« 芸工展2008:谷中で出逢った猫 | トップページ | SAKURAの春【6】KOTO 2/3 »

2008年10月14日 (火)

SAKURAの春【5】KOTO 1/3

 オーストラリアの第三の都市ブリスベン。そのダウンタウンにある日本料理店『SAKURA』に漂着したふたりの若い日本人、コバヤシと後藤。その失意と熱意と成長を描く“マーケティング・エンターテイメント物語”。“リライト掲載”の5回目です。場面は2人がライバル店KOTOに入るところからです。

         *******************

 「Good Afternoon!」と着物姿の日本人ウェイトレスに言われて、うなずいて「ワーホリ(ワーキングホリデーの略)が来るとこじゃないな」と後藤にささやいた。後藤は今さら、というような顔つきで肩をすくめた。彼は気後れした様子がない。

 35度を越える熱気にさらされた身に、店内の冷気が心地よかった。店のあちこちから「Good Afternoon!」「いらっしゃいませ!」という声が掛けられた。オーストラリアらしく「Goo' Day(グッダイ)」という言葉も聞こえた。立ち働くウェイトレスたちからと、カウンター席の向こうに立つ板前さん、現地人の調理人からだ。着物の日本人女性の笑顔と、きびきびとした応対。ひさしぶりにほっとした感じがした。

Cimg3121_2_7  引用元  

案内されて見回すと、80席、いや100席近くありそうな構えだ。店に響きわたるのは“琴”の音色だ。ひょっとしたら生演奏なのか?いやスピーカーからのBGMだ。弦がはじけるかのように聴こえる。SAKURA2号店のような“ラジカセ”もどきではない。KOTO、やはり“琴”なのだろうか。

 一面ガラス張りに庭が見渡せる窓際の席に案内された。着席するころには、冷気と雰囲気に心がほだされて“流行る秘密を探ろう”という気持ちがなえてきた。これではいけない。だがガラスの向こうの鯉が泳ぐ小さな池、芝生と石の庭、箱庭的な日本庭園の情緒を見ると、SAKURA2号店と比較の対象にはならないことがわかった。

 「KOTOにようこそいらっしゃいました」 ウェイトレスは笑顔で言うと、ランチメニューの説明をした。「お決まりになりました頃伺いにまいります」と言って下がった。

 わたしと後藤はメニューをあれこれ見定め、ページをめくり、料理や飲料を覚えようとして、覚えきれないほどの豊富さに舌を巻いた。しばらくして、オーストラリアには似合わないスーツを着た日本人男性がやってきた。きちんとお辞儀をして言った。

 「いらっしゃいませ。店長の堀田です」

           ******************* 

わたしたちは13ドル50セントのランチをお願いすると、店長と名乗った男は振り返り、さきほど日本人女性ウエイトレスに伝えた。調査未了のメニューを下げられて「しまった」と思ったが後の祭りだ。

 堀田と自称した男は、すらりとした背丈だが俊敏な物腰を感じさせた。年は35歳、いや40歳くらいで、飲食店の店長というよりも、世界を又に駆ける商社マンという雰囲気があった。「お話をさせていただいてもいいですか?」

 われわれは顔を見合わせた。「わたしたちを知っているんですか」
 「ええ。2度ほどSAKURA2号店におじゃましました」
 きっと手持ち無沙汰でホールをのぞくわれわれの顔を見られたのだ。恥ずかしさのあまり、反射的に立ち上がりかけた。それをあいさつのためと誤解したのか、堀田店長はわたしを制止して「座ってもいいですか」と言って腰掛けた。
 「もちろんクイーンズ通りの本店にも」
 「ちゃんと調査はされているのですね」
 堀田はほほえんで「いや調査というよりエールを交換したいと思いました。残念ながら店長はご不在でした。そのとき初めてオーストラリアの“ロブスターの活き造り”を食べました。ぷりぷりして美味しかったですよ」
 
 わたしと後藤は目を合わせて忍び笑いをした。体長40センチほどの生きているロブスターの甲羅を一撃ではぎ、胴体を真っ二つに切るMr.Tの無慈悲なさばきが目に浮かんだ。胴体の白身をぶつ切りにして、裏返した尾部に盛りつける。ヒゲも目もまだゆらゆら動いている頭部を、兜のように載せてできあがりだ。果たしてあのメニューが日本的といえるかどうか怪しいが、ロブスターの刺身は人気メニューである。わたしたちは名前だけかんたんに自己紹介した。

 「そろそろお二人が来るだろうなと思っていました」堀田はにこやかに言った。
 真意を測りかねてわたしは彼を見つめた。“何を盗みに来たんだね”という意味をまなざしを堀田の目に探したが、邪悪な色は見えなかった。むしろ“話してごらん”というやさしさが感じられた。同じことを思ったのか、後藤が率直に言った。
 「KOTOを見にきました」
 堀田は何もいわずうなずいた。後藤は続けた。
 「・・・というか、KOTOがなぜ流行るのか、知りたいと思ったんです」
 後藤のことばにわたしもうなずいた。「そうなんです」

 堀田はほほえんで言った。「いやまだウチもこのくらいではモトをとれませんよ。ただ、当社はこの事業を売上だけのためにやっているわけじゃないのです。長い目で実現したねらいがあります。だから今この瞬間には、お二人が賭けてるものの方が、もっと切実かもしれない」
 堀田は代わる代わるわたしと後藤の顔を見た。彼の目の奥からは、わかりますよ、ということばが聞こえてくるようだった。

 わたしと後藤のランチが運ばれてきて、一皿ずつ、和食の作法にしたがったレイアウトで並べられた。海老と野菜の天麩羅、お刺身の小鉢、お吸い物、突き出し、そしてご飯という典型的ともいえる日本食三昧のセットである。添えられた割り箸の包みには「チョップスティックの使い方」が英語で書かれている。箸置きは琴のかたちだった。

511693  引用元  

「さ、召し上がってください。せっかくの機会ですから率直にお話しましょう」

 堀田は自分にお茶を持たせるように伝えた。ウェイトレスはお盆に茶托と牡丹が染付けされた湯呑みから日本茶をすすった。

 「SAKURAさんのお店の感想の前に、お二人から見てSAKURAさんの敵、つまりKOTOについてお話ししましょう」

            *******************

 あと2回、7回分の掲載分を一本にして、別のサイトに上げます。また、今日もあるクリエイターさんたちと遅くまでお話をしておりまして、掲載がぐっと遅れました。すみません。今日は以上です。また明日。

|

« 芸工展2008:谷中で出逢った猫 | トップページ | SAKURAの春【6】KOTO 2/3 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: SAKURAの春【5】KOTO 1/3:

« 芸工展2008:谷中で出逢った猫 | トップページ | SAKURAの春【6】KOTO 2/3 »