いに見立てて買えないことに問題があったのだろうか?つまり「妻=ファッション・コーディネイター」、「夫=ファッション・サボーリネイター」というパターンである。こういうカップルもあるだろうが、新宿高島屋という店舗の性格上、本質的な問題ではないと思う。

[男女片方しか買わないことが問題か]
この問いかけは、両性具有ショップを前提にしていないと発せられないはず。だから問題提起として反則である。そもそもF1女性にターゲティングした新宿高島屋ではそんな議論がでないはずだ(実際の営業部門では百家争鳴だろうけれども)。

[連れが買い物に来ないことが問題なのか]
この質問も前提から見れば反則である。前問と同じくこの疑問が問題化されるなら、新たにリサーチ(カード購買からの顧客研究)が必要である。消費行動ががらりと変わりつつあるという仮設を立て、それを検証するという王道を示すべきである。だがそもそものF1女性ターゲティングという王道なるコンセプトを、どのぐらい疑える新仮説を提示できるか・・・問題提起としての冒険と、検証リサーチの予算取りという苦難な道のりが待っている。

[個別に落ち着いて買えないのが問題か]
わたしが腑に落ちるのはこの切り込みである。男女が一緒にではなく、実は「個別に落ち着いて買えない」ことを高島屋は問題にしたのではないだろうか?30代共働き、二人合わせて年収2000万クラス以上の層がメインとする。プライスゾーンは似てくるが、テイストは違う。個々が、同じフロアで、落ち着いて買える場を提供しよう。

一緒だが個別。個別だが一緒。こういう男女意識を起点にした結果が、同一フロアメゾンなのではないか?

【人間がビジネスの原点】
わたしの読みが正しいかどうかは別として、「アンビバレント・メゾン」には問題研究の要素が詰まっている。つまり「問題のとらえ方」「問題のサイズ」「誰の問題か」「ほんとうの問題は何か」など、店舗コンセプトをどう決めたか興味がある。

現実には、フロアごとに顧客を誘導したい百貨店側の思いと、ブランドで誘導したいアパレル会社の思いのギャップが問題になる。オムとファムを両方持つブランドにとっては、高島屋の混合フロアコンセプトは好都合かも知れないが、実はカンニバルするとかブランド錯視があるとか、複雑な要素はいろいろある。だが今週の旬ネタでは、業界学はさておき人間学にフォーカスしよう。

今日は以上です。今週のテーマもがんばりますので。

| | コメント (0) | トラックバック (9)

2007年4月22日 (日)

プロセス消費とゴール消費 in 恋愛

先日Cherryさんとランチをしているときに、ひょんなことから話が恋愛系の話題に流れた。それというのも社外のある方の恋愛状況をうかがったからだ。ずい分と長持ちしているとのことだ。お二人の仲の良さをうかがわせるエピソードもひとつふたつ伺った。うらやましかった(笑)。

「ふ~ん、仲良しなんだ」とわたし。「やっぱり職業が似ているからかな」そのお二人は同業界で働いている。そうかもしれないわね」とCherryさん。「でもさ、彼女、長期出張も多いじゃない。それでも大丈夫なんだね」「彼も出張多いんじゃないかしら」 「わあそれでも愛は続くものなんだ」とわたしはため息をついた。

「そういえば芸能人カップルって別れるとき、『心理的なすれ違いが大きくなりました』て言うわよね」「同じ職業でもロケやら撮影やらですれ違い多いからかな・・・ん!ひらめいた!」

わたしは手帳を開いて、ひらめいた「恋愛持続マトリクス」のメモを書いた。「ブログのテーマは恋愛マーケティング?」とCherryさんに笑われたが、人間の根本的なニーズに基づく消費行動はマーケティングの基本である。週末の今日は、マトリクスをまくらに恋愛と職業、恋愛消費を考えてみたい。

【勝手にアドバイス Vol.158 プロセス消費とゴール消費 in 恋愛】
まずそのランチョン・マトリクス。

01_15

縦軸に「職業の類似度」をおいてみた。職業であればまったく類似でなくても類似としたい。芸能界ならお笑いとモデル、情報業界ならSE同士、小売業なら売り子とバイヤー、病院なら医師と看護師、サッカー選手と元女子サッカー選手というのもいい。ようするに職種の内容を知り合っているので、悩みがわかる、喜怒哀楽のツボがわかる、100を語らずとも50語れば「うん、わかるよ」「そうよね」とわかり合える。

職業でなくても趣味でもいいだろうという声もある。前職で新規事業開発をしているとき、営業先の女性課長(離婚経験者)から「郷君(わたしのこと)、夫婦は趣味が一致していなきゃだめよ」と真顔で言われた。

その彼女は、しばらくして「ゴルフをやりだしたの~♪」と話していた。もうちょっとしばらくしたら「結婚しました」という話が聞こえてきた。ゴルフという趣味類似度に恋愛持続を賭けたのだろう。その方は昔、横浜で暴走族と一緒に「ハコ乗り」までしていたという。愛によって人は変われるのだ。

横軸は「すれ違い許容度」である。残業が多い、出張が多い、それでも我慢できるかできないか。愛が深いか浅いかだけでなく、双方の性格にもよるだろう。とくに若い年齢層、特に女性は「依存し合うことを嫌う」傾向が強いので許容度は大きい。逆に中高年齢層、特に男性は「依存し合うことに執着」しがちなので、強度が小さくなりがちである。

各ポジション別では次のことがわかる。

A:職業が同じだからすれ違ってもわかり合える(理想的だと思う)
B:職業は同じだが、許容度が低い(例:夫が妻に仕事を辞めてほしいと願う)
C:職業は違うが、許容度は高い。双方で許容度が高い場合、浮気し合う危険も大である。
D:職業も違い、許容度も低い。この組み合わせは少ない。片方はストーカーかもしれない。

【人間は経年で変化する生き物である】
万物はうつろうものであり、恋愛もまた永遠ではない。パターンとしてどううつろうかを考えてみよう。

 02_10

①A→Bというパターン
芸能界離婚パターンがこれに当てはまる。夫妻共に芸能界で現役続行する。ところがひょんなことから「なぜこれほどすれ違いなのに結婚しているのだろう?」と疑問がもたげるのかもしれない。そうすると職業の類似度はそのままに(つまり双方辞めない)、平行線から開脚線へと移行するのである。

②C→Aというパターン
これはひとつの理想形である。職業は異なっても相方の可能性を信じて寄り添い、やがて仕事を側面的に手伝うようになるというもの。

③A→Dというパターン
言うまでもないだろう。何らかの事件をきっかけに奈落となる。人生、永きにわたり、こういうこともある。

【職業別に離婚パターンがあるのだろうか?】
「職業別に離婚パターンがあるのだろうか?」 この疑問に精緻な統計はないが、厚生労働省による『平成12年度 人口動態統計特殊報告 人口動態職業・産業別統計の概況』では、職業別の離婚率を示している。

下図は男性の職業がXXXXだったとき、結婚している人口1000人中何人が平成12年度中に)離婚したかを示している。尚、データが古いのは8年ごとにしか当該統計を取らないためである。

 Zu51  
  夫の職業がXXXのときの離婚率。

これを見ると「専門・技術職」が圧倒的に多い。想像されるのは「忙しい、帰らない、帰らない、すれ違い」だろう。次いで「サービス職」だが、夜間シフトなどすれ違いの原因なのだろうか? 無職が高いのは定年後なのだろうか?(そこまでの説明が当統計にはないのがまことに残念だ)

 Zu53  
  女性の職業がXXXのときの離婚率

女性の離婚率を見ると、男性の15.2よりはかなり低い4.3である。これは有職者率が低いからだろうが、注目すべきは「管理職」圧倒的に高いことである。妻が管理職の場合、男性管理職に匹敵する離婚率なのである。プロモーション(昇格)は離婚への切符になる率が高いということが、統計的には示されている。

また「運輸・通信職」の離婚率が圧倒的に高いのはフライト・アテンダントかと思ってしまった(笑)。すみません、職業蔑視ではありませんのでお許しください。

【男性=ゴール消費、女性=プロセス消費】
こうした状況を見て、日曜日のマーケターとしては「マーケティング的に少しでもヘルプできないか?」という(文字通り)他愛ない思いを抱いた。そこで男女の恋愛観の違いが、消費にどう影響しているか、愛と消費をポジショニングしてみた。

 03_6

男性目線で白状しよう。男性は恋愛は付き合うこと、女性をオレのモノにするというGoalに影響されるのである。だからスタートは「高級車」のような「オレって凄いでしょ」から入るのである。クリスマスやホワイトデーには「ゴール(ゲット)」にふさわしい「ジュエリー」などになる。

ところが女性は恋愛をプロセスで考えるのである。だからGoalを意識されるのは嫌って、付き合えるかどうかを確かめるプロセスがまず大切で、果たして実りあるかどうかを考える。だから始まりは(数日で枯れる)「花束」がふさわしく、終わりは一緒にを象徴する「ツイン・グラス」が似合う。

真ん中には映画やコンサートがポジションされる。「体験や感動が類似するかどうか」を確かめ合って、「すれ違い度」と「類似度」を想定し合う。あるいは残業時間が同じくらいか確かめ合うこともある。

男女でこれだけの違いがあるからこそ、消費は複雑であり、マーケティングは可能性が深まる。私自身にも勉強になった。今日は以上です。ではまた明日。Click on tomorrow!

※こんなブログですが、持続するか毎日見守って頂いている人もいます。とても感謝しております。そんな方に失礼にならなければ「B-mail」という、更新を携帯にお知らせするブログパーツを付けました。ご利用ください。サイドバー下部にあります。

| | コメント (0) | トラックバック (7)

2007年4月21日 (土)

ウェアラブル・ジョギング Nike Sport Armband

遅ればせながらであるが、iPodアクセサリーのNike Sport Armbandを購入した。それというのも冬の間は首からnanoをぶら下げてジョギングしていたが、ウェアが薄着になればブラブラして走りづらい。そう思っていたら、ちょうど処分価格(3200円)で売っていた(流通在庫らしい)。定価は4200円だからお得である。まだいくつか残っているらしい。

Tn137ja_125   Ipodnike4080306  Nike Sport Armband

でさっそく今日はArmbandデビュー。音楽は飛びたい気持ちにちなんでFly(Dixie Chicks)をチョイス。気持ちよく走ったが、風が強かったので飛ばされそうにもなった。装着感、使用感はGootきました。ハイになりながら、ウェアラブルな思いにしたった。

今日はわたしをランナーズハイにしそうなNikeのArmbandと、「ウェアラブル」についてのアイデアがテーマである。

【勝手にアドバイス Vol.157 ウェアラブル・ジョギング Nike Sport Armband】
パッケージはおしゃれであったし、商品説明書のたぐいが一切無いかわりに、本体に素材情報や洗濯の注意事項などが印刷されているのはとてもおしゃれである。

 Nike01 表から。 Nike02 裏から。

iPod nanoを押し込んで、腕に巻く。音楽をセットする。イヤホンコードを前に出すか後ろに回すかちょっと考えたが、後ろにして走り出した。わあ爽快である。これならジョギングも楽しくなりそうだ。

【欠点があるとすれば】
表からの写真にあるように、Nike Armbandはホイール形状が表面に加工されていて、あんがいスムーズに音量やON/OFFはできる。だが外からスクリーンが見えないので、実際上は操作はしないだろう。要は音楽を選択して、腕に巻いて、iPod ON、走り出す、という順序となる。

そこの難点を改善したのが、現在販売しているIncase Sports Armband for iPod nano 2nd generationである(3,680円)。これは表面が透明なのでスクリーンが見えるというわけだ。初代nanoにも使えるそうである。

Tl616lla_125

ジョギング中そこまでリスニングする曲やポッドキャスティングを操作するかどうかそう考えれば見える方が良いにしても、実際上は大差ないと思う。要は何を聞くかによるだろう。わたしはNikeのロゴを選びたかっただけだ。ケースが透明ならピンクのnanoなどは似合うと思う。

【ウェアラブルの妄想】
Nike Armbandは腕への装着感が良くて快適なせいで、左腕を見ては腕を振ってジョギングも疲れ知らずであった。だが操作性という点を考えるとき、ウェアラブル・電子ガジェットとして、まだまだ機能面で開発途上である。

そういえば以前ウェアラブル・コンピュータをテーマにしたファッション・ショーもあったが、小さなコンピュータであるミュージック・プレイヤーも、もっとウェアラブルにできるだろう。そんな妄想をいくつか考えた。

 Wearable

その1:iPod+骨伝導眼鏡
まず思いつくのは骨伝導技術を応用した眼鏡のミュージック・プレイヤー。無骨にならない程度に眼鏡のツルの部分にメモリーとバッテリーを搭載する。「iPod eyeTunes」(笑)みたいなネーミングでそう遠くない将来に実現できそうである。

この製品化で面白いのは、どうやって選曲したり音量を上げ下げするかだ。眼鏡のツルにジョグダイヤルと付けるのでは売れないだろう。レンズの表面にnanoのようなホイール機能加工をして、レンズを拭くフリをしてボリュームを上げ下げするなんて、オシャレである。

その2:iPod+イヤリング+耳たぶ伝導
iPod shuffleがあれだけ小さくなったおかげで、それをネクタイピンにしている中年男性を先日通勤途上でみかけた。正直、Appleにすまないと思った。だがここまで小型化できれば、イヤリングになるのも近いだろう。なぜならshuffleより重いイヤリングをつけている女性は今でも多いと思うから。お釈迦様にならないかいつも心配である。

 Productshufflegreen
   
  83c8384838a839383o83c838483z8393
  韓国のEarMeccaの商品で、残念ながらイヤホン。

耳にはさめれば骨伝導ではなくて、耳タブ伝導でしょう(笑)。そんな「earPod」を付ける女性が増えると、「待って、キスする前に音量を小さくして」なんて彼に頼むシーンもあるだろう。

その3:iPod+アスリートテープの融合
Sport Kitと言えば、よくアスリートが貼っているテープがあるだろう。キネシオテーピングとかチタンテープと言われる品である。あのようなテープで装着できる「iPod 極小nano」があってもいい。そうすれば身体中どこにでもミュージック・プレイヤーを装着することができるので、勝手が良い。

 Box7

ただ「オレの胸を見てくれ」といわんばかりにTシャツを脱ぐ。胸毛の厚い胸。そこにミュージック・プレイヤーがテープで貼られ、イヤホンのコードが出ている、心電図検査みたいで違和感がある。

その4:iPod+腕輪+腕骨伝導
出そうで出ないのが携帯電話の腕時計版。商品化されたものもあるらしいがまったく普及しない。ところがとても美しい電子ペーパー腕時計がセイコーエプソンから出るという。こんなデザインなら巻いてみたい。イヤホンを付けてもGootだが、いずれ腕から音楽の骨伝導ができればすごいだろう。

 Mn_seiko01

腕に巻くなら、いっそのこと血液検査のときのようにグイっとバンドを絞められたいニーズもある(変?)。イヤホンを挿入するのが、ちょうど注射筒の取り替えるような角度だと「身体から音楽が出ている」という未来雰囲気がある。

【オフィス・ウェアラブル】
最後にひとつの疑問。なぜこれだけオフィス・カジュアルが実現しつつあるのに、suits on iPodが実現しないのだろう?わたしはいつも首から社員証とiPodを下げるネックストラップをしているが、スーツにiPodを仕込める工夫があってもいい。

男性用スーツ業界は非常に保守的である。それは禁煙・分煙が普及してもシガレット入れのスペースを今だにつくっているのに象徴される。あんなもの替わりにiPodポケットをつくってほしい。スマートに楽曲選択や音量調整をするスーツを創ればヒットすると思うが。

今日の妄想は以上です。ではまた明日。

| | コメント (2) | トラックバック (8)

2007年4月20日 (金)

バブルニュースでバブルの教訓を

もうしばらく前のことだが、プロジェクトの打ち合わせのはずがお喋りになって、しかもそのお喋りがあっちゃこっちゃ飛んでしまった。念のため、ミーティングでの脱線はわたしにはまったく珍しくない。あっちゃこっちゃ飛んでしまうとお喋りはスリルがあるし、スリルから新たな発想や切り口が発見できることも多い。

飛んでしまった先で(そもそもどんな話かはさっぱり忘れた)、わたしはお喋りの相手、同僚のW・Beautyさんが「バブル時代ってスゴイ時代だったんですよね。体験したかったぁ!と目を輝かして喋るのを見逃さなかった。彼女は20代半ば。あの時代には園児ぐらいだったはずだ。知るよしもない。

先日(2007年4月15日)、デジタルパーマの流行がバブル時期を彷彿とさせると書いた。その時点では知らなかったのだが、バブルがらみでは面白いサイトを見つけた。週末の今日は、バブルニュースを窓口に懐かしいニュースを紹介しつつも警鐘を鳴らしたい。

【勝手にアドバイス Vol.156 バブルニュースでバブルの教訓を】
心の奥底では、みんなあのバブルの時代(1986年~1991年とされる)を待望しているのだ。ただし、その時代をまったく知らないか、それほど痛い目に遭わなかった人に限るが。何しろその後に続くのは「失われた10年」もの長きである。そこで痛い目に遭った人は、もうバブルなんてご免と言うのではないだろうか。

そんな中で見つけたのがこのサイト。株式会社ソフィアというマーケティング系の会社が立てているポッドキャスティング・サイトの一メニューとして登場した(ばかり)。『週刊 バブルニュース!~約20年前のバブル時代の今週のニュースを速報でお伝えします。毎週木曜、午後配信』 

 Photo_43

趣旨はその通り、正確には21年前の同じ月、同じ週に起きた出来事を、サイトの編集者のコメントを交えて、期間限定(8月までの予定)で提供する。その思いやねらいなど、つまびらかではないが、わたしの想像では「興味半分、警鐘半分」だと思う。

【構成】
ニュースは次の4つのカテゴリー泡沫に分類されている。

・ビジネス・バブルニュース
・国際バブル・ニュース
・社会バブルニュース
・芸能・スポーツ・バブルニュース

それぞれの本日(2007年4月20日)時点のニュースを拾ってみた。

ビジネス・バブルでは『1986年4月17日 ビジネスマン向け雑誌「ダイム」創刊』
読者対象が25-30歳前後のヤング・ビジネスマン、ビジネスウーマン向けの雑誌、「DIME(ダイム)」が1986年4月17日、創刊された。隔週の第1、第3木曜日(現在は火曜日)に発行された。「ダイム」というのは米国の十セント硬貨のこと

当時リサーチャーでメインターゲット年齢層だったわたしは、当然のように愛読者だった。コンテンツや切り口も斬新で、今ならR25の勢いがあった。モノマガジンよりも世相を舐める感じがあった。

国際バブルでは『1986年4月13日 「ロン・ヤス」日米首脳会談』
中曽根首相とレーガン大統領の日米首脳会談が1986年4月13日、米国ワシントン郊外のキャンプデービッドで開かれた。83年に日本での首脳会談でファーストネームで呼び合う「ロン・ヤス」関係を築いた両首脳は、普段着で会談に臨んだ。

今どきではロンヤスって落語家?というリアクションだろうが、大まじめな関係だった。だが歴史的に見れば、このキャンプ・デービットの会見前後の経済面の決断が、バブルを呼び込み、ロスト10年になった。功罪半ばする象徴的なニュースである。

社会バブルでは『1986年4月9日 松坂屋社長宅に空き巣、またも“有名人ドロ”』
1986年4月、大手デパート「松坂屋」社長、鈴木正雄さん(当時67)=東京・世田谷区奥沢=宅から、500万円相当のミンクコートや貴金属が盗まれていることが、9日までに警視庁と玉川署の調べでわかった

この記事の「またも」が気になる。もう覚えていないが、きっとたくさん空き巣があったのだろう。保険に入っていただろうから、富裕層は痛くもかゆくもなかった。見方を変えれば、去年ですが銀座でも数億円のこそ泥があったが、バブルと犯罪被害額は密な関係にある。

芸能バブルでは『1986年4月8日 岡田有希子さんのご冥福をお祈りいたします』
人気アイドル歌手の岡田有希子さん(18)が1986年4月8日午後12時15分、所属事務所サンミュージックのある東京・四谷4丁目交差点角のビル屋上から身を投げた。南青山の自宅マンションで遺書が見つかったとされているが、動機についてはっきりしたことは分かっていない。

