マーケティング・マネジメント

2009年7月 7日 (火)

星空と願いごととマーケティング

  七夕の夜、南関東は晴れ渡ったといえないまでも、青夜空がところどころに顔を出す“願いごと日和”になりました。今夜半くらいまでは、天の川が見えるかも。リアルな短冊に願いごとを書いてもよし、Twitter短冊に書いてもよし。星の彼方の織姫と彦星が、WindowsだろうとMacだろうと大丈夫なように、互換性をもたせましょう。 

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 iPhoneアプリの『Planets 1.4』。位置情報を登録しておくと、そこからほんらい見えるはずの満天の星と星座を示してくれる。都市部では実際は見えませんけど。このソフト、無料なんてイケていますよ。無料アプリでは突出しているでしょう。

【hmm…なアドバイス436.星空と願いごととマーケティング】
 でも、夜雲の隙間から見えてきた青くて黒い空には、ちいとも星が見えない(笑)。でも、たとえ不況だからという世知辛い世の中でなくても、笹や短冊にしたためて、空に向かって願う気持ち、なんだかわかります。だって願いが夏夜空に吸い込まれていきそうだから。

 ともあれー
 人の願いとビジネス。そのふたつは、だいたいマッチしているのでしょうか?
 そんな疑問をもつことがある。

 マーケティングの世界では“願い”をめぐって、ウォンツ(欲求)、ニーズ(必要)、ディザイア(欲望)、インタレスト(興味)、フィッシング(釣り)、インフルエンス(影響)、レコメンデーション(推奨)などさまざまな顧客誘因策/技術/ノウハウがあります。これらをうまく順序だてて、また整理だててやるわけですが、現実には無法地帯・無秩序地帯(笑)、まあそれでいいと思う。

 人の願いに切り入るのがマーケティングですが、消費者の心はブラウン運動ほど明確じゃないし、たいていうまくゆかない。星をつかむようなもの。あれ試してこれも試して。そのくらいのゆったり感でやったほうがいいと思う。

【マーケティングの起源】
 だから人の気持ちとビジネスをマッチさせるためにどうしたらいいか。考えれば考えるほどむつかしくなる。わたしもそのワナによくはまります。そのときは自分にこういう。おいおい、かんたんにいこうよ。wants/needs/desire/interest/fishing/influence/recommedationなどの前にある、もっと人間的なワードにフォーカスしようよ

 そのワードとは“HOPE”。マーケティングのほんとうの起源は“希望”だと思う。

 希望があるからこそ欲求があるし、生活上の必要を感じる。誰よりもという欲望をもてるし、興味をもって続けられる。釣られたぁ!損したぁ!と思っても、誰かに推奨して買わせて、ウップンを晴らせるしね(笑)

 希望の心理のウラには、不安があり絶望があり投げやりになる、生の自分がいる。

 希望の心理の横チョには、利己的にはなるな、利他的になれよ、と囁いて伴走してくれる神様もいる。 

3 ベランダからの今夜のお月さま。

【hmm…なアドバイス】
 そこで最大の希望ビジネスって何だろう? それはやはりアートだと思う。アートは人の内側から力をださせるものだから。苦悩や苦痛に満ちたアートこそ伝わるものがある。ギリギリで描いたアートにしか伝えられないことがある。

 誤解を恐れずにいえば、アートには同感という感動がある。だがアート未満のインテリア雑貨は共感どまり。どちらも“希望”をもらえるけれど、やはり賭けたもので違いはでてくる。願いごと日和の七夕の星空のもと、厳しい不況を背景に、今日は希望のことを考えました。ではまた明日。

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2009年4月30日 (木)

“カタログ語”から抜け出して、“個衆マーケティング”へ

 今日はビジネスメディア誠で連載する“うふふマーケティング”へのリードです。

“カタログ語”から抜け出そう――商品紹介の秘けつとは
最近、カタログに書いてあるようなことしか語れない営業マンが増えているという。そこで商品語りの達人、スミ利文具店の藤井稔也さんに商品を紹介するコツを聞いてきた。続きはこちら

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 テーマは“商品をモノ語る”。できて当たりまえのことが、最近できない営業マンが増えてきた。それができる営業マンに逢える機会がとんと減った。そんな声を聴いてこれは切実だと思ったのが、最初のきっかけ。フト思えば、語りに感動する営業さん、確かに多くない。

【3人の語る営業マンたち】
 そのテーマにふさわしい人を3人見つけた。まず今回インタビューさせていただいたスミ利文具店の藤井稔也さん。彼の語り、熱い・鋭い・細かいの三拍子がある。持ち上げ過ぎではないし、何しろ文具愛好家の間では結構知られる存在だ。商品紹介だけでなく、エッセイも書いていらっしゃる。わたしも以前、コンサルティングの仕事についてのエッセイ(メルマガ)を書いていました。仕事に熱くないと仕事のことは書けないよ。よ〜くわかります。

 2人目、デザイン作品販売のutte事業のバックアップをしていただいている三和印刷には、尊敬・敬愛する印刷営業マンがいる。仮にその名前を中村さんとしておこう。彼は安心感のかたまりである。印刷のこと、紙のこと、デザインのこと。何でも訊ける。いつも満足する答えが返ってくる。

 また以前の勤め先コンサル会社の営業マン、名前を仮に奥山さんとしておこう。彼はお客さまの満足度という一点を絶対ぶらさず、それがぶれるときは、お客さんにもコンサルタントにも、ぴしゃりと意見表明する。それが効く。お二人とも近しい方がたなので、誠に書くのは我田引水過ぎるので、ブログで取り上げさせていただきました。あしからずご了承いただければと思います。

【商品を伝える類型4つ】
 商品を語るーそれは当たりまえのようで、むつかしい。「カタログ語」を喋っても意味はない。「今価格がいくらで〜す!お得で〜す!」ではアキバの店頭の呼び込みに過ぎない。卸売り店も小売店も、新商品が入荷すれば“商品研修”を会議や朝礼などでやるけれど、それはメーカー情報のバケツリレーに過ぎない。自分で咀嚼するきっかけになりにくい。だから消費者が知りたい、ほんとうの知識になりにくい。

 商品を語る伝え方、どんなパターンがあるだろうか?いろんな構成の仕方はあれど、ざっくりアラアラに4つに分けてみた。

1)市場における商品のポジショニング
2)トレンドにおける商品のポジショニング
3)自分とその商品の関係(試用・使用で)
4)自分と創り手の関係

 1=×、2=△、3=◯、4=◎。これがわたしにとっての重要順の採点結果です。

 1)のように、教科書チックに市場におけるポジションを描くことは、教科書としてはたいへん意味があるが、現実的にはほとんど意味がない。自己満足に過ぎない。2)のトレンドからその商品を語ることは、相対的に濃厚な意味があるが、世代によって商品価値観が異なるので、結局評価はかなりブレる。トレンド語りの本が売れないのは、それが理由だ。3)での問題意識とは、自分とその商品がどういう“熱い”関係にあるかである。文具ムック本などにある“愛”である。熱く語るだけでなく、冷静に商品評価があれば尚いい。

【地団駄踏みつつ、マーケティング・アドバイス】
 1〜3までは、マーケティングの大家であるフィリップ・コトラー氏やセオドール・レビット氏らの理論が背景にある。伝統的なマーケティング。

 一方、ポストモダン・マーケティングのテーマとは「創り手と使い手の密接な遭遇」である。工業化社会が行き過ぎて、行き渡り、さまざまなあつれきを起こし、行き詰まり、生産と生活があまりに隔離された今の世界。需給がまったく相関関係がなくなって、生産者は日々破綻し、消費者は日々妥協している。それが1950年代から半世紀後の、哀れな工業化社会の結実である。

 極端な話しだけれど、ネットを媒介にした“ブツブツ交換”が日本とアフリカで実現できる。それならフェア・トレードという言葉は消える。それが“個衆マーケティング”、いわゆるone to one marketingであり、次世代マーケティングの真のテーマである。ネット時代の行く末はそこにしかないのだ。わたしはそれをエッセイに書いている。それを(たいていの)大衆は判ってくれないので、わたしは(ひとりで)地団駄踏んでいる(笑)。

 今日は以上です。

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2009年2月 5日 (木)

アート化したマスキングテープに学ぶ“ピープルモデル”

 今日のビジネスメディア誠での連載“うふふ”マーケティングへのリードはこちらです。

アート化したマスキングテープに学ぶ“ピープルモデル”
カモ井加工紙の“アート用”マスキングテープ「mt」はなぜヒットしたのか? 
「建設ネットバッグ」「ねじキューピー」「ラフィア」「OpenOffice.org」
など、似たようなヒット商品と比較してヒットの秘密を分析してみた。
続きはこちら

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 今回は前回のマスキングテープ『mt』の話題を掘り下げてみた。それはインタビューをしていたときに感じたこと、“類似する事例が思い浮かばない”。いろんな視点から見れば、mtの成功の理由を半分とか、1/4くらいとかまで説明はつく。でもぴったりすることは思いつかない。そんなことからのエッセイです。

【事業運営のまん中に、人間】
 事業開発ないし製品開発、それはどんなきっかけから始まるものだろうか?

 従来路線の拡大や商品ラインの増強もある。思いきって過去路線否定をテーマにすることもある。人脈(持ち込み案件)で拡張してみようということもある。トップの発想や指示もある。技術開発からの発見や副産物、営業一線からの顧客情報、カスタマーセンターに届く意見やクレーム、競合企業の新製品へのカウンター、などなど。

 ちょっと思いつくだけでこんなにいろいろ。どれが成功しやすいか、因果関係まで過去事例を精密に調査しても、黄金律まで見いだせないとは思う。むしろ、当事者が“これこそ黄金律”と思い信じて行動することが成功にはたいせつなこと、とも思うし。つまり成功には(失敗にも)いろんな条件が重なるから、たったひとつの正解はない

 でもカモ井加工紙には、担当者たちに“殻を破ることへのやわらかさ”があった。mtを生み出すきっかけとなったマスキングテープマニアの女性たちは、カモ井以外の会社にも同じ提案をしていたのである。その中でカモ井加工紙だけが、“場違いの要請”に応じてくれた。応じたのは誠の前回のエッセイでご紹介した2人の社員である。これが事実なのである。事業運営のまん中に、それを左右する人間がいる。

 カモ井と他の会社の違い、どこにあるのだろうか?外部の声を活かせるか活かせないか、企業のシステムの問題というよりも、“自分の殻を破れるか破れないか”という基準。つまり“その人”、人間力なのである。そういう人がちゃんと育っているかどうか。企業組織とは、実に水ものだと思う。老舗でも壁を壊せる事例はある。ひとつ挙げてみよう。

【既存の開発思考の破壊=“隠さない”という転換】
「Vibe」は、“隠す”ことを主眼とした今までの補聴器の概念を覆し、
“見せる”ことと、アクセサリー並みの“軽さ”にこだわったまったく新しい
タイプの補聴器です
引用元 

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 シーメンス ヒヤリング インスツルメンツ株式会社から発売された『Vibe』は、従来の“隠す補聴器”の考え方を一新し、ファッションの一部として“見せる”ことにデザインを注いだ製品。着せ替え方式で本体カバーをチェンジできるで、その日の気分、ファッションとのコーディネイトが楽しめる

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 何歳でもスタイリッシュでいたいおばあちゃん、おじいちゃん向け。素晴らしい商品だと思います。このような商品開発、従来から“逆転の発想”とか言われてますが、発想自体はそのとおり。でもそれを発想する人間性や、実現する組織性は、その標語だけでは説明がつかない。

【hmmなアドバイス】
 結局、壊せるか壊せないか。壊すことを怖いと思ってためらってやめてしまうか、果敢にやってみるか。それが出発点だし、自分をいくつになっても成長させるエンジン。今までコンサルをしていて、いろんな会社にうかがって、“変身エンジンが無い改革担当者”がいるとヤキモキします。PJリーダーが保身&現状維持では、改革はむつかしい。

 わたし自身、アバンギャルドな性質(本質?)をもっと出して、思想破壊や体制破壊の先導者になりたいし、変わらなきゃと思わせる人間性に影響させるコンサルじゃないとダメだなと思います。自分のやっている事業でも同じ。破壊的なコンサルティングを望まれる場合はご一報ください。今日は以上です。

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2009年1月22日 (木)

フラット化する消費者ニーズ

 今日はビジネスメディア誠に連載する“うふふ”マーケティングへのリードです。

フラット化する消費者ニーズ
景気の悪いニュースばかりが流れた年末年始。しかし、景気は循環するもの。
サブプライムローンが問題視されてから3年目の2009年は、景気回復の年と
なるかもしれない。新しい時代に向かうため、消費者のニーズを改めてとらえ
直そう。
続きはこちら。

 コンビニ、ファミレス、百円ショップ、モールなどこれまでの成功モデルを否定するかのように書きました。文字通り読んでもらって「否定できるワケないじゃん!」と思う人もいるでしょうし、もうちょっと(ぜひ)深く読んでもらって「疑問を持つことが、この転換期に必要なんだ!」と感じてくれればなおいいです。賛否両論あってけっこうです。

【“団らんテレビ”ってどんなカタチなんだろう?】
 さて、今日の新聞にも『ソニー、国内TV生産を1工場に集約 正社員2000人超削減 』とありました。過去たった3ヶ月、恐ろしいほどのスピードで需要が急減しています。だからSONYは企業として取るべき方策をスピードを上げてきちんととっている。リストラは必要不可欠です。

 ただ、以前SONYの中鉢社長が「ソニーのテレビはドきれいじゃないとダメ」と日経ビジネスのインタビューでおっしゃられていたのを思いだします。トリニトロンの伝統からそれを実現してきたのがSONY。最近でも有機ELの美しさは衝撃的でした。でもキレイがほんとうに求められている価値なのか?そもそもみんなテレビを観なくなってきたと言われています。電車の中でワンセグで観ていたりするわけだしね。PCでもチューナーで観る。何のためにドきれいが必要なのか?ちと疑問です。

 需要急減に際して、TVはドきれい以外にどんなことが必要なのだろうか?と考えさせられました。

 ふとニュースをナナメ読みすると、何年かぶりで紅白の視聴率があがったそうですし、『天地人』はおもしろそうですし、テレビに視聴者が回帰する兆しもあります。TVはお金がかからないレジャーだから?家庭の絆への回帰現象?ネットが飽きられてきた?そんな疑問もってSONYの撤退記事を読むと、どうもドきれいだけではダメだよね、何か必要だよねTVには、たとえば“団らんテレビ”ってどんなカタチなんだろうと思う。想像をたくましくする。これが大転換期の今、必要な思考姿勢です。

【Free paperも疑え!】
 もうひとつおもしろいニュースがありました。米国テキサス州の美術館『Austin Green Art』で、今『Free paper』と題されたアーティストAnnette Lawrenceさんの個展が開催中。

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With Free Paper, Lawrence explores her concerns about the amount
of paper used in direct mail advertisements.
The paper used in Free Paper was collected over the course of
thirteen months and weighs a total of 265 pounds.
引用元

「毎日送られてくるジャンク郵便、その量を前にしてローレンスさんは何かおかしいんじゃないかと考えた。そこで13ヶ月にわたり集めた265ポンド(約120kg)のメールを5cm刻みにして陳列した」(超意訳です)

 アメリカはジャンクメールが多いとは言われますが、この量たるや。これじゃどんな広告もチラシも目立たないし、読まれていないし、家庭ゴミとしても負担ですね。広告しないと売れないけれど、広告の価値って何だろう?これはいったいどうしたものだろう?そんなことを考えてしまいます。

【自分オリジナルな方法を自分でつくるしかない】
 最後に。フリーペーパーといえば、久しぶりに『R25』を読んだ(1月15日号)。石田衣良さんの“空は、今日も、青いか?”は『セルフヘルプ?』というテーマ。彼はここで自己啓発本のお手軽さにハマるワナを書いている。

 『しかし普通の人間の習性として、目の前に解答がぶらさがっている
  場合、自分の頭ではめったに考えることをしなくなるものだ

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 だからカンタンな答えが書いてある本に飛びつくな、自分オリジナルな方法を自分でつくるしかないと。まさにその通り!

 この激動期は、お手軽な自己啓発本の読書や、旧体制の資格勉強では歯がたたない。新しい時代のことを、自分なりにしつこく考えるしかない。自分なりの思想をもてるかもてないか。なんでも安い方がいい、のでは思考がたちどまってしまう。この記事切り取ってノートにはさんでいます。今日は以上です。

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2008年10月17日 (金)

これタレの出口と、SAKURAの春のエピローグ

 「タレがこぼれタレ」なんて駄洒落を飛ばしているヒマはないけれど、昨日ビジネスメディア誠にアップした『たれコレ』にまつわるこぼれ話を今日は書いておきたい。

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 きっかけはタレだったが、最初に連絡を取らせて頂いてから、あれよあれよと2つのメジャー新聞にタレの記事が掲載され、正直、その上でわたしごときのマイナーライターが書くことがあるのか?と思った。それに食分野は専門のライターさんがゴマンといて、わたしの舌の語彙力、さほどではない。隣に座る“料理コンサルタント”のCherryさんに、フフンと鼻でくくられるのも癪だし。

 ところがこれタレの開発者で、プレスリリースの第一人者の蓮香尚文(はすかひみ)さんにお会いすると、おもしろい話がたくさん。特に刺激されたのが「出口から考える」だった。

【PRとは戦略をつくる仕事】
 蓮香さんのおっしゃる“出口から”は、狭い意味ではプレスリリースでの表現とその反響であり、広い意味では社会へのインパクト、つまり社会を少しでも変えることから考えよう、その2つのねらいというか想いがある。

 記事には書かなかったがこんなエピソードを教えてもらった。蓮香さんは、学生時代に小田急百貨店でアルバイトをしていた。その職場の管理職にとても尊敬できる方がいた。卒業して就職して、PRの仕事を起こした頃、その管理職さんに街角でバタリと再会した。

 「元気なようだね」「ええおかげさまで」「何やってるんだい」といった会話を交わした。管理職さんが訊いた。「ところで今、何やっているんだい?」

 「PRです」と蓮香さん。
 「ほぉ。良い仕事やってるな。戦略をつくる仕事だ」

 そんな卓見に感激されて、蓮香さんは、会社のPRとは商品開発後の付け焼き刃ではなく、その上流の戦略から深く関わり合うべき仕事である、ということを社会に伝えようとしてきた。いまどきの“CSR”、企業の社会的責任論が、企業のエコ責任と対になって、押し付けられるように言われるずっと前からだ。これは凄いことだと思う。

 入口=事業戦略、わたしの言い回しでは“お客さまのしあわせ”、そこからマーケターもPRパーソンも考えるべき。そこの想いは彼と一致したと思っている。

【むつかしいなあ、出口からのプレスリリース】
 “プレスリリースとは出口から”、要するにその企業の戦略からと語る蓮香さん。でも出口から考えることはあんがいむつかしい。

 自分の事業や人生の旅の到達点から、やるべきことを組み立てる。目標を手帳に書き込みTO DO Listsを書き連ねる。その実施状況をモニタリングして絶えず修正。ああ、新しいモノ・コト好き、行き当たりばっ旅、O型で獅子座、ネアカな狼(動物占い)のわたしの対極にある人生姿勢。むつかしい。

 出口からのプレスリリース、すなわち戦略とは、自分をブレないように律する作業でもある。

【ナチュラルに生きたい】
 自分が出来ないなら、自分の分身でやろう。マーケティング・エンターテイメントと銘打って『SAKURAの春』、異国を漂うコバヤシと後藤をめぐる物語を綴ってますが、これを(出版とか演劇とかで)プレスリリースするなら?と考えた。いくつかスローガンが思い浮かぶ。

・海外放浪の日本人の若者の奮闘記(体験記)
・放浪の果てに、何かをつかむ物語(ピカレスクロマン)
・海外における日本文化の普及物語(社会文化誌)

 いずれもYes。ちょうど今日、盟友TOMOYOさんがコメントをくれました(ありがとう)。前のが記録ぽいよと言われて、それは感じて、もっと“自然体”で書き直したくて。自分も励まされたい人物像と行動を描いておきたい、と思いました。だから書き直しにあたり“エピローグ”から書き始めました。終わりから描けば、心の到達点が決まりますから。

91607_pc_m  サクラのマンホール。

 生きる上での体験も思考も、本屋の書棚のように「人生」「ビジネス」「文学」「飲食業」とジャンル分けやカテゴライズはできない。人はさまざまなジャンルの事象を受けとめて、さまざまに対処する生き物。複合体。それがナチュラルなのです。でも社会生活で自分を細切れにして、心にパーティションをつくり、自分で自分を分裂させて、だからストレスフルになる

 “ナチュラル”をどう実現できるか、それが生き方の出口なんじゃないかと思っています。今日は以上です。

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2008年10月 6日 (月)

林田さんとの往復書簡:テーマはデザイン

 今日は“SAKURAの春”の続編をお届けする予定でしたが、予定調和しないのが世の常。今朝ほど、ビジネスメディア誠の“うふふ”をお読みいただき、そこからこのブログにたどりついてくれた林田浩一さんから、膝打ちの嬉しいメールがありました。

 その想いを受けとめて投げかえした、林田さんとの往復書簡が今日のテーマ。

【hmm…なアドバイス227.林田さんとの往復書簡:テーマはデザイン】
 はじめまして。 林田と申します。
 フリーランスで商品開発/デザイン(主に工業デザイン)開発のコンサル
タントのような活動をしています。『Business Media 誠』での郷様のコラムを
眼にして読ませていただいたことから、『マーケティングブレイン』 へ辿り
つきました。その中の9月30日の郷様独立の記事の内容に反応して、
思わずメールを差上げております。
 今後の方向性の中の『・・・2、デザイナー支援事業(11月初旬からスタート
予定)・・・』に注目してしまったからです。
 郷様のように、コンサルタント側からデザインへのアプローチをしている
方は少ないので嬉しくなってしまいました。

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 林田さんのメールの書き出し、ぐっときました。林田さんが従事される『ドリームゲート』アドバイザーの経歴を拝見しました。自動車メーカーのデザイン部で量産車デザイン・先行コンセプト開発という誰もが羨むお仕事をされ、その後コンサルティングをされた後、“『差別化 × 表現力』『経営資源としての戦略的デザイン活用』”を旗印に独立。わたしのような、ナシ崩しx行き当たりばっ旅と大違いです。

 はっとしたのは「経営資源としての戦略的デザイン活用」。これです!成熟国家日本で、事業にもっとも必要なこと。林田さん、「スタイリングデザイナーとしての造形面からの仕事以上に、デザインと経営の関係への興味が強くなり」ゆえにコンサルをされた。

【造形と経営は一体でないと、企業はおかしくなる】
 造形と経営、これが一致していないと企業はおかしくなる。

 代表例は90年代の日産自動車。日産の方、ごめんなさい。でもあの時代のスカイラインのデザインは許せない。特にサッシュ周りのツギハギ(再度ごめんなさい)。部品メーカーの納入品をそのママ組み合わせたようで。実態はきっと、デザイナーの想いが商品化されなかった社内力学なのでしょう。だから業績悪化しました。

 林田さん、メールで「動物的勘のごとく、半ば力技でデザインを自分で使いこなそうとする経営者」もいる、と書かれていましたが、そんな経営者がいて会社は変わる。カルロスゴーンが、「フェアレディZはスポーツ車だから“絶対に”2本のマフラーが無いとダメだ」と言って、そもそも1本のデザインを変えさせたのは有名ですよね。

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 自動車=感性型商品の代表だから、と言われるかも。でもそれは違う。要はデザインのとらえかたであって、デザイン=外面のカッコよさだけではない。デザイン=企業改革起点、ユーザー覚醒起点。そう捉えることができるかどうか。企業改革とはそういう問題だと思う。

【デザイン=うれしい=消費者インターフェース】
 わたしからの林田さんへの返信メールの一部。

 あらゆるビジネスのまん中に“お客さまのうれしい”からビジネスを組み立てて
ゆくのが、ありたい姿だと思っています。
 ほんらいコンサルタント稼業も、“うれしい”ことを突き詰めることから初めて、
“仕事愛のマネジメント”(従業員が楽しくなけりゃ良い商品が生まれませんよね)、
そして“生活者愛のマーケティング”を構想し、そこに向かって会社や意識を改善
することだと思います。

 そのうれしいを凝縮するのが“デザイン”だと思うんです。デザイン=お客さまのうれしいを、あるときはさりげなく、あるときは衝撃的に、あるときは感動的に創りあげること。

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        わたしの独立後の名刺、ウラデザイン。

 電子機器の世界で、ユーザー・インターフェースということばがあります。使用者のデザインではなく、“消費者インターフェース”と言い換えるべき。消費者との接点をどう取りたいか?ウチの会社の社会価値の視点から、上から下まですべての部署でそれを考えてみよう。真の事業改革/経営革新とは外面でなく、“内面のデザイン”から始まる。

 林田さんの再返信にもこうあります。「デザインは上手く活用すれば、商品やサービスを世の中に送り出す側の人達にも、受け手の顧客側の人達にも、『いい気分』を創り出し価値を産むものだと思います。

【hmm…なアドバイス】
 たった3人で始めるデザイナー支援事業、やります!と書いたら、感応してくれた方が多かった。元クライアントで某大手印刷会社の方、某ソフトウエア会社でPJ未満の間柄の方、もちろん元所属先の会社の方々も。ありがとうございます。

 コンタクトを取るクリエイターの方々を始め、黒っち、Cherryさん、そしてバックボーンとなって頂いている母体会社の社長さん。ここから“くらしクリエイティブ”を広めます。今日は以上です。明日はSAKURAの春を読み流してください。

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2008年9月29日 (月)

ジャック・アタリ『21世紀の歴史』

 先日、『SMAPクロニクル』なる本を出版しました〜♪という連絡があったのに、あら、今度はけっこうお堅い本なのね。分厚い本だ。From 古友人の内田眞人さん(作品社)から。ありがとうございます。

 書自体が厚いだけでなく、内容もブ厚い。彼が編集をし、話題になった『ピークオイル―石油争乱と21世紀経済の行方』に近い。SMAPとはぜんぜん違うぜ(笑)。出版方針がではあれど、良い本なので感想を書きます。

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 ジャック・アタリ著 『21世紀の歴史』“未来の人類から見た世界”

【hmm…なアドバイス222.ジャック・アタリ『21世紀の歴史』】
 この本は2050年、2100年の中心都市を読み解くために書かれた本だ。根拠のない予想本の類いではなく、10万年の昔から近代へ、一貫した視点で歴史のフォーカスを絞り、現代をつぶさにしかし大胆に写し取り、近未来の歴史を描く。

 “未来の歴史書”とは派手な帯(笑)。でも一貫した知見の高さがある。それもそのはず、著者のジャック・アタリ氏は、81年から90年までフランスのミッテラン政権の大統領特別補佐官を務めた。その後ヨーロッパ復興開発銀行」の初代総裁、07年からはサルコジ大統領の下で“アタリ政策委員会”の委員長を務める。いわばフランスの知恵袋。

 この本を読みつつ、今起きていることを考えると、尚興味深い。

【日本にならないように。。。】
 サブプライムローンに端を発した金融恐慌。米国では75兆円にものぼる公的支援の是非を議会で審議している。政府も市場も支援自体は不可避と考えているが、問題意識は“支援後の米国経済力の凋落”である。劇薬の副作用を計っている。

 米国政府が注目するのが「日本の失われた10年」だ。90年代の金融不安で、公的支援の挙げ句、日本は失われた10年に突入した。日本と同じ轍を踏まないか? 米国は“日本にならないように”学ぼうとしている。

 柄にもなく、本書を読みつつこんなことを考えた。

【日本の行く末は。。。】
 さてジャック・アタリは日本について何と書いているか。

 日本に関しては「中心都市」となるチャンスがあったことには前にも触れたが、日本は経済危機からようやく脱出した2005年には、すっかり衰弱してしまった。(P125)

 中心都市とは、“頭脳とマネーが集積する都市”のことで、労働力や農産物を供給する周辺都市を従えているのが条件だ。その都市/地域がある国が栄えてきたのが歴史の教訓だ。現在の中心都市はカリフォルニアと論じている。その理由は後でまとめる。

 日本はどうか。「東京はポテンシャルがありながら、中心都市となりえていないし、このままではなりえないだろう」というのが氏の考えだ。理由は次の通り。

 第一に、並外れた技術力を持ちながら(既存産業保護により)その利益や、官僚周辺の利益を過剰に保護してきたこと。第二に海運業や海上軍事力で、海洋を掌握しきれなかった。第三に、クリエイター階級(学問・芸術・科学の優れた人材)を十分に育成してこなかった。その結果が金融業の弱さ、ソフトウエアインダストリーの後手ぶりなど内向きなガラパゴス産業国家である。

【2050年には日本の経済力は。。。】
 確かに“失われた10年”以降、日本はウチ向きになり、無力な官僚政策はますます強化された。若者も移民も経済市場から締め出された。あらゆるタガが弛み、大人の不正・怠慢がはびこる。不正米流通、後期高齢者医療、年金問題、教育委員会不正。10年経ってもますます悪くなるばかりだ。

 ところが「今こそ米国は、金融恐慌を乗り切った日本に学ぶべきだ」とする論調も新聞にあった。のほほん国家日本だと思った。

 天下国家を語るべき日本の大臣、“日教組”や“ゴネ得”。国土交通省の“5日大臣”が天下にふさわしくないことは、嘆くのもムダなほど明らか。こんなアリサマで日本がよくなるわけないでしょ。アタリも「2050年には日本の経済力は、世界の第5位ですらない(146)」と書く。

 本書を読み、今の日本の大人を見るとホント幻滅する。

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【ノマドとノマド・オブジェの時代へ】
 さてアメリカの中心都市カリフォルニアの強さはどこにあるか。それは電子産業による独創的な“ノマド・オブジェ”を次々に産み出してきたことだという。

 ウォークマン、携帯電話、ノートパソコン、PDAなどの遊牧民グッズ。その製品化のべースとなる半導体、プロセッサ、オペレーション・ソフトウエア。そしてコミュニケーション媒体であるインターネット。ほとんどすべてのモノが、カリフォルニアから発進しているのだ。

 これらのデバイスとソフト、ノマド・オブジェを持ち歩き自在に扱うのが21世紀の遊牧民ノマドである。

超ノマド エリートビジネスマン、芸術家、学者、スポーツマンら
下層ノマド 生き延びるために移動を強いられる人びと
バーチャルノマド 下層ノマドになることを恐れ、バーチャルな世界に浸る

 超ノマドはイチロー選手や上田桃子選手だ。ネットカフェ難民はバーチャルノマドですね。10月1日から会社組織から離れるわたしは、下層ノマドになるのか?なりそう。だから今日も生き延びるために、都内をあちこち移動した。ノマドな今日は以上です。

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2008年8月28日 (木)

トラックとお手伝いを時間貸しー“レントラ便”に乗ってみた。

 今日はビジネスメディア誠で連載する“うふふ”マーケティングへのリードです。

トラックとお手伝いを時間貸しー“レントラ便”に乗ってみた。
ガソリン価格高騰や道交法改正など、暗い話題が多い運送業界。
しかし、そんな中で急成長しているのが“レントラ便”という新しい
運送サービス。“レントラ便”とはどのようなサービスなのか? 
実際にレントラ便に乗ってみた。
 続きはこちら。

 『うふふ』では久方ぶりに現場訪問記になりました。レントラ便とは株式会社ハーの提供する、ドライバー付きのトラックレンタカーシステム。運送業とレンタカーの空隙を突いたサービスです。「ふ〜ん、そんなもの」と聞き流す人もいましたが、実際にはニーズは大きい。

