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2008年3月27日 (木)

まだまだ修行不足、“女を知る”は難しい

 今日はビジネスメディア誠での連載“うふふ”マーケティングへのリードです。

まだまだ修行不足、“女を知る”は難しい
「マーケティングとは女性を知ること」――筆者のモットーだが、ある女性に 
これを打ち砕かれた。「同じ洋服を買うときでも、180度違う目的で買うのよ」
という彼女のセリフにひそむ、マーケティングのヒントとは?

 

 エッセイに登場する同僚のMayuさんは仮名ですが、実在の人物。頭脳明晰で、突破力が高くて、企画やら仕事やらブログネタやら、いろいろな点でお世話になっています。謝々。

 さて、マーケティングとは最終的には「いかに売るか」に尽きるのですが、売るためにはお客さまとの関係づくりがしっかりしていくわけです。関係づくりの起点、どこに置くかでマーケティングはかなり違ってくる。起点は2つあると思う。

【モノの流行や都会という状況からのマーケティング】

 ひとつは“状況から考えるマーケティング”。

 状況とは都会の変化やトレンドや世相を読みこみ、ニーズの変化や競合の出方へ敏感に対応し、お客様の不満足を減少させ、時代を一歩先んじようというアプローチです。たいていのマス・マーケティングはこのアプローチです。

 「マーケティングとは変化に対応すること」でもありますので間違ってはいません。ですが、今回の誠のエッセイにも書きましたが、顧客をターゲティングし(標的とする)、セグメントし(細かく分割する)、ポジショニングする(差別化を図る)やり方がどうも通用しなくなってきています。とくにセグメンテーション顧客細分化というのは、これまで収入や購買履歴や購買頻度で消費者を区分けする、かなり荒っぽいやり方でした。

 荒っぽいから当たらない。当たらないなら、ネットと統計技法を用いて即時的にレスポンスしよう。それが昨今流行している“行動ターゲティング”です。サーチエンジンやウエブ店舗での検索履歴から商品のレコメンデーションをするあれですが、機械的に関心をもってもらえそうな商品を提示することができるので、採用が増えています。

 ただ・・・これは売り手との関係が希薄なのが気になります。ネットサーフィンの足跡に自動でレスするだけですから。マス・マーケティングのひとつの進化形でありますが・・・。

【お客さまの関心の本質からのマーケティング】

 もうひとつは“本質から考えるマーケティング”。

 人と商品の関係をじっと見つめて、ありたい姿や心の満足を増やし、感じるポイントを探ろうというアプローチ。こちらは時代を読むというよりも、モノとヒトとの本質的な関係を見つめて、あなたが欲しいのはこれでしょ?と作り手が提供するものです。「そうなのよ!なぜわかったの?」という声が返ってくれば、買い手と売り手は一生の付き合いになる。

 作り手は何か新しいモノをゼロから作るというよりも、積み重ねてきた技術や商品やサービスを“アーカイブ”として引き出しにもっていて、お客さんの心をさぐって、「これですか?」と新しい組み合わせで再編集して提供します。

 たとえばソフトバンクの漆塗り”や“友禅”の携帯電話、20色展開の『Pantone』携帯電話がひとつの例です。伝統の技巧と現代の精密装置のマジカルな出会い。多彩な色の好みの心理と精密装置の微妙なミクスチャ。こういうテイストのモノを欲しがる人が増えてきた

56_px250 修行してみたい女性と友禅携帯。
 出典 http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20080129/1006574/?P=7

 このブログを書いてきて、これまで400~500品目ぐらいの商品やサービスやブランドを取り上げてきました。振り返ってみれば、わたしがグっときて取り上げる商品は、いわゆるマーケティングプロセスを経たものよりも、こっちのアプローチで考えられたものが多いのです。

【わたしのマーケティング定義】
 そんなわたしですから、いわゆる世の中のマーケティングの定義とわたしの思うそれとは違います。「このブログではマーケティングの勉強ができない」と言われる由縁です(笑)。

インフルエンサー・マーケティングの本田哲也氏のマーケティングの定義はこうでした。「生みだされたものをうまく伝え、手にしてもらい、消費してもらうための繰り返し作業」。かなりわたしの思いに近い。それを、ちょいと変えさせていただきますと。

 「お客さまと作り手が感じあえる“場”や“プロセス”を創りあげ、生みだされたモノを購入し、使い続けてもらうための繰り返し作業

 セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングというアプローチが決して廃れたわけではないのです。だが成熟市場ニッポンで通用しにくくなっている。なぜならわたしたちは感性型消費社会への過渡期にあるからでしょう。

 わたしの定義が正しいかどうか、それを仕事や執筆を通じて確かめてゆくのがわたしのライフワークです。今日はかな~りマジメになりまして、すみません。明日はまたいつものおちゃらけです。以上であります。

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