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2011年11月 3日 (木)

イッツ・オンリー・サクブン

Jobs arrived from Amazon」こうツィートしてから、ぼくは事切れた。風邪をひいてばったり。昨夜から今まで24時間のうち18時間寝た。起きているときにしたのは、そろりとしたネットブラウズと、ジョブズの本を読むだけだ。



Walter Isaacson著『STEVE JOBS』 は、人を本質に向かわせる。読んだのはまだ50ページまでだけど、ジョブズが某誌のインタビューで「箪笥の後ろにも手を抜かないものづくりの製品をつくる んだ」と語った真意がわかったり、ジョブズが持つ3つの顔ーAbandanded(孤児), Chosen(選民), Special(特別な人)ーが徐々に解き明かされるのにワクワクしたり。


ぼくが病み上がりゆえか、あるものに目が向いた。本の前後の見返しの写真は、ジョブズの質素な仕事場。 頭を支えるように座るジョブズの机の手前を見てほしい。積み重なる小さなケースがある。これは「薬を入れるケース」ではないか?こんなにたくさん飲んでい たのだろうか?制癌剤ならありうると思った。そうじゃないにせよ、机はその人の仕事や習慣、性格や健康を物語るものだ。収録画像中、もっとも迫ってくる一 枚だ。


しかしプロの文は実に読みやすい。英語の文でもそれはわかる。読みながらぼくも、いつかその道のグレート(偉人)の生きざまを活き活きとあぶりだす本を書きたいと思った。嘘か誠か、昨夜熱にうなされて去来した夢の中でぼくは、誰かにインタビューしていたし。

話は逸れるが、ぼくは最近「神社作家」という肩書きに打たれた。今月アートマルシェ神田で展示会(人生再生の聖地より)を開く日本画家の肩書きである。「日本画家」は普通名詞に過ぎないが、神社作家はまさに雷鳴である。変わった女性だがおもしろい人だ。自ら道を閉ざすことにもなりかねないネーミングの勇気に拍手を惜しまない。

その神社からの雷鳴以来、ぼくは自分の肩書き「ことばのデザイナー」に物足りなさを感じた。スマートでかっこよ過ぎる。もう少しぼくらしいジタバタ感が欲しい。言葉/文を書くジタバタする人を、この世では何というだろうか。

作家、小説家、著述家、エッセイスト、ミステリー作家、詩人、歌人、翻訳家…。みんな偉くて、ジタバタを卒業したニュアンスがモリモリエール。

ひるがえってぼくの今の境遇に近いのは「ブロガー」ないし「ライター」である。前者はお金には直結しないし職業だと思えない。後者は「少額のお金に直結す る」書き手だ。大枚はもらえないが、いくばくかの報酬はある。クライアントの要求に応える柔軟さも持ち合わせる。だから「生業」より「職業」として書くー そんなニュアンスが強い。

だがぼくはもう少し命を削って書きたいのだ。

そこでひらめいたのが「文士」。現代では死語のこの単語には、古風で挺身な響きがある。

辞 書の意味は「文筆を生業とする人、文章家」だけど、それだと説明の半分にも満たない。文士はどこかドンキホーテ臭い。「ヤアヤア我こそは…」と自ら名乗り をあげて猪突猛進。食えているかどうか別にして、ペンを振り上げ続けるのだ。まさにぼくっぽいじゃないか。だがいつまでも食えないのではいや。誰しもいつ か人間になりたい。そこでもうひとひねり。

作文士

文を作る、節に組み込む、話に仕立てる。イッツ・オンリー・サクブン。どんな名文家でも、皮を剥がせばしょせんは作文じゃないか。作家と文士のビットウィーンの風情を保って良いものを書く。自分がおもしろいのがいちばん。

以上は現在完了進行形的に続く発熱の中での自動筆記である。明日は違うことをほざいていてもご容赦ください。では夢の中で会いましょう。

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