« キヤノンの会長カムバックに思うこと。 | トップページ | うつとうつかりの話 »

2012年2月 1日 (水)

わかりやすく伝えることについて。

Makikoさんが貸してくれた話題の本『日本という国』小熊英二氏著に感化されて、やさしく伝えることをバカになって考えた。

本書が売れたワケは、近代日本の成り立ち、国家の成立や国民意識のもりあげ、学問と学歴社会、戦後アメリカやアジアとの関係を「中学生にも読めるように」平易に書いてあるからだ。

冒頭のエピソード。鼻毛を抜きながら福澤諭吉先生が尾崎咢堂に訊いた。「オマエは誰に読ませるために書いているか?」咢堂は「識者に見せるため」と答えた。すると福澤先生は怒った。

馬鹿ものめ!猿に見せる積りで書け!おれなどはいつも、猿に見せる積りで書いているが、世の中はそれで丁度いゝのだ

こ の本がスゴいのは本質的なことがわかりやすく書かれているところだ。例をあげよう。学校で知恵をつけるのは、他国に攻め込まれ銃を打つときに「100発打 て!」と言われて100まで数えられないと困るからとか、さらに貧者に知恵をつけすぎると共産党になって国体を危うくするから、天皇の発した言葉=教育勅 語を暗記させる道徳教育ができたとか、けっこう刺激的な話が多い。

気になったのは、中学生にも読める文章だが(ふりがながたくさん振ってある)、さてこれが中学生にどこまで理解できるか?中学生なりには理解できるからそれでいいとは思う。でも結局この本は、オトナ向けのやさしい近代日本史なのである。

+++++

正直ぼくはここまで読みやすく書く自信はない。脱帽である。ただもうひとつ正直を言えば、ところどころムズ痒くなった。納得しつつもどこか好きになれない。すみませんお借りしていてMakikoさん。

ちょっと前に読んだ司馬遼太郎の『人間の集団について』とくらべた。こっちはベトナム戦争の末期に当地から見た現代史の裏側である。どちらも本質的なことがわかりやすく描かれている。だが司馬さんの本と小熊さんの本は、何かちがう。

何だろう?お風呂に入っていてわかった。それは「目線」のちがい。

小熊さんの本は教科書だからどうしても先生ぽい。「上から目線」を感じた。司馬さんの本は現場体験記だから、地表に近い「対等な目線」を感じた。ぼくはどうも「上から目線」ができない。そんな器でもないしスタイルじゃない。だから小熊さんの本に引っかかるものを感じたのだった。

でも一般読書人は「本は知識を頂くもの」だから気にしないだろう。むしろ教壇から教えてもらうのは(池上彰先生!という感じで)ウエルカム。先生とは「上から目線で、絶対的な権威ないし優位」をもって“教壇”から教えるべし。ほとんどの人はそう思っている。

でもぼくは、教壇から先生が「こういう見方をしなさい」「目からウロコでしょう?」といくらわかりやすく説明されても、う〜ん…と思う。自分のアタマで考えたことじゃないので(バカだし)定着してくれない。右から左へ、また次のわかりやすい本を探す循環サイクルにハマるからだ。

わかりやすくと心底からの理解とはちがう。「どんなジャンルでもその主題の「歴史」「発生原因」「つくった人の動機」を知っていること」と今日ある人から教わった。根源を知っているから知識じゃなく本質を教えられると。ちょっと深いので、そのことは来週エッセイにまとめたい。

|

« キヤノンの会長カムバックに思うこと。 | トップページ | うつとうつかりの話 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/158074/43953102

この記事へのトラックバック一覧です: わかりやすく伝えることについて。:

« キヤノンの会長カムバックに思うこと。 | トップページ | うつとうつかりの話 »