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2011年2月24日 (木)

クルマでわかる!青春のTバック

今日はビジネスメディア誠で連載する“うふふマーケティング”へのリードと四方山話です。

郷好文の“うふふ”マーケティング:ケンメリ、全日本自動車ショウ、花形モーターズ……かつてクルマの歴史は現代史だった
近年では若者離れが叫ばれているクルマだが、かつては文化をリードする役割を担っていた。クルマの歴史と戦後史とを重ね合わせた『クルマでわかる!日本の現代史』の著者である志村昌彦さんに、クルマが憧れの対象だった時代のことについて聞いてみた。続きはこちら

この本のことを歌謡曲、映画、漫画、50年代…いろいろ書いたが、ひとつ落したことがある。それは本田技研のクルマづくり。同社のクルマ新発売の歴史をたどると、スポーツ車を出すタイミングが意外に悪いことに気づいた。

65年にHONDAF−1が初優勝した。実に快挙だった。その余勢をかってスポーツカーを出せばいいのに、排気量の小さいS−600(64年)止ま りで、S−800が出たのは68年。それも70年で生産終了。その後SシリーズはS-2000が1999年から発売だが、翌年からのIT不況でセールスは 振るわず。あの和製スーパーカーNS-Xは91年発売だ。その直後にバブル経済崩壊、本田はF−1から撤退を発表。計画性無しなのですね。そういえば軽ス ポーツのビートも91年でした。



一方エコノミーカー、大衆車の開発は時流に合い、また数々のトレンドをつくった。シビックは石油ショック後の73年、オデッセイは家族トレンドが始まる 94年、フィットは失われた10年の終わりの2001年に新世代コンパクトとして誕生、大ヒット。HONDAという会社の本性、さてどちらにあるのだろう か。

【天皇陛下のインテグラ】
コラム中で「天皇陛下のインテグラ」に触れたが、実はこのエピソードには動画がある。諸般の理由で記事掲載は断念しましたが、こちらでは紹介しよう。


天皇陛下のインテグラ
アップロード者 dougasouko. - 世界中の家族と友人の動画。

ぼくはこの動画を観ながら、なぜインテグラなのか?なぜ91年なのか?天皇陛下はどんな人柄なのか?しばし考えさせられた。

【セリカリフトバックはTバック】
それから、セリカリフトバックのエピソードを補足しよう。コラムにはこう書いた。

「セリカリフトバック:兄の愛車。彼の運転で予期せぬ真夏の夜の湘南の海にドライブしてパンツで泳いだ。後部座席は凹んで狭かったなあ」

実際にその夜、こんなことがあった。19歳くらいだった。悪友の作品社の内田編集長と家飲みをしていたら、ぼくの兄が帰宅してきた。夜遊びだかバイト帰りだったか。大学生の彼は言った。

「これからドライブに行くぞ」
「どこへ?」
「とにかく行こう」

だいたい夜の11時くらいにスタート。彼のリフトバックで夜中のドライブ、いつの間にか首都高から国道1号線へ、海が見える海浜道路を走っていた。 どこだろう?どうやら湘南の砂浜だった。真っ暗で波の音が高くて、何も見えないシーサイド。ええい!と泳いだ。もちろん海パンなぞない。普通のパンツで だ。

で、帰るぞとなったときのパンツの居心地の悪さ。セリカの後部座席は狭いし、お尻が沈むし、ビニールだから濡れパンツがペチャっとくっついて、細く なって尻に食い込むし。ああ青春のリフトバック、ぼくのは綿パンのTバックでした(笑)。あの時の青春の勢い、今の自分にないなあ。

クルマから現代史を振り返る効用は色々ある。企業分析もできるし、天皇の人柄を考える機会にもなる。自分のおとなしくなった生き方の反省もできる。まあ昭和生まれに限られるのでしょうけど。

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