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2007年8月の31件の記事

2007年8月31日 (金)

お客様行動の謎 5.顧客行動は共鳴ゆえ?

今週からタイトルを衣替えした「お客様に相談室」。お客様の行動の謎ということで、「お客様は左回り」「奧隅と眠りのパーソナルスペース」「マーキング行動」「いらっしゃいませ」を取り上げた。

だがお客様の謎は他にもある。エスカレータで登る人と登らない人がいる謎。レジについてからゆっくりとお財布を出す人もいれば、レジに行く前に小銭まで用意している人。返品やクレームで、難癖をつけるのはだいたい決まった人。

・・・・そして行列という、時に想像を絶する長時間を堪え忍ぶ謎の行動もある。

前にこのブログで取り上げた「行列マネジメント」について、再び取材を受けた。その座談の中で取り上げられたアンケート調査で、「その行列が何の行列かわからないけれど、ただ並んでしまったことがある」という行列体験に話題が及んだ。文字通り「そこに行列があるから並ぶ」という性癖と暇がある人が、当該アンケートでは2割に及んでいた。

この2割の行動をどう読んだらいいのだろうか?一見して理解不能である。

よく考えると、行列には「共鳴行動」というものが作用しているのではないか。そう思い当たった。共鳴行動とは「人は時空を越えて共鳴して行動している」というものである。お客様行動の謎の最終回の今日は、共鳴について考えてみたい。

【お客様に相談室 お客様行動の謎 5.顧客行動は共鳴ゆえ?】
さて、ちょうど大阪で行われている世界陸上選手権ではさまざまなドラマが生まれている(これを書く今日は2007年8月31日だ)。

期待通りの成果を挙げた選手もいる一方、記録なしで落選という結果に終わった人もいる。結果はともかく-。

 Tonda

【現場オーラ】
スポーツ競技場では、場の磁力ともいうべき力がある。プレーする選手やチームから発せれるオーラもあるが、贔屓の選手やチームへ応援する団体と、対峙する選手やチームを応援する団体との押したり引いたりのオーラもある。テレビやネットからでは絶対に伝わらないのが、その現場オーラである。

現場オーラはスタジアムで共有する不思議な「共通体験」である。ああ、今日のゲームはよかったな。あのまま終わると思ったのに。あそこまで彼ががんばるとは思わなかった。そうだよね、意外だった。でも長谷部がもうちょっとしっかり走ればゲームはすんなり終わっていたのに・・・(すみません、つい浦和レッズの話に流れました)。スタジアムからの帰り、そういう感想を口々にするだろう。それを共鳴と呼ぶ学者シェルドレイク氏がいた。

【シェルドレイクの共鳴理論とは】
この説をひと言で言うと、『生物の同一種が同じ形態になるのは、形態形成場に時空を超えた共鳴現象が起きることによる』というものである。

これは形態に限らず、行動パターンにも現れ、数が多いほど顕著になるといいます。それを生物に限らず、さらに一般化すると、形というものは、遠く離れたところへエネルギーを抜きにして働きかけ、同じ形を生み出す力を持っている。関係の深いもの同士が共有し、離れていても作用しあう、目に見えないつながりがある。
引用元 http://www.ukinfo.jp/culture/sheldrake.php

シェルドレイク氏はさまざまな実験をしてその仮説を立証した。ロンドンの実験室でラット千匹にある行動パターンを学習させると、おかしなことにニューヨークで同じ種のラットにその行動パターンを習得させる時間ははるかに速くなるというのだ。

同じことを人間にも適用して実験した。クロスワードパズルの例は、新聞に出る前にパズルを解く時間と、出た後に(初めて)解く時間が短くなる。隠し絵にからんだ実験でも、テレビ放送前と後では、隠し絵の認識率に大きな差異(もちろんテレビ放送後が高い)があった。

つまり同じ種(人間)なら、同じ行動パターンを「時空を越えて」示すというものである。

わたしはスタジアムというすり鉢状の形状がこの共鳴に強く作用していると、かねて思っている。コロシアムの昔から競技場は囲まれるカタチである。あのカタチに秘密があるのではないだろうか。

 A03 有明コロシアム。

【シンクロニシティ】
時空を越えてとなると、そうだな、と思うのはひとつはコンビニである。朝っぱらでも、急に行列がのびだすことがある。その日の気候が作用するのだろうか?銀行のATMでも(昼休みでもなく、給料日でもないのに)ある時間帯になぜか行列がのびる。みんな現金が必要なデートとか買い物があるのだろうか?そんなことを訝しんでしまう。行列が行列を呼ぶ、みたいな感じである。

その現象を心理学から「シンクロニシティ」として説明したのは心理学者のユングである。

シンクロニシティとは、何か二つの事象が、「意味・イメージ」において「類似性・近接性」を備える時、このような二つの事象が、時空間の秩序で規定されているこの世界の中で、従来の因果性では、何の関係も持たない場合でも、随伴して現象・生起する場合があることをいう
引用元 http://bloom.at.webry.info/200612/article_1.html

シンクロニシティの最たるものは「恋愛」である。わたしは愛を語りだすと止まらなくなり、脱線しまくるので、今回は止めます。でも気心が通じている(と信じている)人とは、どこかでつながっていませんか?逆に言えば通じなくなったときシンクロニシティが無くなりませんか?わたしはそれが、生の言葉よりもより強くつながっている時があると思う。みんながシンクロニシティを信じれば、恋愛沙汰が原因のストーカー事件や殺人・自殺事件はなくなる(特に男性はそうだ)。

 3203041680  再結成されたポリスの往年の傑作。

【お客様同士の共鳴】
お客様の共鳴から少し脱線したが、お客様内の共鳴にはいくつかの種類がある。

 物理的共鳴
 言葉の共鳴
 場の共鳴 
 電子的な共鳴

物理的な共鳴とは、やや明け透けな喩えだが、バーゲン会場での同一品の取り合いだと思ってほしい。抗争であるので共鳴というより、競鳴と言えそうだが、あそこでセールがあるということを、アナウンスだけでなく嗅覚でかぎつける人も多い。これは共鳴現象である。

言葉の共鳴とは口コミである。あそこでXXXが安いわよ。そういう情報がチラシもなく伝わることがある。場の共鳴はスタジアムがショッピングモールやデパートになったと思えばいい空間である。電子的な共鳴とは、ブログに代表される電子網上の喜びや囁きや怒りや独り言の伝言媒介である。

こう書いてきてひとつ思い当たることがある。売れる場と売れない場の(売れなくなった場)の共鳴現象である。現場に立つ人は、風に当たるようにそれに気づくと思う。競合店出店、品ぞろえの悪化、サービスの劣化、価格競争力の低下・・・・いろいろな理由があって売れなくなる。

実はそのことをお客様も「共鳴して」知っている。

そこの売場ないし店舗が劣化しているということを。誰に言われなくてもそれを肌で感じている。では、誰から、何からそれが伝わるのだろうか?それは共鳴と言わずにどう説明できるだろうか。

             *********************

このテーマ「お客様行動の謎」は以上です。まだまだ掘るとおもしろいテーマなので、アンケートなど消費者=お客様の声を交えて深め、別の連載企画/書籍化を提案をしたいと思っております。

 Kotora1 Kotora   
 今週は疲れたぞ。う~んとノビとアクビしちゃおう。カワイイ。

同僚のYukaさんから猫写真のご所望があったので、本文と何の関係もなく(笑)掲載しました。写真は(勝手に)和の師匠 毬詠さんのページから無断転載しました。見つかったらまた怒られます。ごめんなさいと先に謝りつつ、次週は素敵な切り絵作家さんもテーマにしたいので、そのとき合わせて連絡いたします。
http://www.a-yarn.com/marie/

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2007年8月30日 (木)

お客様行動の謎 4.「いらっしゃいませ」で去っていく

みなさんは一日に何回、いらっしゃいませの洗礼を受けるだろうか?

指折り数えて、普通に会社のある駅に着き、コンビニに立ち寄り、2~3度のいらっしゃいませの洗礼を浴びる。ランチにも数度浴びる。スターバックスかタリーズでカフェをすればまた浴びる。夕方にショッピングモールに立ち寄れば、それこそ何十回もいらっしゃいませシャワーを浴びて、家路に着くことになる。

だがそれを浴びて、清らかになっているだろうか?

清らかになってないとすれば、「いらっしゃませ中毒」になるのだが。これだけ浴びてもまだそうはならないところをみると、いらっしゃいませ自体に効果があることを疑ってしまう。むしろすでに「いらっしゃいませ鈍感症」になっていて、聞き過ごしているだけかもしれない。

一日何十回の「いらっしゃいませシャワー」の中で、「ああ、これは良い『いらっしゃませ』だったなぁ」が何度あるだろうか?

 Manekineko103001001  3日連続の猫(笑) 玄関マットです。
 http://www.joaf.co.jp/nobori-new/genkan-mat/genkan-mat-welcome-.html

【お客様に相談室 お客様行動の謎 4.「いらっしゃいませ」で去っていく】
わたしはたくさんのいらっしゃいませシャワーを浴びても、一度も感動する「いらっしゃいませ」に遭わない日がある。むしろ耳障りな、魂こもらず、マニュアルぽい、とって付けたような・・・という苛立ちを隠せないあいさつが多い。むしろ言われないほうが静かでいいのよ。どうしてそれがわかってくれないの?そう言いたい。

たぶんわたしだけではない。ショッピングモールでお客様をぼんやり見ていても、いらっしゃいませという声かけで逃げていくシーンをたくさん目にする。それでも店員は「いらっしゃいませ」を言うのだ。それがマニュアルだからか、手持ちぶさただからか・・・。

【気に障るいらっしゃいませフレーズ】
好き嫌いに個人差があり、特定企業をあげつらうわけではないという前提で、いくつか嫌いな例を挙げよう。

まず「いらっしゃませ」と「こんにちは」のセットが好きになれない。なぜ「いらっしゃませ」だけではダメなのだろうか?あるサイトを読むと、「あなただけへのメッセージ」のために、わざわざ「こんにちは」をつけているという。しかしその場合は、お客様も「こんにちは」と言葉を返さなくてはコミュニケーションにならない。果たしてお客様は「いらっしゃませ」時点でコミュニケーションをとりたいだろうか?

いらっしゃいませの連呼も気になる。店のみんなでお迎えするという意味なのだろうが、違う作業をしていてお客さんの方も向かずに言葉だけ連呼されても、何も嬉しくない。「ありがとうございました!」の連呼にも同じことが言える。

要は空々しいから、いらっしゃいませに心がこもっていないから気に障るのである。お客様はコミュニケーションを取りたいのかといえば、常連かそうでないか、買うのか見るだけかなど、ケースバイケースである。ならば通りすがりにひと言小さな「いらっしゃませ」のひと言ぐらいでいいのに。

接頭語も気になる。「ようこそ○○○○へ」のフレーズは、どうも空々しい感じがしてわたしは好きになれない。「ようこそ」と言われるほど大枚もはたかないし、長時間いるわけでもないのに。

【あいさつにプロフェッショナリズムがない】
なぜ耳障りなのだろうか?それは職業とあいさつが分離してしまったことがあると思う。

わたしの叔父は地方で商売をしている人だったが、その彼が初めて上野アメ横を訪れたとき、あの威勢の良い売り口上に聞き惚れて、その場から立ち去れなかったという話を聞いたことがあった。「まぐろまぐろまぐろまぐろまぐろ・・・・」という連呼で、だんだんと値が下がっていき、底値に達したとき、囲んだお客さんから「買った!」と声が掛かる、あの掛け合いである。

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この売り手のいらっしゃいには「職業呼吸」ともいうべき、リズムがある。商売に根ざしたいらっしゃいがある。買い手の呼吸がそこに合えば、聞いているお客さんみんなが気持ちがいい。

アメ横まで行かなくとも、(減る一方の)商店街の八百屋や魚屋の「らっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃ~い!」にも職業呼吸があった。いらっしゃいと商売がしっかり結びついているから、いらっしゃい!のあとに「今日は良いカジキが入ったよ」というお薦めが自然に結びつく。お客さんも「じゃ買おうかしら」と合いの手をつい入れてしまうじゃないですか。

こういう例もある。アメリカでNBAの試合を観ているとピーナツを売りに来る。たいがい黒人だ。彼はこれだけを言う。「ピーナツ!ピーナッツ!」 そしてピーナツを買いたいお客さんが手を挙げると、そこに向かって(バスケットのシュートをするように)ピーナツをポンと投げるのだ。お客さんはそれをキャッチする。そこには言葉は少ないがプロフェッショナルな呼吸がある。

 Nba320 NBAです。

【職業呼吸が失われた】
いらっしゃいませをコミュニケーションとするためには、ここに挙げたようなお客さんとの呼吸がなければならない。それがまったく無いのに、一方的に(マニュアル/教育研修通りに)「いらっしゃませ」を連呼するから、お客様は引くのである。

チェーンオペレーションが増えて、「いらっしゃませ」と言う労働者が経営と分離してしまった。だからあいさつも教育のメニューになった。教育が行き届かないとあいさつが絵空ぽくなるのでお客さんも耳障りになる。こういうことは言えるだろう。

だがいらっしゃいませが一方的になったのは、決して教育の不足だけでないと思う。職業に誇りを持つ労働者が少なくなったということもあるのではないか。お客様のことを考えない店員が多くなったのではないだろうか。だから、職業(商売)ごとに接遇は異なるべきなのに、画一的に「いらっしゃいませ」文化が浸透しすぎている。

いらっしゃいませで引かれるのは、ひとつには職業呼吸が失われたこと。これは経済の潮流で仕方ないとしよう。だがもうひとつ、プロフェッショナル呼吸も失われつつあるのが、サービス業で気にあるところである。

 Arch_2 商売の原点を学ぼう。

【お客様の気持ちを先読み】
すべてはお客様の気持ちを先読みできるかどうかにかかっている。いらっしゃいませを最初のコミュニケーションにしようとするなら、そこに来るお客様の気持ちを考えて工夫をしたい。

本屋ならば静けさとBGMだけでいいので、いらっしゃいませはいっさい不要。焼きたてパン屋ならば「いらっしゃませ!ただいまパン・ドゥ・ミーが焼き上がりました!」。美容室であれば「こんにちは、まず今日は、どんな髪にされたいか、お聞かせいただけますか?がいいかも知れない。今日は以上です。

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2007年8月29日 (水)

お客様行動の謎 3.マーキング行動

昨日(2007年8月28日)から少し涼しくなり、ほっとひと息つけました。わたしの老婆も言っておりましたが、昔は30度と言えば猛暑、それが今や40度だからね、と。毎年暑くなる地球を思うと、個人の小さな行動の積み重ねが必要なことは明白です。わたしもエコバッグを買い求めて使いだしました。

小さな行動といえば、こうして(ほぼ)毎日マーケティングのことを考えるのも小さな行動です。しかしそれを見ていて(読んでいて)くださる方もいるもので、今日はある件で取材も受けました。お世話になりました。また別の会社から拙文のお申し出も頂きました。ご縁を大切にしたいと思います。

ブログを書くというのは、たとえれば、ウェブの世界にマーキングを残すことでもあります。個人の思いを文に書いたり写したり絵に描く。無限大のネット空間のどこかにそれが残る。ちょうど猫のマーキングのように「わたしはこれが好き!」という「URLの道しるべ」。それが巡り合わせで誰かに伝わる。マーキングとマーキングが出会う。力が生まれる。

さてお客様行動の謎と題して書き出した今週の「お客様に相談室」は三回目。お客様の行動はマーキングに似ている、ということを考えたい。

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   わたしの買ったスーザン・ベルのエコバッグカラー

【お客様に相談室 お客様行動の謎 3.マーキング行動】
マーキングといえば猫や犬がおしっこを電柱や壁に引っかけたりするアレである。飼い猫は家の中のあらぬ場所におしっこもする。おしっこ以外にひっかく行為もそれだとされる。

 Tora_chibi0306  おっと後ろに。
 引用元 http://tabineko.seesaa.net/archives/200605-1.html

マーキングは動物に備わる本能的な縄張り宣言行動である。だが近頃の室内犬や室内猫(という言い方はなぜかしない)は、室内で飼育されるため、屋外を縄張りとは思わないそうだ。散歩に出た犬はすでに他の犬がひっかけた後の電信柱にさらにオミマイするのだから、それは縄張り宣言ではなく、他の犬への伝言板なのだという。「今日オレはここを通った」「うん、わかったよ、わたしも通ったよ」という「かけ合い」なのだ。

マーキングには「縄張り」と「伝言板機能」がある。

【マーキングは変化の後に】
マーキング行動の本質は「変化に対応して本能的にやる」ものである。縁があってその家に飼われたときが最初の変化で、まず実施検分をしてオミマイをする。躾けがしっかりなされるか、あるいは飼い主が諦めたとき、マーキング行動は落ち着く。だが何らかの変化が訪れたとき、新たなマーキング行動が表れる。たとえば次のようなもの(カッコ内は例)。

 ・同居猫の階級の変化(子猫が生まれた、新しい猫がきた)
 ・同居人間の変化(カレシが居候し始めた、子供が生まれた)
 ・新しい家具などの購入や間取りの変化(ひっかき甲斐のあるソファ)
 ・猫用の家具の購入や間取りの変化(キャットタワーの新規導入)
 ・部屋の匂いが変わる(普段と違うカノジョの異なる香水)

身のまわりの変化に応じて、新たにマーキングをオミマイする。だから「最近、ウチの猫ちゃん、オミマイするの。ちゃんと躾けしたつもりだったのに・・・」と嘆くのは筋違いかもしれない。猫ちゃんは変化に対処しているだけで、いずれ落ち着くのである。
この項の参考&参照サイト http://www.arks.com/arks/kankeigaku.html

【ホモ・コンシューマのマーキング行動】
ホモ・コンシューマ(買い物人)もまたマーキングをする。すべてのホモ・コンシューマがするかどうか断定はできないが、つぶさに店舗観察をすると、大なり小なりしている。

流通業で聞いた話。何も買わないのに毎日のように来店し、特定のフロアを一周するお客様がいるそうだ。ふ~んと興味を惹かれて尋ねた。「どんな人ですか?」「たいがいはお婆ちゃんですね」。その店舗の顧客が高齢化しているせいもあるので、クラスタでの特定は要調査。しかし何気にお客を観察すると、かなり共通項はある。
 
 ・ショルダーベーコンのパックを親指で押す(atスーパー)
 ・無料の脂身を指で潰す(atスーパー)
 ・手に取った缶コーヒーをシェイクする(atコンビニ)
 ・カシミヤのマフラーをつまむ(at衣料量販店)

買わないのにその売場/通路を通るなど、ホモ・コンシューマは無意識・有意識のうちに、さまざまなマーキングをしている。もちろん価格が安くなっていないだろうか?品揃えや在庫が減っているだろうか?といった実利的なチェックもあるが・・・。

【わたしのマーキング】
ひとつ白状しよう。わたしはある品(ワイシャツだっただろうか)が誰かに買われないように、ゴンドラの台の奧にぐぃっと入れて隠したことがある。「オレのだから買うなよ」という排他的な縄張り行動である。これは立派なマーキングである。でも他のフロアに寄ったあと戻って、買ったので許してほしい。

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店舗の配置換えや商品入れ替え、季節の変わり目のバーゲン、店舗のリニューアルなどは、いずれもマーキングを誘発する。店側の都合でやっていることだが、消費者は自分の縄張りが変わったとき、つぶさに何がどう変わったかマーキングするのだ

【マーキング行動を追尾する】
逆に言えば、ホモ・コンシューマのマーキング行動を誘発するような店作り、カテゴリーづくり、棚づくりをする必要がある。新製品導入という視点だけでなく、ホモ・コンシューマのマーキング行動パターンを研究してみてはどうだだろうか?

それに取り組める商品化はすでになされている。大日本印刷が開発した「ICタグ商品棚システム」はICタグを活用して、『来店客が陳列された商品を手に取る回数など、POS データでは把握できない購買前の情報を分析できるとともに、手に取った商品の情報を提供することもできる』仕組みである。
引用元  http://japan.internet.com/wmnews/20060913/5.html

   060912_1 詳しくは問い合わせされたい。  

こうしたシステムでのデータ分析と、店内顧客観察を合わせることにより、お客様の恥ずかしいマーキング行動がアカラサマになる。ここまでやると高コストと思われるなら、お客様に失礼にならないように、お客様を追尾して「棚別のオミマイ」を観察するのも明日へのヒントになる。わたしのアドバイスは「勝手にマーキングさせておけ。やがて落ち着く」であるが・・・。今日は以上です。

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2007年8月28日 (火)

お客様行動の謎 2.奧と眠りのパーソナルスペース

猫はいつでももっとも心地よい場所にいるものだ。

夏は暑さをしのげる冷えた日陰にのたりとのびる。冬はお日様を吸収してポカポカの車のボンネットにちょこんとする。誰に教わることなく、もっとも心地よい居場所を探りあてる。猫はとらわれるものがないから、自分に対していつも自然体なのである。

 File_20061113t154429984 ぽかぽか。  

ところが人間様はそうはゆかない。職業、身なり、所得、体面や世間体、人間関係など、とらわれることばかりだから、ストレートに心地よい場所に行き着けない。まっすぐじゃない。まっすぐじゃないから、その生態を解明するため、遠回りな解釈が必要になる。それがマーケティングというアプローチでもある。

お客様行動の謎と題して書き出した今日は第二回目「2.奧と眠りのパーソナルスペース」(昨日予定したタイトルから変えました)。なぜ人(とくに日本人)は、奧や隅っこが好きなのだろうか?をテーマに。

【お客様に相談室 お客様行動の謎 2.奧と眠りのパーソナルスペース】
あなたはセガフレード・ザネッティ・カフェでどこに座るだろうか?

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セガフレード・カフェといえばオープンカフェである。冬でも店舗を開けはなして、お客さんもコートを羽織りながら座りカフェを飲む。それがこの店のスタイル。

このカフェは他に比べ外国人が多いというイメージがある。たとえば広尾店でも末広町店でも(いずれも外国人が多い場所ではあるが)その通りであり、そして外国人はおおよそ店頭にせり出した場所に座る。サングラスをかけ、足を組んで座る。暑くても寒くてもそれは変わらない。

 Ucw111 これが同店の標準形。

それがまた(癪だが)サマになっているのだ。お店を額縁にはめた絵とすると、絵の構図ができあがっている。カフェのせり出したポジションに座る日本人は少ない。一事が万事と言うつもりはないが、外国人にせり出しが似合い、日本人には奧が似合う。

【欧米の外国人とカフェはよく似合う】
実際にセガフレード広尾店では2階があるが、そこは日本人ばかり。スターバックスやタリーズといったカフェでも、外は外国人(店頭のテーブルで立ってお喋りする人もいますよね)、内は日本人という事情は似ている。日本人で外にいる人は、どうやら喫煙をするからであり、自ら進んでオープンカフェにいるわけではなさそうだ。

  Sega2

カフェといえばオープン環境が多い、彼ら(欧米)の出身国の習慣からだろうか?それともコミュニケーションの持ち方の違いなのだろうか?他の何かの作用が働いているのだろうか?

余談で、しかもコンプレクスに過ぎないのだが、欧米の外国人とカフェはよく似合う。自分を含めた日本人でサマになる人は少ない。こんなことも何か影響しているのだろうか?

