窮屈さからの改革
今日は隔週で書いているぷろこんエッセイからの転載です。
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窮屈さからの改革
“I suddenly wanted to dress differently, to wear clothes designed by
Hedi Slimane. But these fashions, modeled by very, very slim boys?and
not men my age?required me to lose at least 40 kg. It took me exactly
thirteen months.”
ファッション・デザイナー Karl Lagerfeld 氏の言葉
出典: http://en.wikipedia.org/wiki/Karl_Lagerfeld
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一度は引退したデザイナー高田賢三氏が、2003年頃から再びファッションの
仕事にもどったのは、ケンゾーブランドを売却して、自身が充電をされただけ
ではなく、ぶらぶらしていると太ってしまって洋服が似合わなくなるから、と
コメントされていたのを覚えている。今年68歳になる高田氏にして「洋服が
似合わなくなったらまずい」というコメント、身にしみる男性も多いだろう。
デザイナーのダイエットと言えば、何といってもシャネルの大御所デザイナー、
カール・ラガーフェルド氏である。100kgの巨漢が60kgまで減量した前と後は
まるで別人である。その物語を本にまでしている氏も商売っ気たっぷりだが、
こちらのブログではその変身ぶりがしっかりとチェックできる。マーク・ジェイ
コブス、アレクサンダー・マックィーンの両氏(いずれもデザイナー)との比較も
おもしろい。
ダイエット前
後
今年73歳のラガーフェルド氏が、ダイエットを完了した姿は2002年春夏のフォト
にあるので69歳ぐらい、始めた2001年は68歳ぐらいである。ダイエットの理由も
有名である。「(ディオール・オムのデザイナー)エディ・スリマンのデザインした
スーツを着たい」。冒頭に引用したラガーフェルド氏のコメントの拙訳である。
がらりと服を変えたくなった。それもエディ・スリマンのデザインした服を
着たくなったんだ。だけどこの種のファッションはとってもとっても痩せた、
わたしのような年寄りじゃない若者がモデルだ。これを着るために40kg
痩せなきゃならなかった。それには13ヶ月かかった。
エディ・スリマンのデザインするスーツとは、美しい細身のシルエットを特徴と
しており、ジャケットの前ボタンが締められないほど前身頃が狭く、窮屈な服で
ある。その前衛的なスタイルがモード系の若者にウケてきた。ディオール・オム
発で他のデザイナーズ・ブランドにも影響を与え、タイトフィットなスーツが増え
てきた。わたしのようなオヤジ向けのスーツにも、足長や美脚スーツが増えて
きたのもその波及であろう。
だがエディ・スリマンのデザインは、どうもスリムさを強調するだけではない
雰囲気がある。そこには繊細さ、ストイックさ、そしていつまでも挑戦をやめない
(やめさせない)姿勢を挑発する何かが感じられる。それがラガーフェルド氏を
ダイエットに挑戦させ、50代、60代のセレブにも支持されるブランドに成長した
理由であろう。
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ファッションの世界では窮屈さが美しさへの挑戦だとすれば、普通の仕事の
世界では、窮屈さが業務改革のステップになる。
「どうしたら導入したシステムを使ってくれるんでしょうか?」 システムは入れ
たが使用率が向上しないという、お客様からの問いかけ(嘆き)は多い。導入
時点で、使用する現場を巻き込めなかった、あるいは、そのシステム(化)が
自分の仕事に不可欠であるという認識が広がらなかった。システム自体の
良し悪しもあるかもしれないが、使われない原因はたいていそんなところに
ある。
効率化をするためにシステムを導入したのに、使われなくても仕事が回せて
いる。ということは仕事のやり方はまるで変わっていないということである。
これに業を煮やした武蔵野という企業の社長さんがいた。小山昇氏という
有名社長のいる会社である。小山さんの情報化推進は社員に「業務上の
窮屈さ」をわざわざ強いることだった。
営業の情報系のシステムが入力されない状態を改善するためにとられた
窮屈策とは「コンピュータ二人に一台でナレッジシェアリングさせる」だった。
普段はひとりに一台のパソコンを、ある日から二人に1台にしてしまったのだ。
とうぜん現場からはブーイングが巻き起こった。だが社長は意に介せず、パソ
コンの半数をしまってしまったのだ。
そうすると何が起きたか。二人に1台の入力は窮屈だが、入力時間を調整し
あうなど相手を慮る気持ちが芽生えてきただけでなく、情報を共有することの
意味や大切さを各社員が考えだした。情報共有は相手の仕事を楽にするこ
と、それは自分も楽になることだと。そんな気づきをさせたというところに
「二人に1台の窮屈策」の巧妙さがあった。意識が変わりだしたころ、一人1台
の状態にもどした。
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もうひとつの窮屈策に「言葉を窮屈にする」手がある。
たとえば「顧客ニーズ」という言葉がある。誰もを黙らせる便利な言葉なのだが、
その内容は顧客層ごとに違うし、顧客を見る人によっても異なるあいまいさを
含んでいる。モノやサービスを売る仕掛けでありコンセプトに、無造作に「顧客
ニーズ」という言葉の衣をかぶせてしまうと、ほんとうのニーズが見えなくなり
がちである。さらに深刻な問題は、開発やマーケティングの発想がステレオ
タイプになってしまうことだろう。
そこである企業では「顧客ニーズ」「パッケージング」「顧客へのロイヤルティ」と
いうような抽象的な慣用表現を禁句にするという「言葉の窮屈策」をとった。
禁句を社内文書に書きたいときは、別の言葉で置き換えなければならない。
そうなると社員はその「便利な抽象語」が持つほんらいの意味を考えるように
なった。禁句を別の言葉を置き換える思考の中で、その言葉にはこれまで
含まれていなかった需要やサービスや顧客の思考をを見出し、新たな発想が
生まれてきたという。言葉を窮屈にして思考を誘発したのである。
窮屈にすれば見えてくることがある。ありがたみもわかり、ステレオタイプな
発想からも逃れられることもある。
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ポジションが固定化したり、同じ仕事のやり方を続けていれば、どうしても
不要な肉がついたり保守的な心理を持ちになりがちである。いつの間にか衣が
型くずれして太っていることに気づかないかもしれない。
だから図らずも太ってしまったとき、そう感じたときは、タイトフィットな洋服を
着ることを考えよう。洋服ダンスの奧から「昔は着れた」服を出してみるのも
いいが、ラガーフェルド氏のように「あれが着たい」という本能的なチョイスが
いいような気がする。
身体も仕事もギリギリに追い込んで、いったん窮屈になるようにしてみれば、
意思のサイズ(挑戦)と体形のサイズ(結果)のギャップも小さくなるはずだ。
今日は以上です。
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