【レントラ便の魅力】
 日曜ドライバーが、レンタカー会社からトラックを借りたときの違和感。乗用車と違ってかなり運転はしずらいものです。後ろは見えないし、幅は広い。ハンドルを切るポイントも違う。荷台の使い方も間違えると荷物が暴れる。背も高いので、つい庇にごっちんことか。だから事故も起きる。ドライバーがいるのは大きな利点です。

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 トラック=引越=休日というイメージを持ちますが、平日の運搬作業という視点から見ると、いろんな需要があります。企業なら展示会やパーティに大きな物品を運び入れたい。大学サークルや専門学校なら制作物を搬入出したい。でも専門運送業者に頼むほどじゃない、かといって自分たちだけでは不安だ。しかもほとんどの運搬は一方通行、運んでお仕舞い。

 多くの運搬は片道で用が済むのです。返送は当日でも夕刻だったり、後日になる。そのためにトラックを2度もレンタルするのは手間ですし、ずっと借りておくとアイドリングする。しかも素人よりも運搬作業に慣れたプロのチカラ持ちが付いてくる。時間当たり単価はレンタカーよりずっと高いけれど、実際の作業密度を考えれば安くなる。それがレントラ便です。

【わたしのトラック物語】
 さて同乗取材したのは軽トラックです。軽トラに乗ったのは久しぶり。前にホームセンターで机にする板を購入して、自分で運搬した時以来ですね。そのときの軽トラは“スパルタンな走り”で、まるでゴーカートのように“裸で走る”感じでした。ドライバーの内海さんの運転はさすがでした。
 
 Pict0421 作業中の内海さん。

 実はその日はかなり体調が悪かった。前夜は2〜3時間くらい寝たくらいで。それでも段ボールの運搬作業をバシバシ手伝って、ちと倒れそうになって(笑)。帰りのトラックの中でウトウトしかけて、ちょっとだけぐっすりさせてくれればいいのに、内海さん、逆に気をつかって話しかけてくるんです。しようがないから(失礼!_笑)“行列の話”なぞをしましたっけ。ちょっと目が醒めました。

 ほんとうに楽しかった。わたしは前の会社で新規事業の立ち上げで、2tトラック(キャンター)の運転、週1〜2回ですが、丸一年やってました。だからトラック運転に慣れたし、嫌いじゃなかった。トラックドライバー御用達の『山田うどん』にもよく行きましたね。

20061012_2  10tトラック駐車OKの店舗も多い。

【山口社長の粘り越しに感銘】
 さて、ハーツの起業者、山口社長の粘り腰にも感銘を受けました。まさに不屈の男子。彼はきっとこう考えたのでしょう。

どんな業界、いや生活シーンや仕事シーンにも、隠れた運送ニーズがあるはずだ。では運搬ニーズを「時間軸に置きかえたら」どうだろうか?するとニッチなニーズが見えてきた。

 新事業を発想するのに重要なのは、どんな尺度を持って、自分の業界の“常識を打破するか”に尽きると思います。尺度の基本は“消費者のうれしい”の本質です。それを突き詰めることが、マーケティングなのです。
 
 山口社長の変遷。
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【夏の運搬エッセイ】
 最近は2つほど取材未満で終わった現場取材企画がありました。どちらもサービス業の大企業でした。その対応ぶり、とてもイヤな気持ちになりました。

 わたしの無名さ、拙文を値踏みされたのは仕方ないとしても、サービス業はB to C(対お客さま)は良くても、B to B(対協力業者)やB to M(対メディア)に企業体質の真実の姿が見えてきます。

 ハーツさんは依頼のメールを送ってすぐにご返信がありました。企業規模の大小ではなく、心がこもらない会社は結局ボロが出ます。今まで何社も見てきました。わたし自身、コンサルタント兼ライター兼クリエイティブ・ディレクターというサービス業者ですから、気をつけなきゃと思いました。

 夏の運搬エッセイ。思い出になりました。ありがとうございました。今日は以上です。

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2008年7月31日 (木)

><→しんぶんし←><

 今日はビジネスメディア誠に連載する“うふふマーケティング”へのリードです。

><→しんぶんし←><
通勤時間を使って脳の活性化に励んでいる人をよく見かける。DSで脳トレ? 
携帯で数独? それもいいが、筆者のオススメは「回文トレーニング」。
“しんぶんし”“たけやぶやけた”など、上から読んでも下から読んでも
同じ発音になる回文を、自分で作ってみるのだ。
以下、“見よ お読み”

 テーマは回文。上から呼んでも下から呼んでものアレです。

 広告業界の“ホールオブフェイム(殿堂入り)”、伝説のコピーライター土屋耕一氏が、回文集『軽い機敏な仔猫何匹いるか』を出していたのを知ったのは割と最近です。ずいぶんと前の本なのですでに絶版。これは買わなきゃ!とヤフオクで探して買いました。読めば誰でも電車の中で変人になれます。自分を“脱ぎ捨てし、クスクスして過ぎぬ”時間という感じで、車中で近寄りがたき人になる危険な本です。よくもまあこんな回文、考えるなと脱帽の連続でした。(※脱ぎ捨てし・・・は土屋氏作をちと改変)

【回文病に罹りました!】
 回文集のうち、ぐっときたヤツを事例に挙げて、軽く機敏にエッセイをと・・・。と思われたでしょうか。いえいえ、ところがです、書くのはつらい修行でした。なぜか。回文の話を書いていて、自分が回文を書かないのはなぜ?書けよ!という、どこからともなく声が聞こえてきました!その強迫観念にとらわれてしまひました。よって文章がまったく捗らない、進まない。

 ひとつ単語を思いつくと、それをひらがなで書いて、ひっくり返して書いて回文になりそうか確かめるんです。それがダメなら別の単語に変えて・・・。下手な回文をひとつ作ってはワンパラグラフ。丸1日ウンウン唸りました。これは呪いだろうか?土屋氏が夢に出てきました(あ、もちろん畏れ多くてシリアイではないです)。

 「オイ、お前。こんな妙チキリンな本、読むのはまだしも、それについて書くのか?それをお前、マーケティング・エッセイって言うつもりか?」

 「キミの文、“散々な難産さ(土屋氏作ですモチ)”」とほくそ笑む氏のまなざしを紙背に感じつつ、自分の回文の才能の乏しさも感じつつ、汗流しながら書いたのが今回の連載。まさに回文病に罹りました!加えて慎み深いわたしゆえ、マーケティングの教訓めいたことにもつなげませんでした。回る阿呆には付ける薬なし!阿呆に徹しましたのが今回のエッセイ。

【『間取りの手帖』は傑作!】
 余談ですが、土屋回文集のように、どこから読んでもおもしろくて電車の中で変人になれる本、思い出しました。リトル・モア刊の『間取りの手帖』(佐藤和歌子さん著)これ傑作でした。大好きな本です。

080731_195001 マドリスト佐藤著。 

東京R不動産御用達のような、妙な間取りだけを延々と99個集めた本で、間取りに添えた一文も激笑です。衝動的にこの本を購入して愛読していたら、ある人が呆れて言いました。

 「この本もこの本ですけど、この本を買う郷さんも郷さんですね」

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 (左:ふな底チック 右:観音開きフェチ)

 褒めことばですか?呆れことばですか?フン、余計なお世話さ。しょせん、“あたい、ライタァ”ですから(笑)。

【見た目のリズムと音のリズム】
 ヤバいので、少しもっともらしいことを書いておきます。文章は“音読”と“見た目のリズム”、その両方で優れていると読みやすいのです。

 見た目とは、見た感じというか、読みやすさというか。漢字の文字ヅラです。カタカナ・漢字・ひらがなのバランシングであります。感性なのでうまく言えませんが。見た目ではリズム感があるのに、口に出してみるとつっかえたり、ちょっとねと思うこともあるし。

 7月22日〜25日の日経プレスリリースから、ランダムにタイトルを挙げてみよう。

『サラダをおいしく食べる すっきりぽん酢』
 これはミツカン酢ですが、音律がいいし、酢っきりしていますね。

『らでぃっしゅぼーや、放牧で育てた純血に近い琉球在来豚「アグー」を限定販売』
 らでぃっしゅぼーやという企業名のユニークさもさることながら、放牧、純血、琉球、在来豚、アグーといった単語のチカラ、そのセット感覚が凄い。

『アサヒビールグループ、コラーゲンドリンク「バランスシェイク マンゴー&バナナ(を発売)』
 なぜこの一文、すべてカタカタでも読ませてしまうのか?「ア」「コ」「バ」「マ」「バ」という母音で始まる単語が韻を踏んでいるだけでなく、読点(、)、カギ括弧(「 」)、記号(&)が締めているからだ。これリリースの域を超えて、立派なコピーです。

【それでも、回文かい?】
 かいぶんか かんぶいか 
 ぶんぴつか かつぴんぶ
 すうどく くどおす 脳トレ れとーのんぶ
 らいたあ あたいら (以下、たくさん)

 今回のエッセイでは、こんな文字列を延々と書いていました(笑)。

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 猫の画像は機敏な仔猫を3匹も飼うイリエチさんから拝借しました。

 回文のマーケティング効用、けっこうあります。ビジネスには“お客さま視点トレーニング”になります。今日はその説明は省きますが、ようするにヒックリ返して考える視点を持つ、です。初秋以降、“回文的マーケティング・セミナー”を開きますので、街に出て、実践的にトレーニングしたい方、郷のポニャンとした顔を見たい方はぜひ来てください。今日は以上です。 

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2008年7月16日 (水)

消費者参加型の新クロスメディア時代

 大企業のニュースや広告にはあまり反応しないタチなのですが、これにはピンときました。『トヨタ、新たな新車購入サポート「カーバイト」を開始』 今日の新聞の記事です。

0716_ngy200807150008 側面だけですが。

 カーバイト、というネーミングは“車に働かせよう!”という意味で、一定期間、広告を車体に載せてください、その謝礼金をいわば新車購入のキャッシュバックをします、というもの。新車購入への効果はどうかな?と疑問符だが、むしろ広告スポンサー+新車のラッピングという発想がおもしろい。住宅でいえば、一定期間オープンハウスをしてもらう前提で、モニター住宅価格での販売する手法だ。

【hmm・・・なアドバイス158.消費者参加型の新クロスメディア時代】
「カーバイト」は、トヨタ車を新車で購入する際にスポンサー企業の広告を
車両に取り付け、一定距離の走行を行うことにより、所有者が総額60,000円
(税込み)の報酬を受け取るというもので、トヨタとして初の試みとなる。

引用元 プレスリリース 

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 スタートするのは北海道と神奈川県の2エリア。北海道では『dB』15台、神奈川県では『dB』『フィールダー』『ルミオン』の3車種合計50台。新車購入時に申し込み、90日間ラッピング広告に同意し、毎月200kmの走行とちゃんと洗車するのが条件。

 ラッピング広告費用は、北海道が15台だから90万円、神奈川が50台で300万円。広告費用を負担するのが北海道電力とUSEN。新車販売効果も見込むなら、一定割合い(たとえば折半)で費用を負担し合うのだろう。

【新しい消費者参加型の広告ビジネス】
 これは“車へのバナー広告”と見ることもできる。自分のブログへの広告の代わりに車への広告をする。車もdB、フィールダー、ルミオンという若者ターゲットのエントリーモデル。若者なら若者に人気のスポットにドライブするから、その露出も類似層にあるという仮説だ。

 それはありそうだ。ただ新車購入につながるかはかなり疑問だ。むしろ消費者参加型の広告ビジネスに特化したい。

 わたしなら「広告車を探せ!」キャンペーンをしたいな。街で道路で、広告車を見つけたら携帯写メして、専用アドレスにアクセス。GPS連動で“広告車発見!” “見たよん!“とgoogleマップに書き込むとか。写メしてくれた人はスポンサーのプレゼント懸賞に参加できる。

 複数の広告がランしていれば、アクセスの多少で人気の有無しの広告もわかる。そんなふうに消費者参加広告にしてみたい。

【ネットから交通広告へという展開もあり】
 昨日、『デオナチュレ』の『ソフトストーン』の車内広告(東京メトロ)を見た。次の画像はその写メではなく、HPからです(写し忘れましたン)。

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 この中の「ベストコスメ大賞」とは“みんなのクチコミサイト”の@コスメでのポイント合計でトップという結果だ。消臭制汗剤、効果も使い勝手もいいらしい。気になったのは、“クチコミサイトから交通広告”というマス媒体への展開である。@コスメというネット掲示板から、交通広告というマス広告媒体へ展開した。

071602  @コスメサイト

【新クロスメディアの時代】
 クロスメディアという仕掛けを知っているだろうか? クロスメディアとは4マス(新聞、テレビ、雑誌、ラジオ)やTV番組内シーン、交通広告、ネット広告、CGM(ブログや掲示板)を組み合わせて起用するというもの。媒体はたくさんあるが、クロスメディアのねらいは次の3つだ。

・情報接点: ライフスタイル全体の中で情報接触シナリオをつくる
  例:めざましTV、朝刊、社吊り、駅の新聞見出し、インターネット

・情報検索: ネットのサーチエンジンやURLで情報収集をさせる

・ブランド力: 心の中のシェアを高めてブランド想起をさせる

 ちょっと前までネットの中はネットの中だけ、マスはマスと広告は閉じていた。だが今や入り乱れている。「N2N(ネットtoネット)」から「N2M(ネットtoマス)」へ、さらに「M2N マスtoネット」まで考える必要が出てきた。

 消費者一人ひとりをいかに参加させるか。それが新クロスメディア時代なのである。

【hmm…なアドバイス】
 クチコミ、ネットコミ、さらには“ラッピング”コミといろいろ商機が増えて楽しい。昔ながらの広告なんてブッとばそう!なんて書きつつ、最近ぐっときた広告は次の写真。

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 この案内地図は、霞ヶ関官庁街です。そこに『一太郎ガバメント2008』。ドンピシャじゃないですか。好きですこういうの。今日は以上です。

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2008年7月 6日 (日)

あふれる、まとめる、ゲットする“ポイントカード”

 先日始めて飲んだお茶があった。台湾の『BOBA tea』。これ美味しかった。

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 BOBAとは黒いタピオカのこと。杏仁ミルクティを頼むと、“ちゅるちゅるニュルニュル”のタピオカがゴロンといくつも底に沈んでいる。太いストローでミルクを吸うと、BOBAが不意に口の中で踊る。これ快感!おっと、テーマはBOBAではありません。

【hmm…なアドバイス148.あふれる、まとめる、ゲットする“ポイントカード”】
 同僚Cherryさん、注文時に何気なくポイントカードを出すじゃないですか。ポンと押してもらう。10個でRサイズの飲料ゲット。彼女はすでに常連である。バッグからカードを出した彼女に訊いた。

「ひょっとしてポイントカード入れって、持っているの?」

 すると持っている」というのだ。ほお!見せてもらわなかったが、オナゴはそんなモノまでも持ち歩くのか!改めて敬服つかまつりました。

【ポイントカードマニアは何枚所有するのか?】
 わたしゃポイントカードを作っても無くすクチ。最近、貯まって使ったのはタイ飯屋のティーヌンだけ。持ち歩くのはタリーズ、文銭堂(甘味)、しゃぶ楽、ダイエーのお買い物袋カードくらいだ。一体オナゴは何枚のポイントカードを持ち歩くのか?

13 ニフティの小ネタにあった事例は47枚も。

 そのウチ20枚は使用済みパスネット(寄付に使えると聞いたため)だから実質は27枚。それでもすごい枚数。彼女の場合、ポイントカードのせいでお財布がパンパンで閉まらない。単なる整理ベタなのかもしれないですね。でも、皆さんの周りのオナゴも持ち歩きで10枚以上、家にあるのはその何倍もあるはずだ。

【カードはジャバラで出し入れ】
 そんなポイントカード・マニアの需要をねらって、キングジムではポイントカード保存ケースを販売している。

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 キングジムの『スキットマンシリーズ ポイントカードケース』。探しやすく取り出しやすいジャバラ形状がポイントだろう。カード入れを開けるとジャバラが開く。ここに15枚までのカードが収納できる。これなら無くさないだろう。価格は1,050円。

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 ポイントカードケースを買ってもポイント付きますか?

 クレジットカード入れと一緒では持ち運びできない。名刺入れと一緒ではたしなみ上、ちょっとね。結局専用カード入れがよさそうではある。

【電子ポイントもさらに戦国時代へ】
 もちろんポイントは紙スタンプからIT化の時代だ。JR東日本とヤフーは「Suica ポイント」と「Yahoo! ポイント」を相互交換できる「ポイント交換サービス」を08年7月8日から開始する。出張し、エキナカで食べ、夜はオークションもする日本人類にはビッグな提携となる。

16 ペンギンもヤッホーと啼く

 だが他社ポイントの流入は自社販売の値引き原資になる。お客は増やしたいが、移行が多すぎると利益低下につながる。だからこれまでポイント提携は一種の“ババつかみ”とも言われた。そのババ引きを回避するため、両社は交換に15%の手数料を課す。100Suicaは85Yahoo!に、100Yahoo!は85Suicaに、それぞれポイント交換。賢いポイント消費者がこれをどう読み解くか見ものである。

【hmm…なアドバイス】
 ポイントカード、顧客のつなぎ留め策であることは間違いない。だがそれは値引きだろうか?

 20回来店で1回ランチがタダなら、@800円として40円の“実現値引き”である。使用前は未実現値引き、カードをなくせば喪失値引き、使ってくれて始めて実現する値引き。その実現値引き、カード交付数の2〜3割がせいぜいなのではないか?

 ポイントの還元率や値引率、他社との交換比率など“値引き原資”のことを気にしがちだ。大手量販店ならそれでもいいが、一般店舗が留意すべきことは違う。

 ひとつはポイントカード・ゲット率、つまり「ポイントカードを作りますか?」と訊いて「はい」と言ってくれるお客さまの数、あるいはレジに置いておいて手に取ってくれる数がゲット率だ。それが低下するとき、何か理由がある。

 もうひとつは配布数に対するポイント満了の“あがり!率”。満了までゆかない・紛失されるのは“その気がない”から。どちらも配布枚数の減り数と回収数でかんたんにわかる。「店舗がおかしいかな?」という予兆は“ゲット率”と“あがり!率”で見えてくる。今日は以上です。

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2008年6月25日 (水)

“おしぼり”ビジネスセミナー開催のお知らせ

ビジネスメディア誠で連載する“うふふ”マーケティング『お前が変えてみろよ、おしぼりの価値観ってやつを』、このエッセイでの主役、おしぼり会社若き二代目、藤波克之さんを招いてビジネスセミナー開催をいたします。

 『ウチの会社を変えよう!イメージ刷新からの ぎゅっと“価値観改革”

Photo おしぼりドビーくんより。

開催日時 2008年7月24日(木) 1400~1630 
場所     ビジネスブレイン太田昭和 南麻布事業所 (港区/白金高輪駅)
主催   株式会社ビジネスブレイン太田昭和
協賛   株式会社藤波タオルサービス

 第一部では“おしぼりの価値観を変える”ために、革新的な事業展開をしている藤波タオルサービス(本社国立市)の経営戦略室長藤波克之氏を招き、同社の本業強化戦略(おしぼりレンタル) 、新市場戦略(香りのおしぼり、Web・リアル通販等)、おしぼりブランド戦略(おしぼり漫画、フリーペーパー、おしぼりJapan等)を、熱く語っていただきます(冷たいおしぼり付きの講演です)。

 第二部、第三部では、ウチ(会社)とソト(お客さま)の価値観を変える改革を、原点へのこだわり、新市場開拓・既存市場強化のフォーカス&バランス、“改革のすぺり台”を転げ落ちない“起点人材”からの出発、「これまでどおりでいいや」という“心のワナ”を越えて本気にさせる方法を、原点からのビジネスモデル改革とモチベーション改革の観点から、弊社コンサルタント(郷、榎谷義明)がラップアップします。

 会社は堅気ですが、これは堅っくるしくないセミナーにします。正式募集前に、“先行予約”を受付中(聴講者は30〜40名を予定)。今こそ突破口が必要な経営者、明日の経営マインドをフツフツさせる方がメインですが、ご興味がある方優先です。聴講ご希望の方は郷まで(ygoアットbbs.co.jp)、「藤波タオル、聴講希望」とメールでご連絡ください(※アットを@にする)。折り返しギュッと連絡します。

追記:おっと藤波さん!今週の『R25 』にも登場してます! (6月27日~7月10日)
     いよいよ聞き逃せないぞ!セミナーパンフレットはこちらです。
           「seminar01.pdf」をダウンロード (まだβ版)

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2008年6月16日 (月)

間接部門のフリーアドレスに見えた、キューピーのイズム

 これは珍しいな!と思ったのが、キューピー工場間接部門でのワークスタイルです。先週のゴーヤーの記事に続いて、またしてもキューピーですが、わたしはキューピーの回し者ではありませんし、特にマヨネーズ好きでもありません。どちらかと言えばドレッシング派。

 フツーは営業とかコンサルの会社で導入される“フリーアドレス”、それを間接部門でという記事を読んで、なるほどこの会社は活き活きしている、楽しそうと思いました。ゴーヤーからフリーアドレスへ、ちとおおげさですが“オフィスの自由の意味”が今日のテーマです。

【hmm…なアドバイス131.間接部門のフリーアドレスに見えた、キューピーのイズム】
全国に9工場を抱えるキユーピーの生産本部の間接部門で、従業員の座席を
固定せず毎日自由に席を選ぶ「フリーアドレス」の導入が進んでいる。フリー
アドレスを営業部門で採用する企業は少なくないが、生産本部の間接部門に
導入する事例は珍しい。現在、6工場にまでフリーアドレスの導入が進んだ。

引用元 日経BP  

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 キューピー仙川工場では5つの部署をひとつにして、無線LAN+ノートパソコンを配った。

 コンサルティング会社やIT会社ではもはや珍しくなくなった“フリーアドレス”。座る座席を自由にして施設コストを削減するもの。もちろん社内の“異職種交流”による仕事改善の意識への向上も目的のひとつだが、ホンネは業務コストを“安く上げるため”である。

 特に間接業務は、その名前通り間接的なので本質的に減らすべきで、究極はゼロがいい。キューピーでは工場の(たぶん間接部門の)社員から『複数ある間接部署を1部屋に集約し、席を並べて一緒に仕事をしたほうがよいという意見が出てフリーアドレスを導入した。

【間接業務=情報の製造ライン】
 実際はどんな具合なのだろうか?以下、取材したわけではないのでわたしの想像です。5つの部署は場所をひとつにして、機能は簡素化(重複した業務を削減する)しても、それぞれの機能(例:品質管理、衛生管理etc.)は消滅しない。

 だから各担当者が当日の業務がもっともやりやすい机(ホワイトボードのソバ)に座る。特定の人と打ち合わせが必要なら並んで座り、個人作業なら離れて座る。ある日の情報の扱いが、キメ打ちで処理する“セル生産型”なのか、流れ作業の“コンベアライン型”なのかで、座る位置を変える。

 同社の業務改善活動『HIT活動』は“間接業務=情報の製造ライン”とみなすそうで、そこからの発想だろう。これを自発的にできる社員がそろうとは、さすが優良会社は違う。脱帽です。

【事業計画にもそのイズムが見える】
 間接部門のフリーアドレス、単発のアイデアではない。同社の中期経営計画(07〜09年)の中でも具体的な数字を上げて、“グループコストの低減”を上げている。

0616_03  中計より。

 この“グループ”という言葉がミソだ。“情報の製造ライン”という考え方と同じで、調達・生産・販売を個別プロセスではなく、つながったプロセスと見なして物流を考えようというもの。お客さまを向く“イズム”と言っていいだろう。お客さまを向くとき“機能(調達・生産・販売)”は必要だが、それは“組織”ではない

 おまけですが、同社のこの中計は良くできている。参考になりますので見てください。

0616_02  
 ぐっときた中計の中の一ページ。

【hmm…なアドバイス】
 こうした提案活動がうまく運営されるのは“内部結束”のタマものである。

 フリーアドレス=オフィスの効率化に関連して、最近は入退室管理システムや指紋認証が一般化してきた。それも必要だけれども、むしろ組織は内部から崩壊しやすい

 個人情報保護を究極にするとどうなるか。「面接で何も聞けなくなりますね」と知人のコンサルタントが言った。厳密に運用するなら、名前はいいとしても、出身地や学校はもちろん職歴や学歴も聞けなくなる。男か女かさえ聞けない。性転換しているかもしれないからだ(笑)。マジメに言えば暴力団や活動家が入り込むスキができる。保護を強化すると内部崩壊のリスクが大きくなる。だとすれば皮肉だ。

 フリーアドレスがコスト面だけでなく業務まで含めて成功するのは、内部結束があるときである。価値観があるレンジで一定であり、協調して働こうという意識が生まれ、実践されるときである。社内でさえ“アイデアを奪われる”という意識があるのではダメだ。サツバツになり「僕、XXX君の隣に座りたくないもん」ということになる。今日は以上です。

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2008年5月16日 (金)

ビジネスメディア誠連載リスト

ビジネスメディア誠への連載、07年9月から早いもので8ヶ月経ちました。ご購読誠にありがとうございます。 かねて、書いたものをリスト化したいと思っていました。多少順不同はありそうですが、ご容赦ださい。リード文を含めた“フルリスト”は今日夜にもアップします。

【モノ】 照明を売らない照明器具「LivingColors」はどこが新しい? 31

【販促】 観る人の想像力をかきたてるバーチャルな映像広告とは——Free Format 85

【モノ】 犬も猫もみなハンコになる——ワン書体印鑑 48

【販促】 小雪&綾瀬はるかが六本木ヒルズをジャック!——伝えたいことは何? 13

【事業】 自分の帽子を探して——個人を結ぶ地球サイズのビジネスの可能性 17

【事業】 途上国から世界に通用するブランドへ——マザーハウス 14

【文具】 モノだけでなく、心も満たすリフィル文具 63

【音楽】 女子アナと和紙スピーカーから、“環境と音”の調和が響いた日 12

【モノ】 口に出せないメッセージは温めて——Toast Messenger 45

【販促】 資生堂・白TSUBAKIの女優たちには“ワケ”がある 70

【販促】 Think Store Different——アップルストアの秘密 28

【販促】 贈る人も贈られた人もわくわくできる——“仙台小箱”に隠された秘密 36

【デザイン】 ユニバーサルデザインはみんなを包み込む——Udea 38

【販促】 水商売から学ぶ“癒しサービス”の価値向上法 30

【エコ】 郵便に将来へのエコメッセージをのせて 7

【モノ】 無線LANフォトフレームで“アルバム・ビッグバン”の時代へ 281

【販促】 ハニカミ王子に学ぶ——スポンサーがお金を払う“3つのB”とは? 16

【からだ】 Wii Fitが“続く”3つの理由 27

【販促】 擬音語・擬態語で、グ〜ッとマーケティング上手に 29

【モノ】 スイーツ男が増えると、マーケティングが変わる 308

【販促】 “問い続ける男”が教えてくれる、“続けさせるマーケティング”—アウディ -

【音楽】 私がiPodを聴く気になれなかった理由 -

【文具】 ギアチェンジにこだわった多色ペン“リポコン4”を検証する 16

【愛と性】 早割でも遅割でも、ご結婚は計画的に -

【愛と性】 愛の告白がマーケティングを救う 47

【からだ】 寄せて上げて“緩める”マーケティングとは? 21

【事業】 お前が変えてみろよ、おしぼりの価値観ってやつを  141

【文具】 ドイツ製の“X”を見て、再びさすらいの旅が始まる  483

【愛と性】 まだまだ修行不足、“女を知る”は難しい 72

【生活】 片付けが上手な人にあって、下手な人にない「3つの力」 419

【愛と性】 なぜ私は、にしおかすみこが好きなのだろうか? 28

【エコ】“時計回り”の風力発電ライトが、地球へ善き心をもたらす 33

【からだ】 メンズネイルは流行るのか?——その価値は“領空侵犯”にアリ 17

【エコ】 “楽”ecoギフトで“エコストレス”を取っ払おう!

 タイトルの右側の数字はポチ、つまり「ポイント」です(2008年5月15日現在)。たいしたレベルになくて“汗”ですが、誠の読者層の嗜好はよくわかります。モノ系に集中するのは、読者層が男性で、デジモノ好き、わかりやすさでしょうね。販促系はそこそこ、エコ系は伸びなやむ。個人的には愛と性(さが、ですから)が好きなのですが、男性読者にはあまりウケないようです。知り合いの女性には、愛と性のテーマばかりウケていますが。

 力を入れて書くとかえってハズれ、脱力したテーマがかえって高得点。これは、この世の無常を感じます(笑)。もっともポイント=PVではないので、相関がどれほどあるかわかりません。ポイントが低くても、ビジネスメディア誠で週刊トップを取った週もありました(スイーツあたりに2度ほど)。さらにポイントシステムが壊れていた期間もありますので厳密ではありません。

 何かの際に、ご購読をよろしくお願いします。ブログは夜書きます。

 リード文を入れたリストはこちら 「rtf.rtf」をダウンロード

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2008年5月 9日 (金)

コンサルティング診断メニューご案内

 お徳なコンサルティングの“クィック診断メニュー”の案内をいたします。

マーケティング・アセット診断
スターバックスには、コーヒーを飲みにゆくのだろうか?
お客さまと貴社の間にある“本質的な価値”の最大活用への診断と提言
「marketing-asset.pdf」をダウンロード

マーケティング・フォース診断

なぜ、あの棚は売れないのでしょうか?
場(社会の潮流)、軸(ニーズ・用途)、枠(パラダイム)の変化への“波乗り診断”
「marketing-force.pdf」をダウンロード

 お問合せは郷までお願いします(プロフィールにアドレスがあります)。

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マーケティング・ブレインで考えていること。

  昨日のビジネスメディア誠の連載にからんで、ちょっと思ったことを書きます。

 もちろんあれは体験記でもありますし、そう読んでもらってかまわないのです。“へぇ!実はオレもやっているよ!”そんな感想をもってもらってかまいません。

 でも良い機会なので、わたしのマーケティングのモットーについてひとこと。図を見てください。

Photo

 いつも考えているのは「買う本質的なニーズ」であり、それは「お客さまのうれしい」。すべての出発点はそこにあります。本質的なニーズとは、人間の本性であり、執着すること。愛、美、清、金、健康、安全、評価、優越、ドM・・・ま、人間ですから、いろいろあります。本性をキレイにしたものを「消費者ニーズ」といいます。

 事業をやる上での出発点はそこを見抜くこと。表面的ではなく、できるだけ深く広く考える。ネイルビジネスを「1000円クィックビューティ」と考えるか、「領空侵犯ビジネス」として考えるか、まるで違う。どちらもありです。事業者の思想ですから。

 ただどちらかを選べば、マーケティングのやりかたが変わる。店舗の立地、レイアウト、椅子、装飾、サービス時間・・・。ネイリストのレベルも変わりますよね。採用から処遇、教育、シフトまで全部変わる。そこがキモです。いわゆる4Pとかいうのは“枝葉”に過ぎません。マーケティングの教科書が嫌いなのは、枝葉を“幹”とするような書が多いからです。

 教科書の代わりに、グっときた商品や業態を通じて、稚拙な思考であっても、毎日研究しています。それがこのブログです。

 ネイルのエッセイは“体験記”でもありつつ、真ん中にあることをめぐる“思案”でもあります。思案がめぐってオチが悪いのは、もちろん書き手の責任ですけど。

 「本質的ニーズから一貫して考えましょう、一緒に」、それがわたしのメッセージです。ちょっとモヤモヤしまして、書かせてもらいました。ブログは夜にアップします。

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2008年4月24日 (木)

なぜ私は、にしおかすみこが好きなのだろうか?

