« 途上国から世界に通用するブランドへ――マザーハウス | トップページ | SAKURAの春 巾着袋のニッポン 第二話 バナー »

2007年11月16日 (金)

SAKURAの春 巾着袋のニッポン 第一話 血

SAKURAの春 巾着袋のニッポン

【前書き】********************************************************

 当ブログの筆者(郷好文)はただいま旅行中です。旅行の間(2007年11月16日
~18日)、3回連続で「マーケティング・エンターテイメント」をお届けします。
以前書いたオーストラリア ブリスベンに流れ着いた日本人コバヤシの物語
SAKURAの春 プロローグ、SAKURAの春 桜のつぼみ)の続編になります。
再び恥ずかしくも楽しく書きました。リラックスしてお読みいただければ幸いです。

SAKURAの春 巾着袋のニッポン 第一話 血 *******************

 削った、と思う間もなく真っ赤な血が指からあふれた。左手の人差し指、
身体に近い側の先端部分だ。声にならない声をあげて、わたしは包丁を
投げ出すように置いて、うずくまった。

 「切った?」 日本人の調理アルバイト後藤が声をかけた。
 「すっぱりと・・・」 うめきながら答えた。首からかけていたタオルで指を握る。
白地のタオルが、見る間に紅色にそまった。
 「痛い? 痛いよな、そりゃ・・・」 とは言いつつも、彼も注文を受けた調理に
忙しいので駆け寄るヒマはない。「ちょっと待ってて。これやっちゃわなきゃ」
後藤は揚物を続けた。
 
 鮮血に染まるタオルで指を押さえながら、どこまで指を切ったのだろうかと
考えたが切った箇所を見たくなかった。規則的に出血する音が指から聞こえて
きた。血染めのタオルが痛々しかった。痛みをこらえてわたしは言った。
 「すまん。しばらく休めば大丈夫だ」 

 怖いもの見たさでタオルを上けて左手人指の具合を見ると、とてもそうでは
ないように思えた。指紋の等高線状の何段かが、頂上が平らになった山のように、
スッパリと削がれていた。削がれた山頂から噴火のように血が流れていた。
きっと肉片は切っていたキューカンバーにまぎれてどこかにあるのだろう。

 「わるい。しばらく・・・休むよ」 
 
 わたしはタオルに力を入れてを押さえて、調理場の裏口に向かった。控え室
があるような大きな店舗ではない。ショッピング・アーケードの裏に空地がある
だけだ。足で扉を開けた。自分の血の気が引いているのを感じた。亜熱帯気候
のオーストラリア、ブリスベンの陽光がまぶしく、熱かった。日光のせいで血流
がますます促進されるような気がした。息をするのも痛かった。金属製の空の
ビール樽の上に腰掛け、うつむいてケガや血のことを忘れようとした。

            Photo

     #######################

 店舗の軒下に積まれたダンボールに「SAKURA #2」と書かれてある。血の気
の引いた額に、熱い日差しを感じながらその文字をぼんやりと見つめた。

 ここはブリスベンのジャパーニーズ・レストランSAKURA2号店である。わたし
コバヤシは、ワーキングホリデーの旅から流れ着くように日本料理店SAKURA
で働き出し、調理場に居付き、数年が経った。店舗のオーナーのMr.Tもまた
流れ者だ。空手家転じてレストラン経営である。日本食で競合もいない街なので、
1号店は成功した。味をしめて日本人が多数居住する郊外エリアに、SAKURA
2号店を出した。その店長を命じられたのがわたしだ。だが店長とは名ばかりで、
Mr.Tのために売上をあげる弟子のような存在だった。

 それでもよかった。売上を上げる弟子でいい。ブリスベンでは時間はゆっくり
と流れる。何かから追い詰められることはないのだ。何歳になったら何をして、
何かをするためには何をして、その何かをするために、また何かをして・・・と
いう日本社会特有の強迫観念サイクルから、すっかり自由なのだから。この
ままでいたい。そう思っていた。

 だが郊外に出店した2号店はすぐに行き詰まった。昼も夜もヒマなのである。
原因のひとつとして競合店の新規出店を疑った。日本料理店のKOTOだ。だが
SAKURA2号店の何倍ものスペースで格式の高い高級日本料理店なのだ。
小さなSAKURAの蕾が競争にはならない。顧客層も何もかもが違う。

 想定客として集まってもらった飲食インタビューから、SAKURA2号店の行き
詰まりの原因は店固有の問題だと思われた。日本人対象なのかオージーが
対象なのか、日本の味を押すか、ローカルの味になじませるか。価格も中途
半端だし店内に日本の雰囲気さえ少ない。お店にテーマがなかったのだ。

 「ようやくランチは軌道に乗りつつあるのに・・・」 傷の痛みは次第に規則的な
鈍痛に変化してきた。恐る恐るタオルを上げると、禿山の赤膚が見えた。しばらく
は料理ができそうにない。後藤が裏口のドアを開けて顔を出した。
 
 「コバヤシさん、具合どおですか?」
 「ぼちぼちだよ」
 「もうお客さんはいなくなりましたから、お店の中で休んでください」

 「ひと仕事終えた」という充実感のある客席に入ると、少しほっとした。わたしは
無傷の片手で、『SAKURA BUFFET TABE-HODAI(タベホーダイ)』と書かれた
メニューをそろえた。
 「コバヤシさん、ワタシ、やりますから休んでいてください」 台湾人ウエイトレス
の麗朱が、メニューをひったくるように持ち去った。病人は休んでいろか、わたし
は苦笑した。
 
