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2008年9月11日 (木)

“秋葉原”から“アキバ”、そして……——変化する街を作る方法

 今日はビジネスメディア誠で連載する“うふふ”マーケティングへのリードです。

“秋葉原”から“アキバ”、そして……——変化する街を作る方法 (1/3)
「秋葉原の信号を1つ廃止するならどこ?」。中小企業診断士の研修で、一風
変わった問いを投げかけられた。変化する街"秋葉原”をより生き生きとした街
とするためには、どういう方針で、どの信号を廃止すればいいのだろうか?

続きはこちら

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アキバは歩きの街である。ブラブラ歩いて、いろいろな発見ができる街。

 ガラが悪いとか、オタクだから嫌いだとか、美味しい店が少ないと嫌う人もいるけれど、たったの600m四方くらいのエリアに、あれだけ高密度に人とモノと情報と電気の歴史が詰まった街は、世界的に見ても比較できるところがない。

【世代ごとに異文化な街】
 しかも歩き手によって、アキバッパラもアキハバラもアキバも、さまざまな顔を見せてきた。

 歩き手が50代以上の“ラジオ会館世代”なら、コンデンサやトランジスタ、70年代後半から『Bit-INN東京』が開業してマイコンの街を歩いたはず。40代後半から50代にとっては、DENONやTechnicsのステレオ、Sonyのラジカセからウォークマンのオーディオの街。30代の人中心に、広い世代にわたりパソコンの街であり、70年代から90年代を通じてあらゆる人にとって“家電の街”だった。だがここ数年、すっかりフィギュアやメイドの街になった。

 “世代ごとに異文化なタウン”、それが秋葉原なのだ。ほぼ10年ごとに街ががらりと変わり、売り手も買い手もそれを受け入れてきた。世界で例がない街だと思う。

 ちなみにラジオ会館とは、JR秋葉原電気街口駅前の、電気の殿堂的なビル。昨今ではパーツ店よりもフィギュア店が目立つけれど、伝統的な秋葉原の象徴である。

【飛びたった店も多し】
 メイド店や風俗店の進出を嘆く声は多い。前にビジネスメディア誠で書かせて頂いた高級オーディオセレクト&インストーラーの『サウンドクリエイト』は以前、秋葉原にいた。客層がアンマッチになって銀座に飛び立った。昭和通り沿いの老舗革製品メーカーの直営店『鴻池製作所』は7月25日に閉店した。それも付近に風俗店が立ち並ぶようになり、常連さんの来店がむつかしくなったからと言われる。

 ラジオ会館を維持しようとするのでは、アキバは寂れっぱなしだった。ラジオ会館自体も変化を受け入れて変わってきた。でも消えていった事業は、秋葉原の貴重な財産でもある。ちと複雑だ。

【90年代、アキバ直前の秋葉原メモリー】
 前の勤め先は秋葉原から近かった。それはちょうど90年代でした。だから、その頃の秋葉原のメモリーが強くて。

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 なんといっても95年、彗星のように進出してきた『日本ゲートウエイ』の直営ショップが末広町の交差点にあった。この地図だとBブロックの北側です。価格対バリューで圧倒的なマシンが並んでいた。最先端をゆくイメージがまぶしくて、デスクトップマシンを購入した。牛の白黒の柄の段ボールが届いたとき、インターネットを通じて自宅から世界が開いた。

 モデム、サウンボード、LANケーブルにメモリー。そんな買い物を秋葉原でして、自分で組み込んでマシンを増強した。それはだいたいAブロックで買った。PCタウン秋葉原が最も輝いていたのは、パソコンショップがA・Bブロックへニョキニョキ伸びていった頃。

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 見事な陳列のパーツショップ、もちろんまだまだ栄えている。

 Aブロックは電気少年たちを育ててきた。もっと昔、オーディオファンを育ててきたD・Eブロックと並んで、文化的な功績はとても大きい。もしも“アキバ栄誉賞”なるものがあったら、Aブロックの歴代の店舗にぜひ授けたい。

【待ち歩きの話を書いておきたい】
 人為的なショッピングセンター(SC)に慣れてしまうと、買い物歩きの方向感覚が鈍る。

 SCはダイレクトリーがあって、迷子にならないで済む。だからどのSCに行ってもパターンがだいたい同じ。便利でわかりやすいことは、たいせつだけれども、それで失われてきたこともある。

 街歩きの勘、とでもいうのでしょうか。こっちにおもしろそうなモノがあるという嗅覚、というのでしょうか。歩いて探してみようという好奇心ですね。

 ネットがあるおかげで、デートも打ち合わせもパーティも、そして街の探索も、たいがい予定調和が当たり前になってきた。それは否定しません。でも。

「こんな路地にこんな店が!」という“非”予定調和こそ楽しい。

 それがある街がアキバ、それを絶えず引き込むプラットフォームが、アキバなのだと思う。今日は以上です。

Bd7 非予定調和の例。

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