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2011年12月25日 (日)

“今年の人” 児玉龍彦氏とマイケルウッドワード氏が戦った相手

今年もいよいよ終わりだ。ぼくのやり残したことはあと原稿がひとつ。それは福島県のある病院長のインタビューで、生々しい話がどっさり出てくる。その中でひとつ気になったのが、ある科学者のこと。

震災後、その物理学の権威者の発言で、放射能汚染への恐怖が不用意に拡大し、福島からの避難民が増えた。TVで泣いたあの男だ。



そんなこともあったなと思っていると、英国『nature』誌が東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦教授“365 days: Nature's 10(科学界の今年の10人)”に選んだという記事があった。

7万人の人が自宅を離れて彷徨っているときに、国会はいったい何をやっているのですか!」と叫んだ、衆院厚労委員会での参考人発言をした人である(発言はこちら)。科学者とは冷静であることが要求される職業なのに、彼は'emotional scientist(感情のある科学者)'であった。

彼も涙ながらに訴えたが、TVの物理学者とは違う。彼は正に「今年の人」のひとりだ。英国がよく見てくれていたと思う。

同じく英国のインディペンデント(The Independent)紙の今年の人(ビジネスパーソン・オブ・ザ・イヤー)は、オリンパスの粉飾決算疑惑を指摘して社長を解任された英国人マイケル・ウッドフォードさんだった。

同紙の授賞理由は「彼の勇気と戦いに敬意を表するため」とする。確かに事件発覚後も、オリンパス現経営陣は社員に対して箝口令を敷いたというニュースも伝わる中、真実を語る勇気があったただ一人の人だった。彼が日本人でなく英国人だったのは苦い現実でもある。

児玉氏もウッドワード氏も“個人”である。彼らはたったひとりで戦った。対する相手は、実は無能な政府でもなく、二ヒルなオリンパスでもない。日本の社会を動かす実体=“世間様”だった

時には正しい方向に導く力もあるのだが、たいてい熱しやすく冷めやすく、バッシングの対象を飛び回って、ねらい撃ちするのが世間様である。ネット社会がまん延した今、ネット様とも言えるかも知れない。

児玉さんもウッドワードさんも、日本の世間サマという得体の知れない民衆村社会を正そうとした功績がドでかいのだ。

3つ目、米国のTime誌『今年の人』はパーソン・オブ・ザ・イヤーは“抵抗する人(Protester)”だった。北アフリカのチュニジアやエジプト、リビアで独裁政権を打倒する人びと、して欧米での格差是正に抗議する人びと。それもあるなと思った。

だが日本人が選ぶべき今年の人びとは“抵抗”ではない。それは3.11の直後、津波や原発事故の後で「呆然とする人びと(victims)」である。ぼくの中では風化はしていない(つもりだ)が、呆然としたことを忘れちゃあいけない。何でもすぐに風化させる世間様になっちゃいけない

英国インディペンデント紙の2011.3.13付けの紙面。戦う相手は内(うち)にあり。

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