わたしは13歳の頃から洋楽派なので、この手の国内ニュースにはまったく衝撃は受けなかった。むしろ、この事件を題材に、推理小説家の原りょう氏(今日Cherryさんとランチして、ちょうどその話題が出した)が、探偵小説を一本仕上げたことの方が印象的であるが。ファンの皆さんにはご冥福をお祈りします。

 014360730000  原氏作 (本稿とはまったく関連がなく、わたしはファンなだけです)

【バブルが日本を覆い尽くす】
国鉄が分割民営化された1987年、高級車・輸入車などの高価格商品に人気が集中。安田火災(当時)がゴッホの「ひまわり」を53億円で購入。国内最長の青函トンネル、瀬戸大橋が開通、東京ドームが完成するなど、1988年は大型建造物誕生にわいた。1989年、昭和天皇崩御。名古屋・福岡・横浜など15もの地方博が開催。ソニーがコロンビア社を、三菱地所がロックフェラーグループ社を買収するなど、日本が世界を買いあさった。そして、1990年、株が暴落し、バブルが崩壊した
http://doraku.asahi.com/kiwameru/design/1987_1996.html

こんな書き込みがあるように、確かにそんな時代だった。高級車のVolvoをキャッシュで買っていった不動産営業マンの話などがマコトしやかに伝えられて、誰もが浮き足立った時代。もちろんわたしのようなリサーチャーの仕事にも、バブルが押し寄せ、当時多かったのがテーマパーク開発やリゾート開発の話である。

リサーチャーとして鮮明に記憶しているのが「子供共和国」というプロジェクト。某コンサルタントの(思いつきのような)コンセプトに、一流企業から数千万が集まり、わたしはそのコンセプト作りの場に数ヶ月出向した。その間、文字通り何もしかかったがもちろん収入は得た。

ちょうどその頃、知り合いのコンサルタントに近況を聞いた。彼は「ヘリコプターで移動してるよ」と言った。「どこへ?」「四国でXXXXのテーマパーク開発の話があって、XXXXからXXXXへ現地視察のハシゴよ。まったくスンゴイ時代だ」

今どきのバブルと比べて、こうした話のスケール感はどうなのだろうか?逆に質問したいところだが、実は答えはあまり聞きたくないのもまた本音である。

株式会社ソフィアの行為は賞賛される】
景気は誰かが警鐘は鳴らさねばならない局面に到達した、のかも知れない。わたしは経済学者でもなければ株式仲買人でもない。だが、ソフィアさんが、21年前に起きた事実を詳細に伝えることは、とても大きな社会貢献(破産を救うなど)となるかもしれない。発案者にお会いしたいものだ。
http://www.sofia-inc.com/service/index.html?gclid=CL7V1d3_0IsCFRN2TAodJR7o_g

【勝手にアドバイス】
バブル期は確かに晴れやかな気分だった。安心して仕事に打ち込めた。けっして見返りが多いとは言えなかったが、安心して消費できた。それに比べると今はいつリストラされるかわからないし、成功も失敗も紙一重なので安穏としていられない時代。どちらの時代が幸福か言えないが、そういう波があることだけは確かである。

①バブル時代を知ること=転ばぬ先の杖
わたしたちバブルを知る世代は、その時代を語り継ぐ必要がある。戦争を避けるのと同じく、人生の急激なアップダウンを避けてもらうためにも、このバブルニュースを読もう!

②Everyone Happy, Everyone UN-Happyはない。
株式取引のように、いずれにせよ誰かの得がが誰かの損である。賭け事に限らずその法則はあてはまる。だからわたしはわたし、あなたはあなた、そういう態度が時代の雰囲気に呑まれない上で必須である。

③敗者もいる。
わたし自身、不動産もDevalue(低価)されたし、暴落した株式も塩漬け期間は実に長かった。今年あたりの就職は超売り手だが、その新卒の裏側には、たくさんのニートも存在しているし、不本意に退職する中年もいる。
バブル期に入社した社員たちは、就職活動の厳しさをまるで知らずに、会社もハードルを下げて入社させた。そのおかげで、ビジネス能力も相対的に低いとされており、今では不遇をかこつ。勝ったようで負けているのだ。

どうせならバブルガムより、チューンガムのように噛み応えある人間になろう!今日は以上です。

| | コメント (0) | トラックバック (8)

2007年4月19日 (木)

SaaSというパラダイムシフト Salesforce.comのOn Demandサービス

SaaSというシステム用語をご存じだろうか?Software as a Serviceの略で、発音は似ているがSARSではない。今日は仕事上のからみもあって、SaaSのために高輪プリンスホテルまで出かけた。

本日(2007年4月19日)付けの日経新聞の一面記事に、日本郵政公社が顧客情報管理システムを米国のSalesforce.comに決定・発注したとあった。それと期を一にして、東京港区の高輪プリンスホテルでSalesforce社の大イベントが行われ、同社CEOのMarc Benioff氏が講演を行った。一大プロモーションなのである。

そこで今日は、聴講させていただいたMarc Benioff氏の講演の感想、ソフトウェア開発のゆくえ、ビジネスモデルの変化など、SaaSについて考えてみたい。

89ca4m8kmecaq2os6mcahbhg8nca6oawmvcaalul

【勝手にアドバイス Vol.155 SaaSというパラダイムシフト Salesforce.comのOn Demandサービス 】
Salesforce.comの日本支社(株式会社セールスフォース・ドットコム)の宇陀社長の挨拶に続いて登壇したMarc Benioff氏はとっても大男だった。宇陀社長さんの背がどのくらいかわからないが、壇上に並んだ姿が写されたが、たっぷり1フィートは違うだろうから、2Mはきっと超えている。

 629112 でっかい。 

郵政公社の案件とはNTTデータが受注元であり、5,187ユーザーの利用が決定だという。

今回構築する顧客情報管理システムは、平成19年10月に発足する郵便局株式会社において、(中略)新規に顧客情報データベースを構築、全国先行13局の営業部門と約4,200局の本社(支社)マーケティング部門を中心とした約5,200名の職員に導入し、顧客情報の一元管理、営業の商談状況の把握、および営業戦略立案の効率化による営業力の向上を支援していきます。
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=158291&lindID=1

郵便局株式会社は、郵便事業のサービス窓口業務、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の代理店業務を軸にして、従業員数12万5,800名の規模でスタートする巨大企業である。その営業マンと営業管理者の5,187人に導入する計画。個人別の営業管理と営業ナレッジの共有がねらいだろう

セールスフォース・ドットコムでは、全世界で29,800社、646,000人にサービス提供中(同社HP)、「なかでも日本は、過去12カ月で40%増と著しい成長を記録している。米国に次いで2番目に大きいユーザー・コミュニティ」とBenioff氏。その中でも1社で5,000人は相当な規模であろう。
http://www.salesforce.com/jp/customers/

【Mr.ポストマン♪】
Benioff氏の講演を聴いて満足したわたしは、高輪プリンスから帰社して、「カーペンターズのミスター・ポストマンがかかって・・・」とCherryさんに言ってら「はあ?だった。う~ん。年の差を感じた。正確にはPlease Mister Postman、マーヴェレッツの名曲である。かかれば「聴いたことある」と思うよ、Cherryさん。

 B00000g3wy_09_mzzzzzzz カレンは拒食症で亡くなった。

それはそれとして。Benioff氏が「ビッグニュースがあります」と言って講演会場の扉が開いて入ってきたのは、郵便屋さんの格好をした配達員たちだった。先頭は郵便局の自転車。ちりん、ちりんと鳴らしてやってきた。そのときミスター・ポストマンの音楽がかかったのである。まことに派手な演出である。

配達員たちは下図の紙を、聴講者に配達していった。切手シートになっていた。

  Salesforce  80円切手が10枚印字されている。

【ノー・インフラが生みだした価値】
SaaSの驚異的な伸びは、1999年に創業したばかりの企業が、2004年にニューヨーク証券取引所に上場し、8億5000万ドル(約1000億円)の時価総額があることでもわかる。だがBenioff氏の話の中で気になったのは、SaaSというソフトウエアのもたらすビジネスモデル、市場変化である。

SaaSとは、Software as a Serviceの略称であり、契約ユーザーが必要とするものだけをネットワーク・サービスとして配布し利用できるようにしたソフトウェアの配布形態をいう。必要なものを必要なときだけ利用し、利用機能に応じて料金を支払う(通常は1人月額/年額いくら)。単純化して言えば、ブラウザさえあれば、導入した今日からでも稼働できるソフトウェアである。

そのあたりを同社は「Innovation、No Infrastructure」という表現をしている。イノベーションかどうかはともかく、ノー・インフラ(インフラ不要)はSaaSのコアバリューである。

基本的にはサービス提供者のサーバとの通信が必要なので、ブロードバンド社会になったことが事業を成立させた第一要件だと言われる。さらにソフトウエアを介してコミュニケーションがなされることが普通になったことも要件だ。

Benioff氏は「オラクルやSAPは第二世代」、「GoogleやAmazon、e-Bay、そしてSaleforceは第三世代」と表現していたが、必要なとき必要なだけソフトウェアを使うのはこのようにわれわれの日常なのである。

【オンデマンドは日常的な現象】
検索というサービスをGoogleにオンデマンドする。オークションというサービスをe-Bayやyahooにオンデマンドする。書籍探索・選択・購入・決済までのサービスをAmazonにオンデマンドする。音楽購入というサービスをiTunesにオンデマンドする。すべてオンデマンドであり、あちら側(Web2.0)にあるサービスである。そしていつの間にかサービスが良くなっている。iTunesで実感される人も多いだろうが、「あちら側でやってくれている」という感覚は快感である。

つまりオンデマンドのソフトウェアこそ、すでに日常なのである。あなたが会社の中で経費精算しているシステムはスタンドアロンと言っていい。直訳して「孤独に立つ」という表現は、そのソフトウェアの孤独な実態を表している。システムが進化する中で、ネットワーク化され、ダイナミックに標準化されていることが事実なのである。

【SaaSで供給側の何が変わるか?】
わたしもサプライヤー側のはしくれとして気になるのは、SaaSというシステム・サービス形態が普及するとすれば、供給側の何が変わるか?という点である。たくさんあるが、とりあえず3点を考えた。

①システム開発会社のビジネスモデルが変わる。
「業種の異なる業務をどこまで普遍化できるか」という課題はあれど、営業、物流、決済、会計、税務、保証など、業務が業界を問わず似ている分野(わたしたちは守りのビジネス領域と言う)ではSaaSが進むだろう。システム・インテグレーションと呼ばれる重量開発分野にこの波が押し寄せれば、SEの人材派遣型の開発は敬遠され、オンデマンド型のビジネスモデルが席捲する可能性が高い

②パッケージ・ビジネスが変わる
iPidユーザーならわかるが、iTunesのソフトウエアが「いつの間にか改善されている」という感覚が気持ち良い。既存のパッケージ販売型ベンダーでは、こうしたことは技術対応よりも、ビジネス上の対応が困難だと思われる。それは主に収益モデルが異なるからである。

その一方でSaleforce.comでは、ソフトウエアを年3回以上バージョンアップするそうだ。一般のシステム・デベロッパーでは、OS会社とのからみや自社のサービス体制の制約もあって、SaaSに移行がしにくい会社が多いと考えられる。第二の創業をして、技術と経営をリストラしない限り、SaaSに適応できないで難破する会社が続出する可能性も高い

③オープン系がビジネスになる。
Linuxが喧伝されたころ、オープン系のソフトウエア開発者の「主権在民」が言われた。彼らの献身は素晴らしいが、ビジネスにならない雰囲気が気になった。SaaSでは、Webサービスと総称される共通化が図られるため、ソフトウェア・デベロッパーの自主性が損なわれない形で、優れたソフトウェアがどんどん見出される可能性がある。SaaSとはデベロッパーを吸収する「プラットフォーム」でもある。

 Photo_42  
 開発者のインキュベーションセンターの案内スライド(日本にも開設する予定)

SaaSやWeb2.0への対応について、システム会社がどう考えているか。それが命運を分かつ可能性がある。SaaSというパラダイムシフトにどう対応しようとしているか、技術的な対応力の問題だけでなく、ビジネスモデル自体をシフトさせる問題でもあるからだ

わたしもBenioff氏のおかげで、システム業界の行方も見えてきた。今日は以上です。

| | コメント (0) | トラックバック (9)

2007年4月18日 (水)

2 Links, Start Here!

ノート凝り症気味ののわたしに、ぐっときたノートがあった。その名前も新鮮な響きなのである。Start Here(ここから始めよう)。

わたしはCherryさんも知る文具マニアである。だがノートに関してはさんざん散財した挙げ句、凝り症をやや脱して、今はにシンプルさに回帰しつつある。常用しているのはコクヨのB5スリムJordi Labandaのノート、そしてMark scheduleの手帳がフィットしている。そんなわたしの文具心をかき乱す商品が目についてしまった。

この商品はNovelだし、開発したお二人のコリアン・アメリカンの素敵なウェブサイトも紹介したい。東京はずっと天気もぐずつき気味だし、肌寒い日が続いている。だからブログぐらいほんわか&温かでいきたい。一緒にすっきりしてください。

 T_logo

【勝手にアドバイス Vol.154  2 Links, Start Here!】
Novelなアイデアとは、簡単に言ってしまえば「リンク可能なノート」なのである。

Start Here のサイトでは、「リンク」可能なノートを販売している。表紙がポケット状になっており、別のノートをつなげていくことができるのだ。ルーズリーフを使えばいいじゃないか、というツッコミもあるだろうが、物理的な物体を「リンク可能」としている点が気に入った。
引用元 http://japan.internet.com/busnews/20070418/7.html?rss

商品の説明はどこにも詳しく出ていなのだが、サイトにあった開発者(お二人のデザイナー)のコメントを訳してみる。

The emphasis became individuality. We took our philosophy and poured it into Start Here. Clean, basic, white cover notebooks are our expressions of simplicity. More than having that something already made for you, Start Here(TM) emphasis on simplicity is a small nudge to start a work of your own. We encourage your unique taste, style, personality, and flavor by giving you the space to be yourself.
http://www.starthereny.com/product.php

個であることがポイント。個であることが哲学であり、それをStart Hereにも注ぎ込んだ。素で、ベーシックで、白表紙のノートブックにシンプルさをデザインしました。いろんなゴテゴテが付いているノートは数あれど、Start Hereはノートから新しい仕事を始めるコツをシンプルさにこめました。ユニークなテイスト、スタイル、個性そしてフレイバーで、あなたがあなたらしくなるように。

 Noteboooooooook

この図にあるように、各ノートが差し込めるようになっている構造である。それで1冊のノートを継ぎ足して2冊分、3冊分・・・にできる。それだけのアイデアなのだが、気に入った。

 B_linkablenotebook_0 B_pocket_0 B_tab_0   

【このアイデアが好きな理由】
わたしの仕事上、いくつかのPJが平行することがある。そうすると、あるPJにはこれ、別のPJにはこれと、ノートを分けたくもなるし、でも一体にもしたくなる。そのあたりの微妙な心理を差し込むというシンプルなアイデアで実現したところがNovelである。

 M_tab インデックスも。

わたしがルーズリーフが嫌いな理由はいくつもある。カバーデザインが無骨、思いの外リングが重い、ポリカーボネイトという堅い素材が好きになれない、ポリプロピレン系はヤワで嫌い、紙を抜き差しするのまで面倒とは言わないが、リングにはどこかスマートさが感じられない。

A5サイズのシステム手帳も何冊も買ったのだが、カバーの皮が重いので腰が引ける。そんなワガママいっぱいなわたしに、このアイデアは惹かれた。

ただ、現在は米国のウェブサイトでしか販売しておらず、1冊14ドルという、ちょっとfuriousな値段である。

【リンクしているのはノートだけではない】
リンクしているのは二人のデザイナー(Esther & Tina)の出会い(国籍、境遇、ジョブが引き金)がある。

M_us_1

この添付の画像は大きくしてみて読んでほしい。といいつつ概略を訳す。

・いつしかEとTinaは電話を掛ける仲になった。
・その頃はふたりともフルタイムの仕事(デザイン)を持っていたが、
・二人とも何かもっとやりたいという熱に浮かされていた。
・二人の間の通話回数が次第に増えていって、
・よ~し!(他人のデザインばかりしてないで)自分たちの製品を持ちたい!と空想にふけて、
・コーヒーポットが倒れたりしながら、
・わあ!ノートのアイデアがまとまって、
・よし!ドライブにでかけよう!で独立しよう!
・なんて具合に2人でデザイン・スタジオを開いちゃった。

http://www.starthereny.com/ より

【EstherとTinaのリンク(出会い)をちょっと物語風に】
Esther MunとTina Changは、こっから始めた(Start Here)けど、それまでにはいろいろあった。もうひとつ、こっちはお二人のウェブサイトlittle furyからの引用図。これもオモシロいの概略を訳す。
http://www.littlefury.com/about.html

 Aboutus_art

Estherは韓国からカリフォルニアに10歳のときやってきた。最初に覚えた英単語はPensil(ジスイズア・・・笑)で、6歳で始めてコーヒーを飲み、鳩が嫌いで、ビジュアル・アートの学校を卒業した。

Tinaは韓国から5歳のときにオハイオにやってきた。三輪車に乗れなかったけれど、物心つく頃にはエスプレッソの中毒になり、文具の仕事を経てフリーランスで働いている頃、Estherと出会い、笑う牛を発見して、マーサスチュアートを辞めて、ふたりで独立した。

【勝手にアドバイス】
世の成功物語には多くのカップル(リンク)がある。本田-藤沢、井深-盛田に限らず、市井の人々でもリンク事例は多い。ひとりで悶々としてもなかなか覚束ない。リンク(コンビ)が見つかるのが、成功のひとつのポイントである。

そのためにはそれぞれがやりたいことが鮮明でなくてはならないやりたいことが鮮明だけど、片方に何かが欠けている。たとえば思想はあっても技術がない。構想があっても営業がない。企画があってもロードマップがない。逆説的ですが、それぞれに「欠損があること」が、リンクが形成され、結び付き合い、強固になる必要条件なのである。

そこを片割れが埋めてあげよう、とするからこそ「リンク」になる。もしも「わたしは完璧よ!」を装ったなら、リンクという互恵は発生しない。その替わり「利用させて」という人が寄ってくる。利用価値がある間はへつらうけれど、無くなったと思えば去ってゆく。だからそれはリンクではない。

リンクは埋め合い」なのである。Esther MunとTina Changの開発したノート、お二人のエピソードがそのまま「リンクするノート」なのである。そこからスタート/起業、という素晴らしい物語を感じた。

今日は以上です。ではまた明日。Click on tomorrow!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年4月17日 (火)

縮小するキヨスク

先週のニュースで気になったのが、JR東日本のキヨスクが大きく減少していること。目下の休業の主な理由は販売員の減少と言われる。店舗リストラが効き過ぎたせいで、販売員が一時的に足りなくなり、「東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県の約560店舗のうち、現在185店舗が臨時休業中」なのだとか。

ところがちょっと調べてみれば、店舗のリストラは相当進められてきた。JR東日本管内でピーク時(1996年)には1600店舗あったキヨスクは、2006年時点では800店になり、2007年度に560店に絞り込んでいるさなかの出来事であるのだ。
参照 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070413-00000108-yom-soci

わたしは駅でスポーツ新聞をほとんど購入しないが(ストーンズ初来日、W杯予選突破、浦和レッズ優勝のときぐらいだっただろうか・・・・)、さらにpod castingのおかげで、以前は英語勉強のために時折買っていたDaily Yomiuriも最近は買わなくなった。振り返ればキヨスクでモノを買わなくなった。今日はそんな実感と共に駅起点ビジネスの変化を考えてみたい。

 Ay_jr01  閉鎖中

【勝手にアドバイス Vol.153 縮小するキヨスク】
駅スタンドのキオスク自体が、時代の流れにそぐわなくなっている、とも指摘する。「団塊世代が一斉に退職した影響は大きかった。新聞、雑誌、たばこといった、キオスクの主力商品が売れなくなってきています。その一方、コンビニ型店舗は売り上げを伸ばしています。
出典 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0704/17/news094.html