【席が選ばれる因子】
お店の席はもちろん外人・日本人で決まるわけでない。いくつもの因子から、場所の良し悪しが瞬時に判定される。わたしの因子は比較的単純だ。

 タバコ喫い>子供連れ>おばさん団体>おじさん団体>カップル

XXX>の左側が、なるべく近くに座りたくないという劣性順。女性なら寒そう(男性なら暑そう)も気になるし、BGMの場所も気になるかも知れない。従業員動線も因子のひとつだ。連れがあるのかないのか(同性か異性か)、そうしたTPOで違う。

だがわたしもそうだが、みんな奧に行きたがるのだ。TPOもあるけれども、磁石のように、奧や隅が好まれるのは事実である。

【電車では隅に座る】
電車で隅に座るか、中に座るか。コトノハで「電車では隅っこから座る」○か×か、がある。その結果は(予想通り)圧倒的に隅っこから座る、が多い。隅から座る人の主なコメントは次の通り。

「入り口から近いし寄っかかれる」「はじっこが好きなんです」「そうそうそうそう、皆ほっといて^^」「端っこLOVE落ち着くのw」「カド好きなのです」「落ち着く」「隅族」「隅っ子です」「隅が取れなければ見送ることさえある」「パーソナルスペースを守りたい」「真ん中は、なんか申し訳ないような気がするからこっち」「まんなか落ち着かない」「人と接触するの嫌いですから」「寄り掛かりたい」「My指定席」「隅大好きw」

中から座る人は少数派だが、コメントのいくつか。
「隅っこを譲る(ようにしている)」「真ん中」「ガラガラの時はどまんなか」「ど真ん中も好き」「気にしていない」「夏は隅だけど、冬は真ん中」「隅っこのとなり」

  Tube どこから座る?

投票数の差からしてもそうだが、コメントを読めばわたしたちは「端が好き」であることは間違いない。それも実利的な理由があるわけでなく、理由もなく隅が好きというのが大方の気持ちのようだ。

【パーソナルスペース】
ひとつの学説に依ってみよう。「パーソナルスペース」という理論がある。

『人と人との快適距離―パーソナル・スペースとは何か』(渋谷昌三著)は、文化人類学者のエドワード・T・ホールが提唱した、プロクセミックス(proxemics 人と人の距離を研究する学問=近接学)がテーマである。パーソナル・スペースとは「個人空間」であり、人間におけるプロクセミックスが「密接距離」「個体距離」「社会距離」「公衆距離」の四つの段階によって構成されると論じた。

 密接距離:愛しい相手には愛しく、嫌な相手には排除という「エルボー・ディスタンス」
 個体距離:自他を区別し、個人が成立する距離
 社会距離:相手に見つけられるか見つけられないかギリギリの距離
 公衆距離:通りすがりの距離

この理論では人が快適さを維持する、おおよその距離を設定している。有名なのでご存じの方も多い。だから店舗や公共空間の設計に応用もされている。

この理論の個人的な応用だが、人の距離感は変化するのだと思う。店舗へ入るまでは公衆距離(5m超)を保ち、席を選ぶ(案内される)ときには社会距離(2m)に気をつけ、座るときには個体距離(75cm)の間隔をチェックする。密接距離までの「時間距離」をいかに測り縮めるか?女性とのこの間隔はしぶとく考え抜きます(笑)。

密接は熱いカップルにまかせて、レストランではこのような間合いの取り方というか折り合いの付け方が瞬時にあって、やがて落ち着いて飲食をする。要は猫のマーキングのようなものかしら。
参考サイト http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140016051/daiya0b-22/
参考サイト http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0213.html

【居眠り=パーソナルスペース】
電車の中で居眠りができる日本を見て外国人は、「なんてこの国は平和なんだろう」と言う。だがわたしは居眠りをするのは、むしろ警戒しているからではないかと疑う。

 居眠り=パーソナルスペースづくり、なのである。

日本は世間も職場もストレスの多い社会である。そこからの逃げ場が「奧」や「端」なのではないだろうか。人間関係は見知らぬ公衆距離なのに、電車の中では否応なく個体距離を強いられる。隣の人が居眠りして寄りかかり、エルボーが当たれば、立派な密接距離なのだ。

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 出典 http://halfmoonbay.blog.ocn.ne.jp/mays_cafe/2006/06/index.html

だが幸運なことに、潜在的にストレスフルでも、欧米のような生命の危険は低いので、奥に行くことと眠りのパーソナルスペースづくりが国民性になったのではないか。今日は以上です。

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2007年8月27日 (月)

お客様行動の謎 1.お客様は左回り

今回から1週間(5回前後)で書いてきた「勝手にアドバイス 旬ネタ」のタイトルを改めます。新しいタイトルは「お客様に相談室」。わたし自身にとって、ずっと変わらない旬ネタは、お客様、であるからです。

でも気をつけてください、「お客様相談室」ではありません。お客様「」相談室です。

いつも気になるのですが、多くの会社にあるお客様相談室という名称は「用事があるなら来い(無ければ来るな)」というニュアンスがありありです。「」を入れることで、お客様の話を聴き、その心理や行動の本質を理解してマーケティング構造改革をしよう!これがメッセージです。図らずも「勝手にアドバイス」も「お客様に相談室」も「に」がポイントになりました。

               **********************************

【お客様に相談室 お客様行動の謎 1.お客様は左回り】
さて今回の「お客様に相談室」のテーマは『客行動の謎』である。お客様はなぜそのような行動をするのだろうか?という素朴な疑問をテーマにしたい。

わたしは都内の下町育ちから、郊外の某マンションに移住してかれこれ十数年である。下町(豊島区)の祭りと言えば、鬼子母神の万灯供養という大きな祭りが年間の最大イベントである。祭りとはそういうものだと思って育ったが、郊外に移住すると「これが祭り?」と思うようなチャンチャカ・イベントと素人祭り、そしてあろうことか盆踊りなのである。

その批判が本稿の目的ではもちろんない。だがひと言いいたい。真夏にマンション街の行事として行われる「盆踊り」、チャンチャカと大音響も耳障りだが、ヨサコイだのサテコイだの、拡声器による音頭の合いの手には恐れ入谷の鬼子母神である。神をも恐れぬ仏の所業である。それはそれとして・・・。

 「なぜ盆踊りは左回りなのだろうか? 」

左回りとは「時計と逆回り」という意味である。一説によると全国各地で左回りらしく、昔から左回りと相場がきまっているようなのだ。調べきったわけではないので、逆証もあるかもしれない。

 Bonodori やはり左回り。

神様か仏様かが「どちら回りで踊りなさい」とご託宣したわけじゃないだろう。だがどこでも左回りと相場が決まっている。そこにはきっと何か理由があるに違いない。

【左回り動線を軸にする店舗づくり】
店舗動線は左回りである。盆踊りの伝統なのか、欧米から伝わってきた流通業の理屈なのか、動線を左回りにするという倣(なら)わしが浸透している。

入口から入り、右に折れて、左に回って買い物をするという人の流れをつくる、これが左回り。コンビニでは右に折れて雑誌コーナーがあり、突き当たりに飲料があり、回ってレジに近づくにつれて総菜やパンがあるというレイアウト。スーパーでは入口から入り右手に野菜、奧に鮮魚や精肉、真ん中に乾物や菓子・・だいたいそのように作られているでしょう。

  20061201_68720  キャメロン・ディアズも左回りだろうか?

左手でカートを押し、右手で品物をピックする(電話もする)。これが標準だから、POPも島出し陳列も、左回りでお客様を迎えたときに目に入るような位置・角度で作られる。

【ベスト新宿本店の法則】
この法則はコンビニやスーパーの日用品購買にだけでなく、高級品にも適用される。高級時計を扱うベスト新宿本店の社長の石田憲孝氏は自身のブログでこう書いている。

ちょっとずれましたが、僕の店舗は、すべてそういうこと(左回りで)で配置を考えています。
それは、「居心地のよい空間」をつくるということです。あくまでも接客を意識した環境をつくっていくということは、回りやすいことではないということです(つまり左回りとは逆の位置的関係です)。落ち着いた環境をつくり、長く滞在させるには「左回り」の環境に対応した環境が必要です。

引用元 http://blog.livedoor.jp/noritakaishida/archives/53652467.html

 Floor_4_1 新宿店4F 高級と伝統を提案するフロア

マクドナルド出身の石田さんはずっと「人の行動統計」に興味を持って、さまざまな疑問や仮説を考えたそうである。「なぜここがお客に良い場所か」「なぜここは悪い場所か」「色、匂い、空調はどうなのか」・・・そういう思考が高級時計の店舗づくりにも活かされている。

右回り(時計回り)に動線をつくり接客をするということは、お客様が居心地が悪くなる。右側で商品を検分し、手にとり、にらめっこしたいのに、すぐに店員とがっつんこと対面するような店舗環境となりやすい。お客様は逃げる。お客様を滞留させるには、奧に誘導させてからじっくり接客する。

【利き足という説】
石田さんの話しのベースは「多くの人が右利きである」とうい事実からである。だがそれだけでなく、利き足が左回りを誘導するという説がある。多くの人は右利きであり、右足で踏み出すので左回りになるのがその内容である。

右利きならば、自転車は右足で踏み出す。女性がギコギコと片足乗りして乗るときも、右足を踏み入れて加速している。ちょうど世界陸上が開かれているが、陸上競技でのトラックもまた時計と逆回りである。それは『1913年にIAAF(国際陸上競技連盟)が「レフトハンド・インサイド=左手を内側に」と統一したから』とある。7割が軸足が左足で、踏み出す足は右足とするほうが早く走れるという理由からだそうだ。
出典 http://www.hamaspo.com/sport/vol_164/ans.html

チャップマン利き足テストというものがある。「サッカーボールを蹴る」「缶を踏みつける」「砂に足で文字を書く」「砂地をならす」「片足跳びをできるだけ速くする」「できるだけ高く足を蹴上げる」「足先でこつこつリズムをとる」などの11項目のテストで、左足を用いる場合=3点、右足=1点、両方=2点を付ける。すべての項目で左足なら33点、逆にすべての項目が右足なら11点となる。

このテストによる調査では、右手が利き手で、右足も利き足の人はなんと94%という結果である。
参考 http://personal-dictionary.com/enq/view/enq.asp?EID=44202

【キスも左回り】
道や雑踏では、左側通行の人が多いのも利き足のせいだろうか。圧倒的に左側通行である。だがわたしはアマノジャクなのか、気づくと右側通行をしている。だから前方から人が押し寄せてくる。多勢に無勢には逆らえず、肩にアザができる前にわたしは左側に避難するのだ。

わたしはアマノジャク・・・と思ったが、道行くスィートなカップルを見て、ふと思った。そうだ!キスをするときは、男性は女性の右側、女性は男性の左側が多いのだ!つまりキスもまた左回りなのだ(それはわたしだけだろうか?)。男が女にかぶさる限り、それは真実だ!とひとり合点した。

 Photo  逆もまた真なり。

キスの左回りを納得しつつ今日は以上です。『お客様行動の謎』では明日以降、以下のような構成を想定しています。右回りになったらごめんなさい。

1.お客様は左回り(本日)
2.奧隅はなぜ心地よいか
3.マーキング行動
4.「いらっしゃいませ」で去っていく
5.顧客行動は共鳴伝導ゆえ?

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2007年8月26日 (日)

ジェーン・バーキン/中年、BUT可愛い(その1)

三度目の来日コンサートとなるジェーン・バーキンJAPAN TOURが発表された。コンサートは2007年11月に東京・大阪・福岡で5回にわたって行われるが、中でもBillboard Live Tokyoコンサートチケットは別格扱いのプライス30,000円である(9月中旬より発売)。

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60歳(1946年12月14日生まれ)の女優歌手、そして近年は映画も監督したジェーン・バーキンさんについて、どんなイメージがあるだろうか。恋多き女、尻軽女(結婚は3度)、エロティックな囁き・・・たしかに昔はそんな曲や映画が多かった。だが80年代以降、40歳前後からそんなイメージを払拭するように、ほんらいの「ジェーン・バーキン」をアピールしてきた。そのメッセージを要約すると「人を愛する」ことへの「自然体」だろうか。

空きッ歯の笑顔がとても可愛いジェーン・バーキンさんを軸に、今日は中年女性の可愛さを考えてみたい。

【勝手にアドバイス Vol.231 ジェーン・バーキン/中年、BUT可愛い(その1) 】
「繊細で感性が豊かな日本のファンの方の前で歌えること、涙を浮かべながら、私の歌を聴いてくれる、日本の全ての女性のために歌えるのは、私の喜びなの。また会えるのが、本当に楽しみです。」 (ジェーン・バーキン)
引用元 http://doraku.asahi.com/entertainment/stagenavi/info/index.html

  070817_1_img_01 素敵。

素直なコメントである。格好いい男性(セルジュ・ゲンスブールら)と結婚し、3人の子供をもち、彼女らはみんなセレブである。自身は愛を生き抜き大人の境地に達して、60歳になって現役でなお若々しく愛らしい。女性が憧れないわけがない。生き方のお手本と言われる由縁である。

2007年6月にはカルティエの「LOVE DAY」記念パーティで来日し、チャリティ活動にも精を出す。

  03  やはり空きっ歯(笑)

【娘たちもセレブ】
三人いる娘たちはカメラマン(ケイト・バリー)、女優(シャーロット・ゲンスブール、ルー・ドワイヨン)という彼女の遺伝子を受け継いでいる。三度の結婚ゆえ、みんなラストネームが異なるのは、「愛におもむくまま奔放に生きてきた」彼女ならでは。しかも三度とも離婚。それもまた女性たちから羨ましいとため息がでる素である。

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 ケイト            シャーロット             ルー

【なぜ中年でも可愛いのか】
ジェーン・バーキンさんは別格としても、40代でも50代でもカワイイ女子が増えている。彼女らをコーセーのキャッチコピー「おとな。BUTかわいい」をもじって「中年、BUT可愛い」女性たちと呼んでみたい。

黒木瞳さん(1960年生まれ)、黒田知永子さん(1961年生まれ)、そして甲田益也子さん(1960年生まれ)、浅田美代子さん(1956年生まれ)らが、中年BUT可愛いの代表格だろう。

彼女たちはなぜかわいらしさを残しているのか。

黒木さんは娘ぽい可愛らしさ。花王グレイスソフィーナ「大人の『可愛い』を、見せてあげよう。」では、可愛さをたっぷり見せてくれている。
黒田さんは『STORY』誌の表紙で活動的でエレガントな可愛さを見せる。
甲田さんはRoC化粧品のモデルをつとめ知的でナチュラルな可愛さを見せる。
浅田さんといえば「釣りバカ日誌」のハマちゃんの妻(みち子)だが、ころころして初々しい可愛さが残る。

皆さんもともと美人ということはあるけれども、40歳になり50歳になり、肌の衰えにはあらがいつつも自然体で受けとめ、人生の甘いも辛いも知りながらも顔に出さず、男の良さも馬鹿さも知りつつも愛することをしたい・・・それが熟女でありながら、どこかにまだ初々しい可愛さを残す秘訣だろうか。

彼女たちのように、いくつなっても可愛さを残したいと思う風潮が中年女性に強まっている

【ナチュラルな笑顔こそ】 
アンチ・エージングは定着した言葉だが、ジェーンバーキンさんを見ていると、「中年、BUT可愛い」のは「ナチュラル・エージング」のようにも思える。口を大きくあけてニッコリ笑うバーキンさんの笑顔が素敵である。整形など身体に不自然なことをすることを嫌っているというのもよくわかる。笑顔に自然体の生き方が表れるのだ。

 070817_1_img_02   Photo_2
 可愛らしい。              井上陽水氏と

可愛いと言われたいのは年には関係ないし、年相応なんてとっくに死語である。団塊の男性にも「年相応に振る舞いなさい」はもはや通じない。男も女も若づくり、Stay youngがテーマなのだ。可愛さとエージングは関係ないのよ、と女性は言いたいだろう。

【勝手にアドバイス】
しかしそうは言っても年が年なのである。20代のカワユイとは違う。「中年、BUT可愛い」とは何で、どこから匂ってくるのだろうか?勝手に10個ほどつぶやいてみよう。

 顔に疲れがない
 笑顔が素敵
 凜としている
 姿勢が良い
 綺麗でいたい労力を惜しまない
 仕草に子供ぽさ、いたずらっぽさがある
 好奇心が旺盛
 前向きなおしゃべり内容
 自分に向き合っている
 つながれていない

この10個のつぶやきは「そんなんじゃないわよ」とトークバックされるかもしれない。ざっと書いただけなのだからお許しを。こう考えよう。年を取れば可愛さも衰えがくるのは間違いない。だが長く維持する人はいる。この10個(10か条?)に修正と議論を加えて、次週に中年女性の可愛らしさを論じたい。

今日は以上です。

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2007年8月25日 (土)

マルマンのスケッチブックに仕事を描く

やはりスケッチブックと言えばこのデザインである。それがすでに発売50年だという。

 3 50周年。

下手の横好きではあるが、わたしはスケッチが好きである。風景画というような高尚なものではなく、見えた景色・手元のモノを ちょいスケするのは好きだ。だから文具店で気がつけばB6サイズのマルマンスケッチブックを購入しておく。ちょいスケをする。日付を入れる。ほっぽっておく。何年もたってぺらぺらめくる。それが結構楽しい。

B6サイズの定価160円の夢。今日はマルマン50周年をテーマに。

【勝手にアドバイス Vol.230 マルマンのスケッチブックに仕事を描く】
マルマンのスケッチブック図案シリーズ1958年スタート。
量産開始から、約50年、誰でもどこでも親しめる製品として愛されています。
これまで50年、これからもずっと。

引用元 http://www.e-maruman.co.jp/index.html

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 アニバーサリーモデルのメモ帳。    こんな切り絵も。

誰でも1度くらいは買ったことがあるのがマルマンのスケッチブック。他にもスケッチブックは数あれど、なぜこの商品がデファクトスタンダードなのかといえば、安くても紙の質が良かったことと、カバーのデザインではないだろうか。

紙の表面にうっすらとある凹凸はスケッチ意欲をかきたてるし、表紙の緑と黄色の幾何学デザインは、遠目でもスケッチブックとわかるので「俺は絵を描く」という自己表現欲求も満たしてくれる。ただし上手ではないわたしには少し重荷である。

【アニバーサリーモデル】
アニバーサリーモデルはB2の大判スケッチブックやA3、B4、A4、B5、B6の多数枚スケッチブック。気になるのはスケッチブックの表紙のノートブックである。中を開くと7mm罫の線があるので、裏切られたようなおもしろさがある。各A4、B5、A5あり。A7のメモ帳、さらに単語帳もある。

 54 ノートブックに惹かれる。

あらためてマルマンのスケッチブック市場を観ると、ほぼ対立商品が見あたらなかった。ノートブックやファイルノートなどは、カバーデザインもサイズも紙質も多様化して、デファクトが無い状況なのに、なぜスケッチブックでは寡占状況なのか。安定市場、絵描きという小規模市場、そんな理由だろうが、スケッチブックといえばマルマン、それが何か?、ということに尽きそうだ。

【スケッチブックで仕事を描く】
スケッチブックは絵を描くだけのモノではなく、仕事にも使える。有名なのはサイバーエージェントの藤田晋社長が、マルマンのスケッチブックに戦略や指示を書き込むという仕事ぶりである。同氏の昔のブログを紹介しよう。

 10000838830  Photo

雑誌「フォーブス」の私の逸品という取材でmarumanの画用紙を紹介したら、marumanの社長からお礼状と記念品が届いた。ご丁寧にありがとうございます。
メモ帳も手帳も持ってないけど、この画用紙はもう100冊以上。愛用してます。
細かいことが苦手だから、ミーティング時にこの画用紙に雑に書いて、どんどん捨てる。
この画用紙から産まれたビジネスモデルや組織戦略は数知れず。
図で書いてると頭が整理されるんだよね。
相手に説明もし易いし。

引用元 http://blog.livedoor.jp/tzone_999/archives/6541395.html

なるほど。わたしはとても社長ほどの絵描きではないが、イタズラ書き派ではある。手書きで考えをまとめることも多い。それの方が早いし、手書きが気持ちがいい誰かと雑談にも向いている

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 わたしの愛用のJordi Labandaのノートから。結構細かい字。

【勝手にアドバイス】
仕事にもスケッチブックという使い方をしている人がいるからこそ、マルマンの50周年記念モデルにはノートブックが加わったのであろう。50周年という記念だけでなく、定番にしてもらいたい。

あるクリエイターさん、マルマンのスケッチブックをお使いのようだ。その人は1冊のスケッチブックをスケッチ、仕事、スケッチ・・・という「職描非分離」で使っているそうだ。イラストあり、仕事あり、イタズラ書きあり、仕事あり、日記の断片あり・・・。

手帳であれば、ちっちゃなバイブルサイズでびっしりもいいのだけど、仕事の夢を描き、それを具体化していくなら、もうちょい大きなスケッチブックもいいのではないだろうか

わたしの愛用のJordi Labandaのノートはそろそろ2冊目になる。1冊ストックを買っているが、マルマンのA4ノートも使ってみたい。スケッチブック兼仕事ノート。これからはスケッチブックに仕事と夢を描こう。絵もうまくなって、いずれは風間完画伯のように細やかな美人画を描きたいと思っている。仕事と美人画、わたしにとってはこの組み合わせは絶妙である。両方がんばろう!今日は以上です。

 197912_b 風間画伯作品。

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2007年8月24日 (金)

ループウイング風力発電キットに学ぶ環境保護

子供たちの夏休みもあと1週間となった。その昔、宿題の工作だけがまだ仕上がらず、あせってウンウンうなったことがあった。かといって工作が嫌いだったからではなく、好きだったからだ。オンリーワンを作ろうと凝ってしまい、なかなか仕上がらずにあと数日・・・そういうパターンだった。

わたしの子供の頃はまだ東急ハンズもなく、工作材料を買うのも一仕事だった。だから田宮模型から発売されている風力発電工作セットを知って、子供たちはなんて恵まれているのだろうと思う。今日は夏休みラスト1週間にささげる、社会的に意義のある工作キットをとりあげたい。

【勝手にアドバイス Vol.229 ループウイング風力発電キットに学ぶ環境保護】
風力発電キット内容は次のとおり。

環境にやさしい新エネルギーの1つとして設置が進められている、風力発電のメカニズムを体験できる組み立て工作キットです。風車は弱い風でも回転しやすいユニークな3次元形状のループウイングを採用。風車に連結された発電用モーターを回して電気を起こし、その電気を風車の上部にセットしたモーター駆動車内のキャパシターにたくわえます。
引用元 http://www.tamiya.com/japan/products/75021loopwing/index.htm

 Top
 
風力発電の仕組みを簡単なプラモデルで体感できるのがこのキットである。風力発電の素であるウイング、発電機、蓄電機と小型モーター部分(ミニカーになっている)から成る。蓄電された状態で、ミニカーを本体から外して走行させれば発電効果が実感できる。

風車には強風と弱風に対応する二種のギヤ比があるなど、風力発電の仕組みをモデルで学ぶにはベストなキットである。工作時間は30分程度で、3,500円で発売中。工作締め切り間近で品切れだったら不運としか言いようがない。あきらめて工作も自家発電でやってほしい。

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【ループウイングという技術】
このキットで特徴的なのが「ループウイング」である。これは風力発電ベンチャー企業ループウイング株式会社が開発した独特な形状の風力発電風車を縮小したものである。この形状のメリットは、空気の渦流が少なく騒音が小さい、低い回転速度でも(風があまり吹いていない日でも)発電できる、小型軽量なので用途が広いなどとしている。

クリーンなエネルギーとして世界的に期待されている風力発電は年間25%のペースで増えていますが、同時に敷地面積や景観などの問題から大型の風力発電機を設置できないため、風況が良くても風のエネルギーを得られないケースも増えてきています。
引用元 http://www.loopwing.co.jp/jp/04profile/aisatsu.html

