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2008年1月 1日 (火)

SAKURAの春 和食ナイト 1.南国のおかゆ

 さて2008年の始まりは青年コバヤシのオーストラリア奮闘記『SAKURA
の春
』の続編です。体験にもとづくフィクションですが、わたし流の表現では
“マーケティング・エンターテイメント” お屠蘇や駅伝の合間にお読みください。
まず過去3回掲載のあらすじ。[3回分はこちら]

【SAKURAの春 プロローグ】 【2007年1月1日~5日掲載】
 ワーキングホリディでオーストラリア ブリスベンに居ついたコバヤシは、
元空手道場主のMr.Tの経営する日本料理店『SAKURA』で働いていた。
料理店の経営は順調で、郊外に『SAKURA2号店』を出店し、店長にコバ
ヤシをすえた。ところが日本の大企業資本の『KOTO』の出店もあって、
2号店の来店客は減少。Mr.Tからはこのままなら「お前を殴る」と告げられ、
コバヤシは「仮想顧客」と会食会をひらいた。そこで得られたキーワード
は「日本の伝道」だった。

【SAKURAの春 桜のつぼみ】 【2007年1月29日~2月2日掲載】
 「伝道」というキーワードを具体化させる答えが見つからないままMr.Tの
メルセデスに乗せられ、コバヤシは殴られるのを覚悟した。到着した先は
Mr.Tが初めて空手道場を開いた倉庫。Mr.Tは「SAKURA2号店は俺の失
敗だ」と話した。建て直しを模索する中で、ランチ調理の支援に来たMr.T
の奧さんのひと言、「バラマンディ、いくつある?」がきっかけに。この言葉
をてがかりに日替わりブッフェスタイルを思いついた。幕の内弁当容器で、
ご飯、おかずをセルフで盛りつけるスタイルがヒットした。

【SAKURAの春 巾着袋のニッポン】 【2007年11月16日~18日掲載】
 だがディナー対策に妙薬がない。考え事をしながらコバヤシは包丁で
指にケガをした。店を休むあいだにKOTOのウェイトレス恵子と共に、日本
をアピールする「ジャパンウィーク」イベントの出し物を考えた。コバヤシ
はKOTOの駐車場かかげられた「Japanese Noodle Fair」の“のぼり”を
リサイクルする巾着バッグを提案。イベントで大好評を得た。

1.南国のおかゆ

 ディナータイムの後片付けも終わり、わたしは指先に巻いた傷テープ
を外した。外すと指が呼吸し始めた。包丁でそいだ左手の人さし指の爪
はまだへこんでいるが再生途上なのは明らかだ。人の身体の再生力に
感心する。

 だが店の再生はまだ。今夜もまた不入りだった。35席のSAKURA
2号店は今夜も満席にならないどころか、半分の席さえやっとだ。ウェイ
トレスの麗朱もワンダも、もう店の中に磨くところは残っていないという
くらい磨きあげた。古今東西、ヒマな店ほど掃除をする。ヒマゆえに
掃除をするのか、掃除をしだすとヒマになるのか。掃除よりも、いっそ
歌でも歌ってもらうか。台湾人の麗朱とオージーのワンダによる“ニッポ
ンの歌声料理店”―ミスマッチがあんがいいけるかもしれない。

 「じゃあコバヤシさん、失礼します」 調理の相棒の後藤から声をかけ
られて妄想はそこまでに。
 「ああ・・・」 わたしは何かを言いかけた。だが後藤はかすかに唇の端
をあげてそれを制した。わたしも唇のかたちだけでこたえて手を振った。
言葉は必要ない。ほんとうに困ったときの言葉は事態を複雑にするだけ
の道具なのだ。
 
 ひとりになったわたしは、厨房の食器棚に貼った紙を外して、日課と
なった作業を始めた。日ごとのランチとディナーの売上合計と客数を
棒グラフと折れ線にする。ランチをブッフェ・スタイルにして以来客数は
増加した。売上も伸びた。だがしょせんはランチ、単価が安い割に手間
もコストも掛かる。この店の規模ではディナー次第である。売上は低落
傾向に歯止めがかかったとはいえ、黒字には遠い。

 グラフの横軸をのばし、3週間後の日曜日まで日付を入れた。そこに
“拳”の絵を描いた。Mr.Tに殴られる日。自分の拳で頬をなでた。ランチ
のヒットのおかげでMr.Tから猶予を得たとはいえ、その日曜日まで今の
調子なら連続4ヶ月の赤字だ。ジ・エンド。サヨナラ、ブリスベン。

 Bac064_aerial_brisbane  蛇行するブリスベンリバー

          ***************************

 夜11時過ぎ。愛車である老フィアットでアパートに帰る。まだ熱気の
残る南国ブリスベンの夜気を吸い込みすぎたのか、フィアットは喉ごし
の悪い排気音をひびかせる。どうも快調ではない。もう少しでアパート
だから、がんばれとつぶやいた。 

 レント(家賃)の安さでアパートを選ぶと、隣人は選べない。左隣に
は離婚した元夫の独り者。失業中か、単に働く意欲がないのか・・・
両方だろう。はす向かいはヤク中毒の若者だ。とろんとした眼で見つ
められたことは二度や三度ではない。何をしているのか、何もして
いないのか知らない。右隣は住み込み管理人のモーリィだ。彼は
アル中だ。モーリィがファーストネームかラストネームか知らない。
ただの呑んだくれの管理人である。