 Ay_jr03
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0704/17/news094.html

1988年の売上高1,799億円の95%がキオスクだった。17年経って2005年では、売上高2,271億円の内、キオスクは37% 795億円に過ぎない

【キオスク衰退の要因】
衰退にはいろいろな要因がある。

①駅で新聞を買う人が減少した。
携帯ウェブサイトやワンセグでニュースは視聴ができる。新聞の手軽さと低コストの魅力がゼロになったわけではないが、駅という情報拠点がどんどん変化する中で、旧メディアの象徴でもあるのかも知れない。

②駅でタバコを吸えなくなった。
JR東日本では2007年3月18日から先に新幹線と特急では全面禁煙に踏み切っており、駅でも分煙・禁煙が進んでいる。駅で吸えないタバコを売るなという声もあるようだが、禁煙推進もキオスクの売り上げ減少の要因になっているだろう。

③キオスクのオバサンの手さばき・客さばきという属人性
手早くお客さんをさばくキオスク店員の確保がむつかしくなってきたということもあるだろう。自分でチョイスしてレジで決済(Suicaで決済もできるようになってきた)というコンビニエンスモデルと逆行している。キオスク自体も従来の角形店舗から曲面型店舗に移行し、取りやすく・払いやすく・陳列量を確保できる店舗モデルを開発してきた。

   Kioskshop

④商品がこれだけバラエティが出たのに、キオスクは単品販売に近い
JRが民営化したころ、キオスクという絶対的な物流チャネルに自社商品を乗せてもらうために、どれだけの営業活動・交渉をしたか、キオスクが君臨していた時代があったのだ。今でも、もちろん売れるチャネルであることに変わりはないが、オンリーワンの販売チャネルではない。

今ではちぐはぐなこともある社内の中吊り広告で大々的に広告が打たれているのに、その新製品は品揃えがなされていない、こういうモノはたくさんある。あれだけ車内をひるがえる女性誌の中吊りも同じ。駅で変える女性誌は極く少数である。広告と品揃えがアンマッチというのはおかしなことである。

消費の多様化、商品の多様化にコンビニが真っ向から取り組んでいるのに対して、比較的長寿命のコモディティ商品が多いような気がする。もちろん店舗スペースには限りがあるが、時代が変わってもマーチャンダイジングに大きな変化が感じられない。

【駅利用者の買い場が変わってきた】
買い場とは伊勢丹の用語と言われるが、それをわざわざ使った理由は、駅構内とは言うまでもなくJRなど鉄道事業者の資産であり、外から見るとその自社資産を計画的にキオスクなど店舗開発・出退店をしているように見えるだろう。誰もが駅に行き、駅を降りる。言わば殿様商売のように、圧倒的な立地力を持っている。

だがキオスクの減少に見られるように、駅利用者の消費スタイルやニーズが大きく変化している。JRといえども、その変化にあわせて、サービス業態を変化させなくては買い手を失うのである。だから「買い場づくり」という視点が必要だと思う。その変化をキーワードで見てみる。

駅ソノマンマ」(キオスク) 不採算なキオスクを閉鎖する一方で買いやすい店舗へ改造。
駅コウナイ」(Newsday/コンビニ) 駅構内という圧倒的な利便性
駅ナカ」(エキュート大宮、品川、立川) 大規模商業施設
駅コウカシタ」(品川の品達ラーメンなど) 遊休地活用
駅マワリ」 電子マネーSuicaをテコにの商業タウン開発

このようにJR東日本の空間プロデュース力はすごい。エキュート大宮の賑わいづくりは、驚かされた。そして今、Suicaによって、電子マネーの活用策は駅から駅マワリへ広大になってきた。

その分、キオスクはリストラ・・・・それも経営視点ではポートフォリオなのかも知れないが、あれほどの一等地を再開発できないのだろうか?

【ヒントはIt's Demoにあり】
相棒のCherryさんはふら~っと『It's Demo』に入って、流行のCDや雑貨を買ってしまうらしい。それを聞いて、名古屋の名鉄口の店舗をおもしろそう!と思ったが、中には入らなかったことを思いだした。

 Logo_its_demo  

It's Demoは男性はあまり立ち寄らないお店なので、オトコには何それ?でしょう。名古屋はわたしはお客さんの関係、埼玉県の結構な田舎の某駅のIt's Demoにも気になった。店舗は小ぶりだが、何と言っても商品数に対してその陳列の潔さにグッときたのである

このお店、つまり小さなセレクトショップなのである。運営はアパレルのワールドからのスピンアウト。フード、コスメ、音楽、雑貨、アクセサリーなどを取り扱うが、音楽ひとつとっても「どこで見つけてきたんだろう?」というようなセレクト感がある。雑貨も「目玉焼きアイピロー」「フライパン栽培セット」、レターセットもかわいい。

It's Demoのビジネスパートナー募集のページを見るとこうある。 「価値ある商品が、市場に出ないで眠っていませんか?同じモノでも、ターゲット志向に合わせた販売方法をとることで、魅力的に変身します」。さらに「モノづくりを一緒に取り組みましょう」「ファッション&遊びに好奇心旺盛な女性顧客様に満足していただける商品を共同開発しませんか?」ともある。

Istudemo

セレクト&開発で現在34店舗、売上高は49億円。あの小さな店舗で年商1億円以上なのである。男性の方もJRの駅のイツデモを見てください。セレクトに興味がわくと思います。

【勝手にアドバイス】
It's Demo、JR東日本のキオスク建て直しのヒントは、あんがいこんなところにないだろうか?

何が言いたいかと言えば「セレクト」という能力開発が必要なのではないだろうか?セレクトは品揃えとか陳列とはまったく違う思想であり自分表現である。セレクトとは、あなたにそれを買ってもらうとあなたはHAPPYである、という説得であり、売り方のアートなのである。

僭越であるが、キオスクにはそれが欠けているような気がするのである。団塊世代が大量に退職したのに、キオスクの品揃えは、まだ団塊世代そのまんまのような気がする。商品セレクトがきちんとできれば、もっと売れるはず。

今日は以上です。ではまた明日。Click on tomorrow!

| | コメント (1) | トラックバック (8)

2007年4月16日 (月)

器とコンテンツ

今日は隔週で書いているぷろこんエッセイ(まぐまぐめろん)からの転載です。

器とコンテンツ

最近、ある三人の先輩たちの仕事に思いをはせる。

一人にはときどきしか会わないし、もう一人には最近たいへんお世話になって
いる。さらにその人の大先輩には会ったこともなければ、話したこともない。
だがその大先輩の姿を勝手に想像して、思いもはせている。だから、勘ちがい
をしていることもあるだろう。

だけれども、この方々の仕事ぶりを見聞して、あらためてコンサルティング業と
いうものを深く考えさせられている。コンサルティング業、としたが、もっと大きな
視点から言えば仕事とは何なのか、考えさせられたと言ってもいい。わたしの
狭い了見の中での理解なので、我田引水でコンサルティングという今の仕事に
結びつけてしまうだけなのである。

もっと上空に上がったところから見れば、「仕事の中にある普遍性のようなこと
に気づかされる」と言ってもいい。

           ************ ** *************

わたしの中で整理がついたようでついていなかった問題は、このコンサルティ
ングという仕事は、はたして器を作ることか、あるいはコンテンツを作ることか、
というものである。

器(うつわ)とは、企業の資源、人・モノ・金・情報がスムーズに動くための仕掛け
や道具である。「わぁ、こんな道具があれば仕事が捗るなあ」という、誰からも
感謝される情報システムや仕事のやり方である。

対してコンテンツとは、仕事の内容、中身であり、業種・業界に特有の知識や
ノウハウである。ノウハウ=know howなので、どうすればよい知識を持っている
こと、そのコンテンツである。

わたしのエッセイを以前からお読みいただく読者にはおわかりだろうが、わたし
は「器」こそコンサルティングだと考えてきた。なぜなら、特定の業種・業務に
特化したノウハウ伝授とは、コンサルト=助言業ではなくて、コントラクト=
仕事請負業だからである。コンテンツはほんらい顧客が作るものである。

このスタンスの根本を修正するつもりはないが、コンテンツを作る顧客を導く
ためには、コンテンツのかたち(外形、と表現してもよい)と器のかたちが一致
していることが必要なのである。器だけ良い、コンテンツはまずい、のでは
料理が美味しいわけがない。

つまり器作りの陶芸家よろしく、中身を知るからこそ良い器ができるのである。
そんなことに気づかされたのが今日の話である。。

           ************ ** *************

その最近たいへんお世話になっている外部のコンサルタントの方と、共同で
提案書をつくり、引き合いを頂いた企業の方々にプレゼンテーションをした。
当方からの説明が終わり、質疑応答の中でこんな言葉が企業の方々から出た。

「我々がコンサルタントに期待するのは、コンサルタントしての知見なんです。
それを見せてほしいんですよ」

どんなことをあからさまに言われても表情を変えない術は、そろそろ身につけた
とはいえ(顔の肌が年々硬くなってきたという事実もあるが)、まっすぐに知見
をと言われると、少々差し込まれた気持ちにもなった。

その会社の組織を知り、業務を知り、商売を知り、技術を知り、企業風土を知り、
業界を知り・・・・コンサルタントとして何を知らなきゃならないのだろうか?
そんなことが頭の中を一瞬めぐった。

だが、どうもその企業の方々のご発言は、自社内だけでプロジェクトをまわし
てもうまくゆかない。どうしたら経営が変革され、従業員隅々までそれが浸透し、
会社が変わるか、業務プロセスやシステムを再構築する提案のベースにそれ
があるでしょ?と問いかけているようだった。

重要なことは「知識」とは言っていなかったこと。このお客様は「知見」と言われた
のだった。では知見とは何だろうか?

           ************ ** *************

「知見」とは何かを考えるヒントは、平易な言葉の中にあった。

お世話になっている方の大先輩(その方もコンサルタント)は、普段は欧州で
あちらの企業の方々に生産管理のコンサルティングをしているそうである。
時折、大先輩は日本に帰国されるが、そのときは後輩諸氏が先を争うように
お話を伺いたいと勉強会を開かれるそうだ。これは、その勉強会で話された
言葉だと伺った。

「コンサルタントならまず、聞き上手たれ」

一般には話し上手たれ、という職業イメージがコンサルタントであろう。もちろん
それを否定することはない。話せないコンサルタントではダメである。だg大先
輩は、聞き上手であることが根本であると言われた。医師にたとえれば聴診器を
あてて耳をそばだてるとでも言えようか。顧客がどんなことを言うか、なぜそう
言うのか、その根本にあることは何なのか。聞き分け、本質を考えなさいという
ことなのだと思った。

聞くことで問題の所在をつかみ、問題を体系化して、課題にしてゆく。その
課題解決後の姿に向かってどうすべきかを決めてゆく。その姿を作るために
企業がその組織や社員が、何をすればいいのかを考える。これが知見なので
ある。

知見を得た上で、そこに導くものが「器」なのである。

            Photo_40

           ************ ** *************

ときどき会う先輩は、今は「器」づくりに忙しい。器とはあるサービスの仕組みと
考えてほしい。その具体的な内容には立ち入れないし、その内容が今回の
エッセイのテーマではないので割愛する。ただし、その器は、財界の高名な方
に「こういうことを考える人に会ってみたい」と言わしめた、情報システムを活用
したサービスの仕組みである。

その先輩が常々言うのは「あらゆる仕事はインプットとアウトプットで成立して
いる」、つまりありたい仕事の姿とは、インプットが適切なアウトプットを引き出す
ように常にスムーズに流れるということで、オレはそこの真ん中の仕組みを創る
ことに興味があるんだ。その先輩はそう言う。

インプットとアウトプットの真ん中にあるのが、わたしの表現では「器」である。

器とは時に情報システムであり、時に業務システムであり、時に体制であり、
要するに仕組みなのである。器を創るには、インプットとアウトプットのプロセス
で、それぞれ何をしたいかを(細かいことは抜きにして)本質を知らないと創れ
ない。知見を得て、課題解決に何をすればいいか考えたことを、実行させる
ための仕組みが器なのである。

枝葉は取り払って、コンテンツ(業界や業務特有の知識)の本質を知ることは、
器づくりのため大切なことである。コンテンツを知り器を創る、そこにコンサル
タントがほんとうの意味で「先生」と呼ばれる境地がある。

           ************ ** *************

このようにコンサルタントという業を考えたとき、わたしはこの業のどこまで
到達できているのだろうか?最近、この仕事を深いとあたためて思うことが多い。

           Photo_41

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月15日 (日)

パーマからバブルへ?

先週(2007年4月9日~)の旬ネタで、花王エッセンシャルのリサーチのことを書いた。巧みで粘り強い消費者リサーチの結果、花王のマーケターはー「毛先15cm」と「カワイイ」に着目して古手のブランドを再生し、商品をヒットさせた。

だが最近数年の髪様のトレンドを振り返ると、実は巻き髪(パーマ)が圧倒的に増えている。蛯原友里さん押切もえさん を筆頭に、ふんわかな髪形が増えている。資生堂の調査でも1997年と2005年を比較して、パーマをかけている女性の割合は2.7倍にも増えたという。

そこで思い出したのだが、わたしはリサーチャー時代にヘアケア製品に関する意識調査という企画を立てて複数の企業に買っていただいたことがある。それは1989年~90年頃だった。いわゆるバブル経済、ワンレン、ボディコンの時代だった。そこで今日の勝手にアドバイスはパーマとかけて景気と解く、そのココロは・・・・としたい。

【勝手にアドバイス Vol.152 パーマからバブルへ?】
わたしと同じ月日の生まれ(年はひとまわり違う)が親しみあるエミリー・ロビンソンさん(Dixie Chicks)。彼女のバンジョーは素晴らしい。パーマ姿も綺麗だ(笑)。

 Emily02  Emily03
  パーマ頭でジェット機でコンサート会場に入る。

でもエミリーさん、そんなに長時間かけないでも、デジタルパーマというパーマシステムがあるのです。

【デジタルパーマ】
デジタルパーマとは美容機器材メーカーの株式会社パイモアの登録商標である。しかし業界誌『美容と経営』での同社社長中村さんのインタビューによれば、他社がデジタルパーマを使ってもいいです、とのことである。太っ腹というか、とにかくデジタルパーマのおかげで儲かってしようがないらしい。デジタルパーマのシステムは販売が引きも切らず、さらに台湾など海外の理美容業界にまで市場を拡大しつつある。

Digitalbr こんな機械です。 

パイモアが提供する形状記憶デジタルパーマは、ケミカル処理でダメージを受けた髪でも、巻き髪スタイルが再現でき、低膨潤でヘアカラーの色落ちが少なく、トリートメント処理しながらしっかりしたリッチ感のパーマシステムになっております。
従来のパーマでは出せなかった、ドライした時の「ダレ」がでず、当社の形状記憶デジタルパーマはセットいらずでドライするだけで厚めのベースで巻き髪スタイルができ、一度かければ長期間ウェーブが持続し、少々のくせ毛でも矯正しながら髪の質感も滑らかにふんわり仕上がります。

http://www.paimore.com/

 2006digital  デジタルパーマ女性(同社サイトより)。

従来のパーマの欠点であった「髪へのダメージ」と「スタイリングがむつかしい」を改善し、しっかりとウェーブがかかるのが特徴という。ゴワゴワ感がなく、指でクルクル巻きながら乾かすだけでスタイルがつくれるので、キャリア・ウーマンにも支持されている。同様の商品は資生堂からも発売されており(システムキュール)、こちらも販売は伸びている。

 Sq02_11 Sq02_13   
 システムキュールの仕上がり具合と三ヶ月後。

【ヘアケア製品もストレートからウェーブへ】
コーセーコスメニエンスは「カールクィーン」と名付けた、巻き髪パーマ専用ヘアシリーズも発売し、巻き髪クィーンこと有村実樹さんをキャンペーンに起用した。

 Arimura1  巻き髪クィーン

そのほか、ヴィダルサスーン「カールシャイン・ウォーター」、ベーネクリスタル「スウィートカール・スプレー」、モッズヘア「ウェーブ・カールヘアー」など目白押しである。無垢な男性(無知なオトコ?)の知らないところでマーケットが拡大していたのだ。

【ヘアケア製品のキャッチコピー】
エッセンシャルの「毛先15cm」のコピーはぐっときたが、最近のへアケア製品のキャッチコピーを調べてみた。

資生堂 椿 「髪の弾力も艶もバーションアップして、すべてのカールが濡れたように輝きます。」
VIDAL SASSOON 「スリムビューティ 髪がスリムにまとまれば」
パンテーン 「シルクのするっするっ感をあなたの髪に」
ウェラ 「美しい髪だけ、つくりたい」
カネボウ SALA 「美しい髪への想い それは、生まれたままの髪、そのままの髪。」
花王 アジエンス 「世界が嫉妬する髪へ。」

必ずしも巻き髪/カールを意識したものだけではない。このあたりは、バブル経済のワンレン時代とは違って多様化しているといえる。あのバブル時代には、道行く女性の半分近くがワンレンでトサカヘア(下図)をしていたなんて、今では想像もつかないでしょう。

 General_special_04 ワンレンでトサカでボディコン。
 http://event.movies.yahoo.co.jp/theater/go-bubble/general_special/index.html

【バブル時代末期との酷似していないだろうか?】
髪型の流行から見る限り、ワンレンが流行ったあの頃(バブル末期)と今は良く似ているような気がしてならない。ワンレンがカールになって、消費が爛熟しているような気がするのだ。

金満の六本木ヒルズ、文化の東京ミッドタウン、そしてビジネスの新丸ビルと、立て続けにオープンしている。あの頃の象徴は赤プリだったのを思えば、規模は大きく拡大した。Cherryさんと訪れたミッドランドのランチの2時間待ち行列には仰天した。昨今、高価な時計が流行るのもあの頃と似ている。そう、あの頃はティファニーのオープンハートが売り切れたっけ。

消費以外にもいくつか兆候がある。株式市場の乱高下、海外での土地や住宅市場の縮小、為替動向の変化(対ユーロの円安)、外資系金融機関の静かな撤退、そして有効求人倍率の変化。今は求人市場は非常に売り手市場である。人材派遣会社もこれでもか、というくらい設立されている。

 Shitsugy
    有効求人倍率のグラフ。

とどめは経済界の遵法意識の低下である。談合、裏金、横領、脱法、開き直り。髪のウェーブのように一気に下落とならなければいいのだが。今日は以上です。ではまた明日。Click on tomorrow!

| | コメント (2) | トラックバック (42)

2007年4月14日 (土)

カスタマー・バリューのフロンティア 6.売り手の情熱:トヨタbB 若者による若者のための・・・

【カスタマー・バリューのフロンティア 6.売り手の情熱:トヨタbB 若者による若者のための・・・】
消費者行動と消費者調査をテーマにしてきた今週の旬ネタ、今日は最後である。

心脳マーケティング』には、従来のリサーチは、つくった仮説を検証するという運命から逃れられないという主張がある。

市場調査の80%以上は追認的なものであり、それによって新しい洞察が明らかになるというよりも、すでに調査者が持っている信念や本当だと考えている事柄を確認するものである。
『心脳マーケティング』 ジェラルド・ザルトマン著

もちろんリサーチにも段階があり、追認型のリサーチをすることで需要量を想定する作業段階もある。だがザルトマン氏が指摘しているのは、商品のコンセプトを抽出する段階、絞り込む段階、そして揺さぶる段階でも、追認型に陥っていないか?という問題意識である。

次々に新しい地平線から競争相手が現れる現代において、既存業界の商品開発やサービスのあり方、業界慣習などを取っ払って、既視なる状況や枠組みをリセットすることが求められる。だからこそ従来の路線で安易に開発し、その検証も追認に陥ってはならないというのだ。それは事実である。

だが、自らの仮説を「無意識に」確認してしまうのなら、むしろ罪は軽い。経験の浅さや、やる気の空回り、若気の至りということもあるから。罪が重いのは、決めておいた答えを誘導するたぐいの調査やアンケートである。予算取りのための顧客アンケートや、「社員の声を(一応)聴いたぞ」的な社内アンケート。良し悪しはいろいろあるが、世の中にはこんな事例がたくさん転がっている。