こうした欠点を解消した技術が、2006年にGOOD DESIGN賞の新領域デザイン部門を受賞した、このベンチャー企業のユニークな風車形状である。

  Loopw_a05s 01case_miz1 時計塔。  

風力発電と言えば、あのびゅんびゅん回るプロペラが山間にあるのは良く見る光景である。だがこの形状のおかげで、時計塔や街路灯に設置できるほど小さく、安全に設置ができるようになった。街角の風力発電とはしゃれているし、自宅用の工作キットとして玄関灯があればおもしろい

【環境意識を深めるために】
同社社長の吉田穰氏はHPにこう書いている。

私が高校生の頃はふるさとの野山に1~2mの積雪がありましたが、今では0~0.3mになってしまっています。身近に起きている異変は誰もが感じているのではないでしょうか。
引用元 http://www.loopwing.co.jp/jp/04profile/aisatsu.html

同社が田宮模型とタイアップしてこのキットを作ったのは、「ループウイング」の知名度向上もあるかもしれないが、それよりも子供たちの世代から環境への意識を高めたいからだろう今年の猛暑を思うと、日本は、いや地球は、ほんとうにヤバいと思う

【夏休みの自由工作への勝手にアドバイス】
だから子供たちには、工作と同時に社会的なことも勉強してもらおう。先日の中越沖地震による影響を受けた発電所の安全対策も生々しいニュース。このキットを応用して工作だけでなく、風力発電や水力・火力・原子力発電の社会的な意義や現在の発電量、そのメリットやデメリットをリポートすれば、銀賞ぐらいはとれるはずだ

【ループウイングさんへの勝手なアドバイス】
子供たちのこうした勉強を支援するため、キットを販売するだけでなく、自社HP上で、子供にもわかりやすくエネルギーの事実やデータ」を提供するのもいいと思う。たいへんかもしれませんが、できればブログ形式で、子供たちの工作やリポートの質問に答えるなんてことができれると、子供たちにも先生にも印象が良いと思います。自治体さんなどにもPRがするかもしれません。

【わたしの夢キット】
わたしが欲しいキットがひとつある。それは「芝生づくり」のキット。それも普通の芝生ではなく、サッカー場の芝生を学ぶものである。

国立競技場のようなプロフェッショナルゲームをするグラウンドでは、一年中芝を枯らさないために、地中に導水管を持ち、幾層にも分かれた地層と表層、そして春夏秋冬で異なる芝草を植えるという。国立競技場の芝づくりにはものすごい苦労談があることを読んだことがある。
苦労談はこちら http://www.naash.go.jp/kokuritu/sibafu/index.html

100年構想で校庭を芝生にしよう!という運動をJリーグがしている。たとえば畳一畳サイズでもいいので、芝作りの実際を学べるキットがあれば、芝生キーパーという緑づくりの職業への興味を持つ子供も増えるかもしれない。わたしの秘めた夢への一歩でもある。今日は以上です。

 Profilepitcheimg Mr.ピッチ=Jリーグの芝生化マスコット。

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2007年8月23日 (木)

Googleのyoutube新広告でyoumediaの時代へ

2007年8月21日にGoogleが発表した新広告フォーマットは、昨年買収したyoutube動画にフラッシュ・アニメーションで透かしを入れるというものである。この広告フォーマット、すでに22日から開始されたという(いくつかチェックしてもまだ当たらない)。

Googleによるyoutubeの買収には1900億円が投じられ、その金額の大きさに疑問符も付ける人もいた。だが毎日1億人以上が利用する動画媒体というメディアが他にあるだろうか?使い方によっては途方もない収益がGoogleに、そのおこぼれが「世界のみんなに」生まれる可能性がある。

 Hdr_blog_topper_875x117_2  
 You Drive the YouTube Experience

まだほかほかのニュースなので、的外れもご容赦いただきつつ、勝手に書いてみたい。

【勝手にアドバイス Vol.228 Googleのyoutube新広告でyoumediaの時代へ】
まずその概要説明を引用する。
Flashアニメーションで作られたYouTubeのミニコマーシャルは、ビデオの下の方に透けるように表示され、10秒間で消える。広告が表示されると、ユーザーはこれをクリックし、再生中の動画を一時停止することができる。その後ユーザーは「プレーヤー内プレーヤー」に誘導され、広告主のコンテンツに接することができる仕組みだ。広告の外部をクリックすれば、ビデオ再生がまた始まる。
引用元  http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20354891,00.htm

動画を見だしてから15秒後に広告が表れ、広告は10秒間続き消える。Googleではさまざまなテストを繰り返して、その秒数を決めたとされる。TVのスポットよりも短い10秒広告というフォーマットは、ネットでは視聴者の許容値が、TVより小さいということであろう。

ちなみにわたしは日経のブロードバンドニュースは見ない。なぜなら見たいニュースビデオ30秒のために、同じくらい長い広告を延々と見せられるのが実に苦痛だからだ。いらいらしてその広告主の印象はいつも悪くなる。だからもう日経BBはやめた。Googleが取り組んできたのは、そのイライラをさせない広告手法なのである。
参考 http://www.youtube.com/blog?entry=rQpNsTzbgqM

【フラッシュアニメ】
その解が動画内のフラッシュ・アニメーションである。Googleによれば10秒のフラッシュ広告への許容度は高く、しかも同じ動画の2度目の試聴には広告が表示されない工夫もある。事前のテストでは、フラッシュ広告を見た人の内75%までが、広告をクリックした後も元の動画を試聴しているという。つまり動画で広告を観れば両方見る人がほとんどということだ。

 Google

これは実に示唆に富むポイントであり、動画の内容と広告の内容に密接な関係が築ければ、従来にない広告とクリップの一体感がつくられるということである。広告は広告、クリップはクリップという垣根がぐっと低くなることは間違いない。

【検索サイトの広告と動画サイトの広告の違い】
従来のアドワーズ広告では、検索キーワードに関連する広告が右手に掲示される。わたしはクリックしたことは何度もあるが、正直いってあまりぴったりするサイトにであったためしはない。それはなぜだろうかと考えた。

検索は必ずしも商品を探すだけではない。Googleを使うわたしの目的のほとんどは「記事など情報を探すこと」「質問を投げかけること」「人を探すこと」「言葉を探すこと」など、幅広く探すことが目的である。探すという行為と広告は必ずしも親和性が高いとは言えない。論文を探しているのに商品サイトの紹介が出てきたらかえってイライラする。

広告と検索はマッチしなくはないが、或る点で親和性は高くない。それが検索クリック広告の限界である。一方youtubeの動画サイトは、そもそも「楽しむ」ためにある。試聴時間帯は仕事後でリラックスタイム。検索でカリカリしていない。たとえばDixie Chicksのビデオを観ていて、そこにChicksのグッズやチケット広告があれば迷わずクリックする。youtubeと広告は検索サイトと広告よりもペアリングが良い。

 C_logo_no_text   Dvd02
                 下の文字が広告って感じで。

【フラッシュ広告はかんたんに作れる】
 GoogleのSeth氏は、広告主らがFlashコンテンツの製作に向け準備万端であることに驚いたという。テスト期間中に協力を得たおよそ20社の企業の大半は、すでにFlash開発の経験のあるスタッフを揃えていた。「まだモデルが確立していないにも関わらず、広告主らはこの広告フォーマットにうまくなじんでいた」
引用元 同

フラッシュならではの良さは、すぐに作り替えることができる点である。広告主自体が社内で作り直しができるのであれば、印刷会社は不要である。もっともたった10秒のフォーマットでクリックしてもらうためには、プロとしての表現力も必要である。さらにその先の動画の需要も増加する。ウェブデザイナーには新たな収益源となるし、アニメ関連の専門学校生の新アルバイトにもなる。

【何よりも「みんなの収益」が生まれる】
youtubeが実現したことは「自己表現を地球上に公開できる」という革命であった。

Googleの新広告フォーマットは「自己表現で収入をもたらせる」という革命になりそうだ。わたしはそれをyoumediaの時代と呼びたい。

PV(ページビューだが動画ならAV=アニメ・ビューと言うのか?)数が増えれば増えるほど、広告主からの分配がある。多くのクリックを集めればその投稿者には多くの収入が入る。話題になれば何百ドル、何千ドルも夢ではない。

【勝手にアドバイス】
どこからでも参加ができるのがウェブの革命である。ホームページもメルマガもブログも動画投稿もそうだった。動画+広告もまた付加価値革命である。

オモシロい動画を作って投稿すれば広告収入が得られるかもしれない。気の利いたフラッシュ動画をつくる技術を持てば新広告表現が作れるかもしれない。動画とマッチした広告なら、他の広告メディアより気分良く広告を見ることもできる。可能性がまた広がった。今日は以上です。

Googleの新機能=天体が見えるサービス。これも凄い。

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2007年8月22日 (水)

オフサイド・ガールズの力

これはおもしろそう!と一も二もなく思った映画が『オフサイド・ガールズ』。2007年9月1日封切りのイラン映画である。

オフサイドというくらいだからサッカーがテーマの映画だが、ばりばりの汗くさい蹴球映画でもなければ、少林寺のような飛びサッカーでもない。サッカーを観たくて観れない女の子たちの映画なのだ。だがなぜサッカーが観れないのだろうか?

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今日(2007年8月22日)は日本代表、オリンピック予選、そしてU-17のトリプルでサッカー国際試合の日である。サッカーに捧げるブログに。

【勝手にアドバイス Vol.227 オフサイド・ガールズの力】
『オフサイド・ガールズ』とは「女の子だって、スタジアム観戦したい!」という映画。
イランで、サッカーは国民的なスポーツ。男性のみならず女性もみんなサッカーが大好き。けれど、女性がスタジアムで男性のスポーツを観戦することは法律で禁止されている。女性は専用のスタジアムで、女子サッカーしか観戦ができないのだ。 
引用元 http://www.cinematopics.com/cinema/present/premora.php?number=907

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そこで少女たちが考えた策は、「男装すること」だった。「競技場に入るには男装して潜り込むしかない」と考え、男になった。ところが普通の男装では入れないし、トイレはどするのか・・・。映画のストーリーの骨子はこんな単純なものだが、10分にひとつハプニングが設定されているという。プロットはとてもワクワクさせる。観たいのに観れない、くやしい気持ちわかります。

同僚のサッカーお嬢のMKさんは、2007年8月7日の横浜マリノスVSバルセロナを観戦し、生アンリを観たと微笑んでいた。日本では女性だってたくさんスタジアムに駆けつけるのに、イランではそれが法律で許されない。こんな差別が現代にあるとは不思議である。これではディビット・ベッカムはイランに遠征はできない。

【7人目がいない!】
映画を撮ったジャファル・パナヒ監督は、映画のプロモーションで先頃来日し、東京外語大での特別講義で、映画の着想をこう話している。

「この試合(前回のワールドカップ予選の日本VSイラン)では、10万人収容のスタジアムに12万人は入っていました。軍隊も出動し、出口に集まった人々が将棋倒しになって、7人が亡くなったのです。6人の名前や写真が発表されたのですが、7人目の情報が出てこなくて、7人目は女性なのではないかという噂が流れました」
http://offside.jugem.jp/

  Interview_r1_c1 ジャファル・パナヒ監督。   

このとき試合に出場していた中田英寿氏は「スタジアムが10万人の男性で埋め尽くされていて、叫び声を上げて応援している」という迫力と違和感をコメントした。だが実は男装をして観戦する女性は何人もいると言われているので、男装の女性もいたのだ。

そのイランでも、1998年のフランス大会の最終予選は別だった。このオーストラリアとのプレーオフの試合でイランはワールドカップ初出場となった。このときばかりは世論に押されたのか、競技場に5,000人だけ女性が認められたそうだ。ジャーナリストも「女性が入場できないのはおかしい」と主張する人もいたそうだが、未だに法改正には至らない。イランには女性のスポーツ・ジャーナリストはいないのだろうか?

【ドキュメンタリータッチ】
この映画の配役はすべて素人であり、そして舞台も実際に試合をしている競技場で生ロケを敢行。少女たち素人役者には「役名」がないという。それはお互いに名前を呼び合う場面は、友人同士ではないから不自然という理由。監督はこう話す。

映画にフィクションとドキュメンタリーの曖昧さを出したいと考えています。ドキュメンタリー的な手法を使うことで、観客にリアルな出来事が起こっているのだと感じさせたいのです。
引用元 http://www.espace-sarou.co.jp/offside/main/director.htm

監督はイランの政治や旧弊さがテーマの映画ではない、と言っているが、氏の最近の作品は政治的なメッセージがあるとされてイラン国内では上映されていない。だからドキュメンタリータッチで撮った理由は、イランの政治や法律の現実を訴え、変えたいからでもある

そういう理不尽さをポリティカルに訴えるのではなく、少女たちが知恵を出し合って試合に潜り込もうという微笑ましさで表現するところに、監督の才気を感じた。

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【勝手にアドバイス】
理不尽に禁止されていることを破る力は人類固有の力である。たとえそれが何年も何十年も抑圧されていたとしても、いつしかベルリンの壁が崩壊するがごとく、理不尽さは打ち砕かれる。そういう視点で観ることもできる映画だろう。

さて平和な日本でも平和への力を込めてサッカーを観よう。今日は以上です。

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2007年8月21日 (火)

クリスピー・クリーム・ドーナツの戦術

新宿店のオープンは2006年12月15日だから、およそ8ヶ月が経過している。マーケティング屋には面目ないことに、つい先日、2007年8月16日にクリスピー・クリーム・ドーナツを初体験した。

当日もまた酷暑で、そのせいかお盆休みなのに行列は行列というほどのものではなかった。並び初めてからカウンターで購入までの所要時間は、幸運にも30分弱だった。サザンテラスのソバの会社に勤めるミクトモのAさんに電話して、「降りてこない」と呼ぼうと思ったが、行列がずんずん前に進むので、その時間もなかったくらいだ。

行列は短くともさすがはクリスピー・クリーム・ドーナツ焼きたては美味でした。そのマーケティング・タクティクス(戦術)には素晴らしい一貫性があった。今日は珍しく甘味をテーマに。

【勝手にアドバイス Vol.226 クリスピー・クリーム・ドーナツの戦術】
ひとりでは何なので、Cherryさんと一緒に新宿サザンテラスへ。高島屋の側から陸橋をわたろうとすると、ほんらいそこにあるはずの行列がそこには無かった。まるで登るべき山がないみたいに行列が無いのだ

こう聞かれたとしよう。「あなたはなぜドーナツを食べるのですか?」
それにはこう答えよう。「それは、そこに行列があるからだ」

だがほんらいのクリスピー・クリームのタクティクスその1は、行列をつくる前提で店舗立地や店内設計がなされている点だ。これは間違いない。米国を始め海外の多くの店がアウトド アに面していることがその証拠である。行列づくりこそが同店のドーナッツ・シアターづくりの原点なのだ。

  240pxkrispy_kreme_07_2  こんな感じで空いていた。 

【焼きたて印】
行列のないサザンテラスの陸橋をそろりと渡ってゆくと、店舗の背中が大きく見えてくる。そこにはあの「HOT NOW」印が見えてくる。お、点灯しているぞ!今できたてだよ、のサインだ。

    Home_img1_krispy クリックするとチカチカします。

もちろん日中は、ほぼフル稼働でドーナツを揚げ、甘いシロップをジャブジャブさせているだろうから、HOTサインは点灯しっぱなしだろう。だが「できたてですよ!」という文句には誰しも弱いものだ。ワクワクしてしまう。タクティクスその2は「焼きたて印」もメッセージなこと。

【試食・飲料・メニュー説明】
並ぶと、ほどなく行列さばきのロジックが見えてきた。それは3つのもてなし策がセットなっていた。

①行列の整理をしつつ、焼きたてでホカホカの「オリジナル・グレーズド」がタダで配られる。行列御礼?の試食である。文句なしに旨い。
②小さなカップで水も配られる。夏にはありがたいし、年寄りはドーナツで窒息しかねないし。良く気づくサービスである。
③行列が店頭に近づくと、「この先、行列は二つに分かれます!」と説明がある。すなわち「オリジナル・グレーズド12個入り」を買うか、他の詰め合わせないし店内で食べるかの列である。恐らくクリスピー・ビギナーの8割以上は「オリジナル12個」に流れるはずだ。そこまでガイドを入れて、列をさばくのである。やるなあ。タクティクスその3は行列さばき

こうした誘導があって、さらに販売実績から算出した予測値を入れて、オリジナル・グレーズド他のドーナツを統計的に焼いているはずである。だが客単価1000円以上が平均のドーナツ屋なんて他に存在するだろうか?タクティクスその4は@1500円(推定)という客単価である。客単価からして試食1個はとても安い販促費なのである。

【製造工程を見せる】
ガラスの向こうにはドーナツ工場がある。アンパンマンの製造工程ではないが、揚げたてのドーナツがローラーコンベアに載せられて白い蜜を掛けられるのを見ると、おいおい、どうしてこんなに不健康なモノを並んで食べなきゃならないのか?とつぶやきたくなる。

だが焼きたてという価値には抗えない。セントラルキッチン方式のミスタードーナッツでは、焼きたてというわけにはゆかない。タクティクスその5は「見える化」による最終購買地点での購買意欲の増進である。あんなに美味しそうなら、もうひとパック買おうかしら。そう思わせるテクである。

 2007_01060018 2007_01060025 オイリースィート。
 http://portal.nifty.com/2007/01/08/c/

【パッケージングもまたHOT】
12個入りオリジナル・グレーズドを購入したCherryさんとわたしは、仲良く(と言うとセクハラ?)6個ずつにしてもらうパッケージをもらった。12個入りのパッケージも、6個入りのものも、ちょうど宅配ピッツァのように平たいのである。積み重ねはできない。

これは焼きたてを入れるので、ドーナツをタテに入れることができないからだミスタードーナッツで は四角い箱でしょう。ドーナツが吊り輪のように平行にならぶ。それができない容器、というところもまた焼きたての演出なのである。タクティクス6は容器

  A0032384_15454782 薄ぺったい。  

【お持ち帰り主体という効率化の秘訣】
これだけ並ぶのだから、同店の2階のイートインコーナーは混んでいるはずだ。だからほとんどのお客さんは買ったら帰るのである。ましてひとつ、試食ずみだから、なかなかもうひとつ食べようという気にならないのだ。

試食を食べて、12個買ったらお帰りはこちら」 クリスピー・ドーナツの秘訣はここにあるのではないだろうか。。タクティクスその7は販売効率化の極みともいえる「ドーナツ行列シアターの完成」である。感服した。

【たくさん買わせる工夫】
オマケはドーナツ大国の米国での模様。結婚式でのドーナツケーキ(!)。

 American0502 

山 高きが故に尊からず」とういうでしょう。アメリカ文化に盲従してはならないという教訓がここにある。

【勝手にアドバイス】
もしも同店の死角があるとすれば、それはこの強みであるマーケティング・タクティクスに根ざしている。行列を前提とする高価な店舗立地と多額の店舗設備投資、そして販売運営システムである。

直営にせよFCにせよ(米国ではFC店がらみの不正会計で経営陣が総退陣した)、これだけの大量販売を実現できる店舗立地は日本には多くないアメリカ人ほど大量にドーナツを食べる習慣がない。地方都市で果たして成立するだろうか。問題は1店舗あたりの人口を何十万想定するかだ。

行列を前提とする設備と店舗システムなのであるから、行列の出来る確率の低い立地には出店しずらい。店舗網全体の評判を下げてしまう。わたしのGuessだが、日本で未だに1店舗しか出店していないのは、話題づくりもあるだろうが、タクティクスを貫徹できる立地/物件を手当できていないからではないだろうか。今日は以上です。

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2007年8月20日 (月)

真のナポリピッツァ方式

今日は隔週でお届けしているぷろこんエッセイからの転載です。
 ご購読頂ける方はこちらから まぐまぐ  めろんぱん

真のナポリピッツァ方式

真のナポリピッツァ協会という団体がある。団体といっても業界団体という
より、伝統的なナポリ製法による正真正銘のナポリピッツァを出す店を認定
する協会である。1984年にイタリアのナポリでAssociazione Verace Pizza
Napoletanaが結成された。Veraceの形容詞Veraciはオリジナル、亜流では
ないという意味である。

ピッツァ職人家系に生まれ、ピッツァ作り一筋のAntonio Paceさん(現会長)が
代々ピッツァ職人の家系に育った職人や、ナポリで有名なピッツェリア関係者
20名とともに1984年7月に創立した。ねらいはナポリピッツァの伝統技術を再
評価し、その伝統が世代交代で変化していくことを防ぐ。そしてナポリピッツァ
について緻密な基準づくりをし、厳しくそれを守る。

Antonio Paceさんはこう語る。「誰と戦うためにやってるわけじゃない。伝統の
技を伝承したいだけだ。だけれど宅配ピッツァや冷凍ピッツァといったインス
タントなピッツァには反対だね。あれはVeraciでも何でもない」

戦争は下手だが料理は得意というイタリア人魂というべきだろうか。最初は
20名10軒程度のグループが今ではアメリカ、カナダ、英国、オーストリア、
スペイン、ドイツ、ギリシャなど世界11ヶ国、約160店舗にまで拡がり、日本
では23店舗(2007年8月現在)が登録している。

    Logbianco 協会のlogo

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

真のナポリピッツァ協会加入の条件は厳しい。主なもので6か条がある。

①生地に使用する材料は、小麦粉、水、酵母、塩の4つのみ
②生地は手だけを使って延ばす

ピッツァのレシピの秘訣は生地とその延ばしにある。10~12時間を要して
膨らませ、棒を使わず手で延ばし、コルニチョーネ(Cornicione 額縁)を
作る。額縁が具やモッツァレラチーズ、トマトソースの流出を食い止める。

③窯の床面にて直焼きする
④窯の燃料は薪もしくは木くずとする

専用の窯を持ち、ガスも電気も使ってはならない。薪か木くず(樫やオリーブ
の木)を使わねばならない。温度調節の技術をもたねばならない。

⑤仕上がりはふっくらとして、「額縁」がある
⑥上にのせる材料にもこだわる

コルニチョーネがでこぼこしてところどころに焦げ目がつくのが良いとされる。
ピッツァを焼くときに上からふりかけるだけが許されるオイルは、オリーブオイ
ル。トマトはサンマルツァーノ種、バジリコの葉をのせる。これで赤(トマト)、
白(生地)、緑(バジリコ)の色づかいが完成する。

協会加入条件は設備、材料、製法、焼き方、さらに商品化にまで細かく及ぶ。
真のナポリピッツァ協会に加入できるお店になるには、まず「必要条件」を満た
すことだ。それは店舗投資すれば何とかなる。だがまだ「十分条件」がある。
ナポリピッツァの伝統を伝承をするという意志、ピッツァの味を継続させるには
仕入れ・調理・給仕までの運営、そしてたゆまない技術教育が必要となる。
これは実に高いハードルである。

 Tky200706040209  Sign
 日本支部          加入店のひとつ

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

2007年も半分以上過ぎたが、2007年問題が解決しているわけではない。

それは技術やノウハウの伝承、いわゆるナレッジマネジメントの問題である。
2007年以降、団塊世代が定年退職し、その知恵が流出してしまうという懸念が
それある。すでに手を打ったと胸を張る企業もあれば、何の対策も取らずに
いる企業もある。2000年頃からいくつかのプロジェクトでナレッジ関連の案件
に首を突っ込んだわたしのナレッジ伝承に関する率直な感想は、「かなり
ハードルが高い
」というものである。

教え手となるベテラン世代の説明力やコーチ力の不足だけでなく、彼らは
プレイヤ兼中間管理職として教える時間が捻出できない。さらに教わる側の
問題が大きい。バブルの頃の採用肥大時代の社員は「上昇志向」という意志
が決定的に不足しているし、2000年前後のリストラを経て、「教える相手」、
すなわち中堅社員が極端に減った。今どきは好況で採用肥大である。
社員構成は極端な「ひょうたん型」になり、ベテランは去り、教え手は細り、
教わり手はアマチュアである。だからナレッジもモラルも伝承せず、不祥事
や技術劣化が収まらない。

現場は途方に暮れている。そこでヒントになるのが、ナレッジの伝承には
「真のナポリピッツァ方式」が効く、である。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

真のナポリピッツァでは設備、材料、製法、焼き方、運営という条件、そして
協会が厳密に認定する仕組みがある。伝統を守るプロセス、手順が明確である。
それは会員が守りたいものが明確であり、それがお客さまが美味しいと認める
やり方であると信じているからである。

真のナポリピッツァ方式は事業のナレッジにもあてはめることができる。

 窯設備 → オフィスや現場設備
 生地材料 → データ
 生地製法 → ノウハウ
 火加減 → マネジメント
 運営 → 仕入れ、営業、販売

ナレッジの蓄積・伝承・活用の活動は、なぜ下火になるのだろうか?