  今日はビジネスメディア誠で連載する『“うふふ”マーケティング』へのリードです。

なぜ私は、にしおかすみこが好きなのだろうか?
なぜか「にしおかあ~っ、すみこだよお~」にひかれてしまった。SM女王の
衣装をまとう“Sキャラ”、もう一方でひたむきにマラソンを走る“Mキャラ”、
SとMを持ち合わせている魅力に加え、彼女はもう1つのキャラを持っていたのだ。

 むかしバレーボールの選手へのインタビュー、新聞で読んだかテレビで観たか忘れましたが、名プレーヤーが記者から「なぜ、こんなに苦しい練習が耐えられるンですか?」と質問された。彼曰く。

 「終わったあとの1杯のビールがたまんなく旨い、からですよ

 ハハん、そうですよね。苦しい練習で自分をイジめぬき、それに耐えるには自分へのご褒美がないとやってられません。オリンピックという目標よりも、まず一杯のビールのために。スポーツはやはりドMがベースですね。

【スポーツビジネスの根本はM】
 スポーツがドMだという証拠は、今季の浦和レッズ(サッカーJリーグ)のすべりだしの2敗に凝縮されていた。ふがいない戦い方で開幕から連敗したとき、サポーターは“ドS”になってフロントを責めた。「社長、出てこ~い!」とスタンドからシュプレヒコールがあった。出てきた社長に罵声を浴びせた。わたしはスタンドにいなかったが、同じことを叫びたかった。

Urawa_reds 出典

 サポーターとはチームと一体といわれる。勝ってもひとつ、負けてもひとつ。だからこそ連敗した直後にはいきり立ったが、沈滞したチームと色が似てきて、いつしか自虐的になり、「社長を責めてもしようがないよな」「選手を責めても勝てないし」「オレたち、なぜこんなに不幸なんだろう?」

 とまぁ、かなりMにず~んと傾斜していく。ドMに落ちてゆきつつ、埼玉スタジアムの長い駅までの徒歩路を、うつむきながら歩くのがサポーターである。ねじれてはいるが、ドMもまた快感なのだ。勝てば勝って胸をなでおろすが、負けたときにこそドM感動に揺さぶられる自虐的な心理がスポーツビジネスだ。

 野球にもある。巨人ファンは、もともとが強者として勝つという前提できていて負けると、突き落とされる。これはドM。弱いチーム、たとえば昔の阪神タイガースや広島カープはドMというよりは苦痛を共に分かち合ってきた。「弱いよな~」「でも来年こそは!」 エッセイで書いた”アゴニー(苦痛)心理”。同情して苦痛を共に分かち合い、六甲オロシをガナる。

 “アンチ巨人、実は隠れ巨人ファン”は、巨人がやっつけられると、言葉の上ではザマミロというのに、心の底ではくやしい思いをする。これは相当なねじれがあるが、やっぱりドM。問題はここ数年、負けても何も感じなくなったファンが多くなったことだ。ファンなら負けてドSの心理が燃えさかって、そのあとドMに落ち込む。SからMへの感情がなくなったのが視聴率低下の原因だ。

【2チャンでは】
 ドSぽい、2チャンネルという現象はどうだろうか。書き込みの多くが罵倒や悪口やツゲ口。中には同情やまともな主張もあるが、言いたい放題の悪口が95%ぐらい。まさにドSである。2チャンの背景色を見るだけで気分が憂鬱になるので、わたしはあまりというか、ほとんど読まない。

 フト、SFのTV映画『ダークエンジェル』を思い出した。舞台は電磁波テロリストの破壊工作によって荒廃したアメリカ。日々活動が監視される人々の生活はすさんでいた。隠された真実を知る活動家のローガンは、非合法電波を使ってメディアジャックをして不正を暴こうとする。

Img_top01
Img_top02_2 インパクトありました。

 ローガンのメディアジャックは燃えない人々の心に火を灯そうとするが、なかなか燃えない。メディアジャックできる時間も限られているし。ところが2チャンはあんなに燃えさかり、ニコニコ動画はあんなにツッコミがある。人民全員参加の様相だ。なぜなのだろうか?わたしたちの本性はドSなのであろうか?

あるインタビューでひろゆき氏はこう質問された。「ネットで炎上のような事件が増えているという問題は(どう考えますか?)」

炎上って、だれかがここは炎上してるって見つけて騒いで、それに周りが乗っかって
コメントがいっぱいつくのが炎上なんですよ。どちらかというと、マスメディアがここは
炎上してるって言い出して始めて炎上なんだと思うんですよ。だって、ネット内で完結
している限りはいくらスレッドが伸びようがどうしようが生活になんの関係もないですから。
ブログ閉じれば終わりじゃね?って思う。ほっとけばいい。

 わたしは彼は人の心をあやつる天才だと思う。わかっているのだ、人は“場”を提供さえしてやれば、SにもMにもアゴニーにもかんたんに揺れまくるという性(さが)を。かんたんにイジめができるから炎上するのか。ネット内のつぶやき合戦にすぎないのか。どっちもどっちではある。だが彼の手の平の上に乗っているような気がしてならない。

 匿名ならイジめが増殖するのはわかりやすい。書き込む作業は実はねじれドS、つまりドMなのかもしれない。それもなんとなくわかる。ポジティブに考えれば、『電車男』だってある意味“炎上”である。人の苦痛を分かち合うアゴニー心理。その対極に“炎上”があり、そのふたつはどこかで通じている。ネット社会ゆえに、ドSとドMで揺れやすくなった人が増えた。

19980912shimalis いじめる?(シマリスくん)

【hmm・・・なアドバイス】
 2チャンとは、現在のあらゆるビジネスの中で、もっとも消費者の“生なる部分”に寄っているから廃れない。よくも悪くも廃れないのは、ドS、ドM、アゴニー心理がそろっているから。

 結局はそのビジネスのお客さま心理の真ん中は何なのか。それがMかSかアゴニーかその他のものか、それに逆らうと商売はうまくゆかない、良くも悪くも唯一の事実なのであります。今日は以上です。

 あ、できれば、にしおかすみこさんに会いたい!ムチも一発ぐらいなら・・・(笑)。

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2008年4月 3日 (木)

お前が変えてみろよ、おしぼりの価値観ってやつを

 今日はジネスメディア誠に連載する『“うふふ”マーケティング』へのリードです。

お前が変えてみろよ、おしぼりの価値観ってやつを
おしぼり漫画をWeb展開、7つの香りの新商品――日本独自のおもてなし文化・
おしぼりを、「OSHIBORI JAPAN」と称してブランド化を進める、おしぼり屋の
2代目がいる。“たかがおしぼり”から“されどおしぼり”へ、2代目の戦略とは?

 今回のテーマは、藤波タオルのプレスリリースを読んで、「何かあるな」と感じたものがあったのがきっかけです。ホームページやブログを見ると、あらら・・なんでこんなメニューが盛りだくさんあるのだろうか?だれがやっているのだろうか?たかだか150名の中小企業でしょ(あとでわかりましたが、そのうち100名はおしぼり工場のパートさん、ですから実質正社員は50名)。漫画にもぐっと惹かれて、連絡を入れたのがこのエッセイになりました。

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【It's a small world!~原点にこだわる跡継ぎたち】
 エッセイの中でも“奔流”と表現しましたが、藤波タオルの二代目の藤波克之さんのアイデアと活動量、並ではありません。3、4年でこれらを立ち上げ、運用し、さらに広げてゆこうという原動力、何なのだろうか?

 それはエッセイを読んでもらうとして、家業の原点にこだわりながら、新市場・新技術を次々に導入するお話しを聞いたインタビューの途中で、フト、克之さんとよく似た人を思い出しました。

 「ちょっと脇道に逸れていいですか?」とわたし。
 「いいですよ」と藤波さん。
 「わたしの知り合いに日本交通の社長さんがいて、彼がまさにタクシー・ハイヤーと
 いう本業にこだわりながらも、次々に新機軸を打ち込んでいるんですよ」
 「ひょっとして…川鍋一朗さんですか?」
 「そうです!ご存じなんですね」

 わぁ、まさにIt's a small worldですねぇ!と共通の知人を発見しました。川鍋さんは日経ビジネスでも、ガンブリア宮殿でも取りあげられる著名人で、若い世代の社長の代表格です。彼と藤波さんの接点はFBN(Family Business Network)という世界45ヶ国、2,000社を越えるファミリービジネスを組織する団体で、欧州を中心に著名な家族経営企業が入会している。そこでの活動などを通じて、お知り合いになられた。ちなみにわたしは、前職の頃、ある海外の地からのご縁が川鍋さんとあります。最近はずっとご無沙汰してしまして、すみません。

 お二人のこだわりは“ファミリービジネス”、つまり家業です。川鍋さんは三代目、克之さんは二代目という違いはありますが、その本業にこだわりと時代に合わせた新しい価値を加えてゆく姿勢が共通しています。

【承継とは何を承継するものなのか?】
 承継というと、父や他の縁者との確執や、偉大な創業者(父)を越える難しさから、まったく違うビジネスを興すという二代目も多いわけです。さらに事業の所有権問題、相続税の問題などが“骨肉的に”取り沙汰されることもあります。果たして彼/彼女が跡継ぎにふさわしいか?という問いかけもあります。そんな葛藤があるのが承継問題。かんたんではない。

 しかし、ほんとうに考えるべき問題は、創業後(また先代の跡目から)30年くらいが経過し、事業環境も変わり、見た目には古く見えてきた本業を、跡継ぎがどう見るかです。「古い」と斬り捨てるのはやさしい。しかし古きの中に普遍的な価値を見いだし、新しき価値を発見してオリジナルなビジネスに生まれ変わらせる。どうもそこに尽きるような気がします。

【おしぼり事業から世界が見える】
 それにしてもおしぼり会社にMacPro2機、驚きました。カメラマン(プロです)の方は「No Good」ということで写真に収まってくれませんでしたが、この広報戦略室から飛び出してくる素材、ウエブにせよ紙媒体にせよ、レベルが高い。

 MacPro2代、いや2台。Pict0377

 不動産会社の広報から外部のフリペまで請け負うようになったスターツ出版の『METROMINUTES』がありますが、将来にはきっとそんな展開もありかなと思いました。おしぼり事業からさまざまな世界が見えてきた今回のエッセイ、書いているわたしが愉しみました。

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2008年3月28日 (金)

経営情報誌『Globis.jp』への転載

 ビジネスパースンに贈る経営情報誌『Globis.jp』への転載も始まりました。

Logo

“うふふ”マーケティング 『まだまだ修行不足、“女を知る”は難しい』

 内容はビジネスメディア誠と同じです。誠とGlobis、記事の交換掲載を始めたのですが、その一部になりました。グロービスにはマーケティングの大家が執筆されているので、並べられると恥ずかしいやら穴に入りたいやら・・・。
 読み比べないでください!何ていってもこっちは“hmm・・”や“うふふ”、いわば食玩のごとく“食べられない食べ物”をめざしてます!(すでに意味不明_笑)。Globis.jpもブックマーク、よろしくお願いします。
 

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2008年3月27日 (木)

まだまだ修行不足、“女を知る”は難しい

 今日はビジネスメディア誠での連載“うふふ”マーケティングへのリードです。

まだまだ修行不足、“女を知る”は難しい
「マーケティングとは女性を知ること」――筆者のモットーだが、ある女性に 
これを打ち砕かれた。「同じ洋服を買うときでも、180度違う目的で買うのよ」
という彼女のセリフにひそむ、マーケティングのヒントとは?

 

 エッセイに登場する同僚のMayuさんは仮名ですが、実在の人物。頭脳明晰で、突破力が高くて、企画やら仕事やらブログネタやら、いろいろな点でお世話になっています。謝々。

 さて、マーケティングとは最終的には「いかに売るか」に尽きるのですが、売るためにはお客さまとの関係づくりがしっかりしていくわけです。関係づくりの起点、どこに置くかでマーケティングはかなり違ってくる。起点は2つあると思う。

【モノの流行や都会という状況からのマーケティング】

 ひとつは“状況から考えるマーケティング”。

 状況とは都会の変化やトレンドや世相を読みこみ、ニーズの変化や競合の出方へ敏感に対応し、お客様の不満足を減少させ、時代を一歩先んじようというアプローチです。たいていのマス・マーケティングはこのアプローチです。

 「マーケティングとは変化に対応すること」でもありますので間違ってはいません。ですが、今回の誠のエッセイにも書きましたが、顧客をターゲティングし(標的とする)、セグメントし(細かく分割する)、ポジショニングする(差別化を図る)やり方がどうも通用しなくなってきています。とくにセグメンテーション顧客細分化というのは、これまで収入や購買履歴や購買頻度で消費者を区分けする、かなり荒っぽいやり方でした。

 荒っぽいから当たらない。当たらないなら、ネットと統計技法を用いて即時的にレスポンスしよう。それが昨今流行している“行動ターゲティング”です。サーチエンジンやウエブ店舗での検索履歴から商品のレコメンデーションをするあれですが、機械的に関心をもってもらえそうな商品を提示することができるので、採用が増えています。

 ただ・・・これは売り手との関係が希薄なのが気になります。ネットサーフィンの足跡に自動でレスするだけですから。マス・マーケティングのひとつの進化形でありますが・・・。

【お客さまの関心の本質からのマーケティング】

 もうひとつは“本質から考えるマーケティング”。

 人と商品の関係をじっと見つめて、ありたい姿や心の満足を増やし、感じるポイントを探ろうというアプローチ。こちらは時代を読むというよりも、モノとヒトとの本質的な関係を見つめて、あなたが欲しいのはこれでしょ?と作り手が提供するものです。「そうなのよ!なぜわかったの?」という声が返ってくれば、買い手と売り手は一生の付き合いになる。

 作り手は何か新しいモノをゼロから作るというよりも、積み重ねてきた技術や商品やサービスを“アーカイブ”として引き出しにもっていて、お客さんの心をさぐって、「これですか?」と新しい組み合わせで再編集して提供します。

 たとえばソフトバンクの漆塗り”や“友禅”の携帯電話、20色展開の『Pantone』携帯電話がひとつの例です。伝統の技巧と現代の精密装置のマジカルな出会い。多彩な色の好みの心理と精密装置の微妙なミクスチャ。こういうテイストのモノを欲しがる人が増えてきた

56_px250 修行してみたい女性と友禅携帯。
 出典 http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20080129/1006574/?P=7

 このブログを書いてきて、これまで400~500品目ぐらいの商品やサービスやブランドを取り上げてきました。振り返ってみれば、わたしがグっときて取り上げる商品は、いわゆるマーケティングプロセスを経たものよりも、こっちのアプローチで考えられたものが多いのです。

【わたしのマーケティング定義】
 そんなわたしですから、いわゆる世の中のマーケティングの定義とわたしの思うそれとは違います。「このブログではマーケティングの勉強ができない」と言われる由縁です(笑)。

インフルエンサー・マーケティングの本田哲也氏のマーケティングの定義はこうでした。「生みだされたものをうまく伝え、手にしてもらい、消費してもらうための繰り返し作業」。かなりわたしの思いに近い。それを、ちょいと変えさせていただきますと。

 「お客さまと作り手が感じあえる“場”や“プロセス”を創りあげ、生みだされたモノを購入し、使い続けてもらうための繰り返し作業

 セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングというアプローチが決して廃れたわけではないのです。だが成熟市場ニッポンで通用しにくくなっている。なぜならわたしたちは感性型消費社会への過渡期にあるからでしょう。

 わたしの定義が正しいかどうか、それを仕事や執筆を通じて確かめてゆくのがわたしのライフワークです。今日はかな~りマジメになりまして、すみません。明日はまたいつものおちゃらけです。以上であります。

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2008年3月 3日 (月)

ひとさし指に風を感じて

 今日は隔週で書いているぷろこんエッセイからの転載です。
 テーマは“指”です。

 宮里がパー3の3番でつまずいた。第一打を池に入れてダブルボギー。
 上空にティーグラウンドでは気付かない風が吹いていたそうで「ショット
 自体はすごく良かった。わたしの責任でもありキャディーの責任でも
 ある」と悔しそうだった。

 米女子プロゴルフツァーHSBC女子選手権(シンガポール)に出場した
 宮里藍選手の言葉 日本経済新聞 2008年3月2日付記事

          ~○○○○○○○○○○○○○○○○~

 ゴルフでは風を読むときよく芝生をつまんでひょいと投げる。落下する
芝生の動きを見て、「アゲンスト(逆風)だな」「ヨコなぐりだな」「少しだけ
フォローの風が吹いている」などと読んで、アドレス(かまえ)やクラブ、
強弱の参考にする。指でつまんで投げる ― なんとなくその仕草がプロ
ぽくてやってみたこともあります。まったく仕草だけですが。

 というのもわたしのゴルフは「下手の横好き」ならぬ「下手の横飛び」
でした。ティーグラウンドでアドレスに入ると、いっしょに回る人々が危険を
察知して、後ずさりするようになりました。じっさい、打ったボールがコース
から大きく逸れて、フェンスを越えて走る自動車の屋根にぽーんと跳ねた
ときもありました。そのまま走り去ってくれたのは幸運でした。ゴルフを
やめたのは正解ですね。

 だから芝を指でつまんで投げるなんて、宮里藍選手のような正確な打球
が打てるプロがすることであって、横飛びがすることではない。まして地上
ではなくて上空の風まで読むなんて・・・プロは違うなぁと思いました。

          ~○○○○○○○○○○○○○○○○~

 そんなわたしは、風を読み風をつかむときにはひとさし指を立てます。

 この商品のポイントはこれだろうか。あの事業買収のねらいはそれだろうか。
あの人事のねらい、ほんとうはこれこれにあるんじゃないか?読みをいれる
とき、心の中だけでなく、ちゃんと右手のひとさし指を立てて、風を感じます。

 指に風を感じるときはGood。
 指が風を感じようとするときはBad。

 ちょっと哲学的ですが、アイデアは降ってくるものをつかむ作業であって、
つかまえにゆくものではない。つかまえにゆこうとすると、ロクなモノをつかま
えない。だから風を感じるか感じないか、風まかせというか“指次第”。

 指が何も感じないときも多々あります。そういうときはアイデアの枯渇、感性
の鈍りなのですが、「スランプ」ではなくて、感じる前に指をしまってゲンコツに
しているのだと思うようにしています。だから「指よ、隠れるな。立っていろ」と
諭して、心の指も立てるようにします。

 そんなとき思いだす“ひとさし指エピソード”があります。スープストック・トー
キョーの提案事例です。この事例、ひとさし指にピピンと感じるところがあり
ました。ピピンは「一人称」「一日」「指で味を取る」と、指一本に通じてます。

          ~○○○○○○○○○○○○○○○○~

 スープストック・トーキョー事業は、起業した遠山正道さんが所属する三菱
商事からケンタッキーフライドチキン(KFC)に出向した97年にさかのぼります。
遠山さんから見るKFCは「時代遅れ」。当時、日本は外食不況まっただなかで、
アメリカンそのもののでっかい厨房やドライブスルー、ペイしないばかりか、
感度が低いと考えました。これからは「低投資、高感度」なちっちゃいお店が
いい。これが遠山さんの提案の底流の時代感覚です。

 そんなある日、仲間とのレストランでの会話で、ふと「女性がひとりでスープを
飲むシーン」が心に浮かびました。その話しをみんなに話すと「いいじゃない
それ!」となりました。そこからスープストック・トーキョーのコンセプトを、全
13ページの企画書『スープのある一日』にまとめました。

 その企画書には3つの指1本がありました。一本目の指は“一人称”。

 企画書はこんな始まりだそうです。「恵比寿にある日本センタッキー・ブライト・
キッチンの秘書室に勤める田中は、最近駒沢通りに出来た(仮称)Soup Stock
の具沢山スープと焼きたてパンが大のお気に入り・・・」という始まりの“物語”。
主役の女性がその店舗を想い、店舗に訪れ、メニューを選び、ほっとしてひとり
でスープをすする・・・一人称の企画書でした。

 二本目の指は“スープのある一日”という視点。

 朝っぱらから、今日は何食べようか・・・とランチのことを考えているなんて!と
部長さんからはドヤされそうですが、人間の生活、リズムがあります。朝の寝起
きの気分、通勤途上の出来事、会社に入る前のコンビニでのペットボトルのチョ
イス、PCに電源を入れて思い出す今日のTo Do Lists・・・そんな一定のリズム
ないしサイクルにあるのがわたしたち消費者。ランチも重要な要素です。

 そんな物語の提案を3人のレビューアにぶつけました。当時のケンタッキーの
社長と副社長、そして今ローソンの社長の新浪さんでした。企画書の表紙には
我が子の写真さえ貼る意気込みにほだされたのか、その場で「それほどやり
たいなら、やってみろ」とゴーサインが出たそうです。

 とりあえずスープを煮込んで“煮えてるかな?”と指をちょこっと入れてペロリと
味見する。それが三本目の指です。

1 遠山さんの企画書

          ~○○○○○○○○○○○○○○○○~

 補足します。まず“一人称の発想”とは、「自分自身がそう感じているか?」
「それで自分は満足なのか?」 アイデアでも企画でも日常業務でも原点は
一人称で考えること。自分を満足させるのが、自然に顧客視点になります。

 二つ目の“スープのある一日”の視点とは、スープと秘書室の田中さんの
接点はランチでも、その接点を持つまでの期待の気持ち、接点後の満足の
気持ち、幸せになった一日全体を顧客満足として考えています。一日が
一ヶ月や一年というスパンでも同じですが、接点を通じて全体プロセスを
考えることで、自社の商品だけではなく、顧客の生活の全体を見渡すことが
できます。

 三つ目は比ゆですが“ひとさし指を時代にさしこんでみる”ということ。熱々の
スープに突っ込むとアチチでヤケドしますが、ときにはそれも必要。頭(理屈)
でなく指(感性)で感じているか?ことわざで「流れに棹を差す」と言いますが、
指を突っ込んでみれば時代の流れもわかります。

 ひとさし指を立てて自分に吹いてくる風を感じて、あたりを見回して、指を
くるくる回してみる―誰かに見られると「変な人!」と言われますが、やって
みてください。 

2 遠山さんのブログより。

          ~○○○○○○○○○○○○○○○○~

 宮里藍選手の昨年来の不調も気になります。不調の原因はゴルフ場に吹く
風の読みというよりも、どうも自分に吹いてくる風をつかまえられないのでは
ないか?プレッシャーさえも楽しむ“一人称のプレー”ができているだろうか?

 横飛びですからゴルフのことはよくわかりませんが、良いショットも打ちに
ゆくと力が入る。時には風まかせぐらいがいいのかも知れません。春一番で、
飛んでくるのが花粉ばかりかもしれませんが(笑)。

 今日は以上です。

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2008年2月28日 (木)

寄せて上げて“緩める”マーケティングとは?

 今日はビジネスメディア誠で連載する『“うふふ”マーケティング』へのリードです。

 寄せて上げて“緩める”マーケティングとは?
   去る2月12日は、“締めたり緩めたり”の記念日でした。締めると「さあ仕事!」、  
   緩めると「あぁ今日も終わった」……その記念日とはいったい?

 今日の連載の発端は、ウイズ株式会社ブラジャー新製品のリリースだった。その商品「姿勢美と美乳をつくる」という機能がウリで、そのリリースのURLを相棒Cherryさんにメールした。リリースには下 着姿の女性もばっちり写真付きです。メールにこう書き添えた。

 「ブログでさ、これ、取り上げてみたいんだけど」
 Cherryさんの答えは、まさに「うふふ・・・」だった。

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【オンナもすなるモノの話し】
 やっぱりむつかしいかなぁ・・・と諦めかけたら、ワコールの『女性の「胸」に関する意識調査』を見て、「おっと、ブラジャーの日ってあるんだ!」と知った。「これは書かなきゃ!バストは揺れるのが原点だ(ですよね?)」。思へば、揺れるものをワザワザ締めるところから、女と男の数え切れない物語が始まったのだ。

 「ハイヒールは現役の女であることの明かし」という文があった。誰の文だか思い出せないが、してみると藤原紀香さんや米倉涼子さんを範とする「ヨコムネ美人」もまた現役の女であることの主張なのだろうか?ムネの無いわたしは、仮説を立てても検証ができない(公に検証すると検挙されるし、密かに検証してもいずれ検挙されそうだ)。

【揺れた時代から、揺れない時代へ】
 ムネに胸を借りて言えば、あっちこっち揺れながら生きるのが人である。生きざまも価値観も時代精神を反映し、環境変化にさらされるが世の常。揺れて揺らされて・・・できればまっすぐに生きたいとは思う。「揺らされてばかりじゃないぞ」とときどき背筋を伸ばす。揺れを小さくして生きれるだろうか。

 商品開発もまた、時代精神の変化を映し、市場や消費者心理を揺らして需要を喚起するもの。それを否定しないし、それがマーケティングという面もある。だからそのときどきの流行をグローバルに流通させて経済使命を果たしてきた。戦後からこれまでは、それでバランスが取れてきた。

 だがモノが行き渡り、“揺れシロ”が減ってきた。消費者を揺らそうとしても揺れなくなってきた―それがここ10数年の日本市場。だから揺らす手段も巧妙になり、商品も多様になったが、消費者は常に一歩先をゆく。ムネほどかんたんには揺れないのである。

【セレクトへ、そしてその先には―】
 だから買い手が揺れないなら、代わりに「売り手が揺れよう」というトレンドは必然だった。それは“セレクトショップ”。売り手が流行をころ合いよく取り入れて「あなたが欲しいのはこれでしょ」というお薦めをするものだ。

 いわゆる衣服のセレクトショップだけでなく、広い意味でとらえれば「これオモシロい!」と膝を打つデザイナー商品も、顔の見える生産者の野菜も職人の手作り品もセレクトだ。セレクトは単に購買ガイドではない。売り手と買い手がお互いに感性を共有して“つながる”ことである。

 売り手がセレクトしたものに「いいねぇ」と応えるのがレビュー。「いや実はこういうモノが欲しいんだ」というレスポンス。「こんなモノがあったよ」というレコメンデーション。売り手と買い手、買い手と買い手がつながり合う、「レビュー・レスポンス・レコメンデーション」が今どきの“マーケティングの3R”である。3つのRを念頭におくのが「感性共有型の消費」なのである。

 ムネの揺れから想ふわたしのマーケティング雑感でした。今日は以上です。

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2008年2月20日 (水)

『その1人が30万人を動かす』の書評を掲載しました。

 

41wcghzna2l_bo2204203200_pisitbdp_2  『その1人が30万人を動かす』

 インフルエンサー・マーケティングに関する本、『その1人が30万人を動かす』の書評を書きました。マスメディア、プロフェッショナル・インフルエンサー(その道の専門家やセレブ、タレント)、個人インフルエンサー(カリスマブロガーら)をいかに組み合わせて消費者を自ら動かすか?という内容。とても参考になりました。

  http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0802/19/news006.html
  http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0802/19/news006.html 
  (どちらも同じ内容です=併載)

 ふと目に止まったのは『日産ケンメリTシャツ 完全復刻プロジェクト』の記事です。

       Sl02

 久米繊維工業の久米信行さんが、新型スカイラインの招待試乗記を書く話です。久米さんは経営者かつ実名でブログを書いているので(こちら)、その信用もあってのことだったそうです。しかし自動車評論家でもない自分が何を書いたらいいだろう?と彼は思ったそうです。

 ふと壁を見ると、先代の社長(久米さんのお父様)の飾る『スカイラインTシャツの生産に対する感謝状』が目に入り、「おぉ!これだ」とブログに書いたそうです。久米さんの父君がそのTシャツ・ノベルティを制作したとのこと。

 なぜなら、私は、多感な多感な小中学生時代を
 ケンメリTシャツに囲まれて育ったからです。

 http://kume.keikai.topblog.jp/blog/120/10004191.html

 久米さんは“プロフェッショナル・インフルエンサー”。そのブログを読んだ日産(マスメディアが「Tシャツ復刻やりましょう!」と乗ってきたそうです。さらに復刻するにあたり、オリジナル未開封Tシャツを探す知らせをメルマガに出すと「個人のスカイライン・インフルエンサー」から次々にレスポンスがあった。それで今、制作中とのこと。まさに現在進行形の“インフルエンサー・マーケティング”。

 商売を考えてのワザとじゃないというところがミソです。ブログには商売っけ抜きで、思ったことをサラと書くべし。これが今日の教訓でした。

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2008年2月 4日 (月)

お弁当とデリバリーを結ぶ企画発想

 今日はぷろこんエッセイからの転載です。
 ご購読のお申し込みは まぐまぐ めろんぱん からお願いします。

 
 「企画立案で大事なことは、まずは常識にこだわらないこと。そして、
 生活者視点ですね。例えば、毎日スーパーに行っていると、180円の
 ホウレン草を見て『最近値段が上がってきたなあ』と実感する。そういう
 日常的な感覚の積み重ねが、新しいアイデアを生む苗床になるんだと
 思います(後略)」

                          夢の街創造委員会株式会社 中村利江社長
 引用元 http://job.goo.ne.jp/topics/special/iketeru/002.html

             @@@@@@@@@@@@@@

 お弁当やピザ、お寿司、最近はお酒までデリバリーしてくれる『出前館
を運営するのが“夢の街創造委員会”というユニークな名称の会社。その
名前に惹かれて、上場(大証ヘラクレス)前から注目していました。“ネットと
ビジネスの種を結ぶ”と、同社のコーポレイトメッセージにありますが、ネット
でちょこっと出前を頼めるのは、ひとつの夢の街のかたちです。

 その夢のかたちにいかにたどり着いたのか?それがわたしの興味であり、
今回のテーマです。夢の街づくりのカギを握ったのは現社長である中村利江
さんであり、氏の語られた冒頭のコメントに、夢のかたちにたどり着くお客さま
視点のビジネスの原点と発想プロセスがあります。

 それは次の3点でまとめられます。まず商品や消費を見るとき“常識にとら
われないこと”、判断する上でのよりどころは“生活者視点”、最後に何度も
フに落ちるまで“考え抜くねばり”。

             @@@@@@@@@@@@@@

 中村さんは根っからの優れたプランナーで、学生時代に女子大生を集めて、
モーニングコール事業を起業した。女子大生からの電話で起こされるなんて
シャレですよね。ターゲットはきっと独身男性や単身赴任のオトー様だったの
でしょう。彼女のお客さま視点、天然モノだということがわかります。

 その後リクルートでハウジング事業部の仕事で実績をあげ、結婚。子育て
一段落のあとに、お弁当のほっかほっか亭を展開するハークスレイに入社
した。大ヒットした「290円牛丼弁当」という企画もしたが、1999年当時、外食
産業全体が低迷期であった。デフレと新機軸無しの板挟みになっていた時期
だった。ハークスレイの関西地区で企画担当をしていた中村さんも、売上
アップの突破口を模索していた。

 あれこれ考えた末の答えが「お弁当のデリバリー」でした。

 どのようにそこにたどり着いたか。それはさておき、デリバリーで加盟店を
活性化しようと思い立ったのち、まずほっかほっか亭自前でネット出前サイト
の構築を図ろうとした。ところが当時スタートアップしてまもない『出前館』を
知り、ほっかほっか亭が自前・単独でやるよりも加盟した方がいいと判断して、
自前開発プランをいさぎよく捨てた。

 その後コンサルタントとして独立し、出前館の運営会社の夢の街創造委員会
のコンサルティングをする中で、「あなたが社長をした方がいい」と乞われて
副社長に就任し、現在の代表取締役に至る。

 成功物語はこんな感じですが、どんな思考をして「お弁当=デリバリー」に
行き着いたのだろうか?

