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2012年1月14日 (土)

センター試験、“共通”である必要ありますか?

今日は大学入試センター試験の初日でした。



ミス東大で学院生のタレント八田亜矢子さんが、受験生応援のキャンペーンでマスクを配布していた。彼女の東大攻略法は「ご飯と寝る時間以外は勉強して、睡眠は8時間たっぷり取りました。勉強をするときは図書館に行くとか、勉強する場所を用意して、環境作りでメリハリをつけました」(引用元)。さすがです!

55万6,000人が受験したセンター試験、国公立大学のほとんど、私立大学の相当数が「採用」する。受験しないと「各大学の本試験」を受験できない。これで基礎学力を見て、各大学の試験は小論文や面接、実技などに重点を置いてくれればいいわけですが。


【「外国人」には古文や社会はキツい…】

そこでフト思い出したのはベトナム人のランさんの入試体験だ(ベトナム難民少女の十年)。15才で日本にやって来た“日本の中の外国人”である彼女にとって、共通一次試験(当時の名称)では、国語と社会が難関だった。

育った社会環境がまるで違うから、地名や社会常識が答えられない。さらに漢文が難問だった。中国系ベトナム人で中国語ができるのに、日本式の“返り点”をつける古文は「?」だった。そんなこともあって、結局国立大学に進学できる点数が取れなかったので私学へ進学した。

入試センター試験は、長らく海外で暮らし、日本人学校に行かなかった帰国子女にも、ランさんのように十代で移住してきた外国人にも「容赦はない」。それは「日本人」を対象にしたものだから。

【門戸は開きつつある…】
日本留学試験』というものはある。こっちは外国から日本の大学に入るために、入試センター試験はキツかろうという配慮でなされる。

科 目は「日本語(日本で生活する上で常識を問う内容)」「理科(物理・化学・生物からの一科目選択制)」「総合科目(日本の社会環境、政治、経済、気候やビ ジネス)」「数学」である。国立大学の98%、公立大学の59%、私立大学48%が採用している。試験をざっと見たが「日本人ではない人への配慮」がある。入学機会が増えてきている

さらに大学によって、帰国子女枠を設けて「AO入試」「SATで統一試験代替」など特例も増えている。日本の外の日本人にも、日本の中の外国人にも、門戸は広がりつつある。

【共通/平等である必要がありますか?】
ただセンター試験は昔“共通一次”と言ったくらいだから、標準的な知識や記憶力をチェックするもの。平等も必要だろうが、日本社会の閉塞を打破するため、個性や多様性をたっとぶなら、受験も受験生ももっと多様であっていい。

たとえば、英語の“センター試験”があってもいい。日本社会科や日本人にも難しい現代国語、日本独自の古文はパスしてもいいのではないか。多様な受験生を受け入れる気があるなら、受験には機会不均等、不平等があってもいいと思うのだが。

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