その理由の大きなものは部門最適の活動に陥り、顧客視点が欠けるから
である。伝承すべきナレッジが、「美味しさ」言い換えればお客さま視点で
首尾一貫していない。

技術は技術、販売は販売、管理は管理というようにバラバラな情報共有
しても、伝承すべき全体像も目的も見えない。起点が売り手視点に過ぎる
ので、いつしかボロが出る。下火になる。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

守り伝承すべきは、お客さまの喜ぶ商品づくりの一貫したプロセスである。

理想的なナレッジ共有手法は、部門でもなければ業務プロセスでもない、
同質の目標をもつ部門横断の小集団をつくり、その中で実施すべきもの
である。なぜなら設備から仕入れ、材料加工、製法、そしてお客さままで
首尾一貫するものが、企業のナレッジすなわちコアコンピタンスだからだ。

「全社でナレッジ共有をしよう」。それは正論だが、異業種や新技術の出現
により、競争条件がうつろいやすい現代では通用しない。むしろ小集団を
増殖させて、時代の変化に合わせて、合併や分裂させる。そうすれば、
変化に強い事業体がつくられる。

当初、真のナポリピッツァ協会に集まったナポリピッツァ職人たちは、高級店
もあればテイクアウトもある異質な人々だった。だが異質な人の集団でも
同質の目標(伝統あるナポリピッツァの伝承)で結束した。伝承すべき技術
を持つ者だけに絞り、さらに上を目指すために各店舗は独自のレシピで
競争する。このぐらい排他的でなければ、ナレッジの伝承なぞできないと
腹をくくるべきだろう。

   Tky200706040198 トリコロール。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

下火になりがちな情報共有を活性化させるヒントも、ナポリピッツァ方式に
ある。それは「食べる側も伝統を守る」。

良いチーズは額縁の中で泳ぐ」ので「熱々で泳ぐうちに食べる」。ゆえに
ピッツァは「シェアせずに」「脇目もふらず真剣に食べる」。それがNeapolitan
(ナポリ人)の信条である。

冷えたナレッジは食べられない。Veraciな(真の)ナレッジを伝承し、マナー
を守って活用することを忘れてはならない。

参考&引用元 http://www.pizzanapoletana.org/
同 http://www.asahi.com/komimi/TKY200706040310.html
同 http://www.partenope.jp/vera_pizza/vera_pizza.htm
同 http://www.nisshin.com/life/italian/pizza/

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2007年8月19日 (日)

自分探しのマグカップ

今日は日曜日。だが先週は酷暑だったし、1週間ぶりの出勤で休暇ボケの人も多い。相場の急落で痛手を被った人もいる。だから日曜日でもゆったりできず、「あぁ明日は月曜日!」とブルーな人もあんがい多いかもしれない。

だが月曜日に嫌なことばかりあるとは限らない。新しいステップを踏みだそう!そう思うのも日曜から月曜にかけて。そんな気持ちを新たかにするグッズは何だろうか・・・と考えて、それは「マグカップ」だ!と思った。

お気に入りのマグカップを使うだけで、やる気や落ち着きを取り戻せる。カップを使わずエコにもなる。今日は気になるマグカップとMy Boomのチョイスを紹介したい。

【勝手にアドバイス Vol.226 勇気と癒しのマグカップ】
1つ目はちとふざけも入っている「挫折禁止マグカップ」。

この混迷する時代の最中、人々の心の支えとなる力強い言葉が不可欠です。そんな事をふまえ、「史上最強のエール」を目指して登場したのが、この「挫折禁止」です。
引用元 http://www7.big.or.jp/~katsurao/zakin/
 
   Zaki  

おいマジかよ!と笑える商品で気に入った。発売元は げんれい工房という、「挫折禁止」スローガンがコアコンピタンスの会社のようである。同社の会社情報にこうある。『「挫折禁止」は前世紀末に当工房の投稿ネタから制作された標識で、意匠・商標登録しています。類似画像やパクリ品やらが沢山ありますが、ネタ元は当工房です』。

   Zasetsuphoto08

秋葉原ラジオ会館内の海洋堂ホビーロビー東京で購入できる。税込み840円で挫折を回避しよう。仮に回避できなくても、@840円だから責めることはやめよう。
海洋堂 http://hltitakucorner.blog66.fc2.com/blog-entry-122.html#more

【ククサ・マグカップ】
2つ目はフィンランドのラップランド地方の伝統的なマグカップでKUKSA(ククサ)と呼ばれる白樺の瘤(こぶ)から削って作られる。とても味わいがあるカップ。

  Kuk

フィンランドでは出産祝いに親から子などに送られる品。中に入れるものが最初は離乳食やミルク、それがソフトドリンクに代わり、やがてコーヒーや紅茶やお酒になるまで使われる、つまり末長く頑張ろうといういわれのあるマグカップである。マグカップと共に成長する。いいじゃないですか。

  Kuksat02w Kuska05 

KUKSAは表面コーティングされていない容器です。お手入れは、ガーゼにくるみの実を包んで砕き、その油で磨きます。普段はぬるま湯でサッとゆすぐ程度でOKです。
引用元 http://www.jackbox.biz/zakka/kuksa.html

フィンランドというとわたしが米国時代に駐在していたときの同僚Stanを思い出す。フィンランド系アメリカ人のStanは、こよなくワッカ(ウォッカをこう発音していた)を愛した。典型的なアメリカ人体形(胴が太く足が細い)の彼に、このカップは似合わない。KUKSAにワッカは、寒い地で、締まった体形の人にこそ似合いそう。

手作りなので同じモノは2つとない。サイズは取っ手2つ穴タイプで、高さ約5.5cm、直径約6.5cm、容量約120cc。4,000円前後から。

【Dean & Deluca ベニントン
3つ目はニューヨークはDean & Delucaのマグカップ「ベニントン」。

   81010019 Cup1_2 

All aboutのライターの江沢香織さんはこう書いている。
家に帰って実際に使ってみると、思った以上に使い勝手が良かった。一番良いことは、口がすぼまっているので、熱いものが冷めにくい、ということ。ホカホカといつまでも温かく飲み物が楽しめるのは嬉しい。(中略) シンプルな白地に、さりげない手書き風の文字で、Dean & Delucaとだけ書いてある。この素っ気ない感じ、ちょっと文字にムラがあるのがよいと思う。
引用元 http://allabout.co.jp/living/zakka/closeup/CU20050113A/ 

この落ち着いたデザイン。ちょいメタボリックなシルエットが微笑ましい。まだ見ぬニューヨークの街角のカフェに座る気分が味わえそう。日本のDean & Delucaショップでも販売中。2,625 円。

【My Boom & 勝手にアドバイス】
最近わたしが迷わず購入したのは「マリメッコUNIKKO(ウニッコ)柄のである。マウスとおそろい。こういうペアグッズを会社で使う中年男は少ないが、もはやわたしに恥も迷いもない(笑)。

   Mugcup01      
 http://item.rakuten.co.jp/n-oasis/0092/ で販売中。@2100円。以前買ったマリメッコのErja Hirviのマグカップ=家で使用中。どちらもNoasisさんで購入

人は年をふるごとに「羽目板」が一枚ずつ外れてゆく。いや自ら外していくのだ。羽目を外すにとどまらず、自分の素地を暴露せざるをえないのが40代以降である。板を外して、そこに見える自分は、本来の自分だろうか?自分はこれまで、なりたいもの・したいことを羽目板で隠していたのだろうか?板を外すと何が変わるのだろうか?

このブログをテコに羽目板を外しつつあるわたしは、見えてきた自分の素地が、この赤いUNIKKO柄のように赤くて大胆で、子供ぽい心理なのに気づいている。それも受けとめるしかない。

   Img10022189215 赤いUNIKKO。  

たかがマグカップ、されどマグカップ。癒され勇気の素となり、自分探しの手元グッズ。それはモノへのこだわりというより、「そうだ!わたしは自分のこだわりにこだわらきゃいけなかったんだ!」ということを思い出させてくれる。4000円以下で、座りながら自分を取り戻せるなら安いものである。今日は以上です。

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2007年8月18日 (土)

俳句脳を鍛える

前に俳人大高翔さんのことを取り上げたエッセイを書いた。大高さんは若手(1977年生まれ)女流俳人第一人者で、句作のかたわら俳句を広める活動も広くされている。ちょうど今日2007年8月18日から明日まで松山市で「第10回俳句甲子園」が開催されている。大高さんはその審査員もつとめる。

  C_01_2  大高翔さん。

なぜ俳句が松山なのかと言えば、正岡子規高浜虚子中村草田男ら俳人を輩出したのが松山市であり、なぜ甲子園かといえば、正岡子規が熱心な野球ファンでベースボールから「野球」という用語を広め、「バッター」を打者、「ランナー」を走者、「ショート」を遊撃手といった訳語をつくったからとされる。

10回を迎える持続力も立派であるが、地域振興の事業資源として「俳句」を活かすのには渋さを感じる。40度を越える野球の甲子園も大詰めだが、俳句甲子園を振り出しに俳句をテーマにしたい。

【勝手にアドバイス Vol.224 俳句脳を鍛える】
俳句甲子園とはどんな催しだろうか。

 Head1_3  第10回俳句甲子園

年に1度愛媛県松山市で開催される、全国の5人1組の高校生たちによる俳句の競技会です。自分たちで俳句を作って、聴衆の前でその俳句の鑑賞を互いに議論しあう、 オープン形式の俳句の競技大会です。
引用元 http://www.haikukoushien.com/how/how_gaiyou.html

作句をし合い、それを元に「創作ポイント(俳句の出来を審査員が採点)」と「鑑賞ポイント(対戦において交わす質疑・応答・解釈内容を審査員が採点)」で勝ち負けを決めてゆくものである。全国大会は地方大会を勝ち抜いてきたチームと作句の推薦チーム、合計36チームで争い、3句ないし5句の作句で対戦する。熟考あり、即興あり、ディベートありの難度の高い大会である。

昨年優勝は熊本信愛女学院、優秀句は宇和島東の『宛先はゑのころぐさが知つてをる』だった。

【素直な心で詠む】
どんな句が点数が高いのか?甲子園運営者のウエブサイトにはこうある。

「点数をとる創作のポイントは?これに関して明解な答えはありません。やはりみなさんが自分の感性に素直に作ることに尽きると思います。(中略)10代であるあなたたちの日常の世界観、将来へのあこがれ、不安、過去への回想などを17文字に凝縮して下さい」

句会には選句というプロセスがあり、作者名を伏せた句を短冊に清記(せいき=筆跡がわからないように書き直す)したものから、句会の参加者が随意に選ぶ。たいていは真似や入れ知恵作品はそこでバレるという。まして俳句甲子園は高校生の大会なのだから、感性に素直であるのがポイント。

【俳句は脳の血流量を増やす】
松山市では、俳句甲子園というイベントだけでなく、俳句の魅力を広めるためにビジネス上の取り組みもしている。それが「俳句と脳の研究会」である。

俳句を詠むと、脳の「司令塔」と呼ばれる前頭前野が刺激され、強く活性化することが松山市の研究グループの実験でわかった。認知症の予防や改善に効果があるといわれる四則計算などの「脳トレーニング」より、脳の血流量が増したという。
引用元 http://www.asahi.com/culture/update/0609/OSK200706090036.html

この報道にあるように、同研究会では脳トレブームを起こした川島隆太氏(東北大学教授)と共に、プロの俳人や句作の初心者を対象に、俳句の何が右脳・左脳の血流を変化させるかを調べた。四則計算、普通の文章読み、俳句読み、作句をするケースの脳力比較を行ったところ、作句が図抜けて脳の血流を増加させることがわかったという

研究会の沖田氏は「(正岡)子規が晩年、病気になっても、頭がはっきりしていたのもうなずける」と話す。(引用元 同上)

【俳句脳の開発に補助金】
さらに松山市では俳句脳の開発に補助金も付けている。システム開発会社ユイ・システム工房の事業開発テーマ「俳句による脳機能促進・改善のためのシステム創出と商品化」を2006年度e-ビジネスモデル創出支援事業に認定した。

事業内容は「俳句の効用を脳科学測定するための産学共同研究の実施」「脳に効く俳句システムの開発・検証」「脳に効く俳句アプリケーションの制作」となっている。川島先生も一枚噛んでいるようなので、DSで俳句脳トレソフト開発をするのであろうか
参考 http://www.city.matsuyama.ehime.jp/houdou/houdou.cgi?action=2&kind=2&kid=2445

【勝手にアドバイス】
大活躍の大高翔さんは、この8月上旬、『丸の内俳句ワークショップ「俳句であそぼ」』でも、自作の俳句でウチワをつくるイベント講座を開いて、小学生の子供たちに俳句の魅力を伝えた。美人の俳句の先生に指導されると、脳はともかく胸がドキドキする。その血もまた俳句脳にポンプされるのだろうか?

 C_02_3 U_03s 

右脳俳句』という著作もある元日本医科大学教授の品川嘉也氏も「全脳を使うことによって、脳を活性化するのが俳句の効用である」と書いている。暑くてぼんやりして記憶力や頭の回転もヤバイと感じたら、俳句を詠んで右脳を活性化させよう。暴落の株式相場や円取引で、数字を司る左脳が打撃を受けているかもしれないし。今日は以上です。

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2007年8月17日 (金)

趣味を科学する 5.趣味のH2B市場

趣味をマーケティングの切り口から考えてきた旬ネタ、今日で最後である。書いてきてふと思ったが、このブログも趣味かもしれない。仕事上の味付けもして書いているが、ほとんど就業時間外に書いているし、フォーカスしているのは、あくまで自分の中のマーケティング論や体験、雑談である。勝手にアドバイスしているくらいだから、そもそも趣味の域を出ていないとも言える。

だが、趣味が嵩(こう)じて何とやら、ともいう。結局、趣味は次第に嵩じるものである。嵩じれば新しい人生が待っているかもしれない。趣味をあなどるなかれ。趣味で人生を変えた人は多い。人生そのものを変えないまでも、人生のある時期を変えて、それが後の人生のかたちを変えたという人も多いのではないだろうか?

趣味は人の心を裸にすると書いたが、趣味の中でも、人の心を裸にする趣味が真の趣味なのだろう。心を裸にしない趣味はまだ真の趣味ではなく、いわゆるホビーに過ぎないのではないか。心を裸にするとは、思想や生き方、ライフスタイルに影響を与えるという意味である。これが正しければ、わたし自身、ほんとうの趣味は数えるほどである。

だが女性は趣味とどう付き合うのだろうか?ちょうどここまで書いたところで、同僚のTMYさんから電話があり、STKさん共々タイ料理を食べに行った。それで今日のアップが遅れてしまったが、TMYさんの趣味と言えばフラメンコである。その投入ぶりを見ると、男の趣味への自己投入と女のそれは本質的な違いがあるのではないか?という仮説が、タイ料理の辛みによる汗とともにほとばしった。

 Fathade  クンメ2 http://www.khunmae.jp/

【勝手にアドバイス旬ネタ 趣味を科学する 5.趣味H2B市場】
まずある男性の趣味が嵩じて仕事になった成功事例をみてみたい。神山 隆彦さんという、もともとは外国TV局の日本支社でカメラマンなどの仕事をしていたそうだが、ある時から、子ども時代に親しんだ8mmビデオに取り憑かれてしまった。それで通信社に勤めるかたわら、8ミリ機材を通信販売するというとてもレトロな商売を自宅で始めた。商店名も「レトロ通販」。

 H108ktaka_00152_3 店内。

彼の副業時代は激烈だ。通信社では早朝五時からのシフトだったので4時に起きて、共働きなので小さかった子供を預け、通信社で午後まで働き、夕方から副業と子供引き取りと宅配便発送をこなしたという。壮烈である。だからこそ趣味が嵩じて会社を首になってしまった。仕事より趣味の男なんていらんと、首を切られた。

そこで落ち込むかと言えば、好きな趣味で始めた事なので、むしろのびのびと仕事ができるようになり、通信販売から店舗販売に移行してしまった。錦糸町に事務所兼店舗を開くと、レトロな8mmの需要を一手に引き受けるようにお客がと現れだした。「実際にカメラが見たい」、「フィルムの入れ方を教えてほしい」、「映写機の扱い方を教えてほしい」などの顧客ニーズに応えてはいたが、それでも収入は激減、妻からも白い目で見られる中でとぼとぼとビジネスをした。

【男の趣味で独立物語は血まみれ】
事業が軌道に載ったきっかけは、TV局に取り上げられたというパブリシティだったが、実際には機材の販売だけでなく、撮影済み8mmをDVDに変換サービス、8mmフィルムを製造するなど、手作業ながらも、必死の思いで業容を広げたからと伝えられている。詳しくはこちらをじっくり読んでほしい。
参考 http://secondlife.yahoo.co.jp/hobby/master/profile/h108ktaka.html

 H108ktaka_00152_2 8mm映写機。

神山氏の事例から感じるのは、男は趣味が嵩じるとなぜか血と汗と涙の物語になる。壮絶な物語や資金繰りの厳しさ、裏切り、ねたみ・・・など、男の趣味で独立物語は、血まみれが多い

【男女で異なる趣味のAIDMA】
一方女性はと言えば、先日帽子デザイナーの山之井さんの話しを取り上げたが、彼女はOLのかたわらで帽子学校に通い、帽子製造会社に転職し、アトリエを持ち・・・と苦労はあっただろうが、伸び伸びと独立されたように見える。素晴らしいと思います。

  Bousi1 07top

フラメンコのためにスペインまで軽々と行ってしまうTMYさんも、料理修行でアメリカに飛んで行くCherryさんも、思いは一途なのだろうが、男の血まみれさとはまったく違う軽やかさがある。そこでハタと気づいた。初回に書いた「趣味のAIDMA」だが、これは女性の趣味独立の法則を表しており、男性のそれではないのだ。再掲したい。

 Accumulate (アキュムレイト=蓄積) 
 Interval (インターバル=間隔) 
 Discovery (ディスカバリー=発見)
 Magma (マグマ=地殻変動)
 Awakning (アウェイクニング=目覚め)

男性版の趣味のAIDMAとはこんな感じである。

 Accustomed (アカスタムド=慣れ) 
 Identity (アイデンティティ=オレがオレが) 
 Devoted (ディボテッド=自己投入)
 Moan (モーン=うめく)
 At work (アト・ワーク=やっぱ仕事だから・・・)

趣味が嵩じるということを考えるとき、女性は「趣味の仕事化」をはかるが、男性は「仕事の趣味化」の呪縛から逃れられないのである。

【H2B市場の広がり】
モノ余りで差別化がテーマになり、量から質への感性型消費社会に移行して久しい。労働も量から質、知的労働者優位の時代になり、さらに自由な感性労働の時代になった。このような消費社会の背景にあるトレンドのひとつに、趣味の仕事化があるのではないだろうか。それはHobby 2(to) Business,H2B市場である。

趣味の仕事化が昨今のトレンドだとすれば、あらゆる商品でデザインや味わいや希少性が重視され、ウンチクが語られ、トリビアな自慢をし合う理由もわかるような気がする。趣味化が嵩じる先は、恐らく人生の趣味化なのであろう。人生なんて趣味だ!血みどろからも自由だ!軽やかな趣味で稼ぐ!そうなりたいものだが・・・。

最後にわたしが最近AIDMAしてしまった趣味をご紹介して終わりたい。それは自転車である。今週何度か自転車の写真を入れましたが、これらはわたしが購入したものの同型です。手元(足元?)に届き、自転車行脚を始めましたら、その話題も書かせていただきます。今週の「趣味の科学」は以上です。お読みいただき、どうもありがとうございました。

Rrx620bk11 早く来い。

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2007年8月16日 (木)

趣味を科学する 4.趣味の差別化戦略

今日も激烈に暑い一日でした。この殺人的な暑さの中、気が狂っていると言われても仕方ありませんが、わざわざ行列に並んだ。それは、あの新宿のクリスピードーナツである。

 Moblog_336933
 ま、こんな感じで。これは他人のブログからの写真です。
 http://blog.botsuraku.ciao.jp/images/moblog_336933.jpg

それというのも、以前行列について書いた旬ネタがきっかけで、わたしは再び取材を受けることになりそうなのである。それをCherryさんに話したら、「行列と言えばクリスピードーナツ」という直接的なコメントをもらい、じゃ行こうか!となって夕刻に行列に参戦した。行列マネジメント・コンサルタントたるもの、あの行列のメッカに参戦せずに行列を語れない。その話しは来週でも書くとする。暑さでぼんやり行列する中で、今日のブログでは、昨日の青臭いこと(=マーケティング・アプローチ)の続きを書いておこうと思う。

マーケティングの理想的なアプローチとは「形容詞で始まり、形容詞で終わる」ことと書いた。形容詞で始まるとはどんなことだろうか?それはどんな商品やサービスを購入する上でも、誰しも「」がある。夢とは「・・・になりたい」「・・・・でありたい」という期待であり、原点には「きれい」「美しい」「強い」「美味しい」など、たいていポジティブな形容詞がある。消費者やユーザーがほんとうにやりたいこと、なりたいことを、まず形容詞でつかむ。

形容詞であるのはなぜか。名詞でもなく動詞でもないことが重要なのはなぜか。ひと言でいえば名詞や動詞でそれを考えると、Jump into conclusion、結論を急ぎ過ぎてほんとうのニーズがブレることが多いからである。

形容詞の次の一歩は「物語をつくること」である。お客さまの購買シナリオという売り手目線ではダメである。お客さまの夢の達成シナリオを冷静に考えること。お客さまの生活の何がどう変わると、夢が達成されるか。うれしいのか。幸せなのか。それを想像できる人が商品の売り上手であり、つくり上手なのである。

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【勝手にアドバイス旬ネタ 趣味を科学する 4.趣味の差別化戦略】
もしもわたしが趣味の自転車、ロードタイプを買ったとしたら、わたしのライフスタイルはどう変わるだろうか?わたしはそれをどう変えたいだろうか?

