« SAKURAの春 和食ナイト 3.ニッポンの容器 | トップページ | SAKURAの春 和食ナイト 5.Taste of オフクロ »

2008年1月 4日 (金)

SAKURAの春 和食ナイト 4.たまにはダイドロコに入りたい

 2008年1月1日から書き出した『SAKURAの春』の物語の4回目です。

 終業後、いつものように売上の棒と客数を折れ線をグラフにして、いつも
のように"拳の日曜日”までの日数を数えた。付けはがししてバカになった
セロテープを替え、食器棚に貼りなおした。棒と折れ線はトレンドは落ちな
いように必死にこらえているようにも見えるし、これから落ちる前触れの
ようにも見える。遠目で見れば、地球温暖化でこわれていく地球のように、
実はトレンドははっきりしているのだろう。

 店の灯りを消すと、窓から月光が差しこんだ。格子窓の四角形が店の
床に間のびして映った。月明かりと窓の位置のせいで、床の窓は台形に
見える。明かりしだいで物事は違うかたちに見えるだけで、もともとはひと
つのかたちなのだ。

 扉に鍵をかけて店を後にする。そうだ、先日のおかゆ以来、モーリィに
会っていない。レントを支払うか。もう風邪も治っているだろう。

          *************************** 

 1階平屋建てのアパートは、カギがかかっていたことがない入口扉が
ある。高床式ゆえ階段を数段のぼる。扉を開けると廊下だ。両側に部屋が
つらなり、廊下の先には裏庭がある。突き当たりには扉もいつも開け放
たれ、そのまま裏庭にゆける。どん詰まりの右側がアパートの管理人
モーリィの部屋だ。廊下側の窓からは灯りが漏れている。
 
 「モーリィ」 わたしはノックをした。
 すぐに「誰だね?」という声が聞こえた。わたしはレントを払いにきたと
告げるとドアがあいた。
 「やあ・・・コバヤシ」 
 「気分はどう?」 
 「よくなった、よくなった。もう大丈夫さ」 
 モーリィの口からは元気のあかしであるアルコール臭がただよっていた。
この調子ならもう大丈夫だ。わたしは家賃の代金を出した。モーリィは
ぼそぼそと「レシート・・・」とつぶやいて部屋のテーブルにむかった。

 Beer  BeerといえばFour X

 「レシートだ」 モーリィはすでに皺のあるヨコ長の紙片を突きだした。
 わたしは青いボールペンで書かれた数字をたしかめた。
 「モーリィ、間違っているぞ」 レントの金額は正しいが、日付が違う。
3月“3”と書くべきところが、震える数字で“4”となっている。3月を飛ばして
4月分を支払うことになってしまう。「レントは3月分だ」
 「そうか・・・3月分か。間違えた」そういってモーリィはヒヒヒと笑った。笑
うと昔歯があった場所が見えた。ボールペンで波打つ線を引き、“3”と
改めた紙をよこした。
 1ヶ月分損した気分になったが、どうせ4月にここにいるとは限らない。
あるいはモーリィの感謝のしるしだったのもかもしれない。いつも貧乏
くじの引き続けなのか。「おやすみ」と言ってわたしは自室に入った。
 
          *************************** 

 翌日も昨日の繰り返しだった。ランチにはお客が入るが、夜にはぱった
りと客足がとだえた。勝負のついた夜8時過ぎ、わたしは店の裏口から
出て、ショッピング・モールに出た。

 隣の商業施設の一角にある“チャイニーズ・テイカウェイ”の店の前に
は車が停まっている。クンパオチキンやスパイシービーフといった料理を
紙箱に入れるテイカウェイ、お持ち帰りだ。ここは郊外立地だから、家路
につく車が立ち寄っておかずとして買ってゆく。だからレストランは素通り
されてしまう不利があった。

 店の厨房にもどると、後藤はネギの青い葉の部分を細かくタテヨコに
切り刻んでいる。ヒマなのだ。そこにワンダがいておしゃべりをしていた。

 「コバヤシさん」
 「何?」
 「ワタシもたまにはダイドロコに入りたいです」 ワンダが日本語で言う。
 思わずヒマだから?と訊くとそうではないという。
 「このあいだ、わたしは家でアゲダッシを作りました」
 「アゲダッシって・・・揚げ出し豆腐?」 
 「そうです、それです。揚げ出し豆腐」 日本語を学ぶワンダは、こうして
発音をたしかめて日々うまくなっていく。「豆腐をPushして、水分をとります。
小麦粉につけます。それからタマゴをつけます。Deep fryします(揚げる)」
 「すごいね」わたしは感心した。
 「コロモと豆腐が離れなかった?」後藤が訊いた。
 「そうなんです。何ていうか・・・Apartしてしまいました」
 「ぐちょぐちょになった?」
 「ぐちょ・・・というんですか。きっとそれです」 
 「水分をちゃんときらないとだめなんだ」と後藤コーチが言う。
 「それに油の温度もむつかしいよ」わたしも続いた。
 「日本料理、作るの楽しいです。だからダイドコロに入りたいです」

