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2007年4月16日 (月)

器とコンテンツ

今日は隔週で書いているぷろこんエッセイ(まぐまぐめろん)からの転載です。

器とコンテンツ

最近、ある三人の先輩たちの仕事に思いをはせる。

一人にはときどきしか会わないし、もう一人には最近たいへんお世話になって
いる。さらにその人の大先輩には会ったこともなければ、話したこともない。
だがその大先輩の姿を勝手に想像して、思いもはせている。だから、勘ちがい
をしていることもあるだろう。

だけれども、この方々の仕事ぶりを見聞して、あらためてコンサルティング業と
いうものを深く考えさせられている。コンサルティング業、としたが、もっと大きな
視点から言えば仕事とは何なのか、考えさせられたと言ってもいい。わたしの
狭い了見の中での理解なので、我田引水でコンサルティングという今の仕事に
結びつけてしまうだけなのである。

もっと上空に上がったところから見れば、「仕事の中にある普遍性のようなこと
に気づかされる」と言ってもいい。

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わたしの中で整理がついたようでついていなかった問題は、このコンサルティ
ングという仕事は、はたして器を作ることか、あるいはコンテンツを作ることか、
というものである。

器(うつわ)とは、企業の資源、人・モノ・金・情報がスムーズに動くための仕掛け
や道具である。「わぁ、こんな道具があれば仕事が捗るなあ」という、誰からも
感謝される情報システムや仕事のやり方である。

対してコンテンツとは、仕事の内容、中身であり、業種・業界に特有の知識や
ノウハウである。ノウハウ=know howなので、どうすればよい知識を持っている
こと、そのコンテンツである。

わたしのエッセイを以前からお読みいただく読者にはおわかりだろうが、わたし
は「器」こそコンサルティングだと考えてきた。なぜなら、特定の業種・業務に
特化したノウハウ伝授とは、コンサルト=助言業ではなくて、コントラクト=
仕事請負業だからである。コンテンツはほんらい顧客が作るものである。

このスタンスの根本を修正するつもりはないが、コンテンツを作る顧客を導く
ためには、コンテンツのかたち(外形、と表現してもよい)と器のかたちが一致
していることが必要なのである。器だけ良い、コンテンツはまずい、のでは
料理が美味しいわけがない。

つまり器作りの陶芸家よろしく、中身を知るからこそ良い器ができるのである。
そんなことに気づかされたのが今日の話である。。

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その最近たいへんお世話になっている外部のコンサルタントの方と、共同で
提案書をつくり、引き合いを頂いた企業の方々にプレゼンテーションをした。
当方からの説明が終わり、質疑応答の中でこんな言葉が企業の方々から出た。

「我々がコンサルタントに期待するのは、コンサルタントしての知見なんです。
それを見せてほしいんですよ」

どんなことをあからさまに言われても表情を変えない術は、そろそろ身につけた
とはいえ(顔の肌が年々硬くなってきたという事実もあるが)、まっすぐに知見
をと言われると、少々差し込まれた気持ちにもなった。

その会社の組織を知り、業務を知り、商売を知り、技術を知り、企業風土を知り、
業界を知り・・・・コンサルタントとして何を知らなきゃならないのだろうか?
そんなことが頭の中を一瞬めぐった。

だが、どうもその企業の方々のご発言は、自社内だけでプロジェクトをまわし
てもうまくゆかない。どうしたら経営が変革され、従業員隅々までそれが浸透し、
会社が変わるか、業務プロセスやシステムを再構築する提案のベースにそれ
があるでしょ?と問いかけているようだった。

重要なことは「知識」とは言っていなかったこと。このお客様は「知見」と言われた
のだった。では知見とは何だろうか?

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「知見」とは何かを考えるヒントは、平易な言葉の中にあった。

お世話になっている方の大先輩(その方もコンサルタント)は、普段は欧州で
あちらの企業の方々に生産管理のコンサルティングをしているそうである。
時折、大先輩は日本に帰国されるが、そのときは後輩諸氏が先を争うように
お話を伺いたいと勉強会を開かれるそうだ。これは、その勉強会で話された
言葉だと伺った。

「コンサルタントならまず、聞き上手たれ」

一般には話し上手たれ、という職業イメージがコンサルタントであろう。もちろん
それを否定することはない。話せないコンサルタントではダメである。だg大先
輩は、聞き上手であることが根本であると言われた。医師にたとえれば聴診器を
あてて耳をそばだてるとでも言えようか。顧客がどんなことを言うか、なぜそう
言うのか、その根本にあることは何なのか。聞き分け、本質を考えなさいという
ことなのだと思った。

聞くことで問題の所在をつかみ、問題を体系化して、課題にしてゆく。その
課題解決後の姿に向かってどうすべきかを決めてゆく。その姿を作るために
企業がその組織や社員が、何をすればいいのかを考える。これが知見なので
ある。

知見を得た上で、そこに導くものが「器」なのである。

            Photo_40

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ときどき会う先輩は、今は「器」づくりに忙しい。器とはあるサービスの仕組みと
考えてほしい。その具体的な内容には立ち入れないし、その内容が今回の
エッセイのテーマではないので割愛する。ただし、その器は、財界の高名な方
に「こういうことを考える人に会ってみたい」と言わしめた、情報システムを活用
したサービスの仕組みである。

その先輩が常々言うのは「あらゆる仕事はインプットとアウトプットで成立して
いる」、つまりありたい仕事の姿とは、インプットが適切なアウトプットを引き出す
ように常にスムーズに流れるということで、オレはそこの真ん中の仕組みを創る
ことに興味があるんだ。その先輩はそう言う。

インプットとアウトプットの真ん中にあるのが、わたしの表現では「器」である。

器とは時に情報システムであり、時に業務システムであり、時に体制であり、
要するに仕組みなのである。器を創るには、インプットとアウトプットのプロセス
で、それぞれ何をしたいかを(細かいことは抜きにして)本質を知らないと創れ
ない。知見を得て、課題解決に何をすればいいか考えたことを、実行させる
ための仕組みが器なのである。

枝葉は取り払って、コンテンツ(業界や業務特有の知識)の本質を知ることは、
器づくりのため大切なことである。コンテンツを知り器を創る、そこにコンサル
タントがほんとうの意味で「先生」と呼ばれる境地がある。

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このようにコンサルタントという業を考えたとき、わたしはこの業のどこまで
到達できているのだろうか?最近、この仕事を深いとあたためて思うことが多い。

           Photo_41

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