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2008年11月 7日 (金)

SAKURAの春【11】胸をひらく 4/4

 ブリスベンのダウンタウンの日本料理店『SAKURA』に漂着したふたりの若い日本人、コバヤシと後藤。SAKURA2号店をめぐり、失意と熱意と成長を描く“マーケティング・エンターテイメント物語”。その11回目です。

 10回分まとめて掲載はこちら

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翌日のSAKURA2号店はいつも同じ来店客で、いつもと同じの手持ちぶさたの時間だった。

 だが昨日までとは違っていた。昨日までの気だるさはなく、なんとなく“変われる”というような予感があった。まだ何も変わっていないけれど、変える心の準備にスイッチが入った。ONにして最初にやることは、アパートを出る前に決めてきた。ヒマなランチタイムが早く終わってそれを始めたかった。“それ”とはみんなを集めることだ。

 「みんなに相談したいことがある」 

 みんなと言っても後藤と台湾人ウェイトレスの麗朱(れいしゅ)、大学で日本語科を専攻する知日家のオージーのワンダ、それにわたしの4人だけだ。全員がテーブルに腰をおろした。

Table  出典

 「おとつい、Mr.Tが来たんだ」わたしはみんなの目をかわるがわる見て、続けた。「何のために来たか。みんなはこの店の売上状況はだいたいわかるな」3人がうなづいた。
 「期限は言われなかったが、このままの売上ではこの店を閉じると言った」麗朱もワンダも、半ば驚き、半ば来るものが来たという表情だった。

 「お客さんが少ない。売上が上がらない。仕入費用はまかなえていない。人件費ももちろん持ち出しだ。だから赤字がふくらむ前に店をとじる。それだけのことだ」
 「じゃあわたしたちはー」ほとんど台湾なまりが感じられない流暢な日本語で麗朱が言いかけた。
 「クビさ」後藤はことばをテーブルの上に投げだすように言った。
 「ぼくや後藤はきっとそれだけじゃすまない」わたしは付けくわえた。
 「ハラキィリ、ですか?」ワンダがテーブルの上の箸入れを手にして、お腹にあてて切るマネをした。
 「違うよ、ワンダ」と後藤。
 「わっかりますぅ。カラテ、ですよね」ワンダはそう言って握った手を前に突き出して、空手の真似をした。「コバヤシ、オマエをパァァンチ(Punch)!」
 後藤は首を振った。「コバヤシ、お・ま・え・を・な・ぐ・る。さあ言って」
 ワンダはそれを忠実に繰り返した。
 「そんな日本語教えなくていいじゃないか」わたしは苦笑した。でも日本好きで日本語を熱心に学ぶオージーのワンダの明るさは救いだった。
 「麗朱とワンダのふたりは他に仕事を探せばいいー」わたしは後藤を見た。「ぼくらはどうするかな」
 「殴られる前にとんずらしよう。でもコバヤシさんのオンボロFiatでは1kmも走らないうちに、Mr.Tのメルセデスに追い越される。投げをくわされて、ふたりまとめてでっかいトランクに積み込まれて、翌日ブリスベンリバーにどんぶらこ」後藤は人ごとのように言うので笑ってしまった。

 ふと麗朱がうつむいているのに気づいた。
 「どうした?ショックだった?」
 麗朱はうなずいて「わたし・・・」
 どうやら涙を流していた。鼻をひとすすりしてから小さな声が聞こえた。
 「ここで働きたい。ここでずっと働かないとだめなの」

 麗朱の家庭はしばらく前に日本からオーストラリアに移住してきた。細かいことは聞かなかったけれど、どうやら夜逃げ同然の状態でこっちに来て、家族みんな働いているという。彼女の年ならまだ大学生の年齢だろう。果たしてきちんとした滞在許可は持っているのかさえ聞いていない。彼女の“ここで働きたい”、そのことばが痛かった。

 Ray  引用元(部分) 
 
 「麗朱、まだあきらめていないよ。ぼくも後藤も」わたしはつとめて明るく言った。
 昨日、後藤と一緒にKOTOに行ったこと、そこで言われたことをかいつまんで話した。

 「堀田店長は“お客さんの近いところで商売を考えなさい”と言うんだ。」
 「お客さんの近いところ・・・?」麗朱が鼻声で繰り返した。
 「そう。たぶんお客さんが食べている姿を見て、考えて、もっと話しを聞きなさいということだと思うんだ」わたしはぐっと椅子を引き寄せて、背筋を伸ばして言った。「そこで思いついたんだけど、麗朱やワンダの家族や知人をこの店に呼べないだろうか?」
 「呼ぶって?」ワンダが訊いた。
 「料理を食べてもらって、この店の意見を聴きたいんだ」
 「なるほど。ジカに意見を聴くんだ。賛成!」後藤が言った。
 「でも、誰に来てもらうの?」麗朱がおずおずと訊いた。
 「お父さんとかお母さんはムリ?」わたしは彼女の目をうかがった
 「大丈夫だと思うけど・・・聞いてみます」
 ワンダはニコリとして言った。「ワタシのペアレンツ、遠いので、Universityの友だちに来てもらいます」
 「コバヤシさん、そのときの料理はタダでいいの?」後藤が言った。
 「ああ。フリーランチだ。何とかごまかしちまうさ。来週のもっともヒマそうな日の午後1時くらいからどうだろうか?」
 「賛成!」後藤が言った。
 「あきらめちゃダメ、だよね」麗朱が鼻をすすりながら言った。
 ワンダが微笑んだ。「Ray、そうだよ。あっきらめちゃだめ。お客さん、ドコドコにしましょう」
 「お客さんは“どんどん”だよ」後藤がまた訂正した。
 ワンダは口をタテに大きく開けて言った「ドコォ、ドコォ」
 「違うって。それじゃあ“お客さんはどこ?”みたいじゃないか」みんなで笑った。

 『SAKURAの春』 Vol.11(了)

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 ついに風邪がずどんと来ました。ハナミズが鼻梁を越えて、奔流してきました。痛みに弱いわたし、「ううゥ・・・ぐぅっしゅん!」と“体音”をひっきりに無しに出して、Cherryさんから「うるさい!」と“半喝”(一喝とはいわないサ)されました。彼女を残してオフィスを退散しました。ごめんなさい。

 だから、今日のブログはコバヤシに託しました。がんばって風邪治します。今日はおやすみなさい。ぐしょん。

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コメント

はじめまして。
知人からの紹介でこのブログを知りました。
雑誌への執筆のご相談です。
大変恐縮ですが、一度メールをいただけますと幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。

投稿: 後藤 | 2008年11月19日 (水) 11時14分

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