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2007年12月14日 (金)

“うふふ”マーケティングこぼれ話 代償、そして選択

今日は昨日2007年12月13日、ビジネスメディア誠に掲載した“うふふ”マーケティング 『ユニバーサルデザインはみんなを包み込む――Udea』のこぼれ話である。

リンナイ大阪ガスが手がけたユニバーサルデザイン(UD)のガスコンロ開発は手間がかかっている。開発期間は通常製品の倍ほどかけたとされる。もちろんコンロにUDを適用したのが初だという事情もある。次の商品開発では短縮されるし、他のガス器具への展開もスムーズにできるだろう。

Udeaは“UDの代償”もあって高級コンロで、決して安い商品ではない。UDゆえだけの理由ではないとしても。

【代償を払わない日本人】
Udeaの講演を聴いた『デザインイノベーションフォーラム2007』では、世界的な工業デザイナーの深澤直人氏の講演もあった。彼がプレゼンの冒頭に示した言葉は印象的だった。

 「日本人はものづくりの質を高めるために代償はいらないと思っている」

ミニマリストの深澤直人氏らしいシンプルなパワーポイントで、“代償”という二文字だけが映された。誠意あるデザインには代償がつきものだ、だが・・・というものだった。

代償には「払う」という動詞が付く。だから払っていただくものだが、払われないのが問題だと指摘された。払われないとなると省くしかない。あるいはそこをタダでやるしかない。タダでやって原価を販管費にもで付け替えなくてはならない。質を高めることを、省くかタダでやるのが正しいはずがない。

ちょっと独断的だが、日本のものづくり競争力を上げるポイントは“デザイン”にあると思っている。デザインとは、プロダクトの表ヅラだけをスケッチするのではない。機能や機構、素材や形状、利用環境とユーザー、購入者のプライド、そして企業の理念、これらを統合するクリエイティビティをデザインという。そこが起点で、設計や開発、生産、マーケティング、サプライチェーン、販売・・・という一連のビジネスプロセスを決める。成熟した市場において、質の高い商品で競争する際に取られるべきビジネスモデルの起点はデザインである。

代償を支払わない日本の社会風土が、ものづくり競争力を自虐的に低めているのではないか。深澤氏が投げかけたのはそれだった。だが第一人者の深澤氏は、比較的払ってもらっているデザイナーだとは思う(これ余計でした)。

 

Dif02
 http://www.toex.co.jp/compa/compa03.htm

【すべての商品にUDコンセプトが埋め込まれてゆくのが理想形】
Udeaはちゃんと言えば高級コンロシリーズ「DELICA」の中のひとつのバリエーションである。位置づけは次の通り。

 

DELICIA    : フラッグシップモデル
 GRiLLER    : お料理好き対象
 Udea    : 誰にでも使いやすく(高齢者対応)

フラッグシップモデルのDeliiaは標準の60cm、ワイドの75cmのサイズがそろい、ガラストップの美しさ、一枚モノで打ち抜きで作られたというステンレス製のゴトク仕様(これだけ相当高いと聞いた)。GRiLLERは料理好きを対象に、大人数にも対応できるワイドなゴトク、大火力と火力調整のしやすさ、ローストポークの作れるダッチオーブンが入るグリル・・・料理研究家のCherryさんも大納得の機能である。

    

Img070830_3  ダッチでグラタン。

UdeaはUDを追求する中で、2コンロという割り切り、操作性に優れるボタン類、安全性、丁寧な取扱説明書(写真やイラストを多用)に訴求ポイントをおいた。UDによって差別化したと言っていい。

だがこの3タイプのポジショニングは過渡期のものとも言える。UDコンセプトが独立してあるのがいいか、すべての商品に埋め込まれるのがいいかと言えば、正しいのは後者だからだ。「大家族・パーティ仕様」「セミプロ仕様」「お料理おまかせ仕様」「もう料理は作りたくないわ奧さん仕様」などの商品群があって、そのすべてにUDがあれば、これは凄い競争力である。

ターゲティングがしっかりして、しかも高品質。こういうものづくりこそ、日本の多くの製造業が目指すべき道である。

【スケールを追うか、クリエイティビティを追うか】
ユニバーサルとは"地球”とか“世界”という意味もあるので、ちょっと話を拡張したい。産業界を見て感じることは、世界は確かにフラットになりつつある。開発拠点は各地に設置され、生産はグローバル化し、販売は国境をまたぎ、そのためにM&Aが日常化し、企業は巨大なグループに収斂されていきつつある。製造業だけでなく、金融業も、IT通信も、ホテル業も、流通業も・・・地産地消が「地球生産、地球消費」という意味になりつつある。

たとえば足元のIT産業に目を向けても似た状況がある。ちょっと象徴的な言い方をすると、Oracle的世界観のタンカーに乗るか、Google的世界観の小舟に乗るか、である。

Photo

Oracle的世界観とはERPとデータベースを中核に、あらゆるビジネスシステムを取り込んでパッケージ化する。ビジネスの掟は「スケーラビリティ」、つまりあらゆるものをワン・パッケージにする。ERPに向かってすべてのソフトウエアを集中させるのだ。ゆえにERPは統合型パッケージと呼ばれる。

一方でGoogle的世界観の中核にあるのはWebである。キーワードはオープン化、ビジネスの掟はクリエイティビティ。真ん中にあるウェブという全員参加のシステムは、創造力さえあれば、誰でも主役になれる可能性ある、分散型の世界観である。

非常に概念的かつ単純化した図だが、大事なことは、どちらのビジネスの道が自社にふさわしいか?IT企業ならそれを問うて社員に示さなくてはならない。社員もまたどちらが自分にあっているか、つまりどちらに乗るかを自問することである。社会的な良し悪しはもちろん、儲かるか儲からないも別にして、自分に合った方を選ぶべきなのではないか。合わないとアトピーのようにいずれお尻がムズムズする。

長くなりましたのでまとめます。UDのようなデザインという差別化で競争力を地道に付けて、いつかユーザーに正当な代償を払ってもらうことを認めさせる道のりもある。デザインは安価にすませて、安い地球流通市場向けの大規模な商品開発を歩む道もある。いずれにせよ、どちらか決めなさいというのが、日本産業界や日本人に問いかけられている。そんなことをUDから感じた。
今日は以上です。

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