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2011年12月21日 (水)

自由への裸

ヌードは意志だ。表現だ。社会の解放だ。現代アーティストの艾未未(アイ・ウェイウェイ)さんは身を以て証明している。

By Monday afternoon, seventy people had posted nude photos of themselves on a website called “Ai Wei Fans’ Nudity – Listen, Chinese Government: Nudity is not Pornography” – a rare form of protest in a country where public nudity is still taboo. 引用元=ferri500

月曜の午後までに、艾未未のファン70人が「聞け、中国政府よ。ヌードはポルノじゃない」というメッセージをこめて裸になった」その画像は次のもの。



元もとは艾さんが女性4人と裸で写る写真投稿が、“反政府的”ないしわいせつであるという容疑で、中国当局が尋問をした。艾さんは保証金を支払って釈放さ れたが、1億9,000万円もの罰金を言い渡されているという。芸術ヌードで…そんなアホな。ただ、思い当たるフシはある。

艾さんは、ヌード写真を撮影した理由については、「恐怖と孤独感を取り除く方法だったから。恐怖と孤独感は、ある特定の社会の特性を定義している」と明かした(引用元=エキサイト)という。

恐らく彼の心の底には、あの天安門事件への抗議、絶望がある。

1989年の天安門事件とは、中国人民解放軍が一般市民に武力弾圧をして、数百人が殺害された事件である。その事件そのものもショッキングな出来事だったが、デモ隊の殺害という実際に起きたことの全貌が隠蔽されたことも恐怖を広げた。それが彼の言う“恐怖と孤独感”であり、当局という弾圧組織が“ある特定の社会”なのであろう。

最近、中国版のツィッターが実名で登録せよ、という言論弾圧方針もあった。Time誌の「今年の人」が“抗議する人”であったように、中国政府は反政府運動を警戒している。自由の芽はなるべくつんでおこうと考えているのだ。



だが裸とは自由の象徴である。艾さんの裸には抗議の気持ちもあるが、なにより「自由になりたい!」という叫びを表現したかった。何よりこのふたり、美しいじゃないですか。ぼくも脱ぎたくなった。



しかし西側の裸は、あくまで商品の販売促進である。アバクロンビー&フィッチ(A&F)はシンガポールでも“抱きしめるキャンペーン”をやっているリンジー・ローハンのフルヌード(プレイボーイ誌)もけっこう売れた。

裸への想いの深さはまったくちがう。そう、ぼくも脱ぐときには脱ぐわけを考えて脱ぎたい。貧弱なのでアバクロはまったく不可能ですが(笑)、自由や解放のためなら喜んで脱ぎます。

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