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2008年10月16日 (木)

SAKURAの春【7】KOTO 3/3

 ブリスベンのダウンタウンの日本料理店『SAKURA』に漂着したふたりの若い日本人、コバヤシと後藤。その失意と熱意と成長を描く“マーケティング・エンターテイメント物語”。“リライト掲載”の7回目です。

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 「そうです。ワーキング・ホリデーを利用して語学学校や大学に通いながら、現地の和食レストランで働くという雇用契約です。日本で飲食業に従事すると、ただウェイトレスをするか、調理をするかで、料理や店舗を総合的に勉強しにくいのですから。
 「朝も夜も仕事や勉強?」後藤が訊いた。
 「はい。シフトはありますが勉強と仕事の毎日です。たいへんですけど、経理も語学も経営も一緒に学べます。日本ではできない一石二鳥と思って応募しました」
 「なるほど」 ワーキング・ホリディで居ついたわたしも風来坊上等兵なら、後藤は風来坊一等兵だ。同じワーキング・ホリデイでも人種が違う。わたしはお尻がむずむずした。

 「日本にいるよりも海外の日本食レストランで和食店の調理や経営が学べる。妙な感じもしますが、ヤル気のある人にチャンスを与えると、こうして生き生きと働いてもらえます。彼女に成長してもらうことも、このお店の使命なんです」と堀田が言った。
 わたしはSAKURA2号店の台湾人とオーストラリアンのウェイトレスを思い浮かべた。彼女たちにひざまずくという習慣はない。たとえあったとしても、きっとしないだろう。
「この店で採用するのは日本人だけではありません。現地の日本文化や日本食に興味を持つ人も採用しています。これも必要なことです。ありがとう、恵子さん」堀田はウェイトレスを去らせた。

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 「SAKURAで感じたのは、別に日本食でなくてもいいのではないかということです」 
 「日本食じゃなくてもいい・・・?」わたしは堀田のことばを反すうした。
 「偶然、あなたを雇った人が日本人で、あなたたちが日本人で、自分たちに扱えそうな商売が日本食だった、率直に言うとそう思いました」

Img1046771579jpeg 引用元 

 図星だ。カンフーブームが去り、ブリスベンの空手道場経営が傾き、Mr.Tはある日こう言った。“日本食でもやるか”。それでMr.Tは、空手の弟子のひとりだったレストラン経営者の店で半年ほど修行を積み、現地のシーフード料理店を“居抜き”で買い取った。内装に日本画の複製画や掛け軸をかけ、ランプシェードに和紙を用いて、BGM音楽を唱歌に替えた。メニューは「すき焼き」「天麩羅」「ソバ」といったいわゆる日本食をあれもこれもそろえた。日本で言えば田舎の街道沿いのファミリーレストランだ。だがヘルシー料理ブームに乗り、日本食=ヘルシーというトレンドにあたるという幸運さだった。これがワーホリの歴代アルバイト同士、語り継いできた物語だ。

 「SAKURAの本店は、まだ高級日本食店で競合がない時代というタイミングが良かった。日本企業、大企業の多い立地への投資も当たった」
 わたしは唾を飲み込んでうなずいた。
 「だがSAKURA2号店は業績不振ですね」断定とも質問ともつかない口調で堀田が言った。
 わたしと後藤は目をあわさなかったが、心の中では同じことを考えていた。
 「その通りです」わたしは正直に答えた。「何とかしたいんです」

