『おべんとうの時間』は文章講座の時間
旅には旅の読み物ありけり。国内機上なら『翼の王国』か『SKYWARD』なり。もちろんANAとJALの機内誌。たまに乗る飛行機ですから、床屋でコミックをむさぼるように読むのです。
先週末の鳥取一泊二日の旅、どちらもANA。往きは妖怪眠り猫状態で失神していたので、復路でじっくり。なんとまあ文芸達者な方々ばかりで読みやすくて上手いこと。参考になりんす。
もっとも注意深く読むと、どの記事も「こういうところだからおいでよ」と書いている。表立ってそう書くエッセイもあれば、ウラ読みすると実はそう書いてあるコラムもある。航空会社のPR誌ですから当然ですが。
ところがひとつだけちがう記事がある。『おべんとうの時間』だけは「旅においでよ」じゃない。「お弁当ってこういう気持ちだよね」って書いてある。テキストも写真も秀逸なのだ。
なぜ?っと興味モリモリで「機上分析」をした。
お弁当をつくるのは洋菓子職人の穂森麻衣子さん。コラムは仕事を終えて彼氏に電話をいれるシーンから始まる。「今終わったよー」「今晩何が食べたい?」仕事を終えると買い物して、休む間もなくお弁当づくり。この数行でコラムすべてを物語る。動きがあって微笑ましくて…上手い書きだしにビックリ。
前半部には「3つの動き」 がある。「同棲してないけれど近所に住んだ彼氏と夕食を食べる」「つくったお弁当と夕食材料をもって彼氏の家にいく」そして「お母さんのお弁当のおかずヘ ルプがありがたい」(鯵の南蛮漬け!シブっ!)彼女の行動を気持ちから描いている。会話調なのに情報をしっかり盛り込んどるのもすごい。
「夕食は彼氏と一緒がいいです。」
「唯一ほっとできる時間かな。一番楽しいんです。」
(洗いものもして彼氏とアイスクリームを食べるのが)
この2つの文で、読者も幸せで満腹になっちまって(笑)。文中に赤い◯を付けたのは語尾で、「のっけて」「みたい」「あるなあ」「けどね」など。そのリズム感と口語表現がすごく巧み。
後半は穂森さんの老舗和菓子屋での洋菓子づくりのこと。彼女の仕事とランチとお弁当がどうからまりあっているのか、人柄や会社柄もわかる。そしてエンドは「今日つくる明日のお弁当」で、「何しようかな…彼氏エビ好きだからエビ入れてあげるかな」って。
こんなすごいテキスト、誰が書くの?それは阿部直美さん、フリーランスライター。写真は夫の阿部了さんで4×5で撮る。疎いぼくはこれが翼の王国のNO.1エッセイで『おべんとうの時間』の単行本も知らなかった。ごめんなさい。いいえ畏れ入りました、ほんとうに。
「旅においでよ、こんなにいいところだよ」って旅情報はウルサい。ぼくは自分で現地で見つけたい、感じたい派。情報を確認しにゆく旅なんてキライだから、機内誌の半分以上は流し読み。第一PR文は心に残らないし、だから本にはならないの。
『おべんとうの時間』は「旅ってこういう気持ちだよね」って想像させる。読者の気分に入り込む文である。ああ阿部さんに嫉妬する嫉妬する…笑。
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