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2008年1月 2日 (水)

SAKURAの春 和食ナイト 2.こわれない生きかたを求めて

 昨日(2008年1月1日)から書き出した『SAKURAの春』の物語の続編
です。
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 「来月も売上がもどらなかったら、コバヤシ、お前を殴る」

 Mr.Tのこの言葉に殴られてから2ヶ月だ。SAKURA2号店の売上はもどら
ないままだ。黒字になるにはまだ数字が小さい。寸止めではない実戦
空手でブームをつくった極深館の有段者にして、海外での空手伝道者と
いう冒険家がMr.Tである。ワーキングホリデーのフラついた若者二人を
ぶちのめすなど、空手の練習の組手ほどでもない。

 電話が鳴りMr.Tの“おい、コバヤシ!”という一声が聞こえた。いよいよか
と思えば別の命令だった。それもまたボディブローではあった。
 
 「コバヤシ、明日出るぞ。準備しておけ。後藤にも伝えておけ」

 Mr.Tは普段から「ハイ!」という答えしか用意されない会話をするが、これ
もそのひとつだ。「出るぞ」とは“海”で、ブリスベンのハーバーに彼が泊める
釣り用のプレジャーボートから海洋に出ることだ。「準備」とはお前らも来い
という命令だった。

 成功者のあかしである“プレジャーボート”は抜け目なく会社保有だ。その
ボートで釣りに出るのがMr.Tの楽しみだった。グレートバリアリーフにプライ
ベートのプレジャーボート。ゴージャスな海遊びのはずなのに・・・苦痛な
のだ。それは船に積む魚群探知機のためだった。
 
 Photo

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 翌日Mr.Tの命令に従って、スニーカー、タオル、日焼け止め、そして作業
用の手袋を後部座席に放り込んで、途中で後藤をひろい、フィアットでハー
バーに向った。

 「せっかくの休みなのに・・・よりによってMr.Tと釣りとはねぇ・・・」後藤は
この期に及んでもまだブツクサ言う。
 「殴られるよりマシだろう?」
 「いや殴られた方がマシですよ。いい加減日本に帰ろうかなと最近思って
います」
 「いずれそうなるさ」
 美しい海ともおさらば。Mr.Tともおさらば。南の日本食ともおさらば。旅は
いつか終わるのだから・・・。

 後藤は愚痴を続けた。「Mr.Tの店のために働きに来たわけじゃないし」
 「じゃ、何のために来たんだ?」
 「探しに来たんですよ」
 「何を?」
 「安住の地を」
 「嘘だろ、ホントは女の子でも探しにきたんだろう?」
 「それもあるけど、たしかに」後藤は笑った。「ここはこわれてないから」
 「こわれていない?」
 「こわれていない場所で、こわされずに働き、こわれずに生きる」
 後藤はよどみなく言った。
 「気の利いたセリフだな。誰かの言葉か?」半ばからかって言った。後藤
は続けた。
 「きっとみんな、だからオーストラリアに来るんじゃないですか。日本が
嫌いだとか、働くのが嫌だということじゃなくて、自分がこわれていくのが
嫌なんだと思う。まだ地球上で、こわれていない地に行きたい。大人から
見ればそれは“逃避だ”って言われるけれど、逃げているわけじゃなくて、
つかまりたくない。つかまるとこわされる。そんな恐怖心があるから、日本
を出るんじゃないだろうか」

 “たまには気の利いたことを言うな”とわたしは思った。こわれてゆくのは
なんだろうか。社会、自然、景色、生活、健康、人間関係、そして心・・・。
海外に出てきたのは、立ち向かってもこわれるスピードの方が速いから
かもしれない。つかまらないようにひたすら走る。自分がどれだけこわれ
てしまったか、知ることも恐いのだ。つかまらないために南の地に来たの
に、今Mr.Tという影におびえている。

