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2007年11月18日 (日)

SAKURAの春 巾着袋のニッポン 第三話 巾着袋

11月16日からお届けしています『SAKURAの春』の続編の3回目です。

SAKURAの春 巾着袋のニッポン 第三話 巾着袋 **************

 三日目には指の怪我も癒えて、わたしはSAKURA2号店に復帰した。ドラッグ
ストアでゴムの指サックを買い、テープで巻く。まるで拳をつくる空手家のようだ。
なんとか調理ができそうだ。

 経営の方は、この2日間でとくに何かが変わることはない。ランチは活況で、
ディナーはぼちぼちだ。わたしは必要なのだろうか。
 「コバヤシさん。お休みの間にディナー対策のアイデア、でましたか?」
 後藤が訊いた。
 「うん。少し考えたけれど、それより・・・」 わたしはのぼりの巾着袋の話をした。
後藤もおもしろいと言った。
 「僕は日本の柄もいいと思うけど、環境にやさしいのがいいと思いますよ」
 「うん、恵子さんもそう言っていた」
 「オーストラリアは資源はあるけれど、生産ができない国でしょう。他の国から
商品を輸入して使い捨てばかり。それを改めましょうというメッセージがいいな」
 若くてもそういう見方をする日本人も増えている。日本を離れないとあんがいそう
いうことさえ見えないものだ。

 翌日KOTOの恵子から電話がかかり、堀田店長がバナーの件を承知したこと、
さらに倉庫に眠る、他のイベントのバナーも提供してくれるという。だから次の
休みの日に、のぼりを洗濯して、乾かして裁断にかかる予定だという。日本では
物干しの場所にさえ苦労するが、オーストラリアではたいていの家には裏庭に
大きな回転式の物干しがある。何枚あってもすぐに乾く。

          20060602191649  
          オーストラリアの物干しの写真
          http://www.hiwave.or.jp/blog/blog0606/20060602191649.JPG

       #######################
 
 ジャパン・ウィークの開催の数日前になったある日、恵子が数枚の巾着袋を
携えてSAKURA2号店にやってきた。テーブルの上に出来上がった巾着袋を
広げた。色とりどりというか、日本柄とりどりというべきか。ある袋はNoodleの
文字があり、ある袋には蕎麦の絵がある。別のイベントのバナーを使った「鍋」
の図柄もある。廃物利用でこんな素敵なバッグができるとは思わなかった。

 「しゃぶしゃぶフェアのバナーだったの?」 わたしは訊いた。
 「そうなんです。鍋の図柄だと日本ということが伝わりやすいですよね」
 「ひとつひとつ、全部違うというのもいいな」と後藤が言った。
 恵子は巾着袋をひっくり返して言った。
 「前身頃と後ろ身頃を2つに分けて、なるべく日本的な図柄が全部の袋に入る
ようにしたんです。型紙を一枚で切ってしまうと、真っ白い袋もできてしまって」
 「なるほど」 わたしと後藤は口をそろえた。
 「日本のイメージを伝える図柄の組み合わせに気をつかいました」
 
 Japanese Noodle FairとShabu-Shabu Fairのバナーで製作した巾着袋
(Kintyaku bagと名づけた)は、全部で100枚を超える数になった。1枚5ドルで
配布すれば、500ドル以上の売上になる。

 「果たしてお客さんは買ってくれるでしょうか?」恵子は少し心配である。
 「飛ぶように売れるよ」後藤は太鼓判を押す。
 「そう思いますか、コバヤシさん?」
 「アイデアの生みの親だから言うわけじゃないけど、話題になるんじゃない
だろうか」

       #######################

 読みどおりJapanese Kintyaku bagは話題の的になった。

 KOTOのOnigiriイベントの中で「Japanese Kintyaku bag」の展示販売をします、
とプログラムにアナウンスされた途端に、地元の新聞社が報道したのだった。

 -Japanese Girls make Kintyaku Bag by trash materials -
 
 「日本の若い女子学生数名がボランティアで、日本食にちなんだ図柄のある
廃品のバナーを裁断して、2つとして同じものがないキュートなバッグを作った」
という記事である。ジャパン・ウィークの中日に開催されるOnigiriイベントで
Kintyaku bagを買いたい人は早め行こう、と締めくくられていた。

 新聞にはKOTOの名前も書かれていたので、「敵の宣伝をしてしまった」と
わたしと後藤は苦笑した。だがお世話になっている店に、少しだけ恩返しが
できてうれしかった。

 そして当日、最初の一時間でKintyaku bagは売り切れたのだった。後藤も
わたしも店があるので立ち寄れなかったが、恵子によれば、Onigiriを買いに
来たお客さんのほとんどが、Kintyaku bagも買い求めた。だからあっと言う間に
「Kintyaku bag Sold Out」を貼り出すことになった。おまけに2人のKimono girls
(恵子とその友人のことだ)も話題になり、地元オーストラリア人とKimino girls
の記念撮影も大繁盛だった。

    Photo_3

 恵子らを喜ばせたのは、ジャパン・ウィークの主催者から、イベントで使用
したバナーをリサイクルして、バッグをつくらないかという申し入れがあった
ことだ。Japan Weekのバナーも大量に発生し廃棄されるだけなのだ。廃棄物
でバッグを作れば、このイベントや日本の宣伝にもなると主催者が考えたそう
だ。恵子はKOTOの仕事に勉強、さらにボランティア組織まで・・・と悲鳴を
あげたが、その目はとても活き活きとしていた。

 怪我の功名もあるものだ。完治した人指し指をなでながら、わたしはつぶ
やいた。包丁で指の等高線を切り取ったおかげで、日本を伝えたい人と
日本を知りたい人を、低予算かつ環境にやさしい方法で結びつけることが
できた。日本という文化、伝えることは多いのだ。「伝える」というキーワード
から、もう一度ディナー対策を考えてみよう。(了)

【あとがき】 **************************************************

 筆者旅行中にお届けした『SAKURAの春 巾着袋のニッポン』、お楽しみいただ
けましたでしょうか。 「日本を知りたい・知らせたい」というお祭が出発点にあり、
日本を知らせたい人」と結びつき、「知らせるモノ」、日本を表現する素材と
巾着袋に達しました。

この物語はフィクションですが、あらゆるスモールビジネスに共通する要素が
あります。お客さまが「うれしい」が出発点にあり、それが「やりたいこと」と一致
し、仕事やイベントとして「やるべきこと」になって実施される。

       Photo_4

ひとつのことをやりきれば、真ん中にはきっと‘ウチならではというものが生まれて
きます。わたし自身、このブログを通じて、頑張っているベンチャーさんやデザイナー
さんとの接点が生まれてきました。接点から自分のやりたいことが見えてきました。
このブログを通じての、わたし自身の「うれしい」です。

お読みいただきどうもありがとうございました。

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