 以下、わたしが実践している思考のプロセスにあてはめてお弁当=デリ
バリーのケースを考えました。実際に中村社長にお聞きしてフレームワーク
を作ったわけではありません。ひとつのケーススタディとして、普遍性を感じ
ていただければ幸いです。

             @@@@@@@@@@@@@@

 まず基本図(図1)。左の四角形のハコに入るのが「商品やサービス」。
ウチの商品やサービスの一般名称を入れます。“ほっかほっか亭の弁当”では
なく“お持ち帰り弁当”です。そこから矢印(→)を右に引いて先のハコが「お客
さまのしあわせな状態」となります。両方のハコの間にあるのが、お客さまが
商品とサービスに求めるニーズや気持ちです。できるだけ数多く列挙します。
商品とサービスを列挙し、それが“お客さまの最もしあわせな状態”の言葉に
圧縮され、さらにビジネスモデルのワンワード、「キーワード」を発想します。
 Lunchdelivery01

 実際にお弁当=デリバリーの流れに沿ってやってみましょう。

 まず四角形を描いてその中に“お持ち帰りお弁当”と入れる。その四角形から
矢印(→)を引き、右側のブランクの四角形につなげます。二つのハコの真ん中、
お客さまのニーズと気持ちを「お弁当の場合なら何なのか?」という視点から
挙げてみましょう。

 ・・・・
 ・容器サイズは大中小しかない
 ・日替わりがあるとうれしい
 ・外食は混んでいる
 ・会議室で食べたい
 ・みんなでワイワイ食べたい
 ・ちゃかちゃかっと食べたい
 ・早メシしたい
 ・食べながらネットみたい
 ・安くあげたい
 ・買いにゆくのが面倒
 ・だいたいメニューは一緒
 ・弁当屋の待ち時間がいや
              ・・・・

 ランダムで構いませんが、ルールはお客さま視点です。お持ち帰り弁当に
おける生のニーズや気持ちをできるだけ挙げましょう。挙げていくと「これは
もっともだけど」「これはあんまり」などが見えてきます。どれかしらこれだ!と
“光りもの”が見えてくればシメたもの。

 何が“光りもの”か、企画者の価値観や経験、センスで判断しますが、その
決め手は“生活者視点”です。「光る」か「光らないか」、売り手でも買い手でも
ない“生活者視点”がミソです。

 お弁当=デリバリーのケースでは、光りものは「会議室」「早メシ」「日替わり」
「時間」などになります。それらをギュっとすると“持ってきてもらえるとうれ
しい”というお客さまのしあわせな状態が見えてきます。そこから“デリバリー”
というビジネスモデルのキーワードにまとめるわけです。

Lunchdelivery02

 改めて“凄い”と思うのは、ほっかほっか亭の弁当は、従来「お持ち帰り弁当」
だったわけです。「デリバリー」というキーワード、同社の事業理念を真っ向
から否定しています。しかしお客さま視点はたいていそんな結論になります。

             @@@@@@@@@@@@@@

 もちろん一回でハマるアイデアが出ないときもあります。あきらめないで粘り
強く考え抜くのがたいせつです。ノートに書いて幾度も振り返ってもいい。ひとり
でやるよりふたり、三人寄れば文殊の知恵で三人でやるもの効果的。“うふふ”
な発想のコンサルタントが欲しいときはお呼びつけください(笑)。粘り強くお客
さまの真ん中にあるニーズの鉱脈を掘りつづけるのが企画の本質です。

 このフレームワーク、汎用的な使いかたもできます。商品・サービスのところを
“今の自分”として、お客さまがしあわせな状態を“自分がしあわせな状態”に
読みかえます。2つのハコの間には「自分のスキル」「やりたいこと」「できること」
「経験」・・・を書きだしてみる。そこから光りものを探しましょう。

 「いくらやっても何も光が見えてこないじゃないか!」とヒラめいたとしても、それ
はわたしの責任ではないハズですが(笑)。

 今日は以上です。

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2008年1月21日 (月)

“一回性”という成長の原動力

今日は隔週で書いているぷろこんエッセイからの転載です。
  配信は まぐまぐ と めろんぱん からしています。

 その後の人生を変えてしまう出来事を経験すること。これを「一回性」と
 いいます。脳には、いつ、どこで訪れるか分からない一回性の体験を、
 大切に刻印し整理していく働きが備わっています。この機能こそが僕たち
 の人生を豊かにつくっていくのです。

 引用元 『脳を活かす勉強法』 PHP出版 茂木健一郎著

           ★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 成長の原動力とはなんだろうか?

 やりたいという気持ち、その環境に自分をおくこと、継続すること、きっかけ
をチャンスにし、やがて飛び立つ。そんな成長のシナリオを思いうかべれば
「気持ち」「環境」「継続」「きっかけ」「飛び立つ」・・という成長の各段階の
"シーン”があるはず。ポジティブなシーンだけでなく、「挫折」とか「意地」と
いった苦しいシーンも、きっといくつも散りばめられている。

 たとえば、わたしはこうして文章を書き続けています。1年以上前、ブログを
書き始めたきっかけは他愛ないものでした。マーケティングのことをもっと考
えようと思ったときブログという表現を思いつき、同僚のCherryさんに言いまし
た。ちょうどカフェでサボってお茶の飲んでいるときでした。「ボク、ブログを
書こうと思っているんだ」 そのときのシーンはまざまざと覚えています。
Cherryさんが「いいんじゃないですか」と言ったところでそのシーンは終わって
います。

 それが「気持ち」のシーンだとして、「環境」のシーンはブログのテンプレート
に初めてふれて、自分を表現するサイトをつくった場面でしょう。ブログの「継
続」には数多の苦難(おおげさですが)はありました。体調が悪い日、電波が
飛ばないエリアに入るギリギリ10分前のアップ、酸っぱい匂いの安いビジネス
ホテルでのネットワーク設定の苦労・・・いろんなシーンがあります。ウェブ
ポータル・サイトの編集長からメールをいただいて「ウェブサイトに文章を書き
ませんか」というのも「きっかけ」のシーンになりました。

 まだ成長もしていないし、身のまわりを見回してももっとご苦労されている
人はたくさんいるのでおこがましいことを書きました。むしろ読者の心にきっと
多くのシーンがあるはずです。それにおきかえて考えてみてください。

 こうしたシーンは静止画像というよりも場面記憶のフラッシュみたいなもの。
達成した歓喜のシーンもあれば、何気ないけれど引っかかるシーンもある。
何度思いだしても心を削られる残酷なシーンもあるでしょう。

 人間はそうしたシーンの積み重ねで成長するのではないだろうか。シーンが
成長の原動力なのではないか。そんなことを常々考えていました。

            ★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 なぜあるシーンが心に残っていて、なぜ繰り返し表れるのか、どうして自分
にそこまで干渉してくるのかわからなかったのですが脳科学者の茂木健一郎
さんの著書の中で“一回性”というキーワードに出会って、ヒザを打ちました。

 あるとき一回しか経験できない決定的な経験をする。それがその後の人生
に影響を与える。二度繰り返せないし、一回こっきりだからこそ、脳に深くそ
の体験がきざみこまれる。きざみこまれた体験を自分なりに反すうして、深め
ていく。それに執着するからこそ自分を高めていける。勇気をあたえてくれる。
そこから行動が生まれる、というのが茂木さんの著書『脳を活かす勉強法』の
中の“一回性”のくだりにある主張です。 

 一回性というとポツン、ポツンとコマ切れのシーンがバラバラにあるような感じが
します。でも脳がまったくバラバラのシーンばかり収集してないはずです。ある
起点になった「気持ち」に響くシーンを取捨選択し、収集して整理してくれるのだと
思います。

 整理してもパッチワークのようにバラバラな色合いのままか、ぴったりハメ合わ
せるジグソーパズルのように整然としているか、成長のテーマやその人の性格
にもよるのでしょう。それでもきっと脳は、一度しか起こりえない体験を、ちゃんと
整理してくれるというのです。

            ★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 茂木さんの考えかたはすばらしいアプローチですが、「一回しか経験できない
決定的な経験」とは、個人的なものにも聞こえます。グループ活動や組織活動
の中でその経験はどう活かせるのか?

 コンサルタントという仕事から考えてみましょう。クライアントの多くは情報を
共有するとか、成果を共有するとか、情報共有システムへの入力に非常に
抵抗します。その理由を今までわたしは、クライアントの社員が「面倒だから」
「同僚からも上司からもフィードバックもなく入力のモチベーションがあがらな
いから」「わからんちんに伝えても益なし!」といった思いからだと考えていました。

 それはそれで正しいのですが、まだ理由の一部なのでしょう。茂木さんの主張
をもう一度書きます。

 「脳は一回性の体験をきざみこむのをよろこぶ」

 つまり脳は、そもそも他人とのウワベだけの情報共有や追体験をイヤがるもの
なのだというものです。実は脳は情報共有をシブシブやっているのかもしれない。
自分の一回性の体験じゃない、他人の体験をシブシブ読んでいるのかもしれない。
自分のシーンでないことなので、脳が深めて整理することをイヤがっている。
なるほど、どおりで皆さん、情報の共有が進まないワケで・・・。

 情報共有をしましょう、成果をヨコ展開しましょう、そんなマネジメント用語を
したり顔でわたしも話していました。だが脳がよろこばないことをせっせと話して
いたとすれば、進まない理由も納得ができます。

 脳がよろこんでこそ仕事に創造性がやどる。よろこばせる情報共有でないのに
軽々しく「情報共有」とか「ヨコ展開」してください、とは言えないと思いました。

            ★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 でもこう考えることはできそうです。個人的な一回性の体験は、他人と共有する
のはむつかしい。しかしシーンとシーンをつなぐところ、つまりプロセスは共有できる
のではないか。プロセスはルールでもあり、行動でもあり、共通言語でもある。
プロセスの中での体験として「こんなことがあったよ、すばらしい体験だった」という
共有ができれば、響きあうことはできるのではないか。

 個々のシーンがあって、それをバネにしてプロセス(実行)にうつす。このふたつが
“一回こっきり”の創造的なセットになったとき、人生が豊かになる。“一回性”という
キーワードから響いたことをツラツラ書きました。今日は以上です。

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2008年1月11日 (金)

“うふふ”マーケティングこぼれ話 擬音語・擬態語はことばのコラーゲン

 今日はビジネスメディア誠連載の『擬音語・擬態語で、グ~ッとマーケティング上手』の与太話しの続きです。

 擬音語・擬態語という“ことばのコラーゲン”が失われると、ことばのハシバシが乾燥する。ことばに木枯らしがふきすさぶ。カサカサになる。やがて「無味乾燥なヒト」になってゆく。まずい・・・ というようなことを書いた。

【擬音・擬態は知的じゃない?】  
 すると同僚のYUKAさんからゼツミョーなツッコミがブログに入った。   

  「擬音語・擬態語が多い人は知的に感じられない」  

 どうも昨日某テレビ番組で「大阪人は擬音が多い」というネタがあったようで。その番組、観てい ないのだが、そう思いますでっしゃろ? そう思いますねん(笑)。たしかに擬音語・擬態語=知的 というより、関西人のノリ、落語家ぽいと思わへんか。  

 だが続けて書いてくれた「ぜひお近くの関西人で潤ってください」というコメントにはちょいとねぇ ・・・とツッコミ返したい。関西人=擬音語多し=耳心地よし=潤える、とは限らない。某知人の関西人には“がっちょ~ん”。ここだけの話です(どこだけか知らんが)。   

06021701  『てなもんや三度笠』知ってますか?    
 “スコーンとドタマかち割ってストローで血吸うたろかーッ”

【擬音も擬態も使いかた次第で知的に】  
 擬音語・擬態語、語いが少ないから音でゴマかすのでは知的ではなく痴呆的。だが擬音も擬 態も知的であったりもする。たとえば詩だ。夭折の詩人中原中也の『サーカス』。

  落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと   
  ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん  
 

 わたしはココロが弱くなると読むのは高村光太郎の『』(WORDでわざわざタテ書きで筆写したファイ ルあり)。     

  牛の眼は聖者の眼だ   
  牛は自然をその通りにぢつと見る   
  見つめる   
  きよろきよろときよろつかない

 短歌・俳句・川柳でもまた擬音・擬態は重要な役割をになう。そのあたりのことは、山口仲美さんの名著『犬は「びよ」と鳴いていた』をお読みください。読みやすく深く理解できます。  

【擬音・擬態が多いわけ】  
 「ギャフンと言わせてやる」は何がギャフンなのか?という疑問を投げかけているのは情報考学 の橋本大也さん。してやられたときにギャアといってもギャフンというのか?ギャはいいとしても、 フンは何か。よくわからないが、そこに音を創作する知的さを感じる。  

 日本語の擬音・擬態の多さは脳の音の受け止め方の違いだという。次の一文は伊勢雅臣氏の「国際派日 本人養成講座」より。   

  西洋人は虫の音を機械音や雑音と同様に音楽脳で処理するのに対し、日本
  人は言語脳で受けとめる、ということが、角田教授の実験であきらかになった。   
  日本人は虫の音を「虫の声」として聞いているということになる。

 音楽脳=右脳で、音や機械音を処理する。言語脳=左脳で、声として音を処理する。西洋人 はリ~ンリ~ンの虫の声を「」として処理し、日本人は「」として処理するというのだ。声として 処理するから、豊かな表現で擬音・擬態出てくる。へぇ~・・なるほど。

【知的な擬音語・擬態語を学ぶために】  
 さらに。わたしの仕事上の師匠Yさんのエピソード。地方都市へ師匠と通ったことがあった。そ の道すがらの機上でYさん、めずらしく何かヘッドホンで聴いている。  

  「何聴いているんですか?」とわたし。  
  ヘッドホンをはずして「落語だよ」  
  「ほぉ・・・落語ですか」  
  「オレはね、最近志ん生のCDも買ったんだよ」  
  「ええ!10枚ぐらいのセットモノの落語のCDですか?」 
 

41yg0gft2tl_aa240_    

 その先輩、もともと普通ではなくハズれた発想・生き方をする人であるが、その人にして“アタマ を柔らかくしないとダメだ”というのだ。そのときはフフン・・・と聴きながしたが、自分の堅い文章を 読んでフト思いだした。   

 パチン(箸を割る)、おさきにぃ!ズルズルズルっ(蕎麦をすする)、うぅぅぅ・・・んめえ!と人の仕草、ココロの機微を擬音で表すうまさは落語の特徴。観察して脳で処理して擬音・擬態で さらりと言う。脳トレにもってこいですね。今日は以上です。

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2008年1月10日 (木)

擬音語・擬態語で、グ~ッとマーケティング上手に

 今日はビジネスメディア誠で連載する『“うふふ”マーケティング』へのスイっとリードです。

擬音語・擬態語で、グ~ッとマーケティング上手に
 これを読んでいるマーケッターのあなた。商品紹介を書くとき、どんな風に
 その魅力を訴えているだろうか? 理路整然とした説明より、美麗な言葉の
 羅列より、もっと素朴で直接的な手が有効なことがある。誰かに話しかける
 ように擬音語・擬態語を使ってみるのだ。
 
 http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0801/10/news063.html

 ニッポンほど擬態語・擬音語が豊かな国はないといわれる。

 擬音語がはみ出す漫画はいざしらず、テレビも映画も家庭ドラマも愛の物語もアドベンチャーも擬音や擬態のオンパレード。携帯メールは擬音や擬態の辞書ばかり年々豊富になっていく。コギャルのしゃべる言葉から擬音語と擬態語を抜いたら、たぶん会話にはならない。

 批判しているわけじゃないんです。まったく逆。擬音語と擬態語は「ことばのコラーゲン」、たいせつだと思う。

 今回のエッセイのきっかけは、新年を迎えるにあたって、自分の心の掃除をしていたら、「わたしには擬音語・擬態語が少ない!」とい発見があったのだ。これまで書いたものを見渡すと、擬音語はともかく擬態語がなかなか見つからない。これは“うふふ”じゃないじゃないか!ヤバイと。

 擬音語・擬態語が少ないのはことばから“コラーゲン”が失われたような状態だ。水分の少ない堅い漢字や、水分を必要とする形容詞をつなぐには、つるつるヌルヌルのコラーゲンが必要。乾燥してコラーゲン不足になると、文章もまた関節炎になり、読んでも文にすべりがなくなる。コラーゲンがあってこそ文章は「口に出してリズムが気持ちよい」。擬音語や擬態語は気持ちよくさせるのにはぴったりなのである。

 文章がカサカサになると読者をもかゆくさせてしまう。そうならないよう、明日もまた与太話を。今日は以上です。

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2008年1月 7日 (月)

『宮若生活』 広報の“耳”

 今日は隔週で書くぷろこんエッセイからの転載です。ご購読いただけるか方は
 こちらからお願いします。 まぐまぐ メロンパン

 かおりさんは取材中、こんな言葉をかけてくれた。
 「人口三万人の宮若市なら、飲酒運転をゼロにできるかもしれない。
 子どもたちが安心して生活できるまちにしてください。そして、
 全国から目標となるまちになってください」。

 『宮若生活 2007年12月号』 福岡県宮若市の広報誌より

         @@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 

 まっすぐな広報誌なのである。

 宮若―聞き慣れない名前は市町村合併のネーミングゆえだが、元は炭坑の町
にして今はトヨタの町、福岡県下人口3万人ちょっとの宮若市の広報に感動した。
まっすぐな思い、ひろい視野、そして問題提起がほとばしっている。28ページだて
の冊子を、ひとりの担当者が取材・調査・撮影・編集までの制作して、それがしか
も兼務らしいのにもびっくりした。雑誌の『天然生活』にタイトルもデザインも似て
いるが、それは追求しまい。

11

 07年11月号の表紙は“靴”。クレジットにこうある。「この靴は、飲酒事故に巻き
込まれ命を落とした人が愛用していたもので、遺族のご厚意により撮影させてい
ただきました」

 2~3ページでは「飲酒運転加害者が語る 贖いの日々」と題された、業務上過失
致死とひき逃げで懲役服役中の加害者の手記。なまなましい。少しのつもりがい
つのまにか3時間、一瞬の居眠りで歩行者をひき逃走・・・。4~5ページは「アルコ
ール依存の先にあるもの」。自動車を走る凶器にかえる飲酒運転の血中濃度と
酒量と酔いの状態を医師のインタビューで解説。

 6~7ページでは、宮若警察署長に話を聞く。9月からの道交法改正では運転者
に「呑ました人」も「まあいっしょに帰ろうや」も罰則がある。気をつけなきゃ。8~9
ページでは、トヨタの町らしく自動車部品製造企業の社長に話しを聞く。「誇りある
仕事を凶器にしないでほしい」。アルコール検出でエンジンがかからない装置も
あるが、人はロボットじゃないんだから、意志をもって飲酒運転をやめてほしいと
訴える。

 10~11ページは、8年前に飲酒運転で二女を失った福岡県前原市の大庭さんの
インタビュー。夜中に三時間以上をかけたそうだ。“静かに、そしてかみ締めるよう
に放つ一言を聞き漏らすまいとうなずく自分がそこにいました” この広報誌の制
作担当の林さん、「取材を終えて」でそう書いている。
          

         @@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 

 反響が大きかった11月号を受けた12月号では、あの博多湾の追突転落事故で
幼い三人の子どもを失った大上夫妻のインタビューを2ページにわたり掲載した。
「・・・全国から目標となるまちになってください」は、このときの大上かおりさんの
ことばである。加害者は飲酒運転だった。

 『宮若生活』のこの広報特集のきっかけは“身内の犯罪”。07年9月に宮若市の
教職員(小学教頭)が飲酒運転で当て逃げをし、市役所に抗議の電話やメールが
殺到した。『庁内には腫れ物に触りたくない雰囲気もあったが「広報だからといい
ことばかり取り上げてはダメ」と上司を説得した
』。それがこの2号で15ページの
特集になった。福岡の大上さんの三人のこどもの命を奪ったのは、ごぞんじの
とおり、福岡市職員である。

 わたしの住む市の広報とは比べられない。市名は出さんが悪口は書きたい。
ウチのは“お知らせ誌”。「議案が出され、質問がありました」「人口流入が何人
で、流出が何人」「みなさんの1票をたいせつに」・・・こんなの、誰が読むんだろう?
読ませるために作っていますか?気合いゼロで予算はいくらですか?行事の紹
介欄にも言いたい。役所がらみ行事ばかり掲載するのはおかしい。それでは市の
メディアではなく“市役所メディア”だよ。

         @@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 

市の広報誌は何を広報するのだろうか。『宮若生活』のエッセンスは「まっすぐ
な思い」「
ひろい視野」「問題提起」の三つだろう。

 “まっすぐ”とは身内がらみもグリグリすること。組織に文句を言うのは勇気を
まっすぐ出さないとできない。“ひろさ”とは加害者・被害者・警察所長・医師・自
動車部品会社の社長までひろげて、飲酒運転のテーマを語る視点だ。

 余談ですが町は日々変化する。久しぶりに駅まで違う道を通ったら「Curves
のフランチャイズがあった。米国発の女性オンリー、1回30分のエクササイズ・
チェーンだ。我が町にもあった。興味津々なのだが女じゃないので、ざんねん。

 広報担当者は市役所を出て街を歩こう。小さな変化がたくさんある。市の“室内
運動施設”(マシン・エクササイズ)がなぜ閑古鳥なのか、その理由もわかるし、
市の施設のアマさの問題提起をしてもいいではないか。「健康づくりからだづくり
始めませんか」なんて特集じゃ、ぜんぜん体脂肪減になりませんよ。

 市民と市をむすぶ点にあるのは“問題提起”だ。 

 06年12月号の『宮若生活』の特集は「もしもトヨタがなかったら」。自動車の町、
宮若の現在と将来、地域と産業の関係をかんがえて、広報誌の総務大臣賞を
受賞した。

 地方のどの市でも町でも、このままではどんどん衰退するという現実がある。
税源の移転なんて小手先ではいずれボロがでるのはミエミエである。だから
「ウチの市や町はどうするか」、問題を提起して市民の声を聴く。聴いたことを
また伝える。体験やアイデアを交換する。だからこそ07年10月号の『宮若生活』
の表紙は、「耳がでっかくなっちゃった」。パーティグッズのジャンボ耳をつけた
人の耳がでっかい。「広報」は「広聴」でもなくちゃ。

10  友人から借りて撮影という説明文は笑えた。

          @@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 

 企業の広報も『宮若生活』に見習いたい。

 メーカーやゼネコンの技報によくあるのは、「広報誌=PRの場」である。営業
ツールとして持ち運びたいのもわかるが、商品パンフレットでなぜだめなのか。
大企業にありがちな、文化路線や環境路線の広報誌。それも広報の役割の
ひとつだが、問題提起がアタリサワリなさすぎる。

 投資家も読むなら、良くても悪くても投資リターンの実績や自社の業界の変化
をまじめに語るのもいい。“偽”や“汚”ばやりだから、自業界での汚れた部分を
切りとって、「ウチはやらない」宣言や「あれば開示する」姿勢を示すと顧客の
信頼をかえって強めるはずだ。社長の趣味以外に語ることはある。

 そう考えると、実は広報には組織内部に向けたメッセージ機能がある。タテマ
エばかりの広報誌なら、ウチはタテマエの組織なんだなと。ホンネがあれば、
「ウチもまずい」とホンネで言えるんだなと。

 コンプライアンス、内部統制、内部通報・・・強権発動はいろいろ出そろったが、
“企業広報”というメディアがホンネを語るのは、組織を怨念でブツブツさせない
策だと思う。

 今日は以上です。

 亡くなった同僚の伊達さんは、わたしのこのエッセイを、均等割り付けという小技で両端をそろえて
読むという、手間と価値が釣り合わないことをしていたと聞いたことがあります。それが彼の命の一部
を縮めたとはいえないけどひょっとしたらそんな積みかさねがいけなかったかもしれないと、今日の一
文はなるべくそろえました。今回のエッセイを彼にささげてしばし黙祷
・・・・(揃えてまして_笑)・・・・・。

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2007年12月26日 (水)

N700系新幹線の“プロガー”ミックス

「今日の1本!」はこの記事。『N700系ブロガー試乗会に見る、ブログ×企業の関係式【前編】』 ブロガー兼マーケティング家にはとてもおもしろかった。長いので年末年始にでも読んでください。これを読めばわたしのブログはすっとばしで(笑)。【後編】が待ち遠しい。

【勝手にアドバイス Vol.303 N700系新幹線の“プロガー”ミックス】
新幹線という商品・サービスの素晴らしさを、いかに生活者目線の言葉や表現で伝えるか、あるいは、生活者にとって有益な情報として届けるか。それが、最大の目標でした。(博報堂DYグループ 島崎昭光氏)
引用元 http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20071221/143714/?P=1&ST=sp_web

Ph1  新型新幹線「N700系」(引用元 同)

【ブロガーに勝手に書いてもらった】
勝手に書いてもらったとはいえ、野生の書き手を呼ぶのはさすがにまずいので、マーケティング会社のカレンを通じて優れたブロガー19名を選抜した(グリーン車ですよ)。鉄オタばかりでなく普通のブロガーもいた。彼らのカキコから。

シゴタノ! - 新しい新幹線「N700系」に試乗しました.
みたいもん!のいしたにさんは、座席に座るのではなく、フットレストに座って、座席にPCを置くという「新しい新幹線ワークスタイル」で、それぞれ仕事(?)に取り組んでいました。

   510879080_57b3cb0968 簡易回転座席?貧乏症?

その昔、東北本線に乗って北海道まで夜行急行で旅した。4人掛けの座席の片側に「くの字」になって寝るのはつらい。だから床に新聞紙を引いて寝る旅人が多かった。昨日、北海道で長期バイトしたときの仲間から突然メールをもらって思いだした。

[の] のまのしわざ
全座席禁煙にともなって設置されたという、喫煙ルーム。強制排気、光触媒脱臭装置といった最新設計なのですが、効果のほどは正直いって、 期待はずれ  でした。

    512099208_5b0773c32d

やはり匂いは漏れてくるそうで。漏れるなら元から絶たなきゃダメ!飲んだら乗らない、吸ったら乗れない(?)

WADA-blog
自分自身も、割と効率よく作業する方だと自負していたのだが、ぜんぜん上をいっている人達だということが。(中略) これは、隣の席のらむねさんのマシン。W-ZERO3[es]に、外付けの折り畳みキーボードをくっつけている。

    20070523_046m 四方八方ブロガー装備。

す、・・・すごい!だが、継続して人を惹きつけるブログには、装備投資もあり、時間投資もありを理解してほしい。

【マスメディアとブログの関係図】
企業がブログとどう付き合うか、CMやマス媒体の広告とどう棲み分けし融合させるか。まだ解けないテーマだが、この事例をマトリクスに整理してみた。

1

タテ軸は目線の違いである。生活者目線か(ブロガー)か商業者目線か(プロ)。ヨコ軸は情報伝達か、想い伝達か。メディアは左下の「商業者目線」かつ「伝達」が使命。だから「企業が響かせたい事」を(ある程度)フィルターをかけて書く。右下は控えオロウ!となる。

一方(良質な)ブロガーは右上の「生活者目線」で「想い」を伝える。そこを博報堂もJR東海も求めた。もちろん左上は愚か者である(わたしもよく書いてしまうけど)。

【ブロガーの生活者目線を活かす】
普通は「マスメディアからブログ」という情報の流れをつくり盛り上げておしまい。映画プロモはこのパターンが多い。だがN700の“ブロガーミックス”手法ではマスとブログを同時進行させた。ブロガーからの発信で、CMや広告などの企業発信では補えない生活者目線をねらった。

宣伝もしていないのに、ある女性ブロガーは「N700の窓はUV100%カットですか?」と訊いたそうだ。生活者目線ならではの質問だった(答えは100%カットだそうだ)。

【勝手にアドバイス】

このブロガーミックスの良さは「生活者とマスメディアのリフレイン」である。

新幹線N700の試乗会イベント → それを報道するマスメディア → 一緒に試乗してカキコするブロガー → それを読んでブログを書くわたし → このブログを読む読者たち ・・・・

リフレインのためにはプロとブロガーのミックス、“プロガー/PLOGAR”がいい。最後に造語一発で、今日は以上です。

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2007年12月10日 (月)

ラモス監督 リアルなロマンチスト・リーダーへの変貌

今日は隔週で書いているぷろこんエッセイからの転載です。筆者が書き続ける限り、
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 7連敗後、連敗はない。「監督も自分のやりたいことを捨て、勝ちにいくようになった」
とGK高木は言う。

      J1復帰を決めた東京ヴェルディ1969 ゴールキーパー高木義成選手談
      2007年11月28日 日本経済新聞

 サッカー評論家セルジオ越後氏は「今年のJリーグは傑出した選手がいなかった
と2007年シーズンを総括した(1)。選手について言えば「そうかな」とも思うが、監督に
ついて言えば今年は話題は豊富だった。

 まずまずの成績を上げながら11月に脳梗塞で倒れたオシム氏、後を継いだのは
岡田武士氏で、加茂監督解任で急遽日本代表チームの後釜になった9年前と似て
いる。オシム氏の後、ジェフ千葉の監督を“世襲”した長男のアマル氏でチームは
まとまらず、シーズン終了後解任された。横浜FCでは高木琢也監督がクビを取られ
たが生贄にならず降格した。クビになった監督と同年齢(40)の現役選手三浦カズ
は、浦和レッズのオジェック監督に最終戦でキツイ一撃を浴びせた。

 だが最大の注目監督は、J2でスタートダッシュの4連勝しながらもその後7連敗し、
辞めるか辞めさせられるか、絶対絶命と思われた中でなぜか踏みとどまり、その後
連敗なく勝ち続け、J2リーグ2位でフィニッシュ見事にJ1へ返り咲きした東京ヴェル
ディのラモス瑠偉氏である。

 選手時代はすぐにカッカして激しいプレーも少なくなかった。「ラモスを冷やせ」と
いうエア消炎剤のCMコピーは秀逸だった。ラモスは冷やされたから勝てるように
なったのか?やはり沸騰するハートゆえだったのか?「サポーターよ、ひとつなれ」
「選手は勇気と自信をだせ」と言い続けての昇格。連敗を止め、上昇するきっかけは
何だったのか。

             ○○△○○●●●●●●●

 この文章の区切りの「○△●」は開幕からのヴェルディの勝ち、引き分け、負けを表
している。いくらJ2が試合数が多いとはいえ(2007年は48試合)4勝後の7連敗。プロ
野球のシーズンに置き換えると20連敗ぐらいのイメージ。

 「東京V6連敗、ラモス次戦辞任覚悟」「ラモス惨敗7連敗、事実上の解任」

     6ssc0704302ns
     http://www.nikkansports.com/soccer/p-sc-tp0-20070430-191857.html

 スポーツ紙は6連敗後の試合終了後、顔を覆って、控室に向かって通路を歩く
ラモス監督の写真を掲載した(2)。痛々しかった。消炎剤をかけたら消えてしまいそう
だった。4月29日の鳥栖戦は1-2だが、監督がクビをかけた5月3日の水戸戦は1-5で
ある。最悪のスコアである。

            ○○△○○●●●●●●●・・・連敗トンネル

 「この悔しさはドーハの悲劇以来だ」 6連敗後のラモス監督のコメント。

 J2最強のストライカーのFWフッキ(07年は史上最多タイの37得点)とMFのディエゴ
に頼りすぎて、そこからボールを奪われては失点するパターンが繰り返された。この日
も同じだった。「味方なのにパスが出せない」試合を繰り返した。ラモス氏は試合後、
バスに乗る前にサポーターに呼び止められて20分も話し合った。「次は勝つから応援
してくれ」。だが・・・。

