“うふふ”マーケティング こぼれ話 癒して、癒されて
今日は、昨日(2007年11月28日)掲載したビジネスメディア誠の「水商売から学ぶ“癒しサービス”の価値向上法」のこぼれ話を。
池袋のパブでは1年以上アルバイトした。その間に店長は2、3人入れ替わったと思うが、ビジネスメディア誠のエッセイに書いた店長は今でもよく覚えている。実に水商売ぽくない人だった。一方、大村昆によく似たホール主任もいた。彼も良い人だった。職場(そのお店)内でいじめにもあったとき(嫌な大学生がいた)助けてくれた。
主任は水商売に生き、水商売に往くという軽くて明るいタイプだったが、店長にはどこかこの世界に“迷い込んだ”という風情があった。だから癒しが欲しかったのではないか。もちろん店長は売上責任がより重いからでもあるが、大村昆似の主任にとっての癒しとは、たぶん違ったような気がする。
【激務だった銀座の水商売】
高収入目当てで働いた銀座のクラブはもの凄かった。身体的も心理的にも激務だった。クラブをめぐる人間模様は奇怪で奇天烈だった。ある目的(放浪旅行費用の積み立て)のため、歯を食いしばった。何が激務だったか。女性(ホステス)のまぶたや眉ひとつの動きを察して、客席を右往左往しなくてはならなかったからだ。
些細な表情の変化を察して、灰皿交換や注文取りなど飛びつくように駆け寄る。ゆっくり動こうものなら「次からあなたは来ないで!」と引導を渡された。だからジャンプする。走る。ときに跪く。そんなサービス業がクラブのボーイだった。8時から11時までのたった3時間の労働でへとへとになりながら、銀座八丁目から一丁目の有楽町線の駅にむかって、終電ぎりぎりに飛び乗る生活だった。
あの世界は心底嫌だったが、今思うとサービス業を肌で知る良い機会だった。人を観察して次に何をしたいのか?を瞬時に判断するトレーニングには役だったと思う。
【銀座のクラブの店長は奇怪だった】
奇天烈と言えばそこの店長だった。一見して脳タリンに見えるサル顔で、あろうことか日活ロマンポルノ(若い人はもはや知らない)にも出演していた。そのポスターを見せられた。だが生粋のサービスマンだった。おじぎの角度が浅すぎるとお尻をしたたかに蹴られたこともあった。とても痛かった。きっとわたしは“学生さん”的なおじぎをしていたのだ。サル顔店長にも教えられることは多かった。
やさぐれのバーテンは野菜ぺティナイフの彫刻家だった。数あるホステスの中でも覚えているのは、ウィノナ・ライダー似の沖縄出身の女性である。歯牙にもかけてもらえなかったが綺麗だった。そしてほぼアル中のボーイのヤマシタさんにはかわいがられた。彼と連れ立って行ったのが猫道奥のてんぷら屋だった。
ヤマシタさんと行った、あのてんぷら屋を探して、先日さまよった。
【銀座のママさんには脱帽&尊敬】
クラブのママさんは美人で器量が大きかった。当時30ちょいぐらいだっただろう。目は大きく美しいが、「愛らしさ」は微塵もない。その眼光は聡く、敏く、さとられにくいものだった。すばしっこい獣の目だった。わたしは魅入られた。従業員にぴしゃりと指示を出す姿にも感心した。お客さんの心を読み瞬時にホステスを動かす彼女に、天賦のリーダーシップを感じた。
ママさんに一度、わたしにしてはキマった駄洒落を言ったことがあった。英語と日本語をかけた他愛ない駄洒落だったが、ママさんは「あら!あなた、おもしろいこと言うのね!」と言ってくれた。それは激務のさなかで、忘れられないわたしの“癒し”になった。男はつまるところ女にしか癒されない(おっと・・・ある趣味の人をのぞいて)。わたしはそれを21歳のとき、お水のオモテとウラで実感した。
余談だが、米倉涼子さんの主演番組『黒革の手帳』、彼女の演技は迫真的だった。“あの雰囲気”を感じた。どこで取材をしたのか・・・そもそもママさんの素質がありそうだ。
【癒しの語源は“全体最適”】
癒し(heal/healing)の語源はhealという動詞の名詞化である。healのさらに元をたどると「hal」で、それはギリシャ語のHolos(全体)という意味にさかのぼることができる。癒しとは部分ではなく、全体に関することなのである。
人の身体は一個の生命体システムとして機能している。身体も精神もセットである。だからある部分だけを癒すのは、本来間違っているのだ。足ツボ、肩や脊椎だけほぐしても癒しにならず、まして呑み屋で止まり木して歌っても、一時だけの癒しにすぎない。血流が滞ればまた肩は凝るし、止まり木の酔いもいずれ醒める。
だから癒しサービスには習慣性がある。リピートせざるをえない。サービス業はみんなそこをねらっている。だがいつか癒しにならないと見抜かれる。だからお店やサービス業態そのものが廃れる。癒しのサービス業はそういう宿命(サイクル)にある。目先を常に変えなくてはならない。
【サービスはもっとサイエンスするべきだが・・・】
“サービス・サイエンス”なる業界用語がある。IBMから始まったこのコンセプトは、サービスのサイエンスって何?という根本からあいまいである。標準化・体系化・効率化のねらいはわからないでもないが、実はそもそもの動機がそこにない。
発想の原点はIT業界の利益源の減少である。ハードでもソフトでも儲けが出ない。ソフト開発(俗に言うつくりこみ)は絶えず赤字と背中合わせ。パッケージソフトは売れても、需要一巡後は後が続かない。ハードウエアの卸販売は売上計上も禁止された。だから導入後の保守契約でしか儲けが出ない。「アフターで儲けよう」をサイエンスしようとした。
だがサイエンスするのは時間がかかると判断したようで、手っ取り早い策に切替えた。IBMも国内のN社もF社も、立て続けに大手/中堅コンサル会社を買収したのである。買収で“サービスに箔を付けた”。サービス業はサイエンスするより買ってしまえ。そこにお客さまへの“癒し”があるだろうか。
【もっとママさんに学ぼう】
コンサルタント業もサービス業である。ゆえに“癒し手”であるべき。クライアントの経営者、経営陣、管理者、そして現場社員の話相手、癒し役でありたいと思う。
現実にはコンサルタントに付けられる肩書きはコワオモテなのが嫌である。「監査人」「ITスペシャリスト」「会計士」「診断士」「人事スペシャリスト」「規格監理者」・・・まるでサービス業ぽくない。癒しだけではダメだが、銀座のママさんを思い出そう。叱られたいお客には叱ってあげている。追憶のかなただが、水商売に学ぶことは多いと思ったのが今回のエッセイに結実した。今日は以上です。
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