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【夢とはこうなのだろうか?という物語】
まず土日に欠かさずしている単調な5Kmジョギングだけでなく、どちらかの日は自転車に乗るようになるだろう。いや購入直後はきっと毎土日共に、自転車にまたがるのではないだろうか。歩くには遠くて、車では通り過ぎる近所の多くの道を知るだろう。そこにある店舗や街の色、家々、生える草木や花を知るだろう。続ければ四季の変化を知るだろう。見知らぬ街や丘や川の支流の地図をどうそろえるだろうか。

今やジョギングの時には欠かさないiPod+Nikeのアームバンドのコンビネーションは、走るならまだしも、自転車で音楽リスニングは危ないので止めるだろう。そのかわり街や自然の音、聞きたくはない車やバイクの音をもっと聞くだろう。そうだ、励ましあいの声が聞こえるかもしれない。

いつだったか、真夏のジョギングをへとへとになりながらしていたら、見知らぬサイクリストの女性が「ファイト!」と声を掛けてくれた。わたしは手を上げた。頑張ろうと思った。女性のひと言には実に弱いのである。今度はわたしが、同じことを見知らぬジョガーにするのだろうか。

自転車に乗らないとき、自転車はどこに置くだろうか。伝聞だがある同僚は、自転車を壁にかけているという。大事にしている。外に置き盗まれたくないし、カワイイのかもしれない。そもそもその人の自転車には「スタンド」はないだろうから、外には置けないのかもしれない。

夢であり、現実であり、希望であり、セキュリティであり・・・夢の物語を考えれば、商売の糸口はたくさんある。

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【誰にを決めて、パターンごとに物語を想像する】
マーケティングの王道は結局「誰に」を決めることであり、それがすべてと言って差し支えない。「誰に」が決まれば、その人(層)の夢に最も近い形容詞が決まる。その形容詞に沿う「物語」を想像する。「誰に」と「物語」が複数でもいい。そのときは複数の物語を考えよう。それごとに物語を想像する。そうすればメニューの整理とメリハリが付けやすくなる。

顧客=初級から中級レベル(メインターゲット)
ニーズ=趣味のレベルを深める一方で、誰かのその喜びを語りたい
夢=趣味を同じくする同性や異性を増やしたい(サブ・ターゲット)

売り手としては、メインターゲットに対して商品レベルを上げる一方で、顧客層を拡張するサブターゲットためエントリーモデルを導入する。それが自転車なら、彼女や妻を自転車に乗らせたり、子どもにミニ・バイクを乗らせることである。

【飽きさせない工夫】
どのようにレベルを高めるか、策はいろいろあるが、趣味ビジネスのエッセンスをひと言でいえば「飽きさせない工夫」である。飽きさせないためには、レベルを上げる意欲を持続させることに他ならない。自転車を例にすると、たとえば次のようなメニューがある。

  読者/顧客の体験ブログの活用(リンクを張る)
  ブログのシステムを活用した個客とのコミュニケーション(ブログを媒介にしたやりとり)
  近所のサイクルクラブの紹介
  自転車乗りが罹りやすい病気の健康診断サイトの紹介をする
  読者/顧客サイクリストをライターとして起用する 
  定期的な安全教室を開催する
  無料点検サービス日をもうける

中級から上級者への道ならこんなメニューもいいだろう。

  ロードレース/サイクリング旅行の企画/申し込みあっせん
  鉄人レースへの参加あっせん(自虐的な人向け)
  サイクリング川柳のつどい(あんがいウケると思う)
  Naked Bike Rideイベントへのあっせん(裸自転車大会です。これ違法ですので)

 
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 http://www.worldnakedbikeride.org/

趣味とは人の心を裸にする。今日は以上です。

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2007年8月15日 (水)

趣味を科学する 3.趣味レベル/段階別ターゲティング

連日溶けるような暑さですね。お外の趣味を持つ人は熱中症に気をつけてください。今日は溶けそうになる中で趣味をテーマに3日目ですが、お休み期間ならではの青い議論から始めます。それは、マーケティングとは何か

ひと言でいえば「リアクション」、つまり反応すること。

いつもアンテナを高くして、自分の業界や商売に(一見して)関係のないものにまで好奇心をもち、その変化に気づき、自分の商売に活かす創造性を発揮する。専門技能ではなく、マネジメントとも異なる。マーケティング・マネジメントという言い方がされるが、あれはいかに反応するかを体系化する手順の整理である。純粋な意味での管理=マネジメントではない。いつでも適切なリアクションができるように準備すること、それがマーケティングである。

いかに変化に気づき、適切な反応ができるか。それがマーケティングの4Pであったり3Cという枠組みなのであるが、困るのは、現代の市場では競争ポイントがめまぐるしく変化し、思いがけない地平線から競争相手が表れることである。市場も顧客も移ろいやすく、いったん決めた顧客価値が固定される期間はどんどん短くなりつつある。さらに競争する軸を変えるのが今どきのやり方である。だから顧客価値を決める要素も、4Pとか3Cでは捉えられないことも増えてきた。

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   クジラ・トビウオ曲線

事業の成長曲線が常にユーザーのニーズを上回ることは多くない。あっという間にお客さまに追いつかれ追い抜かれ、思いもかけずお客さまが消滅するのが今の時代。事業がクジラ曲線で衰退する前兆として顧客がトビウオになっていないだろうか?

トビウオを捕まえるには、もう一度お客さまの視点から商売を見て、市場の変化に追随し、変化を生みだすことである。そのマーケティング・アプローチがわたしの次のセミナーのテーマである。それを今書くと喋ることがなくなるので、ひと言だけサワリを。マーケティングの理想的なアプローチは「形容詞で始まり、形容詞で終わる」ことなのである。

形容詞とは「きれい」「美しい」「強い」「美味しい」など「・・・い」で終わる言葉。何々したい、何々になりたい、心の底にある言葉は形容詞なのである。根底にある形容詞(の変化)をきちんと受けとめることこそ、顧客視点の原点である。

その消費者の「・・・い」の形容詞が正直に表れやすい市場が「趣味市場」なのである。どうしてもそれをやりたい人たちの集まりなのであるから、ニーズもつかみやすく攻略もしやすい。今日と明日はマーケティングの王道的なすすめ方でいきたい。

【勝手にアドバイス旬ネタ 趣味を科学する 3.趣味レベル/段階別ターゲティング】
伊勢丹の買い場に立つ店員の服飾知識のレベルは高いことで知られる。なぜなら彼ら彼女らは、バイヤーでもあって、予算を持って自らの眼で海外仕入れを行うからと言われる。もちろん日常の勉強も怠りないだろう。そうした店員を期待して、服飾マニアが同店に訪れ、マニアックな質問をぶつけるのが楽しいそうだ。マニアな話しができれば楽しいし、通じなければ2チャンネルに「あんなことも知らなかった」と意地悪を書ける。

その意味で伊勢丹はお客さまと社員の育成の歯車が合っている。趣味用品を扱う企業も、基本的に同じである。お客さんに負けないように切磋琢磨することが求められる。

 Pk2007072502135788_size0  この歯車は合うのだろうか???

【上・中・初のマーカー】
さてマーケティングはターゲティングからである。本稿のターゲティングとは、自店の顧客の趣味レベルを把握することである。売上にまつわる頻度・回数・時期をきちんと把握するのは、多くの企業で現実的でないが、趣味のレベル(初級、中級、上級)を把握することは、割と容易なのではないだろうか?

ところが売り手側では、きちんと上級・中級・初級を、はっきりさせている企業があんがい少ない。どれもこれも一様に取り扱うため、どの層にも不満足を植え付けているのだ。顧客コンタクトの種類(DM、メルマガなど)さえ分けていない(上中初、同じ)のが実情である。

初級者なら、エントリーモデルを買う、初歩的な質問がある、追加購入がある・・・などの行動で容易に把握できる。上級者ならではの購買や、売り手とのコミュニケーションがある。それ以外は中級としてしまうぐらいの割り切りをしよう。ウチは上級者オンリーという高邁な売り手なら別だが、たいていは初級から上級へとファンを育て、売上を伸ばしたいはず。ところが商品もサービスも上中初がこんがらがって、フォーカス無しが多い。せめて上・中・初のマーカーをしよう。

【ある趣味の初級者がいて・・・】
あるマインドは若いと自負し、購入するモノには一定のこだわりを持ち、自称20代の体形を保ち、さらにそれを保ちたいと考え、できれば日常のしがらみからスッポリ解放されたいという欲求も持った40代の中年男性Gさんがここにいるとしよう。彼はある日、趣味のAIDMA段階を経て、自転車に乗るという趣味に目覚め、ある日衝動的にロードレーサータイプの自転車を買ったとしよう。

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売り手から見て、囲い込み育成したい顧客のNo.1は、まさに趣味を始め、趣味を通じて商品やサービスをグレードアップしようと、初々しく考える初級者である。そういう売り手にはGさんは格好の標的である。初級的な自転車を買うところでまず判明するし、当然だが初めての客である。

【初級者の心囲い込みとは】
エントリーモデルを受注した売り手会社では、Gさんに「不躾メール」を送った。曰わく「ご購入ありがとうございます。ぶしつけですが、Gさんは自転車初心者でしょうか?そうでなければごめんなさい。もしも自転車ルーキーなら、あなたが自転車ファンになってもらいたくて、メールをしました」。不躾なメールだが、素直な初心者なら、こんな連絡を受けると嬉しいかもしれない。メールにはルーキーにはヘルプフルなURLと情報があった。

 ・買い手が住む近所のサイクリングロードを案内するウェブサイト
 ・地域の同好の士のウェブサイト
 ・売り手会社の顧客で、上級のサイクリストの書くブログ紹介
 ・必要な最小限の器具類
 ・手入れ方法
 ・防犯登録とセキュリティの高め方
 ・メンテナンス ・・・などなど

これだけでぐっとくるのではないだろうか?なぜ、多くの趣味会社は、こんな単純なことができないのだろうか?なぜウェブサイトやメールという、地理と時間を問わないメディアを活用しないのだろうか?

おまけであるが、中級者には、サイクリング・クラブづくりの勧めや組織化の支援、上級者にはクラブや活動の支援やサイクリング・レースや大会などの開催の企画コラボをしてもいいだろう。会社ならいざ知らず、趣味ならばこそ「上・中・初」のヒエラルキーの存在を理解し、それを敬い、それに従い、上級を目指す。その趣味心理を商売に活かしてもらいたい。今日は以上です。

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2007年8月14日 (火)

趣味を科学する 2.趣味のDNA

読者の皆さんが趣味に没頭する夏休みに、あえて趣味に関してブログを書く というわたしは、いかなる人間なのか?と自虐的になりたくもなるが、書き始めてしまったので後には引けない。今日はその2日目である。

昨日は、趣味のAIDMA法則について書いた。人が趣味に落ちるのは、水が岩をうがつように段階的な掘り下げがあり、いつしかほとばしるように趣味に走るという仮説であった。

そこからはいくつか疑問が湧く。岩をうがつというが、うがつ水滴はそもそもどこからやってくるのか?水源があるとすれば、趣味とは生来の先天的なものなのだろうか?その人の遺伝子に組み込まれた、先天的な嗜好が趣味として表れるものなのか?好きなものは好きなのよ、と言い切って思考停止をしてしまうと、消費を科学することにはならない。だからしつこく趣味を考えてみよう。

さて、人の趣味にケチを付けるという意味で「趣味が悪い人ね!」という言葉がある。たいていは異性の相方にケチをつけるときに使われる。芸能界の結婚話や噂話に出てくる。こういうときの「趣味が悪い人ね!」には、あんな人選んで・・・という批判だけでなく、尾ひれがついているような気がする。尾ひれとは「趣味悪いけれど、結局あの人にはあれがお似合いなのよね」である。

あれ」に落ち着くのが宿命かどうかわからない。だが人が人を選ぶことは、実は趣味が遺伝しているという指摘がある。それはずいぶん前からなされているのである。

【勝手にアドバイス旬ネタ 趣味を科学する 2.趣味のDNA】 
文豪夏目漱石に「趣味の遺伝」という小品がある。引用してもかなり晦渋な部分も多いので、かいつまんで述べる。尚、著作権が切れているので、全文が青空文庫で公開されている。

日露戦争で戦死した友人「浩さん」の墓参りに「余」が行って、その友人の墓を参る謎の若い美人女性に出会う。浩さんは塹壕で無惨な死を遂げたのだが、彼とその美人は恋人同士だった。実はその二人の先祖にも同じような悲恋の物語がある。ここで余は、趣味の遺伝という新説を考える、という話しである。

こう書くと荒唐無稽だが、実はその当時(明治37年)日本にも広まりだしてきた遺伝学の知識をベースに漱石氏はこの小品を書いた。人間総合科学大学の飯田静夫先生は、この『趣味の遺伝』についてエッセイを書かれており、異性を惹きつけるフェロモンは、実は特定の人に対して放たれ、特定の人が感知する遺伝子が作用している、と書いている。

特定の人を好きになるのは、実はその人だけが放つ匂いが関係しているという研究があります。主要組織適合性抗原複合体(MHC、ヒトではHLA)の遺伝子が個人に特有な匂いを決めていると考えられ、匂いによって遺伝子型をかぎ分け、特定のHLA型のヒトを好きになるというのです。女性は男性より匂いに敏感で、多くの女性が数多くのHLA遺伝子群のなかで父親と同じ遺伝子型を持つ男性の体臭を好むこと、母親からの遺伝子型は全く無関係な事、自分が遺伝を受けなかったHLAの遺伝子型による匂いには無関心なことなどが報告されています。
出典: http://www.human.ac.jp/nin/pdf/karen200401.pdf

女性は父に似た人を好きになるというが、本当なのである。三つ子の魂百までならぬ、ご先祖様の魂は何代にもわたり、人の趣味として受け継がれる。

 Hla HLA。説明はURLを。
 http://www.cick.jp/kakuka/isyoku/HLA.html

【鉄ちゃんと女装者】
鉄道ひとつばなし』という原武史氏の本があり、その中でいわゆる「鉄ちゃん」、鉄道マニアはほとんどが男性である、それはなぜなのか研究すべしというくだりがあるそうだ。たしかに鉄ちゃんに女性は少ない。三脚とカメラをかついだ鉄道線路は男性の世界だ。

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ところが女性もちらほらいるのである。正確に言えば女装した男性である。

一説によれば女装者には鉄ちゃん(鉄道愛好家)が多く、時刻表を片手にローカル線を完全乗車し、鉄道模型も作り、完全乗車(その路線を端から端まで乗ること)にうっとりするそうである。ところが女装者たちは、内心では女性は鉄ちゃん趣味がないことを知っているので、自分に鉄ちゃん趣味があることをひた隠しにするという。有名な女装者で、プロのトラベルライターをしている人もいるというから、鉄と血は争えない。

これはかなりねじれた感情である。なぜなら女装者は女に見られたい、女の格好をしたいという趣味を持つのに、鉄道趣味だけは根っからのものなのか、捨てきれないのだ。年齢が年齢だろうから、リカちゃん人形へと走ることはないだろうが、格好は女性でも、先天的な趣味は心に取り残される。

参考&引用 http://www4.wisnet.ne.jp/~junko/junkoworld1_5_44.htm
参考 http://hatopia.blog10.fc2.com/blog-entry-181.html

【鉄ちゃんは生まれつき】
男の子の鉄ちゃんの脳は0歳から始まる」という記事がAERA 2007年7月9日号にある。記事自体はそれほど科学に裏付けされていないが、その中でジェンダー論研究者の加藤朋江氏(城西国際大学教授)の体験は、男の子=鉄ちゃん遺伝子があるというものだった。

加藤氏のようなジェンダー論者は、差を論じて、それを否定するのが常である。男女の性差をなくそう!がモットーのはずである。ところが彼女の2歳児の男の子を観察する内に、何もしなくても勝手に鉄道好きになっていくのを見た。鉄ちゃん遺伝子は生まれつきなのである・・・と述懐されたという。

 300pxa_group_of_railfans_are_taking 男むさい鉄ちゃん。

【趣味と遺伝子の相関がいずれ判明する】
趣味がもっと科学されれば、恐らくもっと趣味と遺伝のエビデンスが集まるだろう。それは、考えてみれば当たり前とも言える。その人がどんな病気を生涯にするか、遺伝子研究で予想がつくようになってきているのであるから。その人がどんな趣味に落ちるか、予想もつく時代がくるかも知れない。今日は以上です。

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2007年8月13日 (月)

趣味を科学する 1.趣味のAIDMA

お盆の今週の旬ネタは、前々日に書いた「自転車が呼んでいる」の余勢をかって、休みにふさわしく「趣味」をテーマに。

皆さんはどんな趣味をこの夏休みにしているだろうか。読書もあろうし、DVDのまとめ観もあるだろう。猛暑だがテニスや釣りという人もいるだろう。海山と言えば、アウトドア派を自認する営業のODさんは、なんと姪を背負って1000m級の山に登るらしい。背負子の熱中症に気をつけよう。OBの営業ウーマンのKSYさんは、今頃はヨットで伊豆の洋上にゆら~りだろう。地球のごとく重い錨を何度も上げ下げするのはご苦労さまだが、ゆら~りがうらやましい。

テーマ・タイトルは「趣味を科学する」だが、サイエンス(数値化)までは大風呂敷なので、「趣味の観点から消費行動を考え、商売開発につなげる」という意味で読んでほしい。わたしの仮説はこうである。

人はその経験の中で、さまざまなかたちで趣味の原点となる接点を持っている。それは何年もかけて、ちょうど雨だれが石をうがつように深掘りされ、いずれ趣味心のマグマまで到達する。そして趣味を楽しそうに話す人と接するなどのきっかけがあり、岩が割れて、マグマが噴出するように、趣味の消費行動や活動に走る。本人にも説明がつかないネイティブなものであったとしても、趣味を始めるウラには背景や遺伝子があるのではないだろうか?

予定している構成は次の通り。
1.趣味のAIDMA → 本日
2.趣味のDNA (女装者の鉄ちゃん趣味)
3.趣味段階別ターゲティング (趣味段階別の攻略策)
4.趣味人の増殖戦略 (趣味人増殖のサイクル化)
5.趣味H2B市場 (趣味が嵩じて・・・)

【勝手にアドバイス旬ネタ 趣味を科学する 1.趣味のAIDMA】
人が趣味に走るきっかけ、「堰き止められていた何かが外される」という仮説が正しいのならば、それは法則として普遍化できる。法則マニアのわたしだから「趣味のAIDMA法則」を考えた。

AIDMAとは、マーケティングの世界では古典的な購買心理を表す法則である。「Attention(注意)、Interest(興味)、Desire(欲望)、Memory(記憶)、Action(購買)」の略で、こうした段階を踏んで消費者は購買に走るというものである。ネット時代には、これにSを入れてSearch(検索)やShare(情報共有)を含める向きもある。

趣味のAIDMA法則は次の語呂合わせである。

 Accumulate (アキュムレイト=蓄積) 
 Interval (インターバル=間隔) 
 Discovery (ディスカバリー=発見)
 Magma (マグマ=地殻変動)
 Awakning (アウェイクニング=目覚め)

【趣味のAIDMA】
まずアキュムレイト段階では、その趣味をめぐる接触が蓄積される。たとえば父の趣味が日用大工で手伝わされたとか釣りに連れていかれたなどである。小さい自分にグライダーを観て、いつか乗りたいと思った。そういう経験や体験があり、脳の趣味中枢(どこかしら)に蓄積される。

その蓄積は1度とは限らず、インターバルをもって繰り返されるかもしれない。インターバルがそれを熟成する動因にもなるケースもあろう。やがて未知なる自分のディスカバリー/発見段階となり、趣味へのマグマが盛り上がる。マグマが噴出するとき、それはアウェイクニング/目覚めの段階となり、「やってみたい」という消費行動に一気につながるのである。

間隔をおいた蓄積期間で消え去る興味もあるし、嫌な思い出と共にトラウマとなることもある。一方、定年後の無趣味なおじさんの自分探しの趣味が、3日坊主に終わるのは趣味のAIDMAを経ていないからである。愛のマグマが無くては人を愛せないのと同じである。

この仮説が正しいかどうか、趣味別にアンケートやインタビューなどを実施して、趣味に至る期間やきっかけを研究するのはおもしろそうだ。残念ながらそうした調査研究をまだ発見していないので、読者に文系大学生がいたら卒論にチャレンジしてほしい。

【趣味→嵩じて仕事→嵩じて道楽】
商売としてアウェイクニングを引き出すために何ができるか?そこが本稿のテーマでもあるが、一足飛びにそこにはゆけない。まず大きな視点から趣味を段階別にしみよう。

段階1.いわゆる趣味/ホビー
段階2.趣味は仕事
段階3.道楽

いわゆる趣味/ホビー」段階には「初級」「中級」「上級」がある。初級は初心者、上級は人に教える一歩手前である。いずれにせよこの段階では「自分探しで趣味に没頭する」ことが根本ニーズである。趣味のB2C市場といってもいい。

次に「趣味は仕事」という段階では、「趣味が嵩じて技能を活かして、収入を得る」。師匠さんから独立する弟子への物品などの卸売りを見ると、それは趣味のB2B市場と言えるだろう。   

最後は「道楽」段階になる。その心は「だれにも邪魔をされずに自分の世界に浸る」。いわば魯山人の趣である。道楽と言えばお金は激しく使うものだが、生半可なアプローチでは道楽人と商売はできない。まっとうな商売人ならば近づかぬ方が賢明な市場である。

【宮崎あおいさんの趣味】
21歳にしてすでに女優歴10数年の宮崎あおいさん。ブレイクはNHK連続テレビ小説「純情きらり」の主演だが、舞台、ドラマ、エッセイストなどその才能の多彩さは素晴らしい。彼女の今や有名になったカメラ趣味はNikonから始まり、今はOlympus E410、E510のキャンペーンの主役を務める。彼女の撮る写真のアングル・構図・接近に、わたしは、彼女のあのまっすぐに人を射貫く視線を感じる。

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 by 宮崎あおいさん http://olympus-wonder.com/aoi_photo/

彼女がなぜカメラ趣味にはまったのか。これはわたしの想像だが、幼少からの俳優業で見られることに慣れてきた。「頭で考えて演じるわけではなく、私は衣装やメークを整えて現場に入った時点で、その役をつかむ気がするんです」と発言する彼女は、すでに演技を意識しないでできる域に入っている。

  Ph_01 J-Nudeより 
  http://opendoors.asahi.com/jn/intreview/030.shtml

だがいつしか彼女は「待てよ、自分ならこの舞台やシーンをいかに撮るだろうか?」と考えたのではないだろうか。撮られてきた経験がアキュムレイトして、やがて「撮りたい」という感情に転化したのではないだろうか?必然的な趣味のあり方を彼女のカメラに感じた。今日は以上です。

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2007年8月12日 (日)

深澤直人の丸太/LOGアフォーダンス

infobar2がauの今秋シーズンで登場するというも流れ、今年(2007年5月)は初の作品集も発刊した工業デザイナーの深澤直人氏には節目の年になりそうだ。

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    infobar2                Naoto Fukasawa

その会心のデザインが丸太の家具。これを見たときは間髪を入れずCherryさんにメールをした。わたしは「土管遊」と思ったが、猫の主人の彼女は「猫の遊び場にぴったり!」とメール返信があった。シンプルでミニマルな素材と形状に深澤氏らしさがあり、まさに芸術的なプロダクトである。

【勝手にアドバイス Vol.223 深澤直人の丸太/LOGアフォーダンス】
森の中を散策すれば、倒木や丸太といった自然のベンチに必ずといっていいほど、出会うことができる。そんな気分を現代の住まいで再現した「LOGシリーズ」が発表された。
引用元 http://www.excite.co.jp/ism/concierge/rid_634/

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オイル・オークの素材の表情としなやかさを活かし、継ぎ目がどこにあるのか?と思わせる中空のデザイン。座ると軽い弾力性があり、でも頑丈さを感じるという。椅子と呼んでいいいのか、ごろんと転がす丸太ベンチと呼ぶべきか、何とでも呼べるし使える形状がとても新鮮である。

思えば深澤直人デザインの真髄は、環境と人の接点を商品化するところにあった。「手で握る棒のイメージが携帯(インフォバー)になり、「ぐるぐる回る換気扇」が無印良品のCDプレイヤーになった。丸太ベンチと人の接点は、森を散策する風景であり、倒木をする木こりの休憩である。