脱線した。今日考えたいのは別のことである。追認型はナンセンスだし、業界の慣習や既存の商品やサービスを見る視点をリセットした方がいいのは事実。だがマーケターや開発者は仮説をまったく持たず、心理的なバイアスがまったく無いことがよいのか?それは違うということである。

【トヨタbB】
2005年12月に発売したトヨタの『bB』は、車離れが著しい20代向けの戦略車種として発売された。20代の車離れは市場全体の問題ではあったが、トヨタにとっては年代別シェアで、この年代だけが40%を下回るという、未来への危機感もあり、なんとしてもヒットさせたかった。そこで商品開発はすでに終盤にさしかかっていた2005年2月に「誰もが見たこともない宣伝をしよう!」という目的で、27歳の宣伝広告室社員の中澤さんリーダーにするプロジェクトチームを発足させた。中澤さん以外に商品企画、デザイン、営業、技術から若手を7名選出し、いかに20代にアピールするかを検討した。

まず最初の気づきは、「若者はTVを観ない」という事実だった。中澤さん自身もほとんど観ない。ところが自動車の宣伝はTVCMで知名度を上げるのが常識である。20代にはそれでは伝わらないので、基本を口コミ・ネットコミのキャンペーンに据えた。そこまでの方針はチーム内ですんなりと決まったが、問題は前例否定の宣伝をいかに経営層に説得するかであった。

【車ではなくて、音楽プレイヤー】
中澤さんらが実行したのは、キャンペーンやイベント案(この時点では仮説である)を4つに絞り込み、調査会社と連携して、実際に20代の約60名の男性に生に聞いてみることだった。だがキャンペーン案やキャッチコピー案まで事前に開示してしまうと、市場に漏れてしまう可能性があり大きなリスクであった。そのリスクをあえておかしても、前例がないことをするためには、若者の生の意見を聞くべきだと判断したのだ。

そのキャッチは、『Toyotaの車型ミュージック・プレイヤーbB』である。これは車ではなくて、音楽プレイヤーなのである。革新的な宣伝であった。

 Toyotabb

このキャッチコピー案までを示して「どう思いますか?」「なぜおもしろいのですか?」「どこにどきっとするのですか?」と、なぜなぜ質問を5回繰り返すということをしつこくやりのけた。若者は車離れしていても、音楽離れはしていない。車として売るのではなく、音楽プレイヤーとして売ろうという発想だった。もともと開発コンセプト段階で、9つもの高性能スピーカーを搭載することは決まっていたというが、デザイン部門からは、アグレッシブなデザインではなく「ミュージック・プレイヤー」として売られることに抵抗もあった。

それを中澤さんらは「若者は車と聞いただけで関心を失う。それが現実です。だから関心を喚起するために、多くの若者が興味を持つミュージック・プレイヤーだと宣伝すべきです」と、生の声を集めた調査データを示して、経営陣を説得した。 (以上、日経情報ストラテジー 2007年4月号を引用&参考)

 Toyotabb2

この画像bBのイベント告知の案内なのであるが、ぐっとくるのは小さく書いてあった次の文面である。

※試乗体験は、bBのミュージックプレイヤーとしての魅力を体感していただくものであり、試乗運転ではありません。(運転免許証は必要ありません)

運転しなくていいですよ、乗って音だけを聴いてください、というのだ。徹底しているじゃないですか。こんな車の宣伝はこれまでなかった。

【冷静に情熱を抱け】
このトヨタの事例の素晴らしいところは、従来の宣伝や広告を一切リセットし、生活者目線で、本音や本当の気持ちをベースに宣伝案(仮説)をつくり、それを事実(調査)で裏付けたというところである。

「5.AVISレンタカーの利用者体験からの改良」のAVISレンタカーの事例では、調査チームに「未来学者、心理学者、文化人類学者」という他業界のアウトサイダーを入れて、予想もつかない視点から分析するというアプローチがあった。これも新鮮である。専門的な第三者という客観性が保てるからだ。

だが、その商品を創る開発者自身が、冷静に熱くなることも必要である。開発者が熱くなるから、プロジェクトが成功した、とはどこでも聞くことであり、個人的にも間近で観てきたことである。熱心さを統計には取れないが、熱心なリーダーの存在が成功の確率を大きく上げることは間違いないだろう。一方で熱いだけではダメだ。冷静にとは既視感をリセットした仮説をもつこと、熱くとはその仮説を立証することである。

ザルトマン氏も同じことを言っている。「冷静に情熱を抱け」。 「新しいアイデアに対する情熱(または感情)は、創造的な思考を活発にする」と。既視感をリセットするのにも情熱力がいる。

【フォト・サンプリング】
bBのリサーチでこうした手法が使われた痕跡はないが、フォト・サンプリングという調査手法がある。

今や数千万人が携帯電話のデジカメを肌身離さず持っている。その写真機能を調査に使うものである。さまざまなシチュエーションで行えるが、たとえばペットという調査テーマならば、ペットをめぐって気になる写真を撮ってきてください、それをリサーチャーに送ってもらって、その写真を見ながらインタビューを進めてゆくというものである。

ペットの挙動やいたずら、しつけ、食事、遊び、病気など、さまざまなシーンがあると思われる。被験者に「なぜその写真を撮ったのですか?」「何が気になるのですか?」「なぜ今売られているペットグッズでそれができないんですか?」などと、質問も深ぼりができる。ひとりのインタビューからでも、相当な知見やアイデアが得られる。もっとも、ペットの写真だけ持参してもらって、ペットは連れてきてもらわないようにしよう。ペット自慢談義で終わってしまうので(笑)。

 Neko  とあるペット。(無断掲載_笑)

dBの場合なら、音楽ライフというテーマだけを与えて、何でもいいから写真を撮ってきてください、それをもとにインタビューをしましょうとなるだろうか。そこに果たして車が出てくるかどうかわからない。だが音楽を聴く従来のスタイルを変化させる発想が、湧いてくるかもしれない。

【最後に】
商品やサービス、顧客の体験を考えるとき、「直線的に成長させる」か「新しい別の階段を創るか」という2つのアプローチがある。

AppleのiPodを例に取るとわかりやすい。携帯音楽機器業界でゼロシェアだったAppleは、iPodというイノベーションで、従来の音楽携帯機器と別の体験=iTunesというダウンロードサイトにより、新市場を創った。それに対して、他の携帯音楽メーカーは軽量化や薄型化など直線的な機能進化に終始してしまった。既視感に囚われていたために、ウェブサイトとの連携という別の階段に上ることができなかった。

あらゆる業界・商品で、昨日と今日の変化値がとても大きくなっている。顧客のニーズは直線的に成長しないと言ってもいい。その意味では、顧客の本質を見抜くアプローチも、それを確認するアプローチも、刷新しなくてはならない。いつまでも同じリサーチやコンサルティングのやり方にこだわっていてはいけない。

その意味で、顧客体験を抽象化する「コンセンサス・マップ」、メタファーで本音を語らせる「ZMET」や「フォトサンプリング」、第三者視点で顧客経験を分析する「経験エンジニアリング」、想定ターゲットのライフスタイルを24時間視点で分析する「トータル・ライフスタイル分析」、量より本質を求める手法として注目したい。

今週1週間、お読みいただきありがとうございました。いくつかコメントや反応をいただきました。このテーマは個人的にも想いもあり、重みもあるので、別のかたちで「カスタマー・バリューアップの活動コンセプト」として体系化したいと考えております。ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (11)

2007年4月13日 (金)

カスタマー・バリューのフロンティア 5.経験心理の消費:AVISレンタカーの経験

【カスタマー・バリューのフロンティア 5.経験心理の消費:AVISレンタカーの経験】
消費者行動と調査をテーマにしてきた今週の旬ネタ。5回目の今日は「経験心理の消費」における消費者心理と調査について考えてみる。

昨日(2007年4月12日)のブログにも示した図にあるように、「経験消費」とは横軸の左側に伸びる矢印で表した消費心理である。これは誰もが反復的に経験する消費行動と規定した。だから、なるべく心の摩擦係数が小さい方がいい消費心理なのでである。

 4_profile02_3

コンビニエンスストアやスーパーでの消費のように、毎日反復的に消費する場合、長いレジの列やレジ係の段取りの良さ、さらに商品陳列の巧拙が影響するだろう。あるいは吉野屋に行き牛丼を頼むとき、カウンター内の店員が接客に注文受け、運搬に品だし、そして代金受領までをテキパキとできるかどうか、同じ牛丼でも味が違うと思ったことがあるでしょう。右往左往する店員にいらいらさせられると、味も変わるのである

銀行のATMもそうだ。港区新橋の某銀行は、規模も大きいし3階まであるし、1階角地にあるATM台数も多い。それでもそこのATM行列はいつもディズニーランドのアトラクション待ちのように、行きつ戻りつと長いのである。あそこの銀行の心理摩擦係数は高いので、近くを通るたびに中を見て、どのぐらい並んでいるか観察してしまう。同僚のCherryさんは、「あそこの銀行を使うとき、わたしは一番右側にあるブースにゆくの」と言っていた。それは静脈認証専門のATM。彼女はずるいのである。だが、ずるい消費者がいることを、某銀行は恥じるべきである。

  Atm 

それはともあれ、その人の消費経験によって商品やサービスの評価はかなり変化する。その商品の持つほんらいのバリューに関係なく、変化する。だから心理的な摩擦を小さくすることが、消費者満足は「大なり」になるのである。

【消費の経験とは何だろうか】
心理摩擦係数を小さくすることは、他の消費、たとえば感動消費にも通じるではないかという反論もあるだろう。もちろんあらゆる消費には心理摩擦係数が小さい方が良い面がある。だが「経験」という点から見ると、なかなか興味深いことがわかる。

わたしたちは、今経験したことを評価したり咀嚼したりする場合、既知の知識を活かす。これまでに経験したことから見て、このことがどうなのか、プラスなのかマイナスなのか、黒なのか白なのか判断するだろう。つまり過去の記憶や経験が、現在の評価の鍵を握ることが多い。つまりこうである。

消費者はマーケティングの影響を受けながら、過去に経験したことをそれとは異なる新しい経験に置き換えながら記憶していく。『心脳マーケティング』より。

つまり消費者の「記憶や経験という心理の場」で、売り手は商品やサービスを提供し、買い手はそれを購入することで、毎日記憶を塗り替えている。売り手は自社のブランドやサービスイメージというマーケティングをし、買い手はこれまでの経験を確認して安心し、あるいは値踏みしている。経験消費は、その反復行動を通じて、経験を塗り替える合戦なのである。

【顧客との関係性とは何だろうか?】
ところで今や大学生の間でも浸透している「CRM」という言葉がある。もちろんCustomer Relationship Managementの略で「顧客関係性マネジメント」と訳されている。一般にはCRMができるシステムをCRMと呼ぶ。

わたしにシステムのなんたるかを教えてくれた先輩は「CRMって顧客の‘関係’を管理するんだよな。顧客を管理するなんて、そんな失礼なことはないよな」と言っていた。まさにその通りだが、世の中の実態は違う。「顧客を管理しよう!それもたくさん買ってくれる(くれそうな)顧客を識別・管理し、買ってくれない(くれそうもない)顧客は管理するのをやめよう」 つまり購買額や、かけたコストとリターンを管理しているのが実態である。どこのコンサルタントもITベンダーも平気でそう言うだろう。

ところが、顧客の記憶や経験が売り手と顧客との関係を通じて、塗り替えられるとすれば、顧客との関係性の何を管理すべきだろうか?ザルトマン氏はこう主張している。

顧客の記憶をどう管理すべきかということを理解せずに、CRMを通じて顧客から信用を得ることはできないし、利益を上げることもできない

いささか変わり者のコンサルタントを張るわたしは、CRMを入れれば利益が上がると言ったことはないし、これからも言わない。だがCRMで、たとえ特定少数の顧客であっても、その記憶や経験が管理できて、経験プロセスに対して打ち手を考えるためになら、ぜひ導入すべきだ。

【Total Experience Management】
顧客の経験を改善するコンサルティングがある。それはExperience Engineering社という「Total Experience Management / 経験マネジメント」という手法で、店舗やサービス改善をする米国のコンサルタントである。以下は『心脳マーケティング』、MIT SLOAN MANAGEMENT REVIEW(Spring 2002)、Twin Cities Business Monthly(Jan.2003)を参照してまとめさせていただいた。

創立者でCEO(Chief Experience Officer)のCarbone氏は「(消費者の)経験に関する一切合切は、吸収し観察すべき手がかり」と言い、「その手がかりが経験をつくる」と言う。

 Experience_engineering_ceo Carbone氏 CEO。

同社の代表的な事例がAVISレンタカーでの経験の改善である。

【AVISレンタカー事例】
1990年代の前半、AVISレンタカーは、顧客満足度調査のスコア下落(全米最下位)に悩んでいた。そこでニュージャージー州ニューアーク国際空港支店にExperience Engineeringを導入した。その手法の基本は顧客の「レンタカー経験」である。受注後、隠密に調査チームが組織化された。

 Avis_header_logo

それを探るために(あらかじめ承諾&謝礼支払の前提で)顧客の腕時計や服に小型カメラ(録音機能付き)を仕組み、個々の顧客のレンタカー経験のすべてを記録した。顧客のボディ・ランゲージ、声の抑揚、言葉の選択などを記録し、その感情の変化を分析した。その感情のあり方を裏付けるため、顧客とレンタカー従業員の両方にデプス・インタビューを実施した。

おもしろいのは、その調査チームにはリサーチャーだけでなく、未来学者、心理学者、文化人類学者など人間を分析する「知」を結集しているところである。わたしのつたない消費者調査経験からすると、それはたいへんな重装備であり、各分野の専門家の指摘がぶつかり合うならば、とても興味深い。

その結果はAVISには驚きだったという。レンタカー屋のパンフレットにあるような「綺麗な車」「サービスの迅速さ」「挨拶の良さ」「装備の良さ」ではなく、ひたすら「旅行に伴うストレスや不安を取り除いて欲しい」というものであった。

【わたしの米国でのレンタカー体験】
わたしは短期(1.5年)の米国駐在をしたことがあるが、米国内で出張したことも多かったし、駐在後に訪れることもたびたびだったので、レンタカーにはエキスパート(自負)である。とはいえ駐車場からバックで出ると、右脳と左脳が逆転して、左側通行をすることもよくあった。レンタカーもレンタカー会社もまだ凹ませたことはない。

国土の広い米国では、レンタカーなくては商談やミーティングが成立しない。だからなるべく早く予約車にたどり着き、鍵をもらい、レンタカープールから出て、目的地にゆく。慣れた地ならまだしも、始めての地では緊張する。空港によって、微妙に借りるシステムが違うこともあった。空港カウンターのレンタカー・チェックインは、単なるチェックで、実際に借りるにはバスに乗らねばならない。他国籍のわたしは尚不安になる。

たいて黒人の運転するレンタカー場への案内バス(それを間違いなく乗るのも緊張する)に乗り、AVISかHeartsかその他か、到着地を聞き分けながらバスに乗るのである。空港によっては、予約シートを渡すと、当該レンタカーの目の前までバスを走らせてくれたのでほっとした。そうでもない経験もあって実に心細かった。さらに返却するのにも、どのぐらい空港への時間がかかるかわからないなど、緊張することが多かった。

AIVSの「経験調査」の場合、わたしも感じたようなストレスを解消するために、レンタカーの返却場所の入口に、フライトの出発時間・ゲート案内を示すビデオの設置、荷物の移動をしやすくする設備面の工夫や、ビジネスセンター設置などの改良を行った。その結果、米国内空港の顧客満足度調査でトップに躍り出たという。調査前は最下位だったのが飛躍的である。

【事例の受け止め方】
以上は米国での事例とわたしの経験であり、日本のレンタカーシステムはかなり違うので、そのまま当てはめられない。だがこのリサーチ事例を自社のサービスに適用されたことを想像してみよう。おそらくかなりの汗をかくことだと思う。

顧客視点を持つこと、顧客を研究することは、「言うは易し行うは難し」の代表的なことである。それはっふだんエンドユーザーに接しているか、接していないかには余り影響がないと思う。職業の違いもあまり影響がない。むしろ顧客心理感度の高低があるのだと思われる。自分の中の「職業経験」が、消費者視点にもどることを阻害しているのだろうか。

今日は以上です。明日は「カスタマー・バリューのフロンティア」のまとめをしたい。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2007年4月12日 (木)

カスタマー・バリューのフロンティア4.感動心理の消費:エッセンシャルでかわいくなる

【カスタマー・バリューのフロンティア 4.感動心理の消費:エッセンシャルでかわいくなる】
消費者心理学者ザルトマン氏の好著『心脳マーケティング』に触発されて書いてきた今週の旬ネタも4回目である。これまでとこれからは次の通り。

1.カスタマー・バリューのフロンティア(2007年4月9日)2007年4月9日
2.表層心理の消費:ホット庫という見えないニーズへの気づき(2007年4月10日)
3.深層心理の消費:サントリーのネット‘珍問答’飲料調査(2007年4月11日)
4.感動心理の消費:エッセンシャルでかわいくなる(2007年4月12日=本日)
5.経験心理の消費:AVISレンタカーの利用者体験からの改良
6.売り手の情熱:トヨタbB 若者による若者のための・・・

4軸の消費者心理プロファイルを再掲しよう。

4_profile_9

今日のテーマの「感動心理の消費=感動消費」とは、自分の心への刺激の度合いが高く、感動や驚きを求めて、心の摩擦係数を大きくしたい心理と規定した。感動消費は、心にできるだけ波瀾万丈な摩擦を求める。摩擦と言っても自分にとっては良い摩擦である。今までの自分が新しくなる、楽しい体験ができる、深い思い出を求める。ハレとケの消費から見れば、「ハレ」であり、OFFタイムの多くの消費行動はここにあると言える。

だから同じ感動心理でも、表層心理に訴求する感動と、深層心理に訴求する感動とでは、おのずと内容が異なる。消費者購買が意識的な(ロジカルな)プロセスで実行される場合、マーケティング・コミュニケーションは容易である。買い手にも売り手にも見えている範囲で、商品開発をし、改良を重ねればいい。

だがどんなにコモディティ化された商品でも、実は消費購買が無意識的なプロセスに影響されている商品は数多い。たとえば歯磨き、口臭防止剤、ヘアケア商品、化粧品、医薬品などパーソナルケア商品では、潜在的なニーズが隠れていることが多い。こうした商品のマーケティング・コミュニケーションは難易度が高い。だが、それを発掘できた企業が、予想外のヒットを飛ばすことがある。

【何気ない言葉の奥深さ】
あなたにはお気に入りの品があるだろう。その品を長持ちさせて、いつまでも使いたいとき、どんな表現をするだろうか?たとえばわたしは(高いものではないが)靴を大事に履きたい、長持ちさせたいと考えている。だから磨き方にも気をつける。1日履いたら「休ませる」。だから、靴墨を「手入れする用具」というより、「靴を休ませる」という表現をしたいと思う。

そうした表現をすると、靴墨は汚れ取りから「疲労回復」の素にもなり、ミンクオイルは「若返り」の素になる。シューズキーパーは「若返りグッズ」にもなる。そこから「皮の皺を取り」「形を整え」「長寿命化を図る」クリームなど商品開発の切り口にも広がりが出るはずである。余談だが、リフレクソロジーをしてもらって足は若返らせても、1日の労働で汗を吸い、疲れた靴を履いて帰るのでは、どこかすっきり感がない。施術の間だけでも、靴ケアと靴下ケアもしてくれればいいのに。

ザルトマン氏の『心脳マーケティング』に好例がある。引用させていだだこう。

柔軟剤について消費者が語った際に「衣服を育む」という表現をした時、その表現にどのような意味があるかを理解している企業は、より効果的な柔軟剤を開発するに留まらず、衣服の皺をとる、色を保護する、長持ちさせるなどの機能を持った関連製品を開発することができるかもしれない

消費者へのインタビュー調査をいくら重ねても、何気ない消費者のひと言から本質的な意味を感じ取れるかどうか、そこに商品力の差異が生まれると言ってもいいだろう。

【花王のエッセンシャルの生まれ変わり】
知られたことだが、花王という会社の商品訴求の基本は「科学」である。だからあらゆる製品で科学的な効果がうたわれる。だが、エッセンシャル・シャンプーを再開発したときは、「機能性だけでは厳しい」という尾崎社長のひと言で、機能以外の訴求ポイントを探ることが命題になった。