 次の試合結果はもっと無残だった。オウンゴールでリード後、前半2点、後半3点という
大敗だった。得点源の二人(フッキ、ディエゴ)を共に累積で出場停止で欠いたとは
言え、リードしながら勝ちをあせり、コチコチになって加点された試合と評された。

 「“ゴメンね”とふがいない試合をわびた」。ラモスがわびた相手は水戸の前田監督
 である。(3)

       7ssc0705045ns
       http://www.nikkansports.com/soccer/p-sc-tp0-20070504-193657.html

  7連敗はひどい。だが浮上のきっかけはこの6連敗目から7連敗目にあった。2つの
連敗の間に、ヴェルディの今期の昇格までの道のり決めた転換があった。それは3つ
の変化である。選手たちの変化、ラモス監督の変化、そしてフロントの変化。だから
ひどい負け方ではあったが、7つ目の負けには価値があった。

            ○○△○○●●●●●●●○ その変化とは・・・

 まず選手の変化。「この2日間やり方をちょっと変え、「みんなが“このやり方を結構
やりやすい”と言った」(4)。2日間とは4月29日の鳥栖戦から5月3日の水戸戦まで
ある。1日休養日として2日間が練習日。元日本代表監督だったオフト氏のコーチング
を柱谷哲二コーチと額を突き合せて思い起こした(5)。

 サッカージャーナリストの後藤健生氏が言うように、監督職とは“ロマンチスト”と
リアリスト”の間で揺れる職業である(6)。現役時代熱いプレーのラモス氏が、リア
リストであるわけはない。「FWフッキとMFディエゴによる美しい勝ちかた」・・・選手にも
ロマンを求めたのは想像にかたくない。

 だが6つ連続の負け。ロマンを捨てリアリズムに転換せざるをえない。勝つために
選手を直視するようになった。それが選手にも伝わった。だからこそ選手は「このやり
方をやりやすい」と言った。だが2日ではしょせん付け焼刃である。実戦で表現できる
はずがないから、負けた。攻めの軸の2人も欠けたから得点は実質ゼロだった。

 フロントは選手と監督の変化を察知した。ラモスは変わったぞ、選手もそれを感じた
ようだ。その情況をフロントは察知したからこそ、目の前の試合で1-5で破れても、もう
1、2試合我慢すれば、グラウンド上に変化が表れるのではないか。そう判断して7連
敗でもラモス続投のサインを出した。FWとMFの軸が戻る次節の京都戦に賭けた。

 京都戦後メディアから、なぜ続投決断をしたのか」と訊かれた小湊義房常務(東京
ヴェルディのフロント)はこう答えた。

 「距離感でしょうか。(監督がスターだという距離感が縮小したこと) それが
 京都戦で180度変わったわけではないけれど、ある程度は縮まっていたと思う。(
7)

 賭けは成功し、5月6日の京都戦は4-1で快勝した。辛口のメディアは“勝ったが
FWフッキ(ハットトリック)とMFディエゴ(1点)頼みに変わりなし”と書いたが、失点1
の堅守にこそ注目すべきだ。その前の試合は5失点。それを1点で抑えたことは
「自分たちのやり方」が板についてきたからだ。

             ○○△○○●●●●●●●○・・・その後連敗なし。

 ロマンだけでは勝てない。そこにリアリズムがなければならない。理想のチーム像
をもちながらも、今の戦力でできることを直視する。まずリーダーとして大切なのは
“自分にロマンがありすぎるか”に気づけるかどうか。

 危急存亡のときはロマンが必要。ロマンとは“自分の分身”である。カリスマと呼ん
でもいい。あらゆるシーンで自分の分身でチームを勇気づけなくてはならない。だが
危機を乗り越えるときには、リアリズムへのシームレスな移行が必要なのである。

 7連敗からの勝利は、ラモス監督主役から柱谷コーチ主役へバトンタッチした瞬間
でもあった。正式に監督職から身を引き、柱谷コーチが昇格したのは、もっとリアリ
ズムに傾斜する必要があるからだ。J1昇格後の弱小チームに必要なことは、華麗な
勝ち方ではなく負けないことだから。それを悟りラモス氏は身を引いた。

 けれどロマンがあるフリをして、陳腐なリアリズムだけのリーダーはゴマンといる。
ロマンからスタートして、ひと皮むてリアルなロマンチスト・リーダーになる―それが
リーダー最強の方程式である。そこに到達したのがラモス氏。少し休んでもらって
から、またどこかで監督をしてほしい。

引用元
(1) http://blog.nikkansports.com/soccer/sergio/
(2) http://www.nikkansports.com/soccer/p-sc-tp0-20070430-191857.html
(3) http://www.nikkansports.com/soccer/p-sc-tp0-20070504-193657.html
(4) http://www.jsgoal.jp/news/00048000/00048000.html
(5) 日本経済新聞 2007年11月28日
(6) http://news.goo.ne.jp/article/hatake/sports/hatake-20071128-01.html
(7) http://www.jsgoal.jp/photo/00022800/00022807.html

今日は以上です。

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2007年11月26日 (月)

“好き”を仕事にする思考法

今日は ぷろこんエッセイからの転載です。
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カントリーシンガーの法則を知っているだろうか。故郷を思い、故郷で過ごす
ことの素晴らしさを歌うのがカントリーシンガーだが、熱をこめて歌うあまりに
ヒットしてしまう。ヒットするとファンが住む都会へ演奏ツアーに出なくてはなら
ない。故郷を想い故郷を歌うほど、故郷から離れていくという哀しい法則が
カントリーシンガーの法則である。

この法則には職業選択のアイロニーがある。好きな仕事を選びなさい、好き
こそものの上手なれだから。これは正しい。だが好きだから選んだ職業も、
実態は自分が思い描いていたものとは違って次第に流されてしまうこともある。
好きから始めたのに、続ければ続けるほど原点から離れていく。

運よくヒットを飛ばしてもやがて原点を志向せざるをえない。運少なくヒットを
飛ばせなければなおさら原点に立ち戻らなくてはならない。田舎と都会を
行きつ戻りつするカントリーシンガーの姿は、原点乖離と原点回帰が、
職業選択の根底にあるのを示している。

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13歳のハローワーク』という本が売れたのはしばらく前である。就業ができず
ニートが増え、ドロップアウトする若者が増えたのが背景だった。13歳で職業
の原点を考えようというこの運動は、本だけではなくウエブサイトやイベントで
根強く続けられている。

2007年8月の夏休みに「13歳のハローワークマップで仕事探しの旅に出よう
というイベントが六本木ヒルズで開かれた。そこに中学生とその保護者ら300名
が来場して、好きなゾーン(料理・お菓子、テレビ・映画・音楽、ファッション・
ビューティ、デザイン・アート)を選んで、グループに分かれた。

その道で職業に就いている人が自身の体験からの講義をして、職業のおもしろ
さを子供たちに伝えた。職業のイメージを膨らませてから各グループで「ハロー
ワークマップ」づくりを行った。

     011 模造紙にポストイット。

  参加者はグループごとに1枚の紙を渡され、自分が最も興味・関心を
  持っている物事と、その興味・関心事を活かせる職業を星型の付箋に
  思いつく限り書き出し、1枚の紙に見栄えよくレイアウトしていった。

  出典 http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/09/04/hellowork/index.html

模造紙の真ん中に「テレビと映画と音楽」という大きなくくりがあり、その周りに
それに関係しそうな職業をどんどん書き出して貼ってゆく。好きなことにまつわる
職種を考えることで、職業への具体的な考えが深まっていく。自分が何をしたい
かを図解することで、自分の関心の場所がほんとうはどこにあるのかを考えさ
せる、素晴らしい手法である。

家でもハローワークのマップには触れることができる。13歳のハローワークの
ウエブサイト
では、簡便に「音楽が好き」「旅が好き」など“好き”から職業を紹介
している。“好き”にまつわる職業がどんなものか、おもしろおかしく解説している。

 13

その中に『何も好きなことがない子のために』という項目もあり、クリックすると
『エッチなことが好き』というサブ項目があった。思わずクリックしたら『セックスの
ことやエッチなことを考えると興奮してしまって、他のことが何もできなくなると
いうこと。こういう子は、意外に多い(ハイ)。程度の差はあれ誰だってエッチな
ことは好きなのだ』とあり笑ってしまった。

さらに職業へのガイド文は『エッチなことが好きな子は、想像力が豊かな場合
が多い。そういう子は表現することに向いている。(中略)だがエッチだけでは
小説家や芸術家にはなれない』とあった。ハイそうです。

ハローワークマップづくりとは“好き”という原点と社会の職業を結びつける、
「好奇心、好き発見、仕事の想像」である。

       @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ベストセラー『ウェブ進化論』の著者梅田望夫氏の新著『ウェブ時代をゆく』は、
副題が「いかに働き、いかに学ぶか」である。

 419q5pzghbl__ss500_好著です。☆4.5個。

この本の眼目は「ロールプレイ思考法」である。それは自分の好き/志向性を
発見する思考方法である。自分が好きなこと、好きな場所、好きなアイドル、
好きな本などの真ん中にあることを読み取って、自分の志向性を発見する。

梅田さんは長らく経営コンサルタントをしている。そのきっかけは「シャーロック
ホームズ」だったと書いている。自分はどんな職業が向いているのだろうと考え
たとき、自分の仕事観は「探偵業ホームズ」であるのに気づいた。

探偵業とは何か。「ある専門性が人から頼りにされ、急に忙しくなり、依頼が
片付くと急にヒマになる」。自分はそういう仕事を志向しているのだということに
気づいた。その仕事は経営コンサルタントであった。氏は自分自身の「好き」
を構造的に分析するようになった。どんな本が自分に信号を発しているか、
それを構造化できれば、自分の“好き”の原点、本質がわかる。わかれば成功
しやすい。

       @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

自分の深層心理を構造化するこの思考法は素晴らしい。さっそくわたしも
今の職業(コンサルタント)をどのように観ているのか、考えてみた。

わたしの経営コンサルタントのイメージは『荒野の用心棒*』である。若い人は
古い映画をまったく知らないのに驚くが、クリント・イーストウッドの西部劇で、
スゴ腕のガンマンが流れ着いた先で、ほんのハシタ金で用心棒を引き受け、
相手を倒し、銃口の煙をフッと吹いて、何を誇ることもなく、苦虫を噛み潰した
顔で、静かに立ち去るのである。

流れ者のイメージとは、さまざまな地をさすらうこと。仁義とは契約だけで働く
こと。銃口とは本質を射抜くこと。フッと煙を吹いて立ち去るのは、依頼主と
密着したくないこと。何も誇らないという高楊枝ぶり。わたしのコンサルタント
仕事観である。

この「コンサルタント=荒野の用心棒説」を、あるクライアントにぶつけたこと
がある。言いたかったのは「コンサルタントとはお客さんにしがみつかずに、
やることをやったら、さっさと立ち去ります」だったが、その会社の専務曰く、
「じゃあ郷さんは(仕事を引継ぎなく)いなくなっちゃうんですか?」と切り替え
されてしまった。

   Gnbf73092 http://nttxstore.jp/_II_D111910193

John Grisham氏の法律スリラー小説『路上の弁護士 The Street Lawyer
も理想像である。お金の持ち合わせがなくて高額なフィーを弁護士に支払う
ことができず泣き寝入りをする庶民のためにひと働きをするという弁護士の
話である。安いフィーで働く清貧さを強調するのは偽善的だが、大企業より
中小企業、あるいは個人ビジネスを助けたい、うれしい顔の見える仕事が
したいのは、わたしのコンサルタント観である。そんなんで喰っていけるのか
とも思うし、きれいごとと言われかねないけれども。

       @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

若年層にとってハローワークの夢は広がっているのだろうか?慶応幼稚舎の
一貫学校設立のニュース
に触れ、それを好意的にとらえるメディアの論調
に接すると、むしろ学歴で収入格差を約束することを是とする傾向が強まっ
ているように思える。

だが頭だけで働こうとすると、身体が嫌がるのである。出社拒否や病気や
ウツや脱力感やキレたりする。そうならないようにするためには、自分の
“好き”の原点を知り、原点と現在の距離を測り、どう縮めるかだと思う。

*メルマガでは「荒野の用心棒」ではなく、“夕陽のガンマン”と書きましたが、
話の中身的には用心棒が正しいことにあとで気づきました。顧客の専務さん
にも「夕陽のガンマン」と言いはなって何となく通じたのですが(笑)、ここで
訂正いたします。ただしくはハシタ金で用心棒をするイーストウッドです。


今日は以上です。

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2007年11月12日 (月)

セーターの呪いと大蛇マフラー

隔週の月曜日は、メールマガジン「ぷろこんエッセイ」からの転載です。
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セーターの呪いと大蛇マフラー

その二、編む方も贈られる方も、「手編みのセーター」という意味深な贈与が
かかわる関係を重く評価せざるをえなくなり、その重さをお互いがうっとおしさ
を覚えるようになる。

 『セーターの呪い ~ モードの方程式』 中野香織 
                        日本経済新聞 2007年11月2日 

       £££££££££££££££££££££

男の兄弟は似た者同士に育つということは、ほとんど聞かない。兄弟2人を
知る他人のひと言目は「ほんとにお2人は兄弟ですか?」であり、二言目には
「まったく似ていませんねぇ・・」なのである。片方は外交的で、片方は内向的、
片方がスポーツ万能で、片方がスポーツ無能という正反対なことが多い。

わたしと兄もご他聞に漏れずで、180度違う性格である。性格よりも決定的な
違いは、兄はモテて、わたしはさっぱりモテなかったことだ。スポーツも万能で、
よく気がつく(言い方を変えれば調子の良い)兄は、モテにモテた。中学生の頃
からモテモテで、それは高校でも大学でも継続し、社会人になっても続いた。
うらやましかったが、それなりに‘女人事件’も起こしていたから、因果応報だと
密かに溜飲を下げたこともあった。

わたしが中学生の頃だ。兄とは2つ違いだから、彼は中学生か高校生になった
ばかりの頃のことだった。季節はちょうど今頃、秋の深まる頃あいだった。

兄のビニールロッカー(ジッパーでジ~っと引き上げる衣服入れ)の下に、
見慣れない大きな手提げの紙袋が見えたのだ。その袋から、なにやら白い
モコモコが飛び出している。

兄がいないときを見計らって、ジャっとロッカーを開けてみると、それは手編み
の毛糸だった。太くて真っ白な毛糸のマフラーだったのだ。

そのサイズが巨大だった。ちょうど見世物小屋の蛇づかいのオンナが首に巻く、
伸びきった大蛇のようなのである。背丈の2倍ほどはあっただろう。これを編む
のに何時間かかっただろうか?いったい誰が製作したのだろうか?(当時噂の
あったT女だったのだろうか?) 兄はこれを巻くのだろうか?学校に行くときに
は巻けないだろうな・・・。巨大なマフラーから疑問がいくつも湧いた。

後日談だが、結局そのマフラーは一度も使われた形跡を残さず、兄は引越
したときに持ち去らず、母かわたしかのどちらかが厳かに処分したように思う。
ごめんなさい、製作女さん。

2人分は優にあろう長さだから、そのマフラーの手づくり製作者と兄が並んで、
2人で巻き合って歩いたというような、そら恐ろしい伝説も残ってはいない。

          Photo 

       £££££££££££££££££££££

引用した服飾史家の中野香織さんのエッセイがトリガーになって、兄の大蛇
マフラーを思い出した。

中野さんのエッセイのその一は「編む方はセーターに夢中になるあまり、肝心
の恋人へ向けるべき関心が薄れる」、その三は「セーターを贈られた方は、
小さい頃におばに編んでもらったセーターを思い出して、恋人とおばが交錯
して愛情が薄れる」である。

『セーターの呪い』はずいぶん昔から語り継がれる現象のようで、中野さんの
ご指摘以外にも「編んでいるうちにタイミングを逸する」「関係修復のために
編む(だが結局は・・・)」「もらって好みに合わないと、編み手とも合わないという
ように思う」さらに「毛糸にアトピーなのを知らずに編まれて破綻した」などなど、
手編みは止した方がいい、セーターを編むと恋は破れるというアドバイスが
欧米には伝わる。
参考 http://en.wikipedia.org/wiki/Sweater_curse

たしかに、セーターや大蛇マフラーはちょっと・・・と思う。もらったことがない
ヒガミじゃない。手袋ならいいかな、とも思ったが手袋だとむしろ意識が強く
なりそう。手袋より冷たい手同士を重ねて温めあいたい、そんな淡い期待の
方がリアルなのだが。

                Drwho  呪われていない?         

       £££££££££££££££££££££

セーターの呪いは恋人同士だけでなく、クライアントとコンサルタントの関係に
もあてはまる。一品モノが、必ずしも喜ばれないのである。

「あなたの企業にだけ」という手編みのように手厚いコンサルティング・サービス
と、「他の企業にも似たものを提供します」という既製品型のコンサルティング・
サービスがある。

業界の外の人にとって、コンサルティングが「手編み」なのか、「既製品」なのか
わかりにくいと思うので、ごく単純に解説をする。一般に外資系コンサルは
既製品ないしパターンオーダー型である。国内系は手編みかカスタマイズに
近いところが多い。ITコンサルはほぼ既製品型である。導入システムがパッケ
ージばかりだからだ。

高い料金を払うのだから、「一品モノ」が喜ばれそうだと考えがちだが、それは違う。
多くのクライアントは「ウチだけのためにやってほしい」とは言わない。むしろ
既製品でいい、ヨソでやってきた事例を聞かせてくれというのである。

それは「セーターの呪い」に似た思いがあるからなのではないか。決して費用面
だけではない。アイデアが枯渇して飽きられるからだけではない。手づくりだと
関係が重たくなり、「あなただけ・・・は重い」という心理が働くのである。

       £££££££££££££££££££££

サービスする我々側は往々にして、「あなただけ」と頑張ってしまう。クライアント
のことを来る日も来る日も考え、ああしたらいい、こうしたらどうかと考え続ける。
考えたことをぶつける。そのアイデアになびかないと悲嘆に暮れる。なんてこの
クライアントは合理性が薄いのか!と雄たけびさえ上げる。

実はクライアントは、私達の「手づくりのアイデア」に押しつぶされているの
かも知れない。大蛇のマフラーにぐるぐる巻きにされるのを恐れているのかも
知れない。私達はクライアントを見ずに、ひたすら手編みのアイデアをつむいで
いないだろうか。

ならばパッケージ型のサービスがいいか。必ずしもそうではない。まず手の
長さや丈が合わない、首周りがきつい、色合いがちょっと・・・ということもある。
売り手は「これが業界標準なんです、使っているうちに馴染んできますよ」と
言うが、鏡に映った姿は「案山子にだぶだぶセーター」という事例も、高額な
システム案件を中心に見られる。

       £££££££££££££££££££££

大蛇マフラーもだぶだぶセーターも編まないようにするには、どうすればいいか。

それは寸法測定の技術を高め(課題抽出)、デザインの好みの聞きとり力を高め
(実現ゴールの把握)、美と用を兼ねる衣(既製と手づくりの最適なミックス)の
型紙を作ることである。型紙をクライアントに渡して、企業のかたちを、自ら引か
せることが大切なのである。

型紙に引く線が曲がったら、お客さまの素肌の手に、素肌の手を添えて「曲がっ
てますよ」とガイドをする。素肌とは本音である。やはり素肌のふれあいが一番
なのだから。

       Photo_2 案山子にもマフラーの季節ですね

 今日は以上です。

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2007年10月29日 (月)

リーダース・バイオレンス

今日は隔週で まぐまぐ と めろんぱん から発行している『ぷろこんエッセイ
からの転載です。ご購読いただける方は、各誌をクリックしてください。
今日のエッセイは久しぶりに少し辛口です。

  リーダース・バイオレンス

        ***********************************

コンサルタントになりたい人が後を絶たない。

すでにリクナビもエンジャパンもマイナビも「就活2009」まっしぐらである。そこでも
コンサルタント職人気は相変わらず。ロジカル・シンキングを身につけよう、人と
違う志望動機を持とう、コンサルタント会社のインターンシップに参加しよう・・・
こんな案内が花盛りである。

なぜコンサルタントをめざすか、学生の彼らの目に映るコンサルタント職の魅力は
何なのか。クライアントの働きかけで、会社を良くしたり、ヤル気を出していただい
たり、モノやコトを見る目を少しでも変化させることができる仕事である。その魅力
を感じとって、コンサルを志望する人がいることは、良いことだと思う。

そういえば2年前の夏、ある学生インターンの相手を請け負ったことがある。彼は
問題意識の広さ・深さ、着眼点の良さ、そして志の高さといい、とても優れたヤツ
だった。だが遂に当社に入社しなかった。相談役のわたしに何か落ち度があった
のだろうか?この職業のことをかなり正直に話してやったことが影響しただろうか?

理由はヤブの中だが、政治家になって社会に貢献したいといっていた彼は、コン
サルタントになっても成功するだろうと思った。まして若いことは、打算よりも「ある
べき」にまい進できるパワーだせることであり、この職業には有利である。

だが一方で、自戒をこめつつはっきり言うが、コンサルタントに向かないな、
と思う人もいる。それは「オレオレ」である。

          ***********************************

オレオレとは、「オレはコンサルタントだから偉い」「オレはXXXの資格者である」、
こういう態度をとる人である。オレ(アタシもいる)が世界の中心で改善提案を
叫ぶような態度で、お客さまもコンサルタントメンバーにも接する人である。

自信に満ち溢れたオレオレに、リーダーシップ器量という裏づけがあるのなら、
まあ百歩譲って認めよう。それでもメンバーだったら気分は悪いが。カリスマの
オレオレなら、その方針に唯々諾々とついていけばいいので、お客さんもコンサル
メンバーも楽である。

だが悲しいかな、現実にはたいていのオレオレにはその器量はなく、オレオレ
言動しかないのである。しかも言うことはたいてい的ハズレで、押し付けがましく、
無礼で、気恥ずかしい。なのに「従え!」という圧力をかけてくるのでタチが悪い。

幸いなることに当社の事例ではないのだが、わたしの知り合いでコンサルを
している人から、オレオレにまみれた体験談を聞いたことがある。 

          ***********************************

そのXプロジェクトでは、コンサルタント側のリーダーがオレオレだという。

知り合いはそのプロジェクトのメンバーで、当時はまだコンサルタントとして
経験の浅いルーキーだった。だからリーダー氏が「オレの言うことに従え」
「こうやっておけばいいんだよ」「お客なんて、わかってないんだから」という
言葉にちょっと反発をしつつも、「私は経験がないから、コンサルってこういう
ものか」と従順に従っていた。

だが数ヶ月たつ頃、どうも変なのではないかと思いだした。

そのリーダー氏がお客さんメンバー(経理部)にも相当失礼な言い方で話したり
(「これができなくては、経理部は勤まりませんよね」)、仕事の分担をしたにも
関わらず、リーダーだけが出席すればいい会議に、メンバーを8時間も拘束する
段取りの悪さ、メンバーには要求するのに自らはアウトプットが出ない、さらには
教科書からの見え見えの質問をお客さんにたくさんぶつけてばかり・・・。

知り合いばかりではなく、コンサルタント側メンバーが総スカンであり、ついに
お客さんのメンバーさえ「何とかならないの」という形勢になった。

 わたしは聞いた。「そのリーダー氏って、いつもそんな風にオレオレなの?」
 「それが案外従順で、慣れ慣れしい態度なときもあるんです」と知り合い。
 「オレオレに波がある?」
 「そうですね、波というより・・・DVなんです」

その知り合いの分析によると3つのサイクルがある。

 1.暴力の爆発期
 2.ハネムーン期
 3.緊張の蓄積期

1はバイオレンスである。机をバーン!と叩いて「なんでオレの言うことに逆らうん
だぁ!」と怒鳴る。「いい加減にしろよ!」とわめく。その爆発期は短期に終わり、
すぐに2のハネムーン期に入る。「さっきは悪かったね」とばかりに擦り寄ってきて
「手伝おうか」みたいなことを言う。そのヨソヨソしい期間は、平均して数日間続き、
やがて3の緊張の蓄積期に突入する。

蓄積期では、だんだんとイライラを募らせて、時おり手が震えることがあるが、
まだ振り下ろされない。そんな状態が続いて、ある日突然バ~ン!がやってくる。
手が震えるのではなく、机が震える。まさにドメスティック・バイオレンスだ。

   Photo ば~ん!

 「へえ!そんな・・・プロジェクト・バイオレンス!」 わたしはしばし絶句しつつも
 生来のふざけネーミングの癖は止まらない。「PVなんだ!」
 「そうです!DVじゃ家庭ですから、PVですね」とクスリ。
 「でもさ・・・そのリーダー氏って、見た目は温厚だって言ったよね?」
 「普段はナヨっとさえしているように見えるんです。それが・・・暴力沙汰で」
 「DVって、実はマッチョな男がやるんじゃなくて、温厚そうなヤツがやるって
 言うからね」

その後、しばしネーミングを再考してメールをした。

 『プロジェクト・バイオレンスを改め、LV(リーダース・バイオレンス)ってどお?』
 『ぴったりです!LV、いいと思います!』 知り合いからの返信。 
 悪ふざけがつのり、さらに追伸。『LaaSU(ラース)ってどぉ?』
 『何ですか、ラースって?』
 『Leader as a So-Utsu(躁うつ)。SaaS(サース)にひっかけたのよ』
 『ラースという語感はいいですが・・・個人的にはLaaSUよりLVを希望。LaaSU
 だと、加害者に同情的な感じなので。』      
 
          ***********************************

知り合いは苦しんでいるのである。わかるよ、その気持ち。バーン→ヨソヨソ→
イライラのサイクルにいる人がプロジェクトにいる不快感は、経験した人でなく
てはわからない。

非力なわたしには、「LV被害者の会」を組織化し、業界の類似事例を集める
‘LVヘルプデスク’をつくり、「LV対処の巻」を広く頒布するくらいしかないので
ある。とまあ、人の不幸な状態をふざけて受けとめ、笑いとばすのはひとつの
処方せんである。

というのも、ほんとうの処方せんはなかなか切れないからだ。LVにしろLaaSUに
せよ、実は「つける薬はない」。バッサリ言えばコンサルタントに不向きであるから。

          ***********************************

コンサルタントの仕事は断じてオレオレではない。オレの言うことを聞け!などと
いえるのは一握りの超一流のコンサルタントぐらい。いや超一流であればなお
さら「大きな聞く耳」を持っているものである。お客さまを五感の聴診器で察する
ことができるのが一流の証(あかし)である。だからこそ導きがうまいのだ。

自分が聴診器を持っているか、拳をもっているか。就活2009の学生も、中途の
希望者も、(わたしを含め)すでにコンサルタントである人も、常に自問自答しよう。
いつの間にか自分の手が、拳のかたちになっていないだろうか、と。

  Mug1  お茶にも聞く耳を。


今日は以上です。明日はNTT DoCoMoの季刊誌『エニウェア』でわたしが
登場する掲載ページを、PRも兼ねて掲載します。読みでのある季刊誌です。

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2007年10月 8日 (月)

プロダクトで作る自分史

世代論の本は売れない」というのは出版界の定説である。ニートやフリーターが社会問題化して注目を浴びれば、そのときは売れる。それに乗じて下層社会や格差社会について本も出すと、今度はさっぱり売れない。こういうサイクルがあるという。

たしかに、商売から見ても「世代論がどう商売につながるのか」が知りたい。世代論がたとえおもしろくても、それでどうやって自社の肥やし(商品開発)にするのか、具体論がないのでは・・・。だから本が買われない。だがほとぼりが冷めた頃に、また世代論で本を出すのも、また懲りない出版業界である。

そんな現実があるが、小学館の「日本を変えたプロダクト図典 プロダクトで作る自分史」には興味をもった。

 Rogo_01

【勝手にアドバイス Vol.253 プロダクトで作る自分史】
これは1984年生まれ、今年の新卒入社一年目の年齢を選択したときの「プロダクトでたどる自分史」である。

 Photo



やりかたはかんたん。「あなたの誕生年を選択」で誕生年を選択する。そこがスタート地点であとは時系列にプロダクト発売が列挙される。CMや出版や映画もざっとわかるのも便利。自分が生まれてから今までのプロダクトの歴史を一覧化するサイトである。

左側には誕生年の1984年にあったニュースや出来事がコンパクトに書かれ、右側は誕生年と世代名称のメモリがついている。流行歌や流行語もざっとわかり、84年の流行語は「オシン」「くれない族」、映画は「インディジョーンズ 魔宮の伝説」などがあらわれる。

【詳細な商品データーベース】
このサイトはトレンド誌『DIME』などを発行する小学館が運営しており、だから実に詳細なデータベースが裏側にある。商品データーベースのサイトをクリックすると、収録されているプロダクトの一覧が出て、ひとつを選ぶと商品説明がでる。

 Photo_2
 お世話になった塩ラーメン。

難があるとすればまだ登録商品(ブランド)に偏りがあるところ。この商品があって、どうしてあれがないの?という疑問が多い。国会図書館ではないから、あらゆるものを蒐集はできない。不偏不党で充実してほしいとは思うが収益事業となるか・・・。ですが、こんなデーターベースのサイトはマーケティング屋には感激である。がんばってください

【プロダクトの歴史の活用】
プロダクトの歴史をどのように活用できるだろうか?

まず自分のプロダクトの歴史を振り返ってみよう。自分がどんな人間なのか、振り返ることができそうだ。で、自分についてやってみました。ちなみにわたしは人から年齢を聞かれると「aboutでいいですか?と答えることにしている。下図は、そのアバウト帯が斜めに走っている。

 Photo_3

左側のタテ軸は年齢推移を、右側の黄色いタテ軸は、今の年齢を示す。ヨコ軸は西暦の年代が入る。そして世に言われる世代ごとにくくりがある。それが2本の斜めの線で仕切られた帯となる。帯の上に「あれはよかったな、そういえばあったな」と気になったプロダクトをデータベースからコピペしました。

ふ~ん。自分が何に影響を受けてきたかの歴史がわかりますね。同世代ならだいたい一緒なのだろうか?
きっと微妙に違うだろう。隣あう世代にウケたプロダクトと、自分の世代の違いを考えるのもおもしろそう。

他の世代との交流も見えてくる。たとえば新人類なら、新人類ジュニア世代の影響(自分の子供たち)も受けている。だからプロダクトの歴史がクロスするとか。年が離れた結婚をしているなら、夫婦のギャップもプロダクトでわかったりして(笑)。いろんな分析ができる図である。

この図は『顧客理解の技術』(ファーストプレス)の「世代・社会事象相関図年表」を参考につくりました。好著です。

【マーケティングへの適用】
マーケティング的には「ペルソナ・マーケティング」と言われる手法への適用ができる。それは、もっとも買って欲しいターゲット像をつくり、それにフィットする実在のお客様や被験者を見つけて、インタビューや観察を徹底的にする。その嗜好や行動をつまびらかに知ることにより、そのターゲット層への戦略をつくるというものである。

「プロダクトの自分史をつくっていただけませんか?それに基づいてディスカッションしましょう」 こんなアプローチができそうだ。

【勝手にアドバイス】
世代論だけで人間がわかるほど、人間は単純な存在ではない。まして家族構成や購買頻度、収入階層といった、いわゆるSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)マーケティングで人間はわからない。だがこの「プロダクトでたどる自分史」から感じるのは、人は世代トレンドに大きな影響を受けているということである。そして世代以外のどんな影響を受けるのか、そういう仮説を考えさせられる。

もうひとつは、「惹かれたり」「購入したり」「嫌ったり」した商品をピックアップしてもらうだけのリサーチができないか。これはとても単純だが、顧客の価値観の分析に可能性がありそう。テイストによる消費者心理のセグメント、みたいな意味である。これは引き続き考えてみたい。今日は以上です。

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2007年10月 1日 (月)

わたしの理想的なマーケティング

今日は隔週で刊行しているぷろこんエッセイからの転載です。
 ご購読はこちらからお願いします。 まぐまぐ めろんぱん


わたしの理想的なマーケティング

Eating is a multi-modal process (involving all the senses). Any comments
concerning food being just about taste are misguided. Try drinking a fine
wine from a polystyrene cup or eating a beautifully cooked piece of fish
off a paper plate with a plastic knife and fork, it is not the same. 

