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2011年11月11日 (金)

アイデアを保持したければ動くな。

なぜ場所を移動すると思いついたアイディアを忘れてしまうのか?』という研究結果の紹介があった。ぼくはこの記事に膝を打った。このことをブログに書かなきゃと思って、仕事部屋を出た瞬間、すっかり忘れていた。

The key finding is that memory performance was poorer after travelling through an open doorway, compared with covering the same distance within the same room. "Walking through doorways serves as an event boundary, thereby initiating the updating of one's event model [i.e. the creation of a new episode in memory]" the researchers said. 引用元=Research Digest

「鍵 となる発見は、記憶は部屋を出た瞬間に消えやすく、部屋に留まる方が忘れにくいということです。“部屋の境界は記憶の境界線として機能していて、境界を越 えることは、イベントモデル(新しいエピソードを創造したという記憶)も新しくするように作用します”と研究者は語る」

つまり「発想の記憶は場所に付く」。これは思い当たるフシがある。

ぼ くはどこにいてもブログネタやエッセイの構成を考えるくせがある。トイレでも自転車に乗っていても、歩いていても電車に乗っていても。発想したアイデアは 「あそこで発想したな」と場所と内容がくっついている。逆にその場所から「そうだ、あれだった」と記憶を取りもどすことがある。



ぼくの発想履歴いくつか。場末のディスカウントストアの裏手。閉店したCDショップの前。舗装路から凸凹なジョギングロードへ入る縁石の上。素っ気ない作りの会議室である瞬間に閃いたときの立ち位置。猫と出会う仕事場の小径。

挙 げればきりがないが、発想しやすい場とそうでない場がある。違いは何か?ひとりになれる、自分のペースで動ける、馴染みの場所であるなどが条件みたいだ。 まあ人それぞれだろうな。発想したよ!という場所を、「idea!」というボタンでFacebookで集積すると、圧倒的な発想スポットが見つかるかもし れない。

【場所とアイデアの関係あれこれ】
場所とアイデアの結びつきは、部屋や町という物理空間だけではない。

「あれはあそこに書いたな」という場所を手帳の中で探すことがある。ページをめくって「このページじゃない」右上に書いたはずだ「あ、このページだ」て具合に。

場所にはその手帳のページ順位もある。「だいたいこのあたりだったな」というあたりをつける。だからミシン目の入っている“切り離しメモ”はナンセンスだと思う。手帳は断じて切り取ってはいけない。ぼくはほとんど買わない。

同じ理由でメモを整理するのもナンセンスだ。メモはメモに過ぎない。そのままにして役割が終わったらレスト・イン・ピースでいい。

音声メモが役立たない理由にも通じる。音声は場所が特定できない。頭から録音して再生するっきゃない。だから音声で録音しようという気にならない。もうひとつ、自分の汚い字にはガマンできても、自分の軽薄な声にはガマンできない。再生するに耐えないのだ。



PCで打つテキストファイルにも場所がある。だいたい何行目あたりに書いたな、という場所で覚えている。だから何行目/段落が見えるソフト(Jedit)は重宝する。

もちろん心の中にも“場所”がある。発想を格納しやすい場所や、プレシャスな思い出を格納しやすい場所。記憶を出し入れしやすい場所もあれば、もやもやとして記憶が霞にかかってしまう場所もある。忘れないようにするためには、心も身の回りもきっと整頓されている方がいい。おっとぼくの机周りくちょくちょ…

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