エッセンシャル・シャンプーと言えば、1984年に歌手の堀ちえみさんが「クレイジーラブ」というCMソングをエッセンシャル・シャンプーのCMで歌ったくらいの歴史的長寿命商品なのである。発売は1976年。

 B00005olr5_09_lzzzzzzz 堀ちえみベスト。わたしはファンではないです。

商品寿命的には当然ながら末期的症状であり、40代主婦が購入する家族ブランドでバーゲン商品だった。それを従来の顧客層を捨て去り、「もう一度20代前半の女性に認められるブランドに」という悲願にも似た無謀な(失礼)目標を、女性のプロジェクトマネジャーが立てた。池田順子さんという、現在はアジエンス ・ エッセンシャルのシニアマーケターである。過去を全否定する、素晴らしい目標設定である。

池田さんは200名以上の女性に会って、「髪に何を求めているか」聞き回り、そのうち20人には髪に関するブログを書いてもらうよう依頼した。そこから表れたのは意外な心理だった。

髪の傷みは気にしていない」 エッセンシャルのそれまでのキャッチは「ダメージ・ケア」だった。若い世代にはその基本機能は全否定された。では20代女性は髪について何を気にするのか?そこには深層心理があった。

帽子をかぶったら髪形がくずれるのが嫌」 髪の傷みよりも髪形なのである。それが崩れるのが嫌なのである。髪を伸ばせば、毛先がどうの、枝毛がどうのという声があるのは事実だが、20代の女性は若いし髪も若い。若いのだから(心の痛みはともかく)髪や身体の傷みは知れている。再生力はどの世代よりも強いのである。花王は「科学する」会社であるので、女性の情緒局面に立ち向かう商品開発には弱かったのかも知れない。

【情緒的便益と機能的便益】
情緒的便益と機能的便益について、ザルトマン氏はこう書いている。

消費者が商品やサービスを買うかどうか判断する際には、商品が提供し得る機能的便益(たとえば、投資商品のリスク性向など)と情緒的便益(たとえば、愛する家族のための保障など)の双方を考慮に入れる。(中略) マーケターは消費者とのコミュニケーションにおいて、常に製品の機能的便益と情緒的便益とを密接に関連づけながら(その関係が非常に微妙なものであったとしても)提示すべきである。

ここで大事なことは、機能と情緒は相互作用するということである。花王の製品例なら、やはり毛先のダメージは機能面のニーズでは重視される。それは毛先15cmの髪形が思い通りになると、かわいくなるという情緒面のニーズと相互作用があるのだ。

 Photo_39

【プロダクト・マネジャーの執念から】
ブログを書いてくれた20名の内から、さらに絞り込んで6名の女性に、ホテルに宿泊してもらい、新しいエッセンシャル製品を試用してもらい、使用後、寝るとき、起きた時など、6名の被験者の変化をつぶさに観察したという。そこでの気づきは、朝、髪形が自分の思いどおりにまとまっていると、生き生きとして幸せな顔つきになった。深層的なニーズは髪形だった。それも毛先が自分の思い通りになることが感動なのであった。

そこから「毛先15cmが変われば『かわいい』がつくれる」の広告キャッチが生まれ、エッセンシャルは30年目にして過去否定の新ヒットになった。すばらしいマーケティングである。
(以上、日経ビジネス 2007年1月8日号参考)

 02_9
 どれもが15cm「命」なのだろうか?う~ん、よくわからない。

【トータル・ライフスタイル分析】
この事例におけるリサーチ面の注目は「トータル・ライフスタイル分析」と呼べる密着リサーチである。

日産のSUVムラーノでも使われた手法と聞くが、被験者の24時間を追って、そのライフスタイル全体の視点から、自社の製品機能の位置づけを探るというアプローチである。自社の製品の単純な満足・不満足ではなく、自社製品を含めた商品機能が、被験者の生活へどのようなコンテクスト(文脈)をもたらせているかを観察するものである。

ねらいは顧客に提供する本質的な価値へ、マーケターが気づきを得るというものである。この調査の留意点は、当然大量の人々に密着はできないので、緻密な顧客層のセグメントと実際の対象者の絞り込みが必要なことである。そこを間違えるとすべてが間違いになる。花王エッセンシャルの場合も対象者の選定には細心の注意が払われた。最初は200名、それをインタビューで20名に絞り、さらにブログで6名に絞り、6名を密着取材という、確実さとコストの両立をした賢いやり方であった。学ぶべきである。

【髪に込められた心理】
女性によっては、安易に髪に触れられたくない(嫌な人には触れられたくない)意識があるという。「それはなぜなの?」と聞いたことがあるが、その答えは無粋な男には意外だった。「髪に触れられることで愛を感じる」から。だから(美容師といえども)やたらな男には触られたくないというのだ。

じゃあ美容院で、たとえば指名した人がお休みで、いつもと別の美容師に髪に触れられたらどうよ?と聞いたら、嫌なのでその間ずっと我慢するというのだ。我慢して(高い)お金を払うのもまことに変である。複雑なのは毛先だけではなく、文字通り「髪様のみぞ知る」なのだろうか?(笑)

今日は以上です。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2007年4月11日 (水)

カスタマー・バリューのフロンティア 3.深層心理の消費:サントリーのネット‘珍問答’飲料調査

【カスタマー・バリューのフロンティア 3.深層心理の消費:サントリーのネット‘珍問答’飲料調査】
消費者行動と調査をテーマにする今週の旬ネタ。今日は実践編その二。「深層心理の消費」における消費者心理と調査について考えてみたい。

【深層消費とは】
外部からは見えない理由で消費者が選択をし、消費行動をすることと規定した。表層心理の消費が、女性なら「わたしXXXの香水を使っているの」と言いやすい一方、深層心理の消費では、男性が「ユニリーバのAXEを使っている(=女性にモテたい)」などと容易には同性にも悟られたくないものを指す。

この例は非常に単純だが、要は「買うか買わないか簡単にはわからないという教訓である。これまで多くの企業がこの深層心理の罠にはまって収益を減らしてきた。有名な例は大失敗だったニューコークを生みだすきっかけになった「公開比較調査」である。

あらかじめどちらがどちらかを被験者に知らせず、コカコーラとペプシコーラを入れた2つのグラスのどちらが美味しいかを比べてもらう調査だった。その結果は半数以上がペプシコーラであり、これをきっかけとしてコークの味を変えて失敗した。このときの教訓は「公開比較」という実験の場が、消費者が購買するTPOとは違うのに、それを真に受けたというものであった。人は味だけでコーラを選定するのではなく、ブランド価値や自らの消費スタイルなど、さまざまな要因からコーラを選ぶのである。

【買うか買わないか】
最近の調査だが、2007年の6月から発売予定のAppleのiPhoneを買いますか?というアンケートが、米国の携帯販売会社で行われた。

iPhoneを「買うつもり」とした人は回答者の18%で、「買わない」は52%。「まだ分からない」が31%だった。買わない理由は、「価格」が49%、「現在所有している端末の機能に満足している」が48%、「通信業者を変えたくない」が23%などとなっている(複数回答)。

「買う」という18%の回答率を相当に高いと見るか低いと見るかも問題だが、iPhoneという商品は、必ずしも見えるところだけ(機能や価格など)の表層消費だけに依存する商品ではなく、むしろ見えない部分(Appleブランド力というかApple教、最先端イメージ)、すなわち深層消費に軸足を置いている情緒商品のように思える。だから定量調査はあまり意味がないし当たらない。Appleコアファンが携帯キャリアを乗り換える、その心理の機微を分析しなくて、何の意味があろうか?

米国産牛肉を買いますか?と主婦に聞くアンケートは複雑な答えが予想されるが、吉野屋の牛丼を食べますか?というアンケートは比較的単純であろう。今、ウィンドウズVistaを買いますか?というのも、わりとロジカルに答えが出る問いかけである。

買うか買わないか?の答えが複雑か単純かで、商品を表層型か深層型かに分けることができる。また調査メソッドも決まる。

【深層心理理解のアプローチ=聴くこと】
ザルトマンは、深層心理を理解する上で、2つの「聴く」作業が重要と言っている。

「優れた顧客中心主義には、2つの種類の「聴く」作業が重要である。
①顧客は、企業の製品が購入に値することを「聴く」、つまり本当に理解する。
②企業は、既存顧客、新規顧客の深い思考や感情について彼ら自身の言葉で語っている内容を「聴く」、つまり本当に理解する。『
心脳マーケティング』より

巧みに聴くことが出来れば、巧みなマーケティングが実行できる。これはわたしの経験からもまさに正比例する。偶然なのか、わたしの先輩のそのまた先輩コンサルタントは「コンサルタントはまず聴き上手たれ」という重い言葉を言われたそうだ。深い言葉である。

【メタファーを介して心脳に語りかける】
その聴く作業のひとつがザルトマンが開発し、日本では博報堂が業務提携している『ZMET調査』である。

この調査の手順は2つある。ひとつは調査に直接は関連しない写真を被験者に見せて、インタビューをしてどう感じているか深層心理を探るもの。もうひとつは、被験者に調査テーマを知らせておき、それに関連した写真を選んで持ってきてもらい、なぜその写真を選んだのか?インタビューで深層心理を探るものである。

メタファー(たとえ)を調査利用するのがなぜ良いのか?それは言葉だけでは説明がしきれない「たとえ」から、消費者の思考や意志決定を理解することができるからである。

たとえば、ある企業のサービスイメージを探るというテーマがあったとしよう。被験者は「枯れた花」の写真をもってきた。なぜ枯れた花なのか?聞いてゆくとその企業のサービスが、落ち着きがない、はきはきしていないイメージを持っていると語った。その企業のサービス部門の社員に同じ調査をする。彼らは「ファーストフードの店舗」の写真を持ってくるかもしれない。標準化された素早いサービスがモットーというように。

もしもそうだとすれば、そのギャップは深刻である。

 Gzaltman ザルトマン氏。

【サントリーの珍問答調査】
サントリーでは直接的にZMET調査を実施したわけではなさそうだが、そのアプローチが似ている。「お客を感じたい」というために、インターネット上で珍問答調査を実施したという記事があった(日経ビジネス2007年3月19号)。

「急須で入れたお茶を、人、モノ、動物に例えると何ですか?」
「お茶を飲んだことのない外国人に急須で入れたお茶を勧める時にどう紹介しますか?」
「1年間の『お茶禁止法』が国会で可決されました。あなたは国民の代表として、お茶を飲み続けるためにどのように反論しますか?」

サントリーでは2000年にこの調査を実施したそうだが、それはインターネットの匿名性に注目して、わざわざコメントを書いてくれる少数意見から、お客様の本音やヒントを「感じたい」ためにこんなアンケートを実施したという。写真を持ってきてくださいというお願いこそないが、動物に例えると何ですか?などは、お茶をめぐる深層心理がわかりそうな質問項目でとても興味深い。

 Background

サントリーではこのネットアンケート調査以外にも、一日に飲んだすべての飲料の記入アンケートを実施して、商品開発者との意識のズレを検知しようとしている。こうした凝った定性調査をするのは、当たらない定量調査から脱却したいがためである。

【被験者=自分】
わたし(郷)に『急須商品』というテーマを与えたとしよう。わたしはどんな写真を持参し、インタビューに発展するか?考えてみた

写真は「大人の男のあぐらの写真」を持ってくる。どうも父のイメージらしい。あぐらが家父長。あぐらをかくということは日本間を表している。そしてちゃぶ台があり、赤茶色の急須の注ぐ先は、どうも欠けている(笑)。貧しくはなかったがつつましかった家庭を象徴するのだろうか。でもそれがお茶というわたしのイメージ。

ガラリと変わってもう一枚は「商店街の写真」も持ち込むかも知れない。

都内近郊のまあまあ栄えている商店街の写真を持ってくる。なぜ商店街なのだろうか?わたしの中の紐をひもとくと、商店街の記号が浮かび上がる。「或る方」とぶらついて、荒物屋に入って、急須を買ったという記憶に基づくらしい。そこでの急須という記号は「ふたり」「ぶらりと買物」「日常」「家庭」「所帯」・・・というイメージなのかもしれない。その「或る方」がわたしより先にお店に入り、これどぅお?とある急須を手にした。わたしは・・・・おっとその先は深層心理というか深層記憶に関わるので書けない(笑)。

 312 コメントはしないぜ。

いずれにせよ調査後のインタビュー・コメントは、「気持ちワード」からザルトマン氏の言う「コンストラクト」にして、コンセンサスマップづくりをする。あなた自身の深層心理に訴求すれば実感が湧くだろう。

【調査は量ではなく質】
以前、新ビジネスを考えてあるベンチャーキャピタリストに説明したとき頂いた言葉が忘れられない。それは「市場規模なんてアテにはなりません。それより、たった一人、一社でいいから、絶対に買いますという顧客を見つけてください。なぜ絶対に買うかその論理こそわたしは聞きたい

人を信じさせるのは、量より質である。今日は(商店街情緒は尻切れトンボですが_笑)以上です。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2007年4月10日 (火)

カスタマー・バリューのフロンティア 2.表層心理の消費:ホット庫という愛情ニーズ

【カスタマー・バリューのフロンティア 2.表層心理の消費:ホット庫という愛情ニーズ】
消費者行動と調査をテーマにする今週の旬ネタ。昨日の解説編の後は、実践編その一。「表層心理の消費」における消費者心理と調査について考えてみたい。

ケーススタディとして取り上げるのは、目のつけどころがシャープの『ホット庫』である。温める機能付きの冷蔵庫として世間をあっと言わしめた商品である。さすがはシャープという商品コンセプトだった。冷蔵庫で温めるという商品化発想はいかにして出てきたのだろうか?

なお、今回は実際にシャープさんを取材してのものではない。あくまでケーススタディとしてホット庫の開発シナリオを想定し、コンセンサスマップづくりをしてみたい。

【表層心理の消費とは】
昨日(2007年4月9日)のブログに書いたように、「表層消費」とは心の表に表れる心理が、ありのままの行動として伝えられる消費である。その使用や購買において、とりわけ心理的なトラウマがなく、消費を他の人に知られてもかまわない消費行動である。

だがその対象商品やサービスは、厳密に言えば、人ごとに違う。同じ商品でも、ある人はおおっぴらに使い、ある人は何らかの劣等感があり、購買・使用していることを知られたくないこともある。つまりあらゆる商品は、その人ごとに消費意識が異なるのである。ゆえに自社の商品特性は日常使う商品だから、あるいはコンプレクスに働きかけて消費される商品だからと、あらかじめ使用範囲や使用心理にレッテルを張ってしまうと、顧客理解が筋違いになったり、まったく的外れにもなるのである。

【顧客セグメンテーション】
あらためて、顧客セグメンテーションについて考えてみよう。

顧客セグメンテーションは、たいていは自社商品購買量/額という、自社視点からの顧客セグメントが行われている。それにプラスして、年齢や性別、学歴、職業、家族構成、居住エリアなどでクロス分析を行う。だが自社の商品購買額から見るのは、ほんらいはとても狭い見方である。そうして顧客対応を差別化して、収益性を揚げたいのはわかかるが、必ずしもロイヤルティが上がり、離反を減少させられるわけではない。これも実務者には実感だろう。

性別ぐらいはセグメントの基礎として考えていいが、学歴や職業、住所、家族構成、自社製品の購買量や額など、セグメントを丹念に実行しても、消費者を理解することがむつかしい。冗談ではないが、最近は性同一障害も増えている。精神年齢と実年齢にもギャップが増加しており、年齢さえアテにならないのが実情である。

ではどうすべきか。顧客や消費者の「セグメンテーションは、消費者の思考プロセスが似ていることを基準に彼らをグループ化するべき」なのである(『心脳マーケティング』より)。その思考プロセスが似ているか似ていないかで顧客/消費者をグルーピングすべきなのである。自社商品という狭いスコープだけで消費者を区分することは適切ではない。

【シャープの愛情ホット庫】

 Hotlogo

この商品の特徴は次の通り。
「冷やすだけが当たり前だと思われていた冷蔵庫に、料理を保温できる多目的室を設けた」点である。従来は冷蔵から冷凍までの多段階の温度帯切替が一般的だったが、愛情ホット庫は、「料理が温かい」とされる55度の保温機能を備えている(2006年モデルでは「汁物も温かく感じる」という60度の保温も可能に)。
 http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0724/kaden005.htm

 P01_img_02 

シャープの商品開発チームは、この「冷蔵庫で温める」という相反する商品化機能に、いかに到達したのであろうか?実際にどうやったかはさておき、わたしはシャープの開発陣が、「冷蔵庫をめぐるメンタル・モデル」をつくったのではないかと考える。

そのメンタル・モデルを、ザルトマン氏が開発したコンセンサスマップのアプローチで見ると実に発想が湧くのである。

【コンセンサスマップとは】
ザルトマンが開発した市場の心理を理解する思考のフレームワークがコンセンサス・マップである。

コンセンサスマップを活用することにより、マーケット・セグメントに属する顧客層が最も強く感じている共通のコンストラクト(消費者の思考をひとつのラベルで表現した言葉)を知ることができる。すなわち、コンセンサス・マップは市場の心の「生体構造」を表していると言える。(同著)

この説明はやや抽象的なのだが、消費者の思考プロセスをマッピングするものである。消費者の思考プロセスは通常1対1のデプス・インタビューで明らかにされ、その言葉をいくつかをワンワード(コンストラクト)にまとめて、そのワンワード同士を結びつける。そこから商品化機能や自社のサービス改善案を発想しようというものである。

コンセンサスマップづくりで重要なことは、「商品の機能から考えず、使い手のシチュエーションやシナリオから考え、消費者の思考や気持ちを出す」ことである。

【コンセンサス・マップづくり】
冷蔵庫の諸機能である「冷蔵」「冷凍」「保存」「棚」「容量」「温度管理」「電力消費」といった要素から考えるのではなく、冷蔵庫をめぐるライフスタイルから、言わば「気持ちワード」を抽出する。冷蔵庫は24時間稼働する家電なので、朝・昼・晩・深夜というシチュエーションが適切だろう(あるいは、世帯構成によってはもっと細分化してもいい)。

シチュエーションは夫が遅い(Cさんだよね♪=私的通信ですみません_笑)夜食というシチュエーションから。インタビューから「気持ちワード」をランダムにどんどん出そう。以下わたしの創作である。

質問者:料理を作りおきして夫を待つときの気持ちはどんなものでしょうか?」
対象者:う~ん、待ちわびて、ひとりで食べるのは寂しいけれど、腹八分目で食べてしまう、おなか空いちゃうから(笑)、おかずだけ少し一緒に食べてもいいし・・・手持ちぶさただし、冷たくなっちゃうのはどこか愛情不足かしら(笑)・・・のようにインタビューを重ねて「気持ちワード」を整理してゆく。

「夜中の料理」:めんどうくさい、手間をかけたくない、洗い物が面倒・・・
「まちわびる」:愛情が試される、待たされたくない、連絡ぐらい、記念日なのに・・・・
「冷たい料理」:美味しくない、愛情がない、勝手にして、ひとりきり・・・
「夜中の食事」:消化が悪い、太る、食欲がわかない、油ぽいのはいや・・・・
「手早い調理」:作り置きしたい、電子レンジは味気ない、インスタントはまずい・・・
「洗い物」:残して寝たくない、洗うのは面倒、片付け音がうるさい・・・・

 01_14 

これでイメージが湧くだろうか?というのも、わたしはfunctionalな家庭を持っていないからだ(苦笑)。だから愛情(かなり)手前のホット庫のコンセンサスになっているかも(笑)。それはさておき、このように「気持ちワード」を振り出しに、気持ち圧縮の「コンストラクト・ワード」を配して商品開発をすると、かなり新鮮なアプローチで発想が出来る。

ザルトマン氏はこれを「コンセンサス・マップ」と名付けたが、リサーチャー出身のわたしが思うには、必ずしも目新しいコンセプトではない。作り手からの視点だけで作ることを戒めるものと考えれば、実に普遍的なアプローチである。それがよく忘れられるのも事実である。

このようなリサーチ結果になったとして、問題はここから商品開発者が何を引き出せるか?である。この図ではやや作為的に「愛情」をトップに置いたが、愛情は商品化できないので(少なくとも家電では)、そこからの展開思考こそ重要である。「流刑地」になっては遅いが、開発や企画にはセンスが必要というのは時代を越えて共通することである。

【愛情には時間制限がある】
おもしろいのは「愛情ホット庫では、一定時間が経過すると、自動的に冷蔵(3~5度)やチルド(0~2度)といったモードに切り替わり、食品が傷むのを防ぐようになっている」(http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0724/kaden005.htm より)

午前様になって、堪忍袋の緒が切れるところまで、シャープの開発陣は計算したのであろうか?(笑) お後がよろしいようで、今日は以上です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 9日 (月)

カスタマー・バリューのフロンティア

【マーケティング・ブレイン旬ネタ 1.カスタマー・バリューのフロンティア】
今週一週間「旬ネタ」として書きたいテーマは「カスタマー・バリューのフロンティア」、言ってみれば顧客価値研究の先端、消費者調査の先端という野心的なテーマである。

テーマの発端はひとつの夢を見たことである。夢といっても「お告げ」ではないので安心してほしい(笑)。お告げではなく、夢の中の他人が、自分に語りかけることはよくあるだろう。わたしの見た夢でもそれがあった。彼はわたしにあることを語りかけてきた。その内容を聞いて目が覚めた。わたしは、彼の意見が自分の中から出てきたとは信じられなかった。自分が考えてもいないことを語りかけられたと感じたからだ。

そこでハタと気づいた。人は普段考えていることだけで動いているわけではない。考えてもいない(と思いこんでいる)ことでも動いてもいる。

」のところを「消費者」に変えても事情は同じではないだろうか。人の中には、自分で意識して購買する態度と、無意識的に購買する態度が共存している。表層心理で買う場合と、深層心理から買う場合があるのではないだろうか?それがゆえに「消費者が見えない」と言わしめるのではないだろうか?

