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2012年1月 3日 (火)

『日本語 表と裏』を読んでやはり感じたこと。

今日は年賀状に返礼を書いた。その末尾には「やはり」あの日本ならではの慣用句を書いてしまった。それは“よろしくお願いします”である。

日 本人はいたるところで「よろしく」を連発する。年賀状にはきまって、「本年もどうぞよろしく」と書き、知人に何か依頼する時にも、「よろしく」といって頼 む。慣用語、あるいは挨拶語だといって聞き流せばそれまでだが、そういわれて誠実に相手の依頼にこたえようとすると、「よろしく」の意味がわからなくな る。引用元=『日本語 表と裏』森本哲郎著

一体ぼくは何をよろしくしているのだろう?意味不明瞭を恥じたのだけども、自動筆記で何度も書いてしまった(笑)。

著者の森本哲郎氏(評論家)は 「よろしく」の章で、よろしくとはココロを配ってほしいというお願いであるが、あまり具体的に要求すると相手に迷惑がかかるから、相手のできる範囲で「よ ろしく」と言うと書く。だが余りにあいまいなので、相手は困って思い悩んでしまう、とも書いている。確かにそうだ。マジに取ると誰にも意味はわからない。

年賀状や電子メールでの「よろしくお願いします」は、実は何もお願いしていないとも言える。日本語テンプレートのようで、またいつか会おうねくらいの意味である。恐らくホントにお願いしたいことはその前に書いている。それでも最後にも「よろしく」と書くなら、それは「よろしく頼むぜよ」という坂本龍馬ばりの強調語かもしれない。

さてこの本は「よろしく」に始まり「虫がいい」「いい加減」「どうせ」「気のせい」「まあまあ」「ということ」などグレイで意味不明瞭な日本語を取りあげて、“日本語の表と裏”を越える「“日本人の表と裏”を掘り下げる」日本人論となっている。

日本人は連発しがちな「やはり」も気になった。

ぼくはこの言葉を極力書かないように意識している。それを書いてしまうと、「キミたちもわかっているように」という暗黙の了解をさそっているようで、書き手としては読者におもねりすぎだと思うからだ。やはりで済ましてしまう書き手にはなりたくないと思っている。

だ がやはりは日本人の中に潜んでいる。森本は「やはり=as you know=ご存知の通り」はニュアンスがちがう、「やはり=私が思っていた通り=予想したように」ではないかという。日本人は常に何かを予期し、運命の中 で生きてきた。四季折々の天候の変化を「やっぱり寒さも彼岸までね」という予想を立てて語りあう。さらにその「やっぱりナニナニね」が通じるのは、日本が 同質化社会だからではないかと論を展開する。

やはり=We=我々日本人」なのだと、ぼくはやっぱり(笑)思った。

まあまあ」も一体なんなのだろう?「まあ!」だと驚き「まあまあ」だとなだめることになる不思議な間投詞である。主語の「わたし」も西洋人では「私=一人の個人」であるのに対して、日本人の私は個人よりも「世間の中の一人」という“機能”を意味しているという。確かに個の未成熟な日本ではそんな感じもする。「自分の意志ではどうにもならない精神や生の本能を「」のせいにした」日本人というのも、どうやら「気のせい」ではないらしい。

この言葉の日本人論の行方にあるのは、たとえばひとつの広告コピーで、日本人が何を感じるか?同調するのか?反発するのか?それを考えることだ。言葉の語源を調べて雑学で納得してちゃいかんぜ。言葉は民族と一体のもの。その深層を掘ることは、あなたの仕事のあらゆる面で役立つ。間違いない。年始に良書に出会った。

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コメント

自由とは、意思の自由のことである。
恣意 (私意・我儘・身勝手) の自由は、どこの国でも認められない。

意思がなければ自由もない。
だから、不自由を常と思えば不足なしである。

日本人には、意思がなくて恣意 (本音) がある。
恣意を規則 (建前) の枠内で自由に伸ばすことをもくろんでいる。
この生き方が、日本人を世俗にまみれたいやしい姿にして見せている。

日本語には未来時制がないので、理想はない。
現在時制 (現実構文) の中で語る理想は、空想になる。
だから、考えから現 (うつつ) を抜かすことはできない。
日本人には真の意味での賢さがない。

現実の世界は信頼するが、非現実の世界は信じない。
現実の内容を再現すれば、それは模倣である。
考え (非現実) の内容を実現 (現実化) すれば、それは創造である。
日本人には模倣力はあるが、創造力がない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


投稿: noga | 2012年2月10日 (金) 01時50分

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