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2012年4月20日 (金)

レヴォン・ヘルムに合掌、音楽という伴奏芸術に喝采

The Bandて言っても60〜70年代のミュージックシーンを知る年配者しか知らねえだろう。ぼくはボブ・ディランを浸聴した時期があるから、そのバックバンドとして彼らに触れた。『The Basement Tape』の“カセットテープ“を棚の奥に探したけれど見つからなかった。

でも今はyoutubeっていう便利なものがあるから、アルバムの曲が聴ける。“This Wheel's on Fire”や“You Ain't Goin' Nowhere”。そこにはドラムの音ももちろんある。このアルバムに参加していたドラマーでシンガーだったレヴォン・ヘルムが死んだ。

アーカンソーで生まれ、その南部育ちの声でザ・バンドの「ザ・ウェイト」、「アップ・オン・クリップル・クリーク」「ザ・ナイト・ゼイ・ドローヴ・オール・ディクシー・ダウン」など数々の代表曲を歌ったレヴォンは、ザ・バンドにとって正に心臓のような存在だった。引用元=woman.infoseek.

【The Bandの軌跡】
The Band の前身であるThe Hawks(ヘルムが参加)がディランのツアーに雇われたのは1965年、彼が“変心”して、アコースティックギターからエレクトリック・ギターに持ち替えたツアーだった。演奏前にディランはバンドメンバーに「どんなにブーイングがあっても演奏を止めるな」と言われた。実際、保守的な観客からディランに「ユダ野郎!」とブーイングがあった。何にしても音楽が熱い時代だった

その後The Bandが68年に結成され、ザ・ウェイト(映画『イージーライダー』に起用)もヒット、良いアルバムを幾つも出した。74年のディランとの復活ライブを経て76年に解散、みんなが知っている映画『The Last Waltz』がリリースされた。

洋楽を聴いてきた人ならわかるはずだが、The BandやDylan, BeatlesやRolling Stonesが活き活きしていた60〜70年代で音楽ビジネスはいったん成長を終えた。80年代は模倣、90年代は残滓、00年代は?マークだ。

あの時代の資産を食いつぶすばかりだから音楽ビジネスは苦境が続いている。CDが売れないのはiTunesだけのせいじゃない。あの時代以来クリエイティブが減ったのだ。その“心臓”のひとつ、ヘルムが死んだ。合掌して彼らの60年代の創造を繰り返し聴くしかない。

【音楽は伴奏芸術】
心臓と言えばひとつ思うこと。常々音楽芸術は不思議なアートだと思っている。他の芸術に“伴奏するように”寄り添うから。

絵画にせよ書にせよ陶芸にせよフォトにせよフラワーにせよ、みんな独立して存在している。他の芸術と少しずつ交わるとはいえ、伴奏するように共鳴し合わない。だが音楽は他の芸術に寄り添い、それどころか影響を与え、やれよ!とお尻を蹴飛ばし、心臓ポンプになって「アート・ブラッド(血)」を体中に巡らせる

音楽は単独でも芸術だが伴奏芸術でもある。それが音楽が他の芸術とは違う魅力、つまり国境も人種も越えて感動をわかちあえる理由である。

【今エレキギターが女子に売れている】
それが売れないということは心臓血管が閉塞していること、死だ。音楽産業がへたれた国は経済が減速する。これはぼくの新説だが、あんがい当たっていないだろうか?

だが心配しなくてもいいかもしれない。今、エレキギターが売れているのだという。それもガールズバンド向けに。

きっかけは「けいおん!」やAKB48の前田敦子のプロモビデオだとからしいが(記事はこちら)、みんな音楽をやる理由は単純で不純なものだ。それでいい。どんなアートにも影響を与えるアート、地球上どんなところでも人を感動させる普遍的なアートが音楽。それをやるのは、博愛主義でガラバゴス脱出への一歩だから。

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