今週はこうした問題意識をきっかけとして、意識(表層心理)、無意識(深層心理)をテーマにした書、『心脳マーケティング』(ジェラルド・ザルトマン著)に触れつつ、なぜ多くの企業で、従来の消費者調査を否定して、新しい試みをしているのかを見ていきたい。

 4478502161_09__sclzzzzzzz_v44976091_ss50_1 

【今週予定している構成】

1.カスタマー・バリューのフロンティア(本日)
2.表層心理の消費:シャープの『ホット庫』という見えないニーズへの気づき
3.深層心理の消費:サントリーのネット‘珍問答’飲料調査
4.感動心理の消費:花王『エッセンシャル』でかわいくなる
5.経験心理の消費:AVISレンタカーの利用者体験からの改良
6.売り手の情熱:トヨタ『bB』 若者による若者のための・・・

教科書的にならないように、商品開発パターン別に、どのような調査が適用ができるかも書きたい。関連して紹介したい消費者調査は次の通りである。

「コンセンサスマップ」(シャープ ホット庫)
「ZMET法/メタファー調査」(サントリー 茶飲料)
「トータル・ライフスタイル分析」(花王 エッセンシャル)
「経験エンジニアリング」(AVISレンタカー事例の紹介)
「フォト・サンプリング」(トヨタ bB)

ここでは、各商品の開発の経緯から、そのような調査手法を適用したのではないかというわたしなりの推測を含めているので、実際にその手法を適用したかどうかは厳密にはNoのものもある。

だが事例というものは厳密さを求めて読むものではなく、自社の商品開発に「こんなやり方が適用できそうだ」という視点で読むものである。そのようにお読みいただきたいし、それぞれの手法は大変興味深い。なるべくわかりやすい視点でまとめるのでお読みください。

【新しい消費者理解が必要な背景】
「作れば売れる」時代はとうに昔のものとなった。何を作ればよいかわからない時代に、「作って売れた時代」はもはやマーケティング・ノスタルジーに過ぎない。あるいは消費者が見えなくなった、消費者ニーズやその変化に追いつかなくなった。そう言われて久しい。消費者がしっかり見えていると豪語できる会社があるとすれば、それはマーケティング・イリュージョン(幻視)に過ぎないかもしれない。

作っても売れない時代に入り、まずなされてきたのは、「何を作るべきか」を探るために「顧客の現状の不満を聞こう」というリサーチであった。しかし「不満や満足」からは、今の製品やサービスの肯定か否定、すなわち製品の改良をすることはできても、「何を作るべきか」まではわからない。改良に明け暮れている内に、従来と異なる地平線上に新たな商品やサービスが表れ、シェアがじり貧になることも茶飯事である。

ならば「あなたのほんとうのニーズは何ですか?あなたがほんとうにしたいことは何ですか?」と聞こうという話になって、潜在的なニーズを探る仮説検証型のリサーチも行われてきた。しかし、「いまだ見えないニーズ」は顧客は知らないし、わからない。だからプロダクトアウトがいい、という乱暴な論調もあるが、何よりも「仮説に基づいて集められたデータは、その仮説を肯定する」*というバイアスがかかって、仮説補強リサーチとも言われている。(*印は『心脳マーケティング』からの引用)

このように、思いのほか顧客価値の本質を考えることはむつかしい。

第一線の現場に立てば、顧客の意識や行動のあり方、その変化は何となくつかめるのも事実である。だがそれは個人的な経験知であり、組織的な集積知ではない。つまり継続的な顧客の研究は案外なされていないのもまた実情である。これが新しい消費者理解が必要だと考える立ち位置である。

【従来の消費者調査、市場調査の限界】
わたしはマーケティング・リサーチャーを7年ほどやっていた。それを辞めて新規事業開発者を経てすでに十数年が経つが、新規事業開発に携わっていた頃はもちろん、コンサルタントになっても、リサーチという作業がわたしの中ではベースにある。

だからリサーチが不必要だということはまったくない。だが単に量的なサンプリング調査では根拠がつかめない、フォーカスグループのような座談会も、バイアスがかかりやすく信頼性が高いとは言えない。単純なヒアリング調査と資料分析でお茶を濁すようなリサーチでは、新しい発見の期待もしにくい。

何よりも消費者が本当のことを言うのか? たとえ彼/彼女が本当だと思って発言しても、消費の現場では深層の彼/彼女が表れて、リサーチでは「買う」と言ったのに実際には「買わない」ことがたびたび起きている。従来型の調査では、ことごとく、答えが出ないのである。

他にもいくつも気になっていることがあるが(リサーチをまるでしないでPJに入るコンサルタントがいるが、それはなぜだろうか?)、本論ではないのでこのくらいに。

【4つの消費者心理プロファイル】
今週のテーマ、下図の視点で書いてみたい。それは、顧客価値分析を4つの観点から見るものである。図も用語も郷(わたしのこと)作である。

 4_profile_8   

まず縦軸は、消費心理をメジャメントしている。「表層消費」とは表層心理がありのままの行動になって表れる消費である。これに対して「深層消費」とは、外からは見えない理由で消費者が選択をし、消費行動をすることである。前者は「わたしXXXを使っているの」と言いやすい商品で、後者は「XXXを使っているの」と知られたくない商品である。

横軸は、消費態度をメジャメントしている。日常から離れた、感動的な体験を得たいという「感動消費」。未知の旅行をしたい、かわゆいままでいたい、殻を破りたいという意識の強さを示す。対して、ありふれており反復的に間違いのない購買をしたい商品やサービスが「経験消費」である。

このふたつの軸で、心理が深いか浅いか、態度が高いか低いかを表す。

 4_profile02_2   

縦軸の示すことは、自分の心をどれだけ人に見せたいか、あるいは見せたくないかという心理であり、それを「心を見せる係数」と呼ぶことができる。上にゆくと「見せる」、下は「見せない」心理がある。

横軸の示すことは、自分の心への刺激の度合いである。感動や驚きを求めて、心の摩擦係数を大きくしたい心理がある。それが感動消費であり、心にできるだけ波瀾万丈な摩擦を求める。逆にだれもが反復的に経験する消費行動であり、なるべく心の摩擦係数が小さい方がいい消費心理もある。この高低をわたしは「心の摩擦係数」と呼ぶ。

この4軸から、ほとんどの消費態度がポジショニングできるばかりか、なぜ消費者調査や消費者理解を区別して考え、実行する必要があるのか説明つくだろう。今週はそれぞれのポジショニングでの消費者行動と調査のあり方を、コンセプトと事例から考えてみたい。

今日は以上です。

| | コメント (2) | トラックバック (4)

2007年4月 8日 (日)

中原淳一、女性の夢机

その名前にはどこかで読み覚え、または見覚えがあった。いやレトロなノスタルジーがつきまとっていたので、そんな気にさせられただけだったのかもしれない。
 
  T_nakahara250_3  大丸百貨店での没後20年展示会

そのぼんやり記憶をはっと目覚めさせてくれた記事が『60年を経て、中原淳一の「夢の机」を商品化』だった。その記事は、第二次世界大戦後間もない昭和24年(1949年)に雑誌にイラストで発表されたもので、それを商品化したものだという内容。あの少女画の!と思い出したのはしばしあとだった。

中原淳一さんは、戦前から昭和30年代まで活躍されたデザイナー兼画家、少女漫画の眼の大きい主人公の原典ともされている。それにとどまらずマルチな活躍(ファッションデザイナー、スタイリスト、ヘアメイク・アーチスト、作詞家まで)をされた、今風なら多才なクリエイターである。その彼の絵やデザインが今また注目を浴びている。休日の今日は、レトロ・デザイナーの中原さんをテーマに。

【勝手にアドバイス Vol.151 中原淳一、女性の夢机】
ファッション、インテリア、食生活まで、当時の日本の暮らしに新しい提案をした異才の人で、中原がエディターとして主宰した雑誌「それいゆ」は企画、執筆、アートディレクションから、誌面構成までを手がけ、当時の女性に絶大な影響を与えた。今で言う、ライフスタイル誌だった。
 その「それいゆ」誌上で昭和24年に中原がイラストで発表した夢の机が、58年ぶりに商品化される。

出典:http://www.excite.co.jp/ism/concierge/rid_240/

 Chn11_rpt240_f0039322_10435727  
  それがこの机(イラスト)。

中原さんは、女性が自分だけの部屋をもてない実情から、この机でなら好きなことが何でもできるというコンセプトから描いた。

  Chn11_rpt240_att00462
  イラストから商品化されたもの。

何とも多機能机なのである。マガジンラック、小引き出し、化粧台や化粧品入れ、手芸用品入れ、アイロン台、ミシン・・・。言ってみれば、女性の求める生活上の美を結集したものだ。

「当時の淳一の考えを形にすることが、大切。簡略化したり、現代生活に合せることなく、できるだけ絵に忠実に再現した。かなり大きなものになり、また木工所での手作りのため高額なものになってしまったが、淳一の夢を伝えたいと商品化に踏み切りました」(中原蒼二氏)。
出典:同上

値段は値段は机が¥966,000、イスが¥60,900とべらぼうに高い。美術工芸品かしら(笑)。この机、彼の作品を展示・保存していた中原淳一美術館(山梨県、現在は閉館)で先に公開されており、来館者はそこで実際に針仕事もできたという。

 Nakaharamu10360240

この写真はakageさんのホームページから。中原さんファンの方らしく、わざわざ広島から山梨まで訪れたい美術館探訪記もあり楽しめる。詳しい紹介文やコメント、作者の美しいイラストも多数も掲載されているので、ご興味を惹かれた人はアクセスしてください。

【女性は家庭に入れというメッセージではない】
この机を見て「女性は家庭に入れというメッセージ」という見方をする人もいるだろう。だがそれは間違いである。むしろ女性は豊かになりなさい、というメッセージが机にこめられていた

中原さんは、第二次大戦後の混乱期に雑誌『それいゆ』を創刊した。紙も物資も無いような時代に、赤を基調にした明るい表紙で、ライフスタイルを豊かにする話題を女性に提供するというベンチャーだった。

さらに『ひまわり』や『ジュニアそれいゆ』を創刊し、ファッション、インテリア、マナーや礼儀作法、洋服型紙、料理など、女性のライフスタイル全体をカバーした。つまり、彼は時代の最先端をゆくクリエイターだったのである。

【今どきの女性ライフスタイル・メッセージとは一線を画していた】
その彼のメッセージは、昨今の女性誌にはない主張があった。

「美しくなる」ということは、他の人たちをアッと言わせるような美しさを見せびらかすことではありません。また、決してゼイタクなことをするというのでもありません。着飾ったりお化粧したりすることは忘れていても、身だしなみだけはいつも心がけて欲しいものです。(1956年「ジュニアそれいゆ」5月号より抜粋)

中原さんにとって身だしなみとは「自分の姿が人々に快く感じられる」こと。電車の中で堂々とまつげをカールすることは、その人にとっては美であっても、決して身だしなみではない。中原さんに言わせればむしろ醜であろう。彼の美意識が許さないことだろう。

毎年、スカートが長くなったり、短くなったり、ヘアスタイルもいろいろ変わったり、それから靴のカカトが太くなったり細くなったり、そんなものを身につける新鮮さも嬉しいものです。しかし、最近はマスコミが、人間の生き方や、ものの考え方にまでこれでもかこれでもかと流行を作って、そんな生き方をすることが、また、そういう考え方をする方が、新しいといわれたり、カッコイイ生き方だと考えられたりする傾向があるのではないでしょうか。人生をスカートの長さや、ヘアスタイルのようには考えないで下さい。(1971年「女の部屋」5号より抜粋)

中吊りで見る今どきの女性誌のコピーは楽しめるが、そこにはマーチャンダイジング(商品戦略)はあるが、ライフスタイルを創出する志までは感じられない。読者に媚びることはあっても、諫めることはなさそうだ。

部屋の模様替えが適宜にうまくできる人も、いつも生活に清新な明るい雰囲気を保たせる幸福な人だろう。家具の位置が右から左に移っただけで、また隅にあったものを真中に移動させる事で、もうその部屋に昨日までの生活とは違った角度を創り出す事ができるものだ。(中略)ちょっとした工夫と心遣いによって室内をたえず新しい心持ちで生活出来るようにしていれば、どんな小さな部屋でも明るい幸福感を抱くことが出来る。(1950年「それいゆ」13号より抜粋)

中原さんの机を置いてしまうと、その大きさ(長さ2.4メートル)でたいていの家では、他の家具が右から左へはできなくなりそうだが(笑)。
中原さんの言葉の引用元 http://homepage1.nifty.com/mze/nakahara.htm

 Zdrzhyyb_755555f34cecb7acaa340974f4fd62e 往年の中原淳一さん。

【勝手にアドバイス】
中原さんの机のコンポーネントのいくつかは時代錯誤かも知れない。だが、この机の真のメッセージは「美」を生活の真ん中に置くことなのである。彼が求めた「美のライフスタイル」は、古びないどころか、現代のわたしたちの生活にとっても、いまだに根付いたとは言えない。自分が欲する美を、自分の生活の真ん中に置くことは、いつの時代にも古びないニーズであり、新しい創造が尽きないマーケティング・コンセプトなのである。

 328a 2007年版カレンダー(すでに売り切れ)

今日は以上です。ではまた明日。Click on tomorrow!

| | コメント (0) | トラックバック (11)

2007年4月 7日 (土)

midomiという鼻歌コミュニティ

皆さんはハミング、つまり鼻歌をどこで歌うだろうか?お料理中にキッチンで?お風呂で?お散歩中に?わたしは(あまり歌わないが)夜道で。暗がりで誰かがニュッと出てきて、こっ恥ずかしい思いを何度もしたことがある。

鼻歌は良く知っている曲とは限らない。Mixiの音楽コミュニティにも、 『シェリル・クロウの曲ですが、曲名がわかりません・・・かなりロックっぽい曲で、最初の出だしは「I sell my house」から始まってます。いや、sellと言ってるかは微妙です』とあった。こんなことはFM局などを聴いているとよくある。

そんなときには鼻歌から楽曲検索ができるmidomi.comにアクセスしよう。楽曲がわかるだけでなく、その場でダウンロード購入できる。それはそれでおもしろいのだが、音楽リスニング経験的にはかなり偏向しているわたしは、検索だけでなくSNS要素が気になった。今日のテーマは日本市場への参入計画中のmidomiを。

 Header_front  

【勝手にアドバイス Vol.150 midomiという鼻歌コミュニティ】
この会社は、米スタンフォード大学の教員と卒業生が2005年9月に設立したベンチャー企業Melodisが2007年1月から開始したサービス。「Search for music by singing or humming part of a song. All you need is a microphone」とあるように、パソコンや接続したマイクロフォンからフフフン♪と入力すれば、95%以上の確率で当たるという。

 Midomi

検索後には自分のフフフンが録音されると共に、原曲オリジナルのさわり10秒ぐらいリスニングできる。そしてその曲を購入するのであれば、Amazonへのリンクが表示されるという仕掛けである。サイトには最新のフフフン・リストがあり、どんな曲が検索されたかわかるのも楽しい。

ちょっと調べてみると、Keikoさんという方が「私のハートはストップモーション」「パープルタウン」「さよなら」「夏のクラクション」「Hold On Me」など何十曲も日本の曲を録音している。それがどれを聴いてもうまい!のである。サクラなのかプロなのかわからかったが、こんな鼻歌ならずっと聴いていたい と思いました。

 Bykeiko

鼻歌からだけではなく、曲名、アーチスト入力からも検索ができる。memory motelと入力すれば、1976年の名曲が流れてくる 「It's on the ocean, I guess you know it well It took a starry to steal my breath away・・・・」と。

【技術的には類似サービスの他社とは異なる】
こうした音楽サイトは実はここが最初というわけではない。「このサイトの特徴は、「MARS(Multimodal Adaptive Recognition System:複合適応認識システム)」と名付けた独自技術にあるそうだ。

Multimodal(複合)というのは、音声からいろいろな情報――リズムやメロディのほか、どこでポーズが入るか、歌詞、などの複数の特徴を抽出して、検索に利用するというものです。また、Adaptive(適応)というのは、入力された音声のうち、どの情報がより重要かを判断するというものです。たとえば鼻歌や口笛なら歌詞を無視します。一方、(他の)ユーザーが歌って検索していたら、歌詞の情報を使ってより正確な検索を目指します
http://japan.cnet.com/interview/story/0,2000055954,20345397,00.htm?tag=nl

midomiがおもしろい点は、検索した曲を他のユーザーが歌ったデータも聞くことができること。これは二つねらいがあり、ひとつは、同じ曲にいくつも鼻歌が投稿されれば、その曲の検索精度が上がってゆくのだという。つまりみんなの投稿が曲ごとにデータベース化されてゆき、データベース内部の検索のキーにも使われるのである。

【SNS的な要素あり】
もうとつのねらいは、このサイトの特徴であるSNS的な要素である。midomiでは、ユーザー登録をすると、鼻歌と共にプロフィールや顔写真を掲載することができる。自分の鼻歌をほかのユーザーが聴き、それを★の数で評価してもらうこともできる。言わば鼻歌コミュニティなのである。わたしはちょっと鼻には自信がないのでパスだが。

そのあたりのねらいを、Melodisの創業者のひとりケイヴァン・モハジャーさんは「音楽のWikipediaを目指した」と表現している。みんなで地球上の楽曲データベースを作るというのが趣旨である。そのおかげもあってか、すでに2万5000曲以上が鼻歌登録されているという。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0703/16/news099.html

【日本でのビジネス展開は携帯やカラオケが主だろう】
auでは携帯を音楽にかざして曲を調べる「聴かせて検索」、鼻歌で検索する「うたって検索」のサービスが一部の機種である。

W43hp_index_01c  音楽ケータイでもフフフン♪

ゆえに、彼らの実質的なビジネス展開は、携帯キャリアやカラオケ機器メーカーへの販売だろう。

【同じアーチストでも好みは違う】
この鼻歌でふと気づいた。鼻歌を歌うということは、その人の深層心理からの好みが表れる

たとえば同じロック・グループが好きな人たちでも、ストレートなロックナンバーが好きだったり、バラードが好きだったり、ヒット曲だけ聴く人だったりと、実はファンは細分化されている。お好きなMixiの音楽コミュニティにも「あなたの好きな曲は?」という質問がある。ひとつのグループでも好きな曲でファンは細分化されているのがわかる。

同じローリング・ストーンズでも、わたしはバラードのShine the Lightはたまらないね、と言うのだが、知人のCASさんは、何て言ってもGimmie Shelterよ!と言っていた。フェチしかわからないトリビアな話ですみません。だが、ひとつのアーチストでも、ファンはいろいろなポジションがあるのは事実である。

【勝手にアドバイス】
今まで「サザンのファン」「山崎まさよしのファン」「宇多田のファン」というセグメントをかけて実行されてきたマーケティングは、実はかなり荒っぽいのではないか? 同じファンといえども、好みはかなりばらつきがあるのに、マーケターは(めんどうだし調査しようがないから)ファンを鼻っから枠に当てはめて、販促を実行してきた。

だが、鼻歌で人の好みがセグメントできるとすればどうなのだろうか?鼻歌がデータベース化されて、登録されたファンをセグメント化することができるとしたら、今までと違った音楽ファンマップが見えてくる可能性がある。サザンをコアにして、ユーミンの一部が重なって、椎名林檎色が付く、というような層が実は多いとか。

この鼻歌コミュニティのセグメンテーションはわたしの仮説だし、意味があるものかわからない。だが前例否定のアプローチこそ、売れなくなった・消費者が見えなくなったと言われる時代に必要なことである。

今日は以上です。ではまた明日。Click on tomorrow!