 「ではいくつか質問しますが、答えて頂けますか?」堀田が訊ねた。わたしは、こんな光景をMr.Tに見られたら、顔面が完膚なきまでにへこんでいると思いつつも“はい”と答えていた。
 「2号店で一番やりたいことは何ですか?」
 「一番やりたいこと?」後藤はおうむ返しに言った。「それは・・・お店で日本料理をサーブすることじゃないんですか?」
 堀田は首を横に振った。「それは一番やりたいことを実現するための手段でしょう」
 「一番やりたいことか・・・」わたしのまぶたに椰子の木陰でのんびりしている自分の姿が映った。それを振り切ると、次はMr.Tの後ろ姿に向かって、店舗の繁盛を誇らしげに胸を張る自分がいた。わたしも“日本料理”でなくてもいいのだった。
 「いずれじっくり考えてください。それはそれとしてー」堀田は続けた。「2号店ではどんなお客さまがどんな食事をされているのですか?」
 「ランチは駐在員の家族、韓国人などアジア系とオージーがまばらで、だいたい日本人が半分くらいでしょう」
 「いやボクの感じだと、日本人とオージーの連れが半分。あとは独身や単身の駐在員がときどきやってくるのではないかな」後藤は違う見立てだ。
 「おやおや、基本的な観察さえも違うんですね」堀田は笑いながら首を振った。「ほんとうはどんなお客さんに来てもらいたいんですか?」
 「駐在員とその家族半分、オージー半分、くらいでしょうか」わたしは自信がなかった。調査という調査はしなかったし、ばくぜんと日本人に受け入れられる味を出せば、だんだん現地のお客さんも増えてくると考えていた。
 「まずはちゃんと観察してみましょう。今のお客さんがどんな人たちか。どんな注文をしているか。なぜ彼らが来るのか。なぜ来てほしい人が来ていないのか。この順序です」
 わたしたちはうなずいた。
 「メニューはどのようにして決めたのですか?」
 「・・・それは、SAKURA本店のメニューから人気のある、料金的に高すぎないものをもってきました」
 「味はどのレベルを狙っていますか?」
 「日本人の駐在員の接待ですね」後藤が答えた。「日本人に受け入れられる味ならオージーにもだんだん広がるから」
 「ではひとつお訊きしますが、調味料や下味を作る材料の仕入はどうされていますか?」
 そう聞かれて、わたしは現地のチャイニーズ・マーケットでコスト優先で材料を仕入れている自分の姿を思いだして赤面した。現地の昆布、現地の塩、現地のソース・・・。少しずつ日本のものとは違うが、原価も下げなくてはならないのだ。
 「するとこうですか。SAKURAの名前を使う。駐在員家庭と裕福なオーストラリア人が多い郊外立地で、家庭ではあまり食べないメニューを、日本の一般家庭よりも高いレベルの味でつくり、平均料金よりも高めで出す」
 わたしたちはうなずいた。どこかがおかしいとは感じたがはっきりしなかった。堀田店長は畳み掛けるように言った。
 「お客さまは日本体験をしたいからくるのか?本格的な日本の味を楽しむためにくるのか?日本の味が懐かしいからくるのか?」
 そのいずれでもあり、いずれでもないような気がした。

 「ここで、規模の小さいSAKURAを作ってもダメでしょう」

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 7回目までの掲載分を一本にして、次週別のサイトに上げます。“リライト”『SAKURAの春』、従来アップしていた回を全面改訂しつつ、エピソードの幾つかも刷新していく予定。今回は結末を付けて、ブログべースではトータル30〜35回分になります。

081016_191601  新事業準備室の一光景。

 3足のワラジ(クリエイター支援+コンサル+ライター)、ときどきめげそうになりますが、コバヤシと後藤に力をもらってがんばります。今日は以上です。

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コメント

さんく〜す、tomoyoさん!
今日(10月17日)のブログに、ちと想いも
書きました。
今はすごくすっきり。日々、充実しています。
やることが奔流で押し込まれる気持ちになる
こともあるけれど、コバヤシと後藤の流浪を
思って、それをソバにおいておけば、なんとか
いけるかなと。

投稿: 郷/marketing-natural | 2008年10月17日 (金) 21時59分

SAKURAの春、リライト版楽しく読んでいます。
以前のSAKURAは記録という感じでしたが
今回のは中身がぎゅーっと詰まっていて自分も小林サンたちと一緒にそこに居るような、臨場感を感じました。
ワクワクします。続きも楽しみにしています。

新しいオフィスの写真、かわいいですね。
ぽわっとした感じに好感を持ちました。
気持ちから仕事に接せられる居心地のよい場所になりそうですね。
郷さんの自転車ラックも取り付けられたら是非写真見せてください。

投稿: tomoyo | 2008年10月17日 (金) 10時19分

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