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2012年1月 4日 (水)

過去の剪定。

過去を断ち切るから新しく枝が延びる、なんて(^^)ポストをFacebookにした。


年賀状をポストに入れてぶらりと近所の川縁を歩いた。今年の正月は風が冷たい。河口の方角から上流に向かって風がぴゅうぴゅう吹く。押し戻されそうだ。“逆さに流れる川”と言われて名付けられた川沿いに、春を迎える前にバサリと剪定された木々が続いている。

ぼくは遂に剪定などしたことがなくこれまで生きてきた。何のために剪定をするのか、wikiに訊いてみるとこう答えてくれた。

剪定(せんてい)とは樹木の枝を切り、形を整えたり、風通しを良くする事。(中略)
忌み枝を処理する方法で、剪定する枝は枯れ枝・徒長枝・交差枝(枝と枝同士が交差している状態)・病気枝・からみあった密度の高い状態になった枝などが挙げられる。引用元=Wikipedia

こ の川沿いの場合、歩車道側に張り出し過ぎないようにという配慮がありそうだ。でもバッサリされたのは外に向かって伸びた枝だけでなく、内側も切られている から“風通しを良く”されたわけだろう。公共事業のひとつだから、伐り手が「すくすく育てよ」なんてつぶやきながら伐っているとは思えない。事務的にやっ ただろうな。だからなのか、でもなのか、この切り口に感じたことがある。

今までがんばったよな。そこまで延ばした枝はムダにはならないよ」と。

まっすぐ生きる人の方が少ないと思う。曲がる方が自然なのだ。こっちにも延ばしてみたい。あっちにもと、あれこれ枝を延ばす。一握りのずばぬけた幹をもつ人以外は、普通じゃないだろうか。

何 しろアクシデントだってある。陽の当りそうな方に延びてみたけど、後で大きなマンションが建っちゃって日陰になったとか。延びたぜやった!と思ったら、悪 ガキがぶらさがられて枝をボキンとか。万にひとつも落ちない雷鳴に打たれて黒焦げオダブツにだってならないとは限らない。

それをかいくぐって延ばした枝でも、成長しきらないこともある。他の枝が邪魔しているとか、小枝ばかりで太らないとか。そう思ったときにするのが剪定だ。

活かすために伐る。自分で伐れなければ他力でもいいから、伐ってもらう。新しい枝を延ばすために伐る。世間が「あの人、定まらないね」「モノにならなかったのね」と囁いたとしても、伐る。それは賭けだと思っても、伐る。

切った枝は薪にでもしてもらえばいい。それより伐り口を見てみよう。伐ったぞという意志がある。ムダにしないぞという心意気がある。そしてほとんどの場合、切った枝が何かの際に「見えない枝振りで」役に立つときがある。だからムダではない。

思い切って伐ってしまおう。もうすぐ春だから。

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