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2011年11月 8日 (火)

オリンパス事件はものづくりへの回帰のサイレン

日本人なら誰もオリンパスに育てられてきた。ぼくは『オリンパス35ED』を壊すまで使った。『オリンパスXA』と一緒に旅をした。父は(たぶんオリンパス製の)内視鏡で胃潰瘍を治療した。それが投資の失敗を粉飾決算のキャップをかぶせ、経営の焦点はものづくりにピンぼけだった。

 

1959年 オリンパスペン

シナジーが薄い中小企業をなぜ高額で買収したか?おかしいと思いました。そう思った人はもちろん社内にもいっぱいいたはずだ。投資助言会社の社員も、買収さ れた会社の経営者だっておかしいと思わなかったか。空気を読んでも口をつぐむのがオトナなのだろうか。儲け指南の証券会社にトンネル洗浄ファンド、さらに無監査法人とは…トホホな会社国ニッポン。


90年代の財テク失敗は仕方ないとしよう。みんな浮かれていた時代でしたから。でも財務は会社を維持はしても財務から会社は生まれない。オリンパスは技術とエンジニアリングに愚直なメーカーであってほしかった。これでファンの愛まで失われるのだろうか?宮崎あおいさんのPENへの信頼も失われるのだろうか?これはあおいさんファンとして心配です。ほら、うつむいている。


でもね、上場廃止でも企業分割でも、オリンパスのものづくりは簡単には途絶えない。なぜなら『XA』『OM-1』そして『PEN』を開発した米谷美久氏(故人)がこう語っている

大 抵は、「安いレンズを作ってくれないか」と言うそうなのです。ところが今度は「ライカに負けないレンズを。お金はいくらかかってもいいから最高のレンズ を」と言うわけです。企画会議を通せば、価格的にこんなレンズの依頼はできなかったでしょう。こうしてレンズ性能を優先に考えたカメラ設計の第一歩を踏み 出した。これこそが、ピンチをチャンスに変える第一歩だったのです。引用元=米谷美久講演会=オリンパス

米谷氏は新入社員当時、指示待ちでブラブラしていた。お茶ばかり飲んでいるときハッと気づき、自由に欲しいカメラを企画していいんだ!と発想転換。ライカに負けない写りがする一点豪華主義のカメラを創ろうとした。光学設計部に<会議も通さず>直談判に行った。エンジニアがおもしろがってくれた。こうして生まれたのが『PEN』だった。1959年、6,000円(当時の初任給16,000円)で発売、大ヒット。プロカメラマンのサブとしても重用された。

自由に発想、一点豪華、組織を無視、ピンチをチャンスに。ものづくりにピントを合わせれば、どんな境遇でも突破できる。もう財テクは一切禁止。運用に金をかけるのは止め。財団をつくってもいい。ものづくりの有望企業や起業に投資だけしてほしい。

ましてこれから日本はホントに貧乏になる。金融業は崩壊寸前だし、国は借金漬けで世界で一番貧乏。社会保障も壊れかけ。こんな企業事件が続けばマジメなものづくり国のイメージも失墜する。円の強さは今だけかもしれない。“経済焦土”がやってきて、もう一度ものづくりに賭けるしかない時代は、すぐそばまで来ている。

オリンパス事件はそれを報せるサイレンだろう。

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