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2011年12月11日 (日)

裸の心理学をめぐる妄想的結論

自称ヌード心理の権威たるぼくがこれを見逃していた。『「裸を見ること」の心理学的な意味』、数日前のwiredの記事で、実に興味深い視点を提供している。

同じ人物の顔だけを見るか、(裸)体まで見るかで、その人がどういう人かのイメージが大きく変わるという研究結果が明らかになった”という。記事だけでなく原典の論文にもあたって解きほぐしていこう。

Kurt Gray(メリーランド大学)らの実験によれば「セーターを脱いだり、上半身裸などで肌をあらわにすると、心の受けとめ方が大きく影響された」。簡単に言うと肌をあらわにされると考える能力(ここではAgency/エージェンシー)が低下し、感じる能力(Experience/エクスペリエンス)がアップするという。

エージェンシー:self-control and action/自制心と行動の能力
エクスペリエンス:emotion and sensation/感情と感動の能力

被験者は上のふたりの画像を見せられ紹介文を読んだ。そこで「平均的な人と比べてエリン/アーロンの◯◯◯はどのレベルか?1点から5点を付けよ」と指示された。◯◯◯は「自制心」「倫理行動」「計画性」(以上はエージェンシー項目)、「喜び」「飢えた感じ」「欲望」(以上はエクスペリエンス項目)である。

最初は顔だけの回答、次はヌードのボディを見せての回答。結果は、顔だけの画像ではエージェンシー項目が高く、ボディを見せるとエクスペリエンス項目が高くなった。つまり顔だけだと合理が勝ち、肌を見ると情理が勝ったのだ

2つ目の図は、より過激なヌードで実験をした結果。やはりエージェンシーは下がりエクスペリエンスが上がった。つまり肌の露出度合いで人物の見方が変わったのだ。より正確に言うと、人は見た目で見方が変わり、その時の目的で変わる。仕事できちんとやってもらいたい時と、欲望モリモリの時では違う。

元同僚の女子を思い出した。彼女は朝会社に来ると髪を束ねてポニーテールにした。夕方はそれをほぐして「オンナ」になって退社した。その変貌ぶりが見事だったが、無意識に「働く女性」から「オンナ」に変身していたのだ。

仕草や感情表現にボディ・ランゲージがあるように、裸にはヌード・ランゲージもある。ある意味当たり前なのだが、ヌードオフィスを推進すべしと唱えてきたぼくは、サマザマな妄想に囚われた。

・もしも入社面接がタンクトップだったら、志望者はサクセスフルだろうか?
・もしもミーティングが水着着用だったら、議論は柔らかくなるだろうか?
・合コンでは、超ミニスカート女子にかえって引いてしまうのはなぜだろうか?

裸は心を武装解除するのか?逆に武装するのだろうか?考えれば考えるほどわからなくなる。

ヌー ド雑誌やアダルトビデオは欲望を解放するような気もするし、閉じ込めるようでもある。隠されると余計に妄想が働くこともある。アーティストはヌードを使っ て鑑賞者の心を武装解除するが、アーティストにとってヌードは武器でもある。ということはそこには計算や打算があるのだ。

 
画像引用元


裸を使ったエージェンシーとエクスペリエンスは、使い方によって相手の心を操る武器になる。これだけは確かだ。

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