 後藤が厨房から現れ、わたしの指を検分して言った。「この傷じゃ2、3日、料理は
できませんね」 そうかも知れない。
 「本店から誰か応援を出してもらいましょう」 後藤が言う。 
 「オレから連絡しておくよ。だが今日の夜はどうするか」
 「夜はヒマでしょうからボクひとりで大丈夫ですよ」 

 ヒマで困っていたのに、ヒマでよいこともある。2、3日休ませてもらおう。ディナー
対策を考える良い機会だ。

      #######################

 人に料理を作ることができなければ、自分に料理を作ることもままならない。

 当たりまえなことに気づき、夜食は外出することにした。マニュアル・ミッションの車
を運転するのはつらいが、包帯をしっかり巻いた人指し指はミイラのように直立
しているので、かえって無視することができる。不味いチャイニーズ・テイクアウト
よりも、今夜はケガの回復のために奮発することにした。

 主が手傷を負ったフィアットを走りださせた。イグニッションが右手仕様で
よかった。車検が無いせいで年代物の車が多く走るオーストラリアの車道でも、
この四角いフィアットの年式を言えば、恐れをなして道を開けてくれるのだ。
フィアットは夜道をぼんやりと照らして「奮発先」に向かった。

 日本食レストランKOTO。高級日本食店が奮発先である。店舗の建て直しにから
んで、店長の堀田氏にお世話になっている。駐車場ゲートをくぐり、最奥の駐車
スペースにフィアットを止めた。入口に近い駐車場に群れる高級車の間に置くのは、
フィアットにとっても高級車にとっても、劣等コンプレクスと優等コンプレクスを
刺激し合うだけだからだ。車を降りて店舗に向かうと、駐車場を照らす街灯から、
のぼりが垂れ下がる。英語で『Japanese Noodle Fair』とある。涼味のあるソバや
ウドンのイラスト付きだ。日本蕎麦、うどんのフェアか。食欲をそそられた。

  Photo_2 駐車場ののぼり
  原図引用元 http://t-arena.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/061116_01.jpg

      #######################

 席につくと、日本人ウェイトレスがメニューを持ってきてくれた。KOTOに始めて
訪れたときに会ったのが恵子である。そのとき、和食を通じてフードビジネスに身を
投じたい、だから働きながら現地校で勉強していると話していた。改めて和服の
彼女を前にすると、その決意が額と顎にしっかり刻まれている女性だと感じた。
わたしや後藤のような風来坊とは違う。こんな若い日本人女性もいるのだ。

 「こんにちは」 恵子は微笑んだ。「SAKURA2号店、いかがですか?」
 「少し光が見えてきました」

 わたしはお店のみんなでアイデアを出し合い、知り合いのお客さんをお店に呼び
グループ・インタビューをして改善のヒントをもらったこと、「オーストラリア人に
日本食を伝える」というテーマでTABE-HODAIを思いついたこと、それを日本独特
の器である幕の内弁当の容器で提供する「ブッフェ方式」がウケて、日本食を盛り
付けて日本を知るという食べ方が浸透しつつあること、その影響でディナータイムも
少しずつ客数が増えてきたことをかいつまんで話した。

 「ところで、堀田店長は今日はいますか?」  
 「あいにく今日はお休みなんです」 日本の本社に呼ばれ二泊三日の旅程で、
社員研修旅行のため一時帰国しているとのことだ。あわただしいことだ。

 お店にはお客さんもまばらなので、恵子さんがのんびりと話しかけてきた。
 「実は、ひとつ困っていることがあるんです」
 「どんなことですか?」
 「来月、ブリスベンでジャパン・ウィークというお祭があるんです」 恵子はレジの
壁に貼ったイベントPRのポスターを指差した。「このお祭で、わたしも何か日本を
アピールすることをしたいんです」

 ジャパン・ウィークとは日本を紹介するイベントだ。日本舞踊あり、日本人ミュージ
シャンの演奏や演劇もある。太鼓打ちや折り紙や生け花、書道の公開レッスンも
ある。日本を伝えようというフェスティバルである。

今日は以上です。明日17日、18日もよろしくお願いします。

|

« 途上国から世界に通用するブランドへ――マザーハウス | トップページ | SAKURAの春 巾着袋のニッポン 第二話 バナー »

コメント

前略
米国在住の友人から和風の巾着袋を紹介した本があったら購入して欲しいと依頼がありました。プレゼントとして差し上げた巾着袋を非常に気に入ってくれて、自分でも作りたいと言うのです。書籍、雑誌、資料 なんでも結構ですのでご紹介いただけませんか?

投稿: 真野 甫 | 2008年9月27日 (土) 09時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: SAKURAの春 巾着袋のニッポン 第一話 血:

» ワーキングホリデーinオーストラリア バックパッカー夫婦はお決まりのご近所を探索するのでありまして・・・ 2002 年8月11日 [ワーキングホリデーinオーストラリア・実録バックパッカー夫婦 保険]
ワーキングホリデーinオーストラリア 138日目 いよいよワーホリ生活の新たな土地での暮らしが始まったのですが、右も左も分からないのでソックスの散歩ついでに近所を散策です。まあ何ていうか猛烈に田舎なんですけど空気「ウマーーー!!」って感じで自然万歳!!といっ..... [続きを読む]

受信: 2007年11月17日 (土) 09時08分

» オーストラリアに居住!? [オーストラリア満喫ブログ]
旅行先としても大人気のオーストラリアですが、居住地としての人気も世界的に有名です。 [続きを読む]

受信: 2007年12月15日 (土) 12時41分

« 途上国から世界に通用するブランドへ――マザーハウス | トップページ | SAKURAの春 巾着袋のニッポン 第二話 バナー »