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2012年7月15日 (日)

祭り・祀り・奉り・マツリ

この連休はどこでも祭りですね。ギャラリーの仕事を終えて午後8時、我が郊外タウンに到着すると、タウンの祭りはエンドのようでした。

浴衣で電車ねえ…。このタウンの祭りは、マンションが立ち並ぶ目抜き通りの両側を、プロ(店舗が中心、テキ屋なし)とアマ(マンション住民)の屋台が数十並んで、買い食いができるのである。けっこうな盛大さで隣町からも人が押し寄せる。

いきおい自転車でやってくるから、生活感丸出しで(笑)。少子化なのにこんなに子供っていたの?ってくらいガキが出て来て楽しんでるんだけどね。

だけど都会の昭和育ちのぼくには、この祭りはシビライズドされて飼いならされて、ちいとも楽しめない。神輿や山車は出るけれど、踊り(パレード?)はあるけれど、この祭りは神社が真ん中にない。そこが致命的だ。

ぼくが少年時代を過ごした都会田舎の祭りは、むろん神社の境内である。

祭りのお囃子が聞こえてくる。気がつくと神楽舞台がぼわっと浮かんで、ポッポッ…と鼓が闇夜を揺らしている。向こうにはいかがわしい蛇女の出し物がある。

「乳子のときから蛇に育てられ、やがて蛇ともオンナともつかぬ世にも奇怪な蛇女に…」

口上に押されて高い料金の屋敷小屋に入る。もちろん蛇の皮をマフラーにした熟女が踊るだけだ。毎年こうしてお小遣いの半分がなくなるのだ。

中 身がなんだかわからないフライは安かった。ソーズ汁のキャベツをすくった。くじ引きで景品が当たる屋台には、テキ屋の店番なのか、同じ歳くらいの女の子が 座っていた。白熱球が照らす顔は大人びた美少女だ。じっと文庫本を読む姿が、すでに人生をアンニュイしている。ぼくはくじを引く。当りが出る。特等賞だ。 彼女は「どれにする?」というように顎をあげてぼくを見るのだ。ぼくは言う。

「君にする」

彼女と恋に落ちて駆け落ちして、テキ屋の父に追いかけられ水死体となって発見される男の子…

こんな妄想ができるのが神社のお祭りだ。祭りは暗くて神聖で猥雑でないとならん。

祭り」はご先祖や悪霊をいさめるもの。「祀り」は神に祈り、神と交信すること。「奉り」は神様にありがとうを伝える。どれも「まつり」と読むが、郊外タウンのそれは「マツリ」である。

まつりにあってほしい3つのこと。

まず、祭りはやっぱり「神社が中心」であるべし。そこに伝わる「虫追い」のような土着行事を見たいしやりたい。二つ目に「神様とかかわりたい」。年に一度神聖な気持ちになるのだ。もっとも女子の浴衣には神様が宿ると信じておるので(笑)ほぐしたいとか(笑)。

三つ目には「地元愛」。都心郊外への移住者はこれがもちにくい。ちい散歩の地井武男さんは出身地の千葉県匝瑳(そうさ)市の祭り「八重垣神社祇園祭」で神輿をかついでいたそうだ。祭りとは、なんやかんや言っても、地元の振興に他ならないのだ。

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