「食べることは全身の感覚をつかう、多様なプロセスである。味覚だけで食を
語れると思ったら大間違いだ。旨いワインでもポリスチレンカップで飲んだり、
美味なる魚料理でも紙皿とプラスティックのナイフとフォークで食べるのでは、
味は変わる」

レストラン「The Fat Duck」 シェフ ヘストン・ブルメンタール氏のHPより 

   The_fat_duck だまし絵のよう。

      ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

数ヶ月先の予約しかとれない英国の有名レストラン「The Fat Duck」のシェフ、
ブルメンタール氏は、料理は「Sensory Design(感覚デザイン)」だという。 

その一端は「iPodで海のせせらぎを聴きながら、海の幸を食べる」という奇抜な
アイデアに表れている。そのメニューをオーダーすると、海の幸を料理した
プレートと、もうひとつ、iPod shuffleを載せたプレートが運ばれてくる。テーブル
で耳にはイヤホンをいれ、両手にはナイフとフォークを持ち、海の音を聴きな
がら、海の幸を味わう。視覚、味覚、触覚、嗅覚だけでなく、聴覚を入れて
五感で食べるのである。

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 http://japanese.engadget.com/2007/04/25/ipod-shuffle-appetizer/

もうひとつ、デザートメニューの例。プレートを運ぶ前にウエイターはアロマボトル
をテーブルに置く。バラの香りがテーブルに拡がる。嗅覚がバラになじんでから、
結晶化されたバラの花びら(食べられる素材でできている)のデザートが運ばれる。
これを一枚ずつつまんで食してゆくそうだ。

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サーブの順序と逆だが、アミューズでのプレートも裏切りがあっておもしろい。
「こちらはオレンジとビーツのゼリーです」と出されるプレートには、オレンジ色の
四角いゼリーと、紫色の四角いゼリーがタテにならぶ。オレンジ色だからオレンジ
味でしょ、と思うが・・・口に入れるとオレンジ色の方がビーツで、紫色の方がオレ
ンジだという(出所 http://septlondon.exblog.jp/3077301/)。遊び心が満点。

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ブルメンタール氏にとっての食とは、ユーモアというセンスも入れた全身の感覚
味わう、多感な料理なのである。

      ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

ブルメンタール氏の事例を聞いたのは、先日聴講した日経デザインフォーラム
セミナー、ロンドン芸術大学のDesign Laboratoryを率いるプロダクトデザイナー、
ブレント・リチャーズ氏の講演だった。

レストランでありながら、口に入れるものだけでない驚きをつくる。それをリチャーズ
氏は「感覚デザイン」と表現していた。感覚をデザインする?いったいプロダクト
デザインとは、何をする仕事なのだろうか?

リチャーズ氏は他社事例や、自ら手がけた事例を並べた。bug digital radioと
という虫のようなカタチのラジオは、まったくラジオには見えない商品だ。Earth-
wareという瓦か陶器のベンチは、ベンチの概念とはまったく異なる形状だった。
Cool Experienceというケーキ屋さんのショーケースではグラスファイバーも
使った、ケーキ屋というよりブティックのような店舗づくりだった。商品と売り方に
物語をもたせた、というようなことを言われた。あとはヘストン・ブルメンタール氏
の感覚デザインの話だった。

デザイナーなのだから、商品デザインをする。それは当たり前だ。だが商品の
うわべだけを変えるのがデザインではないはず。それじゃスケッチ屋さんだ。
中身の機能や構造にもタッチしなくてはならないし、そうなると製造ラインからの
変更にも口だししなくては。いやいや、素材の見直しもあるかもしれない。

待てよ、そもそもリチャーズ氏の講演のテーマは平たい地球と丸い地球」だった。
地球が丸いということが冒険家に実証される前、地球は平たく、端っこがあった。
丸いなんていうことを信じる人は多くなかった。命知らずの冒険家がいたからこそ
真実がわかった。

リチャーズ氏は「クリエイティブ・シンキング」という言葉を挙げ、冒険家こそが
常識の枠を否定できる
、開拓者としてリスクを取って行動できる冒険こそが
デザイナーの仕事
であると言った。

      ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

かつてわたしは、同僚からこう言われたことがあった。

「(郷さんは)クリエイティブをするのか?仕組みづくりをするのか?」

その同僚の問いには答えづらかった。どちらも必要なことだが、どちらかに
限ることは違うのではないか。そんな気がしたからだ。

クリエイティブとは「発想」寄りで、商品開発や売り方の開発をするというイメージ。
マーケティング・プランナーはこちらである。一方、仕組みづくりとは「マネジメン
ト」寄りで、売り方や顧客との接点の仕組みの改善というイメージである。いわゆ
る業務改善型コンサルタントはこちらである。

「どちらもすべて請け負うことだ」。そう言いたいけれど、デザインからマーケ
ティング、そしてマネジメントまで一貫してできる天才は多くない。デザイナーの
山中俊治さんも同じ講演で、そんな人は「Appleのスティーブ・ジョブスぐらい」
と話していた。

多くの会社で「デザイン」「生産」「マーケティング」「販売」「マネジメント」は、別々
の歯車が回るかのようにバラバラである。だから一貫したプロセスを根付かせる
のはとても大切なことである
。これはわたしの仕事観に近い。

だが、一貫性だけでは、自分は何者で、マーケティングは何をサービスするのか、
クリエイティブをするのか?仕組みづくりをするのか?あるいは他のことをする
のか?という問いには真正面から答えていないような気がする。

      ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

理想的なマーケティングの話をしよう。それはシェフのブルメンタール氏がやる
ように「テーブル上の認識を変えること」なのである。

食は舌だけで味わうものではなく、トータルな体験である。iPodプレートは奇を
てらったように見えるが、お客さまの認識を変えるひとつの表現。バラの花びらも
そうだ。常識の枠を外し、経験を否定し、リスクを取ってテーブル上の認識に揺さ
ぶりをかける。ちょうど中世の海洋冒険家のように。

もうひとつは説得である。感覚デザインといいながら、感覚だけではだめである。
ブルメンタール氏は「脳が食をどう演算するのか?」という科学的なアプローチも
している。科学的に人を説得することも冒険家の仕事である。でないと冒険に援助
が得られないから。

わたしの思うありたい仕事のアプローチは次のようなものである。

 人とモノやサービスの関係を考える
 人の意識の中心を見抜く
 人の認識を変える

「テーブルの上」は「市場」や「チャネル」「商品機能」「顧客体験」「顧客行動」など
になる。「人」はお客様であるが、時に従業員でもあり経営者でもある。

「認識を変えること」を顧客視点で実施する-シンプルだが、それが理想的な
マーケティングだと思う。

今日は以上です。

  Facade_small_v1  Cherryさんのあこがれ。

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2007年9月17日 (月)

マーケティングはエコー

本日は隔週月曜日に発行している「ぷろこんエッセイ」からの転載です。

ぷろこんエッセイ /ビジネス構造改革のヒント【隔週月曜掲載】

まぐまぐ めろんぱん から発行しております。ご購読の登録をよろしく願いいたします。


マーケティングはエコー

この人のセンシティブな部分をちょっと持ち上げてこっちの方向に移行すれば
マーケットが変わる、というようなことを考えるのです。つまり商品を通じてお客様
に「あなたはこういうことがわかる人ですね」と言わなければならないのです。

深澤直人氏 Management Forum 一橋ビジネスレビュー2007AUT

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イタリア高級家電大手デロンギが、初の日本直営店かつ複合店舗の「De'Longhi's
TOKYO(デロンギーズ トーキョー)~LIFE STYLE CENTER~」を渋谷の代官山
プラザにオープンという記事があった。

デロンギと言えばオイルヒーター、エスプレッソ・マシン、オーブン、アイスクリーム
などデザインと機能に優れた家電メーカーとして知られる。

代表的な製品のひとつ、全自動エスプレッソマシンのMagnificaは、コーヒー豆から
でもパウダーからでも美味しいエスプレッソができる。濃さと量をダイヤルで選び、
ワンプッシュで同時に2杯淹れられる。カップウォーマーやミルクフロスターで泡立ち
ミルクをつくりカプチーノもお手の物という優れものである。だが価格は5.5~6万円と
決して安いものではない。

  Goodchoice_1964_4896989  1189156065_photo 

デロンギは日本でアンテナショップを設けていたが、市場機会が熟したと見たのか、
代官山という感度の高い人が集まるエリアに直営店を出した。そのお店の特徴は
「報道ではよくわからない」というものだ。これは家電店なのか、レストランなのか。

1階は本格イタリアンを提供するダイニング・レストランで、昼は2500円のデロン
ギーズ・ランチ、夜は3,800円からのディナーコースが楽しめる。ソファ席を含めて
68席あり、グランドピアノを置いたステージでは生演奏もあるという。そして2階には
テラス席のブルスケッタバール(ブルスケッタを提供するカフェ)。こちらは32席。
おまけ?のように家電ショップ、そして奥まったところにキッチン教室やイベント、
プライベートダイニングとしても使える多目的スペースがある。フルに座って100名
を飲食でもてなせるお店と家電販売が融合するショップである。

     1188621057_photo 1階。

イタリアン・ライフスタイルの中心には「飲食ありき」。これがコンセプトなのだろうか?
家電の売り方としてとても象徴的だと感じた。デロンギとはどんな会社なのか。

           *****************************************

デロンギの日本サイトのトップバナーの位置に、同社の理念が掲示されている。
ロゴには「イタリアン・リビング・イノベーション」、そして理念のいくつかの文字を
ひろってみた。

 IDEA/アイデア 常に心の奥にあり、呼び覚まされる時を待っている
 STYLE/スタイル 個性の表現、誰にも真似できない
 STRENGTH/ストレングス 技術の力は世界を変える
 AIR/エア かけがえのない空気
 TASTE/テイスト 平凡な日常を極上にする
 RESPECT/レスペクト それは人間を大切にすること
 MOVEMENT/ムーブメント かつてない未来をつくりだす

これだけでもデロンギが単純なプロダクトメーカーではないことがわかる。だが
なぜAIRなのか、なぜRESPECTなのか、これだけではわかりにくい。

LIVING INNOVATIONとうたう同社のビジネス領域はふたつある。「除湿された
清潔で爽やかな空気をご家庭にお届けする」そして「毎日の家事をシンプルに
することで、より質の高いくつろぎの時間をご提供する」である。どちらも「幸福と
健康をサポートする」のが共通コンセプトとされる。

 幸福と健康をサポートする。

言い換えれば「家電を売るのではなく」幸福と健康を「家電という商品を通じて」
提供する、ということだろう。「モノを売らずに本質を売る」 マーケティングでは
王道の切り口である。

王道ではあるが、日本企業ならカフェチェーンとタイアップしよう、料理専門家
をキャラにしよう、ぐらいが関の山だ。本格的なイタリアンレストランをメイン
コースにするまでは、なかなか踏み切れない。

           *****************************************

もうひとつの気づきがある。イタリアンテイストの家電マニアにも売っていない、
ということだ。

「あたしは欧州家電にはうるさいの」というデザインコンシャスなだけのマニアは
お呼びではない。それは一品豪華主義で、よく見るとライフスタイルのバランス
が取れていない消費者である。デザインも機能のひとつとしてだけ見ている、
そういう消費者は、デロンギでは歓迎されないのではないか。

           *****************************************

わたしが思うにはこうだ。「あなた、家電を買うんですか。有楽町やアキバや池袋
に行くのですか。それでもかまいませんが・・・あなたなら代官山のデロンギを理解
してもらえるものと思っています
」。これがデロンギのメッセージなのである。

ここにはマーケティングの重要な転換がある。

人間にはこういうタイプがいる、ああいうタイプがいる。そういタイプ分けをマーケ
ティングの世界ではセグメンテーションという。作れば売れる時代が終わり、
売れない時代から盛んになったマーケティングの金科玉条の第一条がセグメン
テーションである。お客様を何らかの軸(購買実績や商品購買タイプ、収入や
家族構成など)で区分することである。

老婆心ながら第二条はターゲティングで、自分のメインのターゲットを見定める
こと、さらに第三条はポジショニング、他社と違った商品やサービスを投下しよう
という実践である。その頭文字をとってSTPという。

だがそういう考え方は古いと一刀両断なのが冒頭に引用したプロダクト・デザイナー
深澤直人さんである。商品を通じてお客様に「あなたはこういうことがわかる人
ですね
」と言うことは、セグメンテーションという考え方とは対軸にある。

ネット時代になって人は自分が複数のペルソナ(仮面)を持っていることにます
ます気づかされてきた。家族割りをしていても通話スタイルはまるで違う。買い物
にしても家族の間で果たしてDNAがあるのか?というほど購買嗜好が違う。
あるときはみみっちく、あるときは大枚をはたく。その理由はさまざまだが、たい
がいは無意識にそうしている。

今どきの購買は、「それをわかる」から買うのである。デロンギというスタイル(空気
を奇麗にして、人の生活をたいせつにする)をわかり、またわかりたいとから買う。
もちろん、わからなければ買わない。

それは売り手視点のセグメンテーション(顧客を選別)ではなく、エコー(echo/
こだま)のようなものだと思う。「家電とレストランを一緒にするテイストを、あなた
ならわかってもらえるはずです」 それを受け取った人がこう答える。 「なるほど
ね、わかります!」 

こういうエコーのやりとりを創ることがマーケターの使命である。

         *****************************************

エコーのやりとりとは経営の構造づくりがひとつ。商品開発・売り方・供給までの
企業活動を一貫させるコンセプトづくりである。ふたつにはブランド力の構築。
Announcement(理念のPR)、Communication(やりとり)、Understanding(理解)、
そしてExperience(体験)までを一貫させるマーケティングである。

STPを忘却し、ペルソナの無意識に光をあて、その消費行動に新しい輪郭を見い
出すことが、21世紀のマーケティングのミッションである。

   Tky200709070358 カラーはイタリアンテイスト。

今日は以上です。

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2007年9月14日 (金)

顧客参加 5.リボーン エココンシャスな旅

顧客参加というテーマも最終回。「顧客参加」という切り口を、多摩大学総合研究所の松本祐一准教授と北矢行男教授の論考「5つの次元」で見てきた。それは「プロダクトアウト」「マーケットイン」「マーケットアウト」「ソーシャルイン」そしてソーシャルアウトの5つだった。売らんかな主義から、顧客の声を聴き、顧客視点で事業をパラダイムシフト、さらに社会貢献に目覚め・・・というまでが ふつうの企業の行く末である。

だが昨日(2007年9月13日)取り上げたフェリシモと、今日とりあげるリボーンは、そもそもが社会善として事業をするという企業特性がある。それが「ソーシャルアウト」という次元である。ここの次元で企業を創り、事業を創るという営みは崇高である。フェリシモに社員としてジョインしたい女性が全国にはゴマンといると言われるが、消費者は善を良く見ているものだ。

余談だが「美しい国」づくりを唱えて、実は巨額の脱税をしていたと報道されるのではソーシャルとは違う次元にいる。せめて潔く罪を認め、謝罪し、きちんと償うべきだ。国民を裏切った罪は大きい

 Photo去る決意もまた早い。
 http://newtop.s-abe.or.jp/janews/653f6a2969cb60f3300c7f8e3057304456fd300165e5672c3002300d

【お客様に相談室 顧客参加 5.リボーン エココンシャスな旅】
リボーンとは東京都新宿区にある小さな旅行企画会社である。こちらの志はとても大きい。事業理念を抜粋させていただく。

「リボーンREBORN」はエコツーリズムの理念に基づき、21世紀型の新旅行業を目指します。それは循環型社会を形成する役割を担う再生(REBORN)サポートカンパニーともいえます。(中略) 力みすぎないで自然と対峙し、自然を受け入れ、体感し、楽しさ、気持ちよさを味わうことができれば、与えてくれた環境を守っていきたくなるのも自然な流れだと思います。様々なテーマからプログラムを企画し、「エココンシャスな旅」を提供することがリボーンの使命と信じています。
引用元 http://www.earthdaymoney.org/use_dt.php?id=30

同社が言う「エコツーリズム」とは、従来の消費型旅行の延長線上にあるものではなく、その地域の「遺産」を守りながら、持続可能な旅づくりを行う支柱となる地域密着の「再生」がテーマである。そのために同社はリボーンのエコツアー5原則を掲げる。 「少人数制」「優良なガイド」「自然との共生を楽しむことで自然環境を持続的に守りたくなる企画内容」「目的に合った快適かつシンプルな施設・機関利用」そして「地域密着による運営と地域への利益還元」である。

【エココンシャスなツアー】
同社の事業上の理念は「エココンシャス」である。それはエコに寄り添い、エコを意識する、そんな意味だろうか。

リボーンが具体化するエコツアーはまず「エココンシャスな旅」として位置付けています。人々が旅に求めるのはそれぞれの欲求の達成であり、それなくしてストイックな環境保護思想を強要するのは一時的には守れても、継続的、自発的には広がっていくものではありません。
引用元 同上

せっかく旅行に行くのだから、食べたいとか呑みたい、体験したいとか汗を流したい、お土産を買いたい・・・。そういう自然な欲求がある。そういう旅ニーズとエコ理解を両立しませんか、というものである。ではリボーンのエコツアーの事例はどんなものなのだろうか。

  Bus_000 Bus2 こっちはエコバス。   

同社のHP上では「カーボンニュートラルエコツアー北海道(終了)」が載っている。要はガソリン車で移動するのではエコツアーでないではないか。そんな素朴な疑問から始まったのが「てんぷら油バス」のようだ。てんぷら油で走るエコバスを貸し出して、「環境教育」「森づくり1泊2日」「よさこいまつり6泊7日」「都内環境学習」「里山づくり」「オーガニックファーム訪問」などに用いるのである。エコバスであってネコバスぢゃない(余計でした♪)。

  20061230035827 こっちはネコバス。
  ※本文とはあまり関係がありません。

他にも「ドングリ学習」「MOTTAINAI校外学習」など学校とのネットワークツアーもあれば、環境保全型スポーツイベント「北海道森林マラソン・トレイルフェスティバル」「富士山クリーンコンサート」など大規模プロデュースもある。

【こんな事業を誰がやっているのか】
リボーンの起業者は壱岐健一郎さん。近畿日本ツーリストで22年間にわたり企画、営業、添乗員、さらにイベント企画まで手がけ、あのクラブツーリズムにも従事されたという。そのご経歴を見ると、旅行を単なる旅に終わらせず、体験型+環境貢献型のものにするため起業されたようだ。

 Ph01  壱岐さん。

壱岐氏ははインタビューで「エコツーリズム・ネットワーク」というフレーズを口にされている。これは現地の環境系のNPOや行政機関や団体、さらには地域のオジィとかオバァと協力をすることだそうだ。そうすることで、ガイドが案内するだけのツアーからもっと踏み込んだ地域密着のエコツアーができるという。

【エコツアーリポート】
たとえばどのようなエコツアーがあるのか。次の事例は「生け花と自然と国際交流」がテーマのようだ。

 Ikebana13 Ikebana5  
 桑原専慶流生け花グループNZ旅行

3~4人のいけばなの仲間が集まって 海外での交流は出来ないかなと話が発展して始まったのがこのツアー。一昨年の秋、倉敷市の国際交流課に受け入れを問い合わせてもらったところ、2ヵ月後、クライストチャーチ市の生け花団体が受け入れをしてくださるとの回答をうけとる。
写真と文章引用元 http://www.reborn-japan.com/reporthtml/taiken_01.html

生け花からエコへ、という流れは意外性があるが原点は地域間交流、人間交流である。「花を楽しむことと、この地の豊かさと、寛容な人々と共にいられたこと。 今、私達は一杯幸せをもらいました」とリポートにはある。 

【エコツアーサイクル】
こうしてみると、壱岐氏は「エコツアープロデューサー」である。そのプロデュースに顧客が参加する。参加した顧客がこういうエコツアーがほんとうのエコ旅行だと目覚める。そして次は、天ぷらバスのようなツアープロデュースに参画する。

つまりエコ旅行パッケージを作るだけでなく、エコが人を呼び、旅となり、それが地域を活性化させ、エコに配慮した地域振興になる・・・そういう循環型エコツアーサイクルを作っているのである。参加する旅行者は、ツアー客ではあるが、エコツアーサイクルの一環として活動する参加者でもあるのだ。そうした活動の環がひろがり、エコツアーのあり方がもっと地域や自然に共生した姿に変わっていく。

「参加することに意義がある」という揶揄があるが、ここでは正真正銘、参加する人が主役なのである。それをプロデュースされるリボーンという会社は、まさに21世紀型の企業である。

【余談:ありたい社員旅行】
もしもわたしが社員旅行を企画するなら、絶対にエコツアーにする。たいてい社員旅行はハメを外しても外さなくても、どこかに残るグレーなしきたりや上下関係や民族の違いがあって、つらいからだ。つらくない人もいるかも知れないがわたしはつらい。

だが誰もが企業市民という一線で参加するエコツアーなら、その参加行為がエコや地域貢献に通じるなら、いいかなと思う。ふつうの工場見学をしても、エコを考えるきっかけにはならない。工場をエコにするために必死にとりくんでいる姿を学ぶなら別だし、荒廃した自然や汚された環境を見せるなら、ひとりでも社員をエココンシャスにするきっかけになるのではないか。それなら社員旅行もまた社会への貢献となる。

今週もお読みいただき、ほんとうにありがとうございました。いよいよ次週アタマには個人的な「ある記録」が達成されようとしています。とりあえずそこまで頑張ります。

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2007年9月13日 (木)

顧客参加 4.フェリシモ 手作りのぬいぐるみで笑顔

顧客参加というテーマの4回目はフェリシモである。マーケティング巧者のフェリシモであるが、今日取り上げるのは同社が11年目を迎える「ハッピートイズプロジェクト」。これは家庭に恵まれない子どもや難病に蝕まれた子どもたちに手作りのぬいぐるみを贈るプロジェクトである。毎年クリスマスの時期に実施されている。

   Toys_logo  P1000685   

【お客様に相談室 顧客参加 4.フェリシモ 手作りのぬいぐるみで笑顔】
製作スタッフの手により、これまでに誕生したハッピートイズはおよそ2万体。日本をはじめ、ミャンマー、ネパール、シリア、ホンジュラス、ベトナム、タジキスタンなど、寄贈先は25ヵ国にものぼります。(中略)遠く日本から届いた贈りものに、きらきら目を輝かせていました。ハッピートイズプロジェクトは今年で11年目。これからもひとりでも多くのこどもたちにかわいい笑顔を届けていきたいと思っています。
引用元 http://www.felissimo.co.jp/couturier/v5/cfm/products_detail001.cfm?GCD=397647

 001_254 2006年のクリスマス風景
 http://mari.cocolog-nifty.com/mari/2006/12/post_e3ed.html

注目したいのは、フェリシモの通販のお客様がこれを作っているのだが、彼ら(ほとんどが女性だろう)は「製作スタッフ」と呼ばれることだ。お客様とは呼ばれないのである。なぜなら、ぬいぐるみの型紙やキットは有料であり、購入した上で製作し、フェリシモに送る。送料を含めて寄附するのはすべて自主的な取り組みであるから、「お客様」ではなく、製作スタッフと呼ばれる。

  Top_hdr_03   Imgdisp_seisaku_kit  セット内容
  
「ぬいぐるみ製作スタッフ大募集!」と銘打たれたセットには、今年(2007年)のキャラ「元気なねずみくん」の型紙、材料セット、できあがり見本写真、エントリーシート、シリアル番号入りタグなどがセットになって入っている。「材料となるパッチワーク布の色柄の組み合わせはフェリシモにおまかせください」という記述がフェリシモらしい。

【継続はフェリシモならでは】
掲載されている製作スタッフの声を聞いてみよう。

このプロジェクトに参加して早6年目! 今年も早速申し込みました。 と、申し込みついでにHP観てたら、2006年のフォト日記に吊るされた私のネコちゃんが載ってるじゃないですか!! 毎回出来には満足いかないものなんですが、きちんと飾られ、写真に収まるとすごく立派なものに見えてしまうから不思議。。(熊本県の方)
引用元 http://www.felissimo-happytoys-blog.com/2007/index.html

このぬいぐるみ製作プロジェクトにおいて、フェリシモは製作スタッフの気持ちの代弁者にすぎない。フェリシモは地球のどこかで役に立つという希望をかなえる題材を用意しているにすぎない。なぜなら単なる募金ではなく、何時間も何日もかけて製作した手作りの愛を贈る主役は、ひとりひとりの製作スタッフだからだ。

だが普通の企業が、こういうプロジェクトをやったとして、11年間も長続きするだろうか?毎年(延べ)2000人もの参加があるだろうか?わたしはフェリシモならでは、というものを感じてしまう。

 Imgdisp  P1000690

【2つのキーワード】
――「ハッピートイズプロジェクト」を始めたきっかけは何ですか?
フェリシモという会社は、創業当時から「お客様と一緒に何かを作り上げる」ということに取り組んできた会社です。
http://www.ekokoro.jp/world/interview/c001_fellisimo/

  Photo  上野友紀さん。

クリック募金を展開しているイーココロ!での誌上インタビューで、フェリシモ経営企画部の上野友紀さんはこう答えている。「お客様と一緒に何かを作る」ことが創業の志の会社と。この中では「一緒に」がキーワードだと思う。

――やはり、毎年続けていくことは大変ですよね。企業としてこうした社会貢献活動を行う上で、大切なことは何でしょうか?
企業の社会貢献活動は、継続して行うことに意味があると思っています。そのために、事業活動そのものが社会に意味を持つようにすることが一番大事だと思います。例えば、会社の売上の中からこれだけを社会のために使って・・・、なんて考えていたら、売上が少なくなった時に社会のために何も出来なくなってしまいますよね。

もうひとつのキーワードは「事業活動そのものが社会に意味をもつ」である。

【ソーシャルインとソーシャルアウトを分かつもの】
たいていのコーズ・リレイテッドマーケティング(Cause Related marketing/企業のビジネスを経由して、商品やサービスの一部の売上を慈善団体に寄付する)の主役は、あくまで企業である。同じく、一般的なCSR(Corporate Social Responsibility)は「良き企業市民になろう」という活動であり、企業活動をできるだけ善にしようという取り組みである。

つまりその出発点は「企業活動≠良き企業市民」となる。CO2の削減、ゼロエミッション、環境を汚染しない技術への転化・・・言い方は悪いが、元々は悪の活動を罪滅ぼししよう、イーブンにしようというものだ。Star Warsのダースベイダーのように暗黒の世界に身を投じながらも、最後には改心して悪の皇帝を倒す。石油会社、化学会社、自動車会社、製造業一般・・・こうした業種のCSR活動は、どうあがいてもソーシャルインの次元である。

  Starwarspostercardc10229200 なつかしのダースベイダー。

一方フェリシモは違う。そもそもの企業理念は「事業活動そのものが社会に役に立ち、それを顧客参加で一緒にやろう」というものなのである。これはすでに企業活動=社会貢献」というソーシャルアウト次元である。悪をイーブンにしようというスタンスと根本的に違う。そもそもの存在が善をなそう、だからである。

【顧客参加のフォース】
企業は事業理念づくりの段階で徳が決まる、そんなことを考えさせられた。企業組織において、そもそものDNAが支配する重さはどのくらないなのか。企業理念ないし文化を変えるフォース=パラダイムシフトはどこから出るのか。

パラダイムシフトは永遠の課題でもあるが、わたしは顧客参加プロジェクトを媒介にして変えていく、というフォースがありうると思う。今日は以上です。

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2007年9月12日 (水)

顧客参加 3.ワコール お尻への愛のむち

またしても妙なサイトからのトラックバックがたくさん来そうなタイトルを付けてしまったが、内容は今回のテーマにそって「顧客参加」なので心配しないでほしい。わたしは叩くのも叩かれるのも好きではない。これだけはしっかり書いておきたい。テーマはお尻にムチを打つわけではなく、お尻を美しくするためのマーケティングである。

 Wss ワコール・スタイルサイエンス

【お客様に相談室 顧客参加 3.ワコール お尻への愛のむち】
ようこそ、ワコール「スタイルサイエンス」サイトへ。「トレーニングボトム」を毎日はいて歩いて、一緒にキレイになりましょう。
引用元 http://www.style-science.jp/

このサイトはワコールが「ヒップウォーカー」「スタイルアップパンツ」「おなかウォーカー」などトレーニングボトムと呼ぶスタイル矯正のボトムインナー商品を広告・宣伝・拡販するだけでなく、「持続的に利用を促進する」サイトなのである。そのサイトのトップのスローガンが「一緒にキレイになりましょう」なのである。

 Photo  TOPページ

【スタスタ部】
ワコールのトレーニングボトム「スタイルサイエンス」シリーズは、2005年6月の第1号製品を発売していらい累計450万枚を販売している大ヒット商品である。商品に自信のあるワコールは、使ってもらえれば良さがわかる、さらに継続してもらえば効果が出るという思いから、スタスタ部と呼ぶスタイルサイエンス公式サイトをたてた。

購入者を「スタスタ部」と呼ぶウェブサイトを使った利用促進活動に勧誘。30日間着用し続けるよう励まし、着用後の効果を告白してもらっているのだ。「部活」という体裁を採ったのは、シェイプアップに気軽に取り組んでもらい、購入者同士で和気あいあいと励まし合ってもらいたいからである。
引用元 http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070320/121415/

ダイエット食品にしろエクササイズにしろ自転車乗りにしろ、効果を出すには継続である。継続されなければ効果も出ないし再購入につながらない。身体関連商品をつくるメーカーにはここが生命線である。スタイルサイエンスの場合、最低でも週5日着用し、1日6千歩を達成してもらわなければならないという。そこで顧客コミュニケーション推進室長の大藪さんは専用サイトをつくり販促を実施することにした。飽きさせないコンテンツにするため「部活」という切り口を考え、入部してトレーニングに励もう!ということで「スタスタ部」をつくった。

 Photo_2  大藪範子室長

【愛すべきナマケ者たち】
部員登録をして、毎日歩いた歩数や体重、体脂肪を入力。2日さぼるとメールが飛んできて「愛ムチスト」が怒るという仕掛けなっている。そのムチストのメールはパターンがいくつもあるらしい。「ぶたれたい?」というのはないだろうけれど、美への道はけわしい。

  Gdc595_lst  Eq0822_lst  Gdc591_lst 最近は男性用もある。 

スタスタサイトは累計450万枚販売を記念してサイトをリニューアル強化した。そのポイントは次の通り。

愛のムチプログラム:「1度卒業しちゃったけど、またチャレンジしたい」、「リタイア or タイムオーバーしちゃったけど、今度こそ1ヶ月はき続けたい!」 という声に応えて、もう一度チャレンジボタンでリセット、再挑戦ができる。
・読み物コンテンツ:「キレイを学ぼう」「上流下着のつどい」などの読み物
・携帯版:携帯でも登録だけでなく商品購入も可能である。

プログラム達成者数は累計8,768人(2007年9月12日現在)、登録者数は1万数千名とみられるから、恐らく6割ぐらいの達成率だろうか。達成者の言葉をみると「夏の暑さにまけてついついビールに手が・・・」「はいているのが、普通で、はいていないと気持ち悪い気がする」「太らなくなったし、周りから背筋がピンとしていてかっこいいって言ってもらったり」と上々である。

  02 達成者の声。

【成功体験を売る仕組み】
このスタスタ部というワコールの顧客コミュニケーションをまとめてみよう。

 ◆ 商品を買って終わりでなく、買ってからが始まり
 ◆ 部活という一緒にがんばろう!という雰囲気づくり
 ◆ 歩いた歩数や体重、体脂肪の記録は個人日記になります
 ◆ がんばりの情報交換をすれば、部員限定のSNSとして機能する

個人的にがっかりするのは、きゅっと引き締まったお尻にパンツスーツで颯爽と歩くお姉さんが、あんがいガニ股で歩いているのを見るときである。それはさておき参加者の意識を仮説(想像)した。

 ● ひとりでがんばるのはつらい、だが知人と一緒にがんばるのは恥ずかしい
 ● ネット上でハンドルネーム登録なら、匿名性が確保されるので・・・やってみるか
 ● 卒部者のコメントを読むと・・・メーカーに良いことばかりでないから信用できそう
 ● わたしの履いている製品、歩き方・・・これで効果がでるのかしら?