 ふと、あとひと月になりそうなレントが未払いないのを思いだした。
まだ彼が起きているようなら払ってしまおう。アルコール効果で震える
文字でレシートの日付と金額を書いてもらおう。ミスがないか確認
するのは良き間借り人のつとめである。彼の残りの人生はビールに
流されてゆくだけだ。流されるのが許される国、それがオーストラリア。

          ***************************

 管理人モーリィの部屋には灯りがついていた。
 「モーリィ?」 すでに泥酔かと思いながらノックした。
 応えがない。もう一度ノックをした。「モーリィ、いるのか?」

 部屋の中でスリッパの擦れる音が聞こえた。案の定・・・ベロベロだ。
支払いは明日にするか・・・。ギィと扉が引かれた。ところが引いたドア
の隙間には誰の姿も見えない。

 「モーリィ・・・?」
 「uu・・・mm・・・」という呻きが聞こえて、ドアの隙間に頭が上下する
のが見えた。まるでニワトリのように頭を上げ下げするのはモーリィだ。
喉と口をおさえて、ひどい咳き込みようだ。毛布をまとっているので、
寝ていたのだろう。
 「モーリィ、風邪ひいたのか?」 わたしは扉の残りをあけて中に
足を踏みいれた。
 「大丈夫だ・・・」とモーリィはゴホォ、ゴホォ・・・の咳の合間に言葉を
ついだ。
 「寝ていろ。起こしてすまなかった」 わたしはモーリィの骨ばった
背中をベッドの方に押した。「ずいぶん悪そうだな」
 「呑めば・・・大丈夫・・・なのだが・・・」と言いかけて咳き込むところ
みると、数年ぶりにしらふなのだろう。
 「ビールは健康にもよいはずだが・・・」
 モーリィの顔の皺の中で、歯が見えた。笑ったつもりだった。 

 「今日、何か食べたか」 わたしは彼を寝かせ、薄い毛布を掛けな
がら訊いた。
 答えは咳だった。咳が収まってようやく言った。「・・・いや」
 「何か食べれそうか?」
 「u・・・・mm・・・」 
 喜怒哀楽の言葉や愛の言葉は、言語の壁をこえて万国共通である。
食欲のないときのうなりは万国共通で“気持ちが悪い”である。

 どうせいつもビールしか食べない男だ。食べ物は何もないだろう。
見捨てるのも夢見が悪いので台所に入った。日本の間取りでいえば
広めの1DKだ。テーブルもない台所には流しと電熱台と冷蔵庫、食品
や皿をしまうカップボードがひとつ。あとは空の“Four X”(ビール)ケース
の山また山・・・。

 冷蔵庫を開けてもダースほどのビール缶以外には、日付タグの無い
小麦パン、すでに異臭さえ放たないチーズ、危険な匂いがしそうな
ミルク。カップボードには砂糖、塩、ソース、オート麦、そして意外に
新しそうなリンゴとバナナがあった。風邪の来襲にそなえてフルーツを
買ってきたのだろう。合わせて何ができるのか。モーリィの側に戻り
フルーツを食べるか?と訊いた。答えはこうだった。

 「porridge・・・」 

          ***************************

 ポリッジ。わたしの英語の“心の引き出し”の中をごそごそして、よう
やく出てきた日本語は“おかゆ”である。いわゆるオートミールだ。
あの茶色の麦でおかゆが作れるのか。わたしはモーリィに待っていろ
と言って台所で鍋を探した。オート麦の袋の裏側にはポリッジのレシピ
が載っていた。
 
 Combine rolled oats 120g and 3 cups water  
  in a saucepan

 片手鍋にオート麦と3倍量の水を入れて煮る。シンプルだ。日本の
おかゆと同じ製法と言えそうだが、茶色の麦を水でふくらませるのは
南半球の異国情緒がある。
 
 Add graded apple for last 2 minutes of cooking.
  Stir in milk.

 火からあげる2分前にすったリンゴを入れる。ビタミンCと消化を助ける
ためだろう。カップボードには“おろし”と”ナイフ”があった。おろしという
よりも英語のGraderというのがぴったりの変な板だった。だがおろす
機能は十分だ。皮をむかずに丸ごとひとつリンゴすりおろす。冷蔵庫の
ミルク・・・危険な匂いだと思ったが、煮る分には大丈夫そうだ。

 top with banana slices.

 麦のおかゆを白いプラスティック・ボウルにあけ、斜めにスライスした
バナナをのせる。できあがり。ボウルにスプーンを添えてモーリィに渡した。
あーんしてやるほどの仲ではない。ゆっくりと食べろと言ってわたしは
自室に帰った。

 隣人の部屋の台所作業と南国のおかゆ。南半球の住人の台所で料理
するのは初めてだ。素材も器具もレシピも違い、どこか新鮮だった。

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年の初めのマーケティング・エンターテイメント、お読みいただき
ありがとうございました。コバヤシの物語は5回ほど続きます。
本年もよろしくお願いします。

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