 Sdscn2093
 こちらから借りました
 http://koto-koto.blog.ocn.ne.jp/macrobi_cafe/2007/01/112_e5c6.html

 そのときひらめた。わたしは叫んでいた。「そうか、わかったぞ!」
 「何が?」と後藤が言った。
 「ディナー対策だよ。日本の料理をオーストラリア人に教えるのはどう
だろうか?お客さんは食べにくるんじゃなくて作りにくるんだ。日本料理を
教える料理教室にするんだ」
 「でもここはレストランだろう?」後藤は訝しんだ。
 「ワンダの気持ちがわかるんだ。このあいだオレは、アパートの管理人
が風邪を引いて、ヤツのためにポリッジを作ってやったんだ」
 「おかゆ、ですね」ワンダが翻訳した。
 「そう。麦のおかゆを作った。そのとき思ったんだ。外国の料理を外国
の台所に入って作るのがとても新鮮だなと。日本に興味をもつ人もきっと
同じで、日本を知るために料理を作ってみたい人もいると思う」
 「なるほどね・・・」後藤も思案しだした。
 「毎晩料理教室でなくてもいい。たとえば週一回は料理教室にして、
日本の料理を教えながらSAKURAのファンをつくるのは“日本の伝道”
になるんじゃないだろうか」
 「わたしは一番ダシになります!」ワンダが言った。
 「一番デシだよ、ワンダ」後藤が笑った。「だけど・・・それで売上が増え
るかなあ」後藤は怪しむように言った。
 「そういわれるとちょっと心配だな。生徒を増やしても、お客さんになる
まで時間がかかりそうだし・・・」わたしも弱気になった。
 
 そこへもうひとりのウェイトレスの麗朱が来た。「何を話しているの?」
たったひと組とはいえ、ひとりでお客さんを相手をしていて怒っていた。
 「麗朱、こういうアイデアがあるんだけど」 わたしはかいつまんで話し
てみた。麗朱はふんふんと聞いていた。
 「どぉ思う?」
 「おもしろいと思う。でも・・・」
 「でも?」
 「このお店でどうやって教室するの?調理場に入れないでしょ?」
  
 確かに厨房は狭い。ここに入ってはムリだろう。
 「客席で教えるのはどうかな?」 客席を見ながらわたしが言った。
 水道の蛇口は客席にも一箇所ある。壁際の隅にあるから水は引けな
いが、使えないことはない。教えることは限られるが。
 「手洗いはフィンガーボウルを用意して、あとはそこの流しを使おう」
後藤が案を出した。「テーブルを寄せればなんとかなりそう」
 「過熱する調理なら、電熱器も用意しないと」麗朱も言う。
 「海苔巻きや寿司なら、巻いたり握ったりだけだし。まずご飯を研ぐ。
炊けるまでの時間で、ネタを準備する。そのウチにご飯が炊ける。寿司
飯をつくって握る」とわたし。 
 「寿司を握るのはむつかしいよ」後藤が異議をとなえる。
 「そうだな」
 「その場で食べるのと、あるいはテイカウェイできるのがいいです」と
ワンダが言った。
 「なぜ?」
 「普通の家庭には日本の調味料も、日本のCooker(料理道具)もあり
ません。だから日本料理を覚えても家ではつくれません」
 「なるほど。作るのは楽しみで、その場で食べれればいいんだ」と後藤。
 「作るのは日本人シェフがコーチだから安心だ」とわたし。
 「コバヤシさんのコーチングで、わたしのアゲダッシにならなければ
いいですけど」とワンダが言って笑いを誘った。みなで笑ったのは久し
ぶりだった。

 4回目、以上です。お読みいただきありがとうございます。

|

« SAKURAの春 和食ナイト 3.ニッポンの容器 | トップページ | SAKURAの春 和食ナイト 5.Taste of オフクロ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: SAKURAの春 和食ナイト 4.たまにはダイドロコに入りたい:

« SAKURAの春 和食ナイト 3.ニッポンの容器 | トップページ | SAKURAの春 和食ナイト 5.Taste of オフクロ »