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 「よぉ~し、コバヤシ、後藤、移動するぞ!」 Mr.Tの言葉が青い海に
響き渡った。海と空手で黒くなったMr.Tは魚を追いかけるのに夢中だ。

 けっして上背はない。170cmそこそこの身体ながら、鍛え抜いた足腰、
太い首、ナイフも刺さりそうにない二の腕、ごつごつの指、空手家その
ものだ。口髭には笑みをただよわせても、相手がどう出てくるかいつも
観察している眼光は決して笑うことがない。健全な精神、健全な肉体に
やどるというが、拳を頂点にした肉体改造で、相手を威圧するオーラも
拳のように暴力的なのがMr.Tだ。

 「ハイ!」 われわれは海のしぶきを浴びて言った。

 返事はするものの、もうこれで3度目の移動だ。腕はしびれ、ヒザは
ガクガクしてきた。魚群探知機で魚の群れを探しては釣り糸を垂らす。
魚がかからない。また探知機を見る。群れが離れるのを確認する。離
れた群れを追って船を移動させる。そのときがわたしと後藤の出番だ。
 
 手足をふんばって錨(いかり)をあげるのだ。釣りにわたしと後藤が
必要なのはそのためだ。上げ下げ役だ。

 「ま、ま・・る・・で・・・地球をあげるようだ」 歯をくいしばる。海中の錨を
あげるのは、海水で満ちたバスタブを人力であげるようなものだ。

 「腰で引け、腰で引くんだ!」 Mr.Tから激が飛ぶが、相手は地球だ。
そうやすやすと引けない。海水を含んだロープは冷たくて硬い。「ハァ、
アァ、アァ!」と言葉にならない合いの手を二人で入れて、ようやく錨を
甲板にあげる。プレジャー(快楽)のカケラもないボート遊びだ。

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 プレジャーボートは、たしかに成功のあかしではあった。10名ほどは
乗れそうなボートには後部に2箇所のフィッシング席があり、デッキ下部
にはサロンスペース、ベッドにもなる革張りソファ、ワインクーラー、キャ
ビネット、化粧室、ギャレー(流し)、運転席のシートも革張りだ。そして
魚群探知器があり、なぜか錨の巻き揚げ用のウィンチだけがない。
嫌がらせとしか思えなかった。

 「“太陽がいっぱい”って映画、あったよな」わたしは息をきらして言った。
 「あの・・・アランドロンの映画?」後藤も息はみだれていた。
 Mr.Tが釣り糸を垂れる後尾からは、船首に座り込んだわれわれまでは
距離があり波の音で聞きとられる心配はない。  
 「そうだ。ヨットで富豪を殺して、そいつになりすまして金持ちになるって
話だ」
 「もうちょっと北に上ればグレートバリアリーフだし」
 「殺っちゃうか」わたしは日焼けで痛くなった腕をさすった。「殴られなく
てすむしな」
 「こわれなくてすむしね」 後藤は珊瑚礁の宝庫と言われる青い海を
みつめながら言った。

 ここにはまだこわれていない海がある。Mr.Tにこわされないうちに脱出
するか。だがどこへ行けばいいというのか?
 
Photo_2
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 その日の釣りの成果はゼロではなかったが、わたしと後藤が失った
カロリーに見合うほどではなかった。ひとつわかったのは、魚の群れを
追って漁場を探すのはしょせんは後追いだ。エンジン音とガソリンの
匂いを海にまきちらす文明物がやってくれば、魚は本能的に逃げる。
追えば追うほど魚は逃げる。それをまた追う。こうして自然をこわす
“不自然な営み”を人間はしているのだ。

 SAKURA2号店のことに思いをはせた。もっと自然体で考えなくては
だめなんだ。追っていけばいくほど逃げていく。追うのではなく寄って
きてもらわなくてはならない。魚も後藤もわたしも、逃げる者の気持ちは
みな似ているのだった。

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受信: 2008年1月26日 (土) 10時21分

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