« SAKURAの春【20】all you can eat Japan 4/7 | トップページ | zipshapeという木材の発明 »

2009年1月17日 (土)

SAKURAの春【21】all you can eat Japan 5/7

 豪州ブリスベンのダウンタウンの日本料理店『SAKURA』に漂着したふたりの若い日本人、コバヤシと後藤。SAKURA2号店をめぐって失意と熱意と成長を描く“マーケティング・エンターテイメント”の21回目です。ニッポン食の立食パーティが始まり、オージーたちの歓談が始まりました。ふと見るとミセスTがいない。パーティ企業の玄関先で、コバヤシはミセスTと始めてじっくり話します。
 昨日20回目までの全文掲載はこちらです。

        *************

「他のワーキングホリデーの人たちは、みんな逃げ出すだけ。Tの拳に脅されて消えるか、ほんとうに殴られていなくなるか。でもあなたと後藤さんは立ち向かっているわ。これまでそんなワーホリの人はいなかった」ミセスTは右手で髪をかきあげた。
 「空手ブームが過ぎて道場の経営が思わしくなくなったとき、Tは日本料理をやろうと言い出したの。まだブリスベンにはまともな日本料理店がひとつもなかったから、チャンスだろうと思ったのでしょうね。わたしは賛成しなかったのよ。スポーツ選手がレストランをやるのも、やって失敗するのもありふれているでしょう?それにこんな四季がなくて、暑いところで、日本料理なんてわたしは反対だった」
  わたしは何も言わず聴いていた。

 「凝り性だから日本の知人のツテを頼って学びにも行ったけれど、本格とはいえないわね。しかも彼がやろうとしたのはオーセンティックな日本料理。日本人シェフを雇うのは高いし、チームで動くから結局あきらめたの。しかもこっちで日本の食材コストはとっても高いから、現地のエリート日本人相手になるでしょ。シドニーやメルボルンに比べてここは日本人が少ない。うまくゆかないと思ったの」
 「でもうまくいった」わたしは口をはさんだ。

 「それはね、未開の地で先頭を切るのがTの得意技だったからよ。ひとりでブリスベンにやってきたとき、空手道場はひとつもなかった。だから空手とは何か?を普及させることから始めなきゃならなかった。“Strong enough, Mate?”なんてスローガンをつくって、君は強くなりたくないのか!と打ち出したのね。ちょうど格闘技ブームが追い風になった。道場は繁盛したわ。ブームをあてこんで後からできた道場を蹴落とすため、道場破りのようなこともしたしね」ミセスTは小さく笑った。
 わたしは心の中でうなずいた。

 「Tはコンプレックスをバネにしてきたの」

 彼女は2本目のマールボロに火を点けて、ふぅっと吐き出した。「強くなりたいと思う人ほど、コンプレックスが強いのね」
 わたしはからだの内側でうなずいた。
 「最初は日本の地方都市で小さな道場を支部として開いたの。そこで入門者も集めたけれど、しょせんは本部の支部。本部のブランドで生徒が集まっているだけだ、オレ自身の力じゃない、オレにはもっと何かできるはずだと思っていたの。自分は一番になれる、ならないと気が済まない。それで南半球の空手未開の地にチャレンジしたのね」

Cigarette_smoke

 「SAKURAも同じなの。ブリスベンではまだ本格的な日本料理がなかったから、一番になれるチャンスがあると思った。これが日本料理だと言い切って、突き進めさえすればよかった。運がよかったのよね」
 「待っているだけでは運はやってこない」わたしは、彼女にも自分にも言うでもないセリフを口した。
 「そのとおり。正しいと思ったことをし続けないとダメよ」マールボロの煙の中で彼女が続けた。「でもほんとうに日本料理を現地に広めようとすると、壁があるわ」
 「オージーに日本食は“敷居が高い”と言われました」わたしは言った。
 「そうねえ。SAKURA2号店では日本人相手だけではお客さんが足りない。何とか敷居を低くしてオージーに食べてもらわないとだめね」彼女はわたしを見た。「期待しているのよ、あなたたちに」

         ******************** 

 わたしたちはケータリングの会場にもどった。味噌スープを振る舞いながら、日本食を楽しむオージーたちを見ていた。SAKURA2号店では見かけたことがないオージーたちの表情がある。Raw Fishが嫌いな人は巻き寿司を食べ、バラマンディのローストでお箸の使い方を学び、茶碗蒸しの具をスプーンですくい、しげしげと見つめる。味噌汁をスープスプーンで飲む人がいるのに閉口したが、まあそれもいいかなと思った。彼らにとってはスープなのだ。

 彼らは日本食を自分たちなりに楽しんでいる。それが幸せな顔の素だ。

 会場から皿や什器を積み込んだMr.Tの運転するCommodoreワゴンに揺られ、わたしは“何かがやってきそうな”胸騒ぎを覚えていた。ゆっくりと今日あったことを考えた。車の窓の外の夜空を眺めた。スコールの雨風は空一面の雲をすっかり吹き飛ばして、星のキラキラした灯りが道を照らしていた。

Mvc00350  引用元 

 “こんな雨が降るなら、お弁当にでもすればよかったわね”
 ミセスTのことばを思いだした。

 「手でつかんで食べていいのか?」とあるオージーが訊いた。
 わたしは「No worries」とカジュアルな豪州英語で返した。
 
 「食べる順序はどうなんだ?」別のオージーが訊いた。
 わたしはこう応えた。「食べたいものを食べるのでいいんです」
 
 ミセスTは言った。 
 「Tはコンプレックスをバネにしてきたの」

 まぶたを閉じると、未熟な箸さばきで、小皿からこぼれ落ちた寿司ボールが思い起こされた。オージーには日本食へコンプレックスがあるんだ。どう食べたらいいかわからない、どう口に入れたらいいかわからない。そこを気づかせてあげて、自由にさせればいいのだ。どうやらランチのアイデアの尻尾をつかんだ。

(続く)

         ******************** 

 今日の回に出てくる“Mate”ですが、親しみを込めて“おまえ”とか“なぁ”というような、オーストラリア独特の言い回しです。今や古めかしい言い方で、あまり口にする人はいないでしょう。わたしが放浪していたずっと昔、『XXXX』というビールのCMのソングがありました。その歌は今でもしっかり覚えています。

250pxxxxx_2 Make it four X, Mate!

 しっかりがんばらなきゃ。今日は以上です。

|

« SAKURAの春【20】all you can eat Japan 4/7 | トップページ | zipshapeという木材の発明 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: SAKURAの春【21】all you can eat Japan 5/7:

« SAKURAの春【20】all you can eat Japan 4/7 | トップページ | zipshapeという木材の発明 »