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2007年4月 6日 (金)

Scribd という文書版youtube

今や非英語圏では日本人ユーザーシェアが圧倒的に高いと言われるyoutube。はまって抜けられない人も増えている。そのyoutubeは「動画共有コミュニティ」である。ところが最近話題に上りつつあるのが、「文書共有コミュニティ」のScribdである。

Scribd.comはまだβ版が2007年3月にスタートアップしたばかり。アップロードした文書にタグやコメントをつけて共有できるもので、一種のソーシャル・ネットワークと言っていいだろう。youtubeのようにやがて1900億円もの価値で売却されるような成長を遂げるのだろうか?

 Scribd_logo  

【勝手にアドバイス Vol.149 Scribd という文書版youtube】
Scribdとは何か?またしても拙訳で。

Scribdはドキュメントを発行・発見できるサイト。誰でもアップロードできる巨大なオンライン図書館である。ドキュメントはフラッシュ・フォーマットで保存され、アップされたその場でウェブブラウザで閲覧が可能。

要は、Cドライブにあるドキュメントで、世の中に資することができるようなファイルをアップロードして、みんなで共有しよう!という簡単な趣旨である。そのサイトはこちらから

 Scribd01  画面イメージ

まず目を引くのは、「ジョブスの履歴(Steve Jobs Biography)」という画面。Made by Jonathan Cabreraとあるので、Jonathanがこれを作ってアップしたのであろう。

フラッシュフォーマットで保存されているので、pdfより軽くサクサク動く。サイトで扱うファイル形式は.doc、.pdf、.txt、.ppt、.xls、.ps、.litなどがある。

どんなドキュメントを載せればいいのか?Scribdのサイトにはこうある。

School papers (論文など)
Poems (詩)
PowerPoint presentations (パワポのプレゼン資料)
Serious academic research articles (学術調査文献)
Funny pictures (おもしろ画像)
Free online books (無料のオンラインブック)
Excel Spreadsheets (エクセル)
Commentary on current events (意見やコメントなど)
Musical scores (楽譜)

【まずはアップロードしてみよう!Scribdで日本語最初のアップロード?】
何事も新しモノ好きなわたし、アップロードをしてみた。

 Scribd02

元はPPTの画像ファイルで、あるプロジェクトの中で作成したパワーポイント。これはMさんという辞めてしまった同僚と二人での共同作業から生まれた。

Mさんと二人でクライアントへのセッション資料づくりをしていたとき、そもそも「問題点」「課題」「解決策」「制約条件」って・・・抽象度が高くって、わかりにくいよね、という話になった。「問題と課題ってどう違うのだろうか?」「制約条件とはどこに位置づけられるのだろうか?」

そうしている内に何かにたとえて説明してみよう!ということになり、わたしは野球がいいと言ったが、Mさんがあのクライアントならゴルフするのでは?というきっかけから、ゴルフをテーマに図解をしてみたのがこれである。某自動車メーカーの企画職の方には「わかりやすい!」と激賞されたこともあった。こちらから。
http://www.scribd.com/doc/25182/
 
 Scribd04

タイトルは「ゴルフ課題」、タグは「課題 顧客 問題点 制約条件 ゴルフ クラブ」、説明文の記述は「問題点、課題、制約条件、目標、解決策を図式化したフレームワーク。2年ほどまえMさんと郷で作成」とした。

【多言語対応、アクセス数】
youtubeと異なりテキストの共有なので、多言語対応が必要である。英語、日本語、スペイン語、フランス語、中国語、韓国語、イタリア語、ドイツ語など、一定のネット人口がある国の言語をサポートしている。

すでにわたしはアップロードをしたが、日本語をクリックしても、「Found 0 documents 」と出てしまうのは、わたしが言語登録を忘れたのか、まだサイトがβ版で不具合があるのかわからなかった。

現時点のアップロード文書数はチェックできなかったが、登録メンバーは12,000名以上、Topページの表示では、3月上旬以来、累計で378万9519回のサイトアクセスがあるとされる。

【学生の発案、運用】
このサイト、誰がどんな思いから作ったサイトなのか。

Scribdは2006年9月にTrip AdlerとJared Friedmanという2人の学生がはじめたばかりのサイト。学校新聞をオンライン出版したいと思ったものの簡単にはいかず、試行錯誤の末にたどりついた「世界中の人が文書を共有できるサイト」というアイディアから生まれたものだという。
http://markezine.jp/a/article/aid/908.aspx

Scribdbetascreenshot20061102

二人はハーバード大学の学生であり、その後1万2000ドルの立ち上げ準備金や30万ドルの運営資金を調達し、β版公開にこぎ着けた。
http://jp.techcrunch.com/archives/scribd-youtube-for-text-gets-300k/

【文化系や芸術系にもデビューの場となるサイト】
このサイトの存在理由は「自分の作品のアピールや共有を通じて、楽しみ、評価され、学び、より良い作品を作る」というものであろう。役者や絵描きや音楽家など、ネットという発表の場が増えてきたが、これは文書版の作家の登竜門なのである。

「Tripはときどき街角でサックスを演奏してるんだ」とJared Friedmanがインタビューで言っている。オンラインの学校新聞がビジネス化するというノリもいいが、人間は誰しも「認められたい」という欲望を持っている。オーディションや応募などもいいが、こうしたサイトで広く世間の目にさらされることで、チャンスも生まれ、切磋琢磨もできる。

【勝手にアドバイス】
動画が出た時点で、もっとサイト構築もアクセスも容易な文書が無かったことがそもそもおかしかった。SNSが友達との輪づくりなら、Scribdはテーマ発表の輪である。ブログを買いていて検索をしていて、ネット上で見つかる学生の論文など、とても良いレベルのものも多い。そういうものが埋もれず、何度も引用・使用されることは世の中のためになる。そういう場としてのScribdには期待がもてる。

今日は以上です。ではまた明日。Click on tomorrow!

| | コメント (0) | トラックバック (7)

2007年4月 5日 (木)

パ・リーグの共同会社からリーグ・ビジネス構造を考える

”怪物投手中田”が話題になった春の高校野球も終わり、レッドソックスに移籍した松坂大輔投手の初登板も予定され、いよいよプロ野球シーズン全開! だが一方で日本のプロ野球人気が盛り上がっているかと言えば、必ずしもそうとは言えない。

今年も松坂投手を筆頭に、岩村選手、井川投手、岡島投手らが海外に移籍して、日本のプロ野球はメジャーの二軍という評価が定着してしまいそうである。さらに、今季の出だしは悪くないが、球界の盟主と言われた読売ジャイアンツの成績も人気も視聴率も低落傾向である。

国民的な話題だったプロ野球改革が叫ばれてから月日がたち、話題に上ることも少ないが、必ずしも改革されたわけでない。そんな中でパ・リーグ6球団が共同で動画配信会社を設立という記事が気になった。今日のテーマは明日の松坂投手の登板を祝して「野球」である。

【勝手にアドバイス Vol.148 パ・リーグの共同会社からリーグ・ビジネス構造を考える】
パ・リーグ6球団、共同で動画配信会社を設立』というニュースから。

パ・リーグ6球団が共同で試合の動画配信サービスなどを行う新会社を設立する(中略)。
昨年6月にロッテ、西武、ソフトバンク、日本ハムは主催試合を携帯電話向けに動画配信する「プロ野球24 TV」を開始したが、この経費を節減するのが狙い。今季から楽天が加わり、来季からはオリックスも参加する。
 ロッテの荒木重雄事業部長は「6球団でまとまってできることを検討していきたい。将来的にはクライマックスシリーズのスポンサー探しなどもやっていきたい」と説明した。〔共同〕

この動画配信の仕組みなど明らかにされていないが、注目すべきことは、「6球団共同」という点である。これまでは各球団が独自でコンテンツ制作協力やマーケティングを行っていたが、共同の会社組織をする点は、野球業界改革へ一歩踏み出したと言えるだろう

【既得権VS構造改革の図式】
このニュースを読んで、経営面での課題は2つあると考えた。

ひとつは、共同出資会社が動画配信サービスから、Jリーグで先行しているような収益分配方式までの展開が可能か。もうひとつは、関連するサービス(グッズ販売やチケット販売、広告販売など)への共同事業化まで進められるか。

第一の点は、6球団の既得権をサラにして、構造改革=人気回復の旗印の下に、呉越同舟ができるかという点である。パ・リーグはCSへの放映でも足並みはそろえてきた。今回の共同会社で映像収入を各球団に分配する仕組みをぜひつくってもらい、収益面で弱い球団を救ってほしい。

第二の点は、たとえばグッズなどは個別で製造するより、一括発注した方が発注原価の削減は可能。物流や商流を共同化することでの合理化も図れるので、球団経営のスリム化が可能である。これも構造改革の一手になる。

だが問題もある。それは何か。良くも悪くもジャイアンツにある。

【野球人気の低迷の象徴】
野球人気の低迷の象徴は一にも二にもジャイアンツの人気低迷だと言われてきた。これはジャイアンツのTV視聴率の低落グラフである。http://www.videor.co.jp/data/ratedata/program/07giants.htm

 3978

さらに阪神と巨人の人気度合いの折れ線グラフであるが、これは時事通信社が実施した成人2000名へのアンケート結果。http://www.crs.or.jp/57422.htm 

 5742f2

必ずしもジャイアンツファンでなかったわたしだが、王、長島の晩年の活躍には触れてきた。あの時代の野球は熱かった。ジャイアンツの低落は、「タレント集団の功罪」「巨艦大砲主義の功罪」「スター監督主義の功罪」「V9時代と比べて血反吐を吐くほど練習していない」などいろいろ言われている。

それはともかく、象徴的なことはパ・リーグだけで動画配信会社を設立したという事実である。つまりセ・リーグがこの構想に乗っていない(乗れない?乗りたくない?)ことである。痩せても枯れてもジャイアンツというコンテンツを戦略の軸に置く読売側の思惑で、セ・リーグがこれに乗れないと思うのは、読み過ぎだろうか?

【プロリーグという特殊なエンターテイメント】
広瀬一郎さん(元電通マン、スポーツ総合研究所)が『Jリーグのマネジメント』にこう書いている。

欧米の経済学においても、「スポーツというソフトは、個々のチームや個人がお互いに競技では競争状態にありながら、マーケット全体を観れば共同生産者である。この一見背反した関係が、最も他の産業と異なる顕著な点である」と論じられている。

広瀬氏の指摘をまとめると、「リーグ所属チームは競技で競争者関係にあり、運営で共同者関係にあるという、二重構造を持つ運命共同体」というものである。

ようするに、どこかが一強で他は弱いと運命共同体でなくなり、共同構造がゆがむのである。理想的には、次々に強いチームが数年単位で出てくるというものであろう。それがスポーツ・リーグというビジネスの構造的な宿命なのである。この構造理解がまずベースになければ、小手先の現象面をとらえた改革になって、構造改革が実を結ばないと思う。

【勝手にアドバイス】
理想的なリーグ・ライフサイクルを実現するには、リーグ運営機関が主体的に各チームの利害を超越した「事業のありたい姿を持つこと、そしてそれが推進力となって、各チーム運営会社に3つのキョウソウ=競争・競走・協奏をさせるものである。

Jリーグではヴェルディ、マリノスの2強時代、アントラーズ、ジュビロ覇権時代、そして(我が)浦和レッズの覇王時代と、チームのライフサイクルがある。これはスポーツリーグ運営ビジネスとして理想的なかたちなのである。次代が強者がアルビレックス新潟や柏レイソルなどに移っていくことが求められる。

それも、別のスポーツで報道されたようなズルがあると言われては、真に興ざめである。運営機関にはリーダーシップと、勝負と運営の透明性が求められる。

 061004sports_l  お手上げ?がんばれ原監督!

今日は以上です。ではまた明日。Click on tomorrow!

| | コメント (0) | トラックバック (13)

2007年4月 4日 (水)

女性専用車両から見る通勤人模様

今日は何を書こうかな・・・と帰還したばかりのCherryさんに話しかけた。「女性専用車両なんてどぉ? 」「あ、それ前にも考えたことあるけれど・・・」。書く切り口がなかなか見出せなかったのだ。「なぜあの女性だけのスペースをターゲティング広告にしないのでしょうね」「なんでできないんだろうね?」と、旨い天ぷらランチを食べながら話こんだ。

朝、通勤時間に見ていると、先頭の女性専用車両(わたしの通勤電車では先頭。路線により違う)までわざわざ足を運んで乗る女性も多い。その心理いかに?男心にはわからないとはまさにこのことである。

ということで、今日の勝手にアドバイスは、大都市圏では通勤時間帯にはたいてい設定されている「女性専用車両」に関する考察がテーマである。

【勝手にアドバイス Vol.147 女性専用車両から見る通勤人模様 】
駅前探険倶楽部が実施したほぼ男女5対5のアンケート調査がある。実施は2005年と5月と2年前だが、ちょうどその頃が「女性専用車両」はホットなトピックであった。今では日常化したので、この頃のアンケートを見てみるのが本音のリアクションなのでいいだろう。

◇全体では賛成が8割(78%)に達する一方、女性は賛成9割・反対1割に対し、男性は賛成6割・反対4割と、男女別の温度差がはっきり現れました。
◇男性は、程度の差はあれ、賛否両論ともに「過度の混雑が痴漢・痴漢冤罪被害の背景」との考えが少なくなく、「混雑のしわ寄せ」への懸念・不満から「女性は専用車両に行って」「男性専用車両も作って」という声が出ています。また男性の賛成派からは、各社各様の制度に対する分かりにくさが多く指摘されました。

男のわたしは朝型で、通勤ラッシュの本番の時間からもっと早い時間に通勤している。それでも先頭の女性専用車両は確かに空いている。同じ料金を支払っているのに、これは差別じゃないか!と思う。運行車両を増やさない鉄道会社の無策のツケを乗客に回しているだけではないか。

◇女性 女性の8% 全体の4%
少数派ではあるのですが、男性反対派では見られない特徴として、「他車両は痴漢OKなのか?」といった疑い・不安、香水のキツイ臭気や女性空間のマナー悪化への嫌悪が見られます。この他、混雑こそが問題、分乗は不自然、男女平等に反すると言う意見がありました。

Cherryさん曰く、「女性車両って臭いのよ」「臭いって・・・女性が?」「特に中年の女性のお化粧の匂い。若い女性と違う化粧品の匂い。何て言うか、もっとケミストリーな化粧品の匂いがするのよ」「それって男性の加齢臭より匂うの?」「男女一緒の車両だったら、いろいろなにおいが混じり合って、それほど気にならない」「ふ~ん」・・・アンケートにもあった「香水の臭い匂い」は確かにあるのだ。

【あんた!男でしょ!】
もうひとつ女性専用車両でCherryさんが嫌なことがある。それは「女性だけだと安定しない」。

揺れる女心ではない(笑)。電車の揺れで右に左に動く女性が多いので、当たってきて嫌、ということなのだ。特に高いヒールを履く女性の揺れ方は、揺れる女心を超越している(笑)。当たってくるよ、確かに。踏まれたらその日一日台無しなるので、わたしは自分の足位置には気をつける。

しかし男も、ぐらつく男が多いのである。もっとしっかり立てよ!とにらむと、ゲーム心中や漫画野郎である。朝から漫画男・・・もっとしっかり生きてもらいたい。

【女性専用以外に欲しい車両】
これはgooの実施した『女性専用」以外にも! 欲しい専用車両ランキング順位』である(複数回答)。

1.キッズ専用   100   
2.ケータイ通話・メール専用  96.2 
3.酔っ払い専用 94.1
4.妊婦専用  83.3
5.お年寄り専用  83.3
6.親子専用  81.7
7.強冷房・強暖房 74.2
8.喫煙車両  69.9
9.男性専用  60.2
11.学生専用  55.4 
12.飲食可  47.3 
13.ペット専用 40.9 
14.香水の匂い専用  36.6
15.爆睡専用  36.0

この回答にはナンセンスが多いが、7、13、15はおもしろい。

わたしなら「初心者専用車両」がほしい。ある出張先で正反対の方向の電車に乗ってしまい、お客様に多大なる迷惑をかけたことがある。その時も思ったが、案外、車両内の場所によって路線情報が限られている。その路線に初めて乗る人には不親切な記述も多い。だから「路線初心者車両」に乗れば、ありとあらゆる路線案内や道案内がばっちり情報装備されている車両があれば、わたしのような方向音痴には福音である。

【女性専用車両マーケティング】
マーケティングから見れば、これほどのターゲットはない。私鉄だろうとJRだろうと、女性専用車両の行く先は都心部に決まっている。キャリア・ウーマンか女子大生が乗る時間帯である。なぜこれだけ特定された顧客に向けて販促が打てないのだろうか?

女性専用車両ターゲティング広告、結論から言えばできるし、効果はかなり大きい。中吊りだけでなく、液晶パネル広告、粗品付き広告女性向けのフリーペーパー(L25など)を配布するラックを作る(朝のみ設置)など色々手だては考えられる。だがいまだ実現されていない。

その理由のひとつは、広告請負形態にあるのかもしれない。たとえば株式会社エキスプレス広告社のHPから。http://www.express-ad.co.jp/profile.htm

吊りポスターは、電車内で一番最初に目が向く広告媒体です。(中略)中吊りポスターは2日(3日)単位で変化しますので、タイムリーに告知することが可能です。(中略) 価格例は「平日2日 山手線群( 山手、常磐快速、常磐各停、横須賀、総武快速、つくばエキスプレス) 2,700枚 シングル  2,100,000円 ワイド 4,200,000円」となっている。

T03nakaduri_place

つまり基本形は全車一括なのである。なせ車両でセグメンテーションできないのだろうか?この分野に詳しくないので想像だが、車吊りを交換するビジネスモデルのありかたに問題があるのではないだろうか。

【車両セグメンテーション】
最近は山手線だけでなく、1社の広告で車両すべてを埋め尽くすという手法も流行っている。いわゆる「広告貸し切り電車」であるが、たとえば西武新宿線の「広告貸し切り列車」は、西武新宿線10両1編成、池袋線10両1編成2週間で500万円だそうだ。これだとどこに乗っても広告は金太郎アメである。

だが誰でもだいたい通勤では乗る車両の位置を決めている。昼間に移動するときも、行く先の出口や乗り換えで車両を決めるだろう。そうであれば、女性専用車両に限らず「車両別のマーケティング」がありうる。

4号車は私鉄○○線の○○方面へ乗り換える人が多い、1号車はJR○○方面へ行く人が多い、それはわかっているので、その方面やエリアの商業やサービス施設向けに、セグメンテーション広告営業をしてもいいだろう。つまり「車両セグメンテーション」である。

【とはいっても・・・】
もっとも電車内でマーケティングしようとも爆睡されちゃ広告効果もない。慶応大学の学生が実施したおもしろい調査、「人は車内で何をしているか?がある。

Photo_37

携帯操作は減り、音楽リスニングが増え、本を読む人は減り、居眠りは増えた。何もせずぼんやりは28%もいる。ああ・・・ニッポン通勤人!どこへ行く!という感じである。

今日は以上です。ではまた明日。Click on tomorrow!

