« オタマトーンとアイゼンハープ | トップページ | 好奇心をくすぐるカメラ「Bigshot」 »

2009年12月23日 (水)

荻窪の家のような家に棲みたい。

 今日は9時から7時半まで働いた。けっこうくたびれた。おかげさまでその仕事のカッコはついたが、そんな生活をしているから、今日が何の祝日か思い出せなかった。電車の中で周回遅れの『THE NIKKEI MAGAZINE』を読んだ。日経本誌に付いてくる冊子で、わたしの愛読書。 

Img_0426

 特集は『家と暮らし』。ちゃんと読みたくてとっておいたの(というか、実は2週間ほどキツかったのでほったらかしだった)。やっぱりいいことが書いてあった。今日は記事と本を通じて、見たことのある“理想の古い家”への追憶と悔恨、再生したい想いをば。

【hmm…なアドバイス578.荻窪の家のような家に棲みたい】
 09年12月6日発行のTHE NIKKEI MAGAZINEでは「家の記憶」がいい。

Img_0421 Img_0422

 誌面を写真に撮るバカさは承知の上ですが、まあいいでしょう。“家族史を刻む鎌倉の家”は、家族世帯構造や修学・就業の変化に合わせて、融通無碍の日本家屋の良さを活かしつつ、リフォームをされました。この住まいから発せられることば。

灯り、陰、思索、自然、風、温もり、気づかい、古いもの。

 次のページの“生き続ける横浜の家”。竣工は1933年。満州事変頃の年ですか? とにかく70年以上経って、耐震性がなくて改修せざるをえなかった。外観も内観も昭和30年代の味を極力活かすために、板をはがしてそれを張り直した。ガレージに停まるアコードの古さもいい。この住まいから発せられることば。

記憶、かたち、洋風、愛情、昭和、壊さない、止まれ。

【建築はサステイナブルに】
 デザイナー南政宏さんから伺った建築家、教育者、建築の実践者の林明男さんの著書『サステイナブル建築』。著者の人柄、献身、意思が表れる好著です。特に印象的だったのが、“わたしの住まい〜ライフステージと住まいの変化”。 

Img_0423

 建築家である氏は、同著で自らの家屋の購入から4度にわたる改築記録を残している。それぞれの建築時代の図面、素材や構造、住まい手のライフステージ/家族構成変化、空間利用など、その詳細さと正確さ、まさにサステイナブル(ずっとそこに住まう)を実践した。建築家だからこそではあるのだがー。

【荻窪の家】
 この2つの読み物で思い出したのが、わたしの祖父母の荻窪の家だ。

 戦後の造りとはいえ、どこか明治風だった。平屋造り、勝手口、土間の玄関、廻り廊下、縁側、機能から取り残された台所、襖に障子、掘りごたつの居間、ひび割れた漆喰の壁、丸い木枠の小窓、モダンな毛織り物の応接間、カビネットに飾られたライカたち、その奥の小狭くて暗い天井の低い書斎。実に良い家だった。

 祖父が逝き、祖母が逝き、相続のため取り壊されて、土地がジグザグに二分割された。売られた。仕方ないとはいえ、手元に当時の建築写真さえない。部屋の風景さえもない。ああせめて写真を撮っておけばよかった。朽ちつつある美しい建築で、自分の呼吸音がしっくりと聴こえる部屋ばかりだった。とても深い喪失を感じた。

【hmm…なアドバイス】
 ノスタルジーではなくて、建築的に見て、今の家は味気なさ過ぎる。マンションもアパートも戸建も官邸もハードありき。図面上で生活を考えすぎている。部屋数ありきの設計は、ほんとうの住まいニーズに応えていない。だから日本人は住まいに鈍感なのだ。

 いや、日本人の暮らしが、クリエイティブにならない理由はそれだけではない。経済優先で建物の“スクラップ&ビルド”が過ぎたから。壊して受け継がないのでは、テイストも美学もこだわりも育つはずがない。このデフレは良い機会。建築をサステイナブルに転換しよう。今日は以上です。

|

« オタマトーンとアイゼンハープ | トップページ | 好奇心をくすぐるカメラ「Bigshot」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/158074/32714208

この記事へのトラックバック一覧です: 荻窪の家のような家に棲みたい。 :

« オタマトーンとアイゼンハープ | トップページ | 好奇心をくすぐるカメラ「Bigshot」 »