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2007年6月14日 (木)

臓器と哲学の深遠なリンク

入退院を繰り返す老婆から電話があった。「今日からXXX号室にいるからね」「わかったよ、でも今日は行けないよ、悪いね」「いやそうじゃなくて・・・あれ、買ってもらった?」

老婆とは母だが、たまに見舞っても辛気くさい病院や医師の話はあまりしない。電話の件もCherryさんの妹さんに頼んでいる、ある携帯などにぶら下げるアクセサリーグッズのことだった。「いや・・・まだだよ」「あ、そう」(Cherryさん、読んでる?頼むぜ)

見舞いになかなか行かないかわりに、ある知人が手術を受けるという話しと、日経メディカルによる「こんな医師にかかりたいアンケート」が心に引っかかってしまった。果たして老婆のしわざだろうか?今日のテーマは臓器と哲学と良い医師である。

【勝手にアドバイス Vol.187 臓器と哲学の深遠なリンク】
まず30代の知的労働に従事する知人女性の話。ある病気で開腹手術をするという。かなり気丈夫な方のようだが、それでも手術をするというのは不安が先に立つはず。

そして手術の前にはCTやMRTなどあらゆる検査をするのが普通だ。わたしの母の場合もシンチグラフィ画像診断まで実施していた。検査技術がどんなに進歩しても、臓器や部位によっては、実際に手術をしないとわからないことはまだ多いのだ。この知人の場合も、そのわかりにくい臓器の部類に入るということだ。知人女性の主治医も検査は尽くすがと前置きしてこう言ったという。

XXX臓器もリンパ節も取って、人工肛門になる可能性があります
気丈夫な彼女はこう聞き返した。「それって、どのぐらいの確率でしょうか?」
「だいたい一万分の一くらいだと思ってください」
ちょうど交通事故に遭う確率と同じである。知人はしばらく考えてからこう言った。
「先生が最善だと思う方法でお願いします」
すると医師はこう言った。
いやそれは、君が君の哲学に従って決めることだ

哲学・・・?臓器をどうするかというのは哲学なのだろうか?哲学とは生き方だから、確かに臓器をどうするかは哲学なのかもしれない。だが知人の頭の中でこう考えた。「生活上で自分が心がけることはいろいろあるし、自分の好みもわかってはいる。それを哲学と言えば哲学。だけれど、そうした哲学を臓器とリンクさせることは簡単ではない。想像力が足りなくて、ぜんぜんつながらない」

わたしの中でも、哲学、臓器、リンク・・・の三つの言葉が踊り、まったくつながらなかった。だがその医師は、それをあえて考えさせた。それはなぜだろうか?

 Ri_fig04  骨シンチグラフィ(本人とは関係ありません)

【日経メディカルアンケート】
話は変わって医療従事者向けの雑誌、日経メディカル誌のアンケート。業界関係者しか読まない雑誌だが、わたしは少しヘルスケア関連の仕事をしていたので、親しみのある方だ。その雑誌の特集は「こんな医師にかかりたい」だった。

 「あなたには、ファンの医師がいますか」――。

これがこのアンケートの主要質問項目である。その答えもなかなか興味深い。

 Photo_72

 『日経メディカル』が今年(2007年)5月、患者1200人を対象にインターネットで実施したアンケートでは、34.8%が「ファンがいる」と回答。ファンになった理由としては、「説明が分かりやすい」が最も多く、説明や診療態度などコミュニケーションに関するものが上位を占めた。
引用元 http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/report/200706/503482_2.html 

わたしは長期入院という経験を幸運にもしたことがないのでわからないけれども、患者さんの回答がこれであった「説明がわかりやすく」「話を良く聞いてくれる」「態度や言葉遣いが丁寧」が高い比率であることは理解できると思う。

このアンケートから感動したコメントをいくつか引用したい。

◆皮膚科になかなか通院できず、悪化してしまってから診察を受けた際、「よく我慢していましたね。つらかったでしょう」と、早く診察を受けなかったことを怒らずにやさしく対応してくれた(50歳代、女性)
◆気管支鏡の検査を受けることになったとき、「自分も受けたことがある」と言い、手を握ってくれた(50歳代、男性)
◆「必ず治ります、安心してください」と笑顔で言ってくれた。それを聞いて、「あー、大丈夫なんだ」と感じることができた(30歳代、男性)
◆「気になる症状はほかにないですか?」と聞かれ、別の症状で気になることを思い出した。自分からは言いづらいときもあるので、お医者さんから言ってもらえるとありがたい(50歳代、女性)
◆子どもの診察時に医師が親ではなく、子ども本人から状況を聞こうとしたとき、良い医師だなと思った(30歳代、男性)

励まし、我慢、手を握る、気になることを聞いてくれる、子ども(患者)本人に聞く・・・・共通していることはないだろうか?

Nikkei_medical 日経メディカル今月号。

【勝手にアドバイス】
臓器と哲学を考えさせたことは、自分自身や自分の病気に「向き合わせること」だと思う。

この患者はがんばれると見抜いて、身体への意識を持たせることが治療には効果があるということを示したのだと思う。彼女の内面の力を引き出すために「君の哲学で臓器を決めなさい」と言ったのだろう。医療とは外からの外科的な治療だけのものではない。腫瘍と闘うのは君の臓器であると。だがわたしの母は、彼女と同じ勢いで立ち向かうことは年齢的にもできない。立ち向かうより、違うことで紛らわせられる方がいいのではないだろうか。

「説明がわかりやすく」「話を良く聞いてくれる」医師が支持されるのは、逆に言えばそういう医師が少ないからだ。ひとことで言えば人間味がないということ、電子カルテとコミュニケーションしている

わたしはこう思う。あらゆる分野で、科学と情理はバランスするべきなのだ。ところが科学=サイエンスだけ突出して、情理が忘れ去れることが多すぎる。医師だけではない。金勘定と脱法だけを指南する会計士。世の中をどう変えようか哲学を欠いた弁護士。生徒の心を読むことをあきらめた教師。介護の心を忘れた資本家。

患者、いや顧客にいかに信じてもらえるか、それを忘れた専門職が多すぎると思う。情理を忘れた資格制度、そこから輩出される非情理主義者には、まったくうんざりしてしまう

今日は以上です。

YUKAさんへ。いつもお読みいただきほんとうにありがとう。しかも今日は「秘」の導入まで親身にしてくれてありがとう。嬉しかったよ。昨日のブログはオヤジギャグですまなかった。今日のブログはいかがでしょうか?

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コメント

ほんと、ありがとうちょっと訪れてみるよ。ミクシイシスターに。

投稿: 郷/Marketing-brain | 2007年6月15日 (金) 15時16分

大丈夫です。
妹のmixiに鳩を買いに行った!と写真ものっていました。
明日、明後日遊びに来る予定なので、
忘れないように言っておきますね。

投稿: Cherry | 2007年6月15日 (金) 13時58分

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