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2007年8月 3日 (金)

わかりやすさが命 5.わかりやすさを統合する

わかりやすさについて考えてきた今週のテーマも、今日で終わり。どのくらいわかりやすかっただろうか?と思うとちょいと不安が残る。そこで今日は、ちゃんと今週の主張も一望化もしたい。

さて、誰にも何年経っても忘れがたい、誰かに言われたずどんと響く言葉があるだろう。わたしにもある。そのひとつが、今をときめく編集者のU氏(出す本がことごとく再版するので「再版のU」と自称している)から、言われたフレーズはそのひとつである。

 「文章をわかりやすくするには、郷、詩を書いたらいいんじゃないか」

そう言われたのは学生時代、空想的な拙文を書いていた頃だ。若く熱い気持ちが自意識過剰さとなって、書いていることが抽象的になってしまう。そういうわたしの文章作法を、彼は婉曲に、だがズバリと指摘した。ムダをこそげ取って、伝えたいことを研ぎ澄ませるには、詩を書くのがいいのではないか。それが彼のアドバイスだった。

詩とは、それが自由詩であろうと形式詩であろうと、簡潔な、凝縮された言葉で作られる。日本の形式詩では、わずか17語に花鳥諷詠(高浜虚子の唱道した季題を詠う意味)を実践するのである。自らの心象を自然に託して簡潔に詠うという圧縮思考が、内容拡散・意味不明瞭なわたしの文章の矯正にぴったりであると、彼は思ったのだろう。

拡散には気をつけているつもりだが、三つ子の魂百までの喩え通り、依然としてあるな、つい書きすぎているなと思う。反面教師としての教訓は、「できるだけ少なく書く」。それが古今伝わるわかりやすさの教えである。

 20313toudai051 20313toudai041 
 霧いかに深くとも嵐 強くとも(高浜虚子)
 http://www.geocities.jp/kamosuzu/toudai.html

【勝手にアドバイス旬ネタ わかりやすさが命 5.わかりやすさを統合する】
世の中の商品やサービスを見渡すと、その説明や広告宣伝、お客さまと企業の接点(いわゆるコーポレイト・アイデンティティ)を、何とかわかりやすくしよう、わかりやすく伝えたいというもので溢れかえっている。そこには、理解されればされるほど購買につながる、という仮説がすっくと、産業界を貫いているからである。

だが必ずしもわかりやすい=売れる、ではないところが売ることの難しさである。

昨日も触れた我がコンサル業などはその代表例であり、ベールに包まれているからこそ発注するという言い方をする人もいる。だが我々は(傷つきながらも頑張った引田天功のような)イリュージョニストではないので、それは説明責任を果たしていないのではないか?と思うべきなのである。わたしは実績、費用、すすめ方、成功パターン、経営改革が紙で終わらないやり方まで、誠意を持って伝えつつ、長らくお付き合いできる関係を築きたいと思っている。

  Kfullnormal20070730071_m  事故後のプリンセス天功

だが言い方を変えれば、あまりわかりやすくしてはお客さまの実行を誘えない。それは人にモノを教える職業に共通している要素だ。「先生わかった、じゃ次なに?」となっては思考停止である。考えさせて感づかせてやる気にさせるのが、コンサルタントの役割であり、学校の先生の役割でもあり、管理職の役割である。

だからこそ表現やコミュニケーションのわかりやすさの根幹には、相手へのやさしさ、相手のレベルを慮る親切心があるはずなのだ。

【わかりにくくすることも、わかってもらいたい術の内】
だがわざとわかりにくくする例もある。わざとわかりにくくする映画の宣伝がひとつ。公開前に興味を山のように築き期待をあおるやり方である。あるいはジャングル陳列で有名になったドンキホーテ。お目当ての商品を探すことや思いがけない出会いを演出している。

これらはマーケティング術の一種で「探したい」「翻弄されたい」「騙されたい」をあおる形になっているが、実は売り手の「わかりにくさの演出」という意図自体は、ちゃんとわかってもらいたいという期待がある。タネ明かしはしないが、わかりにくさゲームに参加してよ!それがルール。われわれは容易にのせられるが、それもゲームの内なのだ。

【わかりやすさの命のまとめ】
さて今週の「わかりやすさが命か?」を振り返ろう。

 Photo

まずジャパネットたかたの事例を引いて、高田社長の凄さがゴリゴリの顧客視点にあることを紹介した。彼は商品の売り手でありながら、作り手/売り手視点をフラットにして、使われ方や使われるシーンを徹底的に語って売りに売った。この図にあるように、デジタルテレビの機能ではなく、大画面テレビの楽しみ方を語ったのである。

そして次にわかりやすさについて、3つの事例を引いて「図解化」、「たとえ」、そして「体験」の大切さを述べた。事例はNHK、野村證券、ソニーとあえて大企業を挙げたのは、大企業だって顧客視点にいかに立つか、実は苦心していることを伝えたかったからだ。大企業は広告費が桁違いだからできるんだよ、と言うなかれ。広告会社は「どのようにわかりやすくしたいのか」、売り手の思いを具体化するだけなのである。苦労のレベルは一線である。

たとえば「高いよ、買うなよ」で有名になった雪国もやしだって、当初は広告費が厚いとは言えなかったはずだ。伝えたいことをいかに広告企業にわかりやすく伝えられるかも大切なのである。
http://www.maitake.co.jp/05special/cm_hanawa.html

そして抗えない事実、わかりやすさシンドローム深刻である。だがこれは、一人のマーケターには手に余る国体事項であり、さまざまな識者に打開策を立ててもらいたい。若い世代の言語能力を垣間見ると、非常に悲観的になる。

2つのリモコンの法則は実に強力なメソッドである。簡潔な結論と具体的な詳論の組み合わせを、いかに作り込めるか。ウェブサイトとリアル販売、あるいはその逆など、業種/商品特性により、二段構えを使いこなす必要がある。

そして花鳥諷詠の教えにあるように、出来る限り説明は短くしたい。17音で結論が述べられればベストであるが、あまりに舌足らずでは心許ない。このバランスをどうとれるか。それがわかりやすさとわかりにくさの分岐点なのである。エコロジーを考えれば、なるべく少なく、小さくが必要である。

最後に、わかりやすさを追求し続ける根底にあるのは、お客さまの理解への執念である。執念とは親切心である。親切心が薄れたとき顧客視点は崩れてゆき、売り手視点が幅を利かせる。そうなるとき従業員の心も離れる。根底には執念があることを記して、終わりとしたい。

今週は以上です。お読み頂きどうもありがとうございました。

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