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2012年3月18日 (日)

隠せば心が濁り、言葉が濁る

またひとつギャラリーで展示会が終わった。今春は「うつからの生還」と「3.11被災地支援」という重いテーマが続いた。心のどこかに力が入っていたようで、身体よりもそこに少し疲労を感じている。

2つの展示会に共通するのは「自分をさらけ出す」こと。なぜうつになり、どう帰ってきたか。仙台の画家佐藤勝則さんは、3.11を風化させたくないと考えた。“guruttoブレスレット”をぐるぐる作りながら、佐藤さんとポツポツ語った。


画像は佐藤勝則さんの作品

「どうして日本人てちゃんと原発不要って言えないんでしょう」とぼく。
「原発交付金を貰っていない自治体だって黙ってしまうんですから」と佐藤さん。
「大江健三郎だって原発ノンと言ってるし、山本太郎だってみっともないけれどちゃんと言っていますよね」

ぼくは声高に原発不要とかデモ参加とかしないけれど、無ければいいと思う。そこははっきりしている。それさえも口を濁す人が多いのにがっかりする。自分の考えをグレイにするクセがついているかのようだ…。

グレイといえば巨人の「選手の契約金等の問題」は黒いグレイだ。

入 団前の新人候補に「球界で申し合わせた最高標準額を逸脱していた」のは問題ではない、「緩やかな目安」だからセーフ、それが巨人の主張。それはそれでいい としても、ドラフト浪人しても巨人を逆指名して入団する選手がいる理由は、みんなによくわかった。1年待てば数億円もくれるなら待つさ。それはグレイな雲にぽっかりオゾンホールのように開いた黒い穴だ。

原監督は「詳しく知らない」と言葉を濁し、渡辺会長は「人権侵害だよ」と言葉を濁した。

人は隠せば心が濁り、言葉が濁る。

「隠せば言葉が濁る」とは『nagaimichikoさんの日記』で見つけた美しい言葉だ。日記にはこうある。朝日新聞のコラムで、歌人の永田和宏さんが妻の河野裕子のがんが見つかったとき、それを歌にすべきか悩んだ。でも歌おうと決めた。なぜなら「隠せば言葉が濁る」から。コラムの表題だったようだ。

歌人の妻と歌人の夫が少なくなってゆく日々に交歓した歌を、別のサイトから二首をあげよう。

一日過ぎれば一日減ってゆく君との時間もうすぐ夏至だ
(永田和宏)

手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が
(河野裕子)

隠さないから歌が詠める。隠さないから言葉が伝わる。隠さないから誰かが感動する。アートとは自分をさらけだす生き方のことである。

待てよ。アートに限らず、日々自分をさらけ出すのがほんとうの生き方じゃないのか。隠すのはやめようじゃないか。さらけだそうじゃないか。

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