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2012年3月27日 (火)

ヒルズでもノマドでもなくサクラコの話

日経の記事『ヒルズ族よりノマド族(若者、地方へ)』はいいところを突いている。「遠隔地でもネットがあれば」「事業&生活コストが安い」「エンジョイできる」というのもあるけど、ぼくが「いいな」と感じたところは少し違う。

厳しい競争社会から逃れ、のんびり働きたい人が地方を選ぶ時代は去った。ITや高速交通網の進展は都市と地方のインフラ格差を縮め、逆に低コストを武器に地 方から競争を仕掛ける時代が近づいている。行政に頼るのではなく、自らの実益性や価値観から、最適な場所で最適なビジネスを興す。そんな彼らには「ヒルズ 族」よりも「ノマド族(遊牧民族)」という言葉がふさわしい。引用元

【地方に住むのもいいな】
コストは安い。通勤もラク。自分の時間も持ちやすい。「競争か、さもなくばのんびりか」という悲壮感と敗北感に満ちた“脱都会”の物語じゃなく、♪PC一台、さらしに巻いて〜♪、デジタル遊牧民が地方へゆく。いいと思いますよ。

それというのも「地方に住むのもいいな」という潜在意識がぼくにあるからだ。

ぼくは東京生まれの東京育ち。正直「もう都会はいい」と思うことがある。特にアキバや渋谷を歩くときだ。どちらの町も良いところはある。たがこれが「ぼくのふるさとの東京なのか」と思うと、ため息が出る。若者じゃないし、ノマドというより“脳 Mad”で(笑)才覚も乏しいし。勇気を出せるかわからないけれど。

記事でひとつ指摘したいのは「ノマド族」は誤用です。ノマドとは“ノマド・オブジェ(モバイルのデジタル機器)”を扱って、都市内/都市間を移動する知的ワーカーのことで、「地方に引っ込む=ノマド」ではない。

それはともかく移住といえば、ふとサクラコのことを思った。

【サクラコの話】
サクラコは先週土曜日、cherryさんとぼくが野沢温泉のカフェ&ギャラリーhütteに到着して「さてワークショップのお客を待とうね」という時やってきた。

小 学校の高学年の知人の娘である。活発というか、こまっしゃくれているというか(死語ですか?)、いろんなことをよく知っていやがる。彼女に毛糸のミサンガ の作り方を教えた。最初はあれこれ迷っていたが、やがて自分でぐるぐるしだして余裕がでて、cherryさんのiPhoneでyoutubeの動画をねだ り、ビヨンセやガガの動画をかけた。そのうちそらんじている歌を英語で歌いだした。しかもぼくの持ってきた葡萄パンを食べやがった。

サクラコはその日、ギターを付けたロックンロールなブレスレットを作ってご満悦で帰っていった。楽しいヤツだがオサラバだと思ったら、翌日も来やがった。

ぼ くのことを「幾つに見える?」と訊くと、実年齢を数才も上に言いやがって「死んだほうがいいぜ」と言うと、ゲラゲラ笑いが止まらなくなっちまった。しかも またしてもぼくのオニギリを食べやがった。夕方でオサラバと思えば、ぼくらが行く温泉(ふるさとの湯)に一緒に付いて来た。そこには露天風呂があって「寒 いから中で温まってから」と言うcherryさんを振り切って、露天風呂にどぼんした。帰り道は真っ暗になので、家まで送って行った。

実はサクラコは東京からの移住組なのだ。引っ越してまだ一年も経っていない。

東京郊外から人口3千数百人の村へ。学校ではイジメがないのだろうか?ビヨンセやガガを歌う子が田舎でフィットするのだろうか?ぼくらになついたのは、ぼくらが東京の風を吹かせてやって来たからではないだろうか?

ぼくはぐるぐるとそんなことを思った。

だが商店街を歩いていると、ある店のオバサンが「サクラコちゃん、こんにちは」、サクラコも「こんちわ」と言った。どこでも子供は生活できるのだ。

一 軒家のドアの向こうにサクラコは消えた。名残惜しそうだった。ぼくらもなぜか同じ思いだった。ぼくらのサックサックという足音が雪の夜道に響いた。都会も 田舎もアイドルも、ネットを通じれば等距離ではある。だがバーチャルじゃない何かとは、ヒルズでもノマドでもない。豊かなビレッジにあるのではないだろう か。

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