部活だから疑問には部長が答えてくれる。顧客と製造元という関係ではなく、部長と部員という関係なのだから。ワコールの顧客参加の考え方はここに凝縮されている。それは商品を売りこむのではなく、美しい下半身という成功体験をいっしょにつくろうという仕組みである。顧客を主体的に参加させるために、商品の本質的な価値をアフターセールスで強化した、見事なマーケットアウト事例。今日は以上です。

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2007年9月11日 (火)

顧客参加 2.東京ガールズコレクション 消費者をバイヤーに

顧客参加」というテーマで書き出した今日は第2回目である。昨日書いた順序を変えて、今日は「東京ガールズコレクション」というイベントをケースにしつつ、顧客参加を考えたい。

【お客様に相談室 顧客参加 2.東京ガールズコレクション 消費者をバイヤーに】
このイベントは参加型ファッションイベントの草分けと言われる。

これまでは、プレタポルテのように、マスコミ関係者や評論家といった業界関係者だけを招待するものが主流だった。参加型ファッションイベントが誕生するきっかけとなったのが“リアルクローズ”であり、火付け役が「東京ガールズコレクション(TGC)」である。
引用元 http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/news/070308_kyuseisyu/

    01   02    

従来ファッションショーといえば、著名デザイナーのコレクションや新人デザイナーさんたちの登竜門という位置づけが普通であった。先端的なファッションに身を包んだスーパーモデルが、ランウェイをキャットウォークで歩く姿態を表現し、ため息をそそる。デザインは(時にそのままの商品もあるが)そのままでは街を歩けない芸術作品も多く、価格も先端的である。出席者はマスコミや業界関係者の玄人ばかり。これが普通だった。

【リアルクローズ/Real Clothesという親近感】
だが東京ガールズコレクションに代表される「参加型ファッションイベント」はそれとはまったく違うコンセプトで運営される。女性誌や女性向けウェブサイトが運営母体になって、一般の消費者が参加を申し込み(チケット購入や抽選)、「リアルクローズ/Real Clothes」、つまり普段着をテーマにしたファッションイベントなのである。

「東京ガールズコレクション」は消費者参加型ショーと呼ばれ、携帯電話やPCサイトのファッション通販運営会社ゼイヴェルがコンセプトを立案し、コーディネイト&運営をしている。2005年8月からスタートして、2007年9月2日に開催された秋冬コレクションですでに5回目を数え、今では新聞・テレビ・雑誌が先を争って報道する大人気イベント。

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すでにフランスと北京でもこのイベントを開催をしており、リアルクローズのコンセプトと日本人女性のファッションセンスの良さは世界にも浸透しつつある。文化的な発信役としてもこのイベントの価値は高い。

【人気の秘密はリアルクローズ/Real Close(接近)】
その人気の理由は何だろうか?

一般消費者が参加できるイベントであり、それがリアルクローズ/普段着であること以外に、まず規模の大きさがある。多数の人気モデルをそろえ、初回から代々木第一体育館というスケールで開催、4回目は横浜アリーナ、そして5回目はさいたまスーパーアリーナとステップアップしてきた。全長45mのランウェイ大型スクリーンなど、まさにコンサート会場のように一大イベントである(実際にコンサートもある)。そして複数の雑誌・ブランド・所属事務所を串刺しにしてモデルとブランドを揃えるプロデュース力が凄い。

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 ゼイヴェルの永谷亜矢子チーフプロデューサーのご苦労で実現しているそうだ。
  写真 http://www.sankei.co.jp/seikatsu/trend/070508/trd070508002.htm

大きな特徴は、「その場で携帯で購入できる」という点。今まさにランウェイを歩いているモデルの、着る洋服やアクセサリーを、その場で携帯でサイトにアクセスして購入できる。これは会場にいる人だけの特典ではない。数千名を集客するイベントなので、ランウェイから離れた人は大型スクリーンを見ることになるが、そのスクリーン情報をネット上で動画情報で流している(タイムラグはある)。だから自宅にいてもイベントにバーチャル参加し、ECサイトにアクセスが可能なのである。

またモデルは一流揃いとはいえ、人間離れしたプロポーションをもつ外国人スーパーモデルではない。わたしだってあのくらいなら・・・(と手がとどくわ、とうそぶける=失礼)日本人モデルが主体だ。その彼女たち自身が、自分のワードローブからコーディネイトした洋服も多いという。いわば「リアルクローズ(Real Close) 」な急接近なのである。モデルさんの洋服に接近できるし、プライスも接近価格(数千円から数万円)。イベントに参加して気持ちが高揚している中だから、ついついお財布(オサイフ携帯ですね)も開きがちである。実にうまい顧客参加と購買促進なのである。

【ちょいと哲学的ですが・・・】
顧客参加の視点からポイントをまとめたい。
 
 ◆ ファッションショーに一般消費者が参加できるという意外性
 ◆ プライベートイベントのように選民イベントではなく誰でも参加できる
 ◆ ファッションを通じてモデルと同化できるイリュージョン効果
 ◆ その場でぐっときたものをすぐに買える「買い時と売り時」の一致
 ◆ 参加者がメールやSNSやブログを通じて情報シェアし、口コミが拡大する

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麗しき長谷川潤さん。

長谷川潤さん のように美しいモデルにうっとりするだけでなく、TGCから学べる顧客参加はまことに意義深い。参加者の意識を仮説(想像)した。

 ● 一般的なセグメンテーション(年齢、職業、可処分所得・・・)は一切関係ない。
 ● 彼女たち(参加者)は、自分たちで自分たちをセグメンテーションして楽しむ。
 ● そのセグメントの根底にあるのは(過剰とも思える)自己への美意識である。
 ● 彼女らの自分と他人を分けるセグメント基準は「モデル」「ブランド」「コーディネイト」である。
 ● ショーに多様な選択肢があるように見えて、実はモデルの真似がメインである。
 ● ファッションのプロが「これがいいのよ」というレコメンデーションに従っている。

こうして見るとTGCの顧客参加の秘訣が見えてくる。それは「あなたはこれを着れば美しくなる」という押し売り提案販売ではなく、「あなたは、このモデルやブランドやコーディネイトがわかる人ですね」というメッセージををひたすら訴えているのだ。このことは実は21世紀初頭マーケティングの最も重要な秘訣なのである。このスタンスの違いを、いずれきちんと説明したい。今日は以上です。

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2007年9月10日 (月)

顧客参加 1.顧客参加をめぐる企業の五次元

この勝手にアドバイスからのoneテーマを連続して考える「お客様に相談室」、今週のテーマは「顧客参加」である。

【お客様に相談室 顧客参加 1.顧客参加をめぐる企業の五次元】
顧客参加とは何だろうか?

いわゆるオーダー/注文はもっとも古くからある顧客参加である。採寸をして、型を決めて、自分だけ仕様のモノを作ってもらう。セミオーダーのBTO(Build to order)、構成部品やソフトウェアを選択して自分仕様をつくるのもそうだ。いわゆる消費者リサーチはもちろん、最近流行のターゲット・リサーチ(ひとりないし少数の顧客ターゲットを決め、その対象者をつぶさに調べる)は顧客を商品開発に参加してもらうことである。購入後にインターネット上で商品評価するのや、ブログでコメントするのも、もちろん顧客参加。お客さま相談室を設けるのも参加を促す手段である。

このようにさまざまな顧客参加のかたちがあるのは、企業のビジネスモデルがそれぞれ違うからである。オーダー主体の企業と既製品主体の企業ではもちろん違う。リサーチが必要な商品とそうでない商品では違う。クレームの取り方も違う。

それはわかるが、顧客参加が上手な企業と下手な企業があるのはなぜだろうか。同じ業種でも、顧客参加に積極的な会社と消極的な会社があるのはなぜだろうか。この疑問がわたしの出発点になった。

【企業の五次元】
その疑問を解いてくれるコンセプトは「企業活動は五次元ある」というものであった。

多摩大学総合研究所の松本祐一准教授と北矢行男教授の論考「企業進化の5つの次元」によると、「企業を環境に働きかけて新たな価値を創出する社会にとって有用な装置・システム」として五次元に表している。「プロダクトアウト」「マーケットイン」「マーケットアウト」「ソーシャルイン」「ソーシャルアウト」がそれらである。両氏の論考をベースに、わたしなりに図解したのが図01である。

 01
 企業五次元01

第1次元の「プロダクトアウト」は「より安く、よりたくさん売る」会社である。高度成長期の会社というイメージであるが、ときに過大なノルマに突き動かされる事業のあり方である。

第2次元は、市場が成熟化し、競合が激化して、前ほど売れなくなったという認識をして、お客様の声を聴こうという会社への変貌である。それをお客様の中に入るという意味で「イン」と表現する。

第3次元は顧客になりかわって、顧客の立場・目線から商品やビジネスを考えるという段階。お客様視点の会社になるためには、パラダイムシフト(松本氏は「ときには痛みを伴う構造的な変革」と表現する)が必要であり、顧客視点で会社をガラリと変えるメッセージが「アウト」である。

第4次元からは「社会(ソーシャル)」がキーワードになる。企業が社会の一員となって行動する次元になり、法律や規則、慣習を守るのは当たり前で、社会的な責任遂行がやがて企業の持続的な発展や成長につながる。

第5次元はそれをさらに一歩進めて、本業すなわち社会貢献という企業である。「はじめから社会の立場に立って発想し、社会のために企業活動を展開する」企業である。

こうした企業の態度を五次元別に、「大量販売」「いかに顧客を知るか」「パラダイムシフト」「企業の社会貢献」「社会企業」というキーワードでまとめたのが図02である。

 02
 企業五次元02

だがあらゆる企業がこの順序で成長すべし、というものではないと思う。企業の成り立ちや歴史、業種や業態によっては次元を越えられないケースもある。できる限り高い次元を目指そう・・・が基本である。尚、わたしは両氏の論考を参照しているので、詳細は企業進化の5つの次元を参照されたい。この論考はとても参考になりました。

【顧客参加の企業五次元説】
さらにこの図を顧客参加のレベルを付したのが図03である。顧客の参加度を入れるとこの図が生きてくる。

 03
  企業五次元03

 プロダクトアウト:顧客参加なし
 マーケットイン:顧客の声を聴く
 マーケットアウト:顧客の主体的な参画
 ソーシャルイン:顧客と共に社会貢献
 ソーシャルアウト:企業の存在=社会貢献

最近では「お客様に聞くな」「お客様は知らない」という意見もある。「お客様の意見を聞きすぎたせいで商品開発に失敗した」。これらはいささか乱暴な話である。プロダクトアウトの次元なのではないだろうか。

マーケットインとアウトではどうか。商品開発には2つのアプローチがある。それはトレンドの風を読むか、事業の壁(常識の壁、プロダクトデザインの壁、売り方の壁など)を壊すか、そのどちらかである。どちらにせよ、ヒントは常に、お客様がお尻をむずむずさせているところにある。むずがゆいのを、観察するか、聞き取るか、想像するか、そのいずれかをどれだけきちんとできるかが、マーケットインとマーケットアウトを分かつという見方もできる。

そしてソーシャルの段階で顧客と企業の関係をどうとらえるかが、これからの地球企業のテーマでもある。あらゆる企業はソーシャルインを目指せると思うし、心ある多くの企業はそうしている。だがソーシャルアウトは、その企業の成り立ちで決まってしまう面が多い。だがいつの時点からでも覚醒はできる。

【今週の構成】
本日は多摩大学総合研究所の松本祐一准教授 、北矢行男教授両名の論考をもとに企業の5つの次元を書いた。繰り返しですが、この論考はたいへん素晴らしい。明日以降、マーケットイン&アウト、ソーシャル・インとアウト事例をみながら、顧客参加というテーマを考えたい。

 1.顧客参加をめぐる企業の五次元 (本日)
 2.ワコール お尻への愛のむち (11日)
 3.東京ガールズコレクション 消費者をバイヤーに (12日)
 4.フェリシモ 手作りのぬいぐるみで笑顔 (13日)
 5.リボーン エココンシャスな旅 (14日)

  ****************************************

最後に、このブログのスタンスを書かせてください。

今日のテーマにある「マーケットアウト」をクライアントと一緒に目指すのがわたし自身の職業ミッションだと思っています。よりよい「マーケットアウト」をするために、このブログでは「Aha!」と思うビジネス、事例、論考、人間を取り上げると同時に、わたしは日々勉強をさせていただき、日々考えています。取り上げる企業や人々の活動がもっと世の中に知られたらいいのに、という思いもあります。マーケティングという技法で(とてもささやかですが)社会へ貢献するのがこのブログの趣旨です。

ですから個人業績以外のPRは、所属企業についてもしておりません。当然ですがアフィリエイトや広告等もしていません。引用させていただく(主な)メディア、事業、画像、論考等の扱いは、出典を記しております。それらが後連絡が多くてすみませんが、掲載の御了承をお願いしております。今後、きちんと取材の上、書かせていただくこともありますが、そうでない場合も(「勝手に」お願いですが)わたしのマーケティングへの想いをご理解いただき、ご協力いただければ幸いです。

今日は以上です。

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2007年8月20日 (月)

真のナポリピッツァ方式

今日は隔週でお届けしているぷろこんエッセイからの転載です。
 ご購読頂ける方はこちらから まぐまぐ  めろんぱん

真のナポリピッツァ方式

真のナポリピッツァ協会という団体がある。団体といっても業界団体という
より、伝統的なナポリ製法による正真正銘のナポリピッツァを出す店を認定
する協会である。1984年にイタリアのナポリでAssociazione Verace Pizza
Napoletanaが結成された。Veraceの形容詞Veraciはオリジナル、亜流では
ないという意味である。

ピッツァ職人家系に生まれ、ピッツァ作り一筋のAntonio Paceさん(現会長)が
代々ピッツァ職人の家系に育った職人や、ナポリで有名なピッツェリア関係者
20名とともに1984年7月に創立した。ねらいはナポリピッツァの伝統技術を再
評価し、その伝統が世代交代で変化していくことを防ぐ。そしてナポリピッツァ
について緻密な基準づくりをし、厳しくそれを守る。

Antonio Paceさんはこう語る。「誰と戦うためにやってるわけじゃない。伝統の
技を伝承したいだけだ。だけれど宅配ピッツァや冷凍ピッツァといったインス
タントなピッツァには反対だね。あれはVeraciでも何でもない」

戦争は下手だが料理は得意というイタリア人魂というべきだろうか。最初は
20名10軒程度のグループが今ではアメリカ、カナダ、英国、オーストリア、
スペイン、ドイツ、ギリシャなど世界11ヶ国、約160店舗にまで拡がり、日本
では23店舗(2007年8月現在)が登録している。

    Logbianco 協会のlogo

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

真のナポリピッツァ協会加入の条件は厳しい。主なもので6か条がある。

①生地に使用する材料は、小麦粉、水、酵母、塩の4つのみ
②生地は手だけを使って延ばす

ピッツァのレシピの秘訣は生地とその延ばしにある。10~12時間を要して
膨らませ、棒を使わず手で延ばし、コルニチョーネ(Cornicione 額縁)を
作る。額縁が具やモッツァレラチーズ、トマトソースの流出を食い止める。

③窯の床面にて直焼きする
④窯の燃料は薪もしくは木くずとする

専用の窯を持ち、ガスも電気も使ってはならない。薪か木くず(樫やオリーブ
の木)を使わねばならない。温度調節の技術をもたねばならない。

⑤仕上がりはふっくらとして、「額縁」がある
⑥上にのせる材料にもこだわる

コルニチョーネがでこぼこしてところどころに焦げ目がつくのが良いとされる。
ピッツァを焼くときに上からふりかけるだけが許されるオイルは、オリーブオイ
ル。トマトはサンマルツァーノ種、バジリコの葉をのせる。これで赤(トマト)、
白(生地)、緑(バジリコ)の色づかいが完成する。

協会加入条件は設備、材料、製法、焼き方、さらに商品化にまで細かく及ぶ。
真のナポリピッツァ協会に加入できるお店になるには、まず「必要条件」を満た
すことだ。それは店舗投資すれば何とかなる。だがまだ「十分条件」がある。
ナポリピッツァの伝統を伝承をするという意志、ピッツァの味を継続させるには
仕入れ・調理・給仕までの運営、そしてたゆまない技術教育が必要となる。
これは実に高いハードルである。

 Tky200706040209  Sign
 日本支部          加入店のひとつ

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

2007年も半分以上過ぎたが、2007年問題が解決しているわけではない。

それは技術やノウハウの伝承、いわゆるナレッジマネジメントの問題である。
2007年以降、団塊世代が定年退職し、その知恵が流出してしまうという懸念が
それある。すでに手を打ったと胸を張る企業もあれば、何の対策も取らずに
いる企業もある。2000年頃からいくつかのプロジェクトでナレッジ関連の案件
に首を突っ込んだわたしのナレッジ伝承に関する率直な感想は、「かなり
ハードルが高い
」というものである。

教え手となるベテラン世代の説明力やコーチ力の不足だけでなく、彼らは
プレイヤ兼中間管理職として教える時間が捻出できない。さらに教わる側の
問題が大きい。バブルの頃の採用肥大時代の社員は「上昇志向」という意志
が決定的に不足しているし、2000年前後のリストラを経て、「教える相手」、
すなわち中堅社員が極端に減った。今どきは好況で採用肥大である。
社員構成は極端な「ひょうたん型」になり、ベテランは去り、教え手は細り、
教わり手はアマチュアである。だからナレッジもモラルも伝承せず、不祥事
や技術劣化が収まらない。

現場は途方に暮れている。そこでヒントになるのが、ナレッジの伝承には
「真のナポリピッツァ方式」が効く、である。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

真のナポリピッツァでは設備、材料、製法、焼き方、運営という条件、そして
協会が厳密に認定する仕組みがある。伝統を守るプロセス、手順が明確である。
それは会員が守りたいものが明確であり、それがお客さまが美味しいと認める
やり方であると信じているからである。

真のナポリピッツァ方式は事業のナレッジにもあてはめることができる。

 窯設備 → オフィスや現場設備
 生地材料 → データ
 生地製法 → ノウハウ
 火加減 → マネジメント
 運営 → 仕入れ、営業、販売

ナレッジの蓄積・伝承・活用の活動は、なぜ下火になるのだろうか?

その理由の大きなものは部門最適の活動に陥り、顧客視点が欠けるから
である。伝承すべきナレッジが、「美味しさ」言い換えればお客さま視点で
首尾一貫していない。

技術は技術、販売は販売、管理は管理というようにバラバラな情報共有
しても、伝承すべき全体像も目的も見えない。起点が売り手視点に過ぎる
ので、いつしかボロが出る。下火になる。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

守り伝承すべきは、お客さまの喜ぶ商品づくりの一貫したプロセスである。

理想的なナレッジ共有手法は、部門でもなければ業務プロセスでもない、
同質の目標をもつ部門横断の小集団をつくり、その中で実施すべきもの
である。なぜなら設備から仕入れ、材料加工、製法、そしてお客さままで
首尾一貫するものが、企業のナレッジすなわちコアコンピタンスだからだ。

「全社でナレッジ共有をしよう」。それは正論だが、異業種や新技術の出現
により、競争条件がうつろいやすい現代では通用しない。むしろ小集団を
増殖させて、時代の変化に合わせて、合併や分裂させる。そうすれば、
変化に強い事業体がつくられる。

当初、真のナポリピッツァ協会に集まったナポリピッツァ職人たちは、高級店
もあればテイクアウトもある異質な人々だった。だが異質な人の集団でも
同質の目標(伝統あるナポリピッツァの伝承)で結束した。伝承すべき技術
を持つ者だけに絞り、さらに上を目指すために各店舗は独自のレシピで
競争する。このぐらい排他的でなければ、ナレッジの伝承なぞできないと
腹をくくるべきだろう。

   Tky200706040198 トリコロール。

        @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

下火になりがちな情報共有を活性化させるヒントも、ナポリピッツァ方式に
ある。それは「食べる側も伝統を守る」。

良いチーズは額縁の中で泳ぐ」ので「熱々で泳ぐうちに食べる」。ゆえに
ピッツァは「シェアせずに」「脇目もふらず真剣に食べる」。それがNeapolitan
(ナポリ人)の信条である。

冷えたナレッジは食べられない。Veraciな(真の)ナレッジを伝承し、マナー
を守って活用することを忘れてはならない。

参考&引用元 http://www.pizzanapoletana.org/
同 http://www.asahi.com/komimi/TKY200706040310.html
同 http://www.partenope.jp/vera_pizza/vera_pizza.htm
同 http://www.nisshin.com/life/italian/pizza/

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2007年8月 6日 (月)

経営改革の正の循環

今日は隔週で寄稿している「ぷろこんエッセイ」からの転載です。
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      まぐまぐ
      メロンパン

     ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

経営改革の正の循環

出版した本を贈呈するため、先日久しぶりに元クライアントにお邪魔した。
このクライアントとは、全社課題の整理と中計策定を通じて、協働する機会が
あった。プロジェクトを通じて多くの汗と感動の涙、そして流血(マネジメント
の整理、という意味である)のドラマがあり、わたし個人としても最も印象深い
プロジェクトになった。

前期は業績が回復したこともあり、全社員・全パートに至るまで決算賞与が
支給されたのは嬉しかったが、今期も好調を持続しているのは、マネジメント
の正常化を図り、一人ひとりの社員の意識が覚醒し、自信が回復したからで
ある。

お邪魔した時に、財務部長から営業企画部長へ、また関連事業部長から
人事部長へと、要職へそれぞれ着任された、元プロジェクトメンバーのお二人
が楽しげに話されていたのは、パートさんの研修エピソードだった。

従来、当社ではなかなかパートさんまでは研修が手が回らず、入社時の
実務研修以外は何もやれていなかった。だがパートさんも社員も、現場では
同じ仕事をしており、お客さまはパート/社員の区別をしているわけではない。
それで、マネジメント側に社員とパートを区別する「雇い主目線」があったの
ではないか、という反省が起点になった。

そこで、入社後一定期間を経た時点で、パートさんにも社員と同じ研修を
実施することにした。初めて参加したパートさんには、なぜ今頃研修?面倒
だね・・・という気持ちもあっただろう。研修時にはあまり発言もなく、研修講師
(くだんの人事部長)も「手応えあったのかな?」と不安に思った。

だが心は動いていた。研修を受けたパートさんの受講後のアンケートには、
「これまでなぜパートには研修がないのでしょうと思っていました」「社員は
社員、パートはパート、だと思っていました」などという記述に混じって、こんな
表現のものもあった。

「これまで店舗の所属という意識でしたが、当社の一員でもあると思いました」

当社ではパート雇用は各店舗にまかされており、パート=店舗の人なので
ある。だから末端のパートは、遠い本社を意識したことがなかった。会社の
理念や方針を語られても遠い向こうの話だった。商品政策を伝えられても、
もちろん中期計画目標の数値割り当てを見ても、他人事だった。

ところが集合研修という、ごくありきたりな行事が、意識の変化のきっかけと
なった。ありきたりだが、それは今までなかった。これまで赤字に苦しんで
いた本社からは、無いことが見えなかった。ありきたりだったが、パート一人
ひとりが大事にされているというメッセージが、意識を変える素になった。

ここまでくるのに、実に3年かかっている。

     ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

企業の栄枯盛衰のライフサイクルは、創業、成長、成熟、衰退で語られる
ことが多い。事業曲線はいわゆるクジラ曲線で、尾っぽから胴体、アタマに
かけてだんだんせり上がっていくが、いつしかアタマから海に転落する。

これは事実だが、社員や経営者の意識はどうだろうか?

「企業は人なり」は正しいが、人心と成長クジラ曲線は実は一致していない。
人心はむしろ「逆クジラ曲線」をたどる。創業から成長にかけて、一心不乱に
私心無く仕事をし、協働の喜びを分かち合う。だが事業が成功し美酒に酔う
頃には、社員も多くなり、創業理念は薄れている。停滞、疲弊、そして無関心
へと、意識=マインドが一気に下降する。

このズレが企業の成長をアタマ打ちにするばかりか、不祥事の原因となる。

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二つの曲線のズレをなるべくなくすことが、経営改革の要諦である。パート
さんまで改革を浸透させた当社でもそうだったが、そこまでの道のりは
おおむね三段階がある。

 ・経営改革プロジェクト(きっかけ)
 ・マネジメント改革(変革の実作業、流血)
 ・現場の意識変革(浸透)

このように意識改革が遅行してしまうことが、改革プロジェクトの弱点でもある。
二頭のクジラは、仲良く並んで泳ぐことができないのだろうか?

     ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

この度出版した本がかたちになるまでに、いくつかのキーワードがあった。
そのひとつが「機能コンサルタントから経営コンサルタントへ」である。

機能コンサルタントとは個別の部門(財務、生産、人事など)から仕事を受託
して、個別の機能をよくするための支援をするものだ。人事制度作り、統制
ワークフローづくり、原価把握のシステム化、マーケティングがらみで言えば、
顧客名簿の名寄せや情報化ツールの導入などである。見渡せば、機能
コンサルティング案件が実に多いことに気づかされる。

「機能コンサルではホントの改革なんてできないよ」 共著者の一人の言葉で
ある。部分の仕事を受託してそれが全体を調和させていけるだろうか?
部分の改革が先にあって、企業や事業全体の調和が図れるだろうか?

お客さまが起点にあり、ニーズを満たす商品やサービスがあり、その顧客
との接点づくり(売り方)、その接点の維持(サプライチェーン構築)までを
一貫して構想・実施することが「経営コンサルティング」である。

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制度の改善といった外堀を埋めるイントロ(さわり)では、機能の改善レベル
である。もう一段上の構造改革レベルでインプリ(実行)を支援する必要が
ある。そしてM&Aが日常化する今日では「事業価値を上げる支援」こそが
求められる。それはインベスト(投資)まで関わるプロデューサー志向で
ある。

これが一頭目のクジラのアタマを水上に上げさせる支援のかたちである。
さらに二頭目のクジラ曲線の「尻尾」を跳ね上げさせるのは、人間的な裏方
の作業であるが、これこそ改革に欠かせない要素である。

従来のやり方では、構造改革を先に進め、コアメンバーの意識を上げること
を優先し、一般社員にはさしあたり何とか我慢をしてもらって、経営改革の
本気度を徐々に知らしめる努力をするしかなない。一人ひとりの意識覚醒
をいかにするか、コーチングという意識変革が注目される由縁である。

     ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

くだんのパート研修話にはおまけがある。

当社には従業員研修担当者がいる。彼女はこれまで社員研修やパートの
入社時の実務研修の業務をそつなくこなしていた。そんな折りに、営業企画
部長から「パートさんにも従業員研修をすべし」という提案が降ってきた。
彼女は自分がこれまでやってきた仕事を否定されたように感じて、いたく
ショックを受けた。まじめにやってきたのに・・・と落ち込んだ。

彼女ののなだめ役は人事部長が努めた。曰わく・・・

「君の仕事はなんだろうか。社員研修をすること、じゃないよね。社員やパート
のマインドを上げて、お客さまの満足を高めて、それが売上につながるのが
仕事だよね。そこに気づいてもらいたかったんだ」

経営改革とは、企業がこういう正の循環に立ちもどることなのである。

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2007年8月 3日 (金)

わかりやすさが命 5.わかりやすさを統合する

わかりやすさについて考えてきた今週のテーマも、今日で終わり。どのくらいわかりやすかっただろうか?と思うとちょいと不安が残る。そこで今日は、ちゃんと今週の主張も一望化もしたい。

さて、誰にも何年経っても忘れがたい、誰かに言われたずどんと響く言葉があるだろう。わたしにもある。そのひとつが、今をときめく編集者のU氏(出す本がことごとく再版するので「再版のU」と自称している)から、言われたフレーズはそのひとつである。

 「文章をわかりやすくするには、郷、詩を書いたらいいんじゃないか」

そう言われたのは学生時代、空想的な拙文を書いていた頃だ。若く熱い気持ちが自意識過剰さとなって、書いていることが抽象的になってしまう。そういうわたしの文章作法を、彼は婉曲に、だがズバリと指摘した。ムダをこそげ取って、伝えたいことを研ぎ澄ませるには、詩を書くのがいいのではないか。それが彼のアドバイスだった。

詩とは、それが自由詩であろうと形式詩であろうと、簡潔な、凝縮された言葉で作られる。日本の形式詩では、わずか17語に花鳥諷詠(高浜虚子の唱道した季題を詠う意味)を実践するのである。自らの心象を自然に託して簡潔に詠うという圧縮思考が、内容拡散・意味不明瞭なわたしの文章の矯正にぴったりであると、彼は思ったのだろう。

拡散には気をつけているつもりだが、三つ子の魂百までの喩え通り、依然としてあるな、つい書きすぎているなと思う。反面教師としての教訓は、「できるだけ少なく書く」。それが古今伝わるわかりやすさの教えである。

 20313toudai051 20313toudai041 
 霧いかに深くとも嵐 強くとも(高浜虚子)
 http://www.geocities.jp/kamosuzu/toudai.html

【勝手にアドバイス旬ネタ わかりやすさが命 5.わかりやすさを統合する】
世の中の商品やサービスを見渡すと、その説明や広告宣伝、お客さまと企業の接点(いわゆるコーポレイト・アイデンティティ)を、何とかわかりやすくしよう、わかりやすく伝えたいというもので溢れかえっている。そこには、理解されればされるほど購買につながる、という仮説がすっくと、産業界を貫いているからである。

だが必ずしもわかりやすい=売れる、ではないところが売ることの難しさである。

昨日も触れた我がコンサル業などはその代表例であり、ベールに包まれているからこそ発注するという言い方をする人もいる。だが我々は(傷つきながらも頑張った引田天功のような)イリュージョニストではないので、それは説明責任を果たしていないのではないか?と思うべきなのである。わたしは実績、費用、すすめ方、成功パターン、経営改革が紙で終わらないやり方まで、誠意を持って伝えつつ、長らくお付き合いできる関係を築きたいと思っている。

  Kfullnormal20070730071_m  事故後のプリンセス天功

だが言い方を変えれば、あまりわかりやすくしてはお客さまの実行を誘えない。それは人にモノを教える職業に共通している要素だ。「先生わかった、じゃ次なに?」となっては思考停止である。考えさせて感づかせてやる気にさせるのが、コンサルタントの役割であり、学校の先生の役割でもあり、管理職の役割である。

