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2012年1月18日 (水)

石原選考委員のおかげで芥川賞に注目した。

スルーしかけた芥川賞に注目した。それは石原選考委員のおかげである。

石原知事は「いつか若い連中が出てきて足すくわれる、そういう戦慄(せんりつ)を期待したけど全然刺激にならない。自分の人生にとっての意味合いの問題だ」と理由を説明。

さらに最近の文学作品について「物書きとしての緊張感を覚えさせてくれる作品がない。みんなマーケティングで、同じ作家が次々違うものを書いてくる」と批判した。引用元=日刊スポーツ

こう話した都知事は今回限りで芥川賞の選考委員を辞するそうだ。まあお年もお年だし、そろそろお辞めになられてもとは思うけれど、都知事らしい“歯に衣を着せない”言い方はある意味爽快だった。だが返す刀を振った、受賞者の田中慎弥さんの言葉も爽快だった。

「(自分が受賞を断り)気の小さい選考委員が倒れたら、都政が混乱する。都知事と東京都のために、もらおうと思った」「おじいさん新党をつくろうとしているようだが、新党結成にいそしんでほしいと思う」と挑戦的な言葉を連発。(引用元=同)

写真右が田中さんで、その受賞作は『共喰い』。ぼくはまだ読んでいないので石原選考委員が正しいのか判断する術はない。「ばかみたい」で「マーケティング」なのか、書評家の投稿を読んでみた。

「あの男の子どもはあんた一人で十分じゃけえ、病院で引っ掻きだしてもろうたんよ」
――そんな言葉で、遠馬は母親からも決定的に義絶されている。父・円は、女を殴る男なのだ。殴りつけ、そして性交する。(『共喰い』より)

父 の愛人と暮らす主人公篠垣遠馬は、性的暴力をふるう父を憎悪し、だがその分身である自己の中にも同じ衝動が棲んでいるのを知っている。その心理描写と行動 描写はヌメリいっぱいで、話の展開は犯罪サスペンス仕立てらしい。近年の芥川賞にありがちな要素=エロに犯罪を絡めたものとも言えらしい。この書評を書いた杉江松恋さん曰く「丁寧に書かれている」という。芥川賞候補5度目にして受賞ですから(想像ですが)書き手として円熟しつつあるとは言えるはず。

果たして石原選考委員はどんな読み方をしたのか?やっぱり読まなきゃわからないな。だが石原選考委員の「マーケティング」という発言はどうだろうか。近年の芥川賞で話題になったのはエログロが多かったような気もする。だからそうだな、と頷いてしまいそうになるだけど…

待て。石原選考委員の芥川賞受賞作こそマーケティングだったような気もする。

裸 の上半身にタオルをかけ、離れに上がると彼は障子の外から声を掛けた。“英子さん”部屋の英子がこちらを向いた気配に、彼は勃起(ぼっき)した陰茎を外か ら障子に突き立てた。障子は乾いた音をたてて破れ、それを見た英子は読んでいた本を力一杯障子にぶつけたのだ。本は見事、的に当って畳に落ちた。その瞬 間、竜哉は体中が引き締まるような快感を感じた(『太陽の季節』より)

こんな“鮮烈な描写”で話題になった処女作。主人公の屈折、時代への遠吠え、それは50年経っても変わらない。石原選考委員の言うことは正しいとしても、天に向かって唾しているような気もする。

そもそもあらゆる賞はマーケティングであるが、「権威ある芥川賞なんだから(マーケティングから脱せよ)」という“正統派”委員たちと、賞ゆえにマーケティングの罠にハマってしまった委員たちのいさかい、それが委員から脱退相次ぐという図式のウラにあるような感じもする。

まな板の上の作品を読んでいないので声が小さくなるが、ひとつだけ言いたい。芥川賞受賞作のぼくの希望はこれだ。

「読み返したい作品であること」

『太陽の季節』はごめんなさん。『限りなくー』もないよ。芥川賞のリストを見ると幾つも読んだけど、再読しようとなかなか思えない。先日久々に読んだ『月山』は凄かった。問題作(エロとか)じゃなくて「一度読んでもわからない」真の意味での“重層的な作品”こそ芥川賞にふさわしいと思う。

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