【森のアフォーダンス】
A fallen tree lying in the forest affords sitting on; it affords resting. The fallen tree is a huge bench in the forest.
『Naoto Fukasawa』 Phaidonより

 Photo  倒木(イメージ写真)

深澤氏の著書 『Naoto Fukasawa』(英文)にはすでにこのプロダクトが紹介されている。その一文を拙訳すると、『森に横たわる倒木は、人が座り休むのをアフォードしている。倒木はドでかい森のベンチである』。

心理学者ギブソンが提唱したアフォーダンスとは、「そこにあるものに自然に反応するという概念」である。森を歩き、疲れてそこに丸太があれば腰を落として座るだろう。それがアフォーダンスである。人と丸太は「腰掛ける」というアフォードな接点で、切っても切れない関係があるのだ。

【わたしのアフォーダンス】
だがこれを見たわたしのアフォーダンスは「土管だ!であった。ドラえもんに出てくる土管であり、児童公園にある丸太状の中に入って遊ぶあの遊具である。管の中で秘密の遊びをしたり、ひそひそ話をしいたり、声が響くのを楽しむ。誰かが入ろうとしてきたら、脱兎のごとく反対側から飛び出す。秘密の場。

 770152003_2  横一線の土管遊び。

ごろんとフロアに転がしておくだけでソファになる。たとえば普段は積み重ねておいて、お客さまがきたら、ごろんとさせる。はい、どこでもいいから座って。観葉植物を張り巡らせておけば、森のリビングとなる。惜しむらくは簡単にはアフォードできない(余裕がない)価格設定である。3seaterは¥245,700(W1500×D415×H400mm SMLと3サイズあり)。すべて受注生産だから仕方ないのだろうが。

【製作はSWEDESE】
スウェーデンの北欧デザイン会社SWEDESEが製作元になる。1945年に創業した家具メーカーの同社の強みは美しいデザインとその製造力にあるようだ。

 Swedese_centerslice9 Swedese103x21   
 
【喜多氏のアフォーダンス】
余談だが、デザイナー喜多俊之氏の作品「Saruyama(猿山)」にもまたアフォーダンスがあった。

人間が潜在的にもつ動物的本能や遊びを小さな空間になかに解放した。「座る、寝転ぶ、という人間にとって基本的な動作は、生活環境が変わっても不変ではないか」という考えのもとにデザインした。
http://www.toshiyukikita.com/works/category/furniture/saruyama.html

 Moroso_kita_saruyama  Saruyama わたしなら、頂上によじ登りたい。

【勝手にアドバイス】
あらゆる家具は、人間と接点がある。本棚であれば本を探して、その前に立ち、昔読んだ本に引き込まれ、やがてしゃがむ。ならばスツールが収納される本棚があってもいい。椅子の背もたれにはジャケットを掛けることがあるだろう。ならば、背もたれ自体をハンガー型にデザインしてしまえばいいじゃないか(そういう椅子は現実にある)。

誰もがする行動や仕草と家具の接点をどうデザインするか、それが家具の本質である。

人と従来からあるモノとの接点を、どれだけ素直な眼で観察することができるか。費者視点というより、人間視点を持つことだろう。深澤デザインのコンセプトには顧客視点の原点があると思う。今日は以上です。

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2007年8月11日 (土)

自転車が呼んでいる

どうも「スイッチ」が入ってしまったかも知れない。それは仕事でもなく愛でもなく「趣味」なのである。

わたしは多趣味とは決して言えず、モノや人への接し方にこだわりはあるけれども、趣味は少ない方だと思う。長年こだわり続けているサウンドはあるが、楽器は弾かない(いずれやりたい)。映画や読書が趣味かと言われると、あまりに広すぎる言い方すぎてしまう。浦和レッズは趣味というより血である。帽子づくりにチャレンジしたいが、まずは体験レッスンから。

そのわたしのスイッチを入れるかも知れないのは、自転車である。

【勝手にアドバイス Vol.222 自転車が呼んでいる】
人が恋に落ちるときは(いくつかの甘苦い経験から)どんなものか想像がつくようになってきたが、人が趣味にはまるときは、どういうものなのだろうか?

自転車に乗りたい!もちろんMade in Chinaの安手のママチャリではなく、少し高価な自転車に乗りたい!と思ったのは、昨日(2007年8月10日)、前職の同僚だったHTさんとお茶を飲んで話したからだ。彼は言った。

「オレ最近、自転車乗っているんですよ」とHTさん。
「自転車?て、ロードレーサーみたいなやつを?」
「そうなんです。ま、そんな高いのじゃないですけど」
「へ~ぇ。なんでまた?」
「ジョギングしてたんですが、膝や足首が痛んで・・・自転車なら負担も少ないし、たくさん距離を走れるから」
「たくさんて・・・どのくらい?」
「20kmぐらいですね。2時間ぐらいかけて、海際コースを(彼は湘南住まい)ぐるっと」
「いいねぇ・・・」
「気持ちいいですよ。身体の調子もぐんぐんよくなったし」

HTさんが買ったのは台湾のあるメーカー製で21段変速、5~6万円ぐらいのエントリーモデル。家の周囲はたぶん起伏が多いので、多段ギアでないとしんどい。土曜日に働かないときは、ゴルフ練習場と自転車で数時間を費やすそうだが、もともとゴルフは好きだった彼が、土曜日に出社して身体を動かせるのが日曜だけになったときには、ゴルフ練習は止めて自転車だけにしているという。

しかも彼は今月末に、湘南から熱海までの行き帰り自転車一泊旅行を敢行するという。泊まりは旅館かホテルなのだろうが、どんなルートか知らねども、元大学で自転車部の友人と二人で箱根の山を乗り越えて、汗かいてゆくそうだ。わぁそれはイイ!と感嘆した。

何がそんなにイイのだろうか?実はそんな疑問詞は頭に浮かばす、なぜなのか、言うまでもなく自転車に乗るってイイな!とわたしの心にそれが拡がったのである。そして身を乗り出すようにして話しを聞いた。

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  たとえばこんなヤツが欲しい。

【Falling in Hobbyまでの道のり】
わたしはなぜ自転車にここまで惹かれるか、自分の心を点検してみた。

①子どもなりに自転車乗りだった。
 わたしは南池袋方面が実家だが、そこからよく自転車で遠出した。たとえば新宿や神楽坂、上野まで。距離にして往復せいぜい12kmくらいだが、子どもにしては長距離である。

②自転車乗りにあこがれた。
 南カリフォルニアにしばし駐在してたときからジョギングを欠かさないが、ジョグコースでよちよち走るわたしを尻目に、涙型のヘルメットとサングラスをきめて疾走するツール・ド・カリフォルニア自転車野郎に痺れた

③自転車をいたわる人である。
 写真のサイクリング車(今は倒産した出来鉄工所製。西友で買った)は20年近く乗っていた。その間、多くの部品を治しまた交換した。ブレーキシューや変速機ケーブルを取り替えるのは朝飯前。前輪はもちろん、変速ギア付きの後輪タイヤだって交換した。昨日のブログテーマの『太陽の塔』には、「まなみ号」という自転車が登場するが、著者のモリミさんのようにネーミングまではしないけれども・・・(愛着はあった)。

   Deki  20年間、ごくろうさま。

④ロードレーサータイプのホイールを2本持っている。
 仕事の関係で知り合った米国の自転車ホィール・ベンチャー企業のCEO Kirk Jones氏から、2本のホィール・サンプルをもらった。ワンタッチで交換するハブが付き。いつかこれをはめて乗りたい・・・と思っていたが今はトランクルームに突っ込まれている。

    Spin_wheels  同型のものをネットで発見(商品名はSpin Wheel

⑤自転車乗りが現れた。
 某シンクタンク系コンサルで本部長を務める先輩は、なぜか還暦を前にして思い立ち、子どものスポーツ車を取り上げて、多摩川近辺を走り出した。風を切るのが清々しいと言っていた。その話しを聞いたのは昨年で、それにも心を揺らされたが、とどめはHTさんだった。

このような背景があって、わたしは自転車に恋をしかけている。衝動愛ではなく赤い糸で結ばれた恋のようでもある。

【勝手に旬ネタへのアドバイス】
そこで考えた。人が趣味に落ちるのは、衝動的なのかも知れないが、ひょっとしたら伏線があって、赤い糸で結ばれていて、いつしかたぐり寄せるのかもしれない

わたしは昨日まで自転車に惹かれてはいたが、趣味にしようとまでは思わなかった。ということは、趣味前から趣味後には、恋愛と似たきっかけがあるのだろうか。落ちる気持ちを堰き止めていた何かのタガが、「コクン」とはずれるのが趣味化への道なのだろうか。

いやそうではないかも知れない。趣味は衝動的な自分発見でもあるし、趣味=仕事という人もいれば、何かしないと暇だからという人もいる。典型は無趣味なわたしの父が定年後に2日半ほどやった蘭育てである。思いの外、趣味の意識やそれにまつわる消費ニーズには奥深いものがあると感じた。

そこで来週の旬ネタは『趣味を科学する』というテーマで、趣味行動や消費の観点からマーケティングを考えてみることにした。趣味には階層ないし法則があるはずだ。世の中には趣味評論家がいるのか知らねども、わたしなりに考えてみたい。今日は以上です。

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2007年8月10日 (金)

『夜は短し歩けよ乙女』の悦楽

皆さんには本が読めなくなる時期がないだろうか?

読めるときには何冊も平行してバンバン読書ができる。だがなぜか読めなくなると、一冊、いや一パラグラフを読むのにも難儀する。活字を見るのも嫌になる。読めるのは新聞ばかり。バケーションとその時期が重なれば、いくら時間があっても(特に仕事がらみの)読書は捗らない。

わたしのそんな読書危機を救ったのが、ひとつの恋愛ファンタジー小説である。これは痛快な本である。万人向きではないかもしれないが、映画化もされるだろうし、気がつけばL25でも書評があり、雑誌ダヴィンチでの特集もあり、実は世の中はモリミ(森見)ブームになっていた。

勝手にアドバイスにファンタジー小説がふさわしいだろうか?と一瞬考えたが、Gootきたものを取り上げるのがわたしの自然体である。

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 http://www.kadokawa.co.jp/sp/200611-07/index.html?banner_id=yoruhamijkashi

【勝手にアドバイス Vol.221 『夜は短し歩けよ乙女』の悦楽】
奇才森見登美彦氏の著書『夜は短し歩けよ乙女』のAmazonの内容紹介を引用したい。

鬼才モリミが放つ、キュートでポップな片想いストーリー!
「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。二人を待ち受けるのは奇々怪々なる面々が起こす珍事件の数々、そして運命の大転回だった!

 引用元 http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4048737449/ref=s9_asin_image_1-1966_g1/249-1266219-4751560?pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=center-2&pf_rd_r=0SFFMSZTN34KXAG1NHD2&pf_rd_t=101&pf_rd_p=61605506&pf_rd_i=489986

あらすじを書くのは反則であるし、本書は何より書くことがむつかしいのである。全編は4つの物語(章)で構成され、主人公の先輩(私)を巡るモリミ・ワールド(彼の複数の著書で登場する人物が繰り広げる奇怪な話)が、各章で繰り広げられると表現しておくのがもっとも正確なのかもしれない。第1章=京都の呑み屋を夜明けまではしご、第二章=古本市での戦い、第三章=学園祭での偏屈王の春、第四章=風邪と愛のまんえん。抽象的なあらすじだが、これでも具体的なのである。

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 ラ・タ・タ・タム―ちいさな機関車のふしぎな物語・・・第2章の古本市に出てくる。

文学賞メッタ斬り』の辛口エッセイ本で有名な豊崎由美さん さえもが、この書の主人公に「応援せずにいられなくなること必定」と書いているくらいおもしろいのである。この作品、2007年本屋大賞2位、第20回山本周五郎賞を受賞した。

【おともだちパンチ】
親指をひっそりと内に隠して、堅く握ろうにも握れない。そのそっとひそませる親指こそが愛なのです。(中略)ふるいたくない鉄拳を敢えてふるわねばならぬ時もある。そんなときは私の教えたおともだちパンチをお使いなさい。堅く握った拳には愛がないけれども、おともだちパンチには愛がある
出典 『夜は短し歩けよ乙女』

本書のテーマ、いやモリミ・ワールドのテーマの中心にあるとは、愛に焦がれ、愛に浮かれ、愛のパンチに痛打され、愛の酒に酔い、愛の達磨になり、愛の本の迷宮に入り、愛の激辛にしたり、愛の緋鯉を背負い、愛の詭弁論に迷い、愛ゆえに高みから落下するという・・・ひと言で言うと、奇想天外な愛の物語である。

おともだちパンチとは、主人公が焦がれる・・・さんが渾身の力をこめて繰り出すパンチなのであるが、この小説自体が優しいパンチであると言える。

下敷きは著者の出世作『太陽の塔』にある。これは自伝的ファンタジー小説であり(日本ファンタジー小説大賞受賞)、かなりの部分、著者の大学生活を戯画化したと言えるのだろう。だがそこから数年を経た本書では、誰もが体験した普遍的なファンタジーにまで小説化が徹底されたといえよう。実に痛快、実に悦楽。

尚、『夜~』の表紙デザインは知る人ぞ知るイラストライター兼ミュージシャンの中村佑介氏。この本がベストセラーなりしは、彼のイラストの効力も大きいかもしれない。

 Top2 中村氏のサイトより。

【妄想悦楽ニーズ】
われわれの日常の90%は頭の中で起こっている
『太陽の塔』 森見登美彦著

顧客視点から物事やニーズやトレンド見ようと考えるとき、わたしは自分の網膜に映ること、鼓膜に響くことが、果たして万人と同じなのであろうか?と疑うことがある。いや或る意味で(わざと)疑うようにしている。わたし自身がファンタジーにひたっていないだろうか?平衡感覚があるだろうか?確認するのである。

ファンタジー小説に限らず映画を観ることは、ファンタジーに自分を揺らしたいからである。人間は皆、ファンタジーが好きなのである。「恋愛は妄想しているときが一番楽しい」とはCherryさんの名言。人には妄想を楽しみたいという根本的なニーズがある。

【勝手にアドバイス】
人間には極端から極端に振れ、やがて平衡感覚を取り戻そうとする(さが)がある。極端とは人によりけりだが、たいていは愛、美や健康、仕事、冒険、修行、娯楽、アンニュイである。

極端の振り子がず~んと振れるところに、ヒットする商品やサービスの「」があると思えばいいのである。その素はファンタジーという形式で解き放たれる。ファンタジーとは小説、ウェブ、映画、スポーツ、遊園地、賭け事・・・などなど。

わたしのブログも、読者のビジネスも、どのような振り子になるのか、それをはっきりさせればいいのである。今日は以上です。

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2007年8月 9日 (木)

エコバッグの浸透はエコ・プラウド時代への入口

アニヤ・ハインドマーチのエコバッグ狂騒曲も熱が冷めたように消滅した。あれは何だったのだろう?今頃はもう手に入りやすいのだろうか?と思って同社のサイトを見ても、未だに追加販売のニュースはない。その代わりにヤフーオークションにはずらりと出ている。8000円から10,000円内外。定価の4倍内外。恥を知りなさい!と言いたいけれど、購入も販売も自由市場。勝手なアドバイスはできない。

冷静に考えれば買い物をしたときに、何か袋があればいいのだ。通勤バッグはモノであふれているから、くしゃっと折りたためない買い物バッグは邪魔になるだけだ。かと言ってファッション性が無いものはどうも・・・。

そう思う人にはこれしかない。オランダ人デザイナーSUSAN BIJL(スーザン・ベル)の「The New Shoppingbag(ザ・ニューショッピングバッグ)である。

【勝手にアドバイス Vol.220 エコバッグの浸透はエコ・プラウド時代への入口】
もうレジ袋いらず !? カラフルでおしゃれなエコバッグ
オランダのアーティスト、スーザン・ベルのデザインする『The New Shoppingbag』はヨーロッパのカイト用ナイロン生地にコーティングを施した丈夫なショッピングバッグだ。ベースになる10色を元に組み合わされたカラフルな色のバリエーションは40以上にものぼり、何を選ぶか悩んでしまうほど。

引用元 http://www.vogue.co.jp/lifestyle/news/060118_01.html

  45822127201061 Pa01014903  

シンプルでオシャレなデザイン、色の組み合わせのバリエーションと、軽くて強い素材で支持を集めている理由である。引用した一文は、一年以上前のVogue誌の記事であり、今では定番で50以上のバリエーションがある。

 01  1760429ブラック×ピンク 

カラー・コンビネーションの選択肢があるのが、マイ・カラーを主張したい人にウケている。わたしは「ブラックとピンク」のコンビが気に入ったが、売り切れ。これだけ色の組み合わせがあると選ぶのが楽しい。

【シンプル&おしゃれ】
素材は「ナイロンリップストップ」と呼ばれ、パラシュートやカイト(タコ)に使われる軽くて薄く、耐久性に優れた素材。 価格は大(W375×H690×D340mm)が3,780円、小が(W270×H550×D180mm) 2,940円である。安くはないけれども、日常の買い物だけでなく、自分海や山へのお出かけにも使えるし、育児用品だってオシャレに入れられるので見合うのではないだろうか。

 Bagsize  サイズ感。

ソニープラザ(現プラザスタイル)とコラボレーションで特別色、イラストライターの黒田潔さんのイラスト入りなどのコラボがある。

Sonypla 2455494   
   プラザスタイル             黒田デザイン

【デザイナー&素材の由縁】
スーザン・ベルさんはロッテルダム芸術アカデミー(Willem de Kooning Academy of Hogeschool Rotterdam)でデザインを専攻後、2000年からデザイン活動を始め、ほどなくショッピングバッグのデザインをした。最初はデニムや綿やレザーなどの素材で作ろうとしていたが、偶然自宅近くのカイトショップでカイト用の素材に出会い、試行錯誤のデザインのあとに、この斜めストライプのデザインに落ち着いた。
参考 http://www.mylohas.net/blog/archives/2006/11/lohasstyle1127.php

 Designersusanbijl  1975年生まれ。

最初から友人の間で「これ最高!」という声があがり、そんな話がオランダの日刊紙(デ・フォルクスクラント)に掲載されてからトントン拍子に生産が軌道にのり、世界中に販売網が拡がった。最近も多くのメディアに取り上げられ、新宿伊勢丹でもマイエコバッグフェアを開催していた。

【成功のポイント】
エピソードを読めば、デザイナーの好み、エコなトレンド、素材との出会いなど「偶然の重なり」に見える。だがこの商品にはいくつかのヒットの普遍性が隠れている。

・素材の新鮮さ=従来バッグには使われていない素材をバッグに使う新奇性
・単純なデザイン=他のデザイナーの創造性を喚起するシンプルなデザイン
・多色展開=同じ型で、しかしカラーで個性チョイスを演出するコストと個性のバランス

【勝手にアドバイス】
ここ10数年のエコ市場の拡大を見ていると、成熟市場でもエコが通じる形になってきたと思う。エコ市場は次のようなステップを踏んできた。

10年前より=「規制の時代」
 法律や法令で環境保護の実行を縛る時代。廃棄物処理法の強化、ゴミ分別の強化など。

5年前より=「理由の時代」
 エコロジカル製品開発、エコ運動や社会貢献の喧伝。寄付を事業活動に盛り込むなど。

ここ1年以内より=「エコ・プラウドの時代」
 エコへの関心やエコ参加が「当たり前」になり、自尊心の一部に溶け込む時代。

エコ・プラウド市場(=郷の造語)、これからのマーケティングには欠かせない視点である。今日は以上です。

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2007年8月 8日 (水)

エコな口紅 「プラント・ラブ」

口紅やファンデーションの購入動機はどんなものなのだろうか?何人かの女性に「お気に入りがあるの?」と質問したことがある。答えはさまざまだが、概ね決まった(複数の)ブランドの中で、買い回っているような感じだった。新製品やお得なセットに時に浮気をするが、だいたいこれこれのブランド、と決まっているようだ。それというのも「XXXのブランドにはわたしの好きな色がある」からだという。

自分を最も美しく見せてくれる運命の口紅を選び出すのは、至難の業である。なにしろ資生堂だけで、多い年では年間200色の新色が発売されているのだ
アエラ 「Off Limits] 2007年7月30日号

カラーレスの世界に住む男性にはわかるまい。口紅を二つ並べて見せられても、つい、それとそれとどう違いがあるのよ?なんて言ってしまいがちだが、それでは人間失格である。だが口紅には色以外にも選択肢がある。それは植物を愛しつつ、美しくなるというエコなるチョイスである。

【勝手にアドバイス Vol.219 エコな口紅 「プラント・ラブ」】
「プラント・ラブ(PLANT LOVE)」という口紅とエコが結びついた商品がそれである。カーゴ化粧品(Cargo Cosmetics)から出ていて、紅が入っているチューブと外箱が、トウモロコシでできているという。100%コンポスト可能で、100日以内に土にかえる生物分解性物質だ。
引用元 http://www.excite.co.jp/News/bit/00091184929927.html

 C15940_sm plant love.