だからこそ表現やコミュニケーションのわかりやすさの根幹には、相手へのやさしさ、相手のレベルを慮る親切心があるはずなのだ。

【わかりにくくすることも、わかってもらいたい術の内】
だがわざとわかりにくくする例もある。わざとわかりにくくする映画の宣伝がひとつ。公開前に興味を山のように築き期待をあおるやり方である。あるいはジャングル陳列で有名になったドンキホーテ。お目当ての商品を探すことや思いがけない出会いを演出している。

これらはマーケティング術の一種で「探したい」「翻弄されたい」「騙されたい」をあおる形になっているが、実は売り手の「わかりにくさの演出」という意図自体は、ちゃんとわかってもらいたいという期待がある。タネ明かしはしないが、わかりにくさゲームに参加してよ!それがルール。われわれは容易にのせられるが、それもゲームの内なのだ。

【わかりやすさの命のまとめ】
さて今週の「わかりやすさが命か?」を振り返ろう。

 Photo

まずジャパネットたかたの事例を引いて、高田社長の凄さがゴリゴリの顧客視点にあることを紹介した。彼は商品の売り手でありながら、作り手/売り手視点をフラットにして、使われ方や使われるシーンを徹底的に語って売りに売った。この図にあるように、デジタルテレビの機能ではなく、大画面テレビの楽しみ方を語ったのである。

そして次にわかりやすさについて、3つの事例を引いて「図解化」、「たとえ」、そして「体験」の大切さを述べた。事例はNHK、野村證券、ソニーとあえて大企業を挙げたのは、大企業だって顧客視点にいかに立つか、実は苦心していることを伝えたかったからだ。大企業は広告費が桁違いだからできるんだよ、と言うなかれ。広告会社は「どのようにわかりやすくしたいのか」、売り手の思いを具体化するだけなのである。苦労のレベルは一線である。

たとえば「高いよ、買うなよ」で有名になった雪国もやしだって、当初は広告費が厚いとは言えなかったはずだ。伝えたいことをいかに広告企業にわかりやすく伝えられるかも大切なのである。
http://www.maitake.co.jp/05special/cm_hanawa.html

そして抗えない事実、わかりやすさシンドローム深刻である。だがこれは、一人のマーケターには手に余る国体事項であり、さまざまな識者に打開策を立ててもらいたい。若い世代の言語能力を垣間見ると、非常に悲観的になる。

2つのリモコンの法則は実に強力なメソッドである。簡潔な結論と具体的な詳論の組み合わせを、いかに作り込めるか。ウェブサイトとリアル販売、あるいはその逆など、業種/商品特性により、二段構えを使いこなす必要がある。

そして花鳥諷詠の教えにあるように、出来る限り説明は短くしたい。17音で結論が述べられればベストであるが、あまりに舌足らずでは心許ない。このバランスをどうとれるか。それがわかりやすさとわかりにくさの分岐点なのである。エコロジーを考えれば、なるべく少なく、小さくが必要である。

最後に、わかりやすさを追求し続ける根底にあるのは、お客さまの理解への執念である。執念とは親切心である。親切心が薄れたとき顧客視点は崩れてゆき、売り手視点が幅を利かせる。そうなるとき従業員の心も離れる。根底には執念があることを記して、終わりとしたい。

今週は以上です。お読み頂きどうもありがとうございました。

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2007年8月 2日 (木)

わかりやすさが命 4.情報格差を乗り越えるには

わかりやすさについて考えるテーマは今日で4回目である。目次の入れ替えもあったので今週のテーマの一覧を再掲する。

***********************************************
 1.わかりやすくないと売れないのか? 7月30日
 2.わかりやすさ事例 7月31日
  3.わかりやすさシンドローム 8月1日
 4.情報格差を乗り越えるには 本日/8月2日
 5.入口では興味を、出口でわかりやすさを交差させよう。
***********************************************

さて、灯台もと暗しで、ではわたしのやっている仕事(コンサルティング)は果たしてわかりやすいか?というと必ずしもそうではない。当社の先代の社長も話していたが、戦友とも言うべき社長仲間から「お前のところの会社って、何やっているかよくわからん」と言われたという。

わかりにくさにはいろいろな理由がある。まず世の中にさまざまなタイプのコンサルタントが乱立している。その中で当社のコンサルティングとは何か?を絶えず発信する必要がある。

また、わたしの所属会社は会計系が強いと言われているが、会計のコンサルティングが何なのか、一般的な理解があるとは言えない。わたしの領域のマーケティングのコンサルティングでも、クリエイトするのかマネジメントするのか、あいまいなところがある(その答えはプロデューサーである)。さらにコンサルタントとコーチとカウンセラーはどう違うのか?という議論もある(これはエッセイで考えたい)。

だが、わかりにくいからと言って説明を放棄することはいけない

コンサルティングには、経営を再構想する創造力(クライアントとの協働)、熱意を引き出すコーチング力、そして継続支援(カネや人材リソース)を統合的にサービスできるネットワークがあることが理想である。以上、日常では青臭い議論とカルシウムが不足気味なので、少し書かせていただきました。本題へ。

【勝手にアドバイス旬ネタ わかりやすさが命 4.情報格差を乗り越えるには】
誰にとってわかりやすいのが、わかりやすさなのだろうか?

デザインの世界にはユニバーサルデザインという考え方がある。それは「できるだけ多くの人に利用可能なデザイン」である。どんな人にも公平に、使い方の理解がしやすく、そのために必要な情報がそろっていて、うっかりでも安全なことなどが、ユニバーサルデザインの7原則として挙げられる。

対応する商品も、牛乳パックやペットボトルなど日用食品容器から洋服、自動車やバス、住宅設備など多岐に渡っている。

 Tsukubus_ctjunkan Point02_img 
 ノンステップバス          ゆびスポットボトル

デザインの世界にくらべて、商品説明分野ではユニバーサルという考え方がまだ油級しているとは言いにくい。わかりやすさの7原則、みたいなものを聞いたことはない。

【わかりやすくすることで非効率になる】
だが、平均的な人のわかりやすさレベルとは何だろうか?

 頭脳が8レベルの人へのわかりやすさ
 頭脳が2レベルの人へのわかりやすさ

現実にはこういうことがありうる。お喋りする相手によって、使う単語を選び、表現の仕方を変えているのは誰にもある。8レベルの人には高度に、2レベルの人には噛んで含めて、なのだ。

業務生産性から考えると、頭脳レベル8の人と頭脳レベル2の人のアウトプットは、ならせば5である。だが、そのとき業務内容の伝えかた・理解までが含まれた生産性と考えたらどうなるだろうか?

わかりやすい2レベルの人用の(8の人には何をかいわんやという内容の)業務記述書を作る。2にはちょうどいいが、8レベルの人には6はムダである。時間もコストも6はムダになる。逆に6レベルの人用に合わせれば2の人からはわからないという不満が出る。その場で不満が出なければ、後になって手戻りや不具合が発生するだけである。

どちらに合わせるかはバイケースだが、わかりやすさを追求する上で、平均を取るのは間違いだ。かえって効率は低下することを覚えておこう。

【誰にもわかりやすくすると、とても危険なこともある】 
もうひとつ例を挙げよう。再来年には裁判員制度が導入される。一般市民が裁判員として参加する制度である。一般には法律用語がわかりにくいので、わかりやすくする検討を始めた。次の記事では、「実況見分調書」ではわかにくいので「見取り図」にしてはどうか、という言い換えが検討されていることを批判をしている。

 「実況見分調書」というものが、どのような情報を含むべき資料であり、それによって証明できること、証明できない(してはならない)ことは何か、といった基本を知らない人がいたとして、用語を「見取り図」と言い換えると「わかりやすく」なるだろうか。 むしろ新たな危険を生じるだろう。それは、彼(彼女)が個人的に持っている「見取り図」のイメージが彼(彼女)の頭の中に構成されるだけであって、「実況見分調書」の内容そのものはまったく伝わっていないからである。
http://www.news.janjan.jp/living/0511/0511104968/1.php

実況見分調書のポイントは「証明できることとできないことの範囲」を知っておくこととだそうだ。それを「一般市民」に合わせて「見取り図」と言いきってしまうと、どんな事態が想定されるだろうか?見取り図=公平な事実と捉えられないだろうか?とても危険である。

「実況見分調書」の事例はこちら。
http://www.independence.co.jp/police/hodogaya/jeep/index.html

【ではどうすればいいか】
ひとつの解は、仕方がない・・・両方に対応しよう!というものである。東芝のHDD内蔵DVDレコーダーRD-W300は、シンプルリモコンとフル機能リモコンの2つを搭載している。

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簡単な操作しかしない(できない)人には、よく使う機能(録画と再生)の操作ボタンを絞ったシンプルリモコンを、フルに活用する人にはフル機能のリモコンを装備した。これを冗長というか、ムダというか・・・。だが見回してみれば、「簡単/クィックスタート」と「フルバージョン」を両方揃えているものは多い。パソコン、携帯電話、デジタルオーディオ・・・など、複雑な機能を持つものは、2つの取り扱い説明書を持っている。

つまり2段階にすることは、初心者と上級者、双方の情報格差是正の強力なツールなのである。だがその二段階も、使い方を誤ると糾弾されることもある。

【2段階説明でも危険な場合】
生命保険のセールスがまさにそれである。生保レディに巧みに誘導され、わかりやすい支払いと保障条件図を見て、ハンコを押したけれど、後で分厚い資料が送られてくるだけ。こむつかしい資料を読む人は少ない。だから不払いなどの問題が指摘された。最初は人がわかりやすい説明で、契約後で資料をお読みくださいというのは金融業にありがちである。これは、とても危険な二段階説明なのである。

むしろウェブサイトでわかりやすく説明してもらい、実際の意志決定に際して、セールスから詳細な説明してもらう方が、よほど好感度が高いと思うのだが・・・。明日はわかりやすさの構造化を考えて締めたい。今日は以上です。

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2007年8月 1日 (水)

わかりやすさが命 3.わかりやすさシンドローム

わかりやすさが命ではあるが、わかりやすさがアダになることもある。わかりやすさをテーマにした3回目は、わかりやすくし過ぎて抽象化思考が停止しないか?という疑問がテーマである。

先般共著上梓した本でたいへんだったのはタイトルと副題であった。何十も案を出したが、なかなかひとつにまとまらなかった。たいていの人がタイトル、副題、目次の3点セットで本を購入する。中身はぱらぱらめくり程度で買う。だからタイトルや副題に心血が注がれる。

ベストセラーの『さおだけ屋はなぜ潰れないか? 』を例にとると、このキャッチーなタイトルには次の要素が含まれている。
 
 さおだけ屋 (レトロで、誰もがたけや~♪さおだけ~♪のアナウンスを思う=共通体験)
 は (助詞です)
 なぜ潰れないか? (今どき誰がさおだけを買うのだろう?=共通する不可解さ)

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この本、よく見ると副題がある。「身近な疑問から始める会計学」がそれである。

身近な」は共通体験すなわち「さおだけ屋」にかかっている。「疑問」は共通不可解、すなわち「なぜ潰れないか」という疑問詞にかかっている。これらを抱擁しているのが「会計学」という確立された学問の安心感である。

『さおだけ屋はなぜ潰れないか?』というタイトルだけでは、おお、それはなぜなんだろう?という余韻を残して終わってしまうところだ。それを「タイトルはみんなの身近な疑問でしょう?という共感を求め、それを「会計学」という領域からちゃんと説明しますと、学術的にくるんでいるのだ。巧妙である。

このタイトルと副題のセット感こそ、ベストセラーとなった核心の理由と言ってもいいだろう。

【勝手にアドバイス旬ネタ わかりやすさが命 3.わかりやすさシンドローム】
ベストセラーづくりにケチを付ける気は毛頭ないし、売れないと無価値ではある。だが近頃は目次やタイトルだけで読んだ気にさせる本ばかりになってきた。

わかりやすさを追求することは間違っていない。だがサルでもわかる本、30分でわかる本でほんとうにわかるだろうか?本に限らず、わたしたちの抽象化思考は、どんどん減退していないだろうか?その現象を「わかりやすさシンドローム」と呼んでみたい。

【教室で】
ある進学校の先生が「わかりやすさ」で思考停止という一文を書いている。

 授業でも、とにかく「わかりやすく」が求められる。研究授業でも、プリントの説明
 一つにしても、参考書の選び方でも、とにかく「わかりやすい」ことを重視する。
 当たり前だ。先生の仕事だろ。わかりやすければ、生徒の理解の「量」が増え、
 学力がつくのだから、これは疑う余地のない良いことである、と考えるのが普通だ。

 引用元 http://blog.goo.ne.jp/kkhrpen/e/970a3d0ae1a09a4180e7d1ec3689e900

筆者の先生はこう書きつつ、子どもたちの物事を理解するアプローチに疑問を投げかけている。しっかり咀嚼をするというよりも、「わかった!」と感じることを目的化しているのではないか。「わかる」とは対象によってはかなり複雑なこともあるのに、簡単に「わかった!」を説明されないと、「じゃいい」となってしまう。

 Photo  イメージPHOTO。

「なぜ学校でピアスをしてはいけないか」と説明をしても、「はいはい、わかりました、とりゃいいんでしょ」とくる。考えることが面倒だから、「ひと言で言って!」「言えないの?」・・・わかってなくてもそこおしまい、これでは思考停止である。

自分の子どもを見れば、話を聞くだけでもいいなと思うが(笑)、わかりやすさで思考停止というのは、塾の勉強で、どうやって勉強するかのメソドロジーを求める姿にも共通している。独学や自習はもはや死滅したのだろうか?自分なりにノートで構造化をするのが勉強だったはずだ。

学問とはほんらい具体的事項を抽象化する思考力を育むものである。それが「もっとわかるように説明してよ!」と具体的な話だけして「わかった」で終わり・・・では、学問する意味はない。

【ウェブサイトで】
東大の小宮山宏学長は「グーグルは知に非ず」と断じている。
 
 グーグルは知の構造化とは異なるものなのです。関連する情報をリンクで
 まとめる というのは統合化とは言えないからです。「どこのレストランがうまいか」
 という情報なら、検索すればいくらでも出てきます。でも、「太陽電池の将来は
 どうなるか」と いう知的関心の答えまでは導き出せません。

 日経ビジネス 2007年3月5日号

 2_1 小宮山学長。

小宮山学長の言う知の構造化とは、情報の寄せ集めではなく、数多の情報から法則を見出し、抽象化するということである。ネットで数多のレストランの情報を集めると旨いレストランはわかる。だがなぜそこが旨いか、心地良いかを体験を通じて考えることこそ、味覚体験の統合であり構造化である。

見回してみると、たしかに器用に情報を集めることに長ける人は増えている。それで大概の大学の宿題は終わるからだ。ネットで簡単に解ける知識系の問題を出す方も出す方である。自分で格闘して考えた一文が生みだされないのは、教える方にも教わる方にも不幸である。

だが読者よ、気をつけてほしい。わたしはこう書いている。東大の学長が嘆くのだから、事態は深刻なのである・・・と。これは一事が万事の「わかりやすい結論」を引き出しているようでヤバいのではないだろうか?凡百の学長の言葉を挙げず、一人の東大の学長の言葉を挙げているのだから。これもまた「わかりやすさシンドローム」と言わずなんだろうか?

【お客さまにも】
具体が欲しいんだよ、具体が」。こういう口癖の方がクライアントにいた。「具体」とは何か?事例や実例なのだろうと推察はしたが、どうもその「グタイ」という単語が引っかかってしまって、かえってグタイが出てこないで難儀した。

セミナー講演でも営業活動でもそうだが、わたしたちコンサルタントは、常にグタイ=事例を求められる。そのことを否定するものではないが、そこでハタと気づくのは、たいていの人の思考経路は次のステップであることだ。

 具体 → 具体 →具体 ・・・ 結論

これを帰納法的思考と言うことはできない。なぜなら抽象化思考を飛ばした具体論は、まさに思考停止であるからだ。「この場合はどうか?」「いやこういう場合はどうか?」「ぢゃダメだな・・・」大方の会議はこういう話し合いに終始しているから結論も創造性も出ない。具体の山を築いて終わりである。

【わかりやすくするための抽象化思考のすすめ】
抽象化思考=すなわち問題や課題の構造化の労を惜しむと、顧客ニーズの根っこに触れずに商品化する羽目に陥る。どこか切れ味のない商品になる。

さおだけ屋の本は会計学への誘いである。あれだけ読んで「わかった!」と言われても会計学も著者も困るのである。柔らかい部分だけでなく、堅い部分もあるのは当たり前である。つまり、わかりやすさ自体を構造化することが必要、ということだ。それを考えてみよう。今日は以上です。

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2007年7月31日 (火)

わかりやすさが命 2.わかりやすさ事例

今日は「わかりやすさが命」というテーマで書き出した第2回目である。昨日(2007年7月30日)はジャパネットたかたの事例から、大多数の「わかりやすさを求める」お客様が知りたいのは、商品の機能よりも、どう使えるのか」に尽きるということを書いた。

「どう使えるのか」を言い換えると、「使い方」であり「使い方のやさしさ」「使い方のメリット」である。それが買い手の何を変えるのか、具体的に言えることがわかりやすさである。

今日は予定していた「わかりやすさで抽象化思考が停止する」を繰り下げて、3回目のテーマ「事例」を先にしたい。なぜなら事例、そしてその批判、こういう順序の方がわかりやすいからだ。

【勝手にアドバイス旬ネタ わかりやすさが命 2.わかりやすさ事例】
まず事例その1選挙ウェブサイト。7月29日に選挙へGO!したわたしは、自分の清き1票と大衆の票の行方をつぶさに追うため、テレビではなくインターネットで、高みからならぬ網の上からの見物をした。

参院選挙は任期更新時期が2度に分かれること、比例と選挙区が分かれること、いくつもの数字のボーダーラインがあることなどにより複雑である。テレビならばコメンテーターや評論家が随時説明・補足するのでハハンとなるが、ネットはまだおしゃべりを聴くメディアの段階にまだない。だから、ひたすらサイトのつくりがわかりやすさを決するのである。

【結論を言えばNHKの圧勝】
ネットで選挙はNHKのサイトのわかりやすさが圧勝だった。画面コピーを見てほしい。

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一番上はテロップが流れる。自民丹羽総務会長の「大変厳しい状況・・・」。その下には与党VS野党を赤対青に区分して、非改選議席を塗りつぶし、人形が議席、塗りつぶしは当確、真ん中の線が過半数を示している。青の人形が刻々と増えていくさまが今回の選挙だったが、この図だけでNHKのサイトは満点と言える。

 03bynhk_1 過半数を超えた瞬間。

その下には選挙区と比例代表のタブがあり、それぞれ候補者と当確/落選状況が動的に開く。右上のサイドバーは「対決1人区」で赤勝て、青勝て。ここでも青の勝ちだった。NHKのウェブサイトのわかりやすさとは、争点(改選議席の取り合い)を図解し、しかも動的に動向を一刻一刻見せることであった。

他の新聞系サイト、ポータル系サイトもおおむねチェックしたが、NHKの出来の良さに比べれば、やる気があるのか?とさえ思った。他のサイトは選挙情報を「ニュース」としてしかとらえていなかった。対してNHKは投票数という「事実」にフォーカスして、それをいかにダイナミックに見せるかに腐心していた。

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 毎日新聞            読売新聞            MSN 

【株主探偵というキャッチコピーのわかりやすさ】
事例その2野村證券の「株主探偵」である。株主・・・探偵・・・?それ何?という興味の引き方がうまい。株券の電子化とは、2009年1月から、これまで流通していた上場会社株券を廃止し、帳簿上で電子的に管理・権利確定をする仕組みに移行するものである。しかし株券が自宅のタンスにあるか、証券会社の金庫にあるかさえわからない株主も多いだろう。そこで株券さがしに探偵が必要というわけである。

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ウェブサイト(CMも)では断崖絶壁の「株主探偵」のテーマから始まり、株主探偵こと名取裕子さんが登場。188億株もの電子化対応株券が眠っていることを指摘する。そして「あなたも株主かもしれない!」「だから名取裕子は株主探偵として立ち上がったの」という流れとなる。

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 あなたも株主かもしれない!

【興味と奥行きのあること】
このあとウェブサイトには「株券の電子化」に関する説明と「自分が株主かどうか(どうすればわかるか)」のリードがあって、親切なつくりになっているし、わかりやすい。

 05_5  ウンチクサイトもちゃんとある。

対象ターゲットは(間違いなくわたしなぞではなく)団塊世代以降の金融資産を持つ富裕層である。いくつになっても美しい名取さんという起用もハマっているし、金融機関のウェブサイトとしては珍しいほど顧客視点がある。興味(探偵)を引いて、奥行き(どうすればいいのかという情報)がある

わたしなら野村證券の各店舗に「株主探偵」を配置して、「株券の尾行追跡調査、承ります!」というPOPをつくるのだが、実際はどうだろうか?CMやウェブなど広告から店頭まで一貫性があるかどうかも、わかりやすさの訴求ポイントになる。

【ロクロでPCのオーナーメイド体験】
3つ目にSony「Vaio オーナーメイド」ウェブサイト。ウェブ上で陶器をバーチャルに作ることで、Vaioならではのオーナーメイド体験を紹介するという趣旨である。

キャッチコピーとして『毎日使うものを自分で作る あなただけのこだわりをカタチにする喜び』が表れ、ロクロでオーナーメイド(60秒で感じるオーナーメイド体験)が始まる。
ウェブサイト http://www.vaio.sony.co.jp/Products/Concept/Vision/index.html?product=VOM

 01_33 02_23 

最初に「形をつくる」でロクロで回っている粘土をマウスで変形させる。これがなかなか難しいがおもしろい。

 03_11 04_4
 カラーパレットが見える。           そして焼く。

彩色し、そして窯焼きを経て、自分だけの一品を作れる(ウェブ上に投稿可能)。これまでのPCのオーダーメイドと言えば、メモリーやバッテリー、ドライブ、ソフトウェアなどの機能の取捨選択であった。だがVaioのオーナーメイド体験とはそれとは違います、「自分の道具を自分で作る」というメッセージです、Sonyは感性が機能に優先するということを伝えたいようだ。メッセージをわかってもらうために、消費者にわざわざ手を動かしてもらうこと、体験させることがポイントなのではないだろうか。

【まとめ】
3つの事例を挙げた。NHKの選挙サイトは「争点を図解し、動向を一刻一刻見せる」、野村證券の「株主探偵」は「興味(探偵)を引いて、奥行き(どうすればいいのかという情報)」、そしてVaioはウェブ上で手を動かしてもらうことで「オーダーメイドという体験」メッセージを伝えようとしている。

この3つの事例から、わかりやすさのためには、抽象化(図解化)、たとえ(探偵)、体験/事例(ロクロ)がカギであることがわかった。今日は以上です。

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2007年7月30日 (月)

わかりやすさが命 1.わかりやすくないと売れないのか?

唐突だが、安部政権が就任時に打ちだした「美しい国」というスローガン、わかりやすかっただろうか?

「美しい国」という言葉の敷居そのものは低かった。美しい日本、いいよねぇ。そうだよねぇ、誰にも否定はできないからだ。内閣官房「美しい国づくり」推進室が「美しい日本の粋(すい)」というテーマで募集した「あなたが思う、日本の“らしさ”“ならでは”とは、何ですか?」を問うアンケートには2000件以上の応募があった。美しい日本とは、誰もが何らかのイメージを持てる言葉だからだ。

誰もがイメージできるだけあって、官房のアンケートには、自然(美しい山河、森、四季折々、清流・・・)、気質(思いやり、礼儀、おかげさま、調和・・・)、生活様式(お辞儀、正座、向こう三軒両隣・・・)、伝統(漫画、童謡、折り紙、和食・・・)など多くの言葉が寄せられた。
出典 http://www.kantei.go.jp/be-nippon/archive/release_0530.pdf

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ところがそれらを読んでも、部分の和=全体になるかというと、必ずしもそうではない。民衆の美しい国を表す総和には、どこまでいってもならないのである。ある人には自然が、ある人には伝統が、ある人には気質が美しい国=日本なのだ。それらは遠近法で見る鉄道の線路のように、先に行けば線路は一本になりそうなのに、実はどこまで行っても平行を保つ二本線なのである。

 1_9 線路は続くよ、平行に・・・。

つまり、わかりやすさ、とっつきやすさがアダになって、ひとつの理解に結晶することがなかった言葉、それが「美しい国」であった。みんなスタートラインには立てるのだが、美しい国への鴨居をくぐると、そこには何もなかった。まるで安部政権そのものだった(と過去形で書くのも何ですが)。

優れたキャッチコピーは、わかりやすいだけではなく、奥行きがあり、どこかで理解が交差するものだ。見て、読んで、聞いて・・・ほうなるほどと、すっと入ってきて・・・もう一度読みこむとハハン・・・なるほどと。優れたコピーには読み手を一致させる力がある。並かそれ以下のキャッチコピーとは、読み手を分散・分断させるのである。

では、どうしたらわかりやすい商品説明、サービス説明ができるのであろうか?

そう考えたのが今週1週間の旬ネタのテーマ、「わかりやすさ」の由縁である。マーケティングな切り口からわかりやすいとはどういうことか?逆にわかりにくいのはどんなことで、それはどうしてか?事例を入れつつ考えたい。テーマの構成予定は次の通り。

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 1.わかりやすくないと売れないのか?【本日】
 2.わかりやすさで抽象化思考が停止する。
 3.わかりやすい商品、価格、広告事例
 4.情報格差を乗り越えるには
 5.入口では興味を、出口でわかりやすさを交差させよう。
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【勝手にアドバイス旬ネタ わかりやすさが命 1.わかりやすくないと売れないのか?】

「なんか、わかりにくいなぁ」
「もっとわかりやすくしてほしいよね~」
「私らには難しくて・・・」

お客さまのこうしたつぶやきは、ナイフのように売り手を切り裂く。

小売業で言えば「店舗レイアウト」「陳列や商品説明」「商品交換やアフターサービス」「使用中の商品のFAQ、コールセンターのヘルプ」・・・わかりやすいか、わかりにくいかだけ」で評価が下される。引いては不祥事の場合のあやまりかたさえ、わかりやすいかが問われる。頭の垂れかたと言い訳がわかりにくくすれば、生命保険の不払い事件にあるように、その意図を見透かされ、さらに糾弾される。

わかりやすくないと売れないのか。答えは(おおむね)Yesである。

だからわたしたちは、商売のあらゆる局面で「わかりやすいかどうか」という強迫観念にとらわれる。わかりにくいという言葉に敏感である。わかりにくい!と怒声が飛んでくることを恐れている。かく言うわたしもセミナー講師として、プロジェクトのセッションや報告会での説明役として、その厳しい目線に晒されている。プレゼン資料、図解や言葉、構成や物語力、ジェスチャや表情。考えているつもりである。

わかりやすさは命、それはわかるが・・・どうしたらわかりやすくができるのだろうか?

【わかりやすさのチャンピオン=ジャパネットたかた】
何と言ってもわたしはジャパネットたかたこそ、わかりやすさのチャンピオンである。高田明社長の軽妙な長崎弁の語り口は(情報漏洩事件の後では)もはや語りぐさだが、彼が何を伝えようとしてきたか。それは商品の説明もさることながら、彼自身が絶対に重要だと考えたのは、「お客さまがそれを買うとどうなるのか」という一点なのである。

  004_0001  高田社長。

「さあ、今日は感動のハイビジョンテレビからスタートしましょう。さあ、皆さん。ちょっとテレビを替えてみませんか。変わりますよ、世界が。お部屋の雰囲気が本当に変わります。ご紹介するのはシャープのアクオスです」
出典 日経ビジネス 2007年3月12日号 『思いを電波に乗せて売る』

高田社長の第一声は「これを買うとお客さまの生活がどう変わるのか」そこに絞られている。なぜそうなのか。それは、お客さまが知りたいことは、実は商品の特徴や機能ではなく、「これを購入したらわたしの生活はどう変わるのか」なのである。消費者の真の期待である「どう変わるか」をときほぐすと、次の点である。

 ・今の生活と比べて何ができるか。
 ・今の生活スタイルがどう変わるか。
 ・それがどのくらい使いやすいか。
 ・今持っているモノがムダにならないか。
 ・わたしはこれを買ったらどう見られるか。

【メーカー主権を取っ払うことが躍進の原点】
自分の生活がどう変わるかを思うのが消費者なのに、メーカーのつくる商品カタログは、自分の言いたいこと、主張したいことばかりでダメだ、と高田社長は述懐している。

 X9hgoewa 力説!
 
私は自分のところで扱う商品を決める際、まずメーカーが作った商品パンフレットをじっくりと眺めることにしている。最初のページから最後のページまで、この商品の特徴、ウリは何かを吟味するわけだ。しかし、ほとんどの場合、巻頭のページは、新開発した機能や最新のテクノロジー、メカニズムなどをうたったものになっている。(中略)
 だが消費者から見れば、それがどれほどのものなのか、一読しただけでは判断がつかない場合も多い。多くは難解な専門用語で彩られているからだ。

出典  http://www.president.co.jp/pre/20021014/004.html

これは、けだし名言である。売り手が思う差別化は、最新の機能、技術、メカニズムであるが、オタクを除いてそんなギミックなことに気に掛ける消費者は少ない。消費者目線で見れば、実は当たり前の機能がちゃんと付いているか、数年ぶりで買い換えるデジタル商品であれば、その数年間に熾烈な機能競争があったとしても、むしろ当たり前の機能がちゃんとあることが大切なのである。それは常識なのに、売り手志向ばかりの(顧客と戦うのではなく、競合とばかり戦っている)カタログには(大きくは)うたわれていない。

【高田社長の徹底的なリアリズム】
ジャパネットたかたが、ウェブ通販時代の成長の裏側でなぜ急成長したか。飄々としたヒューマンタッチがその理由に挙げられることが多いが、それは事実としても、徹底的な消費者視点のリアリズムこそが、急成長を支えたのである。

高田社長がやったことは、メーカーのカタログやウェブサイトのスローガン10個をまず半分の5個に絞り、さらに5個のウチ一つだけに絞った。それを入口にして、それだけに全体の大半を費やして説明を繰り返し行った。それは「アクオスを買えばお部屋がほんとうに変わるんです!」という、生活の変化の部分である。

 004_0002  現場主義。

あとは社長の言う、お客さまの「支払意志」と見合う機能に過不足がないか、それこそは一つひとつの機能であるから、それを正直に説明するのである。
参考 http://www.president.co.jp/pre/20021014/004.html

【わかりやすくないと売れないのか?】
この問いかけ、必ずしもYESではない。なぜならわかりにくい方が売れるものも多々存在するからである。たとえば代々伝わる味の秘伝や秘法、陶器や磁器の秘訣、茶や剣術、価値のある発明や研究、個人の資格・・・わかりにくいからこそお金を払うものも数多いのである。

それも高田社長の言う「支払意志」なのかもしれない。気をつけるべきは「わかりやすさ」に囚われすぎて、本当に伝えるべき難しさまでも単純化して薄味になってしまうことかもしれない。

わかりやすさは奧が深い。今日はその余韻を感じつつ以上です。

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2007年7月13日 (金)

GDOと日本創生ビレッジ、2つのオフィスへの羨望

昨日、ゴルフダイジェスト・オンラインGDO)さんに訪問した。クライアントではないので実名を出してしまって構わないだろう。それというのも、2007年7月25日(水)GDOの統括本部長のお話をメインとさせて頂くセミナー「顧客視点のセールスフォース」を開催する。その打ち合わせのためだった。

 Gdo01 GDO本社

もうしばらく前だがこのブログで、