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2009年6月 4日 (木)

お宝本を探せ!――神保町の古書交換会でプロの技を見た

 今日はビジネスメディア誠で連載する“うふふ”マーケティングへのリードです。

お宝本を探せ!――神保町の古書交換会でプロの技を見た
古書店街の代名詞、神田神保町で日々開かれている古書交換会。太宰治の限定300部の『駈込み訴え』、司馬遼太郎の直筆原稿、与謝野鉄幹が発刊していた詩歌雑誌『明星』など希少な書籍が流通する。古書店主たちはどのように仕入れを行っているのか、その現場をのぞいてみた。続きはこちら

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 古本好きにはたまらないだろうな、この交換会。何せね、漱石も竜之介も鉄幹も晶子も貴重な姿でここにまとまっています。生前にはこんなには一緒にならなかっただろ〜なと想像したりして。出品本を恐る恐るめくると、筆舌に尽くしがたい活字の味わい、製本の美、そして挿画の絶品。実にオーラたっぷり。インタビューなぞより本を探っていたかった(笑)。

【入札紙片
 本の入札に行われる封筒システム、頂いた説明資料には、封筒に紙片を入れるだけでなく、オークションに近いものもあるとありましたが、だいたいはこの紙片に金額を書き入れます(入札する人の文字には“判読”が必要な文字もあるそうで)。 

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 ちなみに組合の方々が手づくりでこの紙片を作っているそうです。市場のセリの仕方、業界によって随分とちがうのですね。そんなことをコト細かく伺ったのが五十嵐理事さんから。 

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【古書巡りの価値】
 ビジネスメディア誠に書いたように、わたしはたぶん本好き。神保町漁りをしました。ソトの架台の安いヤツの中から、自分なりの“光り物”を見つけていました。『ジェーンエア』『大地』『ユリシーズ』『嵐が丘』『カラマーゾフの兄弟』なんて、今はただ無価値の本、未だに本だなにあります。

 実家のある音羽/護国寺のバス停から、トコトコと大塚、小石川、後楽園、そして水道橋まで、古書店街往き都バスの旅。何度となく行きました。神保町巡りはハマると数時間かかるので、土曜か日曜の半分くらいを費やします。当時中学生か高校生、時間があったわけです。

 神保町の古書巡りはまさに“探索”でした。それがネット時代になり古書探しは“検索”になりました。とてもラクになりましたが、そこには“本との出会い”があるでしょうか?誰かが(純粋な動機から、また不純な動機から)その本をレコメンデーションしていて、それを信じて購入する。あるいはレコメンデーション・エンジンという関連サーチシステムが自動でお奨めしてくる。便利だしレコメンドもなるほど!と思うこともあります。

 でもそれは“探索”でもなければ“出会い”でもない。検索です。自分だけの“発見物語”ではないから、薄っぺらな購買記憶にしかならない。新刊本ブツ流の異常さ(卸が2―3社なんて、独占禁止法以外の何ものでもないのになぜ?)、中古本物流のお手軽さ(Bookチェーンの何でも1割買取の合理性)の中に果たして人生形成があるでしょうか?文化がそんなお手軽な消費体験でいいのでしょうか?

【古書のマドンナ】
 古書流通の活発化戦略、そのひとつには“古書のマドンナ戦略”もあります(笑)。 

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 東京古書組合広報代行のブレインズカンパニーの横山さんと「古書文化を守らなきゃいけない」と話しました。それはデジタル版の薄本(ペライ本という意味)ではなく、昔ながらの“組版”された本を残してゆくという使命でもあります。その流れを追って、プリバリの次々月連載も書きます。今日は以上です。

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受信: 2009年6月 6日 (土) 16時46分

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