したがってCargo化粧品から発売された口紅ラインナップは、色は匂えどリサイクル、といった風情である。トウモロコシ製の容器は100日以内に土にキス、いや帰す、という生分解性である。環境フレンドリーな化粧品という意外性もいい。

      Extnews_lipsticks070725 容器から花が咲く。

面白いのは、その外箱に野生植物(花)の種が埋め込まれていて、外箱を濡らし、ちぎって鉢や庭に埋めると、花が咲くという仕組みだ(野生という点で特別な世話は要らないのだろう)。まさに捨てるところ、ゴミになるところは一つもない。
引用元 同上 

箱をちぎっては捨てる、すると土に還り植物となる。どんな花かは咲いてからのお楽しみというのがまたおもしろい。だが庭にゴミを捨てていると隣人に見られると、果たして環境保護主義者かどうか疑われかねない。しかしそこで、この箱はかれこれ・・・・とウンチクを語ることが、環境保護教育の一貫である。

【原価率をアップさせてまで植物にこだわる】
化粧品の容器と言えば、ほとんどの商品で製造原価よりも高いと言われるのが実情である。たとえばこの口紅は約2400円(20ドル)で販売される。原価構成を開示はしていないので、業界の常識から、普通の2400円の口紅の構成比を想定する。

 製造原価 = 120円 (5%内外)
 容器原価 = 240円 (10%)
 販売マージン = 500円 (20%)
 販管費・広告宣伝費 = 1000円 (40%)
 営業利益 = 500円 (20%)

ブレはあると思われるが、製造原価は5%、容器原価は10%~15%になるのが一般的と言われる。容器原価のコストが高いのは、デザイン費用が高いこと、精巧な金型を使うなどの製作上の理由だけでなく、発注が多品種・小ロットになることが多いため、ボリュームで原価が下がらないこと、小ロットゆえ納期が長いことなどが原因である。

ところがプラント・ラブの口紅は、トウモロコシのチューブと外箱のコストアップ要因、さらに定価の10%(2ドル)が小児癌専門の病院(St.Jude Children's Resarch Hospital)に寄付される。エコだけではなく寄付も兼ねている。
 
となると容器原価率は高いだろうし、寄付も10%あるので、営業利益や広告宣伝費を削減して、この商品ラインを維持しようというのだろう。どんな経営者なのだろうか?興味を持った。

【シンプルでプロ仕様の容器】
カナダの化粧品会社Cargoの創業者、エジプト系カナディアンのHana Zalzalさんが作り出したメイク商品ラインの容器は、どれもシンプル、大容量、持ち運びやすいという特徴を備えている。ちょっとアメリカンぽいが、ひと言でいうとプロ仕様なのである。

 C11664_sm  Hana Zalzalさん
 出典 http://www.cargocosmetics.com/behind_brand.html

彼女の商品開発コンセプトを読むと、容器では無駄な装飾を排除し、しかし使い勝手が良いものを追求している。何しろ会社は「カーゴ=積み荷化粧品会社という名前なのである。

化粧品は歯磨きと同じくらい必需品だけど、洋服選びと同じくらい個人的なもの。どんな化粧品を持つか、それはあなたを表現しているの」 これが彼女コンセプトである(拙訳=郷)。
出典 http://www.canoe.ca/CareerConnectionNews/050302_dreamjob.html

恐らくその考え方が、プラント・ラブという商品の開発にも活かされているばかりか、ちぎって地球に愛を撒くという素晴らしいアイデアに結晶したのだろう。

 C14627_hero  10周年記念セット

【セレブのイメージと寄付】
絨毯爆撃のような広告宣伝費を投じる代わりに、TV映画への提供、セレブレティに使ってもらうなどプロ仕様を意識しているところは商売上手だと感じた。プラント・ラブでも5人のセレブの名を冠したカラーがあるのは、セレブのイメージを使うこともあるが、Cargoのユーザーがプロが多いという理由からでもあろう。

Cargoでは、プラント・ラブに限らず、セレブのデザイン商品は寄付と結びつけている。セレブもエコなイメージを自分にダブらせることができるのは一石二鳥である。

 3_evangeline_lilly   P4255_lg 
 わたしはEvangeline Lilyさん=プラント・ラブのデザイン担当のひとり。

【勝手にアドバイス】
環境に優しい容器、原材料の使用という環境トレンド志向プロ仕様を意識させるざっくりした容器デザイン、そしてTV映画やセレブを宣伝に起用し、寄付をするというイメージ戦略。そして資本関係は大手化粧品グループ(ルイビトン/LVMH Sephora)の傘下に属するという販売チャネル構築

マーケティングのお手本のような経営者、そして会社である。今日は以上です。

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2007年8月 7日 (火)

Hat Love/帽子ラブ

今年もいよいよ暑くなってきた。陽射しが刺すように痛いので、最近わたしは帽子をかぶって通勤、顧客訪問をしている。まだ板についてはいないが、帽子の自分に慣れてきた。似合っているわね、というお世辞にも慣れてきた。帽子をかぶる理由は陽射し以外にも二つ理由があるが、今日はそれらはテーマではないので割愛する。

 Photoいずれ探検ハットもかむりたい。

わたしに触発されたわけではなかろうが、同僚のCherryさんもジュリー(沢田研二さん)がかぶるような素敵な帽子を買ったという。カタチも色も素材も羽根も、キュートなのである。ぜひかぶってきてほしいものだ。そんなこんなで、巷では帽子が流行っているように思われる今日この頃、帽子をテーマにしたい。

【勝手にアドバイス Vol.218 Hat Love/帽子ラブ】
「帽子かむり」という、日本の会社員としてはマイノリティになったわたしは、当社も加入している東税健保(正確には東京税務会計事務所保険組合)の機関誌『東税健保だより』に帽子づくりの記事があるのを見逃さなかった。こうした機関誌をじっくり読む人も少なかろうが、帽子をかむる男性というマイノリティになると、端端に目はしが効くようになるものである。

 Logo61  山之井美穂さんのメッセージ。 

帽子デザイナー山之井美穂さんのアトリエ L'ART DE CHAPEAUX(アール ド シャポー) では帽子づくりの体験レッスンが受けられる。その体験記事から引用する。

体験レッスンで作る帽子は、布帛で作るカジュアルなツバ付帽子。「芯を入れて、ツバの角度が変えられるように作ります」と山之井さん。洋裁初心者でも簡単にできると言うが、ちゃんと使い物になる帽子が出来上がるのか、ちょっと不安…。
引用元 http://www.touzeikenpo.or.jp/backnumber/taiken/07.08bousi.html

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生地を選び、型紙をあてて切り、生地をアイロンがけ、それぞれのパーツをミシンで縫い合わせる。縫い合わせた後は「割台(わりだい)」と呼ばれるアイロン台を使い、縫い代にアイロンがけをして曲線を仕上げるそうだ。ぜひ参加したい!と思ったのだが、なんと女性オンリー。とても残念。ベーシックから特別クラスまでさまざまな帽子が作れるそうだ。体験料金は材料込みで7350円。他にも月1回の通学コース(ベーシック、アドバンス、スペシャル)があるそうだ。
http://homepage3.nifty.com/hatlove/

【帽子デザイナー山之井さん】
山之井さんはそもそもは普通のOLをされていて、勤め帰りに帽子の基礎を学び、帽子製造会社に転職された。そこでみっちり技術を身につけ、2003年にアトリエL'ART DE CHAPEAUXを開き独立されたという。

 0000015228  素敵な帽子と素敵なデザイナーさん。

「帽子って1色の無地よりも、何色か色が入っている方が合わせやすいんですよ。(中略)もっと帽子のお洒落を楽しんでいただきたい!特に30~40歳代の女性の人たちに。帽子をかぶることによって小顔に見せたり、顔色を明るく見せたりすることもできます。その人に似合うかぶり位置もあるので、いろいろと工夫してみるとよいと思います」 と語られている。注文は15000円くらいから。
引用元 http://chisa.e7272.tv/reportL8544.html

今日のブログのタイトルHat Loveとは、山之井さんのサイトの名称である。わたしが気になった作品をいくつか転載させていただく。山之井さんには、ぜひ男性向け帽子づくり講座を作ってほしい。限定されているとしても、潜在的な需要が根強くあると思う。

 Yamanoitale Yamanoi_0000106611 Ymanoicheckturbun2    

【着物からよみがえる手作り帽子】
アンティークの着物やデットストックの反物から、ハンチング帽を専門に作っている工房がある。

ハンチングをオリジナルで製作しているのが、京都の町家に店舗兼工房を構える織布(オリーフ)だ。下の写真は店内の商品棚に並べられた帽子だが、使われている素材が何か、お分かりになるだろうか。実はこれらはすべて、大島紬や結城紬などの伝統織物から作られている。
引用元 http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/person/070731_orife01/index.html

 070731orf_05  似合っている・・・。(出典 同上)

ハンチングはどうもギャングやオヤジ臭いイメージがあって・・・と思っていたが、この女性のハンチングを見ると「いいな」と思った。写真のキャプションには「天井部分に結城紬、側面部分に久米島紬を使ったもの。いずれの織物も国の重要無形文化財に指定されている」とあった。

【オリーフ/Orifeのコンセプト】
紬(つむぎ)とは大島紬や結城紬に代表されるような織りで絵柄を出していく手間の掛かった織物です。(中略)上質の生地を若い方は着物好きと言われる方に気軽に触れていただけるように帽子という形に変えてみました。これにより生地のもつ風合いを日頃身近に感じてもらう事が出来るのではないかと思っています。
引用元 http://orife.net/new%20concept.html

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アンティークの着物を調達し、着物を解く。水洗いをして、伸子(しんし)針を打って皺を伸ばす。アイロンがけをして裁断に適するものにする。こうしたはぎれから右側のオーダー・ハンチングが完成する。素敵な出来映えである。ある注文主のブログから。
ある注文主 http://takemi-life.cocolog-nifty.com/sundayisland/cat6900973/index.html
織布HP http://orife.net/index.html

 
 Ai20oosima202  とても気になったが、残念ながら売り切れ。

なぜ着物なのか、実は理由がある。

着物は洋服よりもリメイク(仕立て直し)に向いている。洋服が人間の身体の曲線に沿うようにカッティング、縫製されているのに対して、着物は長方形の布地を直線で縫い合わせているだけ。それゆえに、縫い糸をほどけば長方形の布地に戻るので、仕立て直すことも容易なのである。
引用元 http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/person/070731_orife01/index.html

【勝手にアドバイス】
わたしは帽子初心者である。ゆえにアドバイスなぞはできかねる。だから初心者なりの視点で、こんなものが帽子づくり/販売のサイトでもあればいいなという提案にとどめたい。

①コーディネイトの支援
アタマと顔がどういう形だから何が似合うか。自分の顔の画像を取り込んで3D化し、それにオーダーや既製品を組み合わせるようなことができれば楽しい。

②帽子かむりのエチケット
どのような場にどのような帽子がふさわしいか、ふさわしくないか。わかるようでわからない。保守的にはなりたくないが、まず原理原則を知りたいし、一方相手にどう印象づけたいか、どう見られたいか、どのような洋服や和服を着ると引き立つか、そんな帽子双六情報があれば嬉しい。

③帽子づくり
布持ち込みでオーダーメードしてくれるところもあるが、そこまでせずともパターンオーダーでいい。素材とスタイルのベースがあり、サイズを決め、つばの広さや角度、飾りをチョイスできて、内張布の選択など、一定のカスタマイズが気軽にウェブ上でできると嬉しい。

今日は以上です。

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2007年8月 6日 (月)

経営改革の正の循環

今日は隔週で寄稿している「ぷろこんエッセイ」からの転載です。
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経営改革の正の循環

出版した本を贈呈するため、先日久しぶりに元クライアントにお邪魔した。
このクライアントとは、全社課題の整理と中計策定を通じて、協働する機会が
あった。プロジェクトを通じて多くの汗と感動の涙、そして流血(マネジメント
の整理、という意味である)のドラマがあり、わたし個人としても最も印象深い
プロジェクトになった。

前期は業績が回復したこともあり、全社員・全パートに至るまで決算賞与が
支給されたのは嬉しかったが、今期も好調を持続しているのは、マネジメント
の正常化を図り、一人ひとりの社員の意識が覚醒し、自信が回復したからで
ある。

お邪魔した時に、財務部長から営業企画部長へ、また関連事業部長から
人事部長へと、要職へそれぞれ着任された、元プロジェクトメンバーのお二人
が楽しげに話されていたのは、パートさんの研修エピソードだった。

従来、当社ではなかなかパートさんまでは研修が手が回らず、入社時の
実務研修以外は何もやれていなかった。だがパートさんも社員も、現場では
同じ仕事をしており、お客さまはパート/社員の区別をしているわけではない。
それで、マネジメント側に社員とパートを区別する「雇い主目線」があったの
ではないか、という反省が起点になった。

そこで、入社後一定期間を経た時点で、パートさんにも社員と同じ研修を
実施することにした。初めて参加したパートさんには、なぜ今頃研修?面倒
だね・・・という気持ちもあっただろう。研修時にはあまり発言もなく、研修講師
(くだんの人事部長)も「手応えあったのかな?」と不安に思った。

だが心は動いていた。研修を受けたパートさんの受講後のアンケートには、
「これまでなぜパートには研修がないのでしょうと思っていました」「社員は
社員、パートはパート、だと思っていました」などという記述に混じって、こんな
表現のものもあった。

「これまで店舗の所属という意識でしたが、当社の一員でもあると思いました」

当社ではパート雇用は各店舗にまかされており、パート=店舗の人なので
ある。だから末端のパートは、遠い本社を意識したことがなかった。会社の
理念や方針を語られても遠い向こうの話だった。商品政策を伝えられても、
もちろん中期計画目標の数値割り当てを見ても、他人事だった。

ところが集合研修という、ごくありきたりな行事が、意識の変化のきっかけと
なった。ありきたりだが、それは今までなかった。これまで赤字に苦しんで
いた本社からは、無いことが見えなかった。ありきたりだったが、パート一人
ひとりが大事にされているというメッセージが、意識を変える素になった。

ここまでくるのに、実に3年かかっている。

     ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

企業の栄枯盛衰のライフサイクルは、創業、成長、成熟、衰退で語られる
ことが多い。事業曲線はいわゆるクジラ曲線で、尾っぽから胴体、アタマに
かけてだんだんせり上がっていくが、いつしかアタマから海に転落する。

これは事実だが、社員や経営者の意識はどうだろうか?

「企業は人なり」は正しいが、人心と成長クジラ曲線は実は一致していない。
人心はむしろ「逆クジラ曲線」をたどる。創業から成長にかけて、一心不乱に
私心無く仕事をし、協働の喜びを分かち合う。だが事業が成功し美酒に酔う
頃には、社員も多くなり、創業理念は薄れている。停滞、疲弊、そして無関心
へと、意識=マインドが一気に下降する。

このズレが企業の成長をアタマ打ちにするばかりか、不祥事の原因となる。

 Kujira_kyokusen 

二つの曲線のズレをなるべくなくすことが、経営改革の要諦である。パート
さんまで改革を浸透させた当社でもそうだったが、そこまでの道のりは
おおむね三段階がある。

 ・経営改革プロジェクト(きっかけ)
 ・マネジメント改革(変革の実作業、流血)
 ・現場の意識変革(浸透)

このように意識改革が遅行してしまうことが、改革プロジェクトの弱点でもある。
二頭のクジラは、仲良く並んで泳ぐことができないのだろうか?

     ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

この度出版した本がかたちになるまでに、いくつかのキーワードがあった。
そのひとつが「機能コンサルタントから経営コンサルタントへ」である。

機能コンサルタントとは個別の部門(財務、生産、人事など)から仕事を受託
して、個別の機能をよくするための支援をするものだ。人事制度作り、統制
ワークフローづくり、原価把握のシステム化、マーケティングがらみで言えば、
顧客名簿の名寄せや情報化ツールの導入などである。見渡せば、機能
コンサルティング案件が実に多いことに気づかされる。

「機能コンサルではホントの改革なんてできないよ」 共著者の一人の言葉で
ある。部分の仕事を受託してそれが全体を調和させていけるだろうか?
部分の改革が先にあって、企業や事業全体の調和が図れるだろうか?

お客さまが起点にあり、ニーズを満たす商品やサービスがあり、その顧客
との接点づくり(売り方)、その接点の維持(サプライチェーン構築)までを
一貫して構想・実施することが「経営コンサルティング」である。

 Keieishien_matrix
   

制度の改善といった外堀を埋めるイントロ(さわり)では、機能の改善レベル
である。もう一段上の構造改革レベルでインプリ(実行)を支援する必要が
ある。そしてM&Aが日常化する今日では「事業価値を上げる支援」こそが
求められる。それはインベスト(投資)まで関わるプロデューサー志向で
ある。

これが一頭目のクジラのアタマを水上に上げさせる支援のかたちである。
さらに二頭目のクジラ曲線の「尻尾」を跳ね上げさせるのは、人間的な裏方
の作業であるが、これこそ改革に欠かせない要素である。

従来のやり方では、構造改革を先に進め、コアメンバーの意識を上げること
を優先し、一般社員にはさしあたり何とか我慢をしてもらって、経営改革の
本気度を徐々に知らしめる努力をするしかなない。一人ひとりの意識覚醒
をいかにするか、コーチングという意識変革が注目される由縁である。

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くだんのパート研修話にはおまけがある。

当社には従業員研修担当者がいる。彼女はこれまで社員研修やパートの
入社時の実務研修の業務をそつなくこなしていた。そんな折りに、営業企画
部長から「パートさんにも従業員研修をすべし」という提案が降ってきた。
彼女は自分がこれまでやってきた仕事を否定されたように感じて、いたく
ショックを受けた。まじめにやってきたのに・・・と落ち込んだ。

彼女ののなだめ役は人事部長が努めた。曰わく・・・

「君の仕事はなんだろうか。社員研修をすること、じゃないよね。社員やパート
のマインドを上げて、お客さまの満足を高めて、それが売上につながるのが
仕事だよね。そこに気づいてもらいたかったんだ」

経営改革とは、企業がこういう正の循環に立ちもどることなのである。

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2007年8月 5日 (日)

お金持ちのお嬢さんは、なぜお金持ちのお嬢さんに見えるか

先日ランチどきにCherryさん と大通りの歩道を歩いていた。彼女が言った。

「あら、あの後ろ姿、MKさんに似ている!
「どの人?・・・」(ほどなく、われわれのちょっと前を、しゃなりしゃなり歩くお嬢さんを発見)
「うん、うん、似ている。MKさんそっくりだ」 わたしはすっかり同意した。

背格好、肉の付き方(ていうか付いていないところ)、髪型・・・その後ろ姿、MKさんにそっくりなのだ。地味なプロジェクトにアサインされている彼女は、クライアントの狭い小部屋に常駐しているはずだから、今ここにいないことはわかっている。だが、後ろ姿は見間違うほどそっくりだった。

だがCherryさんは言った。「MKさんとは、どこか違う

【勝手にアドバイス Vol.217 お金持ちのお嬢さんは、なぜお金持ちのお嬢さんに見えるか】
どこか違う。何かが違う。もちろん個体が違うのだから遺伝子も体脂肪も違うのだが、その道ゆくMKさん似の女性、どこかMKさんのオーラというか雰囲気が出ていないのだ。
わたしも相づちを打った。「うん、違う。その違いはね・・・わかった!ほら歩いているあの女の人、お嬢さんぽくない
「そうね!MKさんがかもしだしている“お嬢さん”て雰囲気がないわ!」 Cherryさんは合点がいった。「MKさんは・・・お嬢さんだから、やっぱり」
われわれは道ゆく女性の背中に勝手なことを言い合った。だがお嬢さん論については、わたしにはかねて考えていた知見があるのだ。それをCherryさんに披露してみた。

「僕はね、なぜお嬢さんがお嬢さんだとわかるか、考えたことがあるんだ
「どうしてわかるんですか?」
「ひとつは、高い化粧品を使っていること。お顔がね、高いお化粧品の塗られてるのよ。たとえばC化粧品は使わない」
「C化粧品なんて、おばさんしか使わないでしょ」と苦笑するCherryさん。理由ひとつ目はウケなかった。

「ふたつ目は、ほんわかしたお顔なんだよ、お嬢さんって
Cherryさんは即座に言った。「あっ、それはあるかも!」 理由その2はウケた。

「僕のね、いとこにお金持ちがいたけれど(会社倒産したから昔のことだよ)、顔つきがほんわかしているんだ。お嬢さんってどこか、ほんわかしたお顔だよね」
「ガツガツさがないっていうか・・・」
「そうそう、ほら、生まれや育ちが出ているっていうか、生活に苦労してないんだよ」
「そうね、ほんわか。ほんのりしたお顔」
「芸能人で言えば・・・・う~ん誰だろう。芸能人って、そもそもガツガツしているからな
「ギラギラしてるから、芸能人には少ないかも」
「松たか子はお嬢さんだね」
「そうね、そんな感じがする」
「小雪と弥生の姉妹もそうかも知れない」
「うんうん」

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  松さん。            小雪さん。        弥生さん。   

いつの間にかそのMKさんもどきの女性は視界から消え、わたしたちは庶民の辛い食べ物で胃袋を満たすため大通りから道を折れた。

【セレブからソーシャライツへ】
若い女性が何と呼ばれることを望むか。昔はお嬢さんやご令嬢だった。今ではセレブ(celebrities)からソーシャライツ(socialites)へと進化している。

ソーシャライツとは、ほんらいはニューヨーク在住の資産家の令嬢を指したそうだが、日本でその言葉を広めてきた雑誌『25ans』でのソーシャライツさんたちの経歴を垣間見ると、次のような特質が浮かび上がる。

 Mag0709   今月号は「王道レディス」がテーマ。
 
 ・ リーダーシップのあるポジションや活動
 ・ 垂涎のキャリアまたは独立している
 ・ 海外で働いた経験ないし充電経験がある
 ・ 名家の出身である
 ・ エコ感度が高くボランティアにも積極的である

 
【セレブとソーシャライツの違い】
もちろんファッションやボディの手入れは怠らない。知性と教養もあり、美食や消費に関する感度も低くてはダメだ。財力があり有名ないし人望が高い。知的でボランティアにも精を出す。ここまではセレブもソーシャライツも共通である

大きな違いは、前者はお金をいかに稼ぐかに血眼になってきた経歴をもち、後者はいかにお金を使うか考えあぐねてきた経験があることだろう。

ウォールストリートジャーナル(WSJ)のブログに「What Do Socialites Do All Day?(ソーシャライツって毎日何しているの?)」という記事がある。ああ!まるで別世界である。取り上げられているのは、あのハースト家の末裔、Fabiolaさんのある日だ。
 
 Peterlydenfabiolaberacasago  
 Fabiolaさんは真ん中のレディ。胸元に注目! http://www.newyorksocialdiary.com/partypictures/2006/09_20_06/partypictures09_20_06.php

 ・7時半に起床し、パーソナルトレーナーとワークアウト
 ・その後2時間半仕事をする(宝石の買い付け会社社長として)
 ・Le Bernardinで2時間のランチ
 ・Vogue誌とのインタビュー(チャリティでダイヤを寄付した話で)など
 ・6時15分に仕事を終え、ヘアスタイリストに立ち寄る。
 ・その後ディナー、そしてバーへ。

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 Le Bernardin ★★★★ by ミシュラン。 http://www.le-bernardin.com/

WSJの記者は「これでソーシャライツが遊んでいるって言えますか?」と微妙な反語で結んでいる。
 引用 http://blogs.wsj.com/wealth/2007/06/19/what-do-socialites-do-all-day/

【勝手にアドバイス】
Fabiolaさんの仕事はきついのかもしれないが、十分に息抜きがありそうだ。3時間激務でも3時間の憩いがあるのだもの。ソーシャライツがソーシャライツたる由縁は、生活の辛苦がお顔やお手に表れずにすみ、ほんわかしたお顔にとどまれるからである。

デフレ時代からインフレへ、そして格差社会に突入した日本。今やビジネスは金持ちを相手にするか、貧乏人を相手にするかどちらかに選択と集中するのがいいと言われる。所得2000万円超の富裕層人口が、1990年から2005年の間に2倍近くに増えたとする第一生命経済研究所のリポートもあった。こうした単純化したマーケティング論に傾きたくないので、せめて「二元論」ではなく「三元論」してほしい。その三層とは・・・

庶民(親が親なら子も子)、セレブ(悪銭身につかず)、そしてソーシャライツ(いつまでもあると思うな親と金)。

今日は以上です。

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2007年8月 4日 (土)

57750通りのHI-TEC-C Coleto

マジメにコツコツやれば、ひとつの事を(時間がかかっても)成し遂げられる。そう実感したのが出版である。いよいよ出版社ファーストプレスのサイトにも紹介され、Amazonにも載った。著者が分担して各方面にPRに努めている。

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 Amazon 紀伊国屋 三省堂

友人や知人、もちろんお客さまには贈呈をさせて頂いている。ご要望あれば(著者買取分がありますので)お裾分けさせていただきます。昨日もKSさんという元同僚からの「ブログ、読んでますよ」のひと言でほろりとなり、思わず一冊進呈した(嘘です、実はお渡しする前提でお会いしました_笑)。

【勝手にアドバイス Vol.216 57750通りのHI-TEC-C Coleto】
さて、本の校正に憑きものなのが「赤ペン」である。校正ではずいぶんとご厄介になった。家で校正していたとき、赤ペンには青・赤・緑の斎藤メソッド三色ボールペンをよく使った。黒が無い多色ペンで有名である。ボールペンは嫌いではないけれども、赤ペン校正にはどこかサインペンがよく似合う。

ん?サインペンって乾きにくくて手で擦ってしまって汚す?そそかしいわたしも実はそうである。サインペンはキャップを閉めたり開けたりが面倒?確かにそれもある。一本一色で持ち歩きがかさばる?そういった短所はある。

と思っていたら、Cherryさんが「HI-TEC-C Coleto」というお好みで色が選べる多色ペンを買ってきた。ちらりと見るとヘッドの部分がウサギのカタチに見える。おお!これはあのうさぎ好きのMayuさんが、そこがウサギに見えるから買ったという一品だった。

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 引用元 http://a2.vox.com/6a00cd97898e9ff9cc00cd9722502a4cd5-120pi