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
~Marketing brain blogの構成は3つ、ほぼ毎日更新中~
【勝手にアドバイス】 気になる商品・サービス・店舗の「勝手なアドバイス」。
【勝手にアドバイス:旬ネタ】 勝手にアドバイスを、旬のネタを連続テーマで。
【メルマガ:ぷろこんエッセイの転載】 「コンサルタントの本音エッセイ」
※特定商品の宣伝・広告・論評・推奨が目的ではありません。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2007年4月 3日 (火)

ShoppingPathというショッピング・ビジュアル

ちょっと古典になるが、パコ・アンダーヒルさんという方の書いた本が話題になったことがある。リサーチ畑出身のわたしも、アンダーヒルさんの商業の現場と買い手の徹底リサーチから、データから実態の問題と改善を導き出すアプローチは参考になった。小売業関係の方ならご存じだろう。

 4532311616_01__aa240_sclzzzzzzz_

だが「ウェブサイトにおける売場分析」はどうだろうか?トップページの構成、ダイレクトリー/サイトマップ、商品/コンテンツ量、コンテンツ説明、誘導シナリオ、サイトの素性など言わば行動特性、画面構成、画像や動画の扱い、カラーリング、つまりGUIなど心理特性など、ウェブサイト構築企業はこんな診断するが、どこまで科学的になされているだろうか?

そんなことを考えさせられたのもShoppingPathという柔軟なサイトを見たからだ。今日のテーマはShoppingPathからのウェブサイトという販売の場について。

 Spt_logo

【勝手にアドバイス Vol.146 ShoppingPathというショッピング・ビジュアル】
この米国発のサイトはまだβ版ほやほやらしい。日本語で触れられた記事も少なく、米国内でもあまり語られていない。CrispyShop.comというサイトの運営者(ShoppingPath.com)のAbout usを拙訳。

CrispyShop.comはイノベーションに情熱的な少人数のスタートアップ。最新ウェブ技術をつかったウェブショッピング・プロセスは、わたしたちのαバージョン・ウェブサイトに集約されています。わたしたちは商品比較の新しいウェブツールを提供し、消費者の選択眼を育てます

結構意訳をしたが、だいたいそんな内容である。

 2_3 サイトイメージ。

何よりもぜひいじってもらいたい。今日、長らく某大手システムベンダーに囚われの身になっていた(犯罪ではなく常駐という意味です_笑)Cherryさんがオフィスに復帰した。よかった。でさっそく「ねえねえこのサイト、見てよ」と紹介したら、ウェブ慣れしている彼女も「わぁ!」と言った。このAjaxを使ったという動き、なんともダイナミックだし、商品の選択体験として新しいコンセプトがある。

価格がベース基準なのだが、ひとつのジャンルを選択すると、ずらりと商品が左から右にならび、波を打つように画像とその情報が表れては移ろう、ピアノをちゃららーん♪と弾いているいるかのように気持ちがいい

【コンセプト】
再び同社のサイトから、What is ShoppingPath?

動的に変形するグラフを用いた商品比較、これはまったく新しい商品比較サイトである。(中略) まだまだサイトは幼児期ですが、ShoppingPathは他のサイトに比べてもっともインタラクティブで正確な情報を提供しています。わたしたちのサイトは、売り手にも買い手にもベストなヴィジュアルと商品比較の場であり、買うか買わないか、またいかに正確に理解してもらった上で買うか、そういう購買行動を支援する。

これも意訳だが、おおよそ彼らが言いたいことをまとめた。つまり、消費者は仕様や価格や大きさやデザインや、なんやかやをいろいろ比べる。今までのウェブサイトはそういう情報をデータ中心で、つまりビジュアルではなくデータ比較としてとらえていた。

だがこのサイト、たとえばTVを選んでみる。そうすると価格だけでなく、TVなら画面サイズ、液晶/プラズマなど機能、解像度、HDMIありなし、重さ・・などダイナミックに選択肢が変化する。わたしのまったくの想像だが、比較項目の優先度合いのキーを入れて、最後にいくつか絞り込む・・・なんてできるとすごい。

Sony20tvs20pic20for20blog

【店頭特性からバーチャル特性へ】
リアル店舗であれば、店員や顧客の精緻な分析は、小売業だけでなく研究機関、大学などに、多年にわたり蓄積・含蓄がある。だがウェブサイトの顧客の行動は、AISAS、Attention(注目)-Interest(興味)-Search(検索)-Action(クリック)-Share(書き込み)、それはなるほどなと思うが、では科学的にどうなのか?はあんがいまだ分析されていない。

ウェブ参加率は国民全体の70%にも到達する中、なぜもっと科学的に分析しないのだろうか?

【分析の切り口はたくさんある】
ネット全員参加の時代、ウェブ顧客のセグメンテーション分析は必須である。リアル・ショッピングよりも個性や職業、価値観の違いが強く表れると言われる。年齢階層別、職業別よりも、ライフスタイル・マーケティング、たとえばウェブ参加スタイル、ウェブ購買額やウェブ家計率、仕事上のウェブ活用度合い、主体的/受動的な参加度合いなどを調べることは実効性がある。ライフスタイル分析ではなくウェブスタイル分析である。

たとえば「ネット商圏」というコンセプトを考えよう。yahooから1.6クリック以内の商圏(想像の商圏_笑)にあるのは、これこれのサイトであり、そこに訪れる顧客の○%はSEO経由だが、○%はXXX経由。つまりニュース情報で来る顧客と、エンタメ経由で来る顧客とが主体であり、居住地(アクセスポイント)のGoogle Mapからの電圏アクセス比率を見るとかくかくしかじか・・・・・だとか。そういう爆発的な何百万バイトのデータを瞬時に分析して、だから貴社のサイトはこれこれの弱みがある、商圏分析から見てこうすべきだ、そういうロジックがあってよいと思う。未来の話と思うかもしれないが、原理的にはできるはずだ。

余談だが、消費者調査で「パネル」という調査対象の基本情報。年齢、性別、学歴、収入など基本情報だが、ネット・クラスター分析では、対象者個々人のブックマーク/お気に入りがパネルだと思う。お気に入りに何をどう登録しているか、その人となりをかなり表している。上っ滑りなアンケート調査をするより、ブックマークとウェブ消費スタイルを相関分析することには価値がある。セグメンテーションの具体的かつ有効的な切り口になる。

【勝手にアドバイス】
店頭販売業におけるロジックは、やはりSCMプロセスであり、いかに売るかのメソッドである。それは「ビジネス・プロセス」の最適調和のあり方を追求するものである。

それに対してウェブサイトでの顧客対応は、なるべく顧客自身にすべてを気軽に、気持ちよくやってもらおうというコンセプトである。店舗発見から商品探索、お好み誘導、価格比較、口コミ情報チェック、購買、支払いまで、気がつくとすべて買い手がやっている。その意味では「ユーザー・プロセス」こそがウェブサイト・ショッピングを改革するキーワードである。

顧客起点、ユーザー起点の商売のあり方重視と、マーケティングの世界では古くから言われているが、ウェブサイト・マーケティングでも、その根底の原則に変化はないのである。いやむしろ、とてつもなく重要になっている

今日は以上です。ではまたあした。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2007年4月 2日 (月)

台本というミッション

今日は隔週で書いているぷろこんエッセイより転載です。

台本というミッション

神様は何となくいると思っていて、時々「もしかしたら周りの人はみんな
私のことを騙しているのかな」って考えることがある。実は、私に渡されて
いない台本をみんなは持っていて、その台本に沿ってセリフを話してる。
私が広いと思っているこの世界は、実は小さな舞台の中。そんなことを
たまに思う。

                           『祈り』 宮崎あおい著

          * ********** * ********** *

4月である。年度がわりで新しい「台本」を渡される人も多いだろう。

社会人のわたしたちにとっての台本とは何だろうか。たとえば入社誓約
書、入社書類は活動する上での基本の台本である。新入社員向けオリ
エンテーションや教育計画書も台本。採用書類や、昇格・異動辞令も
もちろん台本である。新規事業の計画書や新事業年度の予算書も時に
厳しいセリフ(コミットメント)やト書き(目標数値)が書かれた台本である。

他にも社会や組織で活動するためのさまざまな書類、シナリオ、ルール、
ガイドラインがある。人事規定、セキュリティ制度、プライバシー制度など
さまざまな台本に似たものがある。見えないし書かれてはいないけれど、
慣習や掟(おきて)のようなものもある。これも台本に似ている。

上司や同僚からの激励の電子メールは、台本をいかに読むかのアドバイス
なのかもしれない。社員研修でだんだんうち解けたときのおしゃべりの中
にも、台本を読むヒントがあるかもしれない。

4月という年度初め、公的に私的に、きっとさまざまな台本が読者のみな
さんの手元にも届いているのではないだろうか。どんなものであろうと、
わくわくするような台本であることをお祈りする。

社会や組織にある台本とは結局何なのか?と考えてみると、単なるシナ
リオ=筋書きではなく、実は「ミッション(使命)」と呼べるものではないかと
思う。

          * ********** * ********** *

わたしがこれまでにもらった社会人の台本のうちから、わくわくしたもの
はなんだろうか。たくさんあるが、そのひとつは前職のとき、「おまえ、アメ
リカへ行くか?」と聞いた元社長(故人)から、海外駐在という台本をもらっ
た時だろうか。

その台本はまるでホンになっておらず、当社にもひとりふたり、国際的に
活躍できる人材を育成せにゃならない、誰がいいだろう、あの郷という根
無し草みたいなヤツを送り込んでしまえ、という思いつきで、元社長はとん
でもないプロデューサーだった。

台本にはシナリオもト書きもない、アメリカという舞台だけが決まっていた
ので、表紙から物語から、自分以外の登場人物も舞台装置も小道具も、
自作自演で書き始めなくてはならなかった。

現地ロスアンジェルスに到着したのが、フリーウェイが何カ所も倒壊する
大地震があった日だった。舞台は初日から大揺れだった。台本通り
じゃないではないか!と思ったが、飛行機は定刻通りランディングした。

だがその台本無き駐在では、自らシナリオを書くという自由と責任を味
わった。自作自演の台本には、今思うとセリフもト書きも情景描写も穴
だらけだ。だから台本通りじゃないことも起きたが、それもこれも神様が、
当時のわたしの台本の読みの浅さにお灸をすえるために、舞台を暗転
させ、幕を上げ下げし、いろいろな照明があるんだぞ、ということを教えて
くれたのであろう。

役が与えられたことに感謝するならば、台本はやはり最低、暗記できる
ほどには読みこまなくてはならない。役を自分のものにするために。

         * ********** * ********** *

英国の舞台ではシェークスピアと言えば、かの時代のオールド・イング
リッシュで演じるしかないそうだ。台本を今風の言葉に変えるとか、自分の
思いをこめることは一切できない。日本で言えば文語と同じだから、俳優
にとっても簡単な役ではない。セリフを変えることがありうるのは、セリフを
忘れたときだけだそうだ(笑)。

だがわたしたちに与えられる台本は、自分なりにセリフをつくるものである。

俳優の役所広司さんは「台本に書かれていないものは自分で考えて決め
ていかなければ。なんでこの人(役)はこういうことをしゃべってるんだろう
とか、自分のなかでつながっていきませんからね」と語る。

行間を読み取り、眼光紙背(がんこうしはい)に徹する、というのだろうか。
自分に与えられた役柄(=ミッション)を高いレベルでやりぬくには、台本
に書かれた字面だけを読むのではなく、自分のなかでつながるまで考え
る。考えて脳内に自分なりの覚え書きを書きつける。それを踏まえつつ
台本を演じる。そうすれば演技に深みがでる。

それを神様は見ている。

と若い役者の宮崎あおいさんは言う。「神様がそういうのをすべて動かし
ている」という表現で語る。

舞台に上り、緊張して無我夢中で演じているのでは、セリフや演技をトチ
らないかばかりが気になってしまう。どきどきする胸を鎮めるためにどうす
ればいいだろうか。宮崎あおいさんの場合、神様がすべて動かしていると
考えることで、舞台の上の方から、すべての役者を鳥瞰する目を持ちたい
と言っているようだ。

自分も含めた役者の舞台での立ち位置が見えてきて、芝居全体を把握し
自分の役を理解する。そこでは役にぎくしゃくせずに演じることができる。

そうした役者と神様の関係を観客は見に来る。

演出家のつかこうへいさんは「台詞の6割は役者が書かせる」「芝居は
F1レース。0.01秒間違えると死ぬから、客は見に来る」と自らの舞台を
表現をする。

セリフが憑(つ)くように語られているか。役が憑くように演じられているか。
役者が神様と一体の関係を結んでいるかどうか。それが芝居であり、その
関係の良し悪し、浅い深いを判断するのは、客席に座るオーディエンスで
ある。

観客の目線で、観客が見たいと思う芝居をどれだけ深く考えたか。
どれほど観客が求める価値と向き合えたか。

そのためには台本をどこまで深く読んだか。舞台の上の方から、神様の
ような視点で自分の演技を見渡せたか。それを観客は喜び、お金を払う
ことに満足してくれたか。台本、舞台、観客の三つがきちんと機能したときに、
「今日の芝居はよかったなあ」と言ってくれる。

こう考えたとき、台本は単なるシナリオではなくミッションなのである。

           * ********** * ********** *

台本をミッションだと思えたとき、ぎこちない演技から遠ざかる第一歩を
揚々と踏み出せたと言っていいだろう。だがそれは第一歩に過ぎない。
舞台はきっと3幕、4幕もあるだろうから、長い道のりである。

ときに台本を自分には合わないホンである、と思うときもある。演じきれ
ない役だと思うときもある。自分の資質や力量を知ること、挑戦と無謀を
判断することも大切である。

台本が自分にとってミッションだと思えるかどうか。熱意と誠意をもって
演じる上でのひとつの判断基準である。

今日は以上です。

【参考】
祈り』 宮崎あおい著 ネコ・パブリッシング

 4777051218_09__aa240_sclzzzzzzz__2
     20歳の女性にたくさん教えられました。

洋販 ステュウット ヴァーナム‐アットキンさんインタビュー
http://www.yohanstudy.com/feature/010/index.html
『R25』 役所広司インタビュー 2007年3月23日-29日
「つかこうへいWiki」 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A4%E3%81%8B%E3%81%93%E3%81%86%E3%81%B8%E3%81%84

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2007年4月 1日 (日)

3つのうんちプロダクトと、ウォシュレットの教訓

ほぼ日書く身にはありがたいことだが「これを書いたら?」というテーマ提供がときどき寄せられる。先週は戦友のTomoyoさんからメールで飛んできた。そのテーマとは・・・・うんち(!笑)だった。

落語家よろしくどんなテーマでも「ペケペケペケとかけてポコポコポコと解く」「でその心は?」を貫きたいので、受けて立ちましょう!今日のテーマはズバリうんち。と言っても象とパンダとコアラのうんちです。

【勝手にアドバイス Vol.145 3つのうんちプロダクトと、ウォシュレットの教訓】
うんちから環境にやさしいノートやステーショナリーを作っている会社がある。企業名はThe Great Elephant Poo Poo Paper Company(笑)。商品名は「poo poo paper」 ノート、メモボックス、封筒セットなど。

Logo_poo

日本語のサイトはないのだが、製造方法はだいたいこう語られている。
「地球上のすべての創造物と同じく、象もまたクリーンな環境と良い栄養源が必要である。象はご存じのとおりたくさんうんちをする。そのうんちを集めて水で洗い、草・竹・果実の部分だけを残す。それをお湯を沸かした大型の瓶に入れて煮込む。染色剤を入れ、バナナとパイナップルの木の繊維を加える。乾燥させ300~400グラムのケーキ型にする。それをトレイに60cm×90cmに薄く延べて乾燥させる。乾燥したらハイうんちペーパーができあがり!」
   Elephantpoo 

価格は10.99~12.99ドルだから、安くはない。おもしろギフトと言ってしまえばそれまで。

【次はパンダ】
象があれば他があるだろう!と思って調べるとやっぱりありました。パンダ

138  チェンマイのパンダ。

チェンマイ北部のクワの木から紙をすく伝統的な製紙法にならって、2匹のパンダ、チャンチャン(6歳)とリンヒュイ(5歳)が消化しきれなかった竹のパルプを利用する方法が編み出されたんだとか。
http://www.petoffice.co.jp/staffblog/blog.cgi/permalink/20061116103856

別の記事も合わせると、ノート、扇子、しおりを製品化しており、年間90万円の収入をうんちから上げているそうだ。やはり竹という消化の悪いものを食べているおかげで、繊維質が残り、紙にする原料になるようである。

【おまけはコアラ】
名古屋・東山動植物園のコアラのフンを元にした紙=「うんちペーパー」を作ったニュースが気になった。
記事によるとこれは、東山公園協会の職員が、バケツに集めたフンを乾燥させ、家庭用ミキサーで粉砕、なべで約3時間煮詰めて作ったものだという。

http://www.excite.co.jp/News/bit/00091127505548.html

  1260732 PIC

東山の動植物園は、東京の多摩動物公園、鹿児島の平川動物公園と同時に、日本で初めてコアラを一般公開した動物園である。だがこちらは商売にするのではなく、職員がきまぐれで作った程度らしい。ゆーかりの葉だけを食べるという食性が、紙を漉くことに向いている原材料だとか。

フム、うんちから紙を作るのは、究極の循環型環境活動という匂いがしてきた。

【ウォシュレットの教訓】
うんちと言えばトイレ。トイレと言えばウォシュレットを使うたびに思い出すことがある。転居して家にもウォシュレットがようやくデビューした。高機能品じゃないが快適だ。皆使っていると思っていた。だが数ヶ月もたった頃、愚娘が言った。「わたし、あれ使ってないの」「あれって?」「ウォシュレット」「どうして?」「だって、水がびゅ~っときて、中に入っちゃうような気がするから

わたしはそれ以来、少しは入ってくるのだろうか?などと思いながらしゃがんでいるのだ。

発想は馬上枕上厠上、というくらいだから、わたしはそこから重大な教訓を得た。人間には数々の穴があり、環境にさらされている。目も口も鼻も耳もおへそも、いや身体中の皮膚も、外部環境に対してオープンなのである。吸って、吐き出して、熱を出して、光を取り入れて生きている。環境にさらされて、環境の一部になって、環境と一体なのが本来の人間であり、地球上の動植物は皆同じなのである。

【リサイクルはサイクルになってない】
リサイクルビジネスはみんな循環型社会のビジネスというけれど、どうも「リサイクル」という閉じた輪の中にとどまっているような気がする。リサイクル産業というネーミング自体、どこかおかしい。商品が考案され、生まれて、生産され、流通し、使われ・・・そういういライフサイクルのほんの一部に過ぎないのではないか?生産された商品の残滓や不必要な部分だけを扱うことで、「リサイクル」というのは、果たしてサイクルになっているのだろうか?

言い換えれば人間は24時間365日生活している。リサイクルという作業はその生活シーンの中に、たくさん細切れで、小さなシェアで存在しているだけである

実は他の産業も同じなのである。食品産業、睡眠産業、アパレル産業、音楽産業、エレクトロニクス産業、原子力産業・・・すべて自分の産業内で閉じてしまっている。だが人間は24時間365日、閉じていない。ず~っと環境の一部であり続けている。

24時間X365日、環境にさらされる人間を真ん中に置くことで、自分の所属する産業のシェアを点検すれば、いかに狭い部分しか扱っていないか、実感として理解できるはずだ。現在の産業界は、およそ過去の環境認識が生みだした産物に過ぎない。過去の認識が生みだした慣習やしきたりに従っていては、自ら閉じたサイクルの中に閉じこもってしまうことにならないだろうか?それは自ら成長を止めてしまうことではないだろうか?

うんちからそんな発想にたどりつきました。お題をありがとう、Tomoyoさん。読者のみなさん、お題は24時間365日受付中です!今日は以上です。

| | コメント (2) | トラックバック (5)

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »