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2008年10月 7日 (火)

【SAKURAの春 3】 コバヤシ、お前を殴る1/2

 オーストラリアの第三の都市ブリスベン。そのダウンタウンにある日本料理店『SAKURA』に漂着したふたりの若い日本人、コバヤシと後藤。その失意と熱意と成長を描く“マーケティング・エンターテイメント物語”。“リライト掲載”の3回目です。

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 わたしはレコードプレーヤーのカートリッジを持ち上げた。音を取られた黒い円盤は、むなしく回転した。カートリッジをおくと盤は次第に勢いを失い、やがて小さく逆に振れて静止した。オーナーのMr.Tの日本趣味、いや“ヤマト趣味”と言うべき昭和の唱歌集のレコード。日本料理店なら唱歌という趣味はどうかと思ったが、いやもおうもなく、SAKURA2号店のBGMだった。

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 音を止めたのは、たった今店を出た“最後の”お客さんの背中をみたからだ。厨房への出入口のすだれを寄せて、がらんとした店内を眺めた。時刻は12時半を過ぎていたが1時にはなっていない。だがこれで今日の客入りは“トマリ”だ。わかっている。5組しか入らなかったランチの店内を見渡して、オーナーのMr.Tが昨日やってきて言ったひとことを思い出した。

 「来月も売上が上がらないなら、コバヤシ、お前を殴る」

 雇い主が従業員を殴るなんて許されるわけがない。普通に考えればその通りだが、ここは地球の反対側の南半球、南国の都市だ。日本の法律とも無縁だし、どっちの国の世間の常識も通じない。命令が実行できるかできないか。やれなければ殴られる。殴られるのがイヤなら、夜中に逃げ出せばいい。だがこんな南の果てまで流れてきて、その上さらにどこに逃げればいいのか?

 わたしはツバを呑み込んだ。乾いた喉を潤すほどのものではなかった。昨日のランチはそれでも7組だった。わたしはすだれを下し、厨房のまな板のヘリにペティナイフの背をコンコンと当てて、毎日考えていることを考えだした。

 「どうしたら売上を上げることができるか」

 日本食レストラン『SAKURA』2号店は、ブリスベンのダウンタウン(中心部)から外れた郊外に立地する。スーパーを核とするショッピングセンターの中のテナントのひとつだ。周辺には日本資本の企業も多く立地しており、その家族たちの住人の集積もある。住宅地としてのランクも随一で中流以上の家庭が多い。ショッピングセンターの商業施設にもにぎわいがある。そこに空き店舗が発生した。

 “SAKURA”というブランド力も計算できた。ダウンタウンでもう5年も店を張っている『SAKURA』本店は、ブリスベンで和食なら第一に名前が上がる評価を得てきた。一流の日本法人や金融関係など恵まれていたこともあり、順風な経営である。その影響力も見込めるはずだ。

 条件はよさそうだった。出店を決意したMr.Tが投資をして、三月ほど前に開業した。

 2号店でも、日本人だけでなくオーストラリア人もターゲットにしたポピュラーな日本食メニューをそろえた。すき焼き、しゃぶしゃぶ、和風味ステーキ、お味噌汁やお茶漬け、蕎麦までそろえた。一流ではないが本格的な味わいを売りにした。料金設定は一般のレストランに較べると安くはないが、日本食から離れられない日本人駐在員相手としては問題ではない。ランチは日本人、ディナーはビジター接待にも使ってもらい、オージー(オーストラリア人)家族の豪華な東洋の夕食を演出しよう。

 スタッフは、SAKURA本店でシェフとして丸2年働いてきたわたしが店長兼シェフ、そして6ヶ月の延長をした後藤が厨房を担当。日本人の顔をした台湾人女性、オージー女性のウェイトレス。SAKURA本店でやってきたことをそのまま“小さく”やればよいはずだった。何より近くにMr.Tがいないのが快適だった。ぼちぼちやれば、2人とも南国の自由な生活をどっぷりを楽しめるはずだった。だがー。

 コンコンというナイフの音が“連弾”になった。振り向くと後藤もナイフの背をまな板に当てていた。ふたりでコンコンしていても仕方ないじゃないか。だが他にやることがないのだ。

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 開店当初の2、3週間こそ入りはよかったが、ほどなくランチもディナーも客足が伸びない現実に直面した。ランチはひと桁の組数の毎日。ディナーはもっと悲惨だ。たまに予約の電話がはいり、テーブルの上に予約札を置き、お客さんがやってきても“貸し切り”と見まがう。どこでも座れるレストランには誰も座りたくないものだ。たまに客が入れば入ったで、マイナスのクチコミが広まった。いったい何が悪いのだろうか?

 日に日にわたしは追いつめられていく。殴られるくらいならマシだ。きっと殺される。ブリスベン・リバー浮かぶ日本人ワーキングホリデー旅行者の死体発見。日本の新聞に囲み記事で本名が出る。旅の行く手に何が起きたのか?流れ者同士のイザコザに巻き込まれた模様。ピリオド。世間すぐに忘却。

 いっそのこと殺られる前に・・・。わたしはコンコンの音の元、後藤のナイフに眼の焦点を合わせた。後藤はじっとわたしを見ていた。右手でナイフを振り上げる真似をして、左手で作った拳を刺そうとしてニヤリとした。同じことを考えていた。

 わたしはコンコンするのをやめて、紙ナプキンを一枚とりあげた。広げてボールペンで文字を書いた。

 K O T O

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 今日は以上です。明日はこの続きを掲載します。

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