« 松山英樹選手をiPadアプリで応援する | トップページ | 移動コンビニ by ローソン to 岩手 »

2011年4月11日 (月)

シドニー・ルメット/Sidney Lumetのリアリズム

社会派の名匠、映画監督シドニー・ルメット氏が2011年4月9日亡くなった。合掌。彼の作品から社会を見る視点を教わった。まず何といっても『12 Angry Men /十二人の怒れる男』(1957年)である。


 
原作者の体験に基づいてTV映画化され、好評を受けてルメットが映画化した。その後、幾つもリメイクがなされたので、今さらストーリーを述べる必要はないだろう。父親殺しの罪に問われたティーンエイジャーへの陪審員の評議がテーマ。人種差別の社会背景がどんより、「面倒だから有罪にしちまえ」という流れの中、たったひとりの陪審員が異議を唱えた。トータル96分の映画、その内3分間を除き、あとはすべて陪審員室での出来事を描いた。迫真的だった。

それまでヘンリー・フォンダといえばバタクサい役者だと思っていたが、この映画の陪審員8番で沈着かつ論理的、しかも熱い男を迫真に演じた。ぼくはこの映画を場末の名画座で観た。早稲田松竹だったか、高田の馬場パール座だったか、ともかくあのあたりだった。たっぷり汗をかいた。終わっても立ち上がれなかった。

圧倒的なリアリズムを描くこの監督、誰だ?と思ったのが、ルメット作品を観るきっかけになった。

【圧倒的なリアリズム】
もうひとつ挙げよう。名優アル・パチーノ主演の『Dog Day Afternoon/狼たちの午後』(1975年)。この映画も凄かった。



アル・パチーノ(ソニー)とジョン・カザール(サル)らが銀行を襲う計画を立てたが、寸前に仲間に逃げられ2人になったというお粗末。それでも銀行に乗り 込んでソニーが銃を振りかざす。箱に入れていた銃がなかなか取り出せず、かっこ悪い強盗だ。しかも銀行には送金後で金が無いという。さらに彼らの銀行強盗 の目的は、ホモの相手のサルの性転換資金だとわかってくる。人質を取り立てこもると、マスコミや野次馬が群がり、犯人達に声援を送りだす。

これが70年代初頭にアメリカで起きた実話だというのだから絶句した。背景にはヴェトナム戦争後の病んでいたアメリカがある。占拠した銀行とその周辺だけが舞台という、密室的な空間映像にもリアリズムがあった。ぼくはこの映画を松竹セントラルあたりで観たと思うが(封切りだった)、映画が終わり外に出た時、歩いている群衆が恐くなった

他にもパチーノ演じる正義の警官物語『セルピコ/Serpico』、娯楽作と言われたがリアルさがほとばしる『オリエント急行殺人事件 /Murder on the Orient Express』など名作ばかり。次の解説は、ルメットのリアルな演技指導の核心を突いている。

Lumet believed that movies are an art and once stated that "The amount of attention paid to movies is directly related to pictures of quality." Because he started his career as an actor, he became known as an "actor's director," Acting scholar Frank P. Tomasulo agrees, and points out that many directors who are able to understand acting from an actor's perspective, were all "great communicators." 引用元

「ル メットは映画はアートであると信じて、こう言った。「映画づくりへの集中こそ映画のクォリティに直結する」彼は俳優としてキャリアをスタートしたので、 “俳優がわかる監督”と呼ばれた。(中略)演技学者Frank P. Tomasuloはこう指摘する。俳優の視点から演技を理解できる監督のほとんどは偉大なるコミュニケーターだと。

リハーサルに入念に時間を掛ける一方、撮影はワンテイク(多くて2回)。そのワケは“リアルさがなくなるから”と言ったという。彼の映画づくりには映画が娯楽を越える一線を埋め込む、真剣勝負があったと思う。

【映画の退潮のワケ】
比べて昨今の映画はどうだろうか。ヒーローやヒロインに陶酔させるだけのハリウッド式映画ばかり。デジタル処理の映画に真剣さなんてちっとも感じられない。サンプリング音楽にスリルが無いのと一緒だ。映画及び映画館事業の退潮は、商業主義ガチガチで映画の作り手が劣化したこと、卵が先か鶏が先か、観客の鑑賞力も劣化したからだとぼくは思う。

ビジスパで連載しているメルマガ『ことばのデザイナーのマーケティングレシピ』で、3回にわたり映画をテーマにしてきた。劇場ビジネスの曲がり角をテーマにして、みんなで観ることの辛さをテーマに、『映画館の不況は料金ではなく「没入体験の危機」』を書いた(第7回配信)。続いてCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)のMBOをテーマに『TSUTAYAはどこにゆくのか?』を書いた(第8回配信)。そして4月12日配信の9回では、『オンデマンド配信で映画館は滅亡するか?』で、映画館や映画から失われたことをテーマに書いた。ご一読ください

家のTVやPCでなく映画館で観るという体験は、映画というリアリズムを感じることだ。誰でも映画はファンタジー(架空)の世界だと知っている。でも鑑賞の2時間、その世界が“架空の現実”であると思いたい。

シドニー・ルメット監督が切りとった「現実の世界のどうする事もできない部分」も架空である。だが彼は「そこある」と信じさせる力量を持っていた。そんな監督も減ったのも映画の退潮の原因である。

ことばのデザイナーの仕事の紹介はこちら(cotoba)
マーケティングコンサルタントの仕事の紹介はこちら(マーケティング・ブレイン
ビジスパメールマガジン “マーケティングレシピ”
ビジスパ 第8号を配信中。
うふふマーケティング最新刊 誠ブログ最新刊

|

« 松山英樹選手をiPadアプリで応援する | トップページ | 移動コンビニ by ローソン to 岩手 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/158074/39576939

この記事へのトラックバック一覧です: シドニー・ルメット/Sidney Lumetのリアリズム:

« 松山英樹選手をiPadアプリで応援する | トップページ | 移動コンビニ by ローソン to 岩手 »