【専用ボディは2種、リフィルは15色】
今日のテーマはHI-TEC-C Coletoである。このパイロットの新商品のコンセプトは次の通り。

  ハイテックCコレトは、ボディーもレフィルも自分で「選べる」、とっても楽しい
  ハイテックCです。選べるバリエは無限大(なんと最大57750通り!)。
  自分だけのオリジナルハイテックCが作れます。

  引用元 http://www.pilot.co.jp/products/pen/ballpen/gel_ink/coleto/index.html

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欲張りなコンセプトであるが、本体ボディを選び(2色タイプと3色タイプ有り)、ボディにセットするリフィルを選ぶ。なんとまぁラインナップは15色もあるのだ。リフィルには多機能ペンにはめるカチャカチャさせるレバーが付いており、本体ボディのウサギ部分から挿入する。わたしはブルーブラック、チェリーピンク、バイオレットを選んだ。

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  Lhkrf10c3v

売場には三段になって0.3、0.4、0.5の三つのレフィル太さがぶら下がっていた。その中から好きな色を三つ選べるのが楽しい。太さは0.5を選んだが、書いてみると0.4にしときゃよかったと少し後悔した。0.5ではあんがい太い感じがする。小さな手帳派は0.3がいいだろう。

【ゲル技術開発】
特筆すべきなのは水性ゲルインキ・ペンは従来ペン先が乾燥してしまうので、かならずキャップをする必要があった。キャップレスという機構が革新なのである。調べて見るとその開発元はサクラクレパス

 「ゲルインキ」は、サクラクレパスが世界で初めて開発した独自の技術で作った
 インキです。 ゲルとは、静止状態では粘度が高く寒天状のものが、攪拌(かくはん)
 されると粘度が低くなり水のようになるものを言います。(中略)
 インキタンクの中では油性ボールペンのように高粘度状態で安定しており、筆記時
 にはペン先のボールの回転によ りインキが攪拌され水のようになるため、滑らかに
 書けるのです。

 引用元 http://www.craypas.com/qa/qa27/qa27.html

人間工学的に見てもカチャカチャの多色ペンは手に馴染むし、イライラが少し紛れる。パイロットでは回転2色の激細ゲルインキボールペンの高級仕様品もある。これも欲しくなった。

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 引用元 http://www.pilot.co.jp/products/pen/ballpen/gel_ink/heteccslims/index.html

【ゲルボールペンの普及のために】
ユニークな試みとして、競合他社ともタッグを組んで、HI-TEC-Cの性能が発揮されるセット製品まで共同開発している。それは、ゲルインキと相性抜群のノートとセットで発売された「キャンパスハイグレード MIO PAPER+ハイテックC」である。ゲルインキのキャップ製品がノートとセット。

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  コクヨS&T(本社:大阪市)は、ミニサイズのゲルインクボールペンとコンパクトな
  ゲルインク対応ノートのセット製品「キャンパスハイグレード MIO PAPER+
  ハイテックC」を2007年7月9日発売する。ゲルインクの書き心地を体感できるという。

  引用元 http://www.nikkeibp.co.jp/news/life07q3/538892/

【勝手にアドバイス】
着せ替え本体ボディは、高級感があるものを作ってほしい。わたしはロトリング製の多色ペンを、もう何年も愛用しているが、それはボディに重量と高級感があり、手に馴染むからだ。紹介した2色ではなく、できれば3色の着せ替え可能な高級ボディが欲しい。

たまにはこの色もいいな!という感じで、その日の気分で色を変えたくなりそうだ。10色セット売りのケースもあるが、5色ぐらいで持ち歩けるスリムなケースがあれば買い足す人も多いはずだ。

色選択のガイドをウェブページに載せてもいい。15色もあると色の選択にあんがい迷う。ガイドとは、例えば赤は校正、緑は留意点、青は指示など、業務の中で色の役割を決めましょう!といったアドバイスである。いや、そんなマジメでなくても、色占いでもいいかな。この色のセットは情熱の恋愛派、この色のセットは男運なしとか(笑)。今日は以上です。

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2007年8月 3日 (金)

わかりやすさが命 5.わかりやすさを統合する

わかりやすさについて考えてきた今週のテーマも、今日で終わり。どのくらいわかりやすかっただろうか?と思うとちょいと不安が残る。そこで今日は、ちゃんと今週の主張も一望化もしたい。

さて、誰にも何年経っても忘れがたい、誰かに言われたずどんと響く言葉があるだろう。わたしにもある。そのひとつが、今をときめく編集者のU氏(出す本がことごとく再版するので「再版のU」と自称している)から、言われたフレーズはそのひとつである。

 「文章をわかりやすくするには、郷、詩を書いたらいいんじゃないか」

そう言われたのは学生時代、空想的な拙文を書いていた頃だ。若く熱い気持ちが自意識過剰さとなって、書いていることが抽象的になってしまう。そういうわたしの文章作法を、彼は婉曲に、だがズバリと指摘した。ムダをこそげ取って、伝えたいことを研ぎ澄ませるには、詩を書くのがいいのではないか。それが彼のアドバイスだった。

詩とは、それが自由詩であろうと形式詩であろうと、簡潔な、凝縮された言葉で作られる。日本の形式詩では、わずか17語に花鳥諷詠(高浜虚子の唱道した季題を詠う意味)を実践するのである。自らの心象を自然に託して簡潔に詠うという圧縮思考が、内容拡散・意味不明瞭なわたしの文章の矯正にぴったりであると、彼は思ったのだろう。

拡散には気をつけているつもりだが、三つ子の魂百までの喩え通り、依然としてあるな、つい書きすぎているなと思う。反面教師としての教訓は、「できるだけ少なく書く」。それが古今伝わるわかりやすさの教えである。

 20313toudai051 20313toudai041 
 霧いかに深くとも嵐 強くとも(高浜虚子)
 http://www.geocities.jp/kamosuzu/toudai.html

【勝手にアドバイス旬ネタ わかりやすさが命 5.わかりやすさを統合する】
世の中の商品やサービスを見渡すと、その説明や広告宣伝、お客さまと企業の接点(いわゆるコーポレイト・アイデンティティ)を、何とかわかりやすくしよう、わかりやすく伝えたいというもので溢れかえっている。そこには、理解されればされるほど購買につながる、という仮説がすっくと、産業界を貫いているからである。

だが必ずしもわかりやすい=売れる、ではないところが売ることの難しさである。

昨日も触れた我がコンサル業などはその代表例であり、ベールに包まれているからこそ発注するという言い方をする人もいる。だが我々は(傷つきながらも頑張った引田天功のような)イリュージョニストではないので、それは説明責任を果たしていないのではないか?と思うべきなのである。わたしは実績、費用、すすめ方、成功パターン、経営改革が紙で終わらないやり方まで、誠意を持って伝えつつ、長らくお付き合いできる関係を築きたいと思っている。

  Kfullnormal20070730071_m  事故後のプリンセス天功

だが言い方を変えれば、あまりわかりやすくしてはお客さまの実行を誘えない。それは人にモノを教える職業に共通している要素だ。「先生わかった、じゃ次なに?」となっては思考停止である。考えさせて感づかせてやる気にさせるのが、コンサルタントの役割であり、学校の先生の役割でもあり、管理職の役割である。

だからこそ表現やコミュニケーションのわかりやすさの根幹には、相手へのやさしさ、相手のレベルを慮る親切心があるはずなのだ。

【わかりにくくすることも、わかってもらいたい術の内】
だがわざとわかりにくくする例もある。わざとわかりにくくする映画の宣伝がひとつ。公開前に興味を山のように築き期待をあおるやり方である。あるいはジャングル陳列で有名になったドンキホーテ。お目当ての商品を探すことや思いがけない出会いを演出している。

これらはマーケティング術の一種で「探したい」「翻弄されたい」「騙されたい」をあおる形になっているが、実は売り手の「わかりにくさの演出」という意図自体は、ちゃんとわかってもらいたいという期待がある。タネ明かしはしないが、わかりにくさゲームに参加してよ!それがルール。われわれは容易にのせられるが、それもゲームの内なのだ。

【わかりやすさの命のまとめ】
さて今週の「わかりやすさが命か?」を振り返ろう。

 Photo

まずジャパネットたかたの事例を引いて、高田社長の凄さがゴリゴリの顧客視点にあることを紹介した。彼は商品の売り手でありながら、作り手/売り手視点をフラットにして、使われ方や使われるシーンを徹底的に語って売りに売った。この図にあるように、デジタルテレビの機能ではなく、大画面テレビの楽しみ方を語ったのである。

そして次にわかりやすさについて、3つの事例を引いて「図解化」、「たとえ」、そして「体験」の大切さを述べた。事例はNHK、野村證券、ソニーとあえて大企業を挙げたのは、大企業だって顧客視点にいかに立つか、実は苦心していることを伝えたかったからだ。大企業は広告費が桁違いだからできるんだよ、と言うなかれ。広告会社は「どのようにわかりやすくしたいのか」、売り手の思いを具体化するだけなのである。苦労のレベルは一線である。

たとえば「高いよ、買うなよ」で有名になった雪国もやしだって、当初は広告費が厚いとは言えなかったはずだ。伝えたいことをいかに広告企業にわかりやすく伝えられるかも大切なのである。
http://www.maitake.co.jp/05special/cm_hanawa.html

そして抗えない事実、わかりやすさシンドローム深刻である。だがこれは、一人のマーケターには手に余る国体事項であり、さまざまな識者に打開策を立ててもらいたい。若い世代の言語能力を垣間見ると、非常に悲観的になる。

2つのリモコンの法則は実に強力なメソッドである。簡潔な結論と具体的な詳論の組み合わせを、いかに作り込めるか。ウェブサイトとリアル販売、あるいはその逆など、業種/商品特性により、二段構えを使いこなす必要がある。

そして花鳥諷詠の教えにあるように、出来る限り説明は短くしたい。17音で結論が述べられればベストであるが、あまりに舌足らずでは心許ない。このバランスをどうとれるか。それがわかりやすさとわかりにくさの分岐点なのである。エコロジーを考えれば、なるべく少なく、小さくが必要である。

最後に、わかりやすさを追求し続ける根底にあるのは、お客さまの理解への執念である。執念とは親切心である。親切心が薄れたとき顧客視点は崩れてゆき、売り手視点が幅を利かせる。そうなるとき従業員の心も離れる。根底には執念があることを記して、終わりとしたい。

今週は以上です。お読み頂きどうもありがとうございました。

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2007年8月 2日 (木)

わかりやすさが命 4.情報格差を乗り越えるには

わかりやすさについて考えるテーマは今日で4回目である。目次の入れ替えもあったので今週のテーマの一覧を再掲する。

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 1.わかりやすくないと売れないのか? 7月30日
 2.わかりやすさ事例 7月31日
  3.わかりやすさシンドローム 8月1日
 4.情報格差を乗り越えるには 本日/8月2日
 5.入口では興味を、出口でわかりやすさを交差させよう。
***********************************************

さて、灯台もと暗しで、ではわたしのやっている仕事(コンサルティング)は果たしてわかりやすいか?というと必ずしもそうではない。当社の先代の社長も話していたが、戦友とも言うべき社長仲間から「お前のところの会社って、何やっているかよくわからん」と言われたという。

わかりにくさにはいろいろな理由がある。まず世の中にさまざまなタイプのコンサルタントが乱立している。その中で当社のコンサルティングとは何か?を絶えず発信する必要がある。

また、わたしの所属会社は会計系が強いと言われているが、会計のコンサルティングが何なのか、一般的な理解があるとは言えない。わたしの領域のマーケティングのコンサルティングでも、クリエイトするのかマネジメントするのか、あいまいなところがある(その答えはプロデューサーである)。さらにコンサルタントとコーチとカウンセラーはどう違うのか?という議論もある(これはエッセイで考えたい)。

だが、わかりにくいからと言って説明を放棄することはいけない

コンサルティングには、経営を再構想する創造力(クライアントとの協働)、熱意を引き出すコーチング力、そして継続支援(カネや人材リソース)を統合的にサービスできるネットワークがあることが理想である。以上、日常では青臭い議論とカルシウムが不足気味なので、少し書かせていただきました。本題へ。

【勝手にアドバイス旬ネタ わかりやすさが命 4.情報格差を乗り越えるには】
誰にとってわかりやすいのが、わかりやすさなのだろうか?

デザインの世界にはユニバーサルデザインという考え方がある。それは「できるだけ多くの人に利用可能なデザイン」である。どんな人にも公平に、使い方の理解がしやすく、そのために必要な情報がそろっていて、うっかりでも安全なことなどが、ユニバーサルデザインの7原則として挙げられる。

対応する商品も、牛乳パックやペットボトルなど日用食品容器から洋服、自動車やバス、住宅設備など多岐に渡っている。

 Tsukubus_ctjunkan Point02_img 
 ノンステップバス          ゆびスポットボトル

デザインの世界にくらべて、商品説明分野ではユニバーサルという考え方がまだ油級しているとは言いにくい。わかりやすさの7原則、みたいなものを聞いたことはない。

【わかりやすくすることで非効率になる】
だが、平均的な人のわかりやすさレベルとは何だろうか?

 頭脳が8レベルの人へのわかりやすさ
 頭脳が2レベルの人へのわかりやすさ

現実にはこういうことがありうる。お喋りする相手によって、使う単語を選び、表現の仕方を変えているのは誰にもある。8レベルの人には高度に、2レベルの人には噛んで含めて、なのだ。

業務生産性から考えると、頭脳レベル8の人と頭脳レベル2の人のアウトプットは、ならせば5である。だが、そのとき業務内容の伝えかた・理解までが含まれた生産性と考えたらどうなるだろうか?

わかりやすい2レベルの人用の(8の人には何をかいわんやという内容の)業務記述書を作る。2にはちょうどいいが、8レベルの人には6はムダである。時間もコストも6はムダになる。逆に6レベルの人用に合わせれば2の人からはわからないという不満が出る。その場で不満が出なければ、後になって手戻りや不具合が発生するだけである。

どちらに合わせるかはバイケースだが、わかりやすさを追求する上で、平均を取るのは間違いだ。かえって効率は低下することを覚えておこう。

【誰にもわかりやすくすると、とても危険なこともある】 
もうひとつ例を挙げよう。再来年には裁判員制度が導入される。一般市民が裁判員として参加する制度である。一般には法律用語がわかりにくいので、わかりやすくする検討を始めた。次の記事では、「実況見分調書」ではわかにくいので「見取り図」にしてはどうか、という言い換えが検討されていることを批判をしている。

 「実況見分調書」というものが、どのような情報を含むべき資料であり、それによって証明できること、証明できない(してはならない)ことは何か、といった基本を知らない人がいたとして、用語を「見取り図」と言い換えると「わかりやすく」なるだろうか。 むしろ新たな危険を生じるだろう。それは、彼(彼女)が個人的に持っている「見取り図」のイメージが彼(彼女)の頭の中に構成されるだけであって、「実況見分調書」の内容そのものはまったく伝わっていないからである。
http://www.news.janjan.jp/living/0511/0511104968/1.php

実況見分調書のポイントは「証明できることとできないことの範囲」を知っておくこととだそうだ。それを「一般市民」に合わせて「見取り図」と言いきってしまうと、どんな事態が想定されるだろうか?見取り図=公平な事実と捉えられないだろうか?とても危険である。

「実況見分調書」の事例はこちら。
http://www.independence.co.jp/police/hodogaya/jeep/index.html

【ではどうすればいいか】
ひとつの解は、仕方がない・・・両方に対応しよう!というものである。東芝のHDD内蔵DVDレコーダーRD-W300は、シンプルリモコンとフル機能リモコンの2つを搭載している。

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簡単な操作しかしない(できない)人には、よく使う機能(録画と再生)の操作ボタンを絞ったシンプルリモコンを、フルに活用する人にはフル機能のリモコンを装備した。これを冗長というか、ムダというか・・・。だが見回してみれば、「簡単/クィックスタート」と「フルバージョン」を両方揃えているものは多い。パソコン、携帯電話、デジタルオーディオ・・・など、複雑な機能を持つものは、2つの取り扱い説明書を持っている。

つまり2段階にすることは、初心者と上級者、双方の情報格差是正の強力なツールなのである。だがその二段階も、使い方を誤ると糾弾されることもある。

【2段階説明でも危険な場合】
生命保険のセールスがまさにそれである。生保レディに巧みに誘導され、わかりやすい支払いと保障条件図を見て、ハンコを押したけれど、後で分厚い資料が送られてくるだけ。こむつかしい資料を読む人は少ない。だから不払いなどの問題が指摘された。最初は人がわかりやすい説明で、契約後で資料をお読みくださいというのは金融業にありがちである。これは、とても危険な二段階説明なのである。

むしろウェブサイトでわかりやすく説明してもらい、実際の意志決定に際して、セールスから詳細な説明してもらう方が、よほど好感度が高いと思うのだが・・・。明日はわかりやすさの構造化を考えて締めたい。今日は以上です。

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2007年8月 1日 (水)

わかりやすさが命 3.わかりやすさシンドローム

わかりやすさが命ではあるが、わかりやすさがアダになることもある。わかりやすさをテーマにした3回目は、わかりやすくし過ぎて抽象化思考が停止しないか?という疑問がテーマである。

先般共著上梓した本でたいへんだったのはタイトルと副題であった。何十も案を出したが、なかなかひとつにまとまらなかった。たいていの人がタイトル、副題、目次の3点セットで本を購入する。中身はぱらぱらめくり程度で買う。だからタイトルや副題に心血が注がれる。

ベストセラーの『さおだけ屋はなぜ潰れないか? 』を例にとると、このキャッチーなタイトルには次の要素が含まれている。
 
 さおだけ屋 (レトロで、誰もがたけや~♪さおだけ~♪のアナウンスを思う=共通体験)
 は (助詞です)
 なぜ潰れないか? (今どき誰がさおだけを買うのだろう?=共通する不可解さ)

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この本、よく見ると副題がある。「身近な疑問から始める会計学」がそれである。

身近な」は共通体験すなわち「さおだけ屋」にかかっている。「疑問」は共通不可解、すなわち「なぜ潰れないか」という疑問詞にかかっている。これらを抱擁しているのが「会計学」という確立された学問の安心感である。

『さおだけ屋はなぜ潰れないか?』というタイトルだけでは、おお、それはなぜなんだろう?という余韻を残して終わってしまうところだ。それを「タイトルはみんなの身近な疑問でしょう?という共感を求め、それを「会計学」という領域からちゃんと説明しますと、学術的にくるんでいるのだ。巧妙である。

このタイトルと副題のセット感こそ、ベストセラーとなった核心の理由と言ってもいいだろう。

【勝手にアドバイス旬ネタ わかりやすさが命 3.わかりやすさシンドローム】
ベストセラーづくりにケチを付ける気は毛頭ないし、売れないと無価値ではある。だが近頃は目次やタイトルだけで読んだ気にさせる本ばかりになってきた。

わかりやすさを追求することは間違っていない。だがサルでもわかる本、30分でわかる本でほんとうにわかるだろうか?本に限らず、わたしたちの抽象化思考は、どんどん減退していないだろうか?その現象を「わかりやすさシンドローム」と呼んでみたい。

【教室で】
ある進学校の先生が「わかりやすさ」で思考停止という一文を書いている。

 授業でも、とにかく「わかりやすく」が求められる。研究授業でも、プリントの説明
 一つにしても、参考書の選び方でも、とにかく「わかりやすい」ことを重視する。
 当たり前だ。先生の仕事だろ。わかりやすければ、生徒の理解の「量」が増え、
 学力がつくのだから、これは疑う余地のない良いことである、と考えるのが普通だ。

 引用元 http://blog.goo.ne.jp/kkhrpen/e/970a3d0ae1a09a4180e7d1ec3689e900

筆者の先生はこう書きつつ、子どもたちの物事を理解するアプローチに疑問を投げかけている。しっかり咀嚼をするというよりも、「わかった!」と感じることを目的化しているのではないか。「わかる」とは対象によってはかなり複雑なこともあるのに、簡単に「わかった!」を説明されないと、「じゃいい」となってしまう。

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「なぜ学校でピアスをしてはいけないか」と説明をしても、「はいはい、わかりました、とりゃいいんでしょ」とくる。考えることが面倒だから、「ひと言で言って!」「言えないの?」・・・わかってなくてもそこおしまい、これでは思考停止である。

自分の子どもを見れば、話を聞くだけでもいいなと思うが(笑)、わかりやすさで思考停止というのは、塾の勉強で、どうやって勉強するかのメソドロジーを求める姿にも共通している。独学や自習はもはや死滅したのだろうか?自分なりにノートで構造化をするのが勉強だったはずだ。

学問とはほんらい具体的事項を抽象化する思考力を育むものである。それが「もっとわかるように説明してよ!」と具体的な話だけして「わかった」で終わり・・・では、学問する意味はない。

【ウェブサイトで】
東大の小宮山宏学長は「グーグルは知に非ず」と断じている。
 
 グーグルは知の構造化とは異なるものなのです。関連する情報をリンクで
 まとめる というのは統合化とは言えないからです。「どこのレストランがうまいか」
 という情報なら、検索すればいくらでも出てきます。でも、「太陽電池の将来は
 どうなるか」と いう知的関心の答えまでは導き出せません。

 日経ビジネス 2007年3月5日号

 2_1 小宮山学長。

小宮山学長の言う知の構造化とは、情報の寄せ集めではなく、数多の情報から法則を見出し、抽象化するということである。ネットで数多のレストランの情報を集めると旨いレストランはわかる。だがなぜそこが旨いか、心地良いかを体験を通じて考えることこそ、味覚体験の統合であり構造化である。

見回してみると、たしかに器用に情報を集めることに長ける人は増えている。それで大概の大学の宿題は終わるからだ。ネットで簡単に解ける知識系の問題を出す方も出す方である。自分で格闘して考えた一文が生みだされないのは、教える方にも教わる方にも不幸である。

だが読者よ、気をつけてほしい。わたしはこう書いている。東大の学長が嘆くのだから、事態は深刻なのである・・・と。これは一事が万事の「わかりやすい結論」を引き出しているようでヤバいのではないだろうか?凡百の学長の言葉を挙げず、一人の東大の学長の言葉を挙げているのだから。これもまた「わかりやすさシンドローム」と言わずなんだろうか?

【お客さまにも】
具体が欲しいんだよ、具体が」。こういう口癖の方がクライアントにいた。「具体」とは何か?事例や実例なのだろうと推察はしたが、どうもその「グタイ」という単語が引っかかってしまって、かえってグタイが出てこないで難儀した。

セミナー講演でも営業活動でもそうだが、わたしたちコンサルタントは、常にグタイ=事例を求められる。そのことを否定するものではないが、そこでハタと気づくのは、たいていの人の思考経路は次のステップであることだ。

 具体 → 具体 →具体 ・・・ 結論

これを帰納法的思考と言うことはできない。なぜなら抽象化思考を飛ばした具体論は、まさに思考停止であるからだ。「この場合はどうか?」「いやこういう場合はどうか?」「ぢゃダメだな・・・」大方の会議はこういう話し合いに終始しているから結論も創造性も出ない。具体の山を築いて終わりである。

【わかりやすくするための抽象化思考のすすめ】
抽象化思考=すなわち問題や課題の構造化の労を惜しむと、顧客ニーズの根っこに触れずに商品化する羽目に陥る。どこか切れ味のない商品になる。

さおだけ屋の本は会計学への誘いである。あれだけ読んで「わかった!」と言われても会計学も著者も困るのである。柔らかい部分だけでなく、堅い部分もあるのは当たり前である。つまり、わかりやすさ自体を構造化することが必要、ということだ。それを